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【社会】

伝える責任 ぼくらの世代に 戦争の実像、歌いたい

憲法や平和について、それぞれの思いを楽曲に乗せるロックバンド、パラドックストリガー=東京都渋谷区のライブハウス「Barbara」で(小平哲章撮影)

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 「戦争で起きたことを歌にして、世界に発信したいんだ」。ロックバンドの女性ボーカルを探すZiNさん(43)の熱心な誘いに、Ayakaさん(21)は戸惑っていた。

 「軽い気持ちでは参加できないです」。昨年春のことだ。

 Ayakaさんにとって戦争の話は重い。フィリピン人の母から、旧日本軍の「蛮行」を聞いて育った「ハーフ」だから。戦時中、フィリピンは住民虐殺などで大きな傷を負った。曽祖父、祖父が母にその話をし、母がAyakaさんに伝えた。

 「逃げる子どもを日本兵がその場で刺し殺したとか。残酷な話に複雑な気持ちだった」。日本人の父との結婚を、母は「おじいちゃんが生きていたら、反対されたかもしれない」とも漏らしていた。

 母とフィリピンを訪れた時の印象は違った。インフラ整備などに日本が協力し、今の関係が良好と分かってうれしかった。

 両国にルーツを持つ自分だからこそ、被害と加害、友好と敵対、関係が一変する戦争の実像を伝えられるかもしれないと思った。

 「音楽をやる以上、内容のあるものを伝えたい」。Ayakaさんの気持ちは少しずつ変わった。バンドへの参加を決め、「歴史を繰り返さないために、七十年平和を守ってきた憲法の役割をあらためて見直したい」と思っている。

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 「南京事件は中国のでっちあげだ」「従軍慰安婦なんてなかった」。七年ほど前、ZiNさんはこんな書き込みがネット上にあふれていることに気付いた。

 不安を感じ、歴史を学び直すために何十冊も本を読んだ。その間に、憲法の平和主義を骨抜きにする動きは加速し、改憲まで現実味を帯びてきた。

 「戦争の真実を伝えたい」「憲法九条を変えてはいけない」。自分が取り組んできた音楽で思いを伝えたいと思った。

 Ayakaさんと出会い、SHUさん(38)も加わって結成した「パラドックストリガー」。東京都内のライブハウスなどで練習を重ね、今年一月、三曲のネット配信を始めた。

 その一曲、「アジアン・ティアーズ」は、旧日本軍の占領下で住民らが虐殺されたとされる南京事件がテーマ。ひずんだギターをバックに、愁いを帯びたメロディーで「The Town was stained with madness and chaos(街は狂気と混沌(こんとん)に染まっていった)」と歌う。

 SHUさんは「批判も含めて摩擦はあると思う。でも、重いメッセージを音楽に乗せて表現することに躊躇(ちゅうちょ)はない」と話す。

     ◇

 アジア諸国を踏みにじったあの戦争が終わって七十年。ZiNさんは近年、改憲の露払いをするように、一部の展示館や教科書で加害の歴史が「自虐的」とされ、書き換えられていくことにも不安を覚える。

 戦争を体験し、平和を守る努力の大切さを身をもって知る世代も減っていく。「ぼくたちの世代の責任はますます大きい。若い人たちが曲を聴いて、あの時代に何があったのか興味を持ってほしい」と願う。 (小林由比)

 <パラドックストリガー> 2014年結成のロックバンド。「戦争と平和」をテーマにした曲を演奏する。リーダーでキーボードのZiN(長谷川仁)、ボーカルのAyaka(名越礼華)、ギターのSHU(藤本修平)の3人組。「世界中の人に聞いてほしい」と、英語の歌詞の楽曲をiTunes、Amazonなどで配信している。

 

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