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五部
最終話後編
「ワハハハハ、さあ、逃げろ逃げろ! もう一度ゴーレムを生み出してみるか? 今度は勝てるかもしれんぞ?」

 背後から聞こえる嬉しそうな魔王の声。
 それと共に、重い地響きが聞こえてくる。

 ゴーレム作成までできるだなんてズリいよ魔王!
 懐のマナタイトは後3つ。
 劣化マイトが後一本。
 そして、一振りの魔法剣。
 これが俺に残された武器だ。

「新しいゴーレム創った所で、あっさり捻り潰されるって分かってるクセに! 性格悪いぞ、さすがアイツらの元締めだな!」

 俺は薄暗いダンジョンの通路を走りながら、背後から聞こえる声に叫び返す。

「なっ……! ま、待て! ワシとてアイツらには苦労掛けられていたのだ、ベルディアの奴は首をちょくちょく女子トイレに置き忘れるわ、バニルは城の兵士達相手にあらゆる嫌がらせをして悪感情を食うわ、ウィズは城の軍資金を物欲しげに見るわ……! シルビアなんぞ、あなたと合体したいだとか言い出すわ、セレナに到っては、お布施を寄越せと城で募金活動を始めるわで……!」

 ほ、本当に苦労してんだなあ……。

 俺は若干同情しながらも、走っている内に仕舞いこんだ劣化マイトを再び取り出した。
 魔族である魔王には、魔法系の攻撃でないと効果が薄い。
 だが、アースゴーレムならば……!

 俺は後を振り向くと、劣化マイトを投げつけた。
 そしてすかさず手をかざし……!

「『ティンダー』ッッッ!」
「!?」

 アースゴーレムの顔に投げた劣化マイトを着火魔法で爆破した。
 炸裂音と共に飛び散る破片。
 ゴーレムの上半身が見事に弾け、残された下半身だけがゆっくりと歩き続ける。
 今の爆発は結構大きかったのか、ダンジョンの天井からパラパラと破片が振り、崩れないかと心配になる。

「……お、おのれ……」
 砕けたゴーレムの破片を顔に受け、魔王が忌々しそうに呻く中。
 俺は勝ち誇った様に魔王に告げた。

「……今のはエクスプロージョンではない。ティンダーだ」

「知っておるわ! 貴様、ティンダーと叫んだではないか! そもそも、冒険者如きがエクスプロージョンなどという最上位魔法を使えるか!」

 激昂した魔王が再び俺を追って来た。

 ええい、魔王のクセに魔王ネタの分からん奴め!

 マナタイトは後3個。
 どうする、迎え撃つか!?

 逡巡する俺に向け、魔王が右手を突き出した。
 俺はマナタイトを一つ握りしめ……!

「『ライトニング』ーッッ!」
「『カースド・ライトニング』!」

 マナタイト一つ分の魔力を叩き込んだライトニングを、魔王に向けて解き放つ。
 それと交差するように闇色の電撃が俺の右肩を撃ち貫いた。

「……ッッッ! ぐううううう、やるのう! やるのう、小僧!」
「……ッッ、いっ、痛だあああああああああ! 肩がっ! 肩に穴開いてるんですけど……っ!」

 右肩を押さえ泣きながら魔王を見ると、魔王が右の太ももを押さえてうずくまっていた。
 こっちは肩に穴を開けられたってのに、向こうの傷はそれほどの重傷には見えない。
 ダメだ、真正面から戦うのは分が悪い、ここは一端……!

「また鬼ごっこか? それはもう飽きたぞ小僧! 『カースド・ライトニング』!」

 魔王が地に右膝をついたまま片手を突き出し、致命的な魔法を放つ。
 ……ああ……これはあかん。
 こんな強力な魔法を、なんで詠唱もなくポンポン撃てるんだよ。

 俺は肩を押さえていた左手で、無意識に魔法剣を抜き、なんとなく目の前に……。




 ――澄んだ音と共に、魔法を食らった魔法剣があっさりと砕け散った。

「ああっ!」
「!? ……これも逃れるのか。貴様、なんと強運な冒険者なのだ」

 最後の頼みの魔法剣が砕けた事により、俺はいよいよ絶望的な心地で、砕けた魔法剣の柄を投げつけながら、魔王に向けて食って掛かった。

「何が強運だよ、本当に強運なら、ここでこんな目に遭わねえよ! あーあ……。ダストの野郎ナマクラ持たせやがって使えねえな!」
「き、貴様、人様からの預かり物に無茶苦茶言うな……。だがこれで、最後の望みも絶たれた訳だ。残るマナタイトは幾つある? それで、先ほどのライトニングは何発撃てるのだ? お前は上級魔法が使えないと見た。使えていれば、中級魔法のライトニングなどではなく、上級魔法での一撃を食らわせていただろうからな」

 くそっ!

