前回「日本の電力技術は遅れている、と言うべき日が来た」というタイトルのコラムを書かせて頂きましたが、多くの反響があり、筆者としても有り難い限りです。まずは広く情報発信と問題提起ができたという点では、予想以上の目的を果たすことができたと考えています。
その多くが肯定的・建設的なご意見でしたが、反面、感情的な拒否反応も若干あったようです。しかし、前回のコラムの目的は「賛」の意見と「否」の意見を二分化することではありません。立場はどうあれ、共通の土俵に乗って同じ情報を共有してフェアに議論したい、というのが筆者の目指すところです。議論の主題は「遅れている/遅れてない」という二項対立ではなく、そもそも何故そのような議論が発生するのか?という理由や根拠となるエビデンスを多くの人と共有すること自体が真の目的です。
前回のコラムに対して多くのご賛同の意見を頂きましたが、そのような方々には単に溜飲を下げて満足するのではなく、「何故そうなのか?」という主張の根拠やエビデンスを一緒に共有して頂きたく思います。同時に、筆者の主張に反対したり懐疑的なご意見も多少ありましたが、そのような方は反論や否定をする前に根拠やエビデンスを冷静に吟味頂ければと思います。共通の情報やエビデンスがない議論は、水掛論になりがちです。
世界で何が起こっているのか?
さて今回は、再生可能エネルギーに関する(特にその大量導入技術を支える電力技術についての)世界動向の情報がいかに日本に入ってきていないか、いかに日本はこれまで情報収集を怠ってきたかのエビデンスを示したいと思います。
たとえば、国際エネルギー機関 (IEA) が昨年(2014年)1月に発行した “The Power of Transformation” というレポートがあります[1]。そこには次のように書かれています。
It is not a big technical challenge to operate a power system at low shares of VRE. Depending on the system, a low share means 5% to 10% of annual generation.
変動電源(筆者註:風力+太陽光)の導入率が5〜10%と低い場合は、電力系統の運用に技術的に大きな課題はない。(筆者訳)
Annual VRE shares of 25% to 40% can be achieved from a technical perspective, assuming current levels of system flexibility.
変動電源の導入率を25〜40%とすることは、電力系統の柔軟性の現在のレベルを仮定したとしても、技術的に可能である。(筆者訳)
IEAは1974年に当時の米国務長官だったキッシンジャー氏の提唱のもとに設立された権威ある国際機関ですが、この組織は火力や原子力など従来型のエネルギー源も包括的に扱うため、従来は再生可能エネルギーに対しては若干保守的だと見られた時期もありました。しかし、そのような伝統と定評のある国際機関がこのようにはっきりと「技術的に可能である」とストレートに述べるレポートを公表するということは、エネルギー史から見ても画期的なマイルストーンであるのではないかと筆者は考えています。
このような画期的なレポートは、これまでわずかな例外[2][3]を除いて、ほとんど日本語で紹介されていません。公表から一年経っていますが、多くの日本人が(一般の方々だけでなく、マスコミや政策決定者、電力の専門家ですら)このレポートの重大性に気がついていないのかも知れません。
この10年で世界で何が進んでいたのか?
このIEAのレポートは、ある日突如として突然変異で登場したものではありません。IEAという権威のある国際機関がこのようなレポートを公表するに至るまでには、世界で着々と脈々と議論が進行していたのです。
図1は、一昨年(2013年)の段階で筆者がまとめた風力発電の系統連系問題に関する欧州の諸研究(学会や国際機関、研究組織、産業界団体、官民開発プロジェクトの書籍、調査報告書、成果報告書)の系譜です(2013年段階のまとめであるため、前述のIEAレポートはこの図では登場しません)。ご興味のある方は文献[4]を参照頂くこととして、ここでは図の流れと雰囲気だけ追って頂ければと思います。
図では20以上の資料が紹介されていますが、この中で現在日本語として読めるものは4つしかありません(図中8, 10, 13, 20の文献)。それ以外の資料は翻訳されていないばかりか、概要を紹介する日本語文献もほとんどない状態です。多くの日本人にとって存在すら知られていない、といっても過言ではありません。
多くの日本人が気がつかない間に、欧州や北米ではこのように産官学を挙げて再生可能エネルギーの系統連系に関する基礎研究やFS(実現可能性研究)、開発プロジェクトが着々と進められてきました。これらは特に秘匿情報ではありません。その多くがインターネットで開示され、世界中だれでもどこからでも無料でダウンロードできるものです。しかしなぜか、これらの情報は日本の情報網からすっぽりと抜け落ちていたようです(筆者の推測としては、おそらくこれまで再エネをあまりに過小評価する風潮が支配的だったため、情報網のサーチライトにあたっていなかったのだと考えています)。
図1:欧州の風力発電系統連系研究の相関図
この図や文献リストは筆者が独自にまとめたものなので、もちろんいくつか取りこぼしたり、後から人に教えてもらって追加入手した資料もあります。さらに、一昨年の段階より多くの報告書が続々と刊行されています(前述のIEAレポートもそのうちのひとつ)。また、なによりこれはEUレベルの動向なので、すでに1990年代後半から進んでいる各国の国内研究の膨大な成果報告はリストに載っていません(ちなみに個人的には、北海道と同規模の島のアイルランドに興味があります。やや専門的になりますが、アイルランドで議論されている非同期発電機の疑似慣性や周波数変化率継電器(RoCoF)の過剰動作対策は日本でも大いに参考になると思っています)。
さらに、北米に関しては筆者も手が回らず、未入手あるいは入手したけれども読み切れていない文献が山積しています。また、上記の話は風力発電に限定されており、太陽光発電の系統連系に関するものもまだまだゾロゾロ出てきそうです。膨大な資料の前に、筆者も茫然としています。でも、少しずつ前に進まなければなりません。
このような広範囲に大量の文献を調査する国際動向の分析は一研究者の手に負えるものではなく、本来、多くの研究者や実務者が協力して、国家プロジェクトレベルで情報収集して分析にあたるべきものだと考えています。もちろん、現在も学会などボランティアレベルでさまざまな方が協力・協調して、翻訳や文献調査が少しずつ進んでいますが、なにより圧倒的にマンパワーが足りません。この分野、専門研究者や実務的専門家があまりにも少なすぎるのです。裾野が広がらないとレベルもスピードも追いつけません。
国家プロジェクトという点では、海外情報分析だけでなく、実際にFS(実現可能性研究)も是非やるべきでしょう。現状では、再生可能エネルギーを電力系統にどれだけ受け入れられるか?について、日本ではFS研究がまだほとんど行われていません(いくつかスタートしつつあるので、それは多いに期待したいと思います)。ちなみに欧州や北米のFS研究の目的は、単純に「再エネが入る/入らない」ではなく、「どのようにすれば再エネがもっと入るか?」です。FS研究すらしていないのに、「再エネは入らない」「日本に向かない」と言い切ってしまってよいでしょうか?