誰にでも気安く、偉ぶらない。真面目で、羽目を外さない。怒った顔は見せず、愛妻家で家族思い。陳舜臣さんは、そんな温厚な人だった。

 原稿の締め切りは律義に守った。「僕は気が弱いから、編集者にしかられるのが怖いんですよ」と冗談めかして話していたが、常識人であることを自らに課し、儒教の「仁」の教えを高く評価していた。

 それでも、1989年6月に北京で起きた天安門事件には、憤りを抑えきれなかった。事件を伝える本紙社会面にこう書いている。

 「政権を守るのは、じつは人心であることを知らない。なんという無知であろうか」。日本籍を取得したのは、その翌年だった。