-Tuba Eccentric-

→V.Williams/Concerto│Hindemith/Sonata(製作中)

ヴォーン・ウィリアムズのテューバ協奏曲〜その成立と分析〜

成立参考文献、CD

楽曲分析

 分析にあたって、この曲のアーティキュレーションについての次のような記述に触れておきたい。

…不幸なことに、私は作曲者のピアノ・スケッチと(私が書き写した)このスコアを照らしあわす機会が無かったので、長年に渡っての紛糾の種を引き起こしてしまった。
(Roy Douglas, Working with Vaughan Williams - The Correspondence of Ralph Vaughan Williams and Roy Douglas. London: The British Library, 1988. p68. ISBN 0-7123-0148-8)

 ここにあるように、現在出版されている譜面と自筆譜の間には、いくらかの相違がある可能性があるため、ここでの分析ではそのことについては特に触れないこととする。同様に、記譜音に関しては、現在出版されている譜面のものを分析の対象として取り扱うこととする。

 では、各楽章ごとに分析を行うこととする。文中の練習番号1,2…はピアノ伴奏版(Vaughan Williams, Ralph. Concerto for Bass Tuba and Orchestra, Arrangement for tuba and piano. London: Oxford University Press. 1955. viii, 22p.)の練習番号を意味している。音名表記はドイツ音名による。

第1楽章 前奏曲(オーケストラ版のフルスコアにのみこの副題がみられる)アレグロ・モデラート(4分音符=96)へ短調 2/4拍子。

 曲はオーケストラのトゥッティによる4小節の序奏で始まる。これは後に独奏部において展開される為、M1としておく。4小節目より始まるテューバの独奏は、へ音上のフリギア旋法のF-Ges-B-C-Esによる5音音階からなっている(=M2)。冒頭から練習番号1まではこのM2による主題の提示部になっている。続く練習番号1から練習番号2までの部分では、M1、M2による展開がなされている。練習番号2において新たな動機M3に基づく主題が提示され、練習番号3から練習番号4にかけてM3がトゥッティで繰り返されながら調性は変ロ短調へと移り変わる。練習番号4において拍子は6/8拍子になり、変ロ音上のエオリア旋法的特徴を持つ動機M4、M5からなる新たな主題が提示され、それらは練習番号4から練習番号5にかけてトゥッティで繰り返される。練習番号6から練習番号7の間では更にテューバによってM4、M5が展開される。練習番号7はM4の動機を用いて、変ロ短調からイ短調へ、6/8拍子から2/4拍子への転換が行われる経過句で、練習番号8では更に主調であるヘ短調に転調する。ここではテューバとオーケストラによってM1、M2が展開され、練習番号9ではM2、M3が展開される。練習番号10においても続けてM3による展開が行われ、練習番号11から練習番号12にかけてのオーケストラのトゥッティからテューバのカデンツァへと移行する。カデンツァはM2とM4に基づいている。コーダはM5によるもので、ここではピカルディ終止が使われている。カデンツァでは前述のように2つの高音部でのカットが示唆されているが、これは当時の演奏技術を考慮してオミットされたものである。作曲者の言葉にもあるように、この楽章は全体的にみてバッハの時代の協奏曲のような独奏とトゥッティが交互に現れるコンチェルト・グロッソ的な形式を持っている。また、特徴的な5つの動機が楽章全体に渡ってほぼ均等に用いられており、それがこの楽章の統一感を形成しているといえるだろう。

第2楽章 ロマンツァ アンダンテ・ソステヌート(4分音符=60)ニ長調 3/4拍子。

 冒頭から練習番号1にかけて、オーケストラによる前奏が行われた後、テューバによる独奏が現れる。この旋律T1はニ長調であるもののその第7度音が導音的性格を持つことが殆ど無く、練習番号2に入った後のこの旋律の終止部はロ短調になっている。再び歌われる旋律はニ長調であるものの、ト音上のリディア旋法的な和声付けが行われている。第1の復縦線の前で嬰へ音が半音下げられ、ニ短調へと転調する。この復縦線の後にポコ・アジタートの指示がみられる。ここからのオーケストラによる旋律T2は、テューバによって歌われた旋律T1の変奏であり、ニ音上のエオリア旋法的である。これは練習番号3を経過して第2の復縦線で4度下がりイ短調へと転調する。ここでオーケストラからテューバに主導権が引き継がれ、イ音上のエオリア旋法で旋律T2が展開される。この旋律も第3の復縦線で先程と同じく4度下がり、今度はホ短調へと転調する。ここから練習番号5に向けては旋律T2の終結部で、練習番号5において旋律T1がロ音上のエオリア旋法で再現される。調性的にも再現されるのは練習番号6からで、この部分は同時にこの再現部の終結部の役割も担っている。練習番号7〜練習番号8は、コーダの役割を持っており、旋律の終結部では再び嬰へ音が半音下げられるが、最終的に和音はニ長調で終わる。全体的にはT1-T2-T1の2部形式であるが、T2の部分がT1の変奏的要素であることが特徴的である。しかしながら、旋法性を多用し、短調さを回避して変化に富む音楽構成を作り出していることは注目されよう。

