バターが不足 〜岐路に立つ酪農〜
11月19日 19時50分
食卓に欠かせない乳製品であるバター。
このバターが、今、全国的に品薄になり、東京のスーパーでは相次いで棚から姿を消しています。
最大の要因は、全国の生産量の半分以上を占める北海道で、昨年度から生産量が減少しているためです。
これまでは順調に生産量を伸ばし続けてきた酪農王国・北海道でなぜ減っているのか。
この背景を探ると、酪農が直面している構造的な問題が浮かび上がってきました。
生産地の現状について、帯広放送局の佐藤庸介記者が報告します。
バターがスーパーから消えた
今月上旬、東京都内のあるスーパーの棚を見て、目を疑いました。
ふだんなら何種類もそろえられているバターが、すべて姿を消していたからです。
不足しているのはほかの店も同じのようで、訪れた買い物客の1人は「バターを探して、これで3軒目。また見つからなかった」と肩を落としていました。
札幌市内の洋菓子店でも、かき入れ時のクリスマスを前にケーキが十分に作れないかもしれないと不安の声が聞かれ、全国的に影響が広がっていることがうかがえます。
背景に北海道酪農の構造問題が
なぜ、バターが不足しているのか。
この背景を探ると北海道の酪農が構造的な問題に突き当たっていることが分かってきました。
これまで北海道の酪農家は後継者不足などで離農が進み、年間およそ200戸のペースで減ってきました。
その一方で、酪農家の1戸当たりの牛の頭数はほぼ一貫して増加を続け、離農による生産減少を補ってきました。
酪農家の大規模化が進んだ結果、北海道の牛乳の生産量も増加を続けてきた形です。
ところが、おととしからの3年、1戸当たりの牛の頭数が横ばいとなっていて、昨年度の生産量も384万トンと前の年度に比べて2.1%減りました。
大規模化が頭打ちとなったことが、牛乳生産量の減少を引き起こしていたのです。
規模拡大が「デメリットに」
現場の実態はどうなっているのか。
全国有数の酪農地帯、北海道・十勝地方で1200頭以上を飼育する全国でも屈指の規模の酪農家に話を聞きました。
この酪農家は9年前に法人を設立して以来、離農した周辺の牧草地を引き受けるなど、規模を徐々に拡大してきました。
拡大のねらいはコストの削減です。
搾乳用の大型機械やふん尿で堆肥を作る施設などの導入は重い負担でしたが、生産量を一気に増やすことで、結果的にコストを下げられると考えました。
しかし、今、そのねらいが裏目に出て、「スケールメリットを期待したが、今やスケールデメリットになっている」と言います。
施設を動かすための電気代は、相次ぐ電気料金の値上げで2割上昇。
牛を増やしたことで従業員が必要になりましたが、人手不足のなか、人材を確保するために給料を上げ、人件費は900万円増加しました。
さらに輸入の穀物飼料の価格が上昇して、ことしはエサ代が3億円に上り、経営を圧迫しています。
農林水産省の調査でも、大規模酪農家が苦境に陥っている現状が明らかになっています。
規模を拡大するとある程度まではコスト削減効果が現れますが、牛の数が80頭を超えるまで大きくなると、むしろエサ代や人件費などのコストの上昇が削減効果を上回ってしまうことが分かりました。
日本農業の「優等生」と呼ばれ、国の方針に従って順調に規模を拡大してきた北海道の酪農に壁が立ちはだかっているのです。
エサ代削減に活路あり?
牛乳の生産量を再び増加させるためには、どうすればよいか。
酪農家の経営を改善するにはコストを減らさなくてはならず、そのための模索が各地で始まっています。
中でも重要なのがエサ代の削減です。
酪農が基幹産業となっている北海道東部の標茶町では、生産コストを1割削減することを目指し新たな牧場を立ち上げる準備を進めています。
この牧場では、牧草の研究を進めてきた大手乳業メーカー、雪印メグミルクのグループ会社「雪印種苗」と組んで新たな牧草を活用する計画です。
乳牛のエサは、輸入した穀物中心の飼料と牧草を半分ずつ混ぜたものが主流です。
価格の高い穀物をできるだけ減らし、牧草の割合を増やすことでコストを削減しようとしています。
活用しようとしているのは、栄養価が高く、雑草よりも成長のスピードが速い新種の牧草です。
実は牧草地には雑草も多く生えていますが、雑草は牛乳の生産につながる栄養は少なく、牧草と一緒に刈り取ってエサに混ざってしまうと栄養価を下げ、生産量を落とす原因となります。
新種の牧草は、冬に強く早く大きくなるため、日光を遮り雑草が育つのを妨げます。
その結果、エサに雑草が混ざらず、価格が高い穀物にもひけをとらない栄養を確保でき、エサにかかる費用を削減できると期待されています。
このほか、生産者団体のホクレンでも、エサに占める牧草の割合を増やす飼育方法の研究を進めるなど、コスト削減に向けた取り組みが動きだしています。
しかし、こうした動きが生産現場で成果を出せるかどうかは、まだはっきり分かりません。
バター 輸入でまかなえるか
もし、消費量を賄えるほど国内で生産できないのであれば、輸入を増やすことも選択肢です。
バターなどの乳製品の多くは、国内の生産者を保護するため、輸入する際に高い関税をかけています。
毎年一定量に限っては、比較的低い関税で輸入することになっていますが、政府は、不足を解消するため、これに加えて、今年度、2度にわたってバターの追加輸入を決めるという異例の対応を行いました。
足りない分を輸入で埋めるためにずいぶん大変な手続きをしているということです。
TPP=環太平洋パートナーシップ協定を巡る交渉で、乳製品の関税の取り扱いも議論されるなかで、「乳製品が足りないなら、関税を下げて輸入しやすくしたほうが消費者の利益になる」という意見が今後強まってくるかもしれません。
一方で、中長期的には世界的な乳製品の消費量は増大する可能性が高まっています。
中国では、乳製品の輸入量がおととしまでの5年間でおよそ5倍に増えたほか、東南アジアでも市場が拡大しています。
酪農に詳しい東京大学大学院の矢坂雅充准教授は、「もし、国内で牛乳を生産する余力がなくなって、輸入に頼る選択をした場合、乳製品の価格は国際価格に左右され不安定になりかねない」と指摘しています。
輸入品がよい? 国産品がよい?
暮らしに身近なバターに起きた異変。
この背景を探ることを通じて、消費者がふだんはあまり考えることのない北海道の酪農の問題に思いをめぐらせて、「将来的には不安定な面があるけれども価格が安い輸入の乳製品にメリットを見いだす」のか、「ある程度安定してはいるものの、価格が高い国産の乳製品を評価する」のかという難しい選択について、考えるきっかけになればよいと思います。