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五部
24話
――地下一階――

「フハハハハハ! フハハハハハハハ! 失せろ失せろゴブリンども! 貴様らまとめて、お客様の経験値になりたいのか! 貴様らの様な経験値効率の悪い雑魚に用はない! ほうれ、道を開けるがいい!」

 地獄の公爵にして、元魔王軍幹部の大悪魔。
 バニルが先頭を行き、ゴブリンを筆頭とする弱いモンスター達を追い散らしていた。
 地獄の公爵として相応しい、高貴で恐ろしい格好…………


 ……ではなく。


 ステテコとサンダル、肌シャツというイカした格好で。

 こんな格好でダンジョンに挑むのもどうかと思うが、もうコイツの事に関しては気にしない。
 しかし、そんな格好で仮面だけはしっかり付けているのが、余計に場違い感を醸し出していた。
 今の姿を、このダンジョンに潜っている冒険者が見たりしたらどう思うのだろうか。

「カズマさんやバニルさんと、こうして冒険が出来る日が来るなんて思いもしませんでしたよ……! 私、張り切っちゃいますから! 今日は、いつもバニルさんに叱られている駄目な店主じゃなく、かつて名を馳せた大魔導師の実力を、ぜひともお見せしますからね!」

 俺の後ろからウィズが言った。
 バニルとウィズは、現在、俺を挟んで守る様にしてダンジョン内を行軍している。
 今日のウィズは、いつも困窮している駄目店主とは違う頼もしさを感じる。

 ただ…………。

「バニルはともかくとして、その……。ウィズは、武器とか防具はいらなかったのか?」

 店で使うエプロンを着用したままの、ウィズのその格好は、何と言うかバニルの現在の格好とあまり変わらない場違い感。
 ステテコに肌シャツ、サンダル姿で風呂敷を背負った仮面の男に、エプロン姿の女性、そして、一人だけ重装備の俺。
 これは一体どんな集団なんだろうか。

「大丈夫ですとも! リッチーは、魔法の掛かった武器や、強い魔力を持つモンスターからの攻撃、もしくは魔法ぐらいでしか傷付けられません! これでも私は、アンデッドの王ですからね!」

 鼻息荒く返事を返してくるウィズに、若干の頼もしさを感じつつも。
 俺は早速、軽く後悔し始めていた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「フワーッハッハッハッ、フハッ、探して下さい! なんという構って女神か! 誰かが追いかけて来てくれるのを心待ちにしながら、後ろをチラ見しながらの魔王討伐の旅!? ブワハハハハハハハハ!」

 例の手紙を見せたところ、さも楽しそうに笑うこの悪魔。

「バニルさん、笑い過ぎですよ! アクア様が一人で旅に出ちゃったんですよ!? ああっ、どうしましょう……。きっとアクア様の事ですから、また何かに巻き込まれて泣いていたり……! 先日アクア様が言っていた、私が成仏すれば……って話は、お城の結界を解くためだったんですね……」
 そんなバニルを咎めながら、ウィズがオロオロと狼狽え、アクアの手紙を読み返していた。

 めぐみんに、ウィズの魔道具店へと連れられてきたのだが……。

「まあ、現在こんな事になっているのですよ。……以前、私がローブを失って紅魔族の里に行くはめになった時。カズマがウィズに、テレポートの魔法の登録先を尋ねていましたよね?」
 めぐみんの言葉に、ウィズはコクリと頷くと。
「ええ……。私のテレポート登録先は、この街の入り口に一つ。そして、敵を強制的に転送して屠る場所として、火山の火口の真上に一つ。……後は、魔法の素材を集める為、この大陸で最も深いと言われる巨大ダンジョンの入口に……」
「そこです!」
「「?」」
 めぐみんの言葉に、皆が首を傾げた。
「レベル一と化したこの男を、そこで鍛え直したいのです。今のカズマは、そこらの一般人と変わらない身体能力です。アクアを追う旅の途中に、高い確率で死ぬでしょう。そして、今のカズマでは、魔王と戦うなんてまず現実的ではありません」
「待って欲しい、お前今なんつった」