「『ヒール』! 『ヒール』ッ!」
 泣きそうになりながら右肩の傷にヒールを掛ける。
 だが、傷が深すぎて俺の魔力ではどうにもならない。

 痛む右肩を押さえながら立ち上がると、魔王に背を向ける。

「本当に、逃げてばかりだな貴様は。もういい、諦めろ。貴様は冒険者の割には本当によくやった。これはワシの本心だ。貴様に敬意を表して、このまま逃してやってもいいぞ。まだマナタイトはあるのだろう? テレポートの詠唱を終える時間をやろう」
 魔王は俺の背中に、そんな言葉を投げ掛けてきた。

 魅力的なその言葉を無視し、俺は通路の角を曲がり、そこに肩を押さえたままズルズルとうずくまる。
 ヤバイ、血が止まらん、超痛い。

 このままテレポートで帰ってもいいってか……。

 どうしよう、城の皆はもう、魔王の側近を全滅させたかな?

 なんせ、俺でも一対一でここまで頑張れたんだ。
 あの連中ならまず問題無いだろう。

 それよりも、早く血を止めないと……。

「なあ、小僧。そう言えば、まだ貴様の名前を聞いていなかったな。こういった、最後の決戦の様な時には、魔王として名前ぐらいは聞いておいてやらんといかんのだ。良ければ名前を教えてくれないか」

 ズルッ、ズルッ、と。
 足を引きずる音と共に、魔王がこちらに近づいて来る。
 俺はマナタイトを一つ取り出し。

「『ヒール』ッ!」

 右肩の傷を塞ぎ終えると。

「佐藤和真と申します。……あんたの名前は?」
 魔王に向けて、問い掛けた。

 血が出過ぎたのか、体がダルい。
 立ち上がらなきゃいけないのは分かっているが、立ち上がれない。

「……ヤサカだ」

 魔王の、そんな呟きを聞きながら、俺は…………。

 …………。
「ヤサカ? 魔王ヤサカ? もっと、おどろおどろしい名前を想像してたよ」

 俺のそんな言葉に、ズルッ、ズルッ、という音が聞こえなくなった。
 魔王が、その場に足を止めたらしい。

 魔王は、ふふっと小さく笑う。
 角の向こう側にいるのでその表情は見えないが、心底可笑しそうな笑い声だ。

「私の名は、八坂恭一。魔王、八坂恭一だよ」

 …………えっ。

「……えっと、どういう事? えっ。えっ!? 何? あんた、日本人? 人間なの?」

 パニックになる俺に、魔王が実に可笑しそうに。

「いいや? れっきとした魔族だし、ニホンなんて所は知らん。その国の事は聞いた事はあるがな」

 ……!?

「おい、訳分かんない事言うなよ、俺を混乱させてトドメを免れようとかそんな手か? 汚ねえぞ」
「今からトドメを刺されようとしているのは果たしてどちらなのか。フフ、いやな、この名を名乗ると、お前達の中にはその様な面白い反応をする奴が多くてな。……我が名の由来が知りたいか? そして、我々魔王軍がなぜ人類を襲うのかを知りたくないか?」

 実に可笑しそうに魔王が笑う。

 えっ、なにこれ。
 なんなんだよ、この、ゲームや漫画によくある展開は。

「俺、そんな事聞きたいなんて言ってないんだけど。なんでわざわざ、そこまで教えようとしてくれんの?」
「お前と同じ様な変わった名をした連中が、ワシに会うと必ず聞きたがった事だからだよ」

 魔王はそう言って、クスクスと面白そうに。
「……えっと、じゃあその名の由来とか聞いてもいい? 後、どうして魔王軍が人類を襲うのか……」
「それが知りたくば、この私を倒してからにするのだな!」

 ムッ、ムカつく――――!!

「ワハハハ、腹が立ったか? イラッときたろう! 最後に貴様に一矢報いられたわ! 少しだけ溜飲が下ったぞ!」

 このジジイ、意外と大人気ねえ!

「……さて。こうして名乗ったのは久しぶりだ。ワシが今まで名乗ったのは、必ず死にかけの者にのみ名乗ってきた。だが貴様は、我が名を知り得た者としてこのまま帰るがいい」

 言って、魔王は再び、ズルッ、ズルッ、と音を立てて、こちらへと近づいて来る。
 俺がテレポートで帰らないとなれば、このままトドメを刺すのだろう。
 残るマナタイトは後一つ。

 今の俺の残りの魔力では、帰りの分のテレポートにはとても足りない。
 帰るとすれば、これを使う他はないだろう。

「なあ、あんたはこのまま帰るのか? 城に帰れば、多分俺の仲間が待ち構えてるぞ。これだけ時間が経ったなら、きっとあんたの側近は倒されてるよ」
 俺の、魔王に対する呼び掛けに。

