とはいえ、これほど陰惨な事件もない。キーボードを打つ指も鈍る。だが気力を振り絞って書く。
後藤健二氏は拘束以前は知っていた。それは、以前テレビ朝日の「報道ステーション」で彼の報告を見たことがあるし、テレ朝以外の局の報道番組にもしばしば出ていた。その名前を最初に聞いた時、読みが共同通信出身のテレビキャスターと同じなので、最初、まだ名前を知らなかった時、あれ、後藤謙次が中東に行ったのかと勘違いした。その時名前を覚えた。中東を取材するフリージャーナリストとしては有名な人といえるだろう。
問題は日本政府、とりわけ首相・安倍晋三の対応だ。
後藤氏の拘束は数日後には外務省は把握していたと言われる。安倍晋三がいつそれを知ったかは不明だが、ほぼ同時と思われる。さらにISISから身代金の要求があった。最初に「政府関係者が明らかにした」として伝えた毎日新聞の報道(1/21)によると、身代金の要求は昨年11月だったという。
この報道を後追いした各社は、身代金の要求があった時点を後ろ倒しにしていった。朝日は1月22日付で後追いしているが、下記のような記事になっている(無料公開分のあとに出てくる)。
イスラム国側が身代金を要求したのは、今年1月初めのメールで、20億円超に相当する1千数百億ユーロを指定してきた。
(2015年1月22日付朝日新聞社会面掲載記事より)
本当に身代金の要求が今年に入ってからだったのか、それとも当初毎日が報じた通り、昨年11月には既に身代金要求が行われていたかは不明だ。だが、意地悪く勘繰れば、昨年11月から外務省、そして安倍晋三が身代金要求を知っていたとすれば、あまりにも安倍晋三に都合が悪いので、情報を提供した政府関係者が身代金要求のあった時期を、最初毎日の記者に話した時よりもあとにずらした可能性がある。私は当初の毎日の報道が正しかったのではないかと憶測している。
仮にそうでなくても、11月初め、つまり安倍晋三が衆議院の解散を決断する以前から、後藤氏の拘束を把握していたことは間違いない。そして、安倍が解散を急いだ動機として、7〜9月期のGDPがマイナス成長であったことを察知していたことのほか、後藤氏の拘束が明るみに出ないうちに解散総選挙をやってしまえという狙いがあったのではないかと思えるのである。
しかも、その後の安倍の行いは、まるでテロリストを挑発するかのようなものだった。これには保守派の論客たちも安倍の行き過ぎを諌言したほどだ。たとえば青山繁晴である。青山氏は、1月15日の安倍の中東歴訪前に放送されたニッポン放送の「ザ・ボイス」で次のように述べた。以下、ラジオ放送の内容を文字起こしした右翼系のブログ記事から引用する。私はこの内容を、違法にYouTubeにアップされた音声で確認した。だから下記の文字起こしは正確だといえる。
安倍総理があすから中東歴訪へ
(飯田浩司)
予定されている国々、エジプト、ヨルダン、イスラエル、パレスチナを訪問という事であります。
(青山繁晴)
アメリカの中東外交がずーっとメチャクチャですから、
あっち行ったりこっち行ったりぜんぜん一貫しないので それがまた、イスラエル、パレスチナの悲劇を招いているから、
日本が 「独自外交」 として中東を、歴訪するのは僕は評価しますが(ただし)すでに ずいぶん前ですけど、
安倍総理の側に まぁ、勝手な意見を申したのは、
イスラエルのネタニヤフ首相と “仲がいい” “仲がいい” とやり過ぎですよと。
(飯田浩司)
うーん
(青山繁晴)
“ネタニヤフさん” は安倍さんのことを好きなんですよ。
例えばトルコの “エルドアンさん” とか “プーチンさん” とか、
どっちかと言うと強面(こわおもて)の人が安倍さんのことを好きな人が多いんだけど、
ネタニヤフ首相と安倍さんは気分が合うみたいだけど、日本は、アメリカに出来ないような中東の信頼関係も築いて来たので、
イスラエルの意見もちゃんと聞く・・・ネタニヤフさんとも、電話で、すぐ話ができるというのは とっても大事な財産ですけれども、
しかし、「ネタニヤフさんと会った翌日に、パレスチナ自治政府のアッバス議長と会うから それでいい」
・・・ということを官邸の側が僕に、回答して来られましたが そんな生易しいものじゃないと。
じゃ “アッバスさん” と同じように “ネタニヤフさん” と同じような友だち関係を作れるんですか?
