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四部
12話
 危険な紅魔族の里へは乗り合い馬車は出ていない。
 そこは商隊で群れを成して向かう事も出来ないぐらいに危険な場所なのだとか。
 なにより、紅魔の里の連中はテレポートの魔法で街々を自由に行き来ができる。
 今更商隊が危険を冒してまで向かう必要が無いと言う訳だ。

「里までは徒歩で三日。道中危険なモンスターが生息していますが、その辺はカズマの敵感知スキルが頼りですね」

 街で魔法を放ってしばらくして、顔色が平常に戻っためぐみんが言った。

 アルカンレティアを後にした俺達は、今は整備された街道を歩きながら紅魔族の里へと向かっていた。
 現在の時刻は昼の三時ぐらいか。
 危険なモンスターがわんさか居る中での野営は正直言ってかなり怖い。
 だが今はそんな事も言っていられないだろう。

「おいめぐみん、少しでも体を休める為に、休憩はマメに取るぞ。……いよいよ辛くなったら言えよ、おぶってやるから。……アクアが」
「私なの!? ねえ、こういう時は格好よく男のカズマが背負ってあげるものじゃないの!? それで、体が弱った所に優しくされて、めぐみんがクラッとくるのが王道じゃないの!?」
 ダクネスを先頭にして、俺、めぐみん、アクアの順に街道を行きながら。

「普通の体力と筋力しか持たない俺と、頭と運以外は高ステータスなお前。どっちが背負った方が早く着くかは明白だろうが。ついでに言っとくけど、もしめぐみんを背負う時は、俺もめぐみんも両手が使える様に、ロープで縛って完全に荷物状態にするからな」
「な、なんて色気もクソもない……。いえ、私も荷物扱いなそちらの方が助かりますが。でも、大丈夫ですよ、まだまだ頑張れますから」
 そんな事を言い合いながら、俺達はある小さな林に差し掛かった。
 そこには……。
「あれ? 誰かいるわよ」
 アクアの言葉に、俺達はそちらを向く。

 すると、林の入口に出っ張った岩、そこに腰かけた緑髪の少女が、こちらに気付いた様に手を振ってきた。
 こんな所に一人で?
 ……と、その少女の足元に目がいった。
 少女は右足の足首に血の滲んだ包帯を巻き、それをチラチラと見ては痛そうに顔をしかめる。
 そして、その少女は上目遣いでこちらを見た。

 ……なんと言うか。
 …………この世界は、何と言うか本当にロクでもないな!

「怪我してるじゃない、ねえあなた、大丈夫?」
 言って、ホイホイと少女に近寄ろうとするアクアの肩を、ガッと掴んで引き止めた。
 その行動に、アクアはおろかめぐみんとダクネスも俺も見る。
「敵感知スキルにモンスターの気配をビリビリ感じる。敵意なんかは感じないけど、あれ、擬態したモンスターだわ」
「「「えっ」」」

 俺は悲しそうな顔でこちらを見る少女の視線を無視し、少女を遠巻きに見ながら、アクセルの街のギルドから貰った、紅魔の里までのモンスター分布地図を見る。
 水の都アルカンレティア。
 そこから紅魔の里までの間に生息しているモンスター。
 その分布図から、この少女に該当しそうなモンスターを探すと……。

 ……見つけた。

 安楽少女とか言うのが、多分こいつの名前なのだろう。
 それを読み進める俺を尻目にアクアが言った。

「ねえカズマ、なんかもの凄く悲しそうな目でカズマを見てるわよ。なんか私、あの子にヒール掛けてあげたい気分なんですけど」

 そんな事を言い出すアクアの肩を掴んだまま、俺は安楽少女の説明欄を読んでいく。

『安楽少女。植物系のそのモンスターは、物理的な危害を与えてくる事は無い。……が、通りかかる旅人に対して強烈な庇護欲を抱かせる行動を取り、その身の近くへと旅人を誘う。その庇護欲は強烈で、一人旅をしている者は一度引っ掛かると、止めてくれる者が居ない為、そのまま死ぬまで囚われる事となるだろう。一説には、このモンスターは高い知恵を持つのではとも言われるが、定かではない。……このモンスターを発見した冒険者グループは、辛いだろうが是非とも駆除して欲しい』