 俺は思わず待ったをかけた。
 今の俺の身体能力は、そこらの一般人と変わらない。
 これは、その通りだ。
 そして、アクアを追う旅の途中、高い確率で死ぬ。
 ……うん、これも有りそうだ。

 問題は、その後である。
「お前、魔王と戦うって言ったか」
「言いました。……だ、大丈夫です、私に考えがありますから、そんなに怯えないでください」
 それを聞いて逃げようとする俺の服の裾を、めぐみんが掴んで離さない。
 魔王なんて、広域暴力団の親分みたいなもんじゃないか。
 何が悲しくてそんな相手に喧嘩を売らなきゃいけないのか。

 ギルドであった事の説明をされたバニルが、興味深そうに。
「……なるほど、なるほど。面白い事を考えるな人間は。レベルを何度も下げて、再び上げ直し、スキルポイントを稼ぐと。……でもまあ、普通はそれが出来てもわざわざやらないだろうな」
「……やらないのか? なんで? スキルポイント稼ぎ放題じゃないのか?」

 俺の疑問に、バニルはフッと鼻で笑う。
 むかつく。

「女神がいなくなり、ここぞとばかりにそこの二人へのスキンシップが増えた小僧。よいか? 普通の者は、そこまでスキルポイントに困らぬのだ。人は誰しもが、生まれながらにスキルポイントを持っている。まあ、一般的に才能とか呼ばれるものだ。……あの女神なんかは、アークプリーストになった時、あらゆるスキルを取っていたであろう?」
 ……そういえば、アクアはあらゆる宴会芸に加えて全てのプリーストの魔法を取り、その上近接格闘スキルを取ったとか言っていた。

 ……あれっ。
 俺って、何もポイントなかったんだけども、才能なんて全くないって事ですか?

 バニルが、なおも続ける。
「あのチート女神の例はあくまで規格外としてもだ。例えば、生まれながらに魔法使いとしての高い素養を持つ紅魔族。その紅魔族のほとんどの者が上級魔法を習得しているのは、アークウィザードになった時、最初に持っているスキルポイントで、上級魔法を習得するからだ。彼らはそれだけ、最初から高い素養がある。最初のポイントだけでは習得に届かない場合でも、連中は、養殖と呼ばれる経験値稼ぎで、魔法を覚えられるまで仲間を手伝ってやるのだ。上級魔法さえ覚えれば、後は一人で簡単にレベルを上げられるからな」

 一人だけ上級魔法を覚えていない例外が俺の隣にいるが。
 まあ、めぐみんやダクネスも、スキルの振り方がおかしいだけで、真っ当なスキル振りをすれば、ポイントに困る事は無いのか。

「……それでも、誰だってたくさんのスキルポイントは欲しいもんだろ? ミツルギだって、俺にレベルを下げてくれって言ってきたぞ」
「それは、あの魔剣使いはよほどレベル上げに自信があるのだろう。例えば、レベル一ですら、上位のモンスターを相手にしても渡り合えるぐらいの武器があるとかな。というか、だ。レベルを下げれば弱くなる。過酷なこの世界に生きる者は、生き物の本能として、一時的にでも自分が弱くなる事は受け入れられないだろう。そんな事を抵抗もなく気楽に行えるのは、異世界からの住人である貴様や、あの魔剣使いぐらいのものだ」

「「……異世界からの住人?」」

 めぐみんとダクネスが、意外な所に食い付いてきた。
 ……そういえば。
 俺はまだ、この二人には、遠くの国から来たとしか言っていなかったんだっけ。
「異世界の住人とは、どういう事でしょう。カズマはこの世界の人では無いのですか?」
「……カズマは以前、紅魔の里へと旅する中、遠い国から来たとは言っていたが……」

