[以下はジャン=リュック・ナンシーによる、ハイデガー『黒ノート』に関する小論の邦訳。原文はジャン=クレ・マルタンの6/21付けブログStrass de la philosophie: Heidegger et nous / Jean-Luc Nancyに掲載。なお訳出にはドイツ語訳Nancy: Heidegger und wir - Faust Kulturも参照した。]
ハイデガーとわれわれ
たとえハイデガーのテクストのうちに三〇年代のヨーロッパで支配的であった反ユダヤ主義のたぐいの宣言が見当たらないとしても、五〇年代以降、彼がそうした反ユダヤ主義に加担していたことを疑わない者はいなかった。
この点にかんし、われわれは『黒ノート』から何も知ることはない。この『黒ノート』から受ける驚嘆と呪詛はむしろ、理解しがたいおめでたさを証言している。原―オリジナルなギリシャの思想によってユダヤ的ないしユダヤ・キリスト教的な源泉が隔絶され排除されたことは、もう長いこと分析されてきたことではなかったか。ハイデガーが考慮していた明敏な用意周到さをさまざまな資格で証言するにあたっては、誰よりもリオタール、デリダ、ラクー=ラバルトが、またじっさい別の者たち(何人かのフランス人を挙げるとすればレヴィナス、グラネル、A・ハース、クルティーヌ、M・ザラデル、ジャニコー、マリオン、バディウ)[*1]らを召喚することができる。当然のことだが、さらに読み、大げさなジェスチャーに代わってふたたび仕事にとりかからねばならない(たとえば、デリダ『プシュケーII』p.46における、ハイデガーが反ユダヤ主義を完全に意識していたとするきわめて明白な証言を読んでおかねばならない。『大学総長就任演説』についてデリダが語っているのは、「田舎職人に対し古風な反応をとるようになり、商取引と資本(そのさいこの二つの観念が何と結びつけられたかはよく知られている)を告発する者」である。[しかし]この点が明白になることはもはやないだろう)。
同時に、ハイデガーが絶滅収容所について頑なに、強情に、そして鼻持ちならないほどに沈黙していたことはたえず告発されてきた。さらにおそらくこの沈黙は、『黒ノート』に書かれてあることと併せて考えられねばなるまい。
この『黒ノート』の刊行によってあたらしい問いが提起されるだろうか。なるほど提起されるだろうが、正確にいってそれはどのようなものか。
自問しなければいけないのは、〈どうしてハイデガーは、編集者のペーター・トラヴニーがきわめて的確に「歴史的反ユダヤ主義antisémitisme historial」と呼ぶものにかんする、自らの私的なノートのうちに書き留めた言及を自分の刊行テクストすべてから除外したのか〉ということである。
[ついで]〈われわれとハイデガーとの関係はどのようなものか〉という第二の問いがわれわれに発せられる。こうした問いは『黒ノート』だけから生ずるものではないが、『黒ノート』はこの問いを再活性化する。われわれは、反ユダヤ主義のうちで問題となっているものが何であるのかを本当にはっきりわかっているだろうか。それゆえわれわれは、ハイデガーがどのような過失の罪を負っているのか本当に知っているだろうか。他の多くの人々と同様に彼に罪があるのなら、それは正確にいってどのような罪か。反ユダヤ主義において何が問題となっているのか。問いはまったくじゅうぶんにそして正しく立てられないまま、ハイデガーに対してだけでなく(またあからさまで公然の反ユダヤ主義者たちに対してだけでもなく)、われわれに対しても向けられている。
第一の問いに対しては、一時的な答えを素描することができる。ハイデガーは自らの書き物から反ユダヤ主義(また反ユダヤ・キリスト教主義)の言及すべてを排除したが、それは、そうした言及を残しておくと、以下のような二つの道のうちの一方に自分が関与することになるとハイデガー自身がわかっていたからである。二つの道とは、自ら誤解していたナチスの生物学観(『哲学への寄与』を見よ)にふたたび加担する道か、もしくは反ユダヤ主義がヨーロッパの運命に関する思想のうちで(そんなことをすればこの思想を窮地に陥れかねないのだが)構造的な役割を果たさねばならないことを確証する道であった。ハイデガーはこの二番目の企てを回避することで、自ら二番目の企てを思い切って行なうことができない、もしくはあえてその危険を冒さなかったことを示している。この指摘がハイデガーの意に反しているにせよ、彼は自らの一貫性のなさを洞察していた。それゆえハイデガーは自分の思想の限界に達していたのだった。
第二の問いがここで連動してくる。もしわれわれがヨーロッパにおける反ユダヤ主義の(ラクー=ラバルトがかつて述べた)「精神的」な根本構造をほとんど考えないか、もしくは誤解するなら、ハイデガーのこうした限界は相変わらずわれわれの限界ではないだろうか。へーゲルはユダヤの民を「意識の不幸を証言する者」と述べることで特徴づけた。だがヨーロッパに固有のこの不幸がどのようなものであるのか人々は知ろうとしてこなかったし、激化したその苦しみを隠してきた。ドレフュス派のたくましさや美点ですら、本質的な問題を避けて通ってきた(その証人たるブランショは「ドレフュス事件」の教訓をふたたび取り上げながらも、戒律の倫理を越えようとしている)(1)。
