コラム

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Column

アベノミクスの大きすぎる代償----円安・株価上昇に踊ることなかれ----

(一)円安・株価効果----自動車、金融の利益アップでも、全体では業績悪化

アベノミクスによる円安と、アメリカの景気回復の見通しとから株価が上昇して、この点では日本の景気にも明るさが見えている。とくに自動車や家電などの輸出産業は、円安の為替差益の恩恵を受け、たとえばトヨタは1円の円安で400億円の増収となり、この3月期の営業利益は1.3兆円の黒字、14年3月期は1.8兆円の黒字の見通し。

同様に証券業界も、株価の上昇から軒並み大幅な黒字決算で、野村HDの3月期の「純利益」は前年同期比9.3倍の1,072億円。また3メガ銀行の3月期決算は、国債売却益や海外向け貸し出しが増えて、連結純利益が前年同期比1割増の2.2兆円となった。ただし国内の貸し出しは低迷しており、今後は国債の売却益が減少するから、先行きは不透明と見ている。

さて円安で原材料価格が上昇して、収益を減らす業界も少なくはない。1ドル86円から100円の円安で、化学と鉄鋼の合計では1.6兆円の減収、食品加工なども0.5兆円の減収。これに対して自動車と家電などの増益合計は1.4兆円。しかし製造業全体では9000億円の減収となる(日本総研試算)。

ちなみに電機大手における円安効果も大きくはない。13年3月期決算では、売上高が大手5社で前年同期を下回り、円安の営業利益に対するプラス効果は7社合計で38億円のプラスに止まった。なぜなら既に円高対策として工場などを海外に移転させてきたからである。

非製造業はどうか。まず輸入食糧や食品さらに飼料の円安ゆえの値上がりからくる食料品価格の上昇で、飲食業の利益は圧迫される。また海外の運賃やサービス料の上昇から、旅行関連の利益も目減り。とくに輸入原燃料の上昇から、運輸業と燃料関連の業界は厳しい。そしてこれらが一般大衆の生活を、圧迫しはじめた。また燃料の値上がりゆえの漁業の操業停止から、すでに周知のとおり漁業も農業もきわめて厳しくなった。

(二)10%の物価上昇へ

ところで安倍内閣は、2%の消費者物価上昇を政策目標としている。そしてこれを達成して、消費税率を5%から8%に引き上げる方針。この税率アップも2%の消費者物価上昇をもたらす。これと物価2%上昇策との合計で4%の上昇となる。さらに4年後には消費税率は8%から10%まで引き上げる方針であるが、この引き上げで消費者物価は1.3%の上昇だ。

要するに毎年2%の物価上昇目的の金融緩和策は、消費税率のアップと絡んで、4年後には消費者物価は、いまより10%も上昇する。これに円安による「輸入物価の上昇」が加わると、10%以上の物価上昇となる。アベノミクスや日銀は、このような簡単な計算を忘れているのか。

(三)金融機関の国債売りと景気悪化

アベノミクスの逆効果は金利にも及ぶ。日銀は「長期国債」の保有を、12年末の89兆円から、13年末には140兆円へ、14年末には190兆円に増やす方針。これだけの大量買いゆえ国債価格が上昇し、したがって国債利回りが下落すると読むのは当然であろう。

これまで銀行や生保などは、多くの資金を国債で運用してきたが、その利回りが下がると、運用益も目減りする。銀行の債券保有額は213兆円であるが、その8割ちかい162兆円が国債。 他方で生保も、国内生保43社の総資産333兆円のうち、44%の146兆円が国債運用となっている。たとえば「日生」は、預かり金52.44兆円のうち、国債運用が30%、外国債券運用が17%、国内株式が13%である。

したがって生保など金融機関は国債を売って、運用益の高い株式や外債にシフトし、国債価格が下がり、金利は日銀の狙いとは逆に上昇だ。すでに生保大手9社の13年の運用計画では、5社が外債の運用を増やし、4社もこの運用の増加を示唆。その外債運用が、一方で「日本国債売り・国債価格の下落」による金利上昇に繋がり、他方で外債運用のための「円売り・外貨購入」による「円安」をもたらした。

ところが金利が1%上昇する「債券価格の下落」だけで、銀行の資産は6.6兆円の目減り、2%で12.5兆円、3%の上昇では16.6兆円の目減りとなる。すでに10年もの国債の流通利回りは、年0.5%台半となり、長期金利も最低だった0.31%から0.9%へ上昇し1%も視野に。

この金利上昇は、設備投資や住宅購入を難しくする。銀行大手はすでに個人・企業向けの主要金利を引き上げた。住宅購入をプッシュしていた「期間10年の住宅ローン金利」も4月の1.35%から5月には1.4%へ引き上げられた。