「おいカズマ。な、なんだかこちらを泣きそうな顔で見ているぞ。本当にモンスターなのか? あれは……」
 ダクネスが、珍しくオロオロしながら言ってきた。

『このモンスターの傍に居る間は、酷く安心した笑顔を浮かべる為、とにかく離れる事が難しい。離れようとすれば泣き顔を浮かべてくる。善良な旅人ほど、このモンスターに囚われ易くなるので注意されたい』

「カ、カズマ、あの子が、目尻に涙を浮かべて泣き出しそうなのを必死に堪える様な笑顔で、バイバイと手を振っているのですが。ちょっと抱きしめてきたらダメでしょうか」
 俺は掴んでいたアクアから手を離し、代わりに、そんな事を言い出しためぐみんの襟首を掴んだ。

『一度囚われると、そのままそっと寄り添ってくる為脱出は困難。そして、本来ならば腹でも減ればその場から立ち去ろうとする物なのだろうが、この少女の危険な所は、自らに生えている実の部分を、痛そうにしながらももぎ取り、それを旅人に笑顔で分け与える所にある。実の味は非常に美味で、腹も膨れる。……が、このモンスターの実は殆ど栄養素を持たない為、いくら食べても意味が無い。旅人は、自らの実を千切って痛がる少女を前に、良心の呵責からやがて食事をする事すらなくなり、栄養不足で死ぬ』

「くっ……! たとえモンスターと言えども、怪我をしている相手を放って置くのは……」
 耐え切れなくなったダクネスが、安楽少女に近付いていく。

 物理的な危害は与えてこないと書いてあるので、俺はダクネスを放って続きを読んだ。

『安楽少女の差し出す実を食べ続けると神経系に異常を来たす成分があるのか、やがて空腹や眠気、痛み等、体への危険信号が遮断され始める。その為、寄り添う少女と共に幸せに夢見心地で衰弱して死んでいく。年老いた冒険者が安らかな死を求め、このモンスターの生息地へ向かう例も見られる事などが、安楽少女と呼ばれる由縁である。……その後、安楽少女は死んだ旅人の上に根を張り、旅人を養分とする。安楽少女自体は栄養価が低く、植物型モンスターでもある為に、他のモンスターに襲われる事は少ない。そして、安楽少女を倒して得られる経験値は非常に高く…………』

 ……俺は、そこで読むのを止めた。

 いつしか俺の手を離れていためぐみんが、アクアと共に少女の下へと駆け寄っていく。
 みんな、相手がモンスターだと聞いてまだ安易に触れようとはしないものの、それでも一様にソワソワしていた。

 安楽少女がそんな三人を見て、不安そうな、それでいて、ひょっとして傍に居てくれるの?
 という、淡い期待を込めた目でジッと三人を見つめていた。
 三人はその目に完全にやられた様に、ソワソワしながら手をわきわきさせている。

「一応物理的な危害は加えてこない植物系のモンスターみたいだ。その保護欲で旅人を足止めして、餓死させてそこに根を張るんだと」

 俺の言葉を聞き、三人は安楽少女に駆け寄った。
 足止めして餓死させるって所、ちゃんと聞いてたか?

「今傷を治してあげるからね! ……あれっ? これって怪我じゃ無いのね。包帯じゃなくて、そんな感じに見える様、擬態してるんだわ」

 アクアの言葉に俺も近寄って少女を見る。
 街の普通の子みたいな服装をしている安楽少女。
 靴は無く、裸足の姿で、みんなに囲まれ嬉しそうにニコニコしていた。
 よく見ると、腰かけている岩も擬態した体の一部なのだと気付く。
 と言うか、腰かけている岩の後ろから枝のような物が伸び、それから小さな実が生っていた。
 その着ている服の様な物も、血が滲んだ包帯も、それらは全て人を引きつける為の植物の擬態なのだ。
 怪我して動けない少女を装うとか、なんてタチが悪いんだ。

 そんな俺の想いを他所に、三人が安楽少女をチヤホヤしだした。
 めぐみんがそっと手を差し出すと、安楽少女は差し出されたその手を、握ってもいいのかな? と不安そうにめぐみんの顔色をうかがいながら手を伸ばす。
 そして、めぐみんの手をぎゅっと握ると、心底嬉しそうにぱあっと表情を輝かせた。

