人は、物語を「必要とする」のか?
1960年代以降のNHKで
『夢の島少女』や『四季・ユートピアノ』、
『川の流れはバイオリンの音』など
伝説的なテレビドラマを生み出してきた
佐々木昭一郎さんが、
78歳にして、初の「映画」を撮りました。
『ミンヨン 倍音の法則』と題された
その「19年ぶり」の最新作も
プロの俳優ではなく、
「一般の人を主人公に抜擢する」という
独自のスタイルで撮影されました。
そこで、作品のことはもちろん、
よりひろく「物語とは何か」についての
濃くて重層的で、でもどこか軽やかなお話を
佐々木監督にうかがってきました。
もともとは
「なぜ、人は物語を必要とするのか?」
という質問をしてみたくて、臨んだ取材。
78歳の監督の答えに、しびれました。
聞き手は「ほぼ日」奥野です。

第2回ドキュメンタリーが追う事実、
フィクションが描く真実。

──
ご本人の意識とは関係ないところで
佐々木監督のドラマ作品は
「一般の人」を起用しているという点で
ときに
「ドキュメンタリー調」と形容されます。
佐々木
ぼくは一貫して
フィクションをやってきたんだけどね。
──
はい。

そこで、ひとつ、おうかがいしたいのですが、
ドキュメンタリーとフィクションのちがい、
あるいはフィクションの魅力って
どういうところにあると、思われますか?
佐々木
ドキュメンタリーは「事実」を追求するけど、
フィクションは「真実」を描くよね。
──
おお‥‥なるほど。
佐々木
ドキュメンタリーは事実を積み重ねていって、
事実によって語らしめるわけだけど、
その点フィクションは、
完全に「架空の世界」を描くことができます。

われわれ映像作家は
そこに「真実」を、ひそませるんだ。
──
ドキュメンタリーが追うのが事実で、
フィクションが描くのが、真実。
佐々木
そう思うよ。
──
盲点でしたけど、とても納得しました。
佐々木
あと、ドキュメンタリーとちがって
フィクションって抽象性を描けるんだけど
「物語」には
ある種の抽象性がないと、ダメだと思う。
──
たしかに、佐々木作品には
説明的な場面って、ほとんどありませんが、
物語に抽象性が必要なのは、なぜですか?
佐々木
観ながら考えるからですよ、観客が。
自分の頭で。
で、観客に考えてもらわなきゃ、深まらない。

作品ってのはさ、何だろう、
何もかも与えちゃったら、つまらないんだ。
ヒナ鳥にエサをあげる親鳥、
みたいな役割なんて、おもしろくも何ともないよ。
──
観て、自分の頭で、考える。
佐々木
観ている側だって
そっちのほうが、おもしろいんじゃないかな。

だから僕は
極力「説明しない」ことでやってきたんです。
それは、観客だけでなく、
出演者に対しても同じなんですけどね。
──
演技を指導するということは、しない?
出演者は「一般の人」なのに。
佐々木
別に、いじわるで教えないんじゃなくて、
自分の頭で考えてほしいんです。
──
その場面や、セリフの意味を。
佐々木
で、それができる人に、
これまで、出演してもらってきたんですよ。

僕が、手取り足取り出演者にへばりついて
「ハイ、そこで目線こっち頂戴」
とかやっちゃうと
話がグニャグニャになっちゃうんでね。
──
なるほど‥‥。
佐々木
僕の作品のなかでは、
その人が、
あたかも本当にその場で呼吸しているように
生き生きしてもらわないと困る。

もちろん台本だってあるんだけど
「このセリフは、こういう感じで言ってくれ」
とは、まあ、言いませんねえ。
──
つまり、一般の人のなかから
これはと思える人が見つかるまで探し続けて、
口説き落として、
苦労してキャスティングするのは
「登場人物を生き生きと描く」
ための、ひとつの方法だっていうことですか。
佐々木
まあ、そうとも言えますかね。
──
お聞きしていて、監督が好きな「物語」って
どのような作品なのか、気になりました。
佐々木
映画監督で言えば、まずは、キューブリック。

キャリアの初期のころに撮った
『現金(げんなま)に体を張れ』なんか最高。
──
こう言ったら変かもしれませんが、意外です。
ぜんぜんちがいますし。作風。
佐々木
第一次大戦ものの『突撃』の最後のシーン、
ドイツ軍への突撃命令を
実行できなかったフランスの兵隊たちに
銃殺刑が言い渡されるんだけど
酒場にドイツ人の女歌手が連れて来られて、
歌を歌わされるんだよね。

