話している間、二階堂の方は一度も見れなかった。
と言うより顔さえ上げる事が出来なかった、嘘は言ってないけれど心の奥まで見透かされてしまいそうで。
北山くんに味方だって言って貰えた時は凄く嬉しかった、一人で悩まなくていいんだって思うと勝手に涙が溢れてきて。
でも落ち着いてみると味方とか敵とか関係なかった…だってもう俺の中では終わった事だったから。
出来れば事実は伏せておきたかったけれどもう仕方ない、ここまで来たらもう隠せないと思ったし。
話した所で何も変わりはしない…あの日、二階堂に別れを告げた日に俺達の関係は終わったんだから。
吃驚した様な表情も、怒った顔も見慣れていたはずなのにあの時だけは全部特別に思えた。
あぁ、もうこんな風に同じ朝を迎える事はないんだって思うと。
誰に何を言われても発言を取り消すつもりは無かった、だって不要なものは取り除くのがあの事務所だ。
俺達の未来なんて暗雲が立ちこめているのに…これ以上状況を悪くしてしまったらもう‥。
皆を、二階堂を守るためだったら俺は何でもする、自分を押し殺したって。

「まぁ暫くは事務所だって目配るだろうし、取り合えず落ち着くまでは‥」
「俺は、別れねぇから」

この場を丸く収めようとする北山くんの台詞を遮ったのは二階堂で、しかもそれは誰もが予想だりしない発言だった。
顔を上げれば藤ヶ谷くんと北山くんは唖然とした様に二階堂を見つめていて、だが当の本人は飄々としていた。
俺の気持ちも考えも全く無視して自分を貫くのが二階堂だって事くらいは、知ってる。
でもこの後に及んでまでそれを押し通すなんて思いもしなかった、まさか話を聞いていなかった訳でもあるまい。

「は…何言ってんだよ‥」
「今の話聞いてたか?健永が何のために、」
「元々信じてなかったけどさ、ちゃんと納得いく理由だったら千賀のためにも考えなきゃって思ってた。でも、そんな理由じゃ無理」

口々に言われた言葉も一喝して、尚且つ自分は正しいみたいな物言いをするもんだから二人はもう呆然。
普段から俺には好きだの愛してるだの言葉を求める癖に、自分は殆ど言ってくれなかった。
でもたまに見せてくれる素直さが凄く心に染みて、馬鹿だと思いながらも俺は二階堂から離れられなかった。
離れようとさえ思わなかったと言った方がきっと正しい、そしてそれは隣に立つ限りずっと続くと信じていた。
まさか他人によってそれを壊されるなんて思いもしなかったが、形ないものだって何時かは壊れる。
だったらせめて自分の手で壊したい、そう願った気持ちは悲しいかな嘘じゃなかった。

「にか…きもちは分かるけど、さ」
「事務所のためにどうして俺達が犠牲にならなきゃいけないんだよ。可笑しいだろーが、そんなの」
「…元はと言えばお前の不注意からだろーが」
「あ…?」
「お前がしっかりしてれば健永がこんな目に合う事も、バレる事も無かっただろって言ってんだよ!」

北山くんが穏便に済ませようと、と言うよりは二階堂を落ち着かせようとしてくれているのに藤ヶ谷くんは火に油を注ぐ。
確かに今回の事は二階堂の不注意かもしれないが、俺だって簡単に考えすぎていたんだ。
誰も見てないとか、そんなの分からないのに…友達の延長みたいな感じもあったからか軽く見すぎていた。
もっと注意を払うべきだったんだ、俺達の関係は世間を踏み外したものなのだから。
それにしても自惚れている訳では無かったが、別れないと言われて素直に嬉しかった。
普段言ってもらえなかった分、ほんの少しの言葉でも喜びを感じてしまうんだろう。
だがそんな事に一々感動していては駄目、こんな事で折れている様では又同じ過ちを繰り返しかねない。
俺は一つ大袈裟に溜息を吐き出した、当然皆の視線が注がれる事を分かっていながら。

「‥健永?」
「そう言うと思ってた…だから、話すの嫌だったんだよね」

どうしたんだと、云わんばかりに名を呼ぶ藤ヶ谷くんの声には気付かない振りをして。
あの時同様に心底うんざりしたような言い草で、俺は重い口を開いた。







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