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[30184] 舞台裏の出演者達 (境界線上のホライゾン 短編集)
Name: とうゆき◆87d25b54 ID:ee7cf05e
Date: 2011/11/01 19:27
境界線上のホライゾンの短編集です。続きそうな終わり方でも基本1話完結です。
原作のネタバレを含むのでアニメのみ方はご注意ください。
にじファンにも投稿しています。


出雲の無欲者
本編数十年前の尼子家の話。2巻既読済み推奨。

戦場の夢追い人
武蔵の一生徒の視点による三河戦。1巻下のネタバレ有り。

無音世界の音楽家
ネタに走りました。割と設定無視。境ホラというより新伯林の知識が必要かも。



[30184] 出雲の無欲者
Name: とうゆき◆87d25b54 ID:ee7cf05e
Date: 2011/10/24 10:57
名 尼子・経久
属 出雲教導院
役 生徒会長
種 全方位謀略家
特 無気力系謀聖

名 きつ
属 出雲教導院
役 庶務
種 侍女
特 内助の功



内から出でて
人の足を止めるもの
配点(諦観)


 出雲に存在するとある神社。鳥居をくぐり、石段を数段上ったところに一人の人物が座っていた。
 平四つ目結があしらわれた極東の制服を纏い、左腕に「生徒会長 尼子・経久」と書かれた腕章を付けた青年。
 彼は右腕を肩の高さまで上げ、そこに一羽の烏をとまらせていた。それもただの烏ではない。烏といえば通常は二本足だが、その烏は一本多い三本足、つまりヤタガラスである。

「それでな? 総長連合の亀井・秀綱というのは政治関係も優秀でそちらの仕事を任せてるんだが、ここ一番で失敗するんだよ」
「それは大変でありますな――」
「まあ、亀井君にはいずれ私の三男や毛利の謀将を怒らせる仕事があるし……」

 と、彼がそこまで言った時だ。石段を誰かが上ってきた。
 彼は微かに警戒したが、現れたのは侍女服の少女だった。その姿は人に対してどこか無機質な印象を与える。
 それもその筈で、彼女は無機物で構成された自動人形だった。
 経久様、と少女は感情の希薄な声で主である青年に呼びかけた。

「おお、きつ君か。……悪いが、また今度」
「では、これにて失礼――」

 そう言ってヤタガラスは飛び立っていく。
 きつと呼ばれた自動人形の少女は飛び去るヤタガラスを視界の隅に入れつつ歩を進める。

「経久様、今のは?」
「九官鳥だよ。それより何か用事があったんだろ?」
「はい。鉢屋衆所属の自動人形から共通記憶による報告です。本城・常光様が「ちょっと三征西班牙に遊びに行ってくる」と出ていかれました。これについて政久様が意見が欲しいと」
「……総長や副長が許容しているなら生徒会が言う事はない。第一特務に関しては自由にさせろ」

 教導院の政務のトップである生徒会長、経久は面倒臭さを隠さずに告げた。
 石段に座る経久の数段下で立ち止まったきつは、彼のなげやりな返事に対して、了解しましたと律儀に反応を返した。

「それと聖連から使者が来ています。現在は詮久様が対応中」
「……桜井・宗的の歴史再現か」
「IZUMOを欲する毛利家や六護式仏蘭西が聖連に働きかけたようです」
「いい加減焦れてきたな」

 困ったものだと経久は溜息を漏らした。
 しかし、その場に座ったまま動こうとはしない。

「詮久様一人に任せるつもりですか?」
「詮久にはいずれ晴久を名乗って生徒会長も兼任してもらうつもりだからな。仕事に慣れる良い機会だ」

 それにこれは大した案件でもないと経久は言葉を続ける。

「聖譜記述によれば嫡子を殺された尼子・経久は怒り狂い、降伏を認めず皆殺しにしたという。故に向こうも中々乱を起こしてくれない。いや、我々としても歴史再現は行いたいのだが、相手方が仕掛けてこない事には動けない。こちらから攻める事も出来るが、自分達が勝利する戦だから強引に歴史再現を行おうとしたと思われては聖連の理念に反する訳だし、困る」
「そういう名目で歴史再現を引き延ばすのですね、分かります。てっきり経久様が自分に解決出来ない無理難題を詮久様に押し付けていたのだと愚考していました」
「……仏蘭西製の自動人形は全てお前のようにセメントなのか?」

