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高橋 進の経済コラム

(2011年11月1日)【第8回】TPP問題の先にあるもの−問われているのは成長戦略−

TPP問題については、11月早々に野田総理が参加の決断を下しているかもしれません。しかし、これでTPP問題が決着するわけではありません。むしろ、野田政権にとっての正念場はこれからではないでしょうか。

TPPへの参加の是非を巡っては、製造業などを中心とする賛成論と農業や医療関係者の反対論が激しく対立しています。日本がFTAなど自由貿易協定の締結に遅れを取ることで、日本の製造業製品などが輸出先で関税を課されることになり、自由貿易協定の締結が進んでいる韓国など他国の企業の製品に対して不利になることが懸念されます。ただでさえ円高や高い法人税など6重苦ともいわれるハンデを背負った日本企業の競争力がさらに低下することを防ぐためには、TPPへの参加が不可欠というわけです。そのTPPへの参加の障害となっているのが農業部門だということで、TPP参加賛成論者はTPPを農業部門改革のテコとすべきと考えます。

一方で農業部門は、関税の撤廃を迫られることから、農業が壊滅的な打撃を受け、食料自給率がさらに低下すると反対しています。

このため、TPPへの参加を巡って、製造業のために農業を犠牲にするのか、その逆かという対立の図式が生まれがちです。しかし、日本にとって重要なことは、製造業が引き続き日本経済を支えられる環境を整備すると同時に、農業を再生し、経済全体の成長力を高めることです。製造業と農業のどちらかを犠牲にするのではなく、両者のwin-winの関係を作ることです。

そして、農業問題を考えるとき忘れてならないのは、消費者の視点です。日本では穀物などを中心に高い関税が課されていることによって、消費者は高い食料を購入させられています。また、ウルグアイ・ラウンドの際には、6兆円を超える資金が農業部門に使われましたが、農業の活力は戻るどころか、衰退が続いています。現行の農業政策を続けていても、農業の再生の展望は開けてきません。日本の農業がどうしたら活力を取り戻し、成長産業になるのか、TPP問題を契機に、農業政策を抜本的に改革していく必要があるのではないでしょうか。農業が再生することは、消費者にとっても大きな利益となります。

TPP問題を複雑にしているのが、医療など農業部門以外の分野での反対です。TPP反対論者は、医療分野などで、混合診療や国民皆保険制度など日本の医療システムの根幹に関わることについて、アメリカなどから改革圧力がかかることを警戒しています。賛成論者は、そうした各国固有の制度自体に関わるようなことが、交渉のテーブルに乗るとは考えにくいと反論しています。それでも、もしこうしたことが議題になった場合、日本の対米交渉力の弱さを考えると、無理難題を押し付けられ、交渉で押し切られてしまうのでは、という警戒感もあります。

その一方で、医療分野については、日本の高齢化とともに医療費が膨らんでおり、いまのままでは、とめどなき国民の負担増を招くのではという懸念があります。TPP交渉以前の問題として、混合診療の拡大をはじめ、老人医療費の改革、後発医薬品の使用促進など、現行の医療制度をどのように改革すべきかどうかについて、国内で深刻な対立があります。

医療部門も、介護などと並んで将来の成長産業として期待されていますが、今のままでは、そうした展望も開けてきません。TPPによる外圧を議論する前に、国内の改革問題として医療問題をとらえる必要があります。

日本をデフレから脱却させていくためには、これまでのように製造業に依存するだけでなく、農業や医療・介護、保育、教育、観光などといった内需部門をどう活性化していくかが課題です。TPP問題をきっかけに、日本の成長戦略を問い直していくことが、野田政権の課題です。

高橋 進 プロフィール

1976年、一橋大学経済学部卒業後、株式会社住友銀行に入行。調査部にてロンドン駐在等を経て、株式会社日本総合研究所へ出向。1996年、調査部長/チーフエコノミスト、2004年理事に就任。2005年から2年間は、内閣府政策統括官(経済財務分析担当)を務め、政策立案等も担当。2007年に副理事長として日本総合研究所へ復帰。2011年6月、理事長に就任し、現在に至る。テレビの報道番組への出演、新聞に定期執筆など多数。

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