ならず者医療(1) 「拉致」された女性

 精神医療は、まさに何でもありの「ならず者医療」なのか。そう思わざるを得ないケースを紹介しよう。

 2008年2月の朝、栃木県の民家に2人組の男が押し入った。彼らは、1階の自室で寝ていた40歳代のアヤコさん(仮名)を布団ごと簀(す)巻きにして縛り、白いワゴン車の後部にうつぶせの状態で積み込んだ。

 「息ができない。ひもを緩めてください!」。アヤコさんの必死の訴えは無視された。「どこに連れて行くんですか!」。助手席の男が答えた。「気分転換ができる所ですよ。私たちはあなたが気分転換できるように、お手伝いしているんですよ」

 口調は丁寧だが、有無を言わさぬ威圧感があった。「テレビのヤクザのようだ」とアヤコさんは思った。「トイレに行かせてください」と繰り返し訴えたが、「今までにそう言って逃げた人がいるんですよ」と拒まれた。

 ワゴン車に運び込まれる直前、車のボディーに書かれた会社名を記憶した。後に調べて分かったことだが、介護タクシーなどを所有する民間の移送業者だった。ワゴン車は1時間近く走った後、栃木県内の民間精神科病院に横付けされた。

 入り口では、看護師と見られる5、6人の職員がすでに待機していた。アヤコさんは簀巻きのままストレッチャーに乗せられ、診察室ではなく、「刑務所の独房のような部屋」にいきなり入れられた。小さな窓と布団、トイレがあるだけの保護室だった。簀巻き状態はそこで解かれたが、職員らはすぐに部屋を去り、ドアには鍵がかけられた。

 「一体、何が起こったの」。ぼう然としていると、40歳代くらいの男性医師が現れた。彼は、自分の名と精神保健指定医であることを伝え、「人権上、問題があれば、ナースステーションの前に張ってある電話番号に連絡できます」と事務的に語った。

 「ここはどこですか!」と聞くアヤコさんに、医師は、病院名とおおよその地名だけを告げた。「なぜ精神病院に入院しなければならないの?」「鍵のかかった部屋に閉じ込められているのに、ナースステーション前の電話番号をどうやって見るの?」。質問したいことや疑問は山ほどあったが、医師は足早に部屋を去り、聞くことはできなかった。

 続いて数人の看護師が現れ、「薬を飲んで」と迫った。拒否すると体を押さえつけられ、無理やり薬を飲まされた。「診察も診断もなしに、何の薬か分からないものを飲まされるのは納得できません」。アヤコさんが当然の抗議をすると、女性看護師が「さっきのが診察です」と答えた。

 こんなめちゃくちゃな対応が、許されていいはずはない。「医師を呼んでください!」と要求すると、女性看護師は「あなたの態度は私たちが評価するのよ。反抗的な態度をとると、あなたが不利になるのよ」と、脅しともとれる発言をした。そこで、「私は乱暴な態度をとったり、暴力を振るったりしたわけではなく、冷静にお願いしているだけです」と伝えると、女性看護師は医師を呼びに行った。

 ここで、はっきりさせておかなければならない。アヤコさんはこの日まで、精神疾患を患ったことも、精神科を受診したこともなかった。2007年度の国民健康保険の受診履歴(医療費のお知らせ)を見ても、連れ去られるまで、医療機関の受診歴は全くなかったことが分かる。若い頃からアヤコさんをよく知る元女性警察官の友人は証言する。「彼女はとても頭がよく、読書好きで語学が堪能です。一緒に海外を長く旅したこともありますが、精神疾患はその兆候すら感じたことはありませんでした。こんな目にあったなんて信じられないし、強い怒りを感じます」

 ここまでをもう一度、整理してみよう。精神科受診歴のない健康な女性が、事前の医師の診察もないまま、自宅に押し入ってきた男たちに拘束され、精神科病院に送られた。到着早々、保護室に入れられ、強制的に薬を飲まされ、入院させられたのだ。ならず者国家の出来事ではなく、現代の、この日本で。

 アヤコさんの入院は、以後、10か月に及ぶことになる。



 統合失調症の誤診やうつ病の過剰診断、尋常ではない多剤大量投薬、セカンドオピニオンを求めると怒り出す医師、患者の突然死や自殺の多発……。様々な問題が噴出する精神医療に、社会の厳しい目が向けられている。このコラムでは、紙面で取り上げ切れなかった話題により深く切り込み、精神医療の改善の道を探る。

 「精神医療ルネサンス」は、医療情報部の佐藤光展記者が担当しています。
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2012年12月21日 読売新聞)

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