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本編再開につき、番外編の別作品、『仮面悪魔の見る夢は』
の方は不定期更新と致します。
五部
1話
 どうしてこうなった、と言う言葉がある。

 それは、意図的にそうなったのではなく、偶発的に起こってしまった時。
 それは、本人が全くそんな気は無いのに、なぜかそんな事態になってしまった時。
 そして……。

 そう。

「いないんですけど。アクセルに帰って来てこの方、ニートの本領発揮して、産廃よりも迷惑な存在になったカズマはおろか、カズマのお守りしててって頼んだダクネスまでいないんですけど」

「どうしたのでしょうか。暇を持て余したカズマならば、意味も無くどこぞにフラフラと出歩いて行ってもおかしくは無いのですが。お守りを頼んだダクネスまでもが一言も無しにいなくなるというのは……」

 居間の隅にある狭苦しい物置の中で。

「……フー……フー……フー……フー……」

 俺のハンカチで即席のさるぐつわを噛まされた状態で、荒い息を吐きながら両腕をワイヤーでガチガチに縛られた状態のダクネスに、上半身裸な俺がのしかかり、必死に潜伏スキルを発動させているこんな時。
 俺とダクネスが隠れている物置内は非常に狭く、やたらと露出の激しい私服のダクネスと、否が応にも密着する形となる。

 ハッキリ言おう。
 恐ろしいまでの苦行である。

 デヘデヘ、エロい身体しやがって、役得でござるなんて感情が一切湧かない。
 それどころか変な汗ばかり出てくる。
 こんな状態を見られたら間違いなくアウトだ。
 と言うか、なんでこんな漫画みたいな展開にならなきゃいけないんだ。
 俺が半泣きになっていると、ダクネスが上半身を縛られたまま、もう我慢出来ないとばかりに、上にのしかかっている俺を跳ね飛ばそうと突然バッと動き出した。

 それを、慌てて上から更に力を込めて押さえつけ、ダクネスの耳元で囁きかける。
「おい、大人しくしてろ! お前さえ我慢してくれれば丸く収まるんだ。そもそも、俺の言う事を聞かなかったお前が悪いんだぞ! ジッとしてろ!」
 俺の言葉に、ダクネスが何かを諦めたかの様に、そっと、観念するかの様に目を閉じた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 紅魔の里から帰って来て早一週間。
 とうとうダクネスの父ちゃんから俺達の金が補填され。

 俺は今、一生働かなくても余裕で生きていけるだけの大金を手にしていた。

 つい先日までめぐみんの家族がこの屋敷に同居していたのだが、新居が完成したのでそちらに引っ越して貰った。

 めぐみんの家族の新居は返還された大金の中から出したのだが、金に糸目は付けないから良い感じに仕上げてくれと言ったら、一週間ほどで出来てしまった。
 欠陥住宅を疑ったが、めぐみんやアクアいわく、特に問題は無いらしい。

 この世界には魔法という物がある。
 それが魔法であれ科学であれ、技術という物は、最も進歩が早いのが軍事である。
 次いで生活の利便性。

 戦争時には即座に砦などを築く必要がある事から、魔法による建築速度の向上が図られたらしい。

 結局、めぐみんは家族の家を建ててもらったから、後はカズマが好きに使えと言って金は受け取ろうとはしなかった。
 ダクネスも同じくだ。

 
 ダクネスの父ちゃんから入ってきた金は二十五億。
 内訳は、俺がダクネスの借金返済に用意した二十億。
 そして、本来ならば俺達に支払われるはずだったベルディア討伐による賞金三億。
 そして更に、領主に吹っ掛けられた借金が数千万。
 もっともその数千万の借金に関しては、アクアがやらかしたネズミ講、そして、めぐみんが遭難した際の救助費用など、真っ当な請求も含まれていたのだが。

 それら諸々を引っ括めて、更にはダクネスの父ちゃんが、貴族が庶民に金を借りて、利子も付けないなど貴族の恥だ、当家の危機を救ってくれた礼でもあると、何やかやと色を付けてくれて二十五億。

