ボンK日報

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大衆文化の世界から「戦後の繁栄」が消え失せてる件

 私が生まれるはるか前の昭和のマクドナルドのキャッチコピーは「世界のことばマクドナルド」だった。

 日本には外資系の外食チェーンはそれまで存在していなかった。1971年に銀座に1号店を開業したマクドナルドはその第一号だった。銀座は言わずと知れた日本で最も高級品の集まるデパート街で、当時は若者の流行発信地でもあったそうだ。当時の若者と言えば、戦後期の貧しい時代にハリウッド映画を観た団塊世代である。数年後には店舗が拡大し、休日に家族連れマクドナルドに訪れるライフスタイルが定着した。この親御さんたちは戦前や戦時中に生まれ、幼少期や少年期を戦争の悲惨さの中で過ごし、青年時代に「平凡パンチ」を読んだりしてアメリカ文化に没頭した世代だ。

 

 戦後の繁栄とは、つまりこのマクドナルドのCMが表現する呑気な空間だと思う。

 アメリカのディズニー映画みたいなBGMとともに、アメリカ人風の子どもたちと日本の子どもたちがふれあい、とても夢があって楽しそうだ。

 この風景は「戦時中の日本」の逆張りである。無能な大人たちがイスラム国のような過激な民族主義に突っ走って国民を虐げた。最前線では若い兵隊が「この戦争は負けるのではないか」と上官に進言しようものなら、リンチしたり餓死させたりした。あげくに「鬼畜米帝」に原爆を2発撃ち落とされて敗戦である。すると一部の指導者こそ東京裁判にかけられたものの、抑圧側にいた大人たちは「あの戦争は間違いだった」と被害者面をし、自分の反省をしなかった。彼らが殺した若い国民の命は帰ってこない。

 戦後の日本人は一貫して、アメリカ型の文化を追い続けた。それが繁栄の象徴だった。BGMは洋楽。海外ロケ。出てくるタレントは外国人。大抵アメリカがらみだ。それはある意味典型的な「アメリカ白人コンプレックス」にも見えるが、キャッチコピーは必ず希望にあふれていて、映像表現が瑞々しい。

 こうした広告に見入った大人も、作った大人も、みな団塊世代から大正生まれにかけての世代である。かつて日本の愚かな大人が北朝鮮のようなファシズムに陥ったことによって生じた戦時中の悲惨、そして戦後の貧困のいずれかの記憶があるのだ。日本はアメリカに負けた。しかし、アメリカには貧困と抑圧と無責任だらけだった日本にない自由と豊かさがあり、それがアメリカが勝った要因だったと思い知っていた。そして新しい戦後の繁栄の模範にしようとしたのだ。こうした文化の神通力は、40代半ばくらいまでの世代までは存在している。「バブル期に青年時期を過ごした世代」である。

 昭和のCMで欠かせないのが、日本船舶振興会の笹川会長である。

 戦前から戦後右翼界の大物であった彼のモットーは「世界一家人類皆兄弟」だった。競艇ビジネスで莫大な財を成し、その財産を用いて世界を飛び回って慈善活動を行った。ネトウヨが悪しざまに罵る中国でも活動を行っていたし、韓国を訪問して「反日議員連盟会長」と談笑したこともある。

 WIKIによると、彼が競艇に興味をもったきっかけは、終戦後にA級戦犯容疑者として巣鴨プリズンに収監された際にアメリカの情報誌『ライフ』にモーターボートの写真が載っているのを見たことにあるという。個々でも、アメリカの影響なのだ。没後も毀誉褒貶さまざまな評価のある彼だが、そういえば豪快な慈善活動のスタイルはどこかアメリカの億万長者に重なるところがある。

 今の日本で、あのような豊かなCMを見ることができるだろうか。

 テレビを付けてみよう。流れているのは「借金は返済できます。法律事務所に問い合わせましょう」か「これは重大な病気のサインです。死にたくなければお医者さんに相談しましょう」か、パズドラか桃太郎だ。

 夢がないのだ。世界が見えないのだ。

 出てくるのは島国日本の芸能界でしか名の知られてない日本人の「国内ローカルタレント」か、いわゆる「仕出し屋」と呼ばれるエキストラ事務所から発注された老人やおばさんたちである。外国人は全くいない。BGMが洋楽ではない。背景はスタジオのCG合成かチャチなセットで、世界中の壮大な風景がどこにもない。

  ひどいのはブランドファッションだ。

 ファッション雑誌や街頭広告の女性モデルはみな同じポーズをしている。黄色人種丸出しの日本人タレント女性ばかりだが、これも戦後昭和にはありえなかったことだ。

 「anan」も「non-no」も創刊号は表紙が外タレだった。戦前から続く「婦人画報」あたりの表題からして渋い女性雑誌と違い、横文字の女性雑誌というだけでそもそもがスタイリッシュであったはずだ。紙面内容も欧米各地でスナップ写真を撮ったりしたものが多かったようだ。個性豊かな海外ファッションをキュレーションしていたのである。