「そうだな。あの連中相手では、我が部下は殺られているか……。お前を殺すか、お前が逃げ帰るかした後で、ここでしばらく休むとしようか。その後、このダンジョンで手勢となる強力なモンスターを見繕って帰るとしよう。ワシが休憩して帰る頃には、我が娘が大軍を率いて、城に凱旋している頃だろうしな」

 そう言えば、娘が帰って来るとか言っていたなあ。

 俺が一端街に帰還し、準備を整えてアクセルの冒険者達と共に、再びここへテレポート……。
 いやいや、もう一度ここへ来る魔力は無いし、マナタイトだって最後の一つだ。
 なにより、街は今、絶賛防衛中なはず。
 そんな中で、確実に魔王を倒せるかどうか分からないのに人を割いてもらう訳にもいかない。

 ――ズルッ、ズルッ。

 その音が、すぐ傍まで近づいている。

 魔王を倒さずに俺が帰る。
 すると、どうなるだろう。
 あいつらは、魔王がモンスターを連れて城にテレポートで帰ってきたら、ちゃんと俺の言う事を聞いて逃げ帰ってくれるだろうか。

 ……間違いなく、言う事を聞く訳がないな。

 魔王に伝言を頼むか?
 俺とは引き分けって事になり、俺は街へと帰りました、と。
 でもあいつらが信じるかな……?
 まあ、無理だろうなあ……。

 となると……。

「なあ、俺も一緒に城に連れて帰ってくれって言ったら、俺にもテレポートを掛けてくれる?」
「……そこまでしてやる義理もあるまい。我が配下にでもなるか? その際には、ワシを裏切れない呪いを掛けさせてもらうが、その上でなら連れ帰ってやろう」

 だよなあ。

 ――ズルッ、ズルッ。

 そんな音を聞きながら、俺は座り込んだまま自分の冒険者カードを手に取った。
 右手にはカードを。そして左手には最後のマナタイト。

 ――ズルッ、ズルッ。


 ……やだな。

 正直、こういうのは柄じゃない。
 こんな事は、ヒーローになりたいって奴がやればいいと思ってた。
 もしくは、勇者様願望がある奴、俺TUEEEがしたい奴。

 ――俺みたいに、ゴロゴロして飲んだくれて昼まで寝て。
 美少女に囲まれて、退廃的な一生を送りたいなんて考えの奴にやらせる事じゃないと思う。

「さあ、テレポートの詠唱は済んだか? 見逃してやるとは言ったが、憎らしい貴様の顔を見た瞬間、我慢できるかは保証できんぞ?」

 ズルッ、ズルッ、と。
 そんな音を聞きながら。

 ――あいつら、きっと怒るんだろうなあ、と……。
 でも俺がやらないと、どうせあいつら、やけっぱちになってまた何かやらかすんだろうなあ……と。

 そんな事を考えながら。




 俺は、冒険者カードを――











 ズルッ、ズルッ、という音が、角の向こう側から聞こえてきた。
「そこを曲がらずに、怒らないでこのまま聞いて欲しいんだけどさ。ここは、引き分けって事でさ。俺を先に、テレポートで城まで送ってくれないかな」

 俺の言葉に、魔王の足音がピタリと止まる。

「送ってもらったら、俺は仲間と一緒に街に帰るよ。あんたは休憩でも何でもしてくれればいい。もしくは、休憩せずにすぐ城に帰って来ても、俺の仲間には手を出させないって約束するよ」

 …………薄暗いダンジョンの中が、シンと静まり返る。

「……ククッ、クハハハ、引き分け? 何を言っている。お前は何か勘違いをしているな。お前は負けたのだ、そしてお前が逃してもらえるのは、ただの気まぐれに過ぎず……!」

 魔王は、曲がり角を曲がってこちらに体を向けると、そこでピタリと言葉を止めた。








 俺の両手の間に灯る破滅の光。

 ――爆裂魔法の光を見て。

「……………………。……引き分け、か。良いだろう冒険者よ。お前を先に、城へと送り届けてやろう。……それでいいか?」
「……ダメだね。だから言ったじゃん。そこを曲がらずに、怒らないで聞いて欲しい、って。これを見た後でそんな返事を貰っても、もう信用できないんだよ。俺を送ったテレポート先が、火口のど真ん中だったらどうする? 殺られ損だろ?」

 俺の手の間の光から目を離さず、魔王はゴクリと喉を鳴らした。

「……分かった、ではどうしたらいい? この距離でそれを放てば、ワシはおろか貴様も無事では済むまい。いや、そもそも爆発に巻き込まれない距離から撃っても、間違いなくこの階層は崩れるぞ。貴様も、それが分かっていたから今までそれを使わなかったのだろう?」