 没収された、行方不明になった領主の財産は、俺以外にも順次様々な形で街に還元されているらしい。

 受け取った二十五億の中からめぐみんの家族の家を建てたが、それだって大した額でもない。
 新築の家の中に、勝手に、めぐみんからとの書き置きを残し、ささやかな生活費もそっと置いておいたが。

 しかし、返ってきた金の大半は、俺が知的財産権を売った金だとはいえ……。
 お前らもうちょっと欲とか出せよと言いたい。

 そう。

「カズマさん、美味しいお茶が入りましたわよ。本来はお貴族様が飲むお茶らしいですわ。今やわたくし達もセレブですもの。お茶ぐらい最上級の物を嗜まないと笑われますわ」
 ソファーでゆったりと寛ぎ、大金を手にして毎日浮かれているこいつみたいに。


 アクアには、三億やった。
 ベルディア討伐時の報酬分を丸々だ。
 個人的には25億を四分割した額でもいいのだが、どうせこいつに大金持たしても、ロクな使い方はしないだろうとの事で。

 そして、その考えは間違ってはいなかったと思う。

「カズマさん、こちらは王室で使われているお紅茶らしいですわ。香りがとても素敵ですわね。ダクネスさんもお一ついかが? あなたもお貴族様ですし、お紅茶の味にはお詳しいでしょう?」

 大金を得てから妙な言葉遣いになったアクアから、紅茶の注がれたカップを受け取り一口すする。


「……お湯やんけ」

 それを聞いたアクアは特に悪びれる事も無く。
「あらあら、庶民のカズマさんには上品なお紅茶の味は分からなかったようですわね。この繊細な味が分からない様では、なんちゃってセレブと笑われますことよ?」
 言いながら、アクアが自分も紅茶をすすり。

「…………お湯だこれ」

 微妙な表情で言ってきた。
 茶葉を入れたティーポットの中に、アクアがうっかり触れでもしたのだろう。
 ポットの中身は完全にただのお湯と化していた。

 そんなやり取りを見ていたダクネスが、ポットを持って台所へと向かう。
「どうせなら私がお茶を入れてやろう。貴族の嗜みだ、いつもメイドが入れているのを見てやり方ぐらいは分かる」
「不器用なお前がお茶とか。紅茶なんだから、砂糖だの塩だのといった変な隠し味は要らないからな。オリジナリティ出すなよ」

 激不味料理が出てくる定番のアレを心配しながらダクネスを見送る中、アクアが自分の膝上に置いたヒヨコを満足気な顔でそっと撫でる。

 多分本人としては、映画などに出てくる、金持ちがよくやる、高級なペットを撫でるセレブを演じているつもりなのだろうが、荒ぶるヒヨコことゼル帝は、自分に向けて伸ばされるアクアの指先を神経質にくちばしでつついていた。

「ところでめぐみんさんは、先ほどから何をなさっておられますの? 何かを作っているようですけれど?」

「これは紅魔族に伝わる魔術的なお守りです。このお守りの中に、強い魔力を持つ者の髪の毛を入れておくのですよ。そして、それを仲間に渡すのです。まあ気休め的な物ですが、よく死ぬカズマにあげようかと」

 本当に俺ばかりコロコロとよく死ぬが、これを貰うと尚更死ぬフラグとかが立ちそうな気がしないでもない。
「いいじゃないか。それは、誰の髪でもいいのか? こう、多ければ多いほど効果があるとか」
 ダクネスが、ポットに沸かし直したお湯を入れて帰って来た。

 そんなダクネスにめぐみんが、お守りにせっせと自分の髪を一本詰め込みながら答える。

「多いほうが良いですよ。長旅に出る者なんかに持たせるお守りには、里の者全員分の髪の毛がギッシリと詰め込まれ、お守りからはみ出すほどに。それぐらいのお守りにもなると、それはもう霊験あらたかな事請け合いです。持ち主の身を守るだけでなく、例えばその辺にポンと荷物を置いておいても、それを荷物に入れておいただけで中の物が盗まれなかったり。荷物を落としたのに、それがすぐに届けられたり。効果は絶大ですよ」