 やれやれと経久は両手を石段に付けて体重を後ろに預ける。
 毛利・元就の伝で六護式仏蘭西から貰ったのだが、とんだじゃじゃ馬だった。
 経久が昔に思いを馳せていると、きつが首を傾げた。

「もしや最近、三征西班牙と連絡を取っていたのもこの為ですか?」
「……私はただ、桜井・宗的の歴史再現を終えたら遅れを取り戻す為に、最初の月山富田城の戦いまで一気に行おうかと大内家に打診してみただけだ」

 これも大きな仕事という訳ではない。
 先方にとっても悪い話ではないからだ。

「いずれレパントやアルマダの海戦で敗北する三征西班牙は極東側の大内では戦力を温存したいと考えている。吉田郡山城の戦いでは勝利するものの、続く月山富田城の戦いでは敗北。この戦いで大内・義隆の養嗣子である大内・晴持が死んだ事が大内家衰退の一因だと言われているからな。だから向こうはこの歴史再現は引き伸ばしたい。尼子家としても尼子・久幸を失う敗戦であり、直後に私が死去する郡山合戦の歴史再現は行いたくない」

 長々と喋って少し疲れたので一息つく。

「敵が二人いるならそいつらを戦わせればいい」

 そこまで言って経久はふと気付く。
 きつの能面のような顔に僅かに驚きが浮かんでいた。
 基本無表情の彼女の表情が変化したという事は相当驚いているのだろう。

「どうした?」
「いえ。謀聖の字名は虚名ではなかったのだと改めて認識しました」
「そうか」

 経久にとってはどうでもいい話だった。
 三十年戦争で覇者となる六護式仏蘭西には聖連も含めて敵が多い。自分が動かなくてもどうにかなったと思えてしまう。

「それだけに疑問なのです。どうして経久様が総長を詮久様に任せて生徒会と総長連合の二頭制にしたのか」
「ん?」
「聖譜記述から推察するに尼子家の衰退原因は一族同士や国人衆との軋轢です。遠征理由の多くは領地獲得ではなく国内を纏める為とさえ言われています」
「……」

 経久は口を挟まず無言で先を促した。

「塩冶・興久の乱やそれに端を発する新宮党の勢力拡大が尼子家を疲弊させます」
「……国久だって馬鹿じゃない。今は久幸も健在だし、新宮党にも無茶はさせないだろう」

 そもそも桜井・宗的の蜂起を再現しないのは塩冶・興久の乱を行わせない為でもある。

「それでも同様の事態に陥らないという確証はありません。総長も兼任して権力強化を行うのが尼子家の繁栄に繋がると判断します」
「戦いは苦手なのだがな」
「トップに必要なのは人を使う才と責任を取る覚悟。経久様はどちらも兼ねていると判断します。そもそも神の血を引く経久様なら人並み以上に戦闘もこなせるでしょう」
「だがなぁ」
「怠慢は罪悪だと愚考します」
「……愚考すると言えば控え目になると思っちゃいけないな、きつ君」

 ……神代の頃には人形が人になったと聞くが、それはこいつのようなタイプだったのだろうな。

「詮久に任せた理由は、総長を兼任していると、毛利や大内がIZUMOを欲しいと言ったら一存であげてしまいそうだからな」
「……は?」

 きつの声は相変わらず感情がなかったが、経久には返答までの間から彼女が呆気に取られたように感じられた。

「単純な話だ。どうしようもなく自分の手から離れる物に執着ができるか?」
「……」

 今度はきつが経久の言葉に口を挟まなかった。

「大内の属する三征西班牙は衰退こそすれど滅びることはない。毛利の属する六護式仏蘭西はこれから昇り調子。それらと対峙する我等尼子家は毛利に滅ぼされなくてはならない」