 まあ、そういう事なんだけども。

「そもそも、なぜ上級魔法も使えない冒険者が、爆裂魔法などという複雑な魔法を覚えているのか……。……一体お前は何なのだ?」
「……何なんだろうね。俺もよく分かんないよ。というか、自分の立ち位置って奴すら分かんないぐらいだ。俺は、あいつらの……保護者? 恋人? 飼い主? ご主人様? 友人? 仲間? ……うーん、何に当たるんだろうね」

 今更ながらに悩みだした俺に、魔王は変わらず、脂汗を垂らして手の中の光を見つめている。

「俺の仲間にこの魔法が大好きな娘がいてさ。俺の隣で毎日欠かさず、これをぶっ放しまくってたんだよ。お陰で、俺でも習得が可能なぐらいに、この魔法の詠唱も完全に丸暗記しちまった」

 手の間にある、火傷しそうなぐらいに熱い光。
 気を抜くと、それがあっという間に暴発しそうだ。
 めぐみんは、よくもまあこんな代物を、毎日制御できていたもんだ。

「それを放てばお前は欠片も残さず消える。間違いなくな。だが、ワシは仮にも魔王だ。冒険者の放つ爆裂魔法では、一撃では死なんかもしれんぞ?」
「アクアに弱体化させられた今のあんたじゃ、多分耐えられないだろ? どの道、この階層は崩れるんじゃないのか? 多少息があっても、生き埋めになればどうにもなんないよな?」

 俺の言葉に、魔王が黙り込んだ。
 血が足りないのか、頭がボーッとする。

「……死ぬのが怖くは無いのか?」
「超怖いよ。もう何度も死んでるから、なおさら怖い」

 死ぬのは怖い。
 というか、今だって正直いって泣き出しそうだ。
 皆と会えなくなる。
 そう考えると辛い、ほんとに辛い。


 でも、

「……ワシの名前の由来を聞きたくないか? そして、魔王軍がなぜ……」
「興味ないわー」


 ――でも。

 どうせあいつらは、俺がなんとかしてくるとでも思っているんだろうなあ。


「………………『カース」

 魔王が唱え終わるより先に。

「『エクスプロージョン』――――ッッ!」

 俺は魔法を解き放った――――


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 体がフワフワして、なんだか心許ない。
 というか、何も見えないし聞こえない。

 ――そんな中、遠くから俺を呼ぶ声が聞こえた気がした。

 なんとなくそちらに向かってみる。
 そちらに行きたいと願うだけで、体が自然とそちらに向かった。
 夢心地というか、浮遊感というか。
 なんだろう、この不思議感覚は。

 呼ばれた気がした方へと向かうと、やがて目の前に、大きな光が――









「ようこそ死後の世界へ。私は、あなたに新たな道を案内する女神、アクア――。佐藤和真さん、あなたはダンジョンの最下層において亡くなりました。――辛いでしょうが、あなたの人生は終わったのです」

 ……………………。
 そこは、既に見慣れた白い部屋。
 光を見つけて飛び込んだはずなのだが、なぜか、目の前にはアクアがいる。
 そして、その隣にはエリスまで。

 ……こいつがここにいるって事は、魔王は無事倒せたって事なのだろうか。
 というか、あの後どうなったのだろう。
 俺が魔王を倒した瞬間に、こいつはここに送られたのだろうか。

「おいアクア、俺が魔王をテレポートで拉致った後、どうなった?」

 アクアに話し掛けるが、アクアは俯いたまま、こちらに目を合わせようとしない。
 というか、前髪で顔が隠れてアクアの表情がうかがえない。

「……あなたには、いくつかの選択肢があります」

 アクアが、そんな事を淡々と、棒読みで言ってくる。

「……このままこの世界で、赤子として生まれるか」
「……おいアクア、まずは状況説明からにしろよ。皆はどうなったんだよ。あと、人と話する時はちゃんとこっち向け」

 アクアに言うも、そんな俺の言葉を無視し、更にアクアは淡々と――

「……それとも平和な日本で、赤子として生まれるか」
「おいこら、人の話聞けよ。あれからどうなったんだって聞いてんだよ。お前、こっち向かねーなら、その鼻に指突っ込んで向かせるぞ?」




 アクアが顔を上げて、言った。

「……もう、手の掛かる仲間に苦労する事もなく、借金背負ったり逮捕されたり、そんな酷い目に遭う事のない天国で、平和に暮らすか……!」

 肩を震わせ、ボロボロと涙をこぼしながら。

 ……ガチ泣きじゃないか。

 ボロ泣きするアクアの肩に、エリスが優しく手を置いた。
 アクアはエリスの胸元に顔を埋め、しゃくり上げながら肩を震わす。


 そんなアクアの姿を見ながら、俺はなぜだか達観していた。

 アクアがこうまで泣くって事は、俺はもう生き返る事はできないのだろう。
 覚悟の上での事だし、しょうがない。
 ……もっと心にくるかと思ってたが、意外と平気なもんだ。
 やる事やって、ちゃんとこうして目的を果たせたからだろうか。