 なにそれ怖い。
 そいうかそれは、髪の毛はみ出してるお守りを見て、気持ち悪がって荷物を盗むのを避けたり、変な祟りを恐れて返しにいくからだと思う。

 と、ダクネスが長い金髪を一本引き抜き。
「なら、こいつも入れておいて貰えないか。まあ、私の魔力は高くは無いのであまり効果は期待できないとは思うが」
 言いながら、それをめぐみんへと手渡した。

 めぐみんはそれを受け取ると、何だか嬉しそうにお守りに詰め込んで。
「………………」
 やがて、自然と皆の視線がアクアへと向かう。

 ゼル帝に指先をつつかれて痛そうにしていたアクアが、その視線に気付いてキョロキョロと。
「……? なーに? ひょっとして、身の程知らずにも恐れ多くも、この女神様の髪の毛よこせとか言う気じゃないでしょうね。いい? 女神の髪ぐらいにもなるとね、その神々しさと希少価値は……」
「いいからお前も、空気読んでとっとと髪の毛よこせ! あと、もう口調がいつも通りに戻ってやがるぞ! セレブごっこはもう飽きたのかよ!」
「いやあーっ! 止めて止めて! 分かったから髪の毛引っ張んないで! 痛い痛い、せめて抜くんじゃなくて一本だけ切って頂戴!」

 アクアから強引に抜いた髪の毛もめぐみんに渡し、詰めてもらう。
 日本でもお守りの中に毛を入れる的な物はあるが、それに似た感じなのだろうか。

 ダクネスが、ポットの紅茶を皆に入れてくれる中。
「それじゃあカズマ、これをどうぞ。まあ気休めなので、適当に荷物の中にでも突っ込んでおいてください」
「おっ、おう。悪いな。ありがとう」

 俺はめぐみんからお守りを受け取ると、部屋に置いてある荷物入れではなく、それを大事そうに懐に。
 と言うか、めぐみんは里での事を気にしてはいないのだろうか。
 気にしてるのは俺だけなのだろうか。

 なんか、里から帰って来て一週間。
 確かに、アクアとダクネスには内緒の体でとはなったのだが、以前と一切変わらないというのもそれはそれでとても寂しい。
 ……と言うか、悶々する。
 友達以上恋人未満でと言い出したのは俺なのだが、もうちょっとこう、こう……!

 そんな俺の内心を知ってか知らずか、澄ました顔でダクネスの入れてくれた紅茶をすするめぐみん。
 そんなめぐみんをぼーっと見ながら、俺もダクネスの入れてくれた紅茶をすすっていると、その視線に気付いたのか、俺と視線が合っためぐみんが。

 少しだけ、口元をほころばせた。

 童貞には、そんな何気ない仕草一つ一つが致命傷。
 思わずそんなめぐみんを、紅茶の入ったカップを手にボーっと見ていると……。

「熱! ダクネス、溢れてる! 私のお茶溢れてるんですけど!」
 そんなアクアの悲鳴で我に返った。
 見れば、ダクネスが俺とめぐみんをほんのりと赤い顔でぼーっと見ながら、アクアが持っているカップへ注いでいた紅茶を溢れさせていた。

「ああっ! す、すまないアクア、今拭く物を……!」
 言って、バタバタと拭く物を取りに行くダクネスを尻目に、アクアが、テーブルに置かれた紅茶が溢れたカップへと、顔の方を近づけてカップから直接すする。
 その行動は、既にセレブだとかいった言葉とはかけ離れた姿だ。
 アクアはテーブルまで身を屈めて紅茶をすすり。

 それは恐らく、アクアの手に紅茶が掛かった際、その手がカップの中に触れたのか。
「…………お湯なんですけど……」
 アクアが、悲しそうに呟いた。








 困った。
 ……実に困った。
 何が困るかって、今のこの状況の事だ。

 俺は、手持ち無沙汰な空気を何とかしようと、ダクネスがポットに作ってくれた紅茶を注ぎ、それをすすった。
 そして……。

「めぐみんも、おかわりいる?」

 俺は軽く緊張しているのを誤魔化すかのように、めぐみんに。

「私はもういいですよ。お気遣いなく」
 言って、めぐみんが自然に微笑む。
 まるで、そんな俺の緊張も見透かされている気がしてしまう。

 ヤバイ、何これヤバイ。
 何かもう、そういった動作一つ一つが気になってしまう。
 好きって言葉は偉大だ。
 たった一言言われただけで、こんなにも色々と気に掛かってしまう。