 アカン。

 今のその表情に、三人は完全にやられたようだった。
 紅魔の里は危険だと聞いていたが、違う意味で危険なモンスターだ。
 モンスター分布図に書かれていた注意書きを思い出す。

 『一人旅をしている者は一度引っ掛かると、止めてくれる者が居ない為、そのまま死ぬまで囚われる事となるだろう。このモンスターを発見した冒険者グループは、辛いだろうが是非とも駆除して欲しい』

 俺は安楽少女の前に立つと、静かに剣を引き抜き……、
「ちょっと何する気よカズマ! あんた、まさかこの子を経験値の足しにするとか言う気じゃないでしょうね!」
 そんな俺を見て、アクアが安楽少女を庇う様に抱きしめながら食って掛かってきた。

 いや待て女神、そいつはモンスターだ。
 しかも人の命も奪う系の。
 ソロの旅人だと大変危険らしい、ヤバイ奴だ。

「ま、まさかこんな女の子の姿をしたモンスターを、傷つける気ではないですよね? カズマは、鬼畜だの外道だのと評されていますが、何だかんだで仲間想いですし、優しい所があるのは知ってます。しませんよ、そんな事。……しません、よね……?」
 めぐみんが安楽少女の手を握りながら、訴えかける目で見つめてくる。
 まるで、拾ってきた子猫を、保健所に連れてかないでくれと親に訴えかける子供の様に。

「……いや、カズマが駆除するべきだと判断したのなら、そうすべきだ。怪我をしていると思って駆け寄ってみれば、近寄ってみればこのモンスターは怪我なんてなかった。……とすると、よほど狡猾な擬態モンスターだと言う事だ。放置しておいたならば、今後余計な被害が出ないとも限らない」

 言いながらダクネスが大剣を抜き、安楽少女に対して身構える。
 すると、安楽少女が初めて声を出した。
 子供の様な、舌ったらずな、聞き取り辛い声で。

「……コロス……ノ……?」

 めぐみんの手を両手で握り締め、岩に腰かけたままダクネスを見上げながら、目に涙を浮かべて泣き出しそうな顔で、安楽少女はフルフル震えた。

 喋るのかー……。

 構える大剣をカタカタと震わせ、安楽少女と全く同じ表情でダクネスが俺を見た。
 お前までそんな目で見てきてどうする。

 動かなくなったダクネスを押しのけて、俺は抜き身の剣を片手に安楽少女の前に立つ。
 それを見て、アクアが安楽少女の前に立ち塞がり、ボクサーのシャドウでもするかの様に俺にジャブを繰り出し警戒する。
 不安そうな顔で、手を握るめぐみんを見上げる安楽少女は、そのまま恐る恐る俺を見た。

「……コロス……ノ……?」
 涙目で俺を見ながら首を傾げる少女を見て、心の深い所を抉られる。
 三人が、そして一匹のモンスターが俺を見つめる。

 しっかりしろ、このモンスターは人の命を奪う。
 放っておけば、知らない所で誰かが犠牲になるのかも知れない、別に綺麗ごとを言うつもりじゃ無いが、これって、放置した方が悪なんじゃないのか?
 それとも、退治する方が悪なのか?

 ぐうううう、なあああああああー!

 剣を地面に突き立て、頭を掻き毟って迷う俺を見て、アクアが言った。
「カズマ、迷っている時に出した決断はね、どの道どっちかを選んだとしてもきっと後悔するものよ。なら、今が楽な方を選びなさい」
 なんて助言だ、ダメ人間の考えじゃないか。
 だが待って欲しい、俺がこの安楽少女を見逃せない理由はもう一つ。

 めぐみんの事だ。

 万が一と言う事でドレインタッチスキルを教えては貰ったが、ぶっちゃけスキルポイントが足りなくて覚えていない。
 だがこの安楽少女は、強敵ばかりウロウロする紅魔の里近辺で生き抜くモンスター。
 アクセルの街近辺のモンスターとは、比べ物にならない経験値が貰えるだろう。
 と言うか、さっきのモンスター分布図にも高経験値が得られると書いてあった。