 バニルめ、余計な事を。

「まあ、その辺はいずれ話すよ。今は、なぜみんなはレベルドレインを使ってスキルポイント稼ぎをやらないのかって話だろ?」
「うむ、そうだったな。まあ、理由は簡単だ。レベルドレインなんて能力を使えるのは、一部の大悪魔かリッチー、もしくは、お伽話に出てくるような伝説級のモンスターぐらいだ。そんなものと対峙して、お手軽にレベルだけ下げて逃げるなんて、そんな都合の良い事は出来ぬ。そんな大変でややこしい事をするまでのメリットは無い。なにせ、希少とは言え、スキルポイントを上げるポーションも世にはある。ダンジョンで、リッチークラスの敵と対峙出来る程の実力者ならば、金にも困らないだろうからな。それこそ、友好的なリッチーや悪魔でも居なければ、無理な話だ」

 俺の目の前に、友好的なリッチーと悪魔がいるんだが。

「お手軽にレベルを下げる事など出来ぬ。そして、レベルドレインが使える敵と対峙する頃には、既に比類なき力を手にしているだろう。その力を手に入れるまでに費やした時間は、十年か……二十年か……。長い時を掛けて手にした力を失い、また一からやり直す。たかがスキルポイントに、そこまでのメリットはあるまいて」

 なるほど。まあ、普通はそうなるのか。
 しかし……。

「俺が簡単にレベルを下げられる。これを利用すれば、まだレベルの低い駆け出し冒険者を鍛えまくれるんじゃないか? 街の外のカエルがいるだろ? アイツらを数匹狩れば、レベルの二つ三つは簡単に上がるんだし。駆け出し冒険者達でそれを毎日繰り返せば、みんな、就いている職業のスキルを最初から全部覚える事が……」

「…………その、カズマ……」
「……?」
 めぐみんが、恐る恐るといった感じで。
「……普通は、そんなに簡単にはレベルは上がりません。通常、この駆け出しの街を出られる目標レベル、二十にまで上げるのは数年掛かると言われています。私は爆裂魔法で強敵をまとめて一層して来たから、まあ……。しかしその、カズマは……」

 ……?
 どういう事だろう。
 つまり……。
「俺が特別優秀で、人よりレベルが上がり易い人間だって事か?」
「そ、そうです! カズマは、人よりレベルが上がり易い、特殊な才能があるのですよ!」
「……ん、そ、そうだな! カズマは選ばれた者、とでも言うのか……、その……!」
 めぐみんとダクネスが、そんな事を…………。

「生まれつき、弱い者、才能の無い者ほどレベルが上がり易いと言うのはこの世界の常識であるな」
「「あっ!」」
「…………」
 無言でその辺の商品をいじくりだした俺の背中に、めぐみんがオズオズと声を掛けてくる。
「……カ、カズマ? その、逆に考えましょう! 普通の人は、こんな簡単にはレベルが上がりません! そこで、今からウィズにお願いして、ダンジョンで鍛えてもらうのですよ、カズマは自分ではレベルを下げられないでしょうから、ウィズに何度もレベルを下げて貰って! そうすれば、あらゆるスキルを覚える事も……!」
「うむ、無理だな」

 めぐみんの言葉が、バニルに遮られる。
 なぜ無理なのか。
 それに答えてくれたのは、みんなの視線を浴びるバニルではなく、困った表情を浮かべるウィズだった。

「その……。リッチーである私が本格的な不死王の手を発動させると……。カズマさんに、毒の状態異常が発動した場合、高確率で死んでしまうと思います……。それほど、本職の不死王の手は強力なスキルですから……」
「それは残念。じゃあ、この話は無かった事に……」
「ま、待って下さいカズマ! そんな早々と諦めては……。……ではカズマが……。カズマがスキルを使って、私をレベル一にして下さい。私が、あらゆる魔法を覚えてアクアを助けますから!」

 ほう、あのめぐみんがポリシーをねじ曲げた。
 それだけアクアを助けたいって事なのだろう。
 爆裂魔法以外を使うめぐみんなんて想像出来ないが、とうとうウチのパーティにも、上級魔法を使える魔法使いが……!