フロイトは、ユダヤ人による原父殺害の忘却に対してなされる非難をキリスト教のうちにみている[フロイト『人間モーゼと一神教』]。しかしこの非難は不安の反転である。現前しえぬ神を人間化することで人々は何をなしたのか。このようにディアスポラのユダヤ教は、キリスト教徒が暴露するもの、すなわち二つの王国の分裂を表明することになるだろう。そして土地所有の禁止によってユダヤ人は、貸付利潤という穢れを自ら引き受けるようになるだろう。
こうした目じるしは、じっさい「歴史的historial」な反ユダヤ主義の本質を指し示すのに十分である。ユダヤの民は悪として同定されてきたのであり、〈この悪の知と能力の際限なき増大は償われなければならない〉とヨーロッパは心ならずも感じていた。ハイデガーにとってこの(技術、資本、規範的理性といった)悪の増大は、ヨーロッパ自身による自らの起源と終着点destinationの忘却として理解されねばならなかった。プラトンとともに始まったものであるとはいえ、この忘却にかんし、ユダヤ人、ローマ人、ユダヤ・キリスト教は、空想によってすりかえられることで、証人であると同時に代理人とならねばならなかった。
こうしたことによって明らかになるのは、ハイデガーがいかにして異質な二つの斜面で思考することができたのかである。ハイデガーは一方で「存在について」語られる問いを切り拓いてみせた。つまりハイデガーは、フッサールまでのあいだ「超越論」と呼ばれていたものをすっかり手直ししたのである。われわれはいまだこの手直しを終えていないが、その手直しが反ユダヤ的である必要はまったくない。ハイデガーは他方で、根本的にきわめて順応主義的で神話化的な仕方で〈こうした態度が、そのユニークで排他的で排除的で、絶滅させるほどの出所からヨーロッパの運命にテコ入れしてくれる〉と考えていた。[このテコ入れがうまくいけば]歴史は、われわれが散り散りにしてしまうはずだったものをふたたびわが物にするというのである。このように(一九六四年以来ハイデガーにおける歴史を研究していた)デリダが「転送の誤配=運迷destinerrance」という言葉を書いたのは、ちょうどハイデガーの裏面においてである。この「転送の誤配=運迷」は二つの仕方で解釈することができる。すなわち(1)運命destinという理念はハイデガーの彷徨(さまよい)erranceであり、(2)ヨーロッパの運命を迷わせ、途方にくれさせることによって反ユダヤ主義に決着をつけるのは、いまやわれわれ次第だということである。
もちろんここで導き出されたことは、概略的で一時的な指摘であるにすぎない。運命のモティーフですら、まだハイデガーのもとで要素分解しなければならない。たとえばヴェルナー・ハーマッハーが私に提案してみせたのは、「転送の誤配=運迷」がハイデガーから発したものとして考え得るということである。じっさいおそらくハイデガーにおいては「運命」にかんする二つの範囲ないし射程がある。そこに思考の富があることを疑う者はいないし、そうした富は〈自分の出所にもとづいていつも思考し、またそれゆえ自分の将来にもとづいていつも思考しなければならないもの〉へとわれわれをまっさきにむかわせるだろう。
[了]
[*1]ここで挙げられた思想家による、ハイデガーの反ユダヤ主義問題を扱った著作は以下の通り。リオタール『ハイデガーと〈ユダヤ人〉』(本間邦雄訳、藤原書店、1992年)、デリダ『精神について:ハイデガーと問い』(港道隆訳、人文書院、1990年)、ラクー=ラバルト『政治という虚構:ハイデガー、芸術そして政治』(浅利誠・大谷尚文訳、藤原書店、1992年)、レヴィナス『歴史の不測』(合田正人・谷口博史訳、法政大学出版局、1997年)、G・グラネル『大学論』(Gérard Granel, De l’Université, Mauvezin, T E R, 1982)、A・ハース『ハイデガーのアイロニー』(Andrew Haas, Irony of Heidegger, Continuum, 2007)、J=F・クルティーヌ『この思想の影:ハイデガーと政治問題』(Jean-François Courtine, L'ombre de cette pensée : Heidegger et la question politique, Grenoble, J. Millon, 1990)、M・ザラデル『ハイデガーとヘブライの遺産』(合田正人訳、法政大学出版局、1995年)、D・ジャニコー『フランスにおけるハイデガー』(Dominique Janicaud, Heidegger en France, Albin Michel 2001)、J=L・マリオン『 』[情報求む]、A・バディウ『存在と出来事』(Alain Badiou, L'Etre et l'événement, Paris, Seuil, 1988)。またこの問題にかんし日本語で読める文献のなかでもっとも簡便なものとしては、ジェフ・コリンズ『ハイデガーとナチス』(大田原真澄訳、岩波書店、2004年)がある。
(1)ブランショとハイデガーの二人を同化させるのではなくむしろ対立させるなら、『否認された共同体La Communauté Désavouée』(Galilée, 2014)のうちで私が行なったブランショの思想分析は不可欠であると考える。