BSオンライントップ > BSコラム > フィギュアスケート・NHK杯へようこそ! (3) (by 刈屋富士雄)

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ISU(国際スケート連盟)が主催するグランプリシリーズ(以下、GPシリーズ)の初戦がアメリカで開催され、男子では小塚選手が3位に入りました。日本勢のトップを切って、まずまずの成績を収めてくれたと思います。GPシリーズは6戦行なわれ、その中からほとんどの選手は2つの試合に出場します。その2試合の合計ポイントの各種目上位6位までが「GPファイナル」へ進み、チャンピオンを争うシステムです。11月11日から始まるNHK杯はGPシリーズの4戦目に当たります。

今回のNHK杯で一番の注目いえば、浅田真央選手が今シーズンの演技を国際大会で初めて披露することです。浅田選手はGPシリーズでは、このNHK杯と最終戦となるロシア大会に出場する予定となっています。
2010年のバンクーバーオリンピックで惜しくもキム・ヨナ選手(韓国)に敗れ、銀メダルに終わった浅田選手。バンクーバーでやり残したことを完成させようと、14年にロシアのソチで開かれる次のオリンピックへ向け、いま改めて階段を一つひとつ登り始めたところです。どんな浅田選手が見られるのか。NHK杯が待ち遠しいファンは数多いのではないでしょうか。

現在フィギュアスケートには、「スポーツである限りスコアメイクを重視するのは当然だ」と考える、アメリカやカナダの“北米フィギュア”と、「スポーツとはいえ、競技性を内包した芸術としての作品性にこだわる」、ロシアに代表される“欧州フィギュア”という2つの大きな潮流があります。この「北米vs.欧州」という構図が象徴的に現れたのが、バンクーバーオリンピックでのキム・ヨナ選手と浅田選手の戦いでした。
カナダ人のブライアン・オーサーコーチに付き、同じカナダの世界的振付師であるデビッド・ウィルソンさんが構成した、キム選手のフリーのプログラム「ガーシュウィンのピアノ協奏曲へ長調」は“北米フィギュア”の最たるものといえるでしょう。これは、キム選手が最も滑りやすい演技構成で、しかも、ある所でミスを犯したとしても、別の所で必ず取り戻してスコアメイキングできるように、細部まで緻密に計算されたプログラムでした。一方、ロシア人コーチのタチアナ・タラソワさんに指導を仰いだ浅田選手は、見る人の心を揺さぶってこそのフィギュアという、芸術性に強くこだわった“欧州フィギュア”を体現したといえるでしょう。
結局この勝負は、キム選手がショート、フリーともに史上最高点をたたき出し、金メダルに輝きました。一部には「浅田選手と比べて、余りにも高得点過ぎる」という声も上がりました。しかし、まさにその実況を担当していた私は、キム・ヨナ選手の緻密に計算された“ジャッジに点を出させる演技”を徹底して貫いた姿に深く感心させられましたから、偉業を素直に讃(たた)えたいと思っています。

浅田選手も本当に素晴らしかったです。当然のことながら点差ほどの差はありませんでした。それどころか史上最高点を出したキム・ヨナ選手の直後に登場したフリーでは、前半トリプルアクセルを2つ成功した直後の場内の空気は、「金メダルはこっちかも。浅田選手の方が上だ。あの点を超えるのでは!?」という熱い期待感に包まれました。私もその空気を全身に感じて「勝てるかも…」という思いが一瞬頭を過ったことを覚えています。もしフリーの演技時間が前半の2分間だけだったら、浅田選手が金メダルだったと思います。
浅田選手もその会場の空気を無意識に肌で感じたのではないでしょうか。それが浅田選手の演技後半の小さなミスに結びついたのでは、と私は推測しています。このミスを取り返そうと力んだのでしょうか、その次には、今度は明らかなミスを犯してしまいます。このとき会場の期待感が一気に萎(しぼ)んでいくのが、実況している私にも手に取るようにわかりました。
浅田選手がバンクーバーでやり残したことがあるとすれば、このフリーの後半2分間の演技だと思います。金メダルに手が届いていたかもしれない前半2分の演技と比べ、ミスを取り返そうと悪循環に陥ってしまった後半の2分間。私は、バンクーバーでのこの“2分間”を、浅田選手は「4年後のソチオリンピックで必ず取り戻す」と心に強く誓ったのではないかと想像しています。

