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E1872 - 筑波大学附属図書館における二宮文庫の受入れと活用の取組

カレントアウェアネス-E

No.317 2016.12.22

 

 E1872

筑波大学附属図書館における二宮文庫の受入れと活用の取組

 

   筑波大学附属図書館は,2006年に亡くなった歴史学者の二宮宏之氏の旧蔵書を二宮文庫として公開した。これは二宮氏の没後に立川孝一筑波大学教授(フランス史・肩書きはいずれも当時)の仲介によって,約9,000冊の旧蔵書が同館へ寄贈され,2016年9月に受入作業が終了したものである。二宮氏は戦後日本を代表する歴史学者であり,特にフランスを対象とした社会史の研究で多くの歴史家に影響を与えている。

   本稿では中井えり子氏が指摘する,大学図書館における特殊コレクション(特定の主題,資料の種類で構成されたひとまとまりの資料群や,歴史的人物や著名な人物が収集した資料からなる文庫)の3つの課題,補完・管理・利用(CA1842参照)を念頭におきながら,研究者の旧蔵書コレクションの受入れと活用に関する新たな事例として,同館の取組を紹介する。

〇二宮文庫の受入れと整理

   二宮文庫は,600冊ほどの貴重書を保存設備の整った筑波キャンパスに所在する中央図書館の貴重書庫で所蔵し,それ以外の資料を東京キャンパスに所在する大塚図書館で所蔵している。また,貴重書の電子化については,今後検討される予定である。

   二宮文庫の最大の特徴は二宮氏の旧蔵洋書の大半を受け入れ,二宮氏の書斎における配置をほぼ踏襲して大塚図書館で開架している点にある。

   この公開方法を実現するため,通常とは異なる請求記号が付与されている。蔵書の背ラベルの一段目にはNDC分類を,二段目に二宮文庫としてのまとまりを優先して,一律に二宮氏の著者記号を記載している。また三段目には,二宮氏自身による分類を反映させるため,書斎における排列に基づく独自の13種類の分類を記載している。この請求記号により,NDC分類と二宮氏独自の分類を両立させ,研究者の旧蔵書を一括で所蔵する特色を活かしながら,NDCの体系に組み込むことに成功している。本来であれば膨大な作業を必要とする整理方法であるため,二宮氏ご遺族の協力により実現できたという。

   二宮文庫は蔵書の内容とその排列をとおして二宮氏の知の体系を詳らかにすることを教育上の狙いの一つとしている。利用者は二宮氏が研究で参照した資料を閲覧することで,二宮氏の思考の過程を自らたどることができる。さらに,二宮氏の蔵書排列を追うことで,二宮氏が見出していた著作どうしの関連を学ぶことができる。

〇二宮文庫の活用

   二宮氏の蔵書は充実したものであり,専門領域であるフランス絶対王政期の制度史や思想史に加えて,フランス革命史や社会史の主要文献を網羅していることから,二宮文庫の公開に当たって蔵書の補完はしていない。

   中央図書館では,受入作業の終了に合わせて,蔵書の一部を二宮氏の研究者としての足跡とともに紹介する特別展「歴史家 二宮宏之の書棚」を開催した。会期中には関連企画として座談会やギャラリートークを行ったほか,SNS等を用いて積極的に広報した。一見すると専門的な内容でも,専門家が多様な視点でその魅力を発信することで,多くの人の関心を惹くものになり,結果として例年の特別展並みの入場者を得ることができた。特に二宮文庫の受入れを担当した津崎良典筑波大学准教授(フランス哲学)や,かつて二宮氏から学問的訓練を受けた林田伸一成城大学教授(フランス史)と高澤紀恵国際基督教大学教授(フランス史)がギャラリートークや図録の解説文,座談会などで二宮氏の人柄と業績を紹介することによって,二宮氏を直接知らない人にとっても親しみやすいものとなったのではないだろうか。

   フランス史の研究者の間では,図書館の既存の排列に従って文庫を解体し再配置するのではなく,文庫としてのまとまりを保ち二宮氏の排列を踏襲して公開したことへの評価が高い。さらに,他の大学図書館には所蔵されていない数多くの蔵書を整理し,OPACで公開していることから,既に図書館間貸出しで利用実績がある。

〇残された課題と大学図書館への期待

   旧蔵書コレクションの受入れは大学図書館にとって多くの作業を必要とするため,研究者の旧蔵書が大学の教育・研究にもたらす有効性が,その作業に見合うだけのものであると示していく必要があると考えられる。教育への利用に関しては筑波大学の人文学系の学生が所属する筑波キャンパスではなく,東京キャンパスの大塚図書館に二宮文庫が存在することから,直接的な効果は現在のところ不明である。すでに実績のある図書館館貸出しに加え,教育への利用を中心に,さらなる活用方法が模索されているという。

   また,今後同様の規模の文庫が出現した際に,図書館が資料受入れのための環境を整えることができるかどうかが大きな問題となる。二宮文庫の場合は大塚図書館の改修後に排架場所を確保できたが,多くの図書館では予算の削減と資料収蔵スペースの狭隘化が問題になっており,大規模な個人コレクションを一括して受け入れ,所蔵し,利用提供する環境を整備するのは難しいだろう。

   特別展座談会に出席された二宮素子夫人が「人の儚い命に比べて,ものは残る。残ったものを様々な人に利用していただけることがうれしい」とおっしゃっていたことが印象的だった。文庫の価値を理解した研究者と,文庫の性質に適した分類,整理,公開方法を採用した図書館員の協力によって,研究者の知の足跡がこのように公開されたことを高く評価できよう。二宮文庫の事例のように貴重な研究者の旧蔵書が活用される場としての大学図書館に期待したい。

利用者サービス部図書館資料整備課・田幡琢磨

Ref:
https://www.tulips.tsukuba.ac.jp/lib/ja/collection/bunko-collection
http://www.tulips.tsukuba.ac.jp/exhibition/2016nino/
https://www.tulips.tsukuba.ac.jp/lib/ja/information/20160906/
https://twitter.com/tulips_tenji
https://www.facebook.com/tsukubauniv.lib
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?bid=000001070838&cycode=0
CA1842
特集, 二宮宏之氏を悼む. 思想. 2006, 986, p. 127-146.