 この楽章に限って、作曲者自身の指示により、チェロやバスーンによっても演奏され得る事が示唆されている

第3楽章 フィナーレ−ロンド・アラ・テデスカ(ドイツ舞曲風に) アレグロ(4分音符=150) 3/4拍子。

 楽章の冒頭に示されている通り、ドイツ舞曲風のロンド形式をとっている。序奏部では F-A-H-C-Des-Es-F という音列TS1、ロンド主題では F-G-As-H-C-Des-Es-F (エオリア旋法の第4度音を半音上げたもの)という音列T2が基本として用いられている。また、4分音符=150(Tem.A)という指示の他に付点2分音符=50(Tem.B)という指示もなされており、これは実質上同じ速さであるものの、随所に見られるポコ・アニマートに対応する指示とみることが出来る。

 冒頭から練習番号1までは、序奏部にあたり、TS1が用いられている。譜面は4分の3拍子で書かれているものの、旋律は4分の3+4の7拍子で書かれており、それがオーケストラとテューバの間でカノン的手法で扱われている。序奏部はヘ長調の主音で終わり、続いてTS2を用いてロンドの主題T1が現れる。次にオーケストラのトゥッティに挟まれてTem.Bによって新しい主題T2がオーケストラ→テューバの順で現れる。移行部(序奏部の動機が用いられる)を挟んでT1に戻り、更に新しいテーマT3(Tem.B)が歌われる。これはT2とは逆にテューバ→オーケストラの順に現れる。調的(音列的)には安定しているロンド主題T1に対して、それに挟まれる主題T2、T3は共に変化記号も多く、調的に不安定である。練習番号6ではオーケストラのトゥッティによってT2とT3が同時に奏され、練習番号7での序奏の変奏を経てロンド主題T1に回帰する。T2を用いた経過部がテューバ、続いてオーケストラで奏された後、カデンツァに入る。カデンツァは序奏の動機とT2の動機が用いられ、カデンツァの終了と同時にオーケストラのトゥッティを伴って曲は閉じられる。形式的には次のようにみることが出来る。

序奏(Tem. A)-T1 Tuba→Orch. 音列の使用 A
T2 (Tem. B) Orch.→Tuba 調的に不安定 B
序奏(Tem. A)-T1 Tuba 音列の使用 C
T3 (Tem. B) Tuba→Orch. 調的に不安定 B
序奏(Tem. A)-T1 Tuba 音列の使用 A
T2 (Tem. B) Tuba→Orch.(T2+T3) 経過句 B'
序奏+T2(Cadenza) Tuba→Orch. 終結部 Coda

 以上のように形式的にはA-B-C-B-A-B'-Codaのロンド形式の構造を持つものの、序奏の動機が重要な役割を果たしていることや、経過句における様々なテーマの組み合わせる手法は特徴的であろう。また、 調性とテンポの設定によって作られた安定した主題と不安定な主題の対比、交互に現れるソロとトゥッティのセクションごとの入れ換えによって、この楽章は大変劇的な要素を獲得している。

まとめ

 以上の分析のように、この《テューバ協奏曲》は、随所に見られる旋法の使用や、特に第2楽章に見られる和声法の点から、親しみやすい旋法的な旋律、和声の流動的な運動、といった彼の作曲技法上の特徴がよく現れていると結論付けられよう。また、小規模の楽器編成や、特に第1楽章に見られるバロック的協奏曲構成からも、テューバとオーケストラの音量的バランスを少なからず考慮していたことが推察される。
 更に、全楽章を通じてのテューバの特徴的音色、性格がよく捉えられた旋律作法と共に、速いパッセージや高音域の連続的使用といったヴィルトゥオーゾ的要素も取り込んでいることから考えても、この曲はテューバの為の協奏曲として非常に完成度の高い曲ということが出来るだろう。

この曲が初演された直後の1955年、パウル・ヒンデミットによりバス・テューバソナタが作曲され、20世紀後半のテューバの為のレパートリーが一挙に拡大するきっかけを作った。楽器の精度、演奏技法も飛躍的に向上し、前述の世評の予想に反してまさにカーネギー・ホールでリサイタルを行う奏者も現れるほどに様相は変化した。このような変化の最初の一石を投じた曲としての音楽史的重要性は認めるべきであろう。

参考文献、CDへ進む
total: 233,121
today: 14
yesterday: 17
更新日時: 2006年10月25日 18時40分