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[25220] サトリのリリカルな日々 (リリカルなのは オリ主)【sts編変更、修正しました】
Name: kaka◆0519be8b ID:ee322f37
Date: 2011/08/16 01:01
はじめまして。kakaと申します。

今回、こちらで初投稿させていただきます。
拙い文章ですが、どうぞよろしくお願いします。

以下諸注意

・オリ主は若干チートくさい能力もちです。

・原作キャラとオリ主がくっつきます。

・ところどころ原作崩壊するかもしれません


以上の注意点が気にならないという心の広いお方に読んでいただけると嬉しいです。


1/13 次回からとらハ板に移ります。

1/16 とらハ板に移りました。

2/11 ペース落ちます。すいません

8/16 sts編から内容変更、修正しました。すいません



[25220] 第一話
Name: kaka◆0519be8b ID:ee322f37
Date: 2011/08/16 00:25
 自分には一つ、秘密がある。
 物心ついたころにはもうあった秘密だ。
 誰にも気づかれたことはない。
 親ですら知らない。


いや、知られてはならない。




 自分には――――――――人の心の声が聞こえるのだ。




 そんな自分を俺は異常者だと思っている。


 俺、一ノ瀬希(イチノセ ノゾミ)は物心ついたときにはもう他人の心の声が聞こえていた。
 たぶん、覚えていないだけで生まれたときから聞こえていたのだと思う。
 聞こえる範囲は耳で聞き取れる範囲よりもはるかに広く、その上一人一人が何を言っているのかはっきりをわかってしまう。効果範囲にいれば十人だろうが百人だろうが関係ない。
 聖徳太子もびっくりだ。
 おかげで聞きたくもないような恨み辛みの呪詛の声まで拾ってしまう。純粋無垢であるはずの幼児期なのにおもいっきり心の闇をぶつけられてしまった。
 教育に悪いったらない。
 しかし、それでも俺の心が壊れてしまわなかったのはひとえに両親の深い愛情のおかげだろう。
 うちの両親は大変仲睦まじく、とてもとても大切に、愛情をこめて俺を育ててくれた。その心を生まれた時からダイレクトに受け止めてきたおかげで、無遠慮にぶつかってくる心の闇に精神を侵されずに済んだのだ。
 それでも、自衛のためか同年代の子供たちと比べて精神年齢がかなり高くなってしまった。
 まったく、可愛げがない。
 両親はそんな俺も変わらず猫かわいがりしてくれる。
 はっきり言って親バカだと思うがそこは気にしないでおこう。俺もなんだかんだで両親のことが大好きなわけだし。
 そんな両親にですら俺は心の声が聞こえることを話したことはない。
 理由はいろいろあるが一番大きいのは怖かったからだろう。
 この能力が他の人にはないことは既に気付いていた。
 そして、人間が自分と大きく異なるものを嫌悪し、排除しようとすることも、今まで聞いてきた声から知っている。なので、秘密を話してもし両親に嫌われてしまったらと思うと怖くて仕方がなかった。
 もちろん、両親に限ってそんなことはないだろうという思いもあった。
 それでも万が一……と、思うと話す決心がつかなかった。
 結局今まで秘密を打ち明けたことなんて一度もない。
 これからも、よほどのことがない限りだれにもこの秘密は打ち明けないだろう。
 自分を捨ててまでやりたいことでも見つからない限り。








