台湾国立故宮博物院:記者会見で院長が涙・・・名称問題で紛糾、日本での特別展がやっと開催


 台湾の国立故宮博物院の馮明珠院長が23日に東京で行われた記者会見で、2度にわたって涙を流した。東京と福岡で開催される特別展を前にした記者会見だった。特別展は、日本側が作成した一部ポスターなどで、同博物館の正式名称から「国立」(本記事下部の「お断り」参照)の部分を抜かしていたことが問題となり、一時は特別展を中止する恐れも出ていた。台湾メディアの聯合報などが報じた。  同博物院の名称についての名称問題では、馮明珠院長に対して「台湾政府の圧力を受けたのでは」などの疑惑を含め、さまざまな批判が殺到したという。  馮院長は「圧力はありませんでした。馬(英九)総統にも江(宜樺)院長(=首相)にも、支持していただきました」として、日本側が同博物院名称で「国立」の部分の復活をしない場合には特別展を中止するとの主張が、同博物院側としての判断だったことを強調。  続いて、メディアに対する説明がなかなかできなかったことについて、紛糾などが原因で極めて多忙だったと声を震わせながら説明。「皆さんが私を批判しました。本当に、全く時間がなかったのです」と述べた。「すみません」と言い、後ろを向いて眼鏡をはずし、流れる涙をぬぐった。  馮院長は記者会見の場で、2度にわたり涙を流した。涙を流したことについて「申し訳ありません。私は泣き虫なんですよ」と説明した。  馮院長は「目は赤く腫れ、声に枯れ果ててしまいました。交渉をずっと続け、3日も眠ることができませんでした。東京博物館はようやく、われわれの要求を受け入れてくれました」と説明した。  日本側が、特別展の告知ポスターなどで同博物院名称の「国立」の部分がないものをすべて撤去することで、特別展中止という最悪の事態は回避されたという。  馮院長は同問題について、台湾側からの政治的圧力はなかったと強調し「私にとっての圧力とは、文化財をきちんと東京博物館に送り届け、展示することでした。これは重圧でした」と説明した。  記者会見に臨んだ東京国立博物館の銭谷真美館長は説明の冒頭で「台湾の皆様がたに、不快な思いをおかけいたしました。東京国立博物館長として、この問題を真摯に受け止め、補正を行ってまいりました。このような事態を招いたことに対し、おわびを申し上げます」と謝罪し、頭を下げた。  台湾メディアは銭谷館長の謝罪について「まずは謝罪をした」と、評価するニュアンスで報じ、「(台湾の)国宝展が順調に開幕。現場から政治色は吹き払われた」と論評した。  特別展は「台北 国立故宮博物院-神品至宝-」の名称で、東京国立博物館で6月24-9月15日に開催。当初の2週間は、ヒスイの自然な色合いを生かした「翠玉白菜」も公開される。同作品はこれまで台湾外で公開されたことがなかった。  九州国立博物館では10月7日-11月30日の開催。「翠玉白菜」の展示はないが、国立故宮博物院では並んで人気のある「肉形石」が、当初2週間に限って展示される。同じく、国立故宮博物院の「門外不出」だった逸品だ。  台湾の国立故宮博物院が収蔵する文化財は、日中戦争時に中国の指導者だった蒋介石が、北京の故宮博物院の収蔵品を厳選して「疎開」させ、共産党との内戦で敗色が濃厚になった時点で、台湾に運ばせたもの。歴代王朝が秘蔵していた貴重な文化財が極めて多い。  北京にも故宮博物院があり、貴重な収蔵物も数多いが、台湾の国立故宮博物院と比較すれば、「相当に見劣りする」とされている。そのため「北京の故宮の価値は入れ物(=建物)にあり、台湾の故宮の価値は中身にある」などの言い方もある。 ※お断り:  台湾では「国立故宮博物院」の「国」の部分に旧字体が用いられています。弊サイトでは異体字について「本来は同一の漢字。表記の形が異なるだけ」との認識にもとづき、日本の常用漢字の字体を優先して使用しています。そのため、同博物館名称についても、字体は日本の常用漢字に統一しています。  なお、中国大陸やシンガポールで用いられている略字体(簡体字)も、日本の常用漢字に直して表記しています。(編集担当:如月隼人)