 と言う事は、この弱そうなモンスターをここで狩っておけば、いきなりスキルが覚えられるぐらいにはレベルが上がるかも知れない。
 葛藤する俺を、三人が見詰めている。
 そして、不安げな安楽少女も。

 俺には大義名分があるはずだ。
 このモンスターを狩っておかないと、犠牲者が出るかもしれないという事。
 そして、めぐみんの発作を押さえる為のスキルの習得。

 俺は改めて少女の顔を見詰めると、安楽少女は首を傾げた。
 ああああ、くそっ、仕方ないんだ、許してください!
 そう、人の姿をしていてもこれはモンスター、モンスター、モンスター……っ!

 安楽少女が呟いた。

「クルシソウ……。ゴメンネ、ワタシガ、イキテル、カラダネ……」

 そう言って、安楽少女は儚げに微笑んだ。

「ワタシハ、モンスター、ダカラ……。イキテイルト、メイワク、カケルカラ……」

 安楽少女は少しだけ涙を浮かべ。
「ウマレテハジメテ、コウシテニンゲント、アウコトガデキタケド……」
 そして、微笑んだ。
「サイショデ、サイゴニアエタノガ、アナタデヨカッタ。……モシ、ウマレカワレルノナラ……。ツギハ、モンスタージャナイト、イイナア……」
 そう言って、観念するかの様に両手を胸の前で組み、そのままそっと目を閉じた。






 ………………出来る訳ねーだろ……。







 安楽少女を見逃して、そのまま街道を歩いて行く。
 もう知るか。
 全く見知らぬ赤の他人の命の為に、あんな事を言ってくる女の子型モンスターを殺せるほど、俺は人命至上主義じゃない。
 ああ、でもきっと、あの安楽少女はあそこを通る奴を惑わせるんだろうな……。

 見逃した後も、みんなが散々後ろ髪を引かれる様な状態だったし。
 アクアやめぐみんがなかなか先に行こうとしなくて大変だった。
 ああくそ、見逃しても倒しても後味が悪いモンスターだなんて、なんてタチが悪いんだ。
 でもあれだ、今日初めて人間に会ったとか言っていたし、とすると、あの子が手にかけた犠牲者はまだ誰もいないのだろう。
 なら、見逃してやっても……。
 良かったんだろうか…………?

「でもカズマにもちゃんと人の心が残っていたみたいで良かったわ。経験値の足しになれとか言って、襲い掛かった後にティンダーで火を付けるかと思ったもの」
「お前は常々、俺をどう思っているのかを話し合う必要があるな。お前らは、俺がそんな事はしないって分かってたよな?」
 言いながら、俺はダクネスとめぐみんを見ると……
「「……」」
 二人は無言で、気まずそうに目を逸らす。

 …………俺をちゃんと理解してくれる様な、そんな優しい仲間が欲しい。

 ……。
 あれっ?
「……おいちょっと待て。やばいんじゃないのか、この道に安楽少女が居るってのは」

 優しい仲間、で、俺はある一人の女の子の事を思い出した。
 それは、唯の見間違いだったのかも知れないが、温泉の街ドリスの転送所で、アルカンレティアに送られる瞬間に見たあの子の姿。
 友達がいなくて、寂しがりで、人一倍まわりに気を使うあの子。
 俺の見間違いではなかったら。
 そして、あの子は、めぐみんを助ける為に紅魔の里へと向かっていたのだとしたら。
 安楽少女は俺達に、人間に会ったのは初めてだと言っていた。
 つまり、もしあれが本当にゆんゆんだったなら、まだこの道は通っていない訳で……!

「……? どうしたの? そんな青い顔して。お腹でも痛くなったの? そこに茂みがあるわよ。ちょっと離れててあげるから行って来なさい」
「違うわ! おい、お前らちょっと先行っててくれ! 俺はあの安楽少女の下へ行って、ちょっと話をしてくる!」
 俺はそう言って、すぐさま来た道を駆け出した。
「えっ、ちょ、ちょっとカズマ!」
 慌てるアクアの声を聞きながら。


 まだ、安楽少女と別れてから五分と経っていない。
 走ればすぐ着くはずだ。
 身勝手な事かも知れないが、あの少女に頼んでみよう。
 赤い目をした女の子がこの道を通っても、手を振ったり笑いかけたりしない様に、と。

 俺は走りながら尚も考えた。
 そうだ、もし説得が効くのなら、もう旅人を誘うのを止めてくれと頼んでみてもいい。

 ……そうだ、そうだ!

