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バレ、このペースなら・・・ “世界の王”の記録「55本の聖域」また超えさせないのか

夕刊フジ 8月15日(木)16時56分配信

 ヤクルトのウラディミール・バレンティン外野手(29)が驚異的なペースで本塁打を量産している。すでに41本塁打を放ち、1964年に王貞治(巨人)=現ソフトバンク球団会長=が記録したプロ野球シーズン最多本塁打記録の55本まで、残り44試合で、あと14本に迫っている。55本塁打は日本球界の“聖域”で、2001年にタフィー・ローズ(近鉄)、02年にアレックス・カブレラ(西武)がタイ記録を達成しているが、記録更新が迫ると、これを妨げる強力な外圧がかかるともいわれている。統一球すり替え問題のあった今季、「バースの悲劇」はまたも繰り返されてしまうのだろうか。 (笹森倫)

 11年、12年と2年連続で31本塁打を放ち、今季、3年連続本塁打王を目指すバレンティンは序盤から打ちまくっている。飛ぶボールに変更された影響もあるかもしれない。58本ペースだ。

 王会長が1964年9月6日に川崎球場で行われた大洋(現DeNA)戦で、前年に野村克也(南海)がマークした当時のプロ野球記録、52本塁打を上回る53号を放ったとき、本紙評論家の須藤豊氏は巨人ベンチにいた。

 「観客席は今でいうところのスタンディングオベーション。“こんなに喜んでいるんだから、帽子を振って応えてやれよ”と言ったんだけど、王は“みんなはオレの本塁打を見に来てるんだからいいんだ”と断った。だからオレが王の帽子を取って、代わりにベンチから振ってあげたんだよ」

 須藤氏は当時をそう振り返り、「本人に聞いたわけではないが、そんな職人かたぎの王だから、堂々と勝負を挑んで、新記録がどんどん出てくれたほうがいいと思っているはず」と推察する。

 だが球史をひもとけば、本人の意思をよそに周囲は“世界の王”を忖度(そんたく)した上、敬遠攻めで記録を守ろうとしてきた。

 1985年のシーズン最終盤。阪神のランディ・バースが54号を打ち、残る2試合の相手は王監督が率いる巨人だった。結果は9打席で6四球。王監督は敬遠を命じなかったとされるが、最終戦では「ストライクを投げたら、1球につき罰金1000ドルを投手コーチが課した」と、当時在籍した外国人投手が後に自著で暴露している。バースが試合前に発した「記録達成は無理だろう。私はガイジンだから」という予言は的中した。

 その16年後、タイ記録を達成したのは外国人のローズだった。新記録の可能性を残し残り3試合で迎えたダイエー(現ソフトバンク)戦で、敵軍の指揮官はまたも王監督。ローズは4打席18球のうち2球しかストライクがなく、2打数無安打2四球に終わった。王監督が不在のミーティングでバッテリーコーチが「王さんは記録に残らなければいけない人。外国人に抜かれるのは嫌だ」と敬遠を指示したとも伝えられている。ローズは試合後「日本プロ野球に失望した」とコメントしている。

 翌年にカブレラがタイ記録をマークした時点では、まだ7試合が残っていた。だがその後は16打席で14四死球とやはり勝負してもらえず、新記録はならなかった。

 本紙評論家の金森栄治氏は当時西武の打撃コーチ。「50本を過ぎると、メディアや球界がざわざわして、本人も緊張しだした」と振り返る。

 相手投手も不名誉な形で名前を残したくないから、まともにストライクが投げられなくなる。だが金森氏は「日本人にはないパワーを求め、本塁打を打ってもらうために獲ってきながら、いざとなったら“外国人に本塁打記録を破られるのはイヤ”では筋が通らない」という指摘はまさに正論だ。

 須藤氏も「王の当時の苦労を知っているから、本心では不滅の記録であってほしいとも思う。でも四球で逃げて記録を守ったところで、日本野球の進歩はない。野手がメジャーでまたはね返されるだけだ。もっと“骨太”にならないといけないね」と奮起を促す。

 今年更新されると「飛ぶ球になったから」とケチもつくだろう。しかし、記録は破られるためにある。バレンティンはシーズン終盤、まともな勝負を挑んでもらえるだろうか。

最終更新:8月15日(木)20時38分

夕刊フジ

 
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