ミッションの概要を説明します
依頼主はクレストセキュリティサービス。ミッション・オブジェクティヴは敵中枢施設の制圧にあります。
敵主力は現在、私達のクライアントであるマグリブ解放戦線の本拠地へと侵攻中です。今回の目的となる首都中心部は手薄になっていると考えて間違いはないでしょう。
また首都の防衛機能も幾度かの空爆によってその機能を低下させており、本格的な復旧が始まる前に仕掛けるのが重要であると私共は考えています。
従って、今回のミッションプランは空中から首都へと降下、防衛施設をすべて破壊、速やかに突入部隊の妨げとなる障害を排除し、その後部隊を援護するという流れになります。
ミッションの概要は以上です。
危険度の高いミッションですが、だからこそクレストはあなたを希望しています。よいお返事を期待していますね 。
北アフリカ某国。
マルチフォームスーツであるIS(Infinite Stratos)の過激な登場により、女性の絶対的権力が増した昨今。
その影響は世界を包み込み、イスラム教を拝するイスラム国家にさえ、その火花が
もたらされることとなった。
男性優位を唱える保守派と女性優位を求める改革派。
世界の潮流に乗るのか否か、国家の行く末を大きく左右するであろう争いは、言論での決着を見ず、「力」での優劣で果たすこととなる。いわゆる戦争だ。
国軍の大半を支配下においた保守派は改革派の拠点へと侵攻を開始。これに対し、改革派も戦力を持ってそれに対抗。
戦力で劣る改革派は徐々に押されつつある戦局に対し、民間軍事企業へ参加を依頼。これによって戦局は大きく変化していくのだった。
『間もなく作戦領域に到達する。レイヴン、準備はできているな?』
「システムに問題ありません、何時でもどうぞ」
報告と返答。
輸送機のカーゴブロック、歩兵用パワードスーツと降下用装備を纏った兵士達の中で一際大きな鋼鉄の鎧に包まれたままその時を待つ。視線は通常よりも高い。今は慣れた景色だが、かつては確かに違和感が拭えなかった。
窓の外には雲海へその身を沈めていく灼熱の太陽。灼熱といってもこの場ではその役割を果たすことはないだろう。
高度一万m、氷点下30゜C以下の凍てつく世界。天空のコキュートスの中をその鉄の翼達は泳ぎ続けていた。
『各員降下準備』
オペレーターの合図、後方ハッチ開放。
装備に包まれた同僚達の表情こそ見えないが、侵入する冷気、戦場への緊張感もあいまってか、空気が引き締まっていくのを感じる。
『十、九、八……』
カウントダウン開始。降下順を再確認、ファーストダイバーは自分だ。
七、六、五……。
足元のペダルの感触を確かめながら、コントロールスティックを今一度強く握り直す。
「三、ニ、一……!」
零。
瞬間。オペレーターの檄を背中に受けながら、機体を大空へと滑らせていく。
上方のセンサーには機体から飛び出していく後続の仲間達の姿。
それは死地へと向かう戦士達の姿だ。
確かに制空権は既に取った。レーダー施設も破壊した。敵正規軍はこちらの主力部隊が引き付けている。
目標は敵中枢。敵主力の留守を狙った上空からの奇襲作戦。すなわち、高高度降下低高度開傘、通称HALOによる首都防衛施設の降下制圧。
それは通常の戦闘より遥かに危険で無謀でなにより愚かな作戦であった。しかし、刻々と迫るタイムリミットの中で、迅速に尚且つ市民に無駄な犠牲を出さずに制圧するにはこれしかなかった。
そして、その中でも高い危険性、それを排除するのが自分の役割であった。
『敵の対空砲の位置を確認した。これを撃破せよ』
「了解」
落下中にも関わらず、課せられた任務。スティックの操作により、武装を選択。
MSAC社製六連マイクロミサイル。
対空砲程度が相手なら十分過ぎる威力の代物だ。電子音、同時にロックオン。恐らく内部協力者によって、目標座標が送られて来ているのだろう、座標を確認。俯瞰図で表された首都の地図に四点赤い印が示される。
発射。
右肩部、長方体状の発射機、その発射管のカバーが外れ、そこから二機ずつ連続で射出される。レーダー上での射出体を確認、高速飛翔。やがてそれは目標との距離を詰め……立ち昇る炎と轟音。立て続けに四つ。
目標の破壊に成功。こちらの動きをようやく察知したのか、直後にサイレンとサーチライトがほの暗い街を彩る。
規定高度到達、落下傘を展開。
落下速度が大幅に弱まり、サーチライトに照らされながらもたいした妨害もなく高層ビルの間に二m超の巨人が降り立つ。
そして、状況の確認をしようとしたその瞬間、首筋に感じる悪寒。直感の赴くままに機体を操作。傘を切り離すと同時にブースター点火、ステップアウト。
