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「特許権を社員から企業に帰属させる」
という方針を政府は取っている。これについて朝日が報道したところ、「誤報だ」という見解がネットに出回っている。
たとえば、これだ。
→ はてなブックマーク - 2014-09-03
→ はてなブックマーク - 2014-09-04
では、本当にそうか?
まず、当日の魚拓を見る。
政府は、社員が仕事で発明した特許を「社員のもの」とする特許法の規定を改め、無条件で「会社のもの」とする方針を固めた。これまでは、十分な報償金を社員に支払うことを条件にする方向だったが、経済界の強い要望を踏まえ、こうした条件もなくす。企業に有利な制度に改まることになり、研究職の社員や労働団体は反発しそうだ。
政府が条件として検討してきた十分な報償金制度をめぐっては、経団連などが「条件の内容が不明確で使いにくい」などと反対し、無条件で「会社のもの」にすることを強く求めていた。方針転換は、こうした企業側の意見に配慮した。
特許庁は3日の特許制度小委員会で新方針を説明し、来年の通常国会に特許法改正案を提出する考え。
( 以下略 )
( → 魚拓 2014-09-03 )
これを見ると、「無条件で会社のものにする」ということから、「社員には何の対価も支払われずに特許権が社員から会社に渡る」というふうに感じられなくもない。
しかし、その後半を読めば、そうではないとわかる。当日は ( 以下略 ) となっていたが、のちにこの部分はすべて公開された。魚拓もある。
→ 朝日新聞
→ 魚拓
重要な該当箇所を引用すると、次の通り。
いまの特許法では、社員の発明の意欲を高めるため、仕事で発明した特許は「社員のもの」とし、会社は発明にみあった対価を払って特許を譲ってもらう必要がある。対価の金額をめぐる訴訟が相次ぎ、産業界は「会社のもの」にしたいと主張。政府は6月、十分な報償金を支払う仕組みがある企業に限り、「会社のもの」にできる特例を設ける改正方針を決め、具体案の検討に入っていた。
これを読めばわかるように、「十分な報償金を支払う仕組みがある企業に限り」ということが旧条件であった。そして今回、その旧条件をはずすようにした、ということだ。
旧:十分な報償金を支払う仕組みがある企業に限り、会社のものになる
新:十分な報償金を支払う仕組みがなくとも、会社のものになる
では、これは、社員が何も得られないということか? そうではない。「無条件」とは「無報酬」という意味ではない。 【 重要! 】
ここを勘違いする人が多いので、注意しよう。
特許権はたしかに、会社のものになる。ここでは、条件は付かない。旧案ならば、「十分な報償金を支払う仕組みがある企業に限り」という条件があったが、新案ではそのような条件ははずされた。
しかしながら、特許権そのものは(無条件で)会社のものになるが、その報償金(報酬)が支払われないということではない。
無条件なもの:特許権の所属(会社のもの)
これだけが無条件である。一方、報償金(報酬)がどうなるかということは、ここではまったく述べられていない。これはこれで、別の話となる。
ところが、この二つのことを混同して、「無条件」というのを「無報酬」と誤解する人が多い。そのせいで、ネット上は大混乱となった。
たとえば、この人だ。
朝日新聞の記事は「一律つまり無条件」なんて言ってませんよ。「報償金」についての条件をつけないと言っている。 @ekesete1 @ranrando 審議会の議論は「一律会社帰属にするかどうか」のようです… http://t.co/tYuUIrvcRu 一律つまり無条件です
— 玉井克哉(Katsuya TAMAI) (@tamai1961) 2014, 9月 4
読売は「企業が一定の条件付きで保有できるよう、特許法を改正する方針で一致した」と書いていますよね。他のメディアも報道しているように、「条件付き」なんですよ。現在の審議の前提は。それを「無条件」と書いた朝日新聞の観測記事は、誤報です。 @ekesete1 @ranrando
— 玉井克哉(Katsuya TAMAI) (@tamai1961) 2014, 9月 4
報償金について無条件と書いたのだから、誤報です。 @ekesete1 @ranrando 朝日は「補償には規定を設ける」といってます>改正案では、社員の待遇が悪くならない規定を設けるなどとしている。http://t.co/uGnLOgoCuc
— 玉井克哉(Katsuya TAMAI) (@tamai1961) 2014, 9月 4
念のため。> 「これまでは、十分な報償金を社員に支払うことを条件にする方向だが、…こうした条件もなくす」というのが、「無条件」の内容。実際には経済界が譲歩し、論じられたのは報償金の払い方や金額の決め方。これを誤報でないというのは無理。 http://t.co/Lt7FDFuAs9
— 玉井克哉(Katsuya TAMAI) (@tamai1961) 2014, 9月 4
ひどいものだ。完全に勘違いしている。
「報償金を払うことを条件としない」というのを、「報償金を払わない」と誤読している。
朝日の記事で述べていることは、「報償金を払わない」ということではない。特許権の所属(会社のものにすること)について、会社と社員の間では「報償金を払わない」ということだ。
図で書くと、こうだ。
《 旧案 》
特許権: 社員 → 会社
報償金: 社員 ← 会社
旧案では、社員は会社に特許権を渡し、その対価として、報償金を得る。これは双方が1セットになっている。
一方、新案では、特許権は最初から会社のものになる。それと同時に、社員は報償金を得る。これは双方が別の枠組みになっている。
《 新案 》
特許権: 社員 → 会社
────────────────
報償金: 社員 ← 会社
つまり、こうだ。
旧案では、特許権の譲渡と報償金とが、1セットになっていた。ここではセットになっているということが条件としてある。
新案では、特許権は最初から会社のものである。このことには条件は付かない。一方、それとは別の枠組みで、社員は報償金を得る。
結局、「特許権が会社のものになる」ことについては、旧案では条件が付いていたが、新案では条件が付かない。(つまり無条件になった。)
一方、報償金の有無については、特に変わらない。どっちにしても、報償金はもらえる。ただし、旧案では、報償金は社員と企業の関係で決まった。一方、新案では、報償金の定め肩は法律の示すところによる。
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以上のように、すっきりと理解できる。
ところが、これを勘違いした人々が、「朝日は誤報をした! 特許権について無報酬だと誤報した!」と喚いた。
朝日が誤報したわけじゃない。そそっかしい読者が、勘違いしただけだ。それというのも、朝日の記事では、最初は冒頭しか公開されていなかったからだ。
彼らは、記事の冒頭だけを読んで、記事の後半を読まずに、勝手に誤読した。自分の誤読を、朝日の誤報だと見なして、朝日の悪口を喚いた。
何という低レベルな愚民であることか! その代表者が、東大教授だというのだから、東大教授のレベルもここまで落ちたのかと呆れる。
日本語をまともに読むことのできない東大教授が、どうしてまともな論文を書くことができるだろう?