 物心がついたころになると俺はこの能力を制御するための訓練を始めた。
 別に人の心の声が聞こえる状態なんて普通で、特に何もしなくても生活するのに困らなかったがそれでも無遠慮にぶつかってくる呪詛の声はウザくて仕方がなかった。
 幸い、精神年齢が大人並みになった俺にとっては積み木や玩具で遊ぶなんて何の魅力も感じられなかったので時間ならたくさんある。
 そんなわけで一日中この能力の制御の訓練をしまくった。
 傍から見ればただボケっとしているだけにしか見えなかっただろうが両親は全く気にしなかった。というか両親は俺が何をしようとすべて『希君かわいい~』といって喜んでくれる。
 ……そんな甘やかしていいのだろうかと心配になってきた。俺だからよかったもののほかの子供なら間違いなくわがままで自己中心的な子供になったんじゃないだろうか。兄弟が生まれたら俺がしっかりしてきちんと育てなければ。
 話がそれてしまったので元に戻すが、そんなこんなで訓練は滞りなく行われていった。
 訓練のおかげかもともとそうなるようになっていたのか知らないが拍子抜けするくらい簡単にオンオフの切り替えができるようになった。
 その上いろいろ試行錯誤をしているうちに様々な使い方ができることが分かった。
 気にしない様にしているがマジで異常だ。何者なのだろう、俺って?
 とりあえず当初の目的だったオンオフ切り替えが自然にできるようになったので一旦訓練を止めることにした。
 ちょうどそのころには幼稚園に入学する時期で、今までみたいに日がな一日ぼーっとしているわけにもいかなくなったのだ。感覚的に自転車とか泳ぎ方と同じでやめてもできなくなるってことはなさそうだし。
 しかし、いざ訓練を止めると暇でしょうがなかった。
 今まで本当にそれしかやってこなかったのだから無理もない。
 精神年齢が高すぎるせいでほかの園児たちとは話が合わないし。
 別に孤立しているわけではないのだが自然と一人っきりになってしまうことが多くなってしまう。俺的には困るようなことは何もないのだがこのままでは幼稚園の先生が気にするだろうと思ったので解決策として本を読むことにした。
 これならば一人でいても問題ない。ついでに暇もつぶせるだろうと考えたのだ。
 この選択が自分の人生に大きく関わるとはこの時はまだ思ってもみなかった


 はまった。
 それも大はまりだ。
 今までいろいろな思考を読み取ってきたがそのほとんどがまとまりがなく、しっちゃかめっちゃかだったのに対し、本は理路整然としていて実に面白い。
 今まで聞こえていたが意味まではわからないといった単語の意味が本の知識でわかるようになる。
 それが知識欲を刺激しどんどんと様々な本を読ませていった。
 すぐに幼稚園に置いてある本などすべて読み切ってしまい、近場の図書館にも手をつけ始めた。ジャンルは問わず様々な本を読みまくった。児童書から始まり、雑誌、小説、辞典、教育書、芸術本、スポーツ本など活字があれば何でもよかった。立派な活字中毒者だ。
 なるべく多くの書籍を読むために速読まで覚えたのだからかなりのものだろう。
 その上一度読んだ本の内容はすべて覚えているし、使える知識は有効に使う。
 おかげで幼稚園を卒業するころには精神年齢がさらに上がり、知識量も相当なものとなっていた。成長が追い付いていないのはもう体だけになってしまった。
 こんなところにも異常な点が出てくるなんて。
 しかしどう見ても異常なこの状況にですら両親は動じなかった。
 むしろ、『希君は天才だっ!』とか言い出して歓喜したほどだ。
 ……どう考えても一日中図書館に入り浸ってその上帰り際には限度いっぱいまで本を借りて帰り、すぐに読み切ってしまうのは天才と言わずに異常だというべきだろう。
 外国の医学書とか持って帰ったこともあるし。
 この人たちの愛は心が読める俺でも測りきれん。
 そう思っていた両親なのだから当然のように俺を私立の学校に通わせようとした。
 俺としては公立でもよかったのだが。どちらにしろ今の俺のレベルに釣り合うとは思えなかったし。
 それでも、両親の期待にこたえるのも親孝行かなと思ったので受けることにした。
 入学試験は予想通り簡単ですんなり合格することができた。
 合格自体は特にうれしいことではなかったが両親が喜んでくれたのでよかった。




