フミコフミオの夫婦前菜 第2回「伝説の湯麺で愛をとりもどすゼーット!」

結婚から3年。冷え切った夫婦関係を再加熱すべく老舗店「老郷」伝説の湯麺(タンメン)がここに降臨!全国的にも珍しい白いタンメン。驚くなかれ。このタンメン、なんと酸っぱいのである…。(平塚のグルメラーメンランチ)

フミコフミオの夫婦前菜 第2回「伝説の湯麺で愛をとりもどすゼーット!」

伝説の湯麺(タンメン)を食べにいく。妻の希望である。最近、妻は僕に対する失望を隠さない。「そろそろセイサンしない?」などと追い込みをかけてくる妻の表情は、僕に「南ちゃんを探せ」を思い出させる。

 

かつて。とあるニュース番組に「南ちゃんを探せ」というコーナーがあった。あだち充先生の名作野球風漫画「タッチ」のヒロイン南ちゃんを実世界で発掘発見、自薦他薦でテレビ局に通報、軽い審理を経て全国に紹介する度胸試しのコーナーである。当時中学生の僕は、全国津々浦々からエヴァンゲリオンの使徒のごとく出現する南ちゃんを目の当たりにしては、やりきれない怒りと失望を覚えた。そして僕は大切な人たちにこんな思いをさせてはいけないと強く誓ったのだった。

 

時は流れ2014年。不惑を迎えた僕は関係各位を大いに失望させている。妻は「南ちゃんを探せ」に失望した僕と同様の表情をしていた。原因はわかっている。甲斐性。僕らの結婚はできちゃった結婚レベルの慌ただしいものだった。結婚式はなし。新婚旅行は江ノ島。以来三年、妻からの失望を得て現在に至る。

 

我が家の経済は苦しく、旅行などは高嶺のフラワー。それならばせめて年に数度は妻の望む店に行って、妻が望む食事をしよう、最近、僕はそう考えている。食を通じて愛を取り戻す。今回はタンメンで。伝説のタンメンで。エコノミーに。

 

リクエストは神奈川県平塚市にある老舗店『老郷』のタンメンである。「五十年変わらない伝説のタンメンらしいのよ」。脱ぎ捨てた僕のスーツに消毒スプレーを噴出させながら妻はいう。「なぜタンメンなんだ?」。愚問を呈する僕に、妻は「キミは言葉が薄っぺらい」「ポジショントークしかできない」「ふにゃふにゃなのよ」と一定の評価を与えたあとで、「伝説とか伝統とかを知るべきだと思うの。変わらないことの難しさみたいなものを知る必要があるわ」などと難解なことをいう。要するにタンメンを通じてしっかりとした生き様を教えようとしているらしい。 

 

妻の意見を聞きながら僕はほくそ笑んでいた。なぜなら件の老郷のタンメンを、高校時代を平塚で過ごした僕はよく知っていたからである。いわばホーム。伝説のタンメンに対するウンチクを青春の経験を交えて語ることで若干の信頼の回復につながるのではないか。そんなこんなの、ほくそ笑み。

 

当日。伝説のタンメンのことはよく存じているよ、と妻に告げた。妻は無反応であった。伝説のタンメンの知識豊富な亭主を尊敬するあまり言葉を失っている、そう思い込むことにした。平塚駅から商店街を抜け、店へ向かう。「懐かしいなー。学友と放課後によく行ったものだよ。店舗は年季入っていてね、何となく札幌の時計台を想わせる外観をしているんだ。行ったよね、覚えているよね、札幌の時計台」「行ってないです」。人違いであった。

 

 

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店が見えた。ああああ、僕は思わず声をあげた。店は変貌していた。W浅野が住んでいそうなトレンディーなビルディングへ。札幌時計台というよりは札幌市役所。札幌市役所知らないけど。「本当に知っているの?」。妻はそそくさと店に入っていく。店内も新装されていた。

 

 

