生活保護の冬季加算引き下げは、社保審・生活保護基準部会で決まったのか?

みわよしこ | フリーランス・ライター

2015年1月9日、社保審・第二十二回生活保護基準部会が開催され、同日、報告書が取りまとめられました。

報告書公開より前に、「基準部会で冬季加算引き下げが決まった」と読み取れるかのような報道もありました。

基準部会は、冬季加算について何を議論し、どう取りまとめたのか、概略を解説します。

いまさらながら「生活保護基準」とは?

広く知られている通り、生活保護は、憲法第25条「健康で文化的な最低限度の生活」を実現するためのものです。

この「最低生活」、つまり「最低限度だけど、健康で文化的な生活」、言い換えれば「ぜいたくではなく質素だけど、普通の生活といえる最低限」を実現するために必要と考えられる費用が「最低生活費」です。これは毎年、物価等を勘案して、厚労大臣によって告示されます。

よく「生活保護費は物価が下がっても高止まり、既得権だ」という意見がありますが、それはあたっていません。物価の増減は一応は反映されます。ただ、これまでは、下げるにあたっては上げるよりも慎重な方向が確かにありました。そもそもギリギリの線(以下)に設定されている最低生活費を下げるにあたって、これまでの厚労省が慎重であったのは当然といえば当然です。一ヶ月あたり100万円で生活している世帯の収入が99万9000円になるのと、一ヶ月あたり10万円で生活している世帯の収入が9万9000円になるのとでは、影響の大きさが全く違いますから。

もう一つ、「生活保護費は物価が下がっても高止まり、年金は物価スライドするのに、ずるい」という意見もありますが、これはそもそも、趣旨の異なる制度であること、したがって異なる方法で金額設定が行われていたことによっています。最低生活を実現するための費用が最低生活費(個々の生活保護世帯に支給される「生活保護費」)なので、物価動向を勘案した結果として最低生活が実現されなくなっては困ります。「物価動向の勘案」は、それほど困難な課題なのです。

物価動向を「勘案したことにした」が、2013年8月に始まる生活扶助引き下げの根拠となっていますが(厚労省資料「生活保護制度の見直しについて」)、この時に用いられた物価指標は一般的な物価指数ではなく、厚労省が独自に考案した「生活扶助相当CPI」なる指標でした。この指標が「引き下げ」という結論を導くために作り上げられたものであるということは、ジャーナリスト・白井康彦氏を中心として検討が進められています。「生活扶助相当CPIとは何なのか」については

白井康彦氏著書「生活保護削減のための物価偽装を糾す! ―ここまでするのか! 厚労省

や、拙記事

生活保護のリアル・政策ウォッチ編 第52回 本当に生活保護当事者の物価は約5%下落したのか 「ありえない」基準引き下げを追及し続ける新聞記者の思い

をご参照ください。

なお、「年金の物価スライド」も大変深刻な問題です。基礎年金が最低所得保障として機能していない現状はただでさえ問題なのですが、基礎年金は物価上昇に対して少しだけ・物価下落に対して大きく減額され、時間がたてばたつほど目減りする方向です。まじめに年金を払ってきた人々をバカにしているのは、生活保護利用者ではなく、「まじめに払った」に年金の金額で報いない側であるというべきでしょう。基礎年金が満額でも最低所得保障にさえなっていないため、生活保護しかなくなってしまうのです。生活保護が高すぎるのではなく、年金が低すぎるのです。しかし、この問題にはここでは言及しません。

生活保護基準そのものの現状・定め方を議論する生活保護基準部会

生活保護基準部会は、生活保護基準そのものの現状を確認し、どのように定めるかを議論するための場です。

生活保護基準の具体的な金額を定める場ではありません(定めて告知するのは厚労大臣)し、具体的に「上げる」「下げる」を議論する場でもありません。

もちろん、「現状の生活保護基準が低すぎて最低生活を実現できていない」ということが確認されたならば、上げる方向性が示されることはありえます。しかし一般的に、部会委員たちは「下げる」に対しては極めて慎重です。このことは、過去に発行された基準部会報告書からも十分に読み取れるはずです。「引き下げには慎重に」というニュアンスの文言が、多数、散見されます。

生活保護基準部会報告書(2015年1月9日、住宅扶助・冬季加算)

生活保護基準部会報告書(2013年1月18日、生活扶助)

なお、「生活保護基準部会とは何なのか」については、岩永理恵氏の論考もご参照ください。

シノドス:生活保護基準引き下げについての「解説」(岩永理恵氏、2013年2月12日)

冬季加算とは何なのか

冬季には、屋内で凍死したり健康を損ねたりしないために、一定の暖房が必要です。しかし生活保護世帯の場合、そもそも支給される最低生活費が「最低」であるゆえ、冬季に暖房のための燃料等を購入することにより、「最低生活」が「最低以下の生活」になります。

この、冬季の「最低以下の生活」を「最低生活」まで引き上げるのが、冬季加算です。

冬季加算について、基準部会ではどう議論されたのか?