「駄目だ。それなら、私がカズマにレベルを下げて貰って、攻撃系のスキルを取る」

 ダクネスもが、攻撃スキルは取らないという自分の信念を捻じ曲げて、突然そんな事を言い出した。

「ふむ、被虐嗜好者な娘よ、防御スキルがメインのクルセイダーがレベルを下げて、攻撃スキルを取り直してもたかが知れている。何より、貴様のレベルダウンは戦力的に見てマイナスだろうな。盾職がレベルを下げて貧弱になって、盾にもなれなくなってしまっては本末転倒だろうに」
「う……。し、しかし……!」
 ダクネスが、バニルの言葉に悔しそうに唇を噛む。

 ウィズが、めぐみんの胸元にぶら下がっている冒険者カードに目をやった。

「……めぐみんさんの爆裂魔法のスキルレベル、凄い事になってますね。そのスキルレベルだと、レベルを一にしてしまった際には……。スキル使用時の消費魔力が、レベル一のめぐみんさんの最大魔力を大幅に越えてしまうでしょう。……本来は、そんな事にならない為のリミッターとして、自身のレベル以上にはスキルレベルが上がらない様になっているのですが。レベルドレインと言うものは、いわば、呪いです。強力な相手を強制的に弱体化してしまう、自然の法則をねじ曲げるものですから……」

 ウィズのその言葉を聞いてもめぐみんの表情が変わらないところを見ると、レベルを下げると爆裂魔法が使えなくなる事は覚悟の上の様だ。

 ……レベルを下げためぐみんが、再び今ぐらいのレベルにまで上げ直すのには、また一年近くは掛かるだろう。
 スキルポイント稼ぎと言う事ならば、中途半端なレベルではなく、ひと桁台にまで下げなければ意味が無い。
 いや、養殖をして貰えば、もう少し早く元のレベルまで戻れるのだろうか?

 …………それでも、爆裂魔法を長い期間我慢するめぐみん。
 …………爆裂魔法以外を使うめぐみん。

 …………想像つかないな、うん。

「……ウィズ、ダンジョンで俺を鍛えてくれ。そして、レベルが上がってきたら、ダンジョン内で何度かレベルドレインも頼む」
「えっ!」
 ウィズが声を上げる中、めぐみんとダクネスも慌て出した。
「カズマ、ちゃんと説明を聞いてましたか!? カズマだけは、レベルダウンに関して危険が伴います。私やダクネスなら、万一カズマのスキルで毒化が発動しても、即座に死ぬ事はありませんから! 毒消しのポーションでも用意しておけば……!」
「おい、お前は何時も保守的なくせに、たまに無茶を言い出したりやらかしたりするのは何なのだ! 今はアクアが居ないんだぞ、死んだらそれで……」

 そんな二人に。

「ああもう、うるせー! お前ら二人は、今から街を駆け回って、使えるスキル持ってそうな冒険者に、渡りを付けといてくれ! 俺がダンジョンから帰ってきたら、直ぐにスキルを教えてもらえるようにな!」
 俺は逆切れ気味に言ってのけた。

 俺に他のスキル覚えろと言われても、頑として聞こうとしなかった信念を、ねじ曲げてまでアクアを助けるとのたまうめぐみんとダクネス。

 一人じゃ心細いくせに、俺達を巻き込むまいと、一人で旅立ったアクア。

 どいつもこいつも。
 全く、どいつもこいつも、普段は好き放題に迷惑掛けるくせに、変な時だけお人好しなのは何なのか!

「俺は巷では、ろくでも無い鬼畜みたいに言われてるが! 流石にここでお前らのレベルを下げて後を任せるほどヘタレじゃないから! お前ら二人は、長い付き合いなんだから、俺の運が人より高いのはよく知ってるだろ! 毒なんて、不死王の手の持つ、5つある状態異常の内の一つだろ! つまりは、2割の確率ってこった! 運が良い俺がそう簡単にハズレを引くわけ無いだろ! ほら、早く行って! お前ら二人は、さっさと行って!!」
 アクアの口癖を真似ながら、めぐみんとダクネスにシッシと手を振る。

「しょ、正気ですかカズマ……! その、せめて何か、解毒剤的な物とか……!」
「ま、待て、盾代わりに私も着いて行った方が良くはないか……!?」

 俺は、行くのを渋る二人の背中を押して、半ば強引に店から追いやった。

 そして、改めてウィズを振り向くと。
「という訳だ。悪いんだが、ウィズ。俺を鍛えてくれないかな? 元魔王の幹部に、魔王を倒すなんて言うこんな事を頼むってのは、筋違いだし図々しいとは思うんだけども……」