 こうして異常者たる俺は聖祥大学付属小学校に入学することとなった。








 特に学校生活に対して期待はしていなかったのだがこの学校は予想以上に面白いところだ。
 まず、大学の付属学校だけあって図書館が充実している。
 これはとてもうれしい。
 近場の図書館にはない本がたくさんある。というかもう近場の図書館の本はすべて読破してしまいそうなのだ。
 ……小さいとはいえ二年ちょっとで読破できるとは。
 これだから異常者は困る。
 もう一つの面白い点はクラスメイトだ。
 いや、こっちは全くと言っていいほど期待していなかったのだがうれしい誤算だ。
 と、言っても仲のいい友達ができたというわけではない。最低限のコミュニケーションはとっているが基本一人でいるからな。
 面白いというのは見ていて面白いという意味だ。皆感受性が豊かでそこまで廃れた奴もいないからな。
 特に目立っていて気になっているのが二人ほどいる。
 一人目はアリサ・バニングス。
 両親は実業家のお嬢様でかなり気が強い。
 それでいて成績優秀でテストでも常に満点をとっている。いわゆる天才少女というやつだ。
 しかし、その気の強さが災いしてなかなか友達ができずにいる。
 心の中ではさみしいと思っていても言葉にはできないようだ。見た目金髪美少女というのも周りから声をかけるのにハードルが高いらしい。
 俺から声をかけるつもりは今のところないがそのうち友達もできるだろう。
 次に眼についた人物は月村すずか。
 資産家の娘で家にはメイドまでいるらしい。
 こちらは引っ込み思案の性格だが運動神経は抜群だ。
 こちらも特に仲のいい友達が居るわけではないようだがこれは彼女自身が進んで人から距離をとっているからだ。それは彼女の秘密が原因らしい。彼女は夜の一族と呼ばれるいわゆる吸血鬼らしい。
 実に興味深い話だ。ぜひ一度詳しく調べてみたいが下手に首を突っ込んで火傷したら嫌なので今のところ自重している。家の規模も大きいしな。
 なぜ俺がこんなことを知っているのかというと、それは二人の心を読んだからだ。というかこの学校の人間の心はほぼすべて覗いてしまっている。
 休み時間とかならいいがさすがに授業中まで本を読んでいるわけにもいかないし、授業自体は俺にとって価値がないものなので暇なのだ。
 だから授業中は幼稚園時代に辞めていた能力訓練を再開している。能力使っていたところで授業自体も聞くことができるので万事問題はない。
 まぁ、勝手に人の心を暇つぶしなんかで読むなんて自分でも趣味が悪いと思うけどな。
 そんなわけで今は思っていたよりも退屈せずに過ごせている。










 月日は流れ小学二年生の春休みになった。
 この三年間は特に変わった出来事も起きずにのんびりと過ごしていた。
 相変わらず友達はいなかったがいじめられているわけでもないので良しとしよう。
 そう言えばバニングスと月村はに友達なっていたな。もう一人、高町とかいうやつがきっかけで。まぁ、仲がいいのはいいことだ。
 そんなことより、最近一つ問題ができた。
 図書室の本をまたすべて読み切ってしまいそうなのだ。
 俺にとって由々しき事態だ。
 最近はまた読むスピードが上がってきたので下手したらあと一週間持たないかもしれない。……仕方がないから新しい図書館でも探すか。
 確か学校の近くにも一つあったはずだ。せっかくだからいろいろと廻ってみよう。それで、蔵書量と借りれる数を調べて新しい拠点を見つければいい。できれば未読の本が多いところがあればいいんだが。
 そうと決めた俺は早速海鳴市の図書館にきた。
 しかし未読の本の数はやはり少なく、おそらくここも一カ月もしたらすべての本を読み切ってしまうだろう。
 少しがっかりしたが仕方がない。ある程度予測はしていた事だ。
 早く次の所を探すことにしよう。
 そう思って図書館を出ようとしたところでふと、車椅子の少女が目にとまった。
 どうやら手を伸ばして上のほうにある本をとろうとしているが届かないようだ。
 別に放っておいてもよかったのだが俺は図書館ではマナーよく過ごすことを心がけている。
 大事な場所だからな。ちょっとだけ手伝ってやることにしよう。
 能力も今は切っているので何を取りたいのか分からなかったが、わざわざ能力を使う必要もないのでとりあえず声をかけてみた。

「どれが取りたいんだ?」

 少女は急に声をかけられたことで一瞬驚いていたが、俺の質問の意図を察したのかすぐに返事をしてくれた。

「その上のほうにある料理の本です」

「これか?」

「その隣のやつを」

 指示された本をとった俺はそれを渡すためはじめて少女のほうを向いた。
 親切にされたのがうれしかったのか少女の顔はにこにこと笑っていた。

「おおきに」

 少女はお礼を言って本を受け取ろうと手を出してくる。
 しかし、俺はその手に答えることができなかった。
 その瞬間から、俺のすべては変わってしまった。







 少女の顔を見たとたん、雷に打たれたような衝撃が走った。
 体が熱くなるのが分かり、心臓がバクバク鳴っている。
 それでいて少女から目が離せない。
 そんな生まれて初めて起きた自身の異常に、俺は軽く混乱してしまった。
 これはなんだ? 今までにこんな状態に陥ったことはない。
 自分にいったい何が起きているんだ。

