「先輩、村上春樹のオススメありますか?」と尋ねられたら
以下の記事を読みました。
「村上春樹の10冊」を、わたしならこうえらぶ(鷹の爪団の吉田くんはなぜいつもおこったような顔をしているのか)
ひとそれぞれの10冊があって当然なわけだから、
わたしも自分なりの10冊をえらんでみることにした。
というわけで、私も選んでみます。
対象は20代〜30代で、まだ村上春樹さんの作品を読んだことがない人。そういう人向けの10冊です。
ということはあれですね。あれ。
「先輩、なんかオススメの本ありますか?」と尋ねられたら
「先輩、なんかオススメの本ありますか?2」
ぐずついた天気に押されるように、私は早足で会社に駆け込んだ。
始業時刻にはずいぶん間がある。自分のデスクには向かわず、休憩所でタバコをふかしながら文庫本のページをめくることを私は選択した。めくるめく始業前のSFワールド。
「おはようございます」
「ああ、おはよう」
「ちょっとヤメてもらえますか。そのイヤな奴に見つかった、みたいな顔するの」
「別にそういうワケじゃないんだ。ここに人がいるとは思わなかっただけさ」
「邪魔ならどきますけど?」
「いや、いいよ」
どうせ、本のページをめくれば関係なくなるから、というつぶやきは胸の奥にしまわれた。しかし、彼はそれを違った風に解釈したようだ。私が本を読むのを諦めた、と。
「ちょっと、聞いてもいいですか?」
「なんでもどうぞ」
ガッシャっと落ちてきた缶コーヒーを取り出しながら私は答える。じめじめした夏でもやっぱり朝はホットコーヒーだ。
「最近、ちょっと小説を読もうかな〜なんて考えているんですよ」
「いくつか読んでるんじゃなかったっけ?」おぼろげな記憶を辿りながら、私は尋ねる。
「ライトな小説はいっぱい読んでるんですけど、もっとこう本格的な、つまり文学を読んでみようかな、と」
「そりゃまた一大決心だ」
「そうなんですよ。で、ぜひとも先輩にガイドを頼みたいなと」
どうやら皮肉は通じないらしい。
「文学というのは、人の生き方に関する表現活動だ。だから、安易にこれを読みなさい、みたいなものは勧められない。だって、人ぞれぞれの生き方なんて千差万別だからね」
コクリ、と彼は頷く。軽口を叩くべきではないタイミングは理解しているようだ。
「でも、誰か目をつけている作家がいるなら、何冊かの本の名前は挙げられるかもしれない」
私がそういうと一気に表情が明るくなる。とてもわかりやすく、そして少々危うい。
「ちょっとミーハーかもしれないんですけど、村上春樹さんを読んでみようかな、と」
「有名人だから?」
「有名人だからです」
ふむ。
「じゃあ、いくつか挙げてみよう。メモ帳は持ってるね」
私がそんなことを言うまでもなく、すでに彼はメモ帳にボールペンという臨戦態勢だった。
「春樹さんは長編・短編・ショートショート・旅行記・エッセイ・翻訳なんかを手がけている。文学ではないものもあるけど、どれも面白い。とりあえず、長編からいってみようか。
羊をめぐる冒険(上) (講談社文庫) |
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村上 春樹
講談社 2004-11-15 |
本当なら処女作の『風の歌を聴け』を挙げるべきなのかもしれないけど、文学的研究をするつもりでないのなら、スルーしておいてかまわない。もちろん、読みたければ読んだらいいよ。でも、最初の一冊としてはこの『羊を巡る冒険』が良いと思う。構造を持った作品だし、いかにも春樹さん的な要素がふんだんに詰まっている。
この作品で体が拒否反応を起こさないのならば、是非とも読んで欲しいのが、これだ。
世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド |
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村上 春樹
新潮社 2005-09-15 |
抜群に面白い。春樹ファンでも好きな作品に『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』の名前を挙げる人は多い。読み進めていくにつれ、脳内で何かが共鳴するのが感じられる。ただし、最近の作品に比べると少しライトボディ感はある。ある意味では絶妙のバランスで成立している作品かもしれない。
これを読んで、さらに深みに嵌りたいのなら、やはりこの作品は避けては通れない。
ねじまき鳥クロニクル〈第1部〉泥棒かささぎ編 (新潮文庫) |
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村上 春樹
新潮社 1997-09-30 |
詳しいことは言わないし、君が読んでうまく理解できるかどうかもわからない。だいたい僕ですら理解できているか怪しいものだ。でも、一度通り抜けておく価値がある作品だと思う」
彼がメモし終えるのを待ってから、私は続ける。
「次は、短編集だ。まずはこれかな。
回転木馬のデッド・ヒート (講談社文庫) |
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村上 春樹
講談社 2004-10-15 |
比較的初期の作品だけどずいぶん面白い。小説なのかどうかわからない体裁なんだけど、まあ創作文と言ってよいと思う。あと、はずせないのが、これ。
神の子どもたちはみな踊る (新潮文庫) |
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村上 春樹
新潮社 2002-02-28 |
収録されている「蜂蜜パイ」は、とても素敵な作品だ。それだけのために読んでもいいくらい。あとは最近のこの一冊。
女のいない男たち |
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村上 春樹
文藝春秋 2014-04-18 |
目立たないうまさが感じられる作品だけど、もしかしたらよくわからないかもしれない。本棚に置いておくのにぴったりだ」
サラサラと走るペンの音を聞いて、さらに私は続ける。
「これまで紹介してきたものとは全然まったく方向性が違うんだけど、ツボにはまるかもしれないので、この本も挙げておこう。
夜のくもざる―村上朝日堂短篇小説 (新潮文庫) |
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村上 春樹 安西 水丸
新潮社 1998-03-02 |
文学作品とはいささか呼びがたいけども、じわじわ来る面白さだ。こういう短い作品の方が、文章のうまさがわかるかもしれない。バカバカしいと思うかもしれないけど、読んでみるのも良いと思う」
彼は、とりあえずという感じでメモする。まあ、その気持ちはわかる。
「最後はエッセイだ。まずはこれ。
村上朝日堂 (新潮文庫) |
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村上 春樹 安西 水丸
新潮社 1987-02-27 |
基本的にどうでもいい話が書いてある。でも、面白い。なぜだかぐいぐい読んでしまう。で、これを読んだら、次はこの本を手に取るといい。
村上ラヂオ (新潮文庫) |
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村上 春樹 大橋 歩
新潮社 2003-06 |
比較的最近のエッセイが収録されている。二冊を読み比べてみると、きっといろいろな違いに気がつくと思う。こういう読み方は同時代ではない者のある種の特権だね。
あと、ランニングに興味があってもなくても、このエッセイはきっと楽しめるだろう。
走ることについて語るときに僕の語ること (文春文庫) |
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村上 春樹
文藝春秋 2010-06-10 |
たぶん自分の「仕事」について考えたくなるんじゃないかな。そういうのは、早めに考えておくのがいいね」
私が言い終えると、携帯電話がアラームを通知してきた。そろそろ仕事の始まりだ。
「まあ、こんなところかな」
「ありがとうございます。それにしても、今回は冊数が多かったですね。作品が多いからですか」
「もちろん、それもある」
そう言ってから、私は少しの躊躇を挟んだのち、こう続けた。
「でも、僕が村上春樹を好きだから、というのもきっと理由の一つだね」