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主人公ホタル・シュヴァルツヴァルト
  止まらない。

 炎に包まれた空間、火の放たれた建物の中で、金色の獅子を思わせるその男に質量兵器の引き金を引く。
 人間にはどうあろうと、目視すらできない鉛の雨が金色の男に降り注ぐが、展開されたシールドに全て弾かれてしまう。


「降伏しろ、お前に逃げ場はない」

「ぐぅるるぅ……」


 建物を焼く炎の熱気が喉を焼く。意識は朦朧とし、金色の男の降伏を呼び掛ける声もどこか遠くに聞こえる。
 しかし、質量兵器を金色の男に向け引き金を引く。弾倉が空になると、曖昧な意識の中でも正確かつ迅速に新たな弾倉を質量兵器に装填し、再び引き金を引く。
 生まれてからずっと教えられてきた動作は一片の無駄もなく、それは火の海の中という異常な環境の中であろうと例外ではなかった。
 生まれてからずっと戦い方を学んできた。それ以外を教えてもらったことはなかった。
 だから――

  止まれない。

  止まり方なんて知らない。

  止まっていいなんてわからない。

 周囲の空間に違和感を覚え即座によこっ跳びに転がる。直後、光のリングが現れた。回避していなければ間違いなくバインドによって拘束されていただろう。跳び出した姿勢はそのまま、質量兵器を握っていない方の手を熱い床につき、力強く床を押し体勢を立て直した。そして即座に反撃の鉛の雨をまき散らす。
 しかしその攻撃は展開されたシールドによって弾かれてしまう。距離を取っての遠距離攻撃では勝てない、そう判断し質量兵器を投げ捨てた。
 力強く両腕を左右に開くように振るう、その遠心力で袖の中のギミックが発動し手の甲から爪のような刃物が飛び出した。


「ぐるるるぅぅ……がうぅ!」


 獣のような叫びとともに力強く床を蹴り、金色の男にひと跳びに肉迫する。突撃の勢いを乗せ上段から下段に向けて爪を振るうが、その攻撃は槍によって防がれてしまう。それどころか金色の男は槍の石突で昏倒させようと薙ぐように振るった。
 それを跳び上がりかわす。
 空中で体をひねり瞬く間に近くなった天井を蹴り、重力に脚力の加速を加え金色の男の頭上から急襲する。
 そして――


 ――ホタル・シュヴァルツヴァルト目を覚ました。


「…………んあ?」


 日が沈み明るい月が大地を照らす。目の前にあるキャンプファイアのごときたき火はその周りに木の枝によって立てられた魚たちを焼いている。
 ここはホタルが明日から務めることとなる古代遺物管理部・機動六課の敷地内で、うっかり一日早く到着してしまったホタルはこれからお世話になる部隊に迷惑をかけないようここで夜を明かすことにしたのだ。


「本局からここまで一日かけてくる予定だったのに……半日でついてしまいました」


 自分の足が速いのか、機動六課が以外と近かったのか、おかげでホタルの予定が狂ってしまった。しかし、もとから時間の調節は現地で行う予定だったので問題ないといえば問題ないのである。
 つまりちゃんと予定通りに行動できている。


「んぁ……ホタルはちゃんと成長しています」


 ホタルは自分の進歩にうれしそうに微笑み、ここにはいない誰かに伝えるように静かに呟いた。
 ホタルの手には小さなペンダントが乗せられており、その中に数年前の仏頂面の小さな自分と、その横でホタルの頭に手を乗せ朗らかに笑う男がいた。
 一見、小さなホタルが男を嫌がっているようにも見えるが、よく見ると写真の中のホタルはしっかりと男のコートの裾をつかんでいる。まるで離したくないように。
 ところで、今回のホタルの行動を世間一般では行き当たりばったりという、無計画の代名詞であった。無計画の極みであった。当然に自覚はない。


「お魚……焼けたかな?」


 ホタルは味付けも何もない、ただ焼かれただけの魚が放つ素朴な香りを鼻孔から吸い込み、それにつられた飢えたお腹の虫が大きく鳴いた。
 ホタルは試しに魚のひとつを掴むと勢いよくかぶりついた。途端、口の中にパサパサとした脂のノっていない、焼き魚の焦げの苦みが広がった。


