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「プレシジョンメディシン」の誤解・幻想

先週までの暖かな気候が終わりを告げ、今朝は眼下に銀世界が広がっていた。一部の木々に残っていた黄色い葉も、重い雪と風でほとんど散ってしまった。来週の半ばにはマイナス20度近くまで下がるとの予報が出ている。いよいよ本格的な冬の始まりだ。

今日は改めて、「プレシジョンメディシン」について語ってみたい。言葉自体の意味があまりよく理解されていないようで、オーダーメイド医療という言葉と同じように捉えている人が多いようだ。それに加えて、NHKスペシャルが大きな誤解を生じさせ、日本の医療現場は困っているようだ。少し前にも触れたが、日本のメディアのリテラシーの低さがこのスペシャル番組には「てんこもり」だ。がん分野では大きな変革が起こりつつあるのは事実だ。しかし、日米のがん医療環境、ゲノム情報を利用できる環境は大きく異なっている。しかも、人工知能の正体も知らずに、視聴者に伝えるから、たちが悪い。国全体の科学リテラシーの課題だと思うが、病気に例えると、かなり重篤な症状だ。

私は、日本ではゲノム情報の利用を推進する立場にいたので、ゲノム医療に関して、いくつかの重要な提案をしてきた。特に、新しい情報を医療現場で利用するためには、専門家だけでなく、一般方々の理解が必要だと訴えてきた。それには、メディアの協力が不可欠だが、番組を作り、記事を書く人たちの基本的知識量が欠けているために、情報が不正確で、医療現場の実態と乖離しているため、誤解・幻想を生み出す。今でも、それはほとんど改善されていない。

そして、ゲノム情報という究極の個人情報を保護するためには、罰則規定が必要であり、米国のような「遺伝子差別禁止法」の成立を図る必要がある。遺伝子情報自体が差別を生み出すのではなく、われわれの心に潜んでる差別する心が、遺伝子情報を悪用することを防ぐ措置が必要である。何もしないでいると、結婚差別・就職差別につながるリスクは大きい。性善説では無理なのである。たとえば、心の病の確率が1.3倍などの医学的価値の全くない情報に振り回されてはたまったものではない。氾濫する情報の中には、詐欺師や悪人が潜んでいる。しっかりと多様性を認め合う教育と、厳罰主義で遺伝子情報の悪用の抑制を図ることは、国の責任であると思う。

この番組では米国での取り組みをもとに、一部の日本での例を紹介した。全容を理解していない人たちが、幻想を作り出したのだ。米国と日本の医療現場での大きな差を知らない一般の方に、日本でも簡単にプレシジョン医療ができ、新薬の治療を受けることができるかのような印象を与えてしまったのは大きな問題だ。そもそも、日米での新薬・新適応の臨床試験数が桁外れに異なっていることが考慮されていない。アクセス可能な治療薬数や臨床試験数が大きく異なるのだ。

米国で承認され、日本では保健適応でない薬剤に関しては、個人輸入という形で、アクセス可能だが、薬剤費は全額患者さんの負担になるし、白衣を着た詐欺師たちが、がんのことも薬剤のリスクも知らないままに利用している実態をどのように考えているのか?この番組の影響で、遺伝子診断を受け、個人輸入をした患者に重篤な副作用が出た場合、どのように責任を負うのか?経済的な負担で、所得によって受ける医療に差が生ずることをどうするのか?是非、答えて欲しいものだ。さらに、米国においてのみ、臨床試験が行われている場合、患者さんはどのようにアクセスすべきなのかも、是非、答えを提示して欲しい。とにかく、実態を知らない、上滑りの情報提供なのだ。

日本には、バラエティーのような医療番組が多いが、もっと科学的な情報をしっかりと伝えない限り、日本が世界の医療をリードすることは、絶対にありえないと思う。医学に限らず、科学全体に対する教育のレベルがあまりにも差がありすぎる。人工知能と言っても、ピンからキリまで玉石混交で、単なるパソコン遊びを人工知能と称している人たちがあまりにも多すぎる。今回の番組でも、人工知能を力説していたが、限られた数の分子標的治療薬を探すには、家庭用のパソコン程度でも十分に対応可能なのだ。番組の作り手が幼稚すぎるのだ。薄っぺらに物事を見るのではなく、十分に知識を身につけ、目の前の事象を注意深く観察し、プラスの側面、マイナスの側面を評価し、プラスを最大限にして、マイナスを最小限にする方策まで考察すべきではなかろうか?

日本でもっと臨床試験を支援する予算を組み、世界で最先端の薬剤に患者さんがアクセスできる環境を作ること、そして、それらの薬剤に「日の丸」印をつけるためにどうすればいいのか?もっと広い視野をもってもらいたいと願っている。99%は無理だとわかっているが、1%の望みを託したい!

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