 ダクネスとアクアはゼル帝の小屋を作りに行った。
 なんでも前々からの約束なんだそうな。

 という訳で、現在めぐみんと二人、居間の中で二人きり。
 何だろう、普段はちっとも気にしないのに、あんな事があってからこうして改めて二人になると、色々と意識してしまう。

「そう言えば……」
「!?」

 めぐみんが何気なく口を開いただけで、思わずビクリと身構えてしまう。
 そんな俺を見て、紅茶のカップを両手に持っためぐみんが、クスクスと笑った。
「そんなに緊張しなくても。以前はもっと凄い事したクセに、二人きりなだけで何を動揺しているのです? ……そう言えば、シルビア戦が終わり、私の予備のローブが出来るまで、里に滞在していた数日間。里の人達に養殖してもらっていたそうじゃないですか。それで、大分レベルも上がったでしょうし、次は何のスキルを覚えるのかなと思いまして」
 そんな事を言いながら、俺を見て、紅茶のカップを両手で包む様に持っためぐみんが小首を傾げる。

 シルビアを撃退した後、紅魔の里に何日か残っていた訳だが。

 シルビアを強化してしまったのは俺なのだが、俺のおかげで色々丸く収まったと、なぜか紅魔族の人達に感謝されてしまい。

 そして、滞在中に彼らなりのお礼を……。
 紅魔族が俗に養殖と呼ぶ、特殊なお礼を受けた。

「一応、新しいスキルを覚えてみたよ。シルビアや盗賊の人が使ってて便利そうだったスキルを。……と言うか、改めて思うのは紅魔族ってつくづく凶悪だよな」
 めぐみんにそんな事を言いながら、紅魔族から受けたお礼を思い返す。

 養殖。

 つまりは、紅魔族の里周辺の凶悪なモンスター達を紅魔の人達が適当に痛めつけ、魔法で身動き取れ無くしてから俺にトドメを刺させると言うレベル上げ行為。
 おかげで五分ほどで一気に3つもレベルが上がったものの、彼らを見ているとどうにも腰が引けてしまった。

 一箇所に集められ、魔法により首から下を石で覆われ、完全に身動き取れなくなったモンスター。
 泣き叫ぶ様々な形のモンスターの首に、剣を突き立てていくだけの簡単なお仕事。

 ハッキリ言って、三体倒すので精一杯だった。
 紅魔族の人達は一日で上級冒険者のレベルにしてあげようとか言っていたが、生き返ったばかりで身体が……と適当に言い訳し、途中で切り上げてもらった。

 甘っちょろいとは思うが、あれはどうにも良心が痛む。

 めぐみんは、そんな俺の話をカップを持ったままで、居心地の良さそうな自然体で、のんびりと聞いていた。

 剣の角度がどうのだの、あのモンスターは俺に殺されそうになる前につば吐きかけやがっただの。
 そんな色気の無い話を、めぐみんは静かに黙って聞いている。

「……二人きりなのにこんな色気の無い話で悪いな」
 と言うか、甘ったるいトークとか俺には無理です。

 だがめぐみんはとても満足そうに微笑むと、
「好きな人の話しなら、どんな話だって面白いですよ? 特に喋ることがなければ、一緒に同じ部屋に居て顔を見ているだけでもいいんです。本当に好きな相手なら、別にあちこちデートだの何だのと、無理に出かける必要もありませんよ?」
 そんな、ロクに女性付き合いの無い俺には一撃必殺なセリフをさらっと言った。

「…………お前、さらっとそんな事言われると一々顔が熱くなるから止めろよ……」
 困った様に言う俺の言葉に、めぐみんがカップを口元に寄せながらクスクス笑う。

 と、そんな時。

「めぐみんすまない、ちょっと来てくれ! アクアが呼んでいる。不器用な私では使い物にならないから、めぐみんと交代だと……! アクアに、小屋を壊してくれなんて言ってないんですけど! 作るのを手伝ってと言ったんですけど! 代わりにめぐみん呼んで、ダクネスは暇なカズマが私の邪魔しに来ない様に相手をしてて、と、言われて来た」

 そんな事を言いながら、ちょっと泣きそうな顔のダクネスが玄関から飛び込んできた。

 ……なんて言うか、タイミングの悪い。
 いや、良かったのか?