何が冬季加算の対象となるべきなのか、「冬季」とはいつからいつまでを指すのか、今回の基準部会でも議論されましたが、結論を見るには至っていません。

冬季加算の対象となりうるものには、暖房のための光熱費以外にも、雪対策・凍結対策・強風対策・防寒衣料・住宅に対して必要な対策など、数多くのものが含まれうるからです。そして生活保護利用者たちに対して行われたアンケートでは、

「現状の冬季加算でも、暖房のための燃料さえ賄えていない」

という現状が示されています。

基準部会でも、冬季加算の対象に関する議論は若干は行われました。

暖房が必要な時期を冬季加算の対象とするならば、その「冬季」の期間は、沖縄と北海道の最も寒い地域では異なっていて当然です。この議論も行われました。

昼間は就学・就労しているため暖房が不要な世帯と、一日中在宅している傷病者・高齢者がいるため昼間も暖房が必要な世帯では、必要な光熱費が異なります。この議論も行われました。

「冬季の光熱費増大」をどう捉えるかも、それほど容易な課題ではありません。2月の暖房にかかった光熱費は3月に請求され4月に支払われます。このような要因を、「冬季」の期間とともに捉えるにはどうすればよいのでしょうか。確立された方法があるわけではありません。この議論も行われました。

いずれの議論も、結論を見るには至っていないままです。

ただし、これらの議論は、報告書に以下のように記されています。

統計上の制約から、豪雪地域や山間部の検証が十分できておらず(家計調査データの調査対象地域には、豪雪地域や山間地域が必ずしも含まれていない)、地区区分の平均値が豪雪地域や山間部の実態を反映していない可能性があることや、本来は冬季加算と生活扶助本体の水準は併せて検討されることが望ましいこと、生活必需品目である光熱費は、より精緻なマーケットバスケット方式による検証など今回とは別のアプローチでの検証方法も考えられるといった課題がある。(31ページ)

そのため、今回の検証結果を踏まえて冬季加算を見直すに当たっては、今回の検証では必ずしも十分に捉えられなかった地域特性(特に豪雪地域や山間部等)を勘案し、留意事項を十分に踏まえつつ、生活保護受給世帯の健康に悪影響を及ぼすことのないようにする必要がある。(31ページ)

傷病・障害等により、常時在宅しており、暖房にかかる費用が一般的な世帯より多くかかる特別な事情がある場合に、必要な暖房費用が賄えないことがないよう、必要最小限度の額を別途設定できる仕組みが必要である。(32ページ)

今回の冬季加算の見直しに合わせ、光熱費以外で冬季に増加需要があると考えられる除雪費用への対応や保護開始時においての暖房器具を有していない場合の購入費用へのより手厚い対応が必要と考えられる。(32ページ)

基準部会は「冬季加算は引き下げが妥当」としたのか?

厚労省が、基準部会が、あるいは厚労省が基準部会で、「冬季加算は引き下げ」という方針を示したという報道の根拠は、どこにあるのでしょうか?報告書の該当部分は

また、生活保護受給世帯に多く含まれると考えられる属性の世帯における冬季の光熱費支出額の増加額と比較した場合においても、現行の冬季加算の地区区分で比較した場合及び省エネ基準の地域区分で比較した場合の双方で、大部分の地区において、低所得世帯における光熱費増加支出額が冬季加算額を下回っていることが認められた。(30ページ)

となっています。しかし、「冬季とは?」をはじめとする問題点に関する結論は見られていないため、あくまでも「11月~3月」という現行の冬季加算の期間において、の話です。

冷涼な地域であり、暖房の必要な期間が長ければ長いほど、「11月~3月」の光熱費の増加分は小さく見えてしまうことになります。

また生活保護世帯の住まいの一部は、「コンクリートの壁に壁紙を貼っただけ」「壁に大きな穴が開いている」など、極度に冷暖房効率の悪い住まいであることが少なくありません。このような住居では、より多くの光熱費が必要であることを、基準部会も確認しています(第二十回基準部会資料2の11ページ)。

このような引き上げの必要性がある可能性も示唆する内容は、報告書にはほとんど盛り込まれていません。報告書を実質的に取りまとめた厚労省事務局の意向でしょう。

それでもなお、部会委員の多くは、冬季加算の引き下げが生活保護世帯の生活にどのような打撃を与えるかについて危惧し、「引き下げに対して慎重であるべき」「実際に生活保護世帯が困らないように」という文言を具体的に報告書に含めるよう、最後まで主張しました。その一部は

なお、検証結果を踏まえて冬季加算額の見直しを行う際には、生活保護受給世帯に多く含まれると考えられる属性の世帯に限定した集計結果は、調査世帯数が少ない地区もあることに留意が必要である。(30ページ)

冬季加算が支給される月数(11 月から3月までの5か月)より、光熱費が増加する月数が長い地区については支給期間を延長することも考えられる。(28ページ)

今回の検証では、地区別に光熱費の支出額が増加する冬季の期間を検証した上で、冬季と冬季以外の光熱費支出額の差をみたものであり、この地区区分による実態を踏まえた結果であると考えられる。(31ページ)

のように数多くの留意事項や注記として反映されています。

2014年末に開催された前回(第二十一回)基準部会で示された報告書案と部会での議論については、拙記事

生活保護のリアル・政策ウオッチ編 第90回

住宅扶助・冬季加算の引き下げをめぐる攻防(上)「住」と「暖房」から崩れる生活保護

住宅扶助・冬季加算の引き下げをめぐる攻防(下)減額へと誘導する厚労省の“統計マジック”

もご参照下さい。

最後に、今回の基準部会報告書より、前掲の

今回の検証結果を踏まえて冬季加算を見直すに当たっては(略)生活保護受給世帯の健康に悪影響を及ぼすことのないようにする必要がある。(31ページ)

を再度引用し、

「これが生活保護基準部会の総意と考えられるべきなのに、なぜ報道されないわけよ!?」

という疑問と怒りをもって、本記事の結びとします。

みわよしこ

フリーランス・ライター

1963年福岡市生まれ。大学院修士課程修了後、企業内研究者を経て、2000年よりフリーランスに。当初は科学・技術を中心に活動。2005年に運動障害が発生したことから、社会保障に関心を向けはじめた(2007年に障害者手帳取得)。著書は書籍「生活保護リアル」(日本評論社、2013年)など。2014年4月より立命館大学先端総合学術研究科一貫制博士課程に編入し、生活保護制度の研究を行う。なお現在も、仕事の40%程度は科学・技術関連。

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