で、その歌に、兵隊さんが心奪われちゃう。
──
ええ。
佐々木
まったく素晴らしいシーンですよ。

キューブリックは、
最後、あのシーンを撮りたくて
それまでの90分を撮ったんじゃないかって
思うくらい。
──
それほどまでに。あらためて観てみます。
佐々木
一般人ばかり使うもんだから
あんまり予算を割いてもらえなかった
僕のテレビドラマと同じで、
その『突撃』って作品も
ほとんどお金かかってないと思うんだけど
そのへんも、いいなと思う。

でも、その一方で、
18世紀のヨーロッパが舞台の歴史物の‥‥
あれ、なんて言ったっけ。
──
『バリー・リンドン』ですかね。
佐々木
そうそう、ああいう、
お金のかかった大作も撮れちゃうところが
あの人のすごいところだよ。

芸術家であると同時に、
視点が極めてジャーナリスティックだしさ。
──
では、佐々木監督にとって「物語」とは
どういうもの、なんでしょう。
佐々木
それは、たいへん難しい質問ですけど
たとえば
ドフトエフスキーの『罪と罰』って小説が
ありますよね。
──
ええ。
佐々木
若者が、管理人の部屋の前を通って
アパートから表通りに出て、
雑踏に紛れ込んでいく‥‥という描写から
はじまる物語です。
──
はい。
佐々木
読んでるこっちは、あの筆で
すうっと
主人公ラスコーリニコフになりきれちゃう。
──
ドストエフスキーの描写で?
佐々木
そう、ものすごい筆力、描写力だと思います。

つまり「物語」というのは
「主人公がいないと成り立たない」んだけど
これを逆に言えば、「物語」というのは
「主人公から目を離さない」のが、絶対条件。

「物語とは何か」という質問に対して
ストレートな答えじゃないかもしれないけど、
「組み立て方」で言うなら
物語って、そうやってできているものですよ。
──
おもしろいです。
佐々木
読者は、主人公といっしょに歩くんです。

主人公の前へ出てみたり、後ろへ回ったり、
追いかけて、追い越して。
音楽で言えば「フーガ」みたいにしてね。
──
ええ、なるほど。
佐々木
「主人公」がよろこべば「私」もよろこび、
「主人公」が悲しめば「私」も悲しむ。

弾めば弾むし、しぼめば、しぼむ。

小説とか映像とかの形式はともかく、
それこそ「物語」だろうと思うけど、僕は。
──
とても明解です。
佐々木
他の人は知らないですよ。聞いたことないしね。

ただ、バルザックの『ゴリオ爺さん』でも
爪のカタチがどうのこうのって、
何のためにそんな描写してんのと思うけど、
いつの間にか
「ゴリオ爺さんになっちゃう」んだよなあ。

読んでる僕らが、ね。
──
主人公を描写することで
「物語」が転がっていく‥‥というのは
佐々木作品にも通じる気がします。
佐々木
だから敢えてテクニック的なことを言うなら
ストーリーに「焦ってる」作品って、
読んでいても、ぜんぜんおもしろくないよね。
──
なるほど。
佐々木
ドストエフスキー自身が
ラスコーリニコフって主人公になりきって
書くわけだけど、
ドストエフスキー自身は、「I」でしょ?

で、ラスコーリニコフは「He」ですよね。
──
「人称」で言えば、ええ。
佐々木
「I」が「He」を生み出す過程が「物語」だし
その部分に、身を削るほどの、
おそろしい苦労がともなうんだと思います。
──
佐々木監督の作品も
ほとんどストーリーを追わず、
静かに深く、人物を描写していく感じですものね。

他方で、監督が勤務していたNHKに
膨大な経験値やアーカイブが蓄積されている
「ドキュメンタリー」については
どのようなお考えというか、感想をお持ちですか?
佐々木
木村栄文(ひでふみ)って、知ってる?
──
福岡の放送局のドキュメンタリストですよね。
数年前、渋谷の映画館で特集されていた気が。
佐々木
あの人の作品は、だいたい、おもしろいよ。

プロ野球選手の大下弘を描いた作品で
『桜吹雪のホームラン』ってのなんか、実にいいね。
──
知的障害を持っている娘さんを描いた
『あいラブ優ちゃん』とかで、有名ですよね。
佐々木
あるいは、工藤敏樹さん。

なんて言ったっけな、
第五福竜丸のドキュメンタリーを撮った人で、
『富谷国民学校』とか
『スリ係警部補』とか‥‥。
──
スリ担当の警察の話?
佐々木
そう、定年退職前のスゴ腕の警部補がね、
スリに目をつけて、尾行して、
検挙の瞬間まで追っかけたドキュメンタリー。

取り調べの場面にも、カメラ入れちゃったり。
──
おもしろそうですね!
佐々木
昔のテレビには、そんな名匠がたくさんいたよ。

あとはさ、大河ドラマの『太閤記』の冒頭で
新幹線を走らせちゃった
吉田直哉さんって名ディレクターとか。
──
え、時代劇なのに、新幹線?
佐々木
有名な話だよ。本人にとっちゃ
なんでもないことだったろうと思うけどね。