 今、表紙を飾ってるのは日本人の男優や女優ばかりである。似たり寄ったりな大衆芸能人が、虫歯ポーズみたいに全く同じ格好をしていて、没個性の極みの全体主義だ。もしタイムマシンに乗って、40年前の「アンノン族」にこの創刊当初の使命を失って落ちぶれた雑誌をみせたら絶対にビックリされると思う。

 

 今の日本では「外国文化」は都会でしか消費されていない。

 それは地方に行けばわかる。若い世代はみんなマイルドヤンキーかロキノン系かニワカ・アニオタ化して洋楽を知らない。EXILEや嵐やセカオワのような、日本人以外誰も知らない歌手にだけ没頭している。オタク文化の方がまだ海外に波及力がある。彼らが服を買う店は「しまむら」か「ユニクロ」で、GAPですら限られた人が「たまのハレの買い物」にしか行かない。ハリウッド映画を何も知らず、電通都との絡んだドラマや漫画の劇場版しか見ていない。家のテレビではCSが映らないから、海外で流行っているバラエティ番組やリアリティ番組やドラマの知識も一切ない。可愛い女の子がかっぱ寿司とかガテン系のたむろすラーメン屋に恥ずかしげもなく来店しているのだ。

 そして「こんな文化圏に生まれなくて良かった」なんて言えない現実がある。首都圏ですらも、文化的程度の低い下らない連中はこうした地方人如きと同レベルに落ちぶれている。こんな呆れた日本の体たらくがあるのだから、彼らだけを切り取って日本をみればまるでその風景は「貧しい戦前」と一緒だと思う。

 

 「戦後の繁栄」は10年前までは確実にあった。

 映画ランキングの上位は絶対にハリウッド映画だった。テレビでは、女性向けのおしゃれな化粧品やファッションCMや男性向けのカッコいい自動車のCMが必ず洋楽をBGMにし、アメリカで最も新しい映像表現をインスパイアした表現をしていた。外タレだっていた。洋楽を聴かない若者なんて存在せず、ハリウッドスターが成田空港に来れば女性が駆け付けたのだった。

 しかし、そういう「世界に通じる豊かな文化」がマスメディアの表舞台や街中から激減してしまった。代わりに台頭したのは、ガラパゴス文化ではないか。

 本来ハリウッド映画をかろうじて見ていた部類が、ハリウッド映画代わりに海外じゃ通用しないドラマの劇場版を見るようになった。ドイツの街並みを見た時「進撃の巨人」を連想し、イタリアは「ジョジョの奇妙な冒険」や「ヘタリア」を連想するような、海外文化に触れる際には直接ではなく「ガラパゴス日本文化フィルター」を通さないと受け入れられないような部類だらけになった。アニメや漫画に疎い人間たちは、たぶん「モヤさま海外編」とか「イッテQ」とか「世界番付」とか「世界丸見え」の日本人タレントたちがダベりあう様子がその足がかりだろう。

 このように諸外国由来のコンテンツが一切存在せずに文化の自給自足を行い、寧ろ諸外国は敬遠するような「文化的右翼層」の台頭にこそ、私は大きな危機意識を抱いている。

 

 行きつく先は「戦前」の繰り返しである。

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Vol.1 (1936年〜1938年)より引用

 これは「装苑」と言ういまもあるファッション雑誌の昭和11年の創刊号だ。

 輸入物の海外ファッション雑誌を手本に、都会に様々なモードを発信していたという。題字こそ外国語だが、確かに戦前の洋雑誌っぽい雰囲気だ。

 これは昭和9年のヒット曲「ダイナ」だ。当時ヒットしたジャズ歌手のディック・ミネのデビュー曲で、英語と日本語が混ざっている。アメリカで以前流行った同名の洋楽のカバー曲だ。ちなみにディック・ミネは芸名で、徳島出身のコテコテ日本人である。この当時はこうした洋楽カバー曲が流行ったのだった。

 

 以下はこれからわずか数年後の姿だ。

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Vol.2 (1939年〜1941年)より引用

 昭和16年の装苑は観ての通り、軍服風のファッションの後ろで日の丸がはためいているものである。これでもまだいいほうで、「洋裁研究」の4文字は8月号からは「服飾研究」に書き換えられてしまった。

 軍部が検閲をしたわけではない。都会で欧米風のファッションを堪能した若者は「非国民」と国民に罵られ、メディアは委縮して自主規制してしまったのだ。既製服でオシャレを楽しむことのできない貧困層や田舎者の嫉妬もあったはずである。

