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四部
21話
 俺は漫画が好きだ。
 ライトノベルが好きだ。
 ゲームが好きだ。
 アニメも見る。
 そして、常々こう考えていた。

 なんでそんな美少女に迫られて手を出さないんだよ、お前年頃の男だろうがこのヘタレが、とか思っていた。


 俺は今、そんな、漫画の主人公みたいな展開になっている。
 そして思った。

 ごめんなさい。
 今までそんな事考えていてごめんなさい。

 これはどう対応していいか本気で悩みます。


 俺は今、布団の中で美少女に抱きしめられ、好きですよとか言われていた。


 めぐみんが、俺を抱きしめる手に力を込める。
 痛いほど締め付ける訳じゃない。
 俺に心の内の何かを伝えたいかの様に、キュッとしがみついてくるだけだ。

 ……アカン。

 寝ているめぐみんにちょっとイタズラする程度だった筈が、今では、ちょっと勇気を出せば一線を越えられる状態だ。

 いや、越えられるじゃない、越えちゃダメだろ!

 考えろ佐藤和真、考えるんだ。

 これは以前の様に、ダクネスと一線を越えそうになった時とは訳が違う。
 あの時はダクネスは嫁に行く覚悟の上での事だった。
 だが今は、二人共が合意の上で一線を越えそうになっている。

 パーティメンバー皆で一緒に生活している今の状況で、俺とめぐみんが一線を越えればどうなるかを考えろ!
 と言うか、早まるな。
 そう、まだしがみつかれて、好きと言われただけじゃないか。

 俺が上ずった声で、
「お、お前は大人になったら絶対に悪女になると思う。こういう事はな、シャレにならない。お前、アレだよ? こういった事されるとだ、男の人達はもう色々とアレがああなって我慢できなくなるんだよ。今さえ良ければもう後はどうなったっていいやー、みたいな。俺が鋼の精神を持つ漢で良かったな。でなきゃお前……」
 そうやって、誤魔化すかの様にめぐみんに言う最中。

 相変わらず、布団から頭は出さない状態で、俺の胸元に熱い息を吐きかけながら。
 めぐみんが、クスリと笑って言った。
「……大人になったら? 旅に出る前に、屋敷の中で言いませんでしたか?」
 そして、俺を抱く手に力を入れ、ちょっと小さな声で呟いた。
「……私はもう大人ですよ、って」




 俺は、明日からの事は明日考える事にしました。







 枕代わりにされていた右腕で、そのままめぐみんの頭を抱く様にして、ひんやりと冷たい黒髪に指を突っ込む。
 手櫛を入れる様に、そのまま黒髪を手ですいてやる。
 するとしがみついていためぐみんが顔は俺の胸に伏せたままで、俺の背中から手を上にやり、俺の後ろ髪を撫でてきた。
 俺は左手をめぐみんの背中に回すと、右手ではめぐみんの頭を抱いたまま、左手でめぐみんの体をギュッと抱きしめる。
 めぐみんが、抱きしめられて安心でもするかの様に、胸元にほうっと深く息を吐きかけてきた。


 ……童貞の俺としては、これから一体どうしたらよいのでしょう。
 教えてください。
 誰か教えてください。
 あれです、まずは慌てず騒がずキスでしょうか。


 そんな事を自問自答しながら、めぐみんと抱き合ったまま、お互いに髪を撫で合っている。
 ひんやりと、そしてしっとりとした黒髪が触っていて心地良い。
 俺はそっと布団の中に自分の頭を潜り込ませ、暗い布団の中でめぐみんの顔の近くまで頭を下げた。
 お互いに、暗い布団の中で表情は見えず。
 俺は千里眼スキルのおかげでめぐみんの顔の輪郭はくっきり分かった。

 緊張で頭がおかしくなりそうだ。

 それと同時に、期待で胸がいっぱいだ。
 アカン、胸が苦しくなってきた。
 ドキドキが止まらない。
 そして下半身もえらいことに。
 そうか、これが恋なのか。
 俺はめぐみんの事が好きだったのか。

 そんな色んな事を考えながら、俺は静かに覚悟を決めた。
 大丈夫だ、これから大金が入ってくる。
 家もある。
 めぐみんとならきっと上手くやっていけるだろう。

 そんな事を考えていると、めぐみんが再びキュッとしがみついてくる。
 頭の位置を同じにしたので、しがみつかれるとめぐみんの口元が俺の首筋近くに来る事に。
 当然呼吸の度に首筋に、その熱っぽい息が当たり。

 もう俺は堪らなくなってめぐみんのその唇に……!








「シルビアが来たぞーっ!」
 そんな声が窓の外から響き渡った。






 …………どうせそんな事だろうとは思ったよ!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 布団の中から頭を出す。
 窓の外からは何か大きな物が動く音。
 それと同時に、大勢による掛け声が聞こえてきた。
 どうやら、魔王軍の幹部が部下を率いて攻めて来たらしい。

 ぶっ殺したい。

 心底本気で殲滅してやりたい。
 もし俺に爆裂魔法を撃つ力があったなら、一も二もなく撃ち込む所だ。

 だが、それと同時にほんの少しだけ冷静になり、そして同時に、少しだけなぜかホッとしていた。
 一線を越えていたら、これからの皆との関係が違った物になるだろう。
 それは、めぐみんが以前言っていた、街に帰って、これまで通りに皆で一緒に面白おかしく暮らしたい。
 そんな願いが叶わなくなると言う事だ。

 なら、これでいい。
 女の子とデートすらまともにした事がない俺が、いきなりの一足飛びは早かったと言う事だ。


「そっちに行ったぞー! 雑魚モンスターを大量に率いてやがる! 焼き払え! まとめて焼き払ってしまえ! さあ、我ら紅魔族の紅き瞳を、最後の記憶としてその目に焼きつけていくがいい!」


 そんな怒声が響く中、突如窓の外がカッと明るくなった。
 魔王軍が盛大に焼かれているらしい。

 俺とめぐみんも、他の連中を起こして外に出た方がいいだろう。
 放っといても簡単に撃退しそうではあるが、この里に居る以上は戦力の足しにでも……。

 俺がそう思いながら、身を起こそうとして気がついた。
 めぐみんが、しがみついたまま離れない。

 ……あれっ、外はえらい事になっているのにまさかの続行ですか?


「め、めぐみん、外が……。こ、こんな事していていいのか、俺達は……?」
 俺は布団から頭だけ出した状態で、何となくそんな事を。

 そんな俺にめぐみんはくっついたまま。
「……カズマは蘇生されてまだ日が経っていないですから、戦闘は無理ですよ……。それに、この部屋からは出られません……」
 そんな大変説得力のある事を言ってきた。
 そうか、確かにこの部屋からは出られない。
 なら、ここで続きをするのが建設的だろう。




 俺は、もう何も考えない事にした。




「我が蒼き轟雷にてその身を撃ち砕かれるがいい! そして、その汝が魂を我が力の一部とせよ!」
 どこかの紅魔族が、そう遠くない所で叫び、一拍置いて、窓の外に蒼白い光がほとばしった。


 そんな事には一切関与せず、俺とめぐみんは布団の中で再びくっつき合っている。
 お互いに、いきなり一足飛びに触る勇気は無く、現在は背中を撫であっている状態だ。
 めぐみんが恥ずかしそうに顔を伏せながら、心なしか、背中を撫でられるそれだけでも微かに息づかいが荒くなってきた気がする。
 もうここまで来てしまったなら、俺も今更止まれない。
 仲間との絆?
 屋敷で皆で居づらくなる?



 知るか。



 そうだ、キスとかする前に、ここは言っとかないとまずいんじゃないのか?
 めぐみんは好きだとか言ってくれたんだ、俺も甘い言葉の一つも囁かないと。

「め、めぐみん。あれだ、俺を好きだって言ってくれたな。その……、俺もめぐみんが好きだよ……」

 これにて完了!

 後はもう行くところまで行ってしまえばいい。
 俺が先に進もうとすると、めぐみんが、
「……本当? 私の、どこが好きなんですか?」
 ふと、伏せていた顔を上げ、少し期待するかの様な表情で見上げてきた。

 口説き慣れてもいない童貞が、適当な事を言うものではない。

「……え、ええっと、その……。爆裂魔法だとか……」
「困った時には、とりあえず爆裂魔法を褒めておけとか適当に思ってませんか?」
 俺の言葉にめぐみんが鋭く突っ込んだ。

 畜生、慣れない事はするものじゃない、やっちまった。
 俺はなぜ、いつもこういった時には雰囲気をぶち壊してしまうのか。
 一生童貞の呪いでも掛けられているのかも知れない。

 めぐみんが、再び俺の胸に顔を埋めながら、くすくすと笑い出す。
「私は、そんなカズマのいい加減な所が好きですよ。自分の力を良く分かっていて、強敵に遭っても変に気取って女性を守ろうとするでもなく、平気でダクネスの影に入り。それでいて、本格的な悪事に手を染める度胸も無ければ、正義の味方な訳でもなく。人が見ていない所ではたまには悪い事もすれば、機嫌が良ければ善い事だってする、そんな善くも悪くもない中途半端な普通の人で」

 あれっ、褒められてるのかこれ?

「借金があればせっせと働き、そのクセお金に余裕が出来れば途端に働かなくもなり。その日の気分次第で、優しかったりもすれば意地悪したりもする。仲間想いかと思えば、そのクセ平気で仲間をトレードしたりもする。機転が利いて凄く賢いのかと思えば、一体なぜそんな事をしたのかと思う様なバカな所も……」

 うん。これ間違いなく褒められてないな。

 めぐみんは、聞いてる内にどんどん微妙な表情になっていく俺を見ながら心底可笑しそうに笑って、
「そして、いつも何だかんだ文句を言いながらも皆を助けてくれる、本当は優しいのに素直じゃないあなたが好きですよ。肝心な所になると三枚目になってしまう、今みたいなこんな所も。あまりカッコ良くなくて、肝心な時に締まらない、そんなあなたが好きですよ」
 そんな事を笑って言いながら、俺の背中に回していた両手を、俺の首の後ろに回してきた。

 凍った窓越しのぼんやりとした月明かり。
 そこに照らされるめぐみんの顔に、吸い寄せられそうになる。

 何という魔性のめぐみん。

 俺は、気が早いとは思いながらもめぐみんに。
「アレだ、これから大金も入る。そうしたら、残る人生はあんまり危ない事はせずに、楽しく暮らそう。皆でまた温泉行ったりしてさ。そ、そして、その内、こ、子供とか出来たら、泣いた時には、アクアに芸をしてもらってさ。ダクネスにはお嬢様って事で、一流の教育を施して貰ったりしてさ……」
 そんな俺の言葉をくすくすと笑って聞きながら。
「もし今夜、子供が出来たりしたら名前は私に付けさせてくださいね」

 そんな事を言っためぐみんに即答した。

「それだけは絶対に許さない」
「おい、私のネーミングセンスに文句があるなら聞こうじゃないか」

 俺はそんなめぐみんのローブを、背中に回していた手で……。
「あれっ、そういやこの紅魔族ローブ脱がしちゃったらまずいのか? もしや着たままプレイ? いや俺は一向に構わないと言えば構わないんだが、もうムードもへったくれも無いから言わせてもらうと、めぐみんの貧乳が見たいです」
「おい、私がいつから貧乳になった。他が目立つからそう見えるだけだ、今見せてやるから貧乳かどうか確認しろ。全く……本当に、ムードもへったくれも無いですね。何か色々ともう諦めました。……しょうがないですね、こんな変な男を好きになった私の頭がどこかおかしいんです」
 呆れた様な、諦めた様な、それでいてちょっとだけ嬉しそうな表情で。
 言いながら、めぐみんが袖口からローブの中に両手を入れて、何やらモソモソと……。



「シルビア様ー! お逃げください、もうダメです! シルビア様手製の大型の改造モンスター達も、軒並みやられました! ここは我らに任せてお下がりください!」


 うるせえなあ。

 これ以上に無い良い所なのに、窓の外からそんな怒声が聞こえてきた。
 声は随分と近く、正直言って凄く迷惑だ。
 既に良い雰囲気はぶち壊されているものの、ハッキリ言って邪魔な事には変わりない。

 めぐみんがその声を気にする様に、ローブを脱ぐ手を止めて、俺の下に寝そべったまま自分の頭上の方にある窓を見上げている。

 俺はもう期待を抑えきれずにめぐみんに。
「めぐみんさん、手が止まってますよ」
「あっ、すいませ……。…………本当に、ムードもへったくれも無いからお互いちょっと黙りましょうか」
「そうしましょうか」


 窓の外にうつる黒い影。

 それが突然大きくなると、唐突に、凍った窓と壁を砕きながらめぐみん宅へと突っ込んで来た。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「めぐみん、無事かっ!?」
 俺は慌てて、抱きかかえたままのめぐみんに呼び掛けた。
 両手をローブにしまい込み、中でもぞもぞしていためぐみんが、俺の腕の中から出て、そのままの状態で立ち上がる。
 それに合わせて俺もめぐみんを見ながら立ち上がる。
 ……と、ずっと見ていた俺の目の前で、黒い何かがめぐみんの足元へとシュルリと落ちた。

 そう、ブラである。

 それを見た俺は、もう魔王軍でも紅魔族でもなんでもいいから他所でやってください、こっちは早く続きがしたいんです、早く早くというソワソワした感情で頭の中が一杯になる。

「ハア……ハア……! ま、マズイわ……! これはどうやら逃げ切れない……あら?」
 そんな声が。
 そんな、ちょっとハスキーな声が何かが突っ込んで来た場所から聞こえてきた。

 だが俺は、未だに何かローブの中でモゾモゾしているめぐみんから目が離せず、そちらに視線は向けずに。
「お前は……っ! お前は、一体何者だ!?」
 突然の侵入者に対し、俺は何者かと呼び掛ける。

 そんな俺の声に、
「うふふっ、この私を知らないとは、あなたこの集落の人間じゃないわね? ……へえ! あなた、目が紅くない……! 丁度いいわっ、アタシはなんてツイているのかしら! アタシの名はシルビア! 魔王軍の幹部が一人。強化モンスター開発局局長、シルビ…………、ちょっとあなた、な、なんでこっち向かないのよ、ちょっと、こっち向きなさいな」
「お構いなく」

 今は魔王のなんたらよりも、足元から落ちたブラを慌てて拾い直し、てるてる坊主みたいな状態になり、ローブの中でブラを付け直すめぐみんから目が離せない。

 そんな俺にシルビアとやらが、
「お構いなくじゃないわっ! 人間風情が、このアタシを」
「だああらあっ、クソッ! オウコラッ、しばき回されてーのかオイッ! 一番良い所で邪魔しておいて、お前なんだコラ! 人様の迷惑考えろっ!」
 シルビアの言葉を途中で遮り、俺は生まれてこの方これほど怒ったことはないとばかりに、その魔王の幹部を叱りつけた。

「ごっ……、ごめんなさ……!」
 本気でキレた人間の怒りを受けて、思わず一瞬怯んだシルビアは、すぐに我に返り言ってくる。

「ちょっとあなた、このアタシを叱りつけるとはいい度胸ね。そこに居る紅魔の娘共々、人質にしてあげる!」

 俺はその言葉にようやくそちらを向いた。
 半壊した窓に壁。
 そこに突っ込んでいたのは小さな小屋ほどもありそうな巨大なムカデ。
 そのムカデはまるでよく躾けられたペットの如く、触覚だけを蠢かせ、それ以外はピクリとも動くことなく待機している。
 そのグロテスクな甲虫の上には、上半身はビキニみたいな服装で下半身にはパレオみたいな物を巻いた、一見するとサキュバスか何かに見える、二本の角を生やした美女が立っていた。
 月の光の下、黄色く輝く猛獣の様な瞳に、茶色くくすんだウエーブのかかった長い髪。
 悪魔族か何かなのだろうか、その尖った右の耳には青いピアスが輝いていた。
 そして腰には一体何に使うのか、ロープの様な物を吊るしている。

「あそこだっ! あそこに居るぞ……、……おいなんてこった、よりにもよってひょいざぶろーの家に突っ込みやがったぞ! あそこは唯でさえ貧乏なのに、更に困窮させる気か……!」

 遠くからはそんな紅魔族の声がする。

 それを聞き、魔王の幹部、シルビアが、チッと舌打ちして崩れた壁から部屋の中へと土足でズカズカ上がり込んできた。

 部屋の中には、奥さんが俺をここで寝かせると決めた際に運んでおいてくれたのだろう、俺の荷物と武器があった。
 俺はすかさず武器と荷物を取り、ようやくブラを付け終わり、ローブの袖から両手を出しためぐみんの前に、庇うように立ち塞がる。

 シルビアがそれを見て、舌なめずりをしながら妖艶な笑みを浮かべた。
「あらあら。ひょっとして取り込み中だったのかしら? それは悪い事をしたわねえ」
 シルビアは、そんな挑発的な事を言いながらも、俺とめぐみんの方へと怯むこと無く真っ直ぐに歩いて来る。

「ねえー! 何か凄い衝撃と音がしたんですけど! どうしたの? めぐみんがまた爆裂魔法でも撃ち込んだの?」
 そんな声がドアの外から掛けられた。
 寝ていたアクアが起きてきたのだろう。
 だが、ドアには魔法で鍵が掛けられている。

「おいアクア! 魔王の幹部が逃げ込んできた! ドアには魔法で鍵が掛かってる、なんとかしてくれ!」
 その声に、アクアがドアの前で何かを唱えているのが聞こえてきた。

「あまり時間は無さそうねえ! 紅魔のお嬢ちゃん、やっぱりあんたは見逃してあげるわ! 代わりにそこの、いい男を貰っていくわよっ!」
 そんな事を言いながら、真っ直ぐこちらに突っ込んでくるシルビア。

 俺達を舐めきっているのか実力を見切っているのか。

 そのどちらかは分からないが相手は仮にも魔王の幹部、俺やめぐみんが真っ向から勝てる相手では無いだろう。
 ドアの外で、声が聞こえた。
「『マジック・ブレイク』!」
 その声と同時に、ドアの鍵がカチャンと鳴る。
 アクアが施錠の魔法を解除したのだろう。

 めぐみんが、何か自分に出来る事は無いかとオロオロする中、俺はそんなめぐみんを庇うようにして、シルビアから目を逸らさずに、持っていた武器ではなく、色んな物が入ったリュックを牽制として投げつける。
 土と風の魔法での目潰しコンボでも食らわせてやりたいが、先ほどアホな事に魔力を殆ど注いでしまい、ロクに魔法が使えない。

 目潰し代わりにリュックを投げて、それを避けたら即座に斬りかかってやる!

「あら、なあに? アタシへのプレゼント?」
 投げつけられたリュックを避けずに片手でヒョイと受け止めたシルビアは、片手が塞がっている状態にも関わらず、斬りかかった俺の剣を空いた手で受け止めた。
 魔剣やら強力な剣と言う訳ではないが、それでもちゃんとしたそれなりの剣だ。
 幾らなんでも片手で受け止められるとは思わなかった。

 だが……、
「……? なっ、何これっ!? 力が抜ける!? レベルドレイン! あなた、レベルドレインを使ったの!?」
 俺の剣を掴んだままで、驚愕の表情を浮かべるシルビア。
 ちきしょう外れか!
 スキル不死王の手の効果だが、麻痺か昏睡の状態異常に陥って欲しかった!

 バンとドアが開けられる。
 そこから現れたのはアクアの姿。
 その姿を一目見て、シルビアが思い切り表情を引きつらせた。

 それを見てピンと来る。

 この幹部は女神に弱い系の種族か!
 バニルみたいに見通す力は無いものの、本能的にアクアが危険な存在だと見抜いたのかも知れない。
 俺がアクアに何かを言うより早く、シルビアが俺の剣を思い切り引っ張った。
 咄嗟の事で剣が離せず、俺はたたらを踏みながらシルビアへと引き寄せられる。
 慌てて剣を手放すが既に遅く。

 俺はシルビアの胸へと顔面から飛び込む形となっていた。
 そのままシルビアは掴んでいた剣を捨て、律儀に俺の荷物の方は掴んだままで、空いた方の手で俺の後頭部を掴み、そのまま自分の胸へ埋める様に抱き寄せた。

 ありがとうございま……。

 いや違う!
 今の俺にはめぐみんが!
 そう、こんな巨乳で肌もあらわで大柄だけれども全体的にはバランスとれててスラッとしてる相手だからって、鼻の下伸ばしている場合じゃない。
 とっとと終わらせればさっきの続きが出来るのだ。

 俺は顔をシルビアの胸に埋められたまま、拳を握り殴ろうとするが……!
「ごめんなさいね! 大人しくしてなさいなっ! 『バインド』!」
 それはいつぞや聞いた事のある拘束スキル。

 確か、盗賊風の冒険者が使ってた奴だ!
 こいつ、まさかの盗賊系の魔王の幹部か!?
 俺はシルビアの胸に顔を埋めた状態のまま、シルビアが腰に吊るしていたロープで、あっという間に上半身を縛られた。

 ヤバイです。

「この男は貰っていくよ! そこの紅魔のお嬢ちゃん、なぜ魔法を撃たなかったのかは知らないけれど、この状態で魔法を撃てばこの男も巻き込むからね!」

 叫んで、シルビアは俺を連れたままで巨大なムカデに走り、飛び乗った。

 ヤバイです。

「ほーん? あんた、なんか悪魔っぽいわね! 逃さないわよ、胸に顔を埋めてホコホコした顔してるのはウチの大事な……! 大事な……。ねえカズマ! 私とカズマってどんな関係なの? こんな時、どんな決め台詞を言えばいいの!?」

 何かの魔法を放って止めようとした、肝心な時には使えない事で定評のあるアクアが叫ぶ。
 どうも紅魔の里に半日ほど滞在しただけで、ここの連中に変な影響を受けたらしい。
 そんなの、大事な仲間でも何でもいいからとっとと助けろと叫びたかったが、シルビアの胸の谷間に顔を挟まれて上手く喋ることが出来ない。
 と言うか、今喋ると本当にヤバイ。

 具体的にどうヤバイかと言うと、先ほどまでめぐみんとくっついていた事で限界まで高まった俺の色々な物が、本当にヤバイ。


 そう、何がヤバイって、シルビアの胸に顔を埋めた状態で、シルビアの体に両腕を拘束された状態で縛り付けられているのがヤバイ。
 長身のシルビアの胸に顔を埋め、俺は今、本日二度目の女性との密着状態というご褒美を与えられていた。
 今日はどうしたんだろう。
 ついに俺の高い幸運が火を吹いたのだろうか。

 そんな俺を連れたままシルビアが、乗っていたムカデに対して何かの合図を送る。
 すかさずその身を蠢かせ、意外な速さで進んでいく巨大なムカデ。

 そのムカデの周囲を取り囲むように、多数の紅魔族が並んでいた。
 それを見てムカデが動きを止める。
 だが紅魔族達はシルビアに張り付いた俺を見て、手出しが出来ずにうろたえていた。

 アカンて。

 シルビアさん、これ以上動いたらアカン。

 俺は胸の谷間に顔を埋めたまま、ふうふうと荒い息を吐いていると、
「ちょっとボウヤ、そんなに熱い息を吐き付けないでよ、体が火照ってきちゃうでしょ? いい子にしてれば後でご褒美をあげるから」
 そんな、今の俺の状態には更に危険な事を言ってきた。

 アカン。


 ダメだ、俺には先ほどのまで甘ったるい時を過ごしためぐみんが……!
 意識を強く!
 強く持つんだ……!

 俺が歯を食いしばって耐える中。

「『セイクリッド・エクソシズム』!」

 アクアの声が轟いた。

 その声と同時、俺とシルビアが乗っているムカデの真下から、巨大な光の柱が下から突き上げる様に空に向かってほとばしった。
 当然ながら、俺とシルビアもその光の柱に包まれて……!
「ッ!? あああああーっ!?」
 シルビアが、突然のその光に甲高い叫びを上げた。
 だが、同じく光に包まれた俺は何ともない。
 きっと対悪魔の魔法か何かだったのだろう。

 だが、俺にとっては違う意味でダメージが来ていた。
 それは……!

「やっ、やってくれたわねえ……! お陰で下級悪魔の皮でこしらえたブラが台無しになったじゃないの……! でも残念ね、私は純粋な悪魔じゃないわ。その魔法で多少のダメージは受けても、一撃で仕留められるほどではないわね。次に攻撃を仕掛けたなら、この男の命は無いものと思いなさいな!」
 アクアにそんな脅しを掛けてくる、上半身を真っ裸にされたシルビアさん。
 それを聞いて、アクアがビクッとして動かなくなる。
 俺は、そんなシルビアの胸に顔を挟まれたまま。
 深く、深く、葛藤していた。


 ありがとうございますアクアさ……、いや違う、有難くな……。

 …………ありがとうございます、ありがとうございます……!
 シルビア様、アクア様、ありがとうございま…………!







「カズマーッ!」
 そんな、シルビアと密着したままの俺に、半壊した壁から顔を覗かせためぐみんが、悲痛な声で叫びを上げた。

 めぐみん。
 つい先ほどまで、愛を語り合った俺の好きな女の子。
 そう、俺の好きな……。


 …………………………?


 …………………………あれっ?


「カズマ! 今私が助けますから! そこの魔王の幹部、カズマを放してこの私と死合いなさい! 仮にも魔王の幹部なら、一対一の勝負なら逃げたりはしないでしょう! 私に勝ったなら、そのまま逃げるがいいです。でも私が勝ったなら……。カズマを、カズマを返して貰います!」

 めぐみんが叫ぶ中、シルビアが面白そうに振り向いた。
 それにつられて、縛り付けられた俺も一緒にプランと動く。
 俺はそれらの事に一切逆らう事はなく、されるがまま、なすがままになっていた。

「へえ……! 聞いた? ボウヤ。あの健気な可愛い恋人さんは、あなたの為に命を賭ける覚悟の様よ? さあ、何か喋る事を許してあげる。……さあ! このアタシに、美しい愛の物語を見せてちょうだい!」
 言いながら、シルビアは俺の肩口を縛り上げていたロープの一部を鋭い爪で切り裂いた。
 俺は肩から上を自由にされて、コキコキと首を鳴らすと、首だけをめぐみんの方に向けた。

 めぐみんは、半壊した壁から裸足で地面に降り、両手で愛用の杖を握ってぺたぺたとこちらに歩いて来ていた。

 紅魔族達がジリジリとムカデを牽制しながら距離を詰めていく中で、めぐみんはそんな紅魔族達よりもこちらへと近づいて、俺を真っ直ぐ見つめ。
 やがてめぐみんは、俺を体に縛り付けたままのシルビアと、最も近くで対峙する距離に来る。

「……今からこいつを倒して、命に賭けても必ずカズマを取り返しますから。それが、例え刺し違えてでも。それが私が今までカズマに助けて貰った事への恩返しです!」

 そして、めぐみんは声のトーンを急に落とし。
 ボソボソと、ほんのりと頬を赤くしながら。
「……そして、先ほど言っていた……。その、カズマ……。その……。私と子供を作って、皆で一緒に幸せに……って、あの話をじっくり……と……」
 そんな事を、俺やシルビアにだけ辛うじて聞こえる大きさで呟いた。

 照れながら言ってくるめぐみんを見て、それを聞いていたシルビアが、関係ないのにちょっと恥ずかしそうに頬を染め、片手でその頬を軽く撫でながら、初々しいわあ……! とか言っている。

 紅魔の人達やめぐみん、そして、崩れた壁からこちらを覗いているアクア等の視線が、自然と俺へと向けられた。
 何を話していたかは聞き取れなかっただろうが、それでも次は俺が何かを言う番だという事は分かるらしい。

 俺はめぐみんに。




「……ええっと。まだ俺もめぐみんも若いしな。そういった、大事で難しい話は冷静な時に話そうぜ」


「「えっ」」


 めぐみんとシルビアが同時に言った。







 …………ふう。
こんな落ちですが謝らない。
下品な回で申し訳ない。


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