「……? あの?」

 少女にもう一度声をかけてもらった事でようやくまだ本を渡してないことに気付き、慌てて渡した。
 まだ体の異変は治らない。
 しかし、いやな気分ではない。

「おおきに。手が届かんくてこまっとったんよ」

「あ、あぁ。気にしなくていい」

 少女がにこにこと話しかけてくれるが、今は体の異常が気になってそれどころではない。
 状況から考えて原因は眼の前の彼女にあるのではないかと思う。それでも、彼女から離れたいとはかけらも思えなかった。
 本当にどうしちゃったんだ?

「ここにはまだ居る予定か?」

「へ? あ、うん。そうやけど」

 突然の質問に少女はポカンとしている。

「なら少し待っていてくれ」

 そう言って俺は少女を置いてそのまま医学の本が置いてあるコーナーまで一直線に向かった。
 原因を分からないままにしておくことはできない。何かの病気だったら大変だからな。
 それでも、少女の姿が見えなくなるとなんだか悲しくなるのである程度の量の本を持つとすぐに少女の所に戻っていった。
 その持っている本の量と中身に少女は驚いていたが気にせずに読みだす。
 少女を待たすのはなぜか嫌だったので過去最高速度の速読で読み進めた。
 ん、何故だろう? 両親以外の他人を気にしたのは初めてだ。
 そんな疑問が頭をかすめたが、気にせず読み進めると五分もたたずすべての本を読み終えることができた。
 が、今の症状に関する内容は乗っていなかった。
 ならばと、次は心理学の本を持ち出す。なんだか心に関係がある気がしたのだ。
 しかしそれにも納得のいくものは見つからなかった。

「あの……どうしたん?」

 突然の奇行に面食らっていた少女だったが恐る恐る声をかけてきた。
 そこでようやく自分がへんてこなことをしていると気付き、一気に顔が赤くなる。
 何してんだ俺は。こんなことしたら変に思われるに決まっているのに。
 恥ずかしい。
 ……あれ? 変に思われて恥ずかしいだなんて初めてだな。普段は他人にどう思われようが気にしないのに。
 冷静に考えられていないのか?
 ……ん、冷静でない?
 そこまで思ってからやっと現在の状況に合致するだろう一つの可能性に気付いた。

「悪い、もう一回だけ」

 そう断りを入れてからあるコーナーまで来た。
 そこでやっと自分の状況に会う症例を見つけることができた。
 あぁ、これだったのか。
 思いつかないわけだ。
 まさか自分に起きるなんて、まったく考えもしなかった。
 俺はもう一度少女のもとまでもどり、理解できた気持ちを伝える。

「悪い、待たせた。ちょっと分からないことがあって」

 あるコーナーとは恋愛小説コーナー。

「どうやら俺は君に一目惚れしたらしい」

 俺は生まれて初めての恋をした。




[25220] 第二話
Name: kaka◆0519be8b ID:ee322f37
Date: 2011/08/16 00:26
 気持ちを伝えた後の少女の反応は実に面白かった。
 初めはいきなりのことに理解ができずポカンとした。
 次に思考が脳に追い付くとみるみる赤くなっていった。そして、手を振ってわたわたしだした。

「え? ちょ、え?」

 かなり混乱しているようだ。
 というか会った直後から混乱させすぎだな。
 こうやっているのもすごく可愛くていつまでも見てみたいと思うけど。
 さすがに可愛そうか。

「いきなりこんなこと言われて混乱しているだろう。だけど事実だ。別に今すぐ如何こうしたいというわけじゃないので気にしないでくれ。ただ、いやじゃなかったらこれからも見かけたら声をかけていいか?」

 とりあえずこれでこちらの要求は伝えることはできた。後は向こうの返答しだいだな。
 ……嫌だと言われたらどうしよう。向こうの嫌がることはしたくないし。
 でも、辛そうだな。
 などと、俺がいろいろと余計なことを考えている間に彼女は落ち着きを取り戻してくれたようだった。