 アルカンレティアの街の教団関係者に頼み、あの優しいモンスターが人を襲わずに済む様に、養分になる物を、定期的に届けてもらうとか……!
 なんならエサ代ぐらい、出したって構わない……!

 俺は嬉々として来た道を駆け戻り、その考えに満足し……!

 そして、先ほどの場所に戻ると、誰かと話をしている安楽少女の姿を見つけた。
 俺はすぐさま潜伏スキルを使い、千里眼を用いて様子をうかがう。

 それは一人の木こりの様な男だった。
 アルカンレティアに住む木こりだろうか。
 それが斧を手にして安楽少女に歩いて行く。

 ヤバイ、あの男はあの優しいモンスターを駆除する気か……!

 俺は潜伏は解かないままに、そのまま身を低くして近寄ると、そっと聞き耳を立てて様子をうかがう。

 すると、男の声が聞こえてきた。
「ああ……。くそっ、なんて事だ……。すまない、すまない! 勘弁してくれ! お前さんを見つけたら駆除しなきゃいけないって、木こりの決まりなんだよ……!」
 それは泣き出しそうな木こりの声。
 ヤバイ、安楽少女をやる気か!
 俺は慌てて潜伏を解こうと……!
「ワタシハ、モンスター、ダカラ……。イキテイルト、メイワク、カケルカラ……」

 解こうとしている俺の前で、先ほど聞いたのと同じセリフを、
「ウマレテハジメテ、コウシテニンゲント、アウコトガデキタケド……」

 一言一句間違える事無く、
「サイショデ、サイゴニアエタノガ、アナタデヨカッタ。……モシ、ウマレカワレルノナラ……。ツギハ、モンスタージャナイト、イイナア……」
 安楽少女は木こりに言った。

 ……………………。

「あ……。ああ……。出来ねえ。俺には出来ねえよ、畜生ーっ!」

 木こりは叫ぶと、そのまま背を向けて走り出す。
 俺は呆然と、そのまま潜伏スキルを解く事もなくそのまま木陰に無言で佇んでいた。
 ……あれっ。
 最初に会ったの俺達だって言ってなかったか。


「……あーあ、また失敗か。今の木こり、肉付き良くていい養分になりそうだったのに……」


 木こりが居なくなった後、流暢な独り言を呟く安楽少女の声を聞き。
 ……俺は、安楽少女の背後に回り、潜伏スキルを解除した。

 だが安楽少女は、まだ俺に気付く事無く、
「……くああ……っ。くっそ、エサ来ねーなー……。曇ってるけど、光合成でもするかぁ……。あーめんどくさ……」
 ブツブツと呟きながら、太陽の光を全身に浴びるかの様に、その体をうーん、と伸びをして……。
 そうして背を反らして、真後ろにいた俺と目が合った。

「「……………………」」

 お互い無言で見つめ合い、やがて安楽少女がぽつりと言った。

「イマノハ、ナカッタコトニハ、デキマセンカ……?」
「お前流暢に喋ってただろうが、ボケがあああああっ!」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 俺がアクア達を追い掛けると、三人は俺を待っていたのか先ほどの場所で休んでいる。
 駆け寄る俺の表情を見て、アクアが笑い掛けてきた。

「なんかスッキリした表情ね! どうしたの? あの子と何かあった? そもそも、何しに引き返したの?」
 ニコニコするアクアに、俺は嬉々として冒険者カードを見せつけた。
「見ろよこれを! 一気にレベルが三つも上がって、新スキル、ドレインタッチが使える様になったぜ! これでめぐみんの急な発作の時にも少しは役に立てるだろう!」

 俺のその言葉に三人が凍りつく。
 そして……。

「わっ……わああああああーっ! カズマの外道! 鬼畜外道っ! あんたはバニルが可愛く見えてくるぐらいの悪魔だわっ!」
「あ……ああ……。ああああ……。私の所為……。カズマはきっと、私の体を心配して、スキル習得の為にあの子を殺したんです……。ああ……、カズマ、カズマ! 仲間想いなのは良いけれど、これは……! これでは、幾らなんでもあんまりな……!」

