2015年01月20日

基本的にもってうまれたもので

村上春樹おじさんが読者からの質問にこたえる企画、っていうのを、わたしはツイッターで知った。
そんなの知らなかった程度の春樹おじさんファンなんだけど。

文章を書くのが苦手です

"村上さんにおりいって質問・相談したいこと"より
///村上さんのところ:

http://www.welluneednt.com/


回答ってこんな短いんだー、って思ったけど。

文章を書くというのは、女の人を口説くのと一緒で、ある程度は練習でうまくなりますが、基本的にはもって生まれたもので決まります。まあ、とにかくがんばってください。


文章を書くのが苦手っていう人の質問に春樹おじさんがこー回答してて。
いぜん、お母さんが言ってたこととおなじだなー、って思った。

わたしのお母さんはバレエダンサーで、ちいさい時からずっとバレエやってて、いまはバレエを習ってる人たちに教える仕事してる。
お母さんもじぶんが理想とする目標みたいなものがあって、ずっとがんばってきたと思うけど。

でも、バレエの才能っていうのは、どんなにやっても努力だけでどーにもならない、ってお母さんが言ってた。
「バレエの才能」のいちばんコアなぶぶんは、天性のもの、って。

これはちがうこともおなじかもねー、ってわたしは思う。

『アマデウス』って映画で、ものすごい情熱と信念をもって生涯を音楽に捧げたサリエリが、ものすごいテキトーに生きてるよーに見えるモーツァルトの才能にものすごい嫉妬してたよね。
サリエリのほーがモーツァルトより真剣に音楽やってて、いろんな勉強や努力を惜しまなくて。

でも、一生懸命じぶんの才能注ぎ込んで作った楽曲が、その場で耳コピしたモーツァルトに「こっちのほーがイケてるよ!(こんな言い方じゃなかったけど)」って、即興でアレンジされて。
ほんとにモーツァルトの即興の変奏曲のほーが、サリエリのオリジナルよりぜんぜんステキな曲になっちゃって。

「うわー」って声が出ちゃうぐらいの才能。

ツイッターで仲よくしていただいてるユーザーさんから教えてもらった、まらしぃさんもそう。
クラシックピアノを習ってたけど途中でやめちゃって、そのあと、独自でピアノを弾くよーになったんだって。
そのピアノが、動画見るとものすっごいんだよね。

聞いたばかりの曲をその場で耳コピしちゃうし。
それもただ、たどたどしく音を拾う、っていうレベルじゃなくて。
その場で感動しちゃうぐらいのちゃんとした楽曲にしあげちゃう。
即興で。

ピアノは毎日毎日練習する楽器。
プロの人は一日さぼっただけでも影響がでる、っていうよね。
毎日、ハノンとかつまんない練習曲をひたすら弾く。
これが基礎になるから、ここをちゃんとやらないと、トリルひとつきちんと弾けない。

そーいうコツコツした積み重ねは「努力」で成果をだしていける。
毎日30分しか弾かない人と、毎日数時間練習する人と、指がじぶんの思いどーりに動くよーになる「差」はあると思うよね。

でも、スキル的なものは努力でどーにかなっても。
まらしぃさんみたいな即興耳コピプレイって、地道にソルフェージュやって聴音の訓練したからって、あんなふーにだれも弾けるとは思わない。

どんなに指がぱらぱら動くよーになったからって、あんなキラキラした音がだれにもだせる、とも思わない。
プロの有名なクラシックピアニストでも、あんなキラキラな音出せてない人いるもん。

ダンスも、『ブラック・スワン』って映画で、どーしても黒鳥が踊れないヒロインが悩んでた壁があったよね。
その壁は、バレエの練習をがんばっただけでは越えれないもの。

ほかのダンスだって、たとえばリズム感がどーしてもダメな人もいる。
こーいうのって、練習だけでどーにもならないものもあるんだよね。

DJのMixをラジオとかでライヴで聞いたりもする。
(わたしはいろんなクラブに行ったことないからライヴで聞く機会ってほとんどないんだよねー)
その場でMix、なんていうの、いろいろ聞いてると、リズム感がちょっとダメかなー、って感じる人もいた。
たぶん本人は気づいてないんだろーなー、って思ったけど、ほんとに微妙だけどリズムにノリの悪さがあるの。
ほんとに微妙なレベル。
ノリノリになって踊ってるのに、ちょっとだけ背中がムズムズ痒いんだけど、掻くほどじゃないからそのままムズムズしながら踊ってる、みたいな、「なんかねー」っていうささいな違和感。

J-POP聞いてても。
歌詞の才能って、ほんと、「ない人」がわかっちゃうよねー。
いちおーメジャーに配信されてるんだから、それなりのクオリティなんだろーけど。

わたしは宇多田ヒカルさんは楽曲だけじゃなくて、歌詞に才能感じる。
この人は天才だよねー、って、わたしは思ってるレベルの人。

「才能」を感じさせるものに触れると、ゾクゾクするんだよねー。
体内からコーフンしてくるの。

文才も、じぶんがコーフンするかどーか、っていうわたしの感知ポイントみたいなのがある。

ネットである人の文章がものすごい人気で、わたしも読んだとき、ものすごい熱くなっちゃった。
特徴のある文体で、だから、真似する人がいろいろいた。

文体の真似はぜんぜんわるいことじゃないと思うんだよねー。
絵画も模写とかあるし、バンドや楽器演奏もさいしょは好きな曲をコピーするとこからはじめたりするし。

でも、じぶんがなぞってるものを越えれない人がいる。
どんなに器用にだれかの文体のいいぶぶんを取り込んで、それがすらすらじぶんの文章みたいに書けるよーになっても。
オリジナルの文体にある「味」は出せてない、っていう筆コピ(こんな言葉あるのはわかんないけど)をいろいろ見かける。