「と言うか、物作りなら俺の出番じゃないのか。鍛冶スキルまで持っている本職だぞ俺は。なぜめぐみん? 俺がまだ死後の安静期間だからって、気を使ってるのか?」

 そんな俺の言葉にダクネスが。
「いや、私もそう言ったのだが。何でも、カズマにやらせると絶対に何か余計な事をするはずだから、と。ゼル帝の小屋の形をオーブンやかまどの形にしかねないから、と」

 よく分かってるじゃないか。

「それじゃあ、ちょっと行って来ますね。ダクネスは、カズマのお守りを頼みます」
「おいこら、お守りって何だ、逆だろおい」

 そんな俺の抗議にクスクス笑いながら、めぐみんが出て行った。
 ううむ、何だろう。
 どうにも手玉に取られている気がする。


「…………おいカズマ。貴様、あの夜めぐみんに何かしたか?」
 ダクネスが唐突に、本当に唐突にそんな事を言ってきた。
 あの夜って、あの夜か。
 ダクネスが、めぐみんの母ちゃんに抗議していたあの日の夜。
 まあ、結果的に言えば。

「なんもしてないよ」
「嘘を付くな!」

 俺の言葉はいきなり真っ向から否定された。

「おい。おいこらお前。前々から思ってたんだがな、お前らって俺の事を一体どう思っている訳? そろそろお前、縛り上げてレベル一にまで下げてから泣くまでスティール食らわせるぞコラ。俺は嘘は言っていない。お前の言う何かってのが分からんが、少なくともお前が想像している様な事は何もなかったぞ」

 そんな俺の言葉に。

「……何かとは、その、何かだ……。お前は分かっていて私に言わせたいのか? その……。めぐみんと、その、キスだとか……。胸を触ったりだとか、その……!」
 頬を赤くして、ダクネスが恥ずかしそうにそんな事を聞いてくる。
 相変わらず、羞恥の基準がどこにあるのか分からない奴だ。

「いや、キスもしてないし胸タッチもなきゃ見てもいないぞ。この俺を見損なうな。俺の目をしっかり見てみろよ。これが嘘を言っている目をしているか?」

 言いながら、俺はダクネスを真っ直ぐに見る。
 そんな俺のくもりなきまなこを見たダクネスは、やがて徐々に狼狽えだした。

「……う。その、嘘を付いている様には見え……ない……。すまない、確かに何も無かったんだな。いや、めぐみんの様子を見ていると、何かあったのかなと思わざるを得ない態度だったので……、何でもない、忘れてくれ。本当にすまない……」
 ダクネスが、そんな事を言いながら、徐々にその声が小さくなっていった。

 そして、気を取り直すかのようにその場にスッと立ち、その胸を強調でもするかの様に腕を組む。
「最近は、何かとめぐみんへのセクハラが目に付いていたのでな。とうとう一線を越えてしまったかと心配したのだ」
 言いながら、ダクネスはツカツカとソファーに近づき、腰を下ろす。
 そして自分のカップに紅茶を注いだ。

 それを、何か胸の支えが取れたかの如く、安心した様に一息に飲むダクネスに。
 言いたい放題された腹いせも少し込め、ポツリと言った。
「……そう言えばさ。……お前って、ボス戦とかになると途端に役立たずになるよな」

 俺の言葉に、ダクネスが紅茶を盛大に吹き出した。

「おまっ……! 何しやがんだ、紅茶まみれじゃねーか!」
 俺は慌てて、紅茶まみれになったシャツを脱ぎ、それをバタバタと仰ぐ。
「ゴホッ! ゲハッ! ゴハッ……!」