 ――アクアを、ここに帰してやるって目的を。


 改めて自分の体を見てみると、胸元から下が透明になっている。
 嗚咽を続けるアクアの肩を抱き、優しく撫でながら、エリスが言った。

「……カズマさん、お疲れ様でした。あの場にいた皆は、無事に魔王の側近を倒し、あなたの無事を祈りながら待機しています。そして、魔王を倒したあの瞬間から、先輩はここに。それを見て、あの場の皆も、あなたが魔王を倒した事を知った様です」

 それを聞き、俺はホッと息を吐いた。

「今は、激戦の後という事で休憩中の様です。先輩が突然いなくなった事で少々混乱している様ですが……」

 エリスが眉根を寄せて、そんな事を。

 ……そういえば、俺が死んだって事を皆に伝えられないのか。
 参ったなあ。めぐみんやダクネスが、ダンジョンの探索を始めだしたらどうしよう。

 いや、アクセルの街の連中も探索に参加してくれるかもなあ。
 というか、結構大掛かりな探索になったりして。

 …………参ったな。

 やっぱ、このまま皆とお別れってのは辛い。

 しかし、魂みたいな今の状況で良かった。
 でなきゃ、アクア並にガチ泣きしていたかもしれない。

 俺の考えは表情に出ていたのだろう。
 エリスが俺に、優しく微笑みかけてきた。

「……さて、佐藤和真さん。魔王を倒して死んだあなたには……。ご褒美として、通常の死後の選択肢とは、別の物を用意するようにとの言伝を承ってます」

 それを聞いて。

 アクアが、バッと顔を上げた。

「まず、一つ目。先ほどの選択肢にあった、天国でのんびりと暮らすというもの」

 エリスが指をピンと立て、優しく微笑みかけてきた。

「……そして、二つ目。体を得て、日本へ帰る。この際には、一生を掛けても使い切れないだけのお金を。そして、あなたの理想とする配偶者を……ちょっ、先輩! ち、近……! 顔が近いです! 興奮しないでください!」

 アクアが涙をゴシゴシ拭い、エリスの隣でジッと聞く。
 エリスが一つ咳払いをして先を続ける。

「そして、三つ目。――体を得て、あの世界にもう一度降り立つか」


 ――それを聞き。アクアがパアッと顔を輝かせた。

 なんだよ嬉しそうなその顔は。まるで、俺がどれを選択するかが分かりきってるみたいな顔しやがって。

 ――天国ってのはまだ早いよな。

 だが、日本で暮らす。
 そう、こいつがくせものだ。
 一生遊んで暮らせるだけの金を得て、後、エリスが言い掛けたが、理想の配偶者がどうとか……。
 つまり日本に帰れば、何不自由無く、苦労も無く、理不尽な目に遭う事も無く、可愛い嫁さん貰って遊んで暮らせる訳だ。

「どれにしますか?」

 エリスが微笑を浮かべながら聞いてくる。

 そんな質問に、俺が今更迷う訳がない。
 俺がどれほど異世界で苦労してきたと思っているのか。
 ろくでもない生物に、どうしようもない住人達。
 まともな常識人がレアっていう、根っこの所が破綻している様な世界だ。
 あんな世界に戻れば、今後も間違いなく苦労する。
 そんなもの、今更考える必要もなく分かる。



「俺の大嫌いな、あの世界へ送ってください」



 そんな、俺の返事を受けて。
 エリスが嬉しそうに笑みを浮かべた。

「さあ、そうと決まったら早く皆の所に帰ってあげないとね! エリス、ちょちょいとアレな力をアレして、魔王の城の皆の所へ送って頂戴。きっと、突然消えた私を心配してるんじゃないかしら。早く戻ってあげないとね!」

 アクアがソワソワと浮かれながら、そんな事を言ってくる。
 だが、それにエリスが困った様に眉をしかめ。

「……あの、先輩。申し上げにくいんですが、先輩はもう、こうして天界に帰って来た訳ですし……。日本担当の先輩は、この世界に遊びに降りる事も……。その……」

 その言葉に、アクアがエリスの肩を掴んだ。
 そして、目に涙を浮かべてフルフルと首を振る。
「そ、そんな目をされてもこればっかりは私には……! あっ、止めてください! 先輩、パッド取ろうとしないでください! ダメですよ、そんな事されたってダメですってば!」

