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コラムの森

羽生王座と二宮清純氏対談──「と金」の活用術



 昨年刊行の『決断力』がベストセラーになるなど勝負術や発想法が注目される羽生善治王座と鋭い評論で知られる将棋好きのスポーツジャーナリスト、二宮清純氏が対談した。サッカーと将棋の共通点から名将論や組織論など話題は多岐に及んだ。

<映像>羽生王座&二宮清純氏 対談1 対談2


■サッカーと将棋

羽生善治王座
二宮 羽生さんは今年のサッカー・ワールドカップはご覧になりましたか。

羽生 はい、見ました。

二宮 サッカーと将棋が似ているところは地政学。つまり、どこを崩していくか。日本代表は戦術も組織力も世界と比べて劣っているわけではないが、最後の決め手を欠いた。

羽生 将棋の対局では、自分が少し有利という場面が一番迷う。多少不利か明らかに劣勢のときは、思い切ったことができる。将棋を指していて精神的に大変なのは少しリードしているときだ。

 サッカーでいえば、1点リードで残り30分とか20分という場面。指揮官にとって一番悩ましいし、実力も問われる。手堅くいくか、はっきり決着をつけるか。ある時点では必ず決断しなければならない。

 今年のワールドカップを見ていて、強豪国はうまく時間をつぶしてちゃんと勝つと思った。そこが歴史の差だと。

二宮 イタリアなんかは、時間のマネジメントが抜群にうまい。これは成熟の度合いの差だと思う。将棋でもうまく時間をつぶしたり、使わされたりといったことはあるのですか。

羽生 戦い方として時間を消費させるということはある。ただ、将棋は何手で終わりということはないから、それはあくまでも持ち時間の中での話だ。対局中、落ち着いている時間帯は非常に少ない。お互い、いろいろ考えても展開が分からない場面が多いから我慢比べになる。



■リスクをたのしむ力

二宮清純氏
二宮 将棋というのは相手が嫌がることをやる。羽生さんのような熟達のレベルになるとそういうときでも冷静に対応できる。以前、羽生さんは相手が意表をつく手を指してきたとき、対応を楽しんでいる自分がいると言っていた。リスクを楽しむ能力が大事なんだろう。

羽生 将棋は自分が思い描いていた局面にはほとんどならないので、どう対応するか。その場で何とかするという部分が非常に大きい。

二宮 対局していて相手の成長が分かることはありますか。

羽生 手を考えるときのアプローチにも傾向があって、年齢を重ねるごとに一直線の攻め合いは避けるようになり、曲線的になってくる。だからスピード勝負の攻め合いより、曲線的なねじり合いになる。より局面を複雑にするようになります。

二宮 いわゆる直線力から曲線力。局面を複雑にしていくということはそれだけ引き出しが多くなっている。キャリアを積んでいるから難しくなっても勝てる自信、根拠を持っているということですか。

羽生 全く分からない場面、羅針盤が通用しない状況になったときでも、対応できる自信や根拠がそういう方向に導いていくことはある。

二宮 それは、人生のエキスのようなものが落とし込まれることでしょうか。

羽生 経験で、いろいろな場面に出会ったときに、「前にこうやったらうまくいった」「失敗した」「それなら、こういう手もある」など選択肢が増える。中には当然、リスクも入っている。そのリスクにはどう対応していくか。いろいろなことを考えるようになると、分かりやすく直線的なものはあまり選ばなくなる。

対談する羽生善治王座(左)と二宮清純氏


■小さなミスが命取り

羽生 スピード重視という点では、将棋の戦術変化とサッカーは全く同じですね。

二宮 スピードと精度については、将棋とサッカーは共通する点がある。昔は1つ、2つのパスミスは試合が進行しているうちに忘れ去られたが、今の将棋は1手、2手のミスがフィニッシュまで影響する。サッカーも同じで、いまはミスがほとんど許されなくなってきた。

羽生 将棋の世界でも最新型の戦いは、ちょっとしたミスが勝敗に直結する。将棋のルールは変わっていないけれども、競技の質が変わって、終わりまでの距離が短くなった。いまの将棋は水泳のバサロスタートのようなもので、ある程度のところまで進み、そこから用意ドンで始まるから終わりまでの距離が短い。だから最初の段階でちょっとリードされてしまうと、それが決定的な差になってしまう。

二宮 ある段階までミスなく進めてから、お互いのバトルが始まる。そこまでは波風が立たないですーっと行ってしまう。

羽生 そうですね。もう牧歌的な時代は終わったのなかと(笑い)。



■玉の守りは金銀3枚

羽生善治王座
二宮 サッカーを見ていて、どんな陣形が面白いですか?