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メニューかくにん!よかった。昔と変わらなかった。湯麺。みそ麺。餃子。のみ。券売機で食券を二人分購入しようと背後を伺うと、妻が財布を手にしていた。私事ながら僕のこづかいは月1万円。タンメン550円2人分、1100円を僕一人で負担するのはいかにも痛い。財政事情を熟知している妻からの550円あるいは1100円の補助を僕は切望していた。結局、妻は金を出すふりに終始した。

 

席につき店員さんに食券を渡す。「君は僕のことを甲斐性も芯もない、ふにゃふにゃ男と非難するが、ごらん、伝統のお店でも時代に即して店舗その他を変えていかないとダメなんだよ。水のように生きるとリーさんも言っていただろ」「リーって誰?」「ブルースだよ」。悲しかった。真冬の部屋で僕のヌンチャクさばきと怪鳥音をスゴイスゴイと誉めてくれたのは嘘だったのだろうか?  「メニューは変わってないじゃない」「うむう…」。

 

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タンメンの登場だ。白い麺。透明なスープ。刻んだタマネギとワカメメンマのみのシンプルな具材。これがなんとさっぱりと酸っぱいのである。ワン&オンリーのタンメン。初ラオシャンの妻に「ごらん。麺が白いんだよ。白いんだよ。白いんだよ、全体的に。まあ君の肌ほど白くはないけどね」といい、慣れた手つきでカウンターに備えられた酢の容器を手にとった。妻の猜疑の眼差しを意識しつつ「酢をかけて食べるのだよ。このように!」と教師のように語り、容器で虚空に円を二回描くようにして酢をタンメンにかけた。

 

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「え、よく見てなかったです」「だから酢をかけるのだよ」。さっ。「ごめん、早すぎて」「こうやって」。さっ。通常二回円を描く程度が僕のベスト酢量なのだが、初心者教育のために六回ほど円を描いてしまった。ちなみに備え付けのラー油をかけて食べるのもありなのでお試しあれ。真っ赤にして食べている猛者もいる。「リーじゃないよ。ラーだよ。ブルース・ラー。でもビギナーは、ラー油は次回にしてお酢だけで食してごらん」と僕は注意を与えた。妻はお酢を虚空で回したあと、迷うことなくラー油を器に投与した。聴力が心配だ。

 

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食す。サイコーであった。はじめて口にして四半世紀経つが変わらない独特の酸っぱさ。旨み。あっさりとした酸っぱいスープにお酢の酸味が相まってより爽やかな風味になるのである。白く謎めいた麺の柔らかい食感が、ネギのシャキシャキ感で際立つ。分厚いチャーシューや絶壁のように汁に突き刺さる海苔などいらない。ここには完璧な調和がある。昨今流行りの濃い系のラーメンの汁を飲み干すのは覚悟が必要だが、こちらのタンメンはすっと飲み干せてしまうのもいい。

 

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完食。時々食べたくなる味。感動のあまり、「ネギとワカメメンマあるいはシナチク。余計なものなどないよね。愛には愛で感じあおうよ。このタンメンのように真っ白な2人に戻ってさ」と隣にいる妻にASKA調で語りかけた。愛の回復を感じつつ。タンメンに集中する妻、無反応。

 

「やっぱセイサンしないとダメだよ」「セイサン?」「だから一度人生を清算して見つめ直さないとヤバいですよ、キミ。ふざけてばかりで人生を預けるのがこわいです」。爾来、保険だけでも大変な出費なのに「共済には加入しましたか?キョーサイはどうなりましたか?」と追い込みをかけられている。もう、キョーサイが恐妻にしか聞こえない。人生は伝説の湯麺よりも酸っぱい。(秘境飯篇に続く???)。

 


ぐるなび - 老郷 本店(平塚/ラーメン・つけ麺)

 

 

フミコフミオ

f:id:g-gourmedia:20140811094752j:plain海辺の町でロックンロールを叫ぶ不惑の会社員です。90年代末からWeb日記で恥を綴り続けて15年、現在の主戦場ははてなブログ。内容はナッシング、更新はおっさんの不整脈並みに不定期。でも、それがロックってもんだろう?ピース!

 

 
ブログ「Everything you've ever Dreamed」:http://delete-all.hatenablog.com/
ツイッター:https://twitter.com/Delete_All

 

               
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