ところで過去に金融緩和によって、政策の意図とは逆にこのように金利が上昇した例がある。10年の米連邦準備制度理事会(FRB)が、「量的緩和プログラム」の第2弾を開始した時、この発表に続く数か月間、市場金利は現在の日本と同じ要因で上昇した。このプログラムによりFRBは1年間で、新規国債発行の60%強を買い入れた。今回の日銀の同様な買い入れは71%であるから、金利の上昇と乱高下は予見されたことである。

(四) 円安で募る貿易赤字、減少する経常収支黒字

この1〜3月期のGDP成長率は前期比実質0.9%増、年率では3.5%の上昇となった。ただしデフレの持続ゆえに名目成長率は前期比0.4%の伸び。12年度全体では前年度比実質1.2%、名目0.3%の伸びに止まった。1〜3月期の成長は、アメリカ向け自動車輸出が回復し、輸出が昨年10〜12月期の前期比マイナス2.9%から同比3.8%のプラスに転じたことが最大要因である。

(表1)貿易・サービス収支・所得収支・経常収支の推移(IMF方式の国際収支)

05年度07年度10年度11年度12年度12/1〜3月
貿易・サービス収支7.49.15.2△5.3△9.5(-7.9%)△12.1
所得収支12.616.812.114.014.7(5%)15.5
経常収支19.124.516.07.64.3(-44%)2.9

*単位兆円、1000億円未満4捨5入、13年は年換算 *括弧内は対前年度比%

しかし輸入も円安の影響で3期ぶりのプラスの1.0%上昇となり、上の表のとおり、「貿易収支の赤字」が拡大し「経常収支の黒字」の減少幅も大きくなっている。1〜3月期の貿易赤字は年率換算で12兆円超、経常収支の黒字は年率換算で2.9兆円まで減少した。要するに自動車や家電をはじめとして、これまでの円高により海外進出している企業も多いから、円安でも輸出はそれほど伸びない。これとは逆に輸入額は、円安による輸入物価の上昇で大きくなっていく(表2)。

(表2)輸出入(単位:兆円、通関ベース)

年度2007200820092010201213年1〜3月
輸出額85.171.159.067.865.365.4
輸入額75.071.953.862.469.776.5
貿易収支10.1△0.85.25.4△4.4△11.1

*1000億未満四捨五入、13年1〜3月期は年率換算

(五)深刻な日本財政の崖

このようにアベノミクスによる円安と金融緩和が「輸入額増・貿易赤字」「インフレ」および先述の「企業の業績悪化」をもたらすが、さらにアベノミクス公共投資が「財政赤字」を、いっそう深刻にする。たとえば国債発行による1兆円の公共投資は、現在の日本の経済状況の下では、国民経済全体で新たに1.4兆円の追加所得をもたらすが、そこから上がる税収は0.3兆円弱ゆえ、この公共投資は7000億円の財政赤字となる。

安倍内閣が1月に打ち出した「景気対策」は10兆円にのぼり、今年度の予算も過去最大規模の92.6兆円ゆえ、ここから生じる追加財政赤字は50兆円ほどとなる。他方で「国土強靭化」の公共投資は、今後10年間で200兆円をもくろむ。これが実現すれば救いようのない「財政の崖」に陥る。すでに次表のとおり日本の財政赤字は、例がないほどに深刻となっている。

(表3)中央政府の債務残高の対GDP比率

日本
051751197672466272
091941279177728583
12年219128102879710493

*(小数点以下四捨五入、OECD、Economic Outlook90)

ところで全国で15万本以上に達する道路の「橋梁」の8%が、建設後50年を経過し、20年後には半分以上がこの年数をオーバーする。同様に上水道の40%、下水道の19%が20年後には耐用年数超過となるという(月尾嘉男「100年先を読む---36」『道経塾』」)。

この補修費用は厖大であるが、これに新たに「強靭化インフラ」をプラスしたら、その「補修・ランニング費用」は、財政では絶対に賄えない。したがってボランティア補修などの特別な方法を編み出さない限り、アベノミクス強靭化は、将来の日本列島を「瓦礫化」させる。

(六)スタグフレーションか!!

円安の進展と海外の商品相場の高騰、そして先述の「アベノミクスによる物価上昇」から、インフレになった場合には、これを抑えることが難しくなる。日銀はインフレ抑制のために、「国債」をはじめ手持ちの債券を市場に売ることによって、市場のカネを吸収する手段を講じるであろう。

しかしアベノミクスの結果、日銀の保有する国債が相対的に大きくなりすぎているから、この国債売りは「国債価格の暴落」となる。したがって金利が高騰して、急激な景気悪化を招いてしまう。この場合には最悪の「スタグフレーション」となる可能性が高い。それゆえ、このようなインフレ対策は採れないから、インフレ放置となる。それが円安と株価下落や総じて景気悪化に繋がる。

以上から明らかなとおり、アベノミクスによる当面の「円安と株価上昇」でも、浮かれることはできない。

田村正勝