浅田選手がソチオリンピックでリベンジを誓うもうひとつの理由に、メダルの色は別として、「バンクーバーの私はベストの私ではなかった」という無念さがあるからだと、私は思っています。なぜならば、一気に頭角を現したにも関わらず、年齢制限があって出場できなかった06年のトリノオリンピック当時は、まだ体つきも幼く、子どもらしいはつらつとした演技をしていれば、高評価を得られました。ところが、それから4年、バンクーバーオリンピックでは体つきも女性らしくなり、同じような演技をすれば逆に幼く見えて、評価が下がるのは目に見えていました。そのため演技の質の転換が求められていたわけです。これは、十代半ばから活躍する選手が多い女子フィギュアの世界では、誰にでも求められる“脱皮”といえるでしょう。もちろん、浅田選手もそのことは十分意識していたはずですし、そのための練習を誰にも負けないくらいこなしたと思います。
しかし体の変化に伴って、技術をまた新たに進化させ身に付けるのは、短時間でできる、そうたやすいことではありません。例えば浅田選手の場合、それまでは違和感なくこなすことができていた6種類のトリプルジャンプのうち2つが、体の変化でしっくりこなくなったといいます。それを完全に克服するには、バンクーバーまででは時間が足りませんでした。本人にとって不本意な形で戦わざるを得なかったのが、実はバンクーバーオリンピックだったのです。その意味では、次のオリンピックでこそ「納得のいくジャンプの入った最高の作品、“完璧な真央”を見てもらいたい」という想(おも)いが強くあるはずです。そのため、浅田選手は3年後のソチオリンピックへ向け、一からスケートを作り直している最中といえるでしょう。

バンクーバーオリンピック後初のシーズンとなった昨季が、「新しい浅田選手」の第一章とすれば、今季が第二章。今回のNHK杯は、そのオープニング・シーンとなります。NHK杯で浅田選手は、ショートプログラムで『シェヘラザード』、フリーで『愛の夢』を演じます。
『シェヘラザード』は千夜一夜物語に材を取った、過去多くの選手が演じた有名なプログラムです。最近では長野オリンピックで銀メダル、ソルトレイクシティで銅メダルに輝いたアメリカのミッシェル・クワン選手の演技が、フィギュアファンの脳裏には焼き付いているのではないでしょうか。浅田流『シェヘラザード』はどんな王妃を見せてくれるのか!? 楽しみです。一方、フリーの『愛の夢』は昨季から取り組んでいるプログラムです。振り付けはアメリカ生まれ、カナダ在住のローリー・ニコルさん。女性の内面を見事に表現する繊細な振り付けが、世界で高い評価を受けている振付師です。昨季チャレンジして未完だった『愛の夢』を、今季演じ切れれば、浅田選手の評価は再び大きく上がるはずです。
最終の第四章となるソチオリンピックへ向け、第二章に当たる今季。新たな成長過程にある浅田選手が、どんな演技を披露してくれるのか!? ぜひみなさん、NHK杯で「新しい浅田選手」を目撃してください。

女子シングルには、鈴木明子選手と石川翔子選手も出場する予定です。鈴木選手は08年のNHK杯で2位に入り、その勢いで一気にバンクーバーオリンピック出場まで登り詰めました。まさにシンデレラストーリーを地でいった鈴木選手。しかし、昨季はその反動か、「あんなに好きだったフィギュアの練習をしたくなくなった」と弱音を吐くほどでした。そこに起こったのが東日本大震災です。仙台にある東北福祉大学で4年間を過ごした鈴木選手は、「こんな私じゃ、助けに行けない」と思ったそうです。しかも、被災地を訪れたアイスショーでは、元気づけなければいけない立場なのに、逆にみんなの笑顔に助けられたといいます。東日本大震災が「もう一度、頑張ろう!」と、一からフィギュアに向き合うさらなるきっかけを与えてくれたという鈴木選手。浅田選手同様、「新しい鈴木選手」がNHK杯では見られそうですよ。
一方、石川選手はフリーで『ミス・サイゴン』を滑ります。この振り付けを担当しているのが、トリノオリンピックでアジア選手として史上初の金メダルを獲得した荒川静香さんです。荒川さんは石川選手の憧れの選手で、振り付けを依頼したところ、快諾してもらったといいます。荒川さんにとって今回のNHK杯は、振付師として国際大会でのデビューとなります。どんな想いを石川選手の演技に託したのか。こちらも見逃せませんよ!

NHK杯の見どころ、ここまでの女子だけでもお腹いっぱいになりそうでしょう?(苦笑) でも、まだまだあります。次回は男子シングルを中心に観戦のツボをご紹介しましょう。ご期待ください。

刈屋富士雄(かりや・ふじお)

1983年NHK入局。“大相撲中継の顔”として知られるが、実はフィギュアスケートの実況歴も長く、オリンピックなどで数々の名シーンを伝えてきた。NHK杯の名物コーナー『ようこそ豊の部屋へ』での軽妙な進行役も見どころ。

刈屋富士雄(かりや・ふじお)

投稿時間:12:00 | カテゴリ:BSスポーツ

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