ここは本当に慎重に、謙虚にやるべきだと思います。はい。
話言葉独特の、後ろの言葉をのみ込んだような箇所も多く、文章にするとわかりづらいのだが、要するに青山繁晴は、日本が築いてきた「アメリカにできないような中東の信頼関係」を安倍晋三は壊すな、と言いたかったのだろう。
このネタニヤフは、同じ保守でも青山氏よりもう少し「リベラル」寄りの(私は嫌いだが)寺島実朗(25日放送のTBS「サンデーモーニング」)の言葉を借りると、「ネタニヤフという、アメリカも手を焼いている右傾した政権」に安倍晋三は接近しているということになる。同じ番組で毎日新聞元主筆(現特別編集委員)の岸井成格も、「(最近の自民党政権がやってきた)『価値観外交』というのはアジア外交の話であって、中東は違った。それが急にアジア外交と同じになってきた」と指摘した。これも前記青山繁晴と同様の指摘といえるだろう。もっとも、この路線転換の先鞭をつけたのは、2003年のイラク戦争に加担した小泉純一郎だったと私は思う。もちろん、アジアで行ってきた「価値観外交」にも問題は大ありであることはいうまでもない。
それでは、なぜ安倍晋三は、よりにもよって「イスラム国」に人質を拘束されている時に、イスラエル(ネタニヤフ)との親密ぶりを改めて見せつけたり、「イスラム国」対策として2億ドルの供与を約束したりと、あたかもテロリストを挑発するような言動を繰り返したのか。
その結論を出す前に、後者について興味深いブログ記事をみつけたので、以下自由に引用する。
安倍晋三は、エジプトで下記のように述べた。
We are also going to support Turkey and Lebanon. All that, we shall do to help curb the threat ISIL poses. I will pledge assistance of a total of about 200 million U.S. dollars for those countries contending with ISIL, to help build their human capacities, infrastructure, and so on.
ブログ主の訳では下記のようになる。
私たち日本はトルコ・レバノンにも支援をいたします。それらすべてのことは「イスラム国」がもたらす脅威を少しでも食い止めるためです。私は、「イスラム国」と戦っている国々に、人的能力、インフラなどを創るのを助けるために約2億ドルを供与することをお約束いたします。
そして、ブログ主は下記のようにコメントする。
イスラム国と戦っている国々に創られる「人的能力」となれば、
それは兵員養成と理解されるだろう。
また、そのための「インフラ」となれば、
前線基地の建設などが思い浮かぶだろう。
「イスラム国」の幹部は
映像でもイギリス英語を話しているから、
それがとうぜん
彼らが受け取ったメッセージとなったわけである。
これでは
日本も十字軍にくわわった
などと言われても仕方ないではないか。
しかるに、外務省が発表した日本語訳は下記の通り。
イラク、シリアの難民・避難民支援、トルコ、レバノンへの支援をするのは、ISILがもたらす脅威を少しでも食い止めるためです。地道な人材開発、インフラ整備を含め、ISILと闘う周辺各国に、総額で2億ドル程度、支援をお約束します。
全然ニュアンスが違ってくる。ブログ主は、
と書くが、その通りだと思う。安倍首相が、「人道支援」だと流布することで
なんとか乗り切ろうとしていることがうかがえる。
しかし、「人道支援」だということを
「あらゆるメディアを通じて」
日本人向けにいくら強調したところで、
イスラム国に受け取られたメッセージではそうなっていないのだから、
どうしようもないではないか。
そもそも、「地道な」人道支援というが、「地道な」に当たる英単語は安倍晋三のスピーチのどこにもない。従ってブログ主の訳にもない。外務省が勝手に「地道な」という3文字を挿入して、日本国内向けの印象操作を行っているのである。テロリストはそんなものは読まないから、国内の安倍晋三に対する批判を緩和するための小細工としか言いようがない。