 IZUMOは優れた航空艦の技術を持ち、尼子家もその技術力を利用して「月山富田」や「尼子十旗」などの戦力を整えたが、それも無駄だろうと経久は思う。
 聖譜記述で負けるとされた側が狙うのは、戦術レベルで勝利した後で敗北を宣言するというものだが、

「尼子の滅亡は歴史再現の解釈でどうにかなるものではない」

 毛利家からはいずれ関ヶ原の戦いで西軍の長となる毛利・輝元が現れる。
 歴史再現で西軍に付く国や勢力としては少しでも毛利家に力を付けてほしいだろう。
 それらの圧力を撥ね退けるのは難しい。

「詮久様達はその流れに抗っておられます」
「……慣れ親しんだものが失われるのは辛いからな」

 その感傷は経久にも理解出来る。理解出来るのだが。

「だが、どうせ百年も経てば自然に変わる。変化を楽しむ事も必要だと思う」

 失わせないようにする事は出来るかもしれない。だが、失われなくて変わってしまう。
 ならばわざわざ抗う意味がどこにあるだろうか。
 それが神の血を引き、これから数百年は生きられる経久の率直な考えだった。

「主家が滅んでも残った人々が抵抗を続けます。経久様は彼等を見捨てるのですか?」
「尼子十勇士だったか。貞幸の孫もいたな。幸いの名を持った男がどう生きるのか気になるが、それこそどうしようもない。滅ぶ、栄えるの契機を見る前に尼子・経久は歴史再現から退場だ」

 尼子・経久は戦死した訳ではないので郡山合戦の後に円満に引退という事になるのだろう。
 そうなってしまえば歴史再現に関わる事は困難だ。色々派手に動きすぎたし、襲名はもとより一般生徒として行動したとしても他国から余計な警戒を生む。
 一応、後に残される者の為に出雲産業座や英国と協議してIZUMOが中立化するよう進めている。
 けれど、そうして助けた者達が天寿を全うしても自分より早く死ぬのだと思うとどうにも遣る瀬無い。

「では、そもそも何故生徒会長などをやっているのですか」

 ……嫌なとこを突くな。

「……尼子家は帝から出雲の管理を請け負った訳だが、極東に生きる者として帝の勅命は全うしなければな」
「どうも言い訳臭いですが」

 経久自身、この答えが言い訳染みているという自覚があった。
 もっとも、まったくの出鱈目という訳でもない。
 上位者から任せられたので信頼に応えたいというのは紛れもない本心である。帝なら自分と同じかそれ以上に長生きするという事もある。
 さりとて、一番大きく自分の心を占めているのは別の思惑だろう。
 それは、

「成した功績はなくならず、不変だ。本物の尼子・経久の名が聖譜記述に残っているようにな。私はそれに意味を見出しているのかもしれない」

 人の生き死にに関心を持たず、ただ結果だけを重視する。そう表現すると随分と冷酷である。
 ……無欲よりはマシだが、謀士と呼ばれても仕方ないな。この戦乱の時代には正しいのかもしれないが。

「経久様? どうかされましたか?」
「いや、下らない事を考えていた」

 経久は尻に付いた汚れや埃を払いながら立ちあがる。

「吉童子丸に土産でも買って帰るか」

 きつが何か反応する前に経久は階段を下りはじめる。
 それでも、背後に幾らか意識を割いてきつがしっかり付いてくるかの確認は怠らなかった。






まあ、この時期に尼子・晴久が総長というのはちょっと無理があるけど。

書いてて思ったけど、義経と似てるところあるかな。あるいは初期のセグンドか。
「天性無欲正直の人」と「謀聖」の両方をやろうとしたら物に執着しないのに仕事はきっちりこなす妙なキャラクターに。