 むせるダクネスが立ち上がり、ハンカチで口元を拭いながら、
「お、お前と言う奴は! 言うに事欠いて、いきなり何を……! そんな無礼な暴言、……! 暴言を……! 根も葉もない暴言…………」
 最初は怒りながら食って掛かろうとしていたダクネスが、徐々に声のトーンが落ちていく。
 自分でも色々と思い当たる節があるのか、激しくむせて涙目で俺を睨んでいたダクネスが、徐々に視線を脇に逸らした。

「おっ、心当たりがあるみたいだな。そう、例えば、絶対に街を守ると意気込んでいたデストロイヤー戦。そう、例えば、旅に出る時は、めぐみんを必ず助けてやると意気込んでいた、そんな今回のシルビア戦。……クルセイダーさん、皆を守ると張り切っている時に限って、役に立たないですね」
 その言葉に、ダクネスがソファーにストンと腰を下ろし両手で顔を覆い隠す。
 肩を震わせているのは恥ずかしさか。

 やがて顔を覆っていた手を離し、そこには若干赤いながらも普段と変わらない冷静なダクネスの顔が現れる。
 今までならば、これだけ言われれば半泣きになって部屋に逃げ帰り、閉じ込もっていたものだが、ダクネスも長い年月の間に少しは成長したらしい。

 何事も無かったかの様に紅茶を入れ直してそれをすすり、ほうと一息ついた。
 そして…………。

「私が悪かった。お前をセクハラ男と勘違いしていた事を謝ろう。そして、次こそはちゃんとクルセイダーとしてお前達を守ると誓おう。……なので。……そろそろ許してください……」
「お、おう……。俺も言い過ぎたな。……仲直りしようか……」

 泣いて逃げるだけだったダクネスが、芸風が増えたな。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「そう言えば、紅魔の里での養殖でレベルが上がり、新しいスキルを取ったらしいな。一体何のスキルを取ったんだ」

 何杯目かの紅茶を飲み干し、ダクネスが聞いてくる。
 平静を装っているが、精神的にはまだ動揺しているのだろう。

「お前も良く知ってるスキルだよ。お前も養殖して貰えば良かったのに。……ていうか、そんなに紅茶ばっか飲んでるとトイレ近くなるぞ」
 俺の言葉にダクネスが、こちらをチロリと睨む。
「お前は少しデリカシーと言うものを……。今更か。……と言うか、強者揃いの集団で敵を一方的に動けなくしてトドメを刺すと言うやり方は好かん。クリスと組んでいた時は、クリスの拘束スキルで動けなくなった敵を仕留めはしたが、紅魔の狩りはそれとは違う。あれは何と言うか……。蹂躙? ……何か、絶対的な強者が獲物を弄ぶ様だった」

 その気持はまあ分かる。
 泣き叫ぶモンスターが可哀想になり、俺も三匹で切り上げてしまった。

「……で、私もよく知るスキルとは?」

 聞いてくるダクネスに、俺は一本のワイヤーを取り出した。
 ロープではなく、鋼鉄製のワイヤーだ。
 この世界では、技術的な事と需要的な事から、針金という物があまり無い。
 そこで金に物を言わせて、俺が鍛冶スキルを教わった所の職人さんに、針金を幾つも編み込んだ特注のワイヤーを作って貰った。
 そして、ワイヤーを使うスキル。
 つまりは…………。

「バインドか! もしや、拘束スキルを取ったのか!」
 俺の習得したスキルを予測し、変態が興奮しだした。

 そう、変態の言う通り、俺はシルビアに散々苦しめられた拘束スキルを習得したのだ。
 習得には、街をウロウロしていたクリスを捕まえ教えてもらった。

 変態は、途端に赤い顔でモジモジしだす。

「その……。カズマ、私は拘束スキルについては一家言ある。どうだ、一つお前の拘束スキルを試してみないか?」
 言いながら、ダクネスは俺の持つ鋼鉄製のワイヤーをチラチラと見た。

「いやお前……。これは見ての通り、大型の強力なモンスター拘束用だからな、このワイヤーは。試して欲しいなら、物置かどっかから細めのロープを……」
 言いながら、俺が居間の隅に付いている物置からロープを出そうと……。