羽生 サッカーのスリーバックとかフォーバックとは、将棋の守りと同じ。「玉の守りは金銀3枚」という格言がある。金銀3枚で守るか4枚で守るか。相手の動きを見ながら、自分の陣形を決めるところは似ている。攻撃的にすれば攻めがうまくいく確率は高くなるが、守りは薄くなる。

二宮 飛車角はフォワード。いわばツートップ。

羽生 ラインの押し上げは、位を取ることに似ていて、隙間ができるから狙われやすい。

 いまの将棋で一番の要素はいかに主導権を取るか。主導権を取れば、次から次にうまいサイクルに入る。だから、差し手争いに大きな力を注ぐ。

二宮 陣形的に不利でも、主導権を取っているとプレッシャーを掛けられる。 

羽生 そう。ただ、サッカーは引き分けがあるので、いろいろな戦術が出てくる。将棋も同じように手堅くやれば、急に負かされることは絶対にない。



■名将は名シェフ

二宮 フランス・ワールドカップを取材に行ったときに、地元のジャーナリストと名将論になった。彼は、優秀な監督は名シェフと一緒だという。いまある食材で最高の料理を作るのが名シェフだ。食材を人材に置き換えたら、名監督になる。将棋でいえば、いまある手駒の中でどう料理するかだ。楽しい作業である半面、予定通りにはいかない。塩、コショウをどうするか。1つ食材が足りない。そういったことを楽しめるのが名人なのだろう。

羽生 足りないものをほかから持ってきても、力にはならない。足りなくても何とかすることで、実力が付く。将棋で大事なのは、遠回りを厭わないこと。あと1枚駒が入ったら相手玉が詰む。でも、その駒が取れない。そういうときは1枚あれば1手で詰むところを10手ぐらいかかるつもりでやっていく気持ちがないといけない。

二宮 要するに急がば回れ。遠回りしているようでもそれが実は詰めるための最短距離だと。



■「と金」活用術

 二宮清純氏
羽生 日本の将棋は海外の同じようなゲームに比べて駒の力を弱くした。突出した強さを持っている駒はない。駒の強さのバラツキはなくして、その代わりに再利用のルールを作った。

二宮 これは人材活用にも言える話だ。スーパーマンはいないが、それぞれが役割分担をうまくすれば組織として機能する。

羽生 あまり突出した人をつくらずに総合力で、という考え方があるのではないか。

二宮 歩も「と金」になったら力を発揮する。

羽生 将棋のコツはと金を作ること。と金は取られても歩だから、実は最強の駒。プロも対局で一番考えるのは、いかにしてと金を作るか。駒の価値としては、「と金」は「金」の3倍ぐらいある。

二宮 ベストセラーになる本のタイトルが浮かんだ。「と金で組織を作る」(笑い)。あるいは「社内でと金を作る」。

羽生 一般社会だったら、と金になった瞬間、違うところに持って行かれるかもしれない(笑い)。スカウトされるかもしれないから、そこが将棋とは違うが、盤上では、と金をつくることが大事だ。



■リーダーの解決力

二宮 スポーツの指導者で一番大切なものは、解決力だと思う。こうすれば勝てるんだということを選手に示せるかどうか。「3年以内に優勝させる。1年目はこうだ。2年目の歩留まりはこのくらいだ」といったことを明確に示せる指導者には人が付いて来る。それが解決力の差だ。頑張れと言うだけではだめ。時間軸を設定できる人が本当のリーダー、本当の指導者だと思う。

羽生 どれぐらい頑張ったら報われるかが、頭の中に残像として残っていれば、最後の踏ん張りが効く。

二宮 ゴールの残像が残っている。

羽生 ええ。有能なスポーツの指導者はこれぐらいやれば結果が出るというのが分かっているから、途中で周囲から何かと言われても、冷静でいられるんだろう、そうでなければ揺らぎが生まれてしまう。



■密度濃く、長く続ける

羽生善治王座
羽生 将来、プロ棋士になる子供はキラッとした何かがある。指し手の善悪ではなく、発想の豊かさや奥行き、手の組み立て方だ。総合的にまとめ上げる力が大事だ。

二宮 まとめ上げるという点で言えば、企業家は将棋をやった方がいい。将棋というのは局面の連結決算だ。最後は手のつながりで、1手、2手、3手と相乗効果をもたらさないといけない。

羽生 スポーツの場合、ある練習方法をしなければいけないというものがあるかもしれないが、将棋の場合、方法はさほど重要ではないのではないかと思う。どんな方法をとっても、ある程度時間を費やせば、長い目で見れば大きな差にはならない。それよりも、いかに密度を濃く、長く続けていくかが大事ではないか。

二宮 ドイツのあるサッカークラブの育成部門の責任者に若者を育てるうえで何が一番大切かと聞いてみた。彼は「フェアリュックト」という言葉を用いた。「エキセントリック」とか「狂気」という意味で、よく言えば、「突出した個性」。今の日本社会で一番失っているのは、このフェアリュックトではないかと思う。

羽生 突出した才能の原石を持った人はたくさんいる。だから、周りの環境を整えればもっと優秀な人が出てくることは間違いない。これから先は本人の資質も大事だが、周囲の環境がもっと大切になるような気がする。






羽生 善治(はぶ・よしはる)
 1970年生まれ。埼玉県所沢市出身。二上達也九段門下。82年、6級で奨励会入会。85年四段。96年七冠を独占。2005年、王座戦14連覇で、同一タイトル連覇の新記録樹立。タイトル通算63期、棋戦優勝回数は30回。今期の成績は13勝8敗(29日現在)

二宮 清純(にのみや・せいじゅん)
 1960年生まれ。愛媛県八幡浜市出身。日大商学部卒。スポーツ紙や流通紙の記者を経て、フリーのスポーツジャーナリストに。国内外でオリンピックやサッカー・ワールドカップ、メジャーリーグ、ボクシングなど幅広く取材。

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