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東京財団研究員・政策プロデューサー 小原凡司
 
「中国は拡張主義だ」という主張をよく聞きます。

確かに、中国の活動範囲は広がっています。特に、海洋における法執行機関の強化や海軍の増強には、目覚しいものがあります。中国は、今年3月の全国人民代表大会において、国家海洋局の強化を打ち出しました。ここで、国土資源部海洋局海監、農業部中国漁政局、公安部辺境海警、税関海上監視警察を統合する法案が承認されたのです。

統合された組織は、海警局という名称で、海洋局の管理と同時に、公安部の指導を受け、警察権を有します。この組織再編によって、海上保安庁に似た機能になりました。英語名も、CHINA COAST GUARDになり、すでに5月には、CHINA COAST GUARDと塗装された巡視船の活動が見られます。
海軍も負けていません。中国海軍は、昨年9月に、初の航空母艦「遼寧」を就役させました。「遼寧」は訓練用ですが、国産空母の建造を計画していると言われます。その他にも、中国版イージスなどの船を多数建造しています。行動範囲も広がっています。西は、ソマリア沖海域で海賊対処活動を行っていますし、東では、沖縄南西諸島を抜けて、頻繁に西太平洋で訓練を行っているのが、海上自衛隊によって確認されています。また、北極圏航路の使用にも乗り出しました。

ところで、なぜ、海洋進出が顕著なのでしょうか?日本では、安全保障と経済は、別のものと認識されがちですが、実際には、二つは密接に連携しています。軍隊が守るべきものは、主権、領土、国民の3つですが、これは国として存続するための最低限のものです。経済活動が国境を越えて広がる現在、海外での経済的利益も、軍隊が守るものとして、他国では広く認識されています。軍事活動は、経済的利益を守るために展開されるのです。
そして、拡大した経済活動を支えるのが海運です。現在でも海運が最も優れた輸送手段である理由はいくつかありますが、中でも重要なのは、国境を通らずに物資を輸送できるということです。石油や天然ガスを輸送するパイプラインであっても、陸上である限り、国境を通らなければなりません。他の国々を通って物資を輸送する場合、それら全ての国々と良好な関係を保たなければなりませんし、治安の良い地域ばかりではありません。
 海は開かれていると言われます。どの国の領海にも属さない公海は、もちろん自由に航行できますが、さらに、その国に害を及ぼすことなく通過するだけであれば、他国の領海であっても入ることが許されています。これを無害通航権と言います。無害通航権は、民間の船だけでなく、軍艦にも認められています。一方で、許可なく他国の領空に入ることは、領空侵犯と呼ばれ、許されていません。一般に、領海侵犯という言葉が使われないのは、海が開かれているからなのです。
 中国の経済活動も、輸送の多くを海運に頼っています。また、経済活動を行う地域で影響力を行使するためにも、軍事プレゼンスは利用されます。中国海軍力の西への展開は、中国の経済活動の保護という観点から説明できるのです。

 ただ、経済活動の保護であっても、中国の海洋における活動の拡大は、他国の警戒心を呼び起こしています。例えば中国は、ミャンマー、バングラデシュ、スリランカ、パキスタン等で港湾の開発を進め、インドを軍事的に包囲する「真珠の首飾り」だと言われているのです。
 
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 外部から見ると、インドを包囲するように見える中国の港湾開発ですが、中国内陸部まで視野を広げると、別の姿も見えてきます。今年6月、パキスタンは、同国西部のグワダル港と中国の新疆ウイグル自治区を鉄道で結ぶと発表しました。グワダル港の運営権は、今年2月に中国の国営企業に移っています。また、ミャンマーのチャウピュー港と中国雲南省を結ぶパイプラインは、既に7月28日に、中国に天然ガスを供給し始めました。同じ区間の原油供給のためのパイプラインも、間もなく完成すると言われます。
 これらの資源輸送ルートは、ミャンマー西部の海洋ガス田で採掘される天然ガスや、中東からのエネルギー資源を、マラッカ海峡を通らずに、中国内陸部にもたらすものです。中国がこうしたルートを必要とするのには、大きく2つの理由があります。一つは、米国が、中国を仕向け地とする船舶のマラッカ海峡通峡を阻止することを恐れているからです。何らかの事情で米中が衝突し、マラッカ海峡を自由に使えなくなれば、中国国内のエネルギー事情は一気に悪化します。こうした事態を避けるため、マラッカ海峡を通らない、代替のエネルギー輸送ルートを確保しようとしているのです。
 二つ目の理由は、内陸部の開発です。これらルートの中国国内の終点は、内陸部にあります。中国は、2000年から西部大開発を進めていますが、現在までその成果は上がっていません。中国国内の経済格差は、中国社会の不安定要因として、中国指導部が最も懸念するものです。沿岸部と内陸部の経済格差は、その中でも主要な矛盾として捉えられています。インド洋からのエネルギー輸送ルートは、内陸部経済発展の拠点を作る上でも期待されているのです。
 こうして見てくると、中国が南シナ海を重視するのも、エネルギー資源や物資輸送を確保するためであると理解できます。しかし、それだけなら、南シナ海全体に主権が及ぶという中国の主張は説明できません。ここには、軍事的な意味があります。核による抑止です。万が一、米国が中国を核ミサイルで攻撃した際、中国の核報復攻撃を保証する最終手段は、弾道ミサイルを発射可能な原子力潜水艦、いわゆる戦略原潜です。東シナ海は、水深が浅く、日米によって抑えられているので、戦略原潜の運用には適していません。中国が戦略原潜を効果的に運用できるのは南シナ海しかないと言えます。ですから、中国にとって、南シナ海は死活的に重要なのです。
 そして、東シナ海です。中国にとって、沖縄、南西諸島から成る第一列島線は、中国の太平洋進出を縛る鎖として認識されています。当然、米国が中国攻撃を企図した際には、この鎖を破って、出来るだけ遠方で阻止しようとするでしょう。東シナ海において、中国は尖閣諸島の領有権をめぐり、日本と対立しています。しかし、経済改革のために日本の協力を得たい中国にとって、日本と対立して良いことはありません。それでも、対日強硬姿勢をやめられないのは、尖閣問題が歴史問題と一つになっているからです。そのため、日中政府の関係改善の努力にも関わらず、その兆しが見えません。さらに、中国政府が対日強硬姿勢を崩せない背景にも経済格差の根深い問題があります。
中国の最重要課題は経済の安定的発展です。中国の海洋進出は経済活動の拡大とその保護という文脈で捉えられ、海軍の活動が重要な部分を占めます。しかし、中国は、現段階で米国と軍事衝突を起こす意図はないようです。その根拠の一つは、空母の配備を進めようとしていることです。しかし、現在の中国海軍の能力では、潜水艦を利用する以外に米海軍に対する勝機はありません。
 現段階で中国海軍の目標は、米海軍との戦闘ではなく、経済活動を展開する地域でプレゼンス競争をすることだと思われます。ただし、中国海軍の活動範囲の拡大は、新たな摩擦や予期せぬ衝突を起こす可能性もあり、注意深く見守る必要があります。
 

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