「……中がまだナマ」


 ホタルは眉間にしわを寄せて、しかし生焼けの魚を全て平らげた。


「このまま焼いても皮が焦げるだけですし……もう少し火の近くに? それとも遠くに?」


 ホタルが管理局で受けた一般教養についての教育に、残念ながら生焼け魚を上手に焼く方法は含まれていなかった。


「管理局は一般教養から算数を抜いてお料理を入れるべきです」


 結局、ホタルは魚の半分を火の近くに、残りを火の遠くに置くことにした。
 ホタルがいそいそと魚の配置を直していると、背後から誰かが近づいてくる気配がした。


「そこのあなた、こんな時間にこんなところで何してるのかな?」


 ホタルが振り返るとそこに頭の横で長い髪をまとめた少女がやってきた。ホタルよりも年上で落ち着いた雰囲気の笑顔をみせるその人は、エースオブエースの異名を持つ高町なのはという人だった。


「お魚を焼いていました」

「いや、そういう意味じゃなくて」

「んぁ? ……お魚を食べていました?」

「そういう意味でもなくて……ここは時空管理局の所有地で、関係者以外立ち入り禁止になっているの。それなのにここにいるあなたは一体どこの誰で、ここで何をしているのか教えてくれないかな?」


 なのはの丁寧な説明にようやく質問の意図を理解したホタルは慌てて横に置いてあったボストンバックから証明証を取り出しつつ答える。


「んあ、ホタル・シュヴァルツヴァルトです。明日からここ機動六課に配属されることになりました」

「ああ、あなたが」


 当然、機動六課の隊員であるなのはにも話は届いていた。
 暗がりでよくわからなかったが、近くで見ると資料にあった新しく仲間になる子と同一人物であることがわかる。


「どうしてたき火なんかしてたのかな?」

「お魚を焼くためです」

「…………」

「…………」


 なのはの質問にどこかずれた回答をするホタルであった。
 なのはの笑顔がわずかに強張る。新しい仲間は悪い子ではないようだが、少々個性的な感性の持ち主のようだ。
 気を取り直してなのはは右手を差し出した。


「はじめまして、私、高町なのは。よろしくね」

「よろしくお願いします」


 そしてホタルとなのははしっかりと握手を交わした。
 握手をほどくとなのはは、ここに来てからずっと疑問に思っていたことをぶつけてみることにした。


「……ところでひとついいかな?」

「んあ?」

「どうして水着なの?」

「お魚を獲ってました」

「そう、とてもサバイバルだね」


 ホタルのやはりどこかずれた回答になのはは力なく笑うしかなかった。


…………。
…………。
…………。

 機動六課の部隊長、八神はやては隊長室で電子端末に表示される文章を読んでいた。その横で彼女の手のひらサイズの融合騎であるリィンフォース・ツヴァイ――通称リィンもぷかぷかと空中を漂っていた。


R:部隊運営はうまくいってるか?


 電子端末のディスプレイに新たな文章が表示された。これはチャットと呼ばれるものである。
 相手は時空管理局の莫大な情報を管理する部署、それも管理局でも上層部しかその存在を知らない極秘部隊の部隊長だ。リィンフォース・アインとロゥ・アイアス、どちらもはやての大切な家族である。
 はやてはなめらかにキーボードを弾き、返事を返す。


H:ええ感じよ。紹介してもらった子たちもうまくやってるみたいやし。そっちの方はどんな感じや?