「あ~、とりあえず一目惚れ云々は置いといて、私とお話ししたいゆうんやったらべつにかまわへんけど……」

「本当か! ありがとう!」

 少女が認めてくれたことで俺は大いに喜んだ。
 おそらく、過去最上級のにこにこ顔をしていることだろう。
 先ほどまでクール系のキャラだったと思うのだがいきなり壊れすぎではないか?
 少女も若干苦笑い気味だし。
 ……ん、そういえばまだ名前も聞いていなかった。

「すまん、自己紹介が遅れた。俺は一ノ瀬希。聖祥大学付属小学校に通っている。春休みが終われば三年生になる。」

 すると少女は少し意外そうな顔をした。

「あ、三年生なん? 私も三年生なんよ。なんや大人びとるからてっきり上級生なんかと思てたわ」

 確かに、俺は小学生の割には落ち着いている。精神年齢も他と比べて高いし。
 ……先ほどの醜態は置いといてだ。

「私の名前は八神はやてや」

 八神はやてか。
 ……よし、覚えた。たとえ記憶喪失になろうともこの名は忘れないようにし
よう。

「これからよろしくな。八神はやて」

「いや、わざわざフルネームで呼ばんでも。はやてでええよ」

「わかった。なら俺のことも希でいい」

「うん、希君な」

「よろしく、はやて」

 こうして俺とはやてとのファーストコンタクトは無事?成功した。








 このあと料理の本を借りていったはやては用事があるからと言ってすぐに帰ってしまった。
 送って行こうかとも思ったが初対面の状態でいきなり家を訪ねるのもどうかと思ったし、何よりはやてが遠慮していたので今回は図書館の前まで車椅子を押してあげることで妥協した。
 はやてと別れるのはすごく悲しかったが引きとめても迷惑なので我慢した。
 それはもうすごく我慢した。
 その後俺は図書館内に逆戻りし、恋愛小説を山ほど読みまくった。すでに読んだことのあるものですら読み返したほどだ。
 帰り際には我に返って未読の本を借りていったが、帰ってもはやてのことばかり気になってなかなか本に手がつけられないでいる。
 そんな俺を心配して両親が話しかけてきた。

「希ちゃん、どうしたの? 今日は本も読まないでボーっとしちゃって。どこか具合でも悪いの?」

「希、何か学校であったのか? 父さんたちでよかったら相談に乗るぞ?」

 確かに今の状況は普段の俺からしたら異常だ。食事もあまりのどを通らなかったし。
 両親に心配をかけるわけにはいかないので今日起こったことをそのまま伝えてあげることにした。
 両親は俺の話を静かに聞いていてくれたが、はやての件になった辺りで目が輝きだし、話が終わると噴火したかのように勢いよくしゃべりだした。

「まぁ! 希ちゃんが初恋! どうしましょう! もっと早く行ってくれればお赤飯炊いてお祝いしたのに!」

「希が初恋か。大きくなりやがって。父さんうれしいぞ!」

「母さんは少しさみしいかな。希ちゃんが遠くに行っちゃうみたいで」

「母さん、私だって一抹の悲しみくらいあるさ。でも、希の新しい門出を祝ってやらないと」

「そうね、分かったわ、お父さん。そうと決まればちゃんと応援しないとね。相手はどんな子なの?」

「よく知らない。今日初めて会ったから」

「つまり一目惚れか! いや~父さんもそうだったぞ。初めて母さんを見たときにビビッと来たんだ!」

「私だってそうだったわ。初めてお父さんを見たときにビビっとね。やっぱり親子って似るのかしらね~」

 そうだったのか。知らなかったな。
 愛情に関しては両親について理解できないと思っていたが結局似てしまうんだな。
 ……微妙にうれしい。

「それで、相手の反応はどうだったんだ? 向こうもビビッと来ていたか?」

「いや、混乱していた。その顔も可愛かったけど」

「そう、向こうはビビっと来なかったのね。残念」

 その後、両親は腕を組んで思案顔になってうんうん唸りだした。
 しばらく待つと二人同時に手をポンッと叩き

「「よし!! 父さん(母さん)が希(ちゃん)の恋を成就させるためにアドバイスをしてあげよう!!」」

 と、提案してきた。
 正直、はやてにどうやってアタックしようかは悩んでいたところだった。
 恋愛小説はたくさん読んだがあれはあくまで物語で、現実で使えるかわからないし。
 それに対象年齢が高すぎて何か違う気がする。
 だから、この提案は願ってもないものだった。
 多少気恥ずかしくも感じたが、両親のことを信頼しているのできっとうまく行くと、この時は思ってしまった。