 すると、変態が、
「いや! それがいい! ……ではなく、それでいい。大型モンスターの拘束用と言ったが、それで私一人を拘束出来ない様であれば、果たして大型モンスターに効くだろうか? いいや、効かない。だから、それで私を拘束してみろ」
 何かを期待する様なワクワクした目で、頬を火照らせながら言って来た。

 そしてそのままそそくさと、居間の中央に立つ。

「……今お前、これがいいって言ったろ」
「言ってない」
「いや、確かに言ったろ」
「言ってない。……良いから早くしろ、そんな頑丈そうな硬くて重そうなワイヤーを見せびらかせておいて、貴様お預けする気か」

 お預けとか、既に隠す気も無く開き直った変態に、俺はやむなく立ち上がった。
 片手に持っていた紅茶で濡れたシャツをソファーに放り、ダクネスへ向き直る。

 そんな、上半身裸でワイヤーを構える俺を見て、ダクネスが赤い顔で途端に狼狽えだした。

「お、おいカズマ。お前、せめて服は着ないか。その格好のお前に今から拘束されてしまうとなると、なんだか凄くいけない事をしている気分に……」
「お前は今更何をバカな事を言っている」
 既に色々と手遅れなクルセイダーに、俺は遠慮なくワイヤーを突き出すと。

「面倒臭いから、全魔力を叩き込んで、縛り上げる力は弱めにし、代わりに拘束時間を凄く長くするからな。そしてアホな事ばかり言うお前はその辺に転がしておく」
「なっ!? この私をその頑丈なワイヤーで縛り上げただけでは飽き足らず、地に転がされてしまうだと!? さるぐつわは! さるぐつわは必要無いのか? もし私が縛られた痛みで泣き叫んだりしたらどうするつもりだ!」
「どうもしないよ」

 ウチの変態は今日も絶好調な様だ。
 こいつはとっとと縛り上げて転がして、アクア達の元へと見に行こう。
 と言うか、邪魔しに行こう。

 俺はワイヤーをダクネスにかざすと、
「『バインド』ッッッ!!」
 叫ぶと同時に突き出した!

 それを受け、俺が手にしたワイヤーがダクネスの身体にシュッと飛び、その身体を縛り上げていく。
「なっ……! こっ、これは……! くう……っ、……ああっ!?」
 縛られたダクネスが、そんな大声を上げる中。
 俺は縛り上げられたダクネスを見て、呆然としていた。
 というか、呆然と見ていた。

 というか、見ざるを得ない。

「……っ、はあっ……はあっ……! お、お前と言う奴は……! お前と言う奴は……っ! どうしてこうも、こんな、こんな予想を越える不意打ちを……!」

 艶っぽい息を吐くダクネスは、胸の部分だけはしっかりと避けた状態で縛り上げられ、その胸を余計に強調させられる状態になっていた。
 両手を完全に拘束されて、拘束の縛り上げる威力が強すぎたのか、ダクネスが力が抜けるように膝から絨毯の上に崩れ落ちる。
 肩口から腰の近くまでをワイヤーで縛り上げられ、その胸の双丘だけはしっかりと強調するように避けられて、絨毯の上に赤い顔で転がされるその姿は、その手の雑誌の表紙を飾ってもおかしくないぐらいに艶めかしい。

 これはいけない。
 実にいけない。

 こんなダクネスの状態を見られたら、アクアもめぐみんもドン引きである。

 と言うか、これはちょっと言い訳出来ないぐらいに酷い。
 しかし、俺は別に胸の部分は避けて拘束しようだなんて思っていなかったのだが。
 そもそも、ロクに使っていないスキルなのでそんな器用な扱い方は出来ない。

 俺の使うスキルは、女性にスティールを使えば下着を剥いだりと、色々と偏っている気がしてならない。
 俺はモジモジしながらハアハア言っているダクネスの傍に屈み込むと。

「おい、大丈夫か? 何と言うか、一応それでも拘束の力は弱めにしたつもりなんだが」
「こっ……、これで弱め……! その、カズマ……っ。今度、金を払う。金を払うから、ぜひ強めの」
 俺の言葉にダクネスが何か言い掛けた、その時。

 俺は背後から何かが来るのを感じ取った。

 それは、長らく鍛えられた敵感知スキルによる警報だったのかも知れない。
 本来は、モンスターや、こちらに敵意を持つ相手しか感知出来ないこのスキル。
 俺がコツコツと鍛えてきたそのスキルが、主人に危機を知らせてくれたのかもしれなかった。
 俺はその咄嗟の勘と本能のままに……!