「そ、それは……。私もアクア様が気になりますし構いませんが……。私一人ではカズマさんを守りきれる保証は出来ませんよ? ダンジョンは広大です。道に迷う事もありますし、危険な罠も……。それに、やっぱりなんと言っても、私のスキルでカズマさんが死なないか……が……。……ああっ! そうです!」

 渋い顔をしていたウィズが、突然はたと手を打った。

「バニルさん! バニルさんなら、見通す力で、カズマさんに毒が発動するかどうかが事前に分かるのではないですか!? そ、それに! バニルさんなら、ダンジョンの正しい道だって、仕掛けられた罠だって、全部見通せるし」

「断る」

 ウィズが出した、名案だと言いたげなその案に、バニルが一言で切って捨てた。
 そして、愉快そうに笑いを上げる。

「フハハハ、魔王がどうなろうが知った事でもないが、なぜ悪魔であるこの我輩が、わざわざ女神の手助けになりそうな事をしなくてはならんのか! ブワハハハハハ、愉快愉快! 女神なぞ旅の途中で道にでも迷い、その辺の雑草でも食んであたって、ポックリ逝ってくれるが吉! まあ、あやつ一人では間違いなく城には行けぬだろーて! フワーッハハハハ!」
「バニルさん! こんな時ぐらいは助けてくれてもいいじゃないですか、そんな事を言うなら私にだって考えがありますよ!」

「ほほう? 言ってみるがいい、この我輩が脅しなどに屈するなどとは……」
「バニルさんに内緒でこっそり仕入れたこの商品郡。流石に、量が量なのて返品しようかなと悩んでいたのですが、やっぱり止めに……ああっ! そっちは返品する気のない大事な物ですから、持って行こうとしないで下さい!」

 商品を取られまいとするウィズと、揉み合いを始めたバニルに、俺は。

「そういやバニル。お前には貸しが一つあったよな。ダンジョンから無事に帰れたら、その時の貸しを返すよ」

 そんな事をポツリと言った。
「……? 貸しだと?」
 取り上げられた商品にすがるウィズの頭を、上から押さえつけながら、バニルが不思議そうに聞いてくる。
「ほら、以前俺が、アクアに屋敷を追い出された時にさ。夜中、屋敷に侵入する時に手伝ってもらっただろ。あの時、ウィズの店で、いらない高額商品大量に買い取るって約束したろ?」

「ほほう、あったな、そんな事も。……ウィズ、早速貴様が仕入れたこのガラクタの数々が捌ける事になったぞ、だから……。ええい、この手を離すのだ! 大事な物などこの中には一つも無い、我輩に言わせれば全てガラクタだ! これらを全て売り払うぞ!」
「待って下さい、それはガラクタではありませんから! 持ってると、素敵な出会いがあると言われるロザリオで……!」


 未だ激しく揉み合いをしている二人に俺は告げた。

「ああ、悪いんだけど、買い取るのはそれじゃない。もう欲しい物は決まってるんだよ。それも、買い取ると多分バニルが大喜びするような…………」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――地下五階――

「絶好調! 絶好調である! 今日の我輩、絶好調! フハハハハハハハ! オーガーのくせに我が前に立ち塞がるとは生意気な、魔力を使うまでもないわ! 素手で蹴散らしてくれる!」
「ご機嫌ですねバニルさん! でも、トドメはカズマさんに譲らないと、経験値が……」

 バニルが身の丈三メートル近くあるオーガと取っ組み合いを始め、その隣ではウィズが、片っ端から他のオーガ達に触っていく。
 ウィズに触られたオーガ達は、ある者は泡を吹いて倒れ、ある者は体を震わせ動かなくなった。
 それぞれ、毒と、麻痺を食らったのだろう。
 本職のリッチーである、ウィズの不死王の手で毒を食らったオーガは、俺がトドメを刺す前に次々と息絶えてしまった。
 なので、俺がトドメを刺すのは麻痺したオーガと昏睡したオーガ達。