着弾。
砲弾は切り離された傘を巻き込みながらビルディングに大きな穴を開ける。ビルディングの壁面を覆うガラスは衝撃によって砕かれ、欠片は爆風によって舞落ちる。
続けてこちらを襲う銃弾の雨霰。その方向、約400m先、敵戦闘車輌を捕捉。敵の銃撃を左右に機体を滑らせる事で回避させながら、指に掛けたトリガーを押し入れる。
発射音。ミサイル射出。それを見届けぬままに移動を開始、レーダーと視界を注視しながらの移動。
響き渡る轟音。赤い爆炎が駆ける機体を背後から照らし出す。
続いて敵を捕捉、前方曲がり角にて敵車輌が一。右斜め後方には、敵航空戦力が接近、データ照合では戦闘ヘリと推測。
前方敵車輌、恐らくは待ち伏せ。こちらが姿を表した瞬間を待っているのだろう。対して後方戦闘ヘリ、まだこちらを捉え切れてはいない。脅威度では戦闘ヘリの方が高い。それに仲間の事を考えれば尚更脅威、ならば……。
速度を落とさぬまま、機体を真後ろへと方向転換。脚部とアスファルトとの摩擦で激しく火花が散るが今は気にしない。方向転換と同時に後腰部ハードポイントから武装を両手に。
戦闘ヘリ接近。レーダー上から距離方位を割り出し、機体のFCSがその動きを追う。
必要なのはタイミング。遠い空中へとその切っ先を向ける。今。
GA社製25mmチェインガン。
重く鈍い発射音と共に、その銃口から銃弾いや砲弾を吐き出していく。曳光弾を含む弾丸がほの暗い町並みを照らし、空気を切り裂く。
それは高層ビルの影から姿を表したヘリコプターのコクピットを殺到蹂躙。制御を失った機体はローターを建物へと接触させながら落下、そして爆発。
脅威目標を排除、続く目標は敵戦闘車輌。
確認と同時に再び向き直り、疾走。
待ち伏せ。こちらが出てくるのを待っているというなら、こちらは敵の想像の上を行こう。
曲がり角まで二百m。流れていく町並みを横目に更に加速。そのままの速度で曲がり角へ。
曲がり角。寸前に跳躍。跳び上がった機体直下を砲弾が通過。
さらに跳躍。前方の建物を足場に真逆の方向へと跳ぶ。足場の建物が崩れるも気にはしない、着地は問題なく成功。
そして跳ねるように疾走する。列ぶビルディング群を足場に敵の方向へ。相手側から見れば視界を外されいきなり消えたように見えるだろう。だがそれは決定的で致命的で何よりも命取りだ。
跳躍。同時にブースターを点火。生み出される加速力を利用し、体勢を整える。空中で機体を一回転、そのまま敵車輌上へと着地。両手に構えるチェインガンはそのまま真下へ。
連射発砲。
弾丸は装甲との接触の瞬間、暗闇の中を火花を照らす。しかし、それもつかの間。上部装甲に多数の孔を開け、敵車輌は小さな爆発の後、完全に沈黙。
「こちらレイヴン、周囲の敵性脅威を排除。作戦の現状はどうか?」
『こちらHQ、作戦は極めて順調だ。各施設へ既に部隊が突入。制圧は時間の問題だろう。まあ、レイヴンは引き続き周囲の警戒を怠らず、高脅威度目標の排除に務めてくれ。それにしてもなかなかの戦果だ、ボーナスを付けよう。報酬は期待してくれて構わんぞ』
「任務了解。報酬の方は、まぁ期待しないで待っておく」
一息ついた所で現状を報告。極めて順調な現状に気が緩んだのか、それとも自信への現れか、報告以外で互いに軽口が溢れる。
周辺警戒の命令。レーダー走査。直後にアラーム音。右肩兵装起動。発射。それと同時に先程、沈黙させた戦車を盾に建物の影へとその身を滑らせる。直後に聞こえるのは破裂音と爆音。
一つは敵機体の20mm機関砲による建物の損壊音。そして一つは火ダルマとなり落ちていくヘリコプターの姿。
右肩部武装、残弾、零。空となったミサイルユニットを即座にパージ。
その場で周囲を見渡す。周辺に脅威となる対象は皆無。住民は既に逃げだしているだろうか?無駄な犠牲は出したくない。
目標は敵中枢だ。敵中枢国家機能の掌握。敵の本陣を落とす事で戦争の早期終結を狙う。確かに真正面からぶつかっても負けはしないだろう。何せ改革派が依頼した相手は、クレストセキュリティサービス社。陸海空において多大な戦力を保有する軍事系企業の大御所だ。装備や人員の質や量から見ても負けはしない。だが、それは負けはしないだけであり、消費はする。特にクレストへの依頼において改革派の資金繰りは長引けば長引くほど危うくなっていく。クレストに撤退されたらそれは改革派にとっては敗北を意味するのと等しい。それゆえの今作戦なのだ。
余計な思考を続けながらも警戒は緩めない。
それから数時間後、敵部隊、保守派の全面降伏の宣言が発表される。
そしてそれは、世界情勢において大きな転換点となるものだった。