「ふう、疲れちゃった。一旦休憩にしましょうか。めぐみん、お疲れ様!」
「疲れちゃったって、アクアはゼル帝と遊んでいただけじゃないですか……おや?」

 そんな声が居間から聞こえる。

「フウ……フウ……フウ……」

 俺の片手に掛かるのは、縛られたままのダクネスが放つ熱い息。

「カズマとダクネスが居ませんね。どこ行ったのでしょうか」
 そんな、不思議そうなめぐみんの声。
「んんー? この私の、くもりなきまなこによると、カズマかダクネスの部屋でボードゲームでもしていると見たわね」
 そんなアクアの声が響くと同時に、パタパタとどこかへ駆けて行く音。

 恐らくアクアが、俺かダクネスの部屋へと行ったのだろう。
 やがて、めぐみんがソファーにでも座って紅茶でも飲んでいるのだろうか。
 居間の中から、茶器か何かが皿と触れ合うカチャカチャという音がする。

 俺は、左手にダクネスの温かい体温を感じながら、咄嗟にダクネスを抱いて隠れてしまった狭苦しい物置の中、これからどうしようかと悩んでいた。

 人間、慌てるととんでもない行動に出てしまうものだ。

 と言うか、あの状態で見つかるよりも、今の状態を見つかる方が遥かにヤバイ。
 なぜ俺は隠れてしまったのか。
 別にやましい事なんてしていないのに。
 ダクネスに頼まれてやっただけなのに。

 ……いや、白状しよう。
 縛られて艶っぽい顔したダクネスに、ついクラッと来た。
 そんなやましさから、ついつい隠れてしまったのだろう。

 大丈夫、めぐみんなら分かってくれる。
 ダクネスが縛られたがるなんて想定内だろう。
 そして、俺が上半身裸だなんて、それこそ想定内の事だろう。





 ……いやアウトだこれ。





 俺はダクネスに顔を寄せ、その耳元で囁いた。
「おいダクネス。お前がおかしな事頼んでくるから、おかしな事になっただろ! この姿をあいつらに見られると色々と妙な事になる。それはお前にも分かるな?」
 俺のその言葉に、ダクネスが潤んだ瞳でコクコクと頷く。
 何だろう、前にもこんな展開があったな。
 ああそうだ、ダクネスの屋敷に侵入した時か。

 と言うか、なぜ俺はダクネスの口まで押さえてしまっているんだろうか。

「よし、それじゃこの状況をどうするかを考えるぞ。いいか、手を離すぞ?」
 ダクネスに言い聞かせながら、俺はダクネスの口元を抑えていた手をゆっくりと……、
「ッ!? いだだだだっ! お、おまっ……! 何人の手に噛み付いてんだ、離せ! 痛い! 痛いってこのバカッ!」
 ゆっくり離していった右手にいきなり食いつかれ、俺はそのダクネスの頭を左手でバシバシ叩いて引き剥がした。

「お前何してくれてんの!? 見ろこれを! クッキリ歯型付いてんじゃねーか!」
 半泣きで小さな声で食って掛かる俺に、ダクネスが。

「……我慢……出来ないんだ……。何かを噛んで、歯を食い縛っていないと……!」

 そんな、狂犬みたいな事を言い出した。
 何を言い出すんだこいつは、もう本当どエム属性だけで勘弁して頂きたい。

 それは、先ほどまでの艶っぽい頬の赤さではなく。
 それは、泣き出しそうな羞恥に染めた赤い顔で。










「…………トイレ行きたい……」

「言ったじゃん! だから俺、さっき言ったじゃん! 紅茶ばっか飲んでると、トイレ近くなるからって言ったじゃん……!」
長くなったので続きます。


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