 沢山溢れた洋楽やそのカバー曲は、レコードショップから一切排除されてしまった。洋楽が衰退した今の日本にそっくりではないか。

 その代わりに台頭したのが戦時歌謡である。黒いバスの右翼団体が流しているアレである。とくに「紀元二千六百年」の記念年である1940年はそれが顕著になった年だ。ディック・ミネ氏のような洋風の名前の歌手は内務省から改名が命令された。わずか数年でモダンな音楽が潰されてしまったのだ。

 

 戦時軍歌は根拠なく「日本は素晴らしい国だ」「日本国民は優等なのだ」と自画自賛する者が大半で、アジアを率いてやがて世界の救世主になるんだと息巻いているものばかりだ。いくつか抜粋すると以下のとおりだ。

 

「荒ぶ世界に唯一つ ゆるがぬ御代に生立ちし 感謝は清き火と燃えて 紀元は二千六百年」

「そうだ情けの手をとって 新たにおこす大アジア 友よいっしょに防共の 堅い砦を築くのだ」

「いざ諸共に打ち建てん 永久の栄えの大アジア かわらぬ誓いかんばしく 興亜の実り豊けくも 世界に示せこの偉業」

「起て一系の大君を 光と永久に戴きて 臣民我等みな共に 御稜威にそわん大使命 往け 八紘を 宇となし 四海の人を導きて 正しき平和うち建てん 理想は花と咲き薫る」

「輝く御旗先立てて 越ゆる勝利の幾山河 無敵日本の武勲を 世界に示す時ぞ今 いざ征けつわもの日本男児」

 

 しかし、どう考えても日本は「大正モダン」の頃より明らかに経済力を失っていて、国際連盟を脱退するなど、国際的な孤立化も進んでいた。皮肉かもしれないが、洋楽やハリウッド映画や欧米ファッションが東京にあふれていた時代のほうがよほどアジアにその文化の影響力を発信していた。

 それはいまも、韓国に行けばわかる。韓国人は戦前の日本について政治的には完全否定するのだが、「大正昭和モダン文化」については日本人と同じく評価があり、戦前のモダンな時代を描いた喜劇ドラマ(いわゆる「抗日モノ」とは別ジャンル)が作られたり、日本統治時代の洋館や西洋風ビルが博物館やカフェにリノベーションされる事例はいくらだってある。ソウル歴史博物館を見れば、「日帝の忌まわしき時代は酷いものだったが、世界中の進んだ文化が朝鮮半島にもたらされたことで近代化をすることができた」という調子で展示品が置かれている。

 韓国の若者はゆとりの我々と違い勤勉だから、たぶんK-POPのアイドルたちはこういう史観をしっかりと熟知しながら日本を行き来して商売しているはずだ。

 

 大衆文化の世界から「戦後の繁栄」が消え失せてる問題は、とにかく日本人が向き合うべき課題だ。サザンの桑田佳祐が非国民だと罵られ、文書とラジオ番組で2度もだらだらと謝罪をさせられ、世界の平和のためにジャーナリスト活動をしていたものの無慚にも殺された同胞に「自己責任」とぶつけたりする戦前式田舎者丸出しの内向的で俗悪な連中がゴロゴロいるのが今の日本である。10年前なら、こんなような他者を抑圧して水を差すような発言は「KY」と敬遠され、言えるはずもなかったのに、今はそれを許すほどの「社会の隙」ができている。その隙は「戦後の繁栄」が失なわれてできたものだ。

 

 さっき私は池袋に居たのだが、世界中の豊かなファッションや道具や食品を沢山売っていたはずの三越デパートが、ヤマダ電機の巨大店舗になっていた。表通りにはまた別のヤマダ電機があり、ビックカメラなどの家電店がやたら止めに入る。新宿駅まできて降りたら、ここでも車窓にヤマダ電機の巨大店舗があり、駅前デパートは小田急百貨店を改築したビックカメラである。これとは別に三越跡地に入居している「ビックロ」もある。

 デパートの買物はけっして手軽ではない。しかし、お金をためて、外国の立派な文化を消費しようという目標を提示し続けていた。それが「安くて売れれば何でもよい」家電屋になったのだ。店内に入ると、置いてる家電製品はいまや日本でしか売られてない国産ナショナルブランドばかりである。欧米のフィリップスなどの「高い」ブランドはない。かといって世界中で主流となって久しい韓国製の家電は排除されている。

 

 本来は凝った装飾の店内で、ブランドをいっぱい扱っていたはずのデパートの跡地に、所狭しと日本の家電製品を並べ、家電店にはあまりに豪勢な大理石の壁に下品なデザインの広告チラシがベタベタ貼り付けてテープの剥がれた跡とかひっかき傷だらけになっている。しかし、この家電店が東京の繁華街で最も大きく賑わっている店舗と言う現状が、日本がもう終わっていることの何よりもの証拠ではないか。ズラリと並んだ液晶テレビ画面にパズドラや過払い金のCMが流れようものなら、私はこの国の国民であることにこの上ない恥ずかしさを感じてしまうものだ。

 こんな文化の貧困な国に一体誰がしたのか?