 流石は、元魔王の幹部の二人である。
 二人は、オーガの群れなど、なんでもない様に蹴散らしていた。

 俺のいるここは、ウィズのテレポートでやってきたダンジョンなのだが、最も大きく、最も深いとされるだけあり、通路の幅や一階層ごとの天井の高さは、ドラゴンですら余裕を持って闊歩できそうな広さがある。

 ダンジョンに潜って数時間。
 セレナとの戦いで一になった俺のレベルは、既に十を越え、二十に差し掛かろうとしていた。

「多分、この最後のオーガで……。……よし、レベル二十! 二人のお陰で、メリメリレベルが上がってくよ」

 俺は、バニルがサブミッションをかけて泣かせていたオーガに剣を突き立てトドメを刺し、二人に今のレベルを報告する。
 剣を抜いて、俺はオーガに手を合わせた。
 こんな、ゲーム感覚でのレベル上げってのは、正直言ってちょっと気が引ける。
 相手が人型のモンスターだからか、少し良心が痛んだ。
 でも、これも強くなる為だ、ごめんなさい。

 動かなくなったオーガに手を合わせながら。
 他の冒険者がレベルドレインを使ってスキルポイント稼ぎをしない最大の理由は、モンスターを殺して、その犠牲の上に積み上げて手に入れた強さをリセットする事に、抵抗を感じるってのもあるのかもしれない。

「ふむ、もうそんなにレベルが上ったのか。冒険者としての才能が無いとは思っていたが、これ程とは。うむ……。何と言うか、その……。まあ、レベルが上がり易い才能を持っていると逆に考えれば……」
「お前にだけは気を使われたくないんだけども。せめて、笑ってくれよ……」

 バニルが哀れんでくる中、ウィズが俺に向かって恐る恐る手を延ばす。
「そ、それではいきますよ……? バニルさん、大丈夫ですよね……?」
「うむ、問題ない。お客様の元気な未来が見えておるわ」
「お客様って止めろよ、いつも通りでいいよ。それじゃあ頼む!」

 ウィズの手により、無事にレベル一まで下げられた俺は、ひとまずホッと息を吐いた。

「……本当に成功したのか。良かったな」
「「えっ」」
 バニルの一言に、俺とウィズがギョッとする。
 こいつ今なんつった。
 ちゃんと結果を見通してくれたんじゃ……!
「フハハハハハ! 心配したか? 心配したか? アレを買い取って貰うまでは、心配せずとも貴様の安全は保証しよう……、おおっと、素晴らしい悪感情、美味である美味である!」

 そういやコイツはこんなヤツだった。








――地下八階――

「な、なあバニル……。ここって、どれだけ深いんだ? もう大分歩いたんじゃないのか? どれだけ時間が経ったのか、ちっとも分かんないぞ。俺、ろくに飯の準備もしてないままここに連れて来られたんだけど」

 悪魔のバニル、アンデッドのウィズ。
 そして暗視持ちの俺。
 全員、暗闇でも問題なく見えるため、灯りも付けずにダンジョンを進む中。
 俺はうんざりとバニルに尋ねた。
 時間の感覚が無いが、もう既に随分長くここにいる気がする。

「我輩の見立てでは、地下二十階が最下層の様だな。経過時間はそろそろ半日が過ぎた頃であろうか。食料ならちゃんと我輩が用意してあるから心配ない」

 バニルは、背中に背負った風呂敷包みをぽんと叩くと。

「……普通なら、少しずつ少しずつ探索していき、数ヶ月がかりで攻略する規模のダンジョンである。道も罠も全て我輩が見通しているからこそ、こんな短時間でここまで来れている訳であり、そこら辺を良く理解したならば、アレだけでなく他にも色々買ってくれてもよいぞ。……しかし、ここはなかなかに良いダンジョンだな。最下層まで行って、ダンジョンの主を倒し、いっそこの迷宮を乗っ取ってしまおうか」
「だ、駄目ですよバニルさん、ダンジョンは私が作りますから! まだまだお店で助けて貰わないと困りますよ!」