( ※ 朝日は何も誤報などしていない。他社と同様のことを述べている。仮にこれが誤報だとしたら、読売も、NHKも、日経も、みんな誤報していることになる。さらには、政府自身が誤報していることになる。……狂気の言い分だ。)
( ※ 朝日は、誤報はしていないが、誤解を招く書き方をした、とは言える。一種の「釣り記事」みたいなものだ。で、それに引っかかった阿呆が、わんさと釣れました……というだけのことだ。もしかしたら、「記事の見出しだけを見ないで、有償の記事を全文読んでくださいね」という意図かもね。 (^^); )
[ 付記 ]
本項の内容は、ちょっとわかりにくいかもしれないので、改めて説明する。
わかりやすく言うと、こうだ。
旧案:社員が対価を得るかどうかは、企業が決める
新案:社員が対価を得るかどうかは、法律が決める
もっとわかりやすく言うと、こうだ。
旧案:社員が対価を得るかどうかも、どれだけの対価を払うかも、企業が決める。ただし、十分な対価であることが必要だ。(それが条件だ。)企業が十分な対価を払わなければ、従来通り、特許権は社員のもの。
新案:特許権はもともと会社のものとなる。最初から(無条件で)会社のものとなる。したがって社員は、特許権を引き渡すことの対価を得られない。そのかわり、対価とは別の形で、社員は報償金を得る。その報償金の額は、法律で従うところになる。
【 関連サイト 】
ただ、朝日の記事は、誤解を招きやすい書き方だった、とも言える。そこで、朝日は新たに、誤解を招きにくい記事を書いた。
→ 朝日新聞 2014-09-05
一部抜粋しよう。
いまの特許法では、社員の発明の特許を受ける権利は「社員のもの」で、「会社のもの」にするには、企業が社内の規則などに基づいて発明に見合う対価を支払わなければならない。
これに対し、企業が支払う対価の金額をめぐる訴訟を避けたい企業側が、社員の特許を最初から「会社のもの」にするよう、特許法の改正を求めていた。
特許庁は6月、「社員のもの」という原則は残しつつ、「十分な報酬制度」がある企業かどうかを事前にチェックし、条件を満たしている企業に限って、特例として「会社のもの」にできる方針を示し、具体案を検討していた。
しかし、この方針に企業側が反発したことなどから、3日の特許制度小委員会では、条件を満たした一部の企業だけが「会社のもの」にできるようにした場合、「制度が過度に複雑化し、実務に混乱を招くおそれがある」と説明した。事実上、企業側の要望に応えて、一律で最初から「会社のもの」に方針転換する考えを示したものだ。
こちらを読めば、「無条件」を「無報酬」と誤読することはないだろう。「無条件」とは「一律」のことだ、と正しく理解できるだろう。
ただ、別に、朝日の記事の内容が変わったわけではない。この記事の内容は、元の記事とまったく同じだ。ただ、誤解の余地のないように、表現をわかりやすく書き直しただけだ。
朝日の記事は、「馬鹿でもわかる」ように、平易に書かないと、なかなか理解してもらえなくなったようだ。(愚民はもはや、新聞を正しく読む能力さえなくしてしまったようだ。)
[ 余談 ]
愚民の愚民たる点は、「朝日は誤報した」という点ばかりを騒いでいて、「特許権が会社のものになる」という点をちっとも問題視しないこと。
企業の側の要求は、「特許権を格安で社員から召し上げたい」ということであり、その方針を取っているのが自民党なのだが、そのことにはちっとも言及しない。
・ 日経 …… もともと企業寄り
・ 読売 …… ナベツネが企業寄り
・ NHK …… (阿部が指名した)籾井会長以後、企業寄り
どれもこれもが企業寄りになったから、労働者側に立つ朝日が「偏向している」と見えるんだよ。