尼子十勇士は史料によって名前が違うから十人以上いた、というネタをやろうとしたが、二代の発言によるとしっかり十人だったみたい。残念。



[30184] 戦場の夢追い人
Name: とうゆき◆87d25b54 ID:ee7cf05e
Date: 2011/10/24 10:57
王が道を示したなら
あとは行くのみ
配点(邁進)


 怒号と火薬の破裂音、そして金属のぶつかり合い。
 自分が身を置いていたのはホライゾン・アリアダスト救出の為の最前線。葵・トーリを中心とした突撃隊の中だ。
 自分の役目は分隊の抑えを超えて追走してくるK.P.A.Italiaの戦士団の相手。
 先程までは教皇総長が保持する大罪武装"淫蕩の御身"によって武器が骨抜きにされていたが、今は副会長本多・正純の一計によって武装が使えるようになっている。
 既に三征西班牙の審問艦は見えており、今のうちに少しでも前身しておきたい。

 その為には殿である自分の役目は大きい。自分が役目を完璧にこなせば突撃隊は背中を気にせず、前だけを見ていればいいのだから。
 相手は熟練者で構成された正規の戦士団。精強な軍勢はそう簡単には打ち払えない。だが、
 ……それがどうした!
 無くなった筈の内燃拝気は回復している。
 その意味、自分の先を行く馬鹿が払っただろう代償を思えば、ここで挫けるのは、

「武士の名折れだ!」

 踏み込むと同時に足に鳥居型の紋章が展開、更に突き出した槍の穂先も流体を纏う。
 突きの一撃は相手の防御術式に阻まれて刺撃からただの打撃になり、転倒させるに留まるが今はそれで十分だ。
 すぐさま反転して突撃隊に合流する。

    ●

 自分は尼子家に仕えた家臣の家系だ。
 尼子家が滅ぼされた後は義理の祖父も父も再興運動を行っていたという。
 だが、寡兵ゆえに戦いに敗北し、彼らが旗頭としていた人物は自害して再興運動は途絶えた。
 もう尼子家の再興は不可能だろう。

 けれど、再び出雲の地に戻る方法はある。
 単純な方法だ。松平家が極東を支配した後で出雲の藩主になる人物を襲名すればいい。
 それは意味のない行為かもしれない。
 しかし、このままでは主家に仕え、主家の為に死んでいった人々が余りに報われない。
 家臣の一族である自分が出雲の地の管理を任せられれば、多少なりとも彼らの行動が報われるかもしれない。

    ●

 それが子供の頃の夢。
 青年と呼べる年になった自分はその夢を半ば諦めていた。
 各国の暫定支配を受けている現在の極東情勢では襲名者も六護式仏蘭西が出してくるか、極東から出せても傀儡だろう。
 父から手解きを受けた槍の訓練こそ継続していたが、それさえ言い訳に使う為にすぎない。
 何もしなかった訳ではない。自分は頑張った。悪いのは自分を取り巻く状況だ、と。そんな小さな達成感を得る為の努力。

 そんな諦観を抱えていた矢先に起こった三河の消滅と武蔵内での相対。
 相対が終わり、馬鹿が出陣するとき、自分はそこに加わっていた。
 ……可能性を貰った。
 それは馬鹿が言ったことであり、自分の実感だ。
 前方でくねくねと妙な動きをしている男は"不可能男"の字名の通り何も出来ない。
 教導院の入試に合格出来る程度の学力はあってもそれだけだし、武力の方では高等部はおろか中等部の学生にも負けるかもしれない。それなのに、
 ……世界に抗ってみせた。
 多くの人間が姫の自害を仕方ないと思っていた中で反抗の声を上げ、こうして多くの人間を動かした。
 それはまさに皆を率いる王の所作だ。そのときの自分は畏敬の念すら抱いてしまった。