で、その吉田さんなんかも
もともとドキュメンタリーの人だったんだ。
──
どのような作品を撮られてたんですか?
佐々木
『日本の素顔』ってシリーズの
『日本人と次郎長』なんて、最高傑作だよ。

なにしろ、日本のヤクザの親分が
次から次へと登場して、刺青を見せるんだ。
──
今では、ちょっと考えられないですね。
佐々木
しかもね、
ただカタログみたいに見せるわけじゃなく、
吉田さんって人は
そこに「文明批評」を混ぜるんだよ。

「人はなぜ刺青を入れるんだろう」とかさ。
──
それを、お茶の間のテレビで
放送してたってことですよね。すごい‥‥。
佐々木
それだけ好き勝手やって
ヤクザにも、ぜんぜん恨まれてないしね。
──
観てみたいです。
佐々木
横浜の放送ライブラリーにあるよ、きっと。
──
あたらめて
ドキュメンタリーは「事実」を追求し、
フィクションは「真実」を描く、というお話は
すごく、おもしろかったです。
佐々木
はじめにドキュメンタリーを撮ってた人って、
いつか、フィクションを撮りたくなる。

吉田さんもそうだったし
イタリアのミケランジェロ・アントニオーニも
フェデリコ・フェリーニも、
ドキュメンタリーから出発してるからね。
──
そうなんですか。
佐々木
事実を積み重ねるドキュメンタリーを経て
フィクションで
自分の描きたいことを描きたいようになる。

ドキュメンタリーって、
だから、
第一級のフィクションの基盤をなしている、
そういうものでもあるんでしょうね。

<つづきます>

2014-11-07-FRI

「四季・ユートピアノ」

11月3日(月・祝)午前9時~
【再放送:11月11日(火)午前0時45分~】

「マザー」

11月4日(火)午前9時~
【再放送:11月12日(水)午前0時45分~】

「さすらい」

11月5日(水)午前9時~
【再放送:11月13日(木)午前0時45分~】

「夢の島少女」

11月6日(木)午前9時~
【再放送:11月14日(金)午前1時00分~】

「川の流れはバイオリンの音」

11月7日(金)午前9時~
【再放送:11月15日(土)午前2時15分~】

※公式ホームページはこちら。

佐々木監督のテレビドラマを
当時、お茶の間で、リアルタイムで観た人に
何人かお会いしたことがあるのですが
みなさん「そのとき」のことが
いかに衝撃的だったかを、興奮気味に語ります。
ネットなどで検索すると
「一般人を出演者に抜擢した詩的な映像」のように
説明されることも多いのですが、
正直、これではよくわからないと思います。
しかしながら、佐々木監督の作品は
DVDにもなっていないので
(ものすごいプレミア価格のVHSならありました)
現在は、ほぼ観られる機会がないのですが
今回、映画『ミンヨン 倍音の法則』公開に合わせ、
「NHK BSプレミアム」で
「佐々木昭一郎特集」が組まれることになりました。
この連載が公開される11月6日(木)現在、
本放送は一部終了していますが
まだ、再放送のオンエアには間に合いますので
よければぜひ、ごらんになってみてください。

11月9日(日)16時00分~17時29分

映画『ミンヨン 倍音の法則』の撮影現場に
じつに「5年間」も密着したドキュメンタリーです。
「NHK BSプレミアム」にて放送されます。

12月12日(金)まで、岩波ホールにて公開中。
11月22日(土)から、
名古屋の名演小劇場で公開。
その後、順次全国劇場公開。
作品の公式ホームページはこちら。

ずっと「つくりたい」と思い続けていた
佐々木監督が
「19年ぶり」に完成させた作品は、
「78歳」にして初めての「映画」となりました。
画面に大写しになる主人公・ミンヨンの笑顔と
モーツァルトの交響曲「ジュピター」など
音楽の豊かなハーモニーに満ちた、幻想的な作品。
好き嫌いは分かれるかもしれませんが、
佐々木監督の作品世界がお好きな人でしたら
2時間20分の長尺ですけど、
楽しめると思います。

青土社の
ネットショップは、
こちら。

Amazonでの
おもとめは、
こちら。

32年前に初版が発行された佐々木監督の著書
『創るということ』が、青土社より復刊されました。
冒頭から佐々木監督の「創る」論が展開され、
たいへん読み応えがあります。
「相手に全部金歯をはめたいとかいう妄想が
 喫茶店で生まれたりします。」(同書18ページ)
『ミンヨン 倍音の法則』の制作エピソードはじめ
内容も大幅に増補されての復刊です。