復活してしまったヨーゲン
「今後、朝鮮人がウチを襲いに来たらどうするんだ」と私の取材を非難し、「朝鮮人の反日思想こそが問題」だと自らの正当性を訴える。私が少しでも反論しようものなら、「やめてくれ」とわめくだけだった。
やたら「朝鮮人」を連呼し、自身のヘイトスピーチは「反日に対する抵抗」なのだと主張するヨーゲンは、まさにネットの文言そのままの一本調子で何のひねりもない。
いま、あのときを振り返りながら、こうして書き起こしているだけで気恥ずかしくなる。いや、なんともバカバカしい。やはり、こんなのは取材じゃない。オーディエンスを意識している以上、私も好きなことが言えない。ヨーゲンの本名すら口にすることができないのだ。私はつくづく映像向きの記者ではないと実感した。
ただし唯一興味深く感じたのは、彼が在日コリアンを嫌悪することになったきっかけとして「生活保護問題」を挙げたことにある。
ヨーゲンは興奮した口調で次のように述べた。
「朝鮮人が生活保護を受給できていることが許せない。日本では生活保護が受給できないことを理由に、年間1万人もの人が自殺している。それは朝鮮人などが不当に生活保護を奪い取っているからだ。つまり60年間で60万の日本人が朝鮮人のせいで死んでいる。いま日本に住んでいる朝鮮人と同じ数の人間が、これまで命を奪われてきたことになる」
日頃から在特会などが主張していることでもある。実にメチャクチャなロジックではあるが、彼の憎悪が、そうした「奪われた感」に基づいたものであろうことは、ぼんやりと理解できた。結局、ネット上の真偽定まらぬ怪しげな言説に飛びつき、どうにか自我を保っているのだろう。
この「ニコ生対決」を終えてからも、ヨーゲンは懲りなかった。相変わらずネットで暴言、珍説をまき散らしていた。しかし"ニコ生効果"で必要以上に有名になりすぎたせいか、おかげでツイッターを運営する米ツイッター社にも「問題発言の多いユーザー」として認知されてしまったようだ。おそらく差別発言に対する同社への"通報"が相次いだのだろう。3月を過ぎたころには何度か「アカウント凍結処分」を受けている。
「ネトウヨ界の大物」を自称していたヨーゲンも、いつしか過去の人になりつつあった。
そしてある日突然、彼はツイッター上から消えてしまう。
彼の最後のツイートは6月17日である。
実はその日に彼は商標法違反で栃木県警に逮捕されたのであった。
*
裁判の過程においてヨーゲンは、多額の借金を抱えていることでプロダクトキーの販売を思いついたこと、それが犯罪だという認識が薄かったことなどを陳述した。
また、妻に対するDV(ドメスティック・バイオレンス)など、家庭内における様々な問題も露見することとなった。
朝鮮人を皆殺しにするとネットで吼えまくり、愛国者だとおだてられ、「大物ネトウヨ」を自称していた男も、法廷では虚勢を張ることもできず、叱責を受ける子どものようにうなだれているだけだった。
「もうネットに関連した商売はやらない。二種免許を取得して運転代行の仕事を始めたい」
憔悴しきった声でヨーゲンは更生を誓った。
哀れさをさらに誘ったのは、それまでヨーゲンを持ち上げ、同志だと豪語していた者たちが一人も法廷に姿を現さなかったことである。
冷たいものだ。「ネトウヨの連帯」など、その程度のものである。
ネットで踊り続けたヨーゲンに肩を差し出す者は誰もいなかったのだ。
そして10月15日、宇都宮地裁栃木支部の判決公判──。
同支部による判決は「懲役2年執行猶予4年、罰金100万円」というものだった。
今回が初犯であり、さらに更生を誓ったことが考慮され、執行猶予付きの判決となった。
その日、ヨーゲンは4か月ぶりの帰宅が許された。
量刑は妥当なところであろう。それでもなにか釈然としないものが残るのは、結局、彼のヘイトスピーチは何ら裁かれることはなく、しかも釈放された翌日から彼はツイッターを再開し、早くも私に対する罵倒を始めたためである。
まあ、私への罵倒程度ならばかまわない。しかし、彼の攻撃を受けた人々の傷は残ったままだ。なんら被害救済されることなく、ヨーゲンの復活に暗澹たる気持ちでいるに違いない。
取材の過程で、ヨーゲンを逮捕した栃木県警関係者から、私はこんな言葉を耳にした。
「容疑はすぐに認めたが、取り調べの最中にも極端に偏向した言説を口にするなどして担当者を困らせたらしい」
その様子が目に浮かぶ。取調室でも、ヨーゲンはヘイトスピーカーであり続けたのであろう。
ヨーゲンは確かに追い込まれた。今後、特定の人物に向けたヘイトスピーチが再開されれば、所在も本名も明らかとなったヨーゲンは即座に被告席に戻されることになろう。
だが、彼はおそらく変わっていない。ネットの自家中毒から覚めてはいない。
そしていまも、ネット上には無数のヨーゲンがいる。憎悪と差別と偏見を拡散する差別主義者が跳梁跋扈している。
そうした現実とどう向き合っていけばよいのか。このままでよいのか。ヘイトスピーチは裁かれないままであってよいのか。
差別を野放しにしている社会を変えるために何ができるか、私はいま、それを考えている。
<了>
ジャーナリスト/1964年静岡県生まれ。週刊誌、月刊誌記者などを経て2001年よりフリーに。著書に『ルポ 差別と貧困の外国人労働者』(光文社新書)、『外国人研修生殺人事件』(七つ森書館)ほか。主著『ネットと愛国』(講談社)で2012年度講談社ノンフィクション賞、JCJ(日本ジャーナリスト会議)賞を受賞。現在は2015年春の出版を目標に、『ネットと愛国』の続編を鋭意執筆中。
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安田浩一・著
『ネットと愛国 在特会の「闇」を追いかけて』
第三十四回講談社ノンフィクション賞受賞作、第四十四回大宅壮一ノンフィクション賞候補作品。
聞くに堪えないようなヘイトスピーチを駆使して集団街宣を行う、日本最大の「市民保守団体」、在特会(在日特権を許さない市民の会 会員数約1万人)。だが、取材に応じた個々のメンバーは、その大半がどことなく頼りなげで大人しい、ごく普通の、イマドキの若者たちだった・・・・・・。
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