文のリズム。
行間に漂う「なにか」。
模倣する人は必死で頭でそれを真似してるけど。
オリジナルの人は、文章=体感、なんだよね。

きれいに整った文章を「じょーず」って評価されることも多いけど。
きれいに整えた文章は、努力で書けるよーになるものだと思う。

わたしにいろいろお話をくださった出版社の人が言ってた。
文章のうまい下手なんて関係ない、って。
「感じる文章」を書いてくれれば、てにをはとか日本語としておかしいところはこっちで直す、って。

文章の書き方とかも、ちょっと教わったけど。
描写の仕方、ね。
Aっていう人物を登場させた時、Aがなにしたとか、なにを考えたとか、そーいうことばかり書くんじゃなくて。
そのAの姿が見えるよーに、Aを立体的にとらえて描け、って。

わたしは思考がぜんぶあたまで映像化されてるから、どんなものもぜんぶ「立体的」にじぶんは見えてる。
あとはそれをどー「言葉」にするか、なんだよねー。


玄関のドアを閉めると、外に歩きだした。
今日は天気がいいから、コンビニでコーヒー買ってから、河原を歩いてみようと思う。


主語のないこんな文章だけで。
わたしのあたまの中は映画みたいになってる。

これを書いたときの玄関ドアを閉めたのは男。
30代前後。
黒髪、きれいにカットしてる短髪。
毛先はちょっとくせ毛。
ブルーの襟つきのシャツにデニム。皮のスニーカー。
玄関のドアは深緑色。
外は石畳の歩道。
ケヤキ並木。
木漏れ日に目がチカチカしながら、15分ぐらい歩いて青いコンビニに行く。
ふかふかした手触りのカップの熱いコーヒーを持って、川に向かう。
カモがいつも泳いでて、ヒマそーなおじさんが何人か釣りしてる地元のそんなに大きくない川。
台風になると橋のとこまで濁流が押し寄せるけど、晴れた日が続くとくるぶしぐらいまでの水深しかなくて、歩いてあっちに渡れる。
河原を歩く。
工場が見える。
排気ガスの臭いがどこからか漂ってくる。
水と草の濡れた匂いも混ざって、いい匂いとは言えないけど、水辺に来た感触は鼻の奥で確かに感じる。

そんな映像が勝手にわたしのあたまに流れてる。

でも、
"玄関のドアを閉めると、外に歩きだした。
今日は天気がいいから、コンビニでコーヒー買ってから、河原を歩いてみようと思う。
"
って文章だけだったら、こんな映像は読者に伝わらない。
読者にも、わたしのあたまの中にある映像をどうシェアさせるか。

この世界においで。
ここで創られた世界に入り込んできて。
触れて。
感じて。

これができるのが、才能。

(※)
人をこころをとりこむ文章は、やっぱり努力だけで書けないものだと思う。
こーいう天性の文才を持つ人の文章に出会うと、恋に落ちるみたいに心臓がきゅっとなって、皮膚がビリビリするよね。



(※)[後日追記]
ちょっと誤解しちゃった人がいたみたいなんで、ここのぶぶんを少し書き直しして、それからちょっと追記。

わたしに文才があるよー、っていう記事じゃなくて。
人のいろんな才能や文才に、わたしは「あこがれる側」にいる話、でした。

わたしはこんなふーに、わかりにくい文章をじぶんだけちゃんと伝わるつもりで書いちゃう悪いクセがあるんだよね。
わたしの文章は悪文だからねー。
(^_^)
[/追記ここまで]





女を口説く、のも天賦なんだと思うしねー。
うちのお父さんが、あんなにバカだし、お金なんてぜんぜんないし、借金だらけだし、ぜんぜん社会人としてカッコイイ人生なんて送ってないのに、つぎからつぎへと女の人が出来て、「ひとり」になったことないからねー。

せっせとSNSでナンパしてるわけでもないし。
お父さんは仕事で仕方なくMacで写真のデジタル処理とかできるよーになったけど、ケータイのメールにケータイのカメラで撮った写真はいまも添付できないもん。
っていうか、ケータイでEメールつかえなくて、電話番号で送るショートメールしかつかえなかったの。

このまえ、「おい、Eメールだと長文送れる。すごいぞ」ってコーフンして、フツーのケータイメール送ってきた。
iモード以前からケータイつかってるくせに、2015年新年になってやっとケータイメールが送れるよーになった人。

それで送ってきたのが、ものすごい数の♡と笑顔の絵文字。
じぶんの親でも、こんなおじさん、きもちわるいよねー。

これで写真添付おぼえたら、どんな写真つけてこられるかこわいよねー。
お父さんの自撮りなんて見たくないし。

こんなオトコとつきあいたい、って思う女の人が途切れないんだから、なにかぜったいわたしには死んでもわかんない「天賦のオトコの魅力」があるんだと思う。
そんな魅力にわたしはぜんぜんキョーミないから、どーでもいーけど。











オリジナルのRick Astleyのもいーけど、ラジオからこのカバーが流れてきて、この場で歌ってる人チェックしたー。

このKaren Souzaって人、いろんな名曲カバーしてる。
『satisfaction』とか『Strawberry Fields Forever』とかもステキ。
(youtubeでいろいろ見れるよー)


posted by Jane Doe at 19:30| シンガポール 曇り| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする