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五部
最終話前編
「構わん、殺れ! 殺ってしまえめぐみん、こいつらをぶっ殺してやれ! お前達はこの私が壁になって守ってやる! 私が爆裂魔法の一撃にも耐えられるのは、過去に実証済みだ!」
「良いでしょう、死なばもろともです! もしダメだったとしても、皆で一緒ならあんまり怖くはないものです!」
「止めてえ! めぐみん待って! ダクネスさんもけしかけないで!」

 ――とてつもなく物騒な会話が聞こえる。

 目を開けると、こちらを覗き込むアクアと目が合った。

 後頭部が柔らかくも暖かい。
 アクアが膝枕をしているのだろう。
「あっ……! カズマが帰って来たわ! 帰って来たわよ!」

 俺の意識が戻った事に、アクアが嬉々として大声を上げた。
 慌てて上体を起こし、状況を確認する。

 ――そこには――

「魔王様! 我々の後ろへお下がりください! 我らが壁に!」
「おい、そこの紅魔族! 分かっているのか!? こんな室内で爆裂魔法なんて放てば、お前達もタダでは済まんぞ!」

 杖の先に爆裂魔法の光を灯らせて、それで魔王達を威嚇するめぐみんと、そのめぐみんを守る様に立ち塞がるダクネス。
 そして、魔王を最奥に庇いながらめぐみんを必死に説得する魔王の側近達と、そのやり取りを、青い顔をしながら遠巻きに見守るゆんゆん達の姿があった。
 傷でも負ったのかミツルギは片膝をつき、それを守るようにして取り巻きの二人が立ち塞がっている。

 改めて周りを見ると、俺が殺されて血溜まりが出来た場所に大きな鎌が転がっていた。
 どうやら俺を殺した死神型のアンデッドは、アクアに浄化されたらしい。

 俺が立ち上がると、こちらをチラリとうかがったダクネスとめぐみんが、ホッとした表情を浮かべた。

 現在、状況は膠着状態にあるようだ。
 俺が蘇生した事には魔王の側近達はあまり注視していない。
 というか、めぐみんの杖先の危険な光にそれどころではないのだろう。

 と、魔王の側近達がめぐみんへ落ち着くように呼びかける中。
「カズマ、テレポートを唱えて頂戴! ここは皆で脱出するの! ねえめぐみん、カズマとゆんゆんがテレポートの詠唱を終えたら、杖の先の爆裂魔法はそこのバルコニーから外にペッてしてね! 街にそんな状態で帰っちゃ危ないからね!」
 アクアが後ろから俺の肩を両手で掴み、ゆさゆさと揺らしながら言ってきた。

 そのアクアに。
「おいアクア、今から言う事をよく聞けよ。ていうか、最後くらいはよく聞けよ? さっき、クリ……エリス様から聞いたんだが。……お前、魔王の力を弱体化できるんだろ?」
 先ほどエリスから聞いた事を伝えるべく……。

「…………? あんた何言ってんの? そんな女神みたいな事ができる訳ないじゃない。大丈夫? しっかりなさいな」

 …………。

「お前がしっかりしろよ! 自分の職業を忘れんな! お前は一応女神だろ!」
「そうでした! そうよ、私の神聖な力で魔王を……! ………………。ねえ待って。弱体化はするけど、それだけよ? さっきから見ている感じ、魔王は戦闘に参加していないの。魔王を弱体化しても、多分あんまり意味はないわよ?」

「そこは、お前が魔王を弱体化したら俺が何とかしてやる。……あの死神型のアンデッドは仕留めたみたいだな。これで潜伏スキルが通用する」
 潜伏スキルという単語に、アクアが不安そうな顔で。
「ねえ、もう帰ろう? お金が無いのなら、本来は私の主義に反するんだけれど、芸でお金を稼ぐ事も考えなくもないわ。あ、でも、ある程度のお金が貯まるまでよ? ずっとじゃないからね? だから…………」

 言い掛けたアクアに右手を突き出し、それ以上言うのを止めさせた。
 そして……。

 ――俺は、真面目な顔でアクアに告げる。

「いいから見てろ。何だかんだで長い付き合いなんだから、こんな時どうにかしてきた俺の事を少しは信じろよ」
「長い付き合いだから信じられないんですけど」

 ……やっぱこいつ、引っ叩いてやりたい。

 俺の格好良いセリフに即答したアクアの額を片手で掴むと。
「いい! から! お前は! 魔王の力を弱体化する準備をしてろ!」
「痛い! 痛い! 痛いんですけど! 分かったわよ、やればいいんでしょ!」

 ギリギリとアクアのこめかみに指をめり込ませると、これからの事を掻い摘んで説明した。

「いいか? お前が魔王を弱体化させたら、俺はもう一度潜伏スキルで魔王に近づく。で、テレポートで魔王を拉致。ダンジョンの奥深くに連れて行って、そこであいつを仕留めてくる」
「ねえ待って、貧弱なカズマさんが魔王と一対一で戦うって事? 死亡フラグしか見えないんですけど」

 一々こいつは、人のやる気に水を差しやがる……!

「色々と手はあるさ。本当にどうしようもなくなったなら、テレポートで先にアクセルに帰ってるから。お前らは、魔王が帰って来なかったら俺がちゃんと倒したと思って、ゆんゆんのテレポートで街に帰還な。俺は、魔王を倒せないまでも、時間稼ぎぐらいはしてやるよ。その間に、お前らはこの部屋の側近連中を倒すって事で。魔王がいなくなればこの部屋の連中も弱体化するだろ。そうすりゃ、お前らでなんとかなるだろ?」

 俺の言葉に、アクアがますます不安そうに。

「……ねえ、カズマがダンジョンでぽこっと死んだりした場合はどうするの? 死体の回収もできないし、ダンジョンに潜って回収に行ったりしてたらその間にカズマさんが傷んじゃうわよ?」
「い、傷むとか言うなよ。やっぱ、死体が傷みだすと蘇生できなくなるのか? ……まあ、ヤバそうだったらすぐ逃げるよ。テレポート用にちゃんとマナタイトを残しておくから」




「フフフ、ここで魔王を倒せれば、この私が新たな魔王に……!」
「めぐみん、落ち着いて! 魔王を倒しても魔王にはなれないから! 眼の色がかなり本気なんだけど、ただの脅しよね!? 街に帰ったら、色んな冒険者の人達と一緒にご飯食べる約束してるのに!」

 向こうを見ると、未だ膠着状態の様だ。
 ……と、こちらをチラリと見るダクネスと目が合った。

 だが、その瞬間に目を逸らしてしまう。
 まるで俺の存在を魔王達に注目されまいとするかの様に。

「よし、それじゃ行ってくる。アクア、俺がテレポートで飛んだ後、めぐみん達に説明頼むぞ。ちゃんと、俺は危なくなったらテレポートで帰るってのを伝えるんだぞ? でないとアイツらはまた暴走するからな」

 言って、俺はこそこそと壁に沿って潜伏しようとすると……。
 服の裾を、アクアが掴んだ。

「……ねえカズマ。どうしてそこまで魔王退治にこだわるの?」

 そんな事を、不安気に。
 そして、少しだけ何かを期待している様なそんな顔で、アクアが言った。

 ……お前のタメだとかそんな格好良いセリフを期待してるのが見て取れる。
 目をキラキラさせやがって、こいつ絶対、勇者を送り出す女神的な状況に酔ってるだろ。

「…………別にっ、別に、お前のタメなんかじゃないんだからな!」
「ツンデレ! カズマのツンデレッ! こんな時ぐらいあなたの為です女神様とか、歯の浮く様なセリフ言えないの!? ……あんた、本当に危なくなったら逃げ帰って来なさいよ? もやしっ子なカズマさんじゃ、まともに攻撃食らったら一撃だからね?」

 もやし言うな。

「分かってるよ、俺を信じろ。俺が真正面から格好良く最後まで戦う男だとでも思ってんのか? ニートってのは諦めが早いんだよ」
「知ってるわよ。諦めが早いのも臆病なのも。雰囲気に流されやすいのもヘタレなのも」

 こっ……、こいつ……!

「……あと、何だかんだで最後には必ずなんとかしてくれる事も知ってるから、死なない程度に魔王をおちょくってきてやんなさいな」


 ――自信有り気なドヤ顔で、アクアが俺を真っ直ぐ見てきた。








 壁伝いに、マントで体を隠しながらコソコソと進んで行く。
 今から魔王を倒そうとする姿では無いのだが、どうせ格好良いヒーローなんかとは無縁な事は分かっている。
 魔王の傍へとジリジリ近づくと、アクアが両の掌を組み、目を瞑って祈る様なポーズを取った。

 ……あれっ、あいつ、本当に女神っぽい。

 こめかみからうっすらと汗を垂らして、何かを唱えているアクア。
 それを注視する魔王と側近達。
 側近達はアクアを止めたそうにしているが、めぐみんの威嚇により身動きが取れない様だ。

 ――やがてアクアがカッと目を見開き、声高に叫びを上げた。

「『光よ!』」

 それは、エリスが支援魔法を使う時に唱えたような端的な言葉。
 たったそれだけなのだが、その一言に広間の中が輝いた。

 魔王の側近達が、その光から魔王を庇おうとする中――




 ――ダクネスが、真正面から突っ込んでいった。

「!? 魔王様を守れ! 壁になれ!」

 側近の一人が叫び、魔王の前へ、ダクネスとめぐみんを警戒する様に展開する。
 ミツルギは何やってんだと思いそちらを見ると、アクアに回復魔法を飛ばされ、ようやく立ち上がっていた。

 よし、これなら魔王を攫った後、側近との戦いも戦力的にいけそうだな。
 ダクネスが側近連中に殴り掛かり、その注意を引いている中。
 俺は、魔王の背後に回っていた。



 近くで見る魔王は、一見すると大柄な老人だ。
 白髪の間から二本の角が生えているが、パッと見は人間っぽい。
 黒衣を身にまとったその姿は、誰が見てもこう呼ぶだろう。

 魔王、と。

「あの紅魔族の娘はどうせ撃てまい、ハッタリだ! クルセイダーより魔剣の男に注視せよ! それと、もう一人の紅魔族の娘にもだ!」

 魔王の言葉に、めぐみんのこめかみがぴくりと動いた。
 おいやめろ、そいつを煽るな。
 そいつはやる子だ。

「くそっ、忌々しい……。まさか女神が降臨しているとはな。……駆け出しの街に落ちた光とは、あの緩んだ顔の女神の事か……?」

 魔王が俺に背を向けて、忌々しそうに呟いている。
 ……どうしよう、予定を変更して剣で斬りかかってやろうか?
 いや、失敗したらそれで終わりだ、やはりここはテレポートで……!

 ああくそ、やっぱり怖い。
 魔王は背を向けている。
 キッカケが、何か、勇気が出るキッカケが欲しい……!

 ……と、潜伏中にも関わらず、ダクネスと目が合った気がした。

 ……いや、実際に目が合ったのだろう。
 ダクネスは、口元を少しだけ歪め、微笑を浮かべた。

 あいつは俺のやる事を理解した上で、真正面から突っ込んで注意を引いていてくれたらしい。

 ――やるなら今だ!

「『テレポート』!」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 ――まるでゲームのラスボスの部屋の様な、仰々しくも禍々しい装飾が施されたドアの前。
 魔王と共に移動した先は、例のダンジョンの最下層。
 俺は魔王と共に、ヴァンパイアの真祖が立て篭もっていた部屋の前へと立っていた。

 この階層にはモンスターの気配は無い。

 以前、バニル達とこの階に来た時もヴァンパイア以外のモンスターはいなかった。
 つまり、魔王を相手取るにはうってつけの場所だと言う事だ。

 魔王はバッと後ろに飛び退いて、直ぐさま俺と距離を取る。

「……どこだここは? てっきり、貴様の仲間がわんさかいる所にでも送られたのかと思ったが……。ふむ、このカビの臭いと濃い魔力。どこかのダンジョンの中か?」
 俺も魔王からジリジリと距離を取りながら。
「当たり。ここは世界最大のダンジョンとやらの最下層だ。ここから帰るには、地上までの道のりを延々と歩いて帰るか……。もしくは、テレポートで帰るしかない訳だ」

 俺の言葉に、魔王がふむ、と一つ呟き。

「では、城へ帰らせてもらうとしようか。仮にも魔王が、テレポートの一つも使えないとでも思ったか? いつまでもこんなカビ臭い所にいる必要は……」
 言いながら、テレポートを使おうとする魔王に向けて。

「テレポートを使える事ぐらいは知ってたさ。でも、魔王が逃げるのか? 一対一のこの状況から?」

 俺は人差し指を立ててゆらゆらと振り、挑発的に魔王に告げた。

「…………なるほど。一体どこで聞いたのかは知らんが、魔王の事を調べてきたらしい。確かに、堂々と一対一で戦いを挑まれたなら、そこで逃げてはもはや魔族の王を名乗れまい。……だが、我が部下に真っ先に殺された弱き男よ。貴様がワシと戦うのは力不足だ。もう少し鍛えてから出直して来い。せめて、あの魔剣のソードマスター並には強くなってからな」

 魔王は首を傾げると、ニヤリと笑みを浮かべからかうように言ってくる。
 そんな、魔王に向けて……。




「俺、冒険者なんだ」




 俺は挑発的に笑いながら言ってやった。

「……? 冒険者?」
「そう。冒険者。最弱職の冒険者だよ」

 ダンジョンの最下層は、魔法でも掛かっているのかヒカリゴケでも植えられているのか。ここは完全な闇ではなく、淡く青白い光で照らされている。

「……お前は冒険者なのか? 上級職でも、前衛職でも魔法使い職でもなく、貧弱な冒険者? その冒険者が……」
「そう、その弱っちょろい冒険者が、魔王相手に一人で決戦挑もうって言ってるんだよ。……あるえー? 幾ら女神の力で弱体化しているって言っても、まさか最弱職の冒険者からは逃げませんよね魔王様!」

 俺の挑発に、魔王の顔が険しく引きつった。
 それを見て小便チビリそうになるが、ここで魔王に帰られては困る。

 だが、魔王は深く息を吐いて心を落ちつけると……、
「……その挑発には乗らん。伊達に長くは生きてはおらんからな。貴様が冒険者だからといって、それが何だと言うのだ。……つまりはこういう事だろう。戦力外である貴様がワシを連れ去り、勝負を挑んで時間を稼ぐ。その間に、我が力の恩恵を受けられなくなった部下達を、貴様の仲間達が倒す」
 と、勝手にそんな予想を立てて語りだした。

「そして、十分に時間を稼いだ後、貴様はテレポートで脱出でもするのだろう。その後、テレポートで城に戻ったワシを、貴様の仲間達が取り囲む。……そんなところか?」
 魔王はそう締めくくると、テレポートで帰る準備を始めた。

 ――伊達に年食ってないなと感心するが、そんな場合じゃない。

 魔王に向けて、俺は一枚のカードを見せびらかし。
「まあ待てよ、これが俺の冒険者カードな。薄暗いし距離もあるけど、レベルとステータス、職業の欄が見えるか? ほらほら、見ろよこのステータス。そこらの中堅冒険者に比べて超低いだろ? そんな冒険者が怖くて逃げ帰っちゃうの? 何だかんだと理由を付けて、単に倒されるのが怖いんだろ? お前、それでほんとに魔王を名乗ってもいいの? ここまでお膳立てされて、それで逃げ帰っちゃうの?」

「……………………挑発するな小僧、その気になれば貴様など」

「その気になれば貴様などとか、どんな三下の中ボスのセリフだよ。ガッカリだよ、本当にガッカリだよ! 何が魔王だふざけやがって、蓋を開けてみれば、最弱職相手にビビって逃げようとする臆病者の爺さんじゃねーか!」

 ギリッ、と、魔王が歯を食い縛る音が薄暗いダンジョンの中に響く。

「……無駄だ、貴様が最弱職の捨て駒だと言うのなら、なおさら相手をしてやるまでもない。貴様の目的は時間稼ぎだと理解した。ではな、口だけの小僧!」

 言って、魔王はテレポートの詠唱を……!




「お前の幹部連中の討伐に、大体俺が関わってるぞ。ベルディア、バニル、シルビア、セレナ。後一人、この城を守っていた名前も知らない奴もいたな。……部下の仇討ちぐらいはしてやれよ」




――テレポートの詠唱を中断した魔王は、俺を見て鼻で笑う。

「……笑えない冗談だ。バカが、貴様では時間稼ぎもできぬと知れ! 『カースド・ライトニング』!」

 魔王が突然、俺に向けて魔法を放つ。

 えっ、ヤバイ、死……!

「!?」
「ッ!? ………………と、ふ、ふふ、危ねえ危ねえ……。まったく、魔王ともあろうお方が不意討ちっすか! まあ俺ぐらいになるとこうしてあっさり見切っちゃうんですけどね!」

 少しチビッた。
 運良く自動回避が発動しなかったなら、間違いなく俺の頭が無くなっていた事だろう。
 魔王が放った黒い電撃は、一瞬前まで俺の頭があった場所を正確に撃っていた。
 本能的な恐怖でジリジリと後退る俺に対して、魔王が魔法を放ったままの体勢で首を傾げる。

「……? 今のはスキルによる回避か。電撃の魔法を躱すなど、普通はできるものではない。やれやれ、面倒な奴め……」

 ため息を吐き、魔王が無造作に俺に詰め寄る。
 ちょっ、まだ戦闘準備が……!

「ちょっ、待っ……!」
「フン、さてここからどうするつもりだ? どうしようもないだろうがな。老いたりとはいえ、人一人を捻り殺す事……な……ど…………?」
「…………?」

 一瞬で距離を詰めた魔王は、俺の胸ぐらを掴んだまま固まると。
 俺の胸ぐらを掴んだその掌が、何かが焼けるような音と共に煙を上げた。

「……っっあぢゃああああああああああああああああああ!」

 俺の胸ぐらを掴んでいた魔王は慌ててその手を離し、右手を懐に抱いて転がり回る。
 その間に俺は大きく距離を取ると、胸元から何かが無くなっている事に気がついた。
 俺が首から下げていた、大事にしていたアレが……。

「なんだコレは! 護符? 呪いの護符か何かか!? ぐううう、姑息な真似をしてくれおって…………っ!」

 魔王は、俺の胸元からむしり取ったそれを忌々しそうに地面に叩きつける。
 ――それは、いつかめぐみんに貰った紅魔族のお守り。
 みんなの髪が入っている、ただのおまじない的な物だったのだが……。

「おいコラ、それ大事な物なんだから粗末にすんな」
「……っ、コレは何だ? ワシの右手が焼け焦げたぞ! 一体中に何が……。……? 青い髪の毛?」
「女神の髪の毛がたっぷり詰まったお守りだよ」
「いっ、忌々しい物を触らせおって! ……くっ、そうであった、貴様などに構っている暇などないのだ、雑魚だと思って甘く見ていたが、もういい、貴様の相手はまた今度だ! 早く帰ってやらねば、我が部下達が……」

 このジジイ、この期に及んでまだ俺とやり合わない気か!
 俺は腰から剣を引き抜くと、それをこれみよがしに見せつける。

「楽に倒せると踏んで不意討ちしといて、手強いと見たら逃げるとか。お前ほんとに魔王かよ? あーあ、せっかく魔法の掛かった武器まで用意してきたのに、お前にはほんとガッカリだよ!」
 その言葉に、魔王は俺の持つ剣を一瞥すると。
「……確かに魔法は掛かっている様だが、その剣はそれほどの業物にも見えぬのだが」

「業物だよ。俺の悪友が冒険者の死体を漁って拾ってきた、由緒ある無銘の魔法剣だ。ビビリのなんちゃって魔王を倒すにはこれで十分……おわっ!」
 度重なる俺の挑発にとうとうキレたのか……。
「よかろう! そんなに死にたいのなら、今すぐあの世に送ってくれるわ!」
 魔王が襲い掛かってきた!









「待て! 散々挑発してくれおって、ここで逃げるか臆病者が! 貴様、先ほどワシをなんと呼んだ? 貴様こそがビビリではないか!」
 遠くで魔王が叫んでいる。

 なんとでも言え。

 俺は薄暗いダンジョンの陰で、潜伏スキルを使いながら弓に矢をつがえ。
「目潰しなどとは姑息な真似を! 正々堂々と戦いを挑むのではなかったのか? 出て来い小僧!」
 遠く、俺を探してキョロキョロしている魔王に向けて……!

 狙撃!

「はぐっ!?」

 側頭部に矢を受けて、魔王の頭が弾かれるように横にブレた。
 魔王に襲い掛かられた時、クリエイトアースによる目潰しをくれて距離を取ったのだが、魔王はそれが、よほど頭にきたらしい。
 冷静さを欠いた魔王は、俺の狙撃をまともに食らった。

 ……のだが。

「ぐぐぐぐ……! そ、そこか……! どこまでもワシをおちょくらねば気がすまんらしいな……!」

 矢を食らったこめかみを片手で押さえながら、魔王がよろめきながら歯ぎしりする。
 殆ど効いてねえ!
 アレか、やっぱ魔法の掛かった武器でないと効果が薄いってヤツか!

 入り組んだダンジョン内を奥へと進み、慌てながらも距離を保つ。
 アイツに接近されたら多分終わりだ。
 流石に魔王相手には、不死王の手の状態異常なんて効かないだろう。
 近寄って、試してみる気もサラサラない。
 かと言って、弓で少しずつダメージを与えていてもキリがないのだが。

「あれほど盛大に挑発しておいて、情けないとは思わんのか? あの魔剣の剣士は堂々と向かってきたぞ! あのクルセイダーもだ! それが、貴様は何だ!?」

 敵感知スキルで感じる、こちらへと向かってくる魔王の気配。
 それを感じながら、俺は道具袋から一本の紙筒を取り出すと、そこにジッポオイルをかけていく。
 少しずつ後ずさりながら、導火線の様に地面にオイルを垂らしていき、ボソリと一言。
「『罠設置』」
「そこかっ!」

 俺の囁きを聞きつけて、魔王が幾本かに分かれた通路の内、こちらへと続く通路を真っ直ぐに向かってくる。

 レンジャー職の人に教えてもらった罠設置スキル。
 素人が適当に作った罠でも発動率が高まってくれる、何と言うか、姑息な俺とはとても相性が良さそうなスキルだ。
 こちらへ駆けて来る魔王に、もはや姿を隠すこともせず立ち上がると。

「剣を抜け小僧! 一瞬でケリを着けてくれる!」

 ジッポを擦り火を灯すと、それをオイルの上に落としてやった。
 垂らしたオイルに火が回るのを確認すると、大きく後ろに飛び退り。

「エクスプロージョーン!!」
「!?」

 ――俺の声と共に、薄暗いダンジョン内に炸裂音が響き渡った。


 ダンジョンの硬い壁や床を砕き、その破片がこちらにも飛んでくる。
 俺の手作りの劣化マイトは――

「……っ! なん……! なんだこれは……っ!」

 魔王の左足の膝から先をズタズタにしていた。
 くそ、思った以上にダメージを与えられなかった。
 というか、これも魔法じゃないからダメージが通りにくいのか。
 威力的に、足の一本もモゲるかと思ったのだが。

 足を負傷した魔王に、俺はジリジリと後ずさりながら虚勢を張る。
「ふっ……、俺をただの冒険者だと思うなよ? さっき言っただろ? 俺は、お前の所の幹部討伐に関わってるってな。エクスプロージョンの一つぐらい使えるってもんさ」
「嘘をつけ! 今の爆発は、とてもエクスプロージョンには及ばぬわ! 今の爆発には魔法的な力は無かった……。爆発ポーションか何かか? 姑息な事ばかり……、あっ、こらっ……!」

 俺は魔王に最後まで言わせず、背を向けてダンジョンの通路を駆けて行く。
 その後を、魔王は足を引きずりながらも追って来た。
 アクアの力で弱体化しているにも関わらず、それでも身体能力は向こうの方が遥かに上だ。
 足を負傷しているはずの魔王を撒く事ができない。
 このダンジョンの最下層の造りはどうなっているんだろう。
 このまま逃げ続けて、行き止まりにでもなれば間違いなくなぶり殺される。

 道具袋を探ると、俺は最後の劣化マイトを取り出した。

 めぐみんが怒るのでなければ、もう少し作っておいたのに。
 劣化マイトを見つけると激怒する、めぐみんの目を盗んで作るのは大変だったのだ。

 コイツでもう一度ダメージを与えつつ、弱った所で接近戦でも……。

 ――そう考えていた時だった。

 背後から、ゾクリと寒気を感じる。
 これはアレだ、ヤバイやつだ。
 めぐみんが魔法を使う時に感じる程ではないが、魔王が強力な魔法を使おうとしている。

 背後を振り返ると、魔王がこちらに向けて手をかざしているのが見えた。
 自動回避が発動すれば何とかなるか?
 いやいや発動しなかったら死ぬんじゃね?
 魔王との距離は十メートル程度。
 さっきの電撃魔法よりも、詠唱が長い感じだ!

「お前の相手はもう疲れた。ワシも若くはないのでな。帰った時に備え、魔力の温存をと思っていたが……。これはお前には避けられまい」

 ヤバイ、なんか来る、ヤバイヤバイ、超ヤバイ!
 防御魔法なんて何かあったっけ!
 俺は懐から、めぐみんから貰った極上品のマナタイトを一つ取り出し。

「食らうがいい! 『インフェルノ』!」
「『クリエイト・アース』ーッッッ!!」

 それに込められた全ての魔力を使い、目の前に大量の土砂を生み出した!

「ぬおっ!? ぐわっ、熱っ!」

 土砂の向こう側からは、そんな悲鳴が聞こえてくる。
 出現した土砂に炎を防がれ、それが自らに吹き返してきたのだろう。
 しかし、流石は極上品のマナタイト、土砂の量が半端ない。

 …………待てよ?
 これなら……!

「どこまでも忌々しい小僧め! 小手先の技ばかり使いおって、土砂を使って通路を塞ぎ、閉じ篭もる気か!? ならば鬼ごっこは終わりだ、ワシは……!」

 俺はマナタイトをもう一つ取り出すと。

「『クリエイト・アースゴーレム』ー!!」
「ワシは…………今度こそ……城……に…………」

 ――土砂が蠢き、人の形を形成する。

 普段の俺の魔力ではショボイゴーレムしか創れない。
 が、しかし。

「……お、お前は……。こんな真似も、できるのか……」

 極上のマナタイトの全魔力を使用して創られたアースゴーレムは、長身の魔王をすら悠に凌ぐ、通路の天井スレスレの巨体を持って生み出された。
 前に立ち塞がるゴーレムの足の間から。
 俺は、魔王に向かって不敵に笑った。

 鬼ごっこはこれからだ。

「ラウンド2!」
「くそがー!」








「卑怯者! 魔王が背中を見せて逃げるのか! 戦えよ、真正面から戦えよ! お前、さっきまでは俺になんて言ってた?」
「貴様という奴は! 貴様という奴はっ……!」

 鬼役がひっくり返った俺達は、ダンジョンの中を駆けずり回っていた。

「わははは! 魔王弱え、幹部の方がまだナンボか強かったぞ!」
「たわけ! とうに全盛期を過ぎた老人に無茶を言うな! 我が力は部下の強化だ、最前線で戦うタイプでは無いのだ! しかも、今は力を弱体化されているのだぞ!」

 流石の魔王も巨大なゴーレムを倒す手段は持ち合わせてはいないのか、はたまた、ゴーレムと戦っている間に俺の攻撃に曝されるのを警戒してか、足を引きずり逃げ回っていた。
 しかし、一見するとこちらが有利なこの状況だが、ゴーレムの活動時間は思い切り削り、大きさを優先して創ってある。
 長期戦になるとゴーレムの寿命が尽きてしまう。
 それまでにケリを着けてしまわないと。

「食らえ、狙撃! 狙撃! 狙撃っ!」
「あだっ! ぐあっ! ぐうっ! こっ、この……っ!!」

 魔王をゴーレムが追い掛け、更にその後ろを俺がつきまとい、ゴーレムの足の間から矢を射かける。
 嫌がらせぐらいにしかなっていないが、魔王から冷静さを欠くには十分過ぎる手の様だ。

 俺の創ったゴーレムにテレポートでも掛けられたら、それでこちらは終わってしまう。
 先ほどからの挑発に、魔王は上手く頭が回っていない様だ。

 ……と、しまった、矢が尽きた。
 理想としてはゴーレムで魔王をしばいて、弱った所で魔法剣でトドメというのが理想なのだが……。

「……はあ……はあ……。…………もうやめだ」

 突如、魔王が足を止めた。
「貴様は、本当に我が幹部達を倒したのか? ……倒したのだろうなあ……。姑息ではあるが、このワシですらがこうして手球に取られている」

 なんだ、いきなり語りだして。
 ゴーレムの寿命が尽きるまでの時間稼ぎだろうか。
 しかし、ゴーレムは俺の制止があるまでは魔王へと迫り続ける。

「奴等はどうだった? 幹部として、恥ずかしくない戦いを見せたか? 少しは貴様を痛い目に遭わせられたのか?」

 魔王は、深く息を吸い込むと、猛禽類の様な黄色い目をギラつかせた。
 ゴーレムが、魔王に向けて手を伸ばす……!

「ベルディアは、スティールで首を取られてオロオロしてる間に浄化されたなあ。そう言えば、アイツが廃城に住み着いたお陰で俺は借金背負うハメになったっけ。バニルは爆裂魔法で吹っ飛ばされたクセに、その後ウィズの店で元気に店員やってるよ。俺も、何度ボッタクられた事か……。シルビアには紅魔の里で掘られそうになるし、セレナにはレジーナ教徒にされるしで、まあ色んな目に遭わされたよ」
「…………お前も苦労したのだなあ……」

 ため息混じりの俺の言葉を聞き、魔王がしみじみ呟いた。
 この爺さんも、色々苦労したのかも知れない。

「『クリエイト・アース』!」

 突如、魔王が目の前に、大量の土砂を生み出した。
 俺がマナタイトを使い潰して出した量にも匹敵するその土砂は、魔王へと伸ばしたゴーレムの手を遮った。

 ……おいまさか。

「『クリエイト・アースゴーレム』!」

 魔王の声で土砂が蠢き、人型へと形成された。
 それは、俺が生み出したものよりも一回りは小さいゴーレム。

 人の事は言えないが、魔王は何でも有りかよ!

「……ふう。いかんな、かなり魔力を食ってしまった。……しかし、やるなあ小僧。戦士には剣で。魔法使いには魔法で。相対する冒険者は、そいつらの得意分野でことごとく潰してやったものだが……。こんな変わった戦い方をするのは貴様が初めてだよ」

 魔王が感心した様に言ってくるが、こっちはそれ所ではない。
 ゴーレムの大きさはこちらが上だが、確か魔王の力は……!

「今度はこちらの番だな。しかし、実に面白い事ばかり考える男だ。次は一体どうするつもりかね?」

 魔王の生み出したゴーレムは、魔王の力の恩恵を受け、俺のゴーレムをあっさりと打ち砕いた。

「小僧、ラウンド3だな!」
「ちくしょー!」


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