安倍晋三の狙いはズバリ、日本が「テロとの戦い」に参加することを、昨年政府解釈を変更した集団的自衛権行使第1号にしたい、つまり自らの手でなしとげた政府解釈の変更の「結果」をも自分で出したいということだろう。狂気の沙汰としか思えない。
最後に今回もネトウヨが炸裂している自己責任論について少しだけ触れておく。この「自己責任論」だが、「村八分」とか、阿部謹也のいう「世間」と同じではないか。これはすぐれて「昔ながらのムラ社会」の論理であって、それが新自由主義と珍妙な結びつきをしたものだろうと思うのだ。「2ちゃんねる村」とでもいうか。
ネット検索をかけてみると、まあ当然だろうが、そんなことは4年前の2011年に指摘されていた。刑法を専門とする佐藤直樹・九州工業大学大学院教授が書いた『なぜ日本人はとりあえず謝るのか: 「ゆるし」と「はずし」の世間論』(PHP新書)で、2004年のイラク人質事件に絡めて論じられている。以下引用する。
(前略)当初人質家族に向けられていた同情と共感の感情が、家族が「世間」に謝罪しなかったこともあって、政府の「自己責任論」にもとづく非難によって反転し、人質家族へのひどいバッシングとなった。おきたことは古典的な「世間」による村八分的バッシングだったのだが、「自己責任」という非難に使われた言葉が、「後期近代化」による新自由主義の台頭を象徴していた。
(佐藤直樹『なぜ日本人はとりあえず謝るのか: 「ゆるし」と「はずし」の世間論』(PHP新書,2011)より)
「自己責任論」なんてそんなものだろう。「個人主義の極北」みたいなイメージのある新自由主義も、デヴィッド・ハーヴェイに言わせれば支配者層の階級支配を固定・強化するためのプロジェクトにほかならず、ネトウヨたちはその忠実な傭兵というわけだ。
- 関連記事
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- 安倍晋三は2014年内の「解散・総選挙」に踏み切るのか (11/10)
- 時流に悪乗りした安倍晋三の「朝日叩き」を徹底批判せよ (11/04)
いやぁ、自己責任論を日本的な共同体の論理="村八分"と関係づけるまとめをTogetterで作ったばかりだったんですよ(汗
http://togetter.com/li/774433
早速、まとめ本文も読まないバカが数人ほど釣れましたがwとは言え、内田樹的な「街場の共同体」的な発想や一部保守が言う様な「助け合いの伝統」ってのが、こういう場合には暴力装置と化して突き放す対応になってしまう、ってのがまとめを作ってて思ったことですね。
数か月前にTwitterでのマイミク同士の会話に自分も加わったんですけど、それにマイミクの一人がブチ切れてこう言い放ったんですよね。
https://twitter.com/syuu_chan/status/508936578375241728
うっせえよ、しかもはや感想がないな… んな話してねぇよ、とか通じるわけないしな。二回くらい注意してそれでも直らない人には俺はもう何も言わないことにしてる。面倒だし、俺が福祉をする義務なんてどこにも無いんだから。福祉して欲しければビジネスとしてやるから俺に金を払えって感じ。
前々からこの方とは、保守や共同体の「助け合いの伝統」などで意見を異にすることが多かったんですけど、ここまで難癖つけられたら頭来たんで抗議してリプしたら一方的にブロック。これで「社会民主主義者」を自称しているんだから、唖然としましたよw
2ちゃんねるは愚か、twitterやmixi・facebookだってこの様な"村八分"的なことになったりするってのを見てると、日本社会ってのか日本人って「助け合いの伝統」の様な美名を纏った閉鎖的で排外的な社会が理想的ってのじゃないか?って思うと気が重くなります。
2015.01.26 10:01 URL | 杉山真大 #- [ 編集 ]
このコメントは管理者の承認待ちです
2015.01.26 12:53 | # [ 編集 ]
このコメントは管理者の承認待ちです
2015.01.26 20:44 | # [ 編集 ]
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