 バニルとウィズは、そんな事を言い合いながら、ズンズンと物怖じせずにダンジョンを進んでいく。
 バニルのサンダルの音がペタペタと場違いな音を立て、ここが危険なダンジョンだと言う事を忘れてしまいそうになる。

 …………。

「なあ、ところでお前のその格好、何なんだ? ずっと聞かないでおこうとは思ってたんだが、やっぱりどうしても気になるんだけど」
「む? この服か。これはな、旦那を亡くしたマダムが、我輩に使ってくれと貢いできたのだ。一張羅のスーツで近所の溝掃除をしていたら、動きやすいこの服を、とご近所さんがな。どうだ、似合うか?」

 バニルは、自慢そうにステテコと肌シャツ姿を見せびらかしてきた。
 一見すると、コンビニにでも行く途中のその辺のオッサンの様だが、仮面のせいで……。

「なんか、場所が場所だけに、レアなモンスターみたい」
 今のバニルを冒険者が見かけたら、珍奇なモンスターだと追い掛け回すかもしれない。
「ふむ、この我輩がレアモンスターに見えるか。このコスチュームをくれたマダムには礼を言わねばな」
 本人としては、レアモンスター扱いは褒め言葉に聞こえたようだ。

「……バニルさんて、私よりご近所さんに溶け込んでるんですが……。私、長い間あそこに住んでるのに…………」

 ウィズがしょぼくれる中、前方から唸り声が聞こえてきた。
 敵感知にビリビリと感じる、強いモンスターの気配。

「ほう! こんな所にケルベロスが! 常に温かい温度を保つあやつの毛皮は、冬場とても重宝されるのだ! ウィズ、絶対に逃がすな! あれが捕れたなら、一週間は肉を食わせてやろう!」
「ごめんなさい、たまにはタンパク質が食べたいんです! 犬は好きですが、ごめんなさい、ごめんなさ……、ああっ! 逃げないでー!」








――地下十階――

「キシャアアアアアア!」
「フハハハハハハ、トカゲ風情が生意気な! 今こそ、ドラゴンと悪魔、どちらが強いか…………。お、おいウィズ、まだか! こやつ、ブレス体勢に入ろうとしておる! 押さえ付けている我輩の体が、熱で焦げてきた!」
「だ、だってバニルさん、下位とはいえ、ドラゴン族は強い魔力を秘めてるんですよ、近寄ってかじられたら私でも痛いです!」
「ウィズ、そんな事言ってる場合じゃないって、バニルが! バニルが食われるー!」

 生まれて初めて見る、生きたドラゴン。
 これでも下位という事らしいのだが、その大きさはそこらの物置をゆうに越える大きさで、それこそ、牛を常食でもしていそうな……!

「いかーん! 片手を食われた、体の代わりになる様な物も無いダンジョンでは……。このままでは我輩が、食われて無くなってしまう! ええい仕方ない、ドラゴンの鱗は高値で売れる上に経験値も大量だが、ウィズ! このドラゴンは諦めるぞ! 魔法で仕留めてくれ!」
「分かりました! 参ります、『カースド・ライトニング』!」

 片腕をかじられ、それでもなんとかドラゴンを押し留めるバニル。
 そんなバニルの後ろから、ウィズが電撃の魔法を放った。

 真っ暗なダンジョンの中に、一条の雷撃が迸る。
 青白い雷撃は、ドラゴンの体に黒い穴を開けると、そのまましばらく、バチバチと強烈な閃光を放ち続けた。

 やがてスパークが収まり、再び辺りが闇に包まれると、腹に大穴を開けられたドラゴンは重い音を立てて崩れ落ちた。
 流石はリッチー、ドラゴン相手に一撃とは。
「すげーな。リッチーは、ドラゴンや悪魔よりも強いのか」
「!?」
「ふふっ、伊達にアンデッドの王なんて言われている訳では……、な、なんですか、止めて下さいバニルさん、かじられた腕を近づけて来ないで下さいよ……!」

