なんとなく
例えば日本の伝統工芸とかは、職人が仕事を細分化し、部分特化した能力の集積で、秀でた作品を量産していた。
木版画でいえば、絵師、版画師、調合師、刷り師、みたいな。
椀も、ろくろを回す人と、釉薬を調合する人、焼く人、塗る人は、別だ。
この分業は、職人が1つのテーマを追い求める事を可能にし、結果的に各パートがベストを尽くせて仕上がりが良い上に量産が効いた。
今は、こういう部分は、マニュアルと機械、コンピュータがやってしまう。
自動車生産が、職人を排除する事で飛躍的に伸びたアメリカの逸話を持って来るまでもなく。
話はスパっと変わってコミュニケーション能力の話だが。
ドコまで本当かは知らないが、先ほどの職人というのは頑固で融通が利かず(1コを突き詰めるというのは他に気が回らない)扱いにくい人種だったという。(自動車製造の職人も)
するとまぁそういう人を上手く扱うためにコミュニケーション能力の高い人が有用になる。
椀職人や木版画職人の場合、各職人の間を走り回って完成品にまとめる仕事をする人(アニメでいうと制作進行)が居て、この人たちはある程度の目利きと話術をもち、現場をうまく回したという。
そんでもって、スカブラの話だが。
「仕事が好かんでブラブラしている」「スカっとしてブラブラしている」が語源と言われる、炭鉱労働者で、炭鉱夫と共に現場にもぐり、ずっと下らぬ話をしたりして、現場に笑いを提供したり、視察に来た偉い人の相手をして現場の邪魔をさせなかったりする仕事だそうだ。ちょっと前にネットで話題になり今調べた。(スカブラ)
スカブラが居るおかげで職場が楽しくなり、能率があがるというお話。
個人的にコミュニケーション能力だけの人というのはニガテで。
コミュニケーション能力の高い人が、その能力を最大限に自分のために使うと「上にへつらい下につらく当たる」になりやすいから。それが一番ラクだからね。
このスカブラや職人の制作進行をする人は、何故そのスキルを生かして「上にへつらい下につらく当たる」を選ばなかったのかというと、まぁ彼らの能力を評価するのは、職人や炭鉱夫サイドであったからでしょうね。
この辺の座組みをちゃんと意識している人と言うのは現代でもちゃんと居て。自分が某社で働いていた時に、いわゆる部長よりちょい上のとっても偉い人だったのだが、スタンスとしてスカブラ風に振舞う事を意識していた。
だいたいにこやかに雑談フリつつ、ものすごく自分から雑用してた(PCの修理とかBIOSの設定とか)。
「開発者に雑用させると開発遅れてもったいないから、俺がやるんだよ」
みたいなことを、ニコニコしながら(開発者に聞こえるように)言うわけで、上手いなー!流石だわ! と思った次第。
(もと開発者だそうだから、スキルもあって、心情もよくわかるんだろう)
本人がそういう事をしなくても、相互評価システムを上手く組んでるところもある。
相互評価システムが腐っていて、上層部クラブが互いを高評価して高額賃金を得ていた某社ってのもあるが。
さらに変わって牛丼屋のワンオペの話だが。
時間帯によって、一人で全てのオペレーションを担う、レジ、清掃、調理、みたいな業務構成があって、とうぜん過酷なのだが、ここにまた新しい商材(牛鍋定食)をぶっこんで、現場の限界を超えてしまい、オペレーション不良が発生するというような事があり、まだ人材不足も含めて後を引いているそうなのだが。
これなども、効率を追い、現場を知らない人が、設計するとこうなってしまう。という事例なのだろう。
コンビニなども、オペレーションが複雑化しているが、基本的に人間の脳はマルチタスクに対応できるように出来ていないので、効率は落ちてしまう。
人件費をケズるとどうにもいろいろなシワ寄せが出てしまうのは仕方の無い事だが、ヤバイ一線を越えると取り返しが効かない。
元が開発会社じゃないところで開発をしていた事があり、これが当たり前だが困った事に開発に理解がないので、開発者が定着しないとか、プロジェクトにマイナス影響がハンパなかった。
開発者の能力を評価することが出来ないので、ぱっと見の勤務状況とか人当たりとか、凄そうに見せる力だけが重視されてしまう。
優れたコードを素早く記述する、よりも、大きな声で挨拶する、のほうが重要であったら誰も優れたコードを書こうとはおもわない。
向き不向きは誰にでもある。コミュニケーション能力を必要最低限以上求めると、大事な能力者を足切りしてしまう可能性がある。
某社が、出社時間を切り上げたら出来る開発者が大量退職したという事例があるが。
結果的に、開発力が上がったのか下がったのかは知らないが。出社時間とか、挨拶とか、身だしなみとか、誰が見てもわかる尺度でしか、人を評価できないと、特殊スキル持ちを逃がしてしまうのは致し方ない。
極端な事を言うと、ガチ開発会社などでは俺程度ですらコミュニケーション能力寄りの人材扱いだったことがある。
このあたり、場所によって常識などは180度変わってしまうので、自分の常識は常に疑ってかからねばならない。
俺自身は、アウトプットで評価すべき職種は、アウトプットで評価すりゃいいじゃんといつも思うのだが。
場によってはそんなことより重要なことが有ったりするわけだ。
なんとなくで書き始めたが。
今の時代に強い組織とは「各自がそれぞれのスキルに特化できる余裕があり」「それを結べる人がいる」ことだと思う。
なんでも屋の限界は本人のスキルの限界だが、特化型の人間を集めてそれぞれがその能力を発揮しまとめることが出来れば、予想を超えてうわブレする可能性がある。
「全員で一丸となって目的を達成しよう!うぉーーー!!」というノリに同調できる人だけで組織を作るとコツコツ積み重ねられるヤツが居なくて、浮ついた組織になったりする。
作業には黙ってコツコツローテンションで続けなきゃいけないものもあるから。
組織の上層部の芸風が一種類で固まってもそう。
違う種類の人間を評価できないから。
吉本新喜劇の吉本だって、経理のおっちゃんまでが、ギャグを飛ばすわけではあるまい。
すべての開発者が、営業社員のように、血管切れそうなテンションを保っている必要があるとも思えない。
たぶん組織には、スカブラも職人も必要なのだ。
テンション高いやつも低いやつも。
生物は多様性をもって事に当たることで、危機を回避する。
組織もそういうものであったほうがいい。
1つの戦略で戦っていた組織は時流の変化についていけずに弱体化するから。
批評家と皮肉屋が必要かどうかは知らないが。
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