 目の前で揉み合いを始めた二人に。
「……ちょっと聞きたいんだけど、いい?」
 俺は、半分透き通った指でポリポリと顔を掻き。

「俺、もう一度異世界へ行く訳だからさ。……何か、チートって貰えないのかな」

 とても重要な事をエリスに尋ねた。

 それを受け、二人はピタリと動きを止める。
 そして――

「ええ、もちろんです。魔王が倒されたとはいえ、まだまだ強敵ひしめくこの世界で生きていくには、必要なものでしょうから」

 エリスが、そう言っていたずらっぽく笑った。

 俺がこれを言い出すのを予想してたんだろうなあ……。
 色々苦労掛けられた先輩に、一矢報いたかったに違いない。

「あ……」

 それを聞き、アクアが不安そうにこちらに手を伸ばしかけ、そして思い直した様に手を引っ込めた。

 この騒動の後に、流石に、チート代わりに自分を連れて行けとは言えないらしい。
 ちゃんと自分が手の掛かる女神だって事を理解してくれたのは、驚くべき成長だと思う。

「さあ、どんな能力をお望みですか? 強力な装備? 強靭な肉体? それとも、とてつもない才能ですか?」

 俺が何を言うのかを予想しているのか、ワクワクした表情を浮かべながら言ってくるエリスの横で、アクアが珍しくシュンとしていた。

 自己主張の強いこいつが珍しい。
 いつもこんなんなら良かったのに。

 ……俺はエリスに言ってやった。



「女神はチートに入りますか?」






 それを聞き、心の底から嬉しそうに、にこやかな笑みを浮かべるエリス。
 そしてその隣では、これ以上にないぐらいに、アクアがパアッと顔を輝かせた。

「エリス! エリス!! 早くカズマを蘇生するわよ! ほら早く! 早くしないと、城の皆が休憩終えて、街へ帰っちゃう!」
「はいはい、分かりましたから、先輩も力を貸して下さい。ここに帰って来た今なら、本来の女神の力が使えるはずですから……。……ではカズマさん。これは特例中の特例です。二度はありませんから、今後、命は大切に……」
「そんなのいいから、早く早く! ほら、いくわよエリス! 『蘇生せよ!』」
「あっ、先輩っ! もう、『蘇生せよ!』」

 二人の女神の力を受けて、体の奥に凄まじい熱を感じる。
 体に重さを感じ、俺は床に足を付けると、床の冷たさを感じ取った。

 そして、俺を蘇生させてくれた二人は慌ててバッと後ろを向いた。
 ……?

「せ、先輩! 先輩が慌てて蘇生させるから! 早く、服か何かを……!」
「だってだって! しょうがないじゃない、浮かれてたんだもの! ねえ、何か無いの!? カズマさんが荒ぶってるんですけど!」

 俺は見事に素っ裸だった。

「ちょ、ちょっと待ってください、今服を……! ……ほら、先輩から渡してあげて下さいよ、先輩ならもう何回か見てるでしょう?」
「待って頂戴、私が見たのはチラッとよ! 同じ屋根の下の相手のアレを見ちゃうなんて、色々と気まずくないかしら! エリスなら接点ないんだし、ササッとその服を渡してあげてよ!」
「いいからとっとと服くれよ! こんな神聖な場所でいつまでフルチンでいればいいんだよ!」








 服を着替え準備を終えた俺に、エリスが改めて向き直った。
 俺の隣には、浮かれた様子のアクアがいる。

「……さて。これで今後は、先輩は、いつでも天界に帰る事ができます。もっとも、当分は帰って来る気は無さそうですけどね?」
 エリスが、浮かれた様子のアクアを微笑ましく見守りながら言ってくる。

 ……と、アクアが浮かれて言った。

「まあねー? 何だかんだで結果オーライってやつね! 私がこんな事を言い出さなかったら魔王だって倒せなかったでしょうし。……あら? ひょっとしてこれって、カズマが女神によって導かれ魔王を倒したって言ってもいいんじゃないかしら。魔王を弱体化させたり、今回の私ってこれでもかってぐらいに女神っぽかったしね。……そう考えると、今回の魔王退治のMVPって、私の名前が入ってもいいんじゃないかしら」

 ……そんな、浮かれきった事を。

「……おいこら、お前舐めてんの? 魔王倒したのは俺だよ? 分かってんの? 勇者カズマだよ? 伝説になるんだよ? お前は家出して保護されて連れ帰られる駄女神だろ? お前ってば何言っちゃってんの?」
「ほーん? あんたみたいなもやしニート、私の力が無かったらそもそも魔王に勝てなかったって分かってるんですか? 魔王退治の報奨金は私の取り分を多くして頂戴。後、今後は本来の女神の力を使えるんですからね、私の扱いを雑にすると、本当に天罰がくだるからね?」

 そんな、舐めた事を。

 アクアは、自信満々に髪をかきあげながら言ってきた。
 エリスがそんな俺達のやり取りを、可笑しそうに見守っている。
「では、カズマさん。そろそろ願いを、あなたの口から……」
 そしてそんな事を、笑いながら言ってきた。

「目の前で突然私が消えちゃって、めぐみんやダクネス達は心配して泣いてないかしら。早く街に帰って、皆を安心させてあげないとね!」
 俺の隣では、浮かれた様子のアクアがチョロい事を言っている。

