生活保護利用者が休日に急病になるということ

みわよしこ | フリーランス・ライター

休日や夜間の急病は、誰にとっても心細いものです。

しばしば「医療費が無料だから無駄に使いたがる」とされる生活保護利用者の場合、医療扶助が利用できるために医療費が無料となることは、急病の際にどのような違いとなるでしょうか?

風邪を引いて高熱があるようす、でも体温は不明

先日の日曜日、親しい友人から電話がかかってきました。

「風邪を引いて、ものすごい熱があって動けない、どうすればいい?」

というのですが、体温はわかりません。体温計を持っていないからです。

その友人はDV被害から逃れ、半年ほど前から生活保護を利用して単身生活をしています。

私の住まいから徒歩20分程度の場所に住んでいるので、様子を見に行ってくることにしました。

「医療費が無料」とはいえ、休日の急病で「すぐに」の受診は原則無理

生活保護の医療扶助では「医療(処方薬を含む)」の現物が支給されます。

この「医療の現物支給」を受けるためには、まず、福祉事務所に行って医療扶助の申請を行う必要があります。

認められれば「医療券」が交付されるので、この「医療券」を持って医療機関と調剤薬局に行き、診察・検査・治療・処方などの医療と医薬品の現物の支給を受けます。

この「福祉事務所に行く」は、必ずしも必須ではありません。たとえば

「脚を怪我して歩けない」

「高熱で動けない」

というようなときに、

「まず福祉事務所に行く」

をどうしても要求されたら、「事実上、医療扶助を利用できない」ということになります。

ですので、身動き取れないような状態であれば、

「福祉事務所に電話で申請の意向を伝え、口頭で許可を得る」

で大丈夫です。

また、本当の緊急時には、119番電話で救急隊に救急搬送を依頼することもできます。この場合、本人確認のために生活保護受給者証を見せることになりますので(保険証はありません)、対応可能な病院へ搬送されます。医療扶助の申請は事後となります。

もし「意識不明である」など、本人が申請できる状況でないのであれば、福祉事務所は申請されたものとみなして、病院とのやりとりで医療扶助を給付します。

高コスト医療を利用したがらない生活保護利用者たち

「生活保護で、どうせタダだから、救急搬送も気軽に利用するんだろう?」

と考える方は実に多いのですが、そんなことはありません。

私が直接知る多くの生活保護利用者は、救急車利用を可能な限り避ける傾向にあります。

理由はいろいろです。

自分の財布から支払うのでなくても、「多額の費用がかかるため、気が引ける」という場合もあります。

また、福祉事務所の担当ケースワーカーから「本当に救急車が必要だったのか」と追及されるなどの「後腐れ」を恐れて、という場合もあります。

かつて医療機関で激烈な生活保護差別に遭ったことがトラウマになっていて、「なるべく行きたくない」と苦痛に耐えている場合もあります。もし、そんな医療機関に救急車で搬送されたら、単なる生活保護差別に加えて「生活保護のくせに、救急車で来た」という攻撃が追加されることになるわけですから。

もちろん、激しい苦痛があるわけではなく自力での移動が若干は可能なようだったら、「救急車よりはタクシーで」が現実的な対応です。事前にケースワーカーに相談しておけば、タクシーで病院に行った場合の交通費は「通院移送費」として支給される場合が多いです。もちろん、無条件ではありません。医師の指示による、または医師に「タクシー利用が必須だった」と一筆書いてもらう必要があります。それでも、あとで「本当にタクシーが必要だったのか」と追及されることを恐れて「病院に行くのやめようか、どうしようか」と悩む人が多くいます。

まあ、様子見で済むんだったら、それも一つの選択ではあります。様子見でこじらせたら、結局は医療費がより多くかかることになるんですけどね。

そして、様子見も容易ではない事情が、生活保護利用者たちにはあります。

そもそも、余裕が作れるわけではない生活保護基準

生活保護基準が「健康で文化的な最低限度の生活」を実現できるほど高かった時期は、過去に一度もありません。

さらに2013年8月以後、生活扶助を皮切りに引き下げが続いています。もともと節約を重ねていた生活保護利用者たちの生活は、さらなる節約を強いられることになりました。

そもそも「最低限度の生活」を想定している生活保護規準から、経済的な余裕が作れるわけはありません。ギリギリの線、ギリギリ以下の線に設定されているわけですから。

さらに削減が続けられる生活保護費からは、

「ちょっと調子が悪いときに市販薬を買う」

「体温計など応急処置キットはひと通り持っておく」

「休日に具合が悪くなったとき、タクシー1メーター程度の距離のかかりつけまで往復する」

程度の余裕を作ることも困難になっています。

「手持ちの市販薬を飲み、フリーズドライ食品やレトルト食品をとりあえずお腹に入れて様子を見る」

という、生活保護より上の経済レベルの生活の「ふつう」の対応は困難なのです。

それに加えて、休日・夜間の医療のハードル、「福祉事務所に行くことも電話することもできない」があります。

というわけで、私は体温計・総合感冒薬・フリーズドライ食品などを携えて、友人宅に行ったのでした。

38.0℃の発熱はしていました。休日外来を受診するかどうか微妙なレベルです。

本人は「風邪薬を飲んで様子を見る」というので、薬を飲んでもらってしばらく雑談しているうちに、少し回復していたようでした。

どうも、ただの風邪のようです。暖かくして、食べられるなら食べて寝ていればなんとかなるでしょう。

翌日、福祉事務所に連絡をして医療機関に行ったとのこと。前日以上にこじれることもなかったようで、すんなり回復に向かいつつあるようです。一安心です。

結論:一部の問題ある医療扶助利用を、全体の話にしないでください

一部に、問題ある医療扶助利用があることは、当然知っています。でもそれは全体ではありません。

現在の生活保護の医療扶助の利用しづらさは、既に、ふつうの健康管理・ふつうの治療・ふつうの急病対応を困難にするレベルです。

これ以上困難にして、どうするのでしょうか?

生活保護利用者の生活をより厳しくしたい人々の本音は

「生きてたら医療扶助が必要だから、生活保護を利用するなら早めに死んでほしい」

ということなのでしょうか?

ぞっとする話です。

「それが今の日本の現実」と認めるしかないのかもしれませんが。

みわよしこ

フリーランス・ライター

1963年福岡市生まれ。大学院修士課程修了後、企業内研究者を経て、2000年よりフリーランスに。当初は科学・技術を中心に活動。2005年に運動障害が発生したことから、社会保障に関心を向けはじめた(2007年に障害者手帳取得)。著書は書籍「生活保護リアル」(日本評論社、2013年)など。2014年4月より立命館大学先端総合学術研究科一貫制博士課程に編入し、生活保護制度の研究を行う。なお現在も、仕事の40%程度は科学・技術関連。

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