2009年11月23日

「ビット路線」と「みどり路線」:軍配はどちらに?

フィギュアスケートのGPシリーズが終了し、GPファイナルへの出場者が決まりました。

男子:織田信成、橋大輔、ブライアン・ジュベール、ジョニー・ウィアー、エバン・ライサチェク、ジェレミー・アボット

女子:安藤美姫、鈴木明子、アシュリー・ワグナー、アリーナ・レオノワ、キム・ヨナ、ジョアニー・ロシェット

橋大輔は最終戦のスケートカナダで2位に入り、長いブランクを克服してのファイナル進出です。フリーではフェリーニの「道」に乗せ、得意のダイナミックなステップと繊細な表現力を見せ、観客から大きな喝采を浴びました。どうやら「ほぼ完全復活」のようですね。ファイナルまでにどこまで仕上げてくるか、注目です。

鈴木明子は、中国大会優勝のあとで「ファイナル進出」のプレッシャーがかかったのか、SP・フリーとも硬さが目立ち、ジャンプの出来が今ひとつでしたが、1位のポイントがモノを言って初のファイナル進出を決めました。摂食障害に苦しみ、一時は引退の危機にあった遅咲きの24歳。大舞台では、本来ののびのびした演技を見せてほしいものです。

浅田真央や中野友加里がファイナル進出を逃したのは残念ですが、日本勢が男女とも2名出場するのはうれしいですね。バンクーバーの本番に向けてどんな演技を見せてくれるか、楽しみに待ちましょう。

それにしても、今シーズンは我ながらよくフィギュアを観ています。五輪シーズンだからということもあるでしょうが、GPシリーズからこんなに熱心に観るのは久しぶりです。ずっと観続けてきて技術的なことなどが少しずつ理解できるようになったことも理由の一つだと思いますが、今シーズンはもう一つ、注目したいことがあるのです。それは「芸術性重視」と「技術性重視」のどちらに軍配が上がるか、ということです。

私がフィギュアスケートを本格的に見始めたのは、1988年のカルガリー五輪からです。男子の「ブライアン対決」:アメリカのブライアン・ボイタノとカナダのブライアン・オーサー(現キム・ヨナのコーチ)も素晴らしかったですが、さらに強く印象に残ったのが、女子の2人の選手:東ドイツのカタリナ・ビットと日本の伊藤みどりです。

カタリナ・ビットの演技は、芸術性・表現力の極みでした。ショートプログラムでは軽快でリズミカルな音楽に乗って鮮やかなステップを踏み、華麗に踊り抜いて見せました。そしてフリーは伝説の「カルメン」。コスチューム、音楽、振り付け、そして演技構成。解説の五十嵐文男さんが「一つのストーリーができ上がっていた」と語られた通り、絢爛たる「ビットのカルメン」の世界を作り上げていました。

一方の伊藤みどりは、当時18歳の高校生、初めてのオリンピック出場です。のちに彼女はこの大会を振り返って、「初めてのオリンピックだったからプレッシャーも何もなくて、演技するのが楽しくて仕方がなかった」と語っていますが、この言葉の通り、実にのびのびとした演技を見せてくれました。

ショートプログラムでは、日本の笛太鼓をアレンジした音楽で、高いジャンプ、キレのいいストレートラインステップと鮮やかなコンビネーションスピンで観客を沸かせます(この演技の後、地元のテレビ局は彼女を「フライング・ウーマン」と呼びました)。そしてフリーでは、5種類・7回の3回転ジャンプをすべてミスなく決め(その中には、当時の女子選手としては驚異的な3トゥ−3トゥのコンビネーションが含まれています)、興奮した観衆は演技が終わる前に立ち上がり、満場のスタンディング・オベーションで彼女の演技を讃えました。

この時の2人の演技は、「芸術性のカタリナ・ビット」と「技術性の伊藤みどり」という非常に対照的なものであり、それぞれの頂点を極めたものでした。翌年のパリでの世界選手権では、女子で初めてのトリプルアクセルを決めた伊藤が優勝して初の世界女王となり、「技術性優位」の時代が到来したかに見えました。

しかし1992年のアルベールビル五輪では、プレッシャーに負けた伊藤がSPでジャンプをミスし、フリーで五輪初の3アクセルを成功させたものの銀メダルに終わり、表現力に磨きをかけたクリスティ・ヤマグチ(アメリカ)が優勝しました。

その後の流れは、芸術性を重視する「ビット路線」が優勢のように見えます。天性のバネを生かして高難度のジャンプを成功させ、女子で初の4トゥループに挑んだスルヤ・ボナリー(フランス)は、欧州選手権5連覇を果たしましたが、世界選手権は3年連続2位で、ついに世界女王になることはできませんでした。また、伊藤みどりに次いで世界大会で3アクセルを成功させたトーニャ・ハーディング(アメリカ)も、やはり世界を制することはできませんでした。

五輪を制したのは、94年リレハンメル:オクサナ・バイウル、98年長野:タラ・リピンスキー、2002年ソルトレイク:サラ・ヒューズ、そして2006年トリノ:荒川静香と、いずれも技術性は高度よりも確実性を追求し、演技構成や表現力に優れたスケーターが優勝しています。

そして今。「ビット路線」の頂点に君臨するのは、言うまでもなくキム・ヨナ(韓国)。一時は4回転にこだわっていた安藤美姫も、今年のプログラムはビット路線を志向していると思われます。

かたや「みどり路線」を追求している(と思われる)のが浅田真央(とタラソワコーチ)。表現力を軽視しているわけではありませんが、重点は3アクセルを中心とした高い技術性に置いているようです。

「ビット路線」を行くスケーターが多いのは、芸術性を磨く方が確実性があり(ジャンプのようなミスがない)、本人の個性を生かすことができるからだと思います。たとえジャンプで失敗しても、スピンやステップ、表現力と演技構成でカバーできるため、ある程度安定した演技と得点結果が期待できます。

かたや「みどり路線」は、ジャンプが決まれば基礎点が高く加点要素も大きいため高得点が望めますが、失敗すると加点されないばかりか減点の対象になり、得点が伸びません。「『水物』であるジャンプに大きな比重を置くことをやめ、技術面でもより確実なスピンやステップを磨き、さらに演技構成や表現力を向上させる」。これが最近のフィギュア界の趨勢だと思います。

観る側にとってはジャンプを次々に決める演技はエキサイティングですが、選手にとってはかなりのプレッシャーでしょう。ましてや世界選手権やオリンピックのような大舞台となると、果たすべきは派手な演技を披露することではなく結果を出すことですから、より確実性の高い演技を志向するのはむしろ当然のことだと思います。

(ただこれによって、選手たちのジャンプ技術の向上意欲が鈍ってしまうのではないかという懸念もありますが)

さて、間近に迫るGPファイナルとバンクーバー五輪。「ビット路線」と「みどり路線」のどちらに軍配が上がるのか、大注目です。

posted by デュークNave at 06:32| Comment(0) | スポーツ-フィギュアスケート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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