「ではカズマさん。……改めて、願いを……」

 エリスが、魔王を倒した事への礼を言うかのように。
 そして、祈るように手を組んだ。
 ニコニコと笑みを浮かべるエリスは、まさしくメインヒロインといった感じだ。
 それに比べて……。

「ねえカズマ、私、街に帰ったらキンキンに冷えたクリムゾンビアーね! 私のジョッキにとびきりのフリーズを頂戴。早くゼル帝に会いたいわね、そろそろ立派なドラゴンになってる頃合いかしら!」

 俺はアクアとエリスを交互に見ながら。

「……? どうしたの、変な顔しちゃって。元から変な顔が、今は更に歪んでるわよ? 顔にヒールを掛けてあげようか?」

 ……………………。



 俺は、エリスに願いを告げた――――!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 一瞬の立ち眩みの後、俺は見覚えのある所に立っていた。
 そこは確かに魔王の部屋。
 その証拠に、辺りには魔王の側近が倒れ伏している。

 突如現れた俺に、その場にいた皆が驚き、そして――
「「カズマ! お帰…………り…………?」」

 ダクネスとめぐみんが、俺にお帰りを――

 ……言おうとして、言葉尻をすぼませて首を傾げた。

 改めて皆を見ると、ダクネスは手酷い傷を負っていた。
 命に関わるレベルではないが、よほどの激戦だった事がうかがえる。
 めぐみんとゆんゆんは呆然とした表情を浮かべているが、怪我らしい怪我はない様だ。
 ……と、向こうではミツルギが倒れ、その傍らにあの二人が縋りついていた。
 胸が上下している所を見ると、ミツルギも無事な様だ。

「あのう……」

 めぐみんが、おそるおそるといった感じで尋ねてきた。

「……あのう。その人は、誰ですか?」




 俺の隣に佇む、女神エリスを指さしながら。




 俺は、困った表情を浮かべオロオロしているエリスに手を向けて。
「こちら、あの有名な女神エリス様。魔王を倒したご褒美代わりに、せっかくなんで連れて来た」
「「「えっ!?」」」
 めぐみん、ゆんゆん、ダクネスが、驚きの声と共に後ずさる。
 と、ダクネスが片膝をつき。

「こ、これはエリス様! その御姿、確かに教会に記されていた通りの……。通り……。の……?」

 エリスに向かって深々と頭を下げていたダクネスは、チラッと顔を上げてエリスの顔を怪訝そうにジッと見た。
 それを受け、エリスがふっと目を逸らす。


 ――その時だった。


「なんでよ――――――――!」

 突然光の柱が現れると、そこからアクアが飛び出してきた。

「あっ! お前、なんで自力で降りて来れるんだよ!」
「せ、先輩!? 何してるんですか、ダメですよ許可も無しに勝手に降りてきちゃ! 怒られますよ!?」

 俺とエリスの声を受け、アクアが泣きながら声を上げた。

「わあああああああーっ! ガ、ガズマがあああああああ! ふわあああああああ! あああああああああ! あああああああああーっ!」
「めんどくせえ奴だなお前は! 調子に乗るから置いてったんだろうか! ったく、ちゃんと暫くしてから迎えに行くつもりだったのに、どうすんだこのバカ!」

 わあわあと泣くアクアを見て、めぐみんとダクネスが安心した様に息を吐いた。

 と――

「ねえー! よく分かんないけど、プリーストがいるならキョウヤを助けてあげてよ!」
「そうよ、大怪我してるの!」

 そんな二人の声に被せる様に、ゆんゆんが突然大声を上げた。

「魔王軍が! 魔王軍が、帰って来ました! 先頭にいるのは魔王の娘じゃないんでしょうか!」
 部屋のバルコニーから外を見て、ゆんゆんが緊張した面持ちでこちらを振り返る。
 もう帰って来たやがったのか。
 でもまあ、目的は果たした訳で、とっとと引き上げるとするか。

「ほら、いつまでも泣いてないでとっとと帰るぞ! もう、来ちゃったもんはしょうがないから、後の事はまた後日考えるって事で……」
「わあああああ! ふああああああああ!」
「……あ、あの……ダクネス、さん……? な、何でしょう、顔が近いのですが……」
「……いえ。私の友人に似ているな、と……」

 ダクネスがエリスに顔を寄せ、ジーっと見つめる中、アクアが泣き、そしてゆんゆんとめぐみんが……。



 えっ、ちょっ……!