    ●

 と、回想に浸っていると馬鹿と視線が合った。

「おいおい何だよ俺の方をじっくり見て! まさかコクりに行く前にコクられちまうのか!?」

 思わず槍をぶち込みたくなったが必死に我慢する。

「お前みたいな馬鹿に出来る事なら俺にも出来ると思っただけだよ!」

 先程までの回想を誤魔化すように叫ぶと、

「――へっ」

 馬鹿はしたり顔で笑った。

「――っ!」

 猛烈に負けた気分になった。
 そんなとき、

「!」

 不意に、大気が鳴動した。
 ふと見れば、穂先の刃が曇っている。とりあえず石突きで馬鹿を小突いてみるが、来る筈の反発がない。
 それが意味するのは、

「大罪武装か!?」

 北側に目を向けると、戦士団の相手をしていた分隊が一気に飲まれかけている。
 だが、それは大罪武装の力だけではない。
 在り方こそ違うが、教皇総長も紛れもない王だ。彼が戦場で力を振るい、声を放てばその下にいる者達は奮起する。

 そして士気全開のK.P.A.Italiaの戦士団がこちらに殺到してくる。
 恐らく自分達が審問艦に辿り着くより向こうに追いつかれる方が早い。
 向こうには豊富な経験がある。緊張による体力や精神力の消耗は少ないだろうし、戦場における術式の扱いや荒地の踏破能力など、こちらとは比べ物にならないだろう。
 その上戦場を横断した自分達と違って疲労も軽度ときている。
 殿の自分はそんな相手と真っ先に相対しなければならない。
 初陣にしては随分と厳しい戦場だ。

「けどまあ……」

 自分の父は尼子家の再興運動の折、主君を見捨てた。当時の状況はよく知らないし、歴史再現に則った行動の筈だが、少なくとも父は見捨てたと認識していた。
 昔話として尼子家のことを語って聞かせてくれたときもその場面になると言葉を濁らせた。
 力が足りなかった。口惜しそうに語る姿が目に焼きついている。

 現在M.H.R.R.にいる父は敵味方から槍の名手と謳われたらしい。そんな父でも主君を守ることは出来なかった。
 父より未熟で、武装が使えない自分がどこまでやれるか疑問があるが、

「賭けてもいい。そう思っちまったからな」

 馬鹿と、そいつが惚れた姫なら自分の夢が叶う国を作ってくれる。
 そう信じてここまで来た。それはここから先も同じであり、そこに怯えや後悔は必要ない。

 背後を振り向き、迫りくる戦士団を睨みつける。
 父からは攻撃だけでなく守り方も叩き込まれている。
 全員に対処するのは無理だが、足並みを乱すことくらいは出来るだろう。
 相手がそのまま強行したなら突撃隊が一度に相手をする人数を減らせるし、足並みを揃えようとしたなら幾ばくかの時間を稼げる。
 実にお得な話だ。

 ……これが上手くいったら父にこう言おう。あなたが生き延びて戦い方を伝授してくれたから守るべき主を二人も守れた、と。

 その場に立ち止まり、重りに成り下がった槍を放り投げる。
 先を行く仲間達が息を飲む音が聞こえた。
 彼らは次々に自分の方を振り向き、

「――行くのか!?」

 それは確認であり、気遣いだった。
 しかし、馬鹿だけはこちらを振り向かず、だが走る速度を僅かだが上げた。
 それが馬鹿なりの信頼だったのだろう。
 それを嬉しく思い、そして覚悟を決める。

「俺はここまでだ。総長のお守りは頼む!」
「――Jud.」

 応えながらも、何人かが悲痛な顔や申し訳なさそうな表情を見せた。

「安心しろ。別に死ぬつもりはない」

 何しろ、

「――この戦いが終わったら神社に酒や歌を奉納する仕事があるからな!」
「馬鹿ぁ――!」

 仲間達の声を背に受け、それを原動力に変えて敵の群に飛び込む。



[30184] 【ネタ】無音世界の音楽家
Name: とうゆき◆87d25b54 ID:ee7cf05e
Date: 2011/11/02 09:47
拝聴せよ
我が音楽
配点(音楽家)