 苦戦していたドラゴンをアッサリ葬り去られ、バニルが対抗意識でも燃やしたのか、ウィズに嫌がらせをしている。
 そんな中、俺は思わず地面にへたり込んだ。

「しかし、今のレベルが二五近く。一戦闘毎にレベルが上がっていくんだが。相変わらずぶっ飛んだレベルアップ速度だけども、これぐらいが限界かな? そろそろバニルでも苦戦しだしたし、もうこれぐらいで…………」

 レベルリセットを一度受け、再び上げ直したレベルが早くも二五。
 俺の一年は何だったんだというぐらいのレベル上げ速度だ。
 ここまでに倒してきたモンスターは、どれもこれもが俺達だけではまず返り討ちに遭う様な大物ばかり。
 グリフォンだとかマンティコアだとか、そんなメジャーモンスターのオンパレードだった。

 もうどれだけの時間が経ったのか。
 先ほど、既に半日が過ぎたとか言っていたのだ。外はもう、夜中を回っている頃だろう。
 そろそろ空が明るくなる頃かも知れない。

 そんな、俺の言葉に。

「何を言うか。我輩が苦戦しているのは、出来るだけ傷を付けず、なおかつ生きたまま無力化するという制限がある為だ。単に消滅させるだけならば、単身で最下層まで潜ってくれるわ」
 バニルが、未だウリウリとウィズに腕を見せびらかしながら言ってきた。
 さっさと腕をくっ付けるなりなんなりして欲しい。

「確かに、このままだと流石に苦戦しそうですね。……分かりました。では、こうしましょうか」

 ウィズは、言いながらドラゴンの死体に近づくと……。

「……『カースド・ネクロマンシー』!」

 気合の声と共に、何かの魔法を死体に放つ。






 …………俺は、正直舐めていた。
 魔王の幹部ってやつを。
 そして、リッチーって言う存在を。

 駆け出しの街の貧乏店主は、未だ店のエプロン姿のまま……。

「さあ、後何体かドラゴンクラスのモンスターをアンデッド化して……。せっかくです。このダンジョンの最下層を制圧してしまいましょうか」
 出来立てのドラゴンゾンビの首に手を置いて、ウィズが言った。

 ウィズは、そのドラゴンに向けて、最下層まで行ったら、ちゃんと開放してあげますから……と、申し訳なさそうに呟いている。

「……このダンジョンに来て、俺の中でのウィズへの評価が急上昇してるよ。ウィズって、本当に凄い大魔導師だったんだな」
「そ、そうですか? わ、私なんてまだまだですから……! そ、それじゃ行きましょう、早く、行きましょう!」
 俺の言葉に、照れた様に慌てるウィズ。
 だが……、
「悪い、ちょっと休ませてくれないか。流石に疲れた。ぶっ通しでここまで来たけど、座ったら緊張が解けて、どっと疲れが…………」
 俺がへたり込んで立てないでいると、バニルが俺の隣に座る。
 そして、ダンジョンの床の上に、風呂敷包みを広げだした。
 それは、バニルがダンジョン攻略の為に持って来ていた荷物だと思っていたのだが、中身は何かのポーションや日用品みたいな物で一杯だ。

「さあ小僧。疲労回復のポーションに食料品、水に薬に、即席の結界が張れる魔道具など、様々な品を用意してある」

 流石は見通す悪魔、なんて気が利く奴だ。

「本日は、特別出張ダンジョン価格! 街の五倍の値段で結構ですよ! さあ、どうですかお客様!」

 流石は見通す悪魔、こんな時こそ足元見やがる。

 …………なんて奴だ。
長いので分けてしまいました。
今回も説明っぽくてすいません。
前話、今回、次回で、説明回は終わると思います。

元魔王の幹部が魔王退治の手伝いってどうなんですかと言われそうですが、その辺の話は次話で出ますと先に言っときます。
レベルダウン話に関しても、次話でももうちょい触れます。

もっと細かく矛盾ない様に説明したいんですが、説明増やすと物語のテンポが悪くなる問題点。
唯でさえ最近微妙な回が続いているので、極力説明は省きたい感じです。
色々疑問はあるでしょうが、その辺は活動報告とかで答えられたらと思います。


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