「『エクスプロージョン』ー!」


 めぐみんがバルコニーから外に向け、マナタイトの詰まったリュックを背負いながら爆裂魔法を解き放った。

「めぐみん!? ちょ、ちょっとなにしてんの!?」
 めぐみんの隣で、ゆんゆんがそれを慌てて止める。

「『エクスプロージョン』ー! 『エクスプロージョン』ーッ!」
「止めて! めぐみん止めて! 鼻血が! 鼻血が出てるからっ!」

 魔王軍に対して攻撃を始めためぐみんをゆんゆんが慌てて止める中、俺はバルコニーへと近寄り外を見た。

 そこには、突然爆裂魔法の連打を食らった魔王軍の軍勢が、パニックに陥り逃げ惑っていた。
 他のモンスターに庇われながら逃げ惑っているアレが、魔王の娘なのだろうか。

「ワハハハハ! 我こそは魔王めぐみん! この城を乗っとりし、世界最強のアークウィザード! 我が城に近づく愚か者ども! 我が絶大なる力の前に消え去るがいい!」
「めぐみん! めぐみん落ち着いて! せっかく魔王を倒したのに、また魔王が現れてどうするの!」

 まったくだ。これ以上の厄介事を持って来ないで欲しい。

 ――潮時だな。

「ゆんゆん、テレポートを頼む! 俺、もう魔力が無くってさ」
「え……、あ……! 私、後二回分ぐらいの魔力しか残ってませんが……! でも、今この場には……」

 テレポートでの転送は一度に四人まで。
 エリスを連れて来てしまった事により、この場には九人いる。

「仕方ないですね。カズマ、これを使ってください」

 爆裂魔法で魔王の娘と魔王軍をいびっていためぐみんが、ぐしぐしと鼻血を拭い、俺にマナタイトを渡してきた。
「……お前、あんま無茶すんなよな」

「高価なプレゼントを貰ったんですから、私だって何か、カズマにお返しをしたいんですよ。……もっとも、誰かはそんな事気にもしてない様ですが」
「えっ? あっ……! 私か? 私の事を言ったのか!?」
 めぐみんが、そう言ってダクネスに絡みだす。

 というか、マナタイトのお返しが城ってか。
 お返しとしては大きすぎるだろう。


「えっと、では、皆さん集まってください、テレポートで転送しますから!」


 ゆんゆんの言葉に、皆が寄り集まった。


「ねえー! その前に、先にキョウヤの治療してよー! なんか、脈が弱くなってきたんだけど!」
「ていうか、息も弱く……!」
「……エリス様、以前、私と会った事は……」
「ななな、無いですよ!? ……っというか、私はこれからどうしたら……」

 皆が好き勝手に騒ぐ中、ゆんゆんが第一陣をテレポートで転送した。

「『テレポート』!」
 エリス、ミツルギ、取り巻き二人が転送され、後には五人が残される。

「うっ……ぐすっ……ぐすっ……」

 いつまでもメソメソしているアクアの肩に、ゆんゆんが手を置いた。
 その隣にはめぐみんが並び、ダクネスが頬についた血を拭いながら並び立つ。

「では、行きますよ? それではカズマさん、アクセルで!」

 ゆんゆんが声高に。
「『テレポート』!」


 テレポートの魔法を唱えると、そこには未だメソメソしているアクアが取り残されていた。

 !?

「えっ!? どういう事だ!? なんでお前、テレポートで飛んでないの?」
「て、抵抗、ぐすっ……し、したから……! ……ぐずっ……」

 アクアが鼻を啜りながら、そんな事を…………!

「おまっ……! お前って奴は、どうしてこう、最後の最後まで……!」
「ち、違うの! 違うの、聞いて!」

 目に涙を浮かべながら、アクアが慌てて言ってきた。

「言いたい事があったから! エリスの前じゃ、ちょっと……、その……」
「なんだよ! ってか、今言う事でもないだろーが! 分かってんのか? 今こうしてる間にも、続々と城へ敵が入って来てるんだぞ!? いつここに来るか……!」

 俺はアクアに慌てて言うが、当のアクアは、未だ目尻に涙を溜めたまま何も言おうとはしない。

 そうこうしている内に、そう遠くない場所から何かが駆けて来る音がした。
 この最上階へと続く、直通ルートでもあったのかもしれない。

 ソワソワしながらアクアの言葉を待っていると、アクアが指で涙を拭い。
「……ねえカズマ」
「なんだよ、早く言えって! 置いてった事は悪かったよ、でも、ちゃんと迎えに行く算段はあったんだぞ?」

 俺の言葉に、アクアが首を振る。

「その……。ほら、私って、あの……。あんまり、物凄く賢いってほどでもないじゃない?」
「というか、まあバカだよな。それが?」

 アクアが一瞬、ギッ! と歯を食い縛る。
 が、ふっと表情を緩めると。

「……まあ、そんな訳だから。私は上手に言えないから一言で言うわね」
「だから、何がだよ! ほんとに早くしろってば! ほら、外の足音聞こえるだろ!?」

 部屋の外から聞こえる、こちらに向かう音が大きくなっている。

 慌てる俺に、アクアが――













 屈託のない笑顔で言った。


「ありがとうね」







 …………俺は、こいつ相手にドキッとする日がくるだなんて、今の今まで思いもよらなかった。


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