 M.H.R.R.は国力維持の為にマクデブルクの掠奪以前は旧派と改派の争いは控えていたが、それでも小競り合いは存在していた。
 これはそんな戦いの一つ。

 戦いも佳境を過ぎた頃、戦場に一つの動きが生じた。
 旧派側の指揮官、M.H.R.R.旧派領邦の有力者であり選帝侯でもあるケルン大司教の旗艦、ボンの甲板に二つの人影が現れたのだ。

 髪を風に靡かせる男と侍女型自動人形だ。
 男の外見は黒髪で耳当てをしている。
 右は碧眼、左は赤眼。だが、左目をよく見れば眼球が透明で奥の血管が透けているだけだと分かる。
 左手にはヴァイオリン本体を、右手には弓を保持している。

「1648年以降ゆえ傍論からの登場申し訳ない」

 眼下の兵士に一礼し、

「ルートヴィヒ・楽聖(ゴットリープ)・ベートーヴェンだ」

 突然現れた男に対して改派側は警戒を強めた。
 旗艦に乗っている人員は役職者でなくともそれに準ずる実力者である可能性が高い。
 しかし護衛艦に守られて戦場の後方に位置するボンのベートーヴェンの行動を制止する事は出来なかった。

「本日は私の聴覚を材料にした神格武装"嵐"(シュトゥルム)そのお披露目演奏会にこれだけ集まってもらって恐悦至極。では早速演奏を始めよう」

 ベートーヴェンは左手で持ったヴァイオリンを肩と顎で支え、弦に弓を走らせる。
 荒々しくも流麗な調べが紡ぎ出されると同時、

《嵐はすべてを飲み込む暴風である》

 大気中に詞が放たれた。
 その直後、戦場に巨大な音が連奏した。

「説明しておこう。"嵐"から奏でられた音楽は流体を打撃力に変換する」

 そこまで言ってベートーヴェンは首を傾げた。
 地上では数百メートルに渡って兵士の誰もが打撃を受けていた。
 それはベートーヴェンを中心に、波紋のごとく彼から離れるにつれて威力が弱くなっている。
 つまり、

「引っ込め、ヘボ音楽家!」「ただの音響兵器じゃねーか!」

 旧派側から怒号が巻き起こった。

    ●

「何分初めてなので調整が完璧ではなかった。申し訳ない」
《嵐は人の支配を受けない》

 耳は聞こえなくともおおよその状況を察する事は出来る。
 ベートーヴェンは謝罪を口にしたが、

「ただ、私の音楽は身分や貧富の差に関係なく万人が聞く事が出来るものだから」

 いまいち反省が見られない。
 そんな彼の肩を背後に控えていた自動人形が指で軽く叩く。
 表示枠を展開しながら振り向いたベートーヴェンは右目を閉じ、左の赤い目だけで自動人形を見据える。

「なんだい、テレーゼ君。君の声はとても綺麗な色をしているから、聞こえないのが実に残念だ」

 テレーゼと呼ばれた自動人形は問いに答えず、自らの額をベートーヴェンの額に押し当てる。

「自重してください。指、折りますよ?」
「――!?」

 大仰な動きでベートーヴェンはふらつき、仰け反る。

「……悲愴な気分だ。この熱情、どう表現すべきか」
《嵐とは天の涙である》

 今度は上から下という指向性を伴った打撃が兵士達を襲い、再び怒号が起きた。



名:ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン
属:ケルン教導院
役:楽長
種:音楽家
特:失聴者






新伯林の強臓式やネシンバラの幾重言葉見てたらやってみたくなったネタ。他に書いてた話より早く書きあがってしまった。

しかし、ベートーヴェン、祖父の方でも1700年以降なんだよね。
聖譜記述の傍論ってどの辺りまで記載があるんだろう。大人しく当時の音楽家にした方が良かったかな。


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