 作戦その一 相手がどれだけ好きなのか語れ

「俺ははやてに惚れている。どこが好きかと聞かれればすべて好きだと言わざる得ないな。声も髪も顔もからだもこころも、存在の一つ一つが限りなくいとおしく感じているぞ。こんな気持ちは初めてだ。こんな幸運が起きるなんて、神様なんて信じていないが、もしいるのならはやてに合わせてくれたことを感謝したいな。はやてのためなら何でもするぞ。俺は。だから遠慮なく何でも言ってくれ」

「うん、ならこれ以上恥ずかしいこと言わんといて!」

 作戦失敗。顔を真っ赤にしたはやてに怒られてしまった。
 うん、真っ赤なはやても可愛い。




 作戦その二 プレゼントを渡せ

「はやては今何かほしいものはあるか?」

「ん? そうやね~。新しいお鍋がほしいね。今家にあるんは少し大きすぎんねん」

「よしわかった! まかせろ!」

「へ? なんなん?」

 次の日、早速大小様々な形の鍋を用意してはやてを呼んだ。

「の、希君、これは?」

「さあ、いろいろと用意したぞ! 好きなのを上げるからどれか選んでくれ! 全部でもいいぞ!」

「いや、こんなん受け取れへんよ」

「? なぜだ?」

「もらう理由がない」

「はやてが好きだからじゃ駄目なのか?」

「それは理由になってへんよ。だからこんなんは受け取れへん」

「そうだったのか……すまない、気を悪くさせたか?」

「そこまでは言わんけど……こうゆうんは私はあんま好きじゃない」

「そうか、覚えておく」

「ちゃんと返品するんやよ」

「いや、これは自作だから。それは無理だ」

「作ったん!?」

 またはやてを怒らしてしまった。作戦大失敗。





 作戦その三 相手を褒めまくれ

「はやては可愛いな。どこが可愛いか具体的にいうとまずその

「だからそんな恥ずかしいこといきなり言わんといてって!」

 またまた怒られた。
 というかこれは恥ずかしいことだったのか。作戦大大失敗。




 作戦その四 とりあえず抱きつけ

「いやこれは駄目だろ!」

「!? どうしたん? いきなり?」

 実行不可能のため作戦失敗!








 いや、どうも両親のアドバイスは根本的に間違っているようだ。
 何一つ当たらない。
 というかよく考えたらあの人たちの恋愛感事態普通じゃなかった。知り合って二十年近いっていうのにラブラブだし。一般の物とのずれは相当なのだろう。
 しかし困った。このままでははやてに嫌われてしまうかもしれん。
 ……そう考えたら死にたくになってきた。
 いや、はやての心を読めばどうにかできるかも知れんがそれは何となくしたらいけないような気がするし。
 どうにかして早く恋愛相談できる人を見つけなくては。
 誰か詳しい人はいないだろうか。
 そう思って心当たりを探っているパッとある人物が思い浮かんだ。
 うん、この子ならいけるんじゃないか? 頼めば相談に乗ってくれそうだし、何よりもてる。きっといいアイディアをくれるだろう。
 こうして俺は思い付いたその子にアドバイスをもらうことを決心した。








 新学期、俺が学校に行くとその子はもう登校していた。
 友人の二人仲良くとお話している。
 邪魔するのは忍びないがこちらも余裕があるわけではないので会話に割って入らせてもらった。

「話中に悪いが少しいいか? アリサ・バニングスにちょっと聞きたいことがあるんだが」

 突然話しかけられた高町なのは、月村すずか、アリサ・バニングスの三名は驚いたようだった。
 まぁ、俺から他人に話しかけるなんてめったにないからしょうがない。
 むしろ俺のことを知らないかもしれんな。