R:一応極秘部隊だから詳しいことは言えないけど、リ○ンフォースもオレもうまくやってるよ。

H:なんやその丸印は。ほとんど意味ないやんか。

R:規則だから名前を伏せてるだけさ。それにどうせこの会話が終わったらログを全部消すから、名前を載せても問題ないし。


 その文章を読んではやては呆れた。


「はやてちゃん、極秘部隊がこんな大雑把でいいんですか?」

「もちろんダメに決まってる。やけど――」


 そんな大雑把でも、なんの問題にもならないほどに優れた技術をロゥが持っているのもまた事実である。


R:その通り! だからオレたちのことは心配しなくていいぜ? 無駄な気苦労だ。

H:なんでこっちの考えがわかったかは置いといて、会う機会が全然ないからとても心配なんよ。

R:すみません主

R:ロゥが無礼を働きました


 同じ端末を使っているようで、このチャットをリィンフォースも見ているようだ。ロゥの名前を伏せない発言には何も言わないほうがいいだろう。落ち込むのが目に見えている。


R:オレの名前、伏せてないぞ~。


 そして落ち込むのが解っていてツッコミを入れるヤツがひとり。


「……アインが哀れです」

「まったくや」


 はやてとリィンが複雑な表情をしていると不意に――機械越しというのもおかしいが、ロゥの気配が真面目なモノに変わるのを感じた。
 はやても気を引き締める。


R:さて、そろそろ本題に入るぞ?

H:オーケーや。

R:特務がいま担当している事件で、アレイスター・クロウリーという犯罪者を逃がした局員を追ってる。

H:特務ってあの二人の部隊やろ?


 名前を伏せたがあの二人とはアイギスとゲーティアのことである。特務が人手不足ではやての誘いを断った二人だ。この二人もはやての家族同然の存在である。


R:それで事件だけど、クロウリーの乗った護送車を何者かが襲撃、護送にあたった局員は全員死亡。目撃情報ゼロ。周囲に監視カメラは少なく、あったとしても全て復元できないレベルに破壊されてる。


 ひどい事件だった。全くもって証拠隠滅を徹底した犯行、手掛かりが一切ない。
 ロゥの説明は続く。


R:その護送を計画した人物も死亡、提案した人物も失踪中。たぶん二度と発見されない。

H:その事件が機動六課とどう関係するんや?

R:手掛かりが出たんだよ。


 ロゥの説明によると襲撃現場に残された破壊痕が、レリック事件に毎度のことのように現れる謎の自立魔導機械――通称ガジェット――による破壊痕と一致したのだという。
 つまりこの先、機動六課の担当する事件にクロウリーが関わる可能性が高いということになる。


R:気を付けろよ、クロウリーの科学技術はかなり危険だ。造られたオレが保証する。

H:イヤな保障やな。

R:それと、近いうちに特務から接触があると思うから、アイギスとゲーテをよろしくな。

H:任せとき。

R:……ところで、明日ホタルが来るんだよな?

H:そやけど、それがどうかしたん?


 いきなり変わった話の内容の意図が理解できず、はやては聞き返した。
 ホタル・シュヴァルツヴァルトはロゥがはやてに紹介した隊員の五人目である。昔テロリストの戦闘員として活動していた経歴があり、管理局に捕まり、つい最近まで更生施設にいた人間だ。
 ロゥが実戦経験の浅い新人たちだけでは心もとないだろうと、本物の戦場を知るホタルを引き抜いたのだ。
 はやてとしては罪を償ったのだからホタルの過去について言及するつもりもなかったが、何か問題があったのだろうか? と考えてしまう。


H:実はな…………でかいんだ。

「…………は?」


 理解ができなかった。はやてはリィンに視線を送るが、リィンも意味がわからないようで小首をかしげていた。
 その時、隊長室に控えめなノックが響いた。


「はやてちゃん、ちょっといいかな?」


 そういってなのはが隊長室に入ってきた。
 こんな時間にどうしたんやろう? と、はやてが電子端末から顔を上げ、なのはの後ろに立つ人物に気付き、そして固まった。


「んぁ、はじめましてホタル・シュヴァルツヴァルトです」


 礼儀正しくぺこりと頭を下げたその人物は、茶髪のセミショートに垂れ目がちで大人しそうな表情を浮かべ、そのためにどこか困り顔のようにも見える。そこはいい、そこまではいい。
 ただ――


「……はやてちゃん、『でかい』の意味がわかったです」


 ホタルの格好、なぜか水着を身につけ、その薄い布地をメロンほどの大きさの二つの脂肪の塊が押し上げていた。


「…………」


 どこにツッコミを入れたらいいんやろう? 水着か? それとも年齢の割にやたらと豊な胸か? 裏をかいて一日早く到着したことか? そもそもツッコミを入れていいんやろか?
 はやての脳内で未だかつてないほど高速の情報処理が行われる。時間にしてわずか3秒。はやての導きだした答えは……。




「はじめまして、機動六課部隊長、八神はやてや。よろしく」


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