 いや待って欲しい。

「……………………」
 と、阿鼻叫喚な二人とは逆に、ダクネスだけは静かに俺を見ていた。
 ……?
 そんなダクネスに首を傾げると、
「辛かっただろう? ……お前は、冒険者の義務を果たしたんだ。スマナイ、お前にだけ嫌な役割を押し付けて……」
 辛そうな、真面目な顔でそんな事を……。



 三人に説明するのに、小一時間が掛かりました。







 夜の帳が下りる頃、街道沿いの地面の上に、寝やすい様に大き目の石を取り除いた後、寝そべる為の布を敷く。
 レジャーシートぐらいの大きさのそれは、まあ、使用法はそのままレジャーシート代わりだ。
 この辺りはモンスターが強いと聞くので、灯かりを目印に寄って来られても困るので火は焚かず、暗闇の中、身を寄せ合って眠る事に。
 広げた布の中央に全員の荷物を置き、それに全員が背を預け、闇の中、みんなで身を寄せてゆったりとくつろいでいる。

 今日は曇っている所為か、星の灯かりも見られない。

 俺は千里眼スキルによる暗視と敵感知スキルにより、闇の中でも危険は察知出来る。
 こんな状況なので、今日の見張りは俺だけ。
 めぐみん以外の二人には寝てもらう事にした。
 めぐみんには、頑張れるだけは起き続け、耐え切れなくなったら眠るのでよろしくと言われた。

「……カズマ、本当に大丈夫なのか? めぐみんもほとんど寝ていないが、実はお前もあまり寝ていないだろう。野宿では大概お前が一番多く見張りをしている訳だし」
 ダクネスが、闇の中そんな事を言ってくる。

「気にすんな。スキル的に、俺が起きて他は寝ている方が良い。……それに、俺は徹夜には強いという特性を持っているんだよ。俺が住んでいた国では、徹夜なんてしょっちゅうだったからな」

 その、俺の言葉にめぐみんが。

「そう言えば、カズマが住んでいた国の話が聞きたいですね。ジッポみたいな、便利な道具がたくさんあったりする国みたいですが。カズマがそこで、どんな暮らしをしてきたのかが気になります。徹夜に強いだなんて、一体どんな暮らしをしていればそんな特性が身に付くのか……」
 めぐみんのその言葉に、ダクネスも興味があるのか、隣でこちらをうかがう気配がする。

 どんな暮らし……、か……。
 静かな静かな闇の中。
 平和な日本での日々を思い出していた。
 そして、ゆっくりと語り出す……。

「そうだなあ……。俺は、国じゃあランカーだったんだ」
「「……? らんかー?」」
 めぐみんとダクネスが、同時に言った。
 この世界じゃランカーは分からないか。

「言ってみれば、上位者って事だ。仲間達には、レア運だけのカズマさん、だの、インしたらいつもいるカズマさん、だのと……。まあ、頼りにされていたな。戦友達と一緒に他ギルドへの城攻めとか、楽しかったなぁ……。徹夜なんて当たり前。ロクに食事も取らず、連日、二時間ほど寝て、またすぐにモンスター狩りへと戻ったもんさ……」

 その言葉に、俺の隣で驚嘆のため息の声が聞こえた。
「す、凄いな……。城攻めだの、連日のモンスター狩りだの……! なるほど、カズマがこれだけ機転が利くのはそういう事か……! す、凄いな……っ!」
 顔は見えないが、ダクネスが、なんだか尊敬する様に目を輝かせていそうな口調で、興奮しながら言ってくる。

「カズマは、本当に何者なんでしょう。深く詮索しない方がいいんでしょうね……。普段なら信じられない様な今の話。ですが、なぜか全く嘘を言っている気配が感じられませんでした。今のカズマからは、強い自信と確かな懐かしさを感じました……」

 めぐみんまでもが、静かにそんな事を言ってきた。

 俺の真後ろに位置するアクアが言った。

「ねえカズマ、ここぞとばかりに思い切り突っ込んでもいいかしら」
「止めてくれると助かるかな」


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