「何よ? あたしに何の用? 一ノ瀬希」

 お、知っていたか。ならよかった。自己紹介なんて面倒なことをしなくて済む。

「個人的な用事だ。だから出来ればすぐにしてもらいたいが今忙しいのなら後で時間を開けてほしい。頼めるか」

「今ここで言えばいいじゃない」

「私たちは聞かないほうがいいの?」

 月村すずかの質問に俺は少し思案する。
 確かに、頭に浮かんだのはアリサ・バニングスだけだったがいろいろな人に意見を聞いたほうがいいのだろうか? 両親の時のような失敗もないとは限らないし。
 しかし俺が沈黙しているのをアリサ・バニングスは勝手に肯定だと受け止めてしまった。

「わかったわ。すぐ終わるんでしょうね。すずか、なのは、ちょっと行ってくるから」

 そう言ってそのままそそくさと廊下のほうへ歩いて行ってしまった。

「すまんな、少し借りる」

 二人に断りを入れた後、すぐに俺も彼女について行った。
 まぁ、この二人に相談するのはアリサ・バニングスでダメだったときでいいか。
 そうやって俺が黙ってついて行くと彼女は中庭で足を止め、俺のほうへ向き直ってきた。

「で、聞きたいことって何よ」

 腕を組んで偉そうにふんぞり返っているが教えを請う身なので特に気にならない。
 時間も少ないので単刀直入に聞くことにした。

「実は惚れた女ができたんだがアタックの仕方がわからないから教えてほしいんだ」

「……はぁ?」

 彼女は素っ頓狂な声をあげ、目を丸くしている。
 む、いきなりすぎたか。

「なんでそれをあたしに聞こうとしたのよ? 特に仲がいいってわけでもないのに」

 驚いたまま彼女は当然の疑問を投げかけてきた。
 やっぱりいきなりすぎたな。選んだ理由を言っていなかった。

「あぁ、それは君がクラスで一番もてているからだ。何度かこの中庭で告白を受けていたじゃないか」

 すると今度は彼女の顔が一気に赤くなった。
 ん? また変なことを言ってしまったか?
 バニングスは真っ赤な顔のまま抗議するように怒鳴ってきた。

「な、な、なんであんたそんなこと知っているのよ!」

「見かけたから」

 本当は心を読んだからだが。
 しかし今はそんなことはどうでもいい。

「で、すまないが教えてくれないか? 今までの作戦ではどうもから回ってばかりで困っているんだ。このとおりだ」

 俺は彼女に頭を下げて頼んだ。
 昨日してしまった最悪の想像が現実になるのは何としても避けたい。
 しばらく沈黙が続いた後、彼女は疲れたように溜息をついた。

「わかったわ、協力してあげる。その代わりあたしが告白されてたとかそういうのみんなに言っちゃだめだからね」

「本当か! ありがとう、恩にきる」

 ほっとした気持ちになってつい顔がゆるんでしまう。
 そんな俺の様子に彼女は苦笑していた。

「とりあえず、もう始業式が始まるから相手がどんな子なのかだけ教えてちょうだい」

「わかった」

 その後、言われたとおりバニングスにはやての簡単な情報だけ伝えて俺たちは教室へと戻っていった。






 昼休み、バニングスは高町たちとの昼食を断り、俺の相談に乗ってくれた。
 半分いじるような気持ちで好きになった経緯を聞いてきたが、一目惚れだと言ったら驚かれた。

「へー、一目惚れって本当にあるんだ。そんなに可愛い子だったの?」

「可愛いとかそんなレベルじゃない。むしろ、可愛いという言葉は彼女のためにつくられたのではないかと思ったほどだ。目が奪われるとはまさにこのことだな。彼女を見たとき雷に打たれたような感覚に陥った。女神でも降臨したのかと思ったさ。その声もしぐさも表情も、一挙手一投足がすべて愛おしい。そして愛くるしい。俺は口下手だから彼女の魅力を万分の一も伝えられないのが口惜しいよ」

「そ、そうなんだ」

 バニングスはいきなり饒舌になった俺にかなり引いていた。
 地雷を踏んでしまったといった表情をしている。

「と、とりあえずさ、あんたは今までどんなふうにアプローチしてきたのよ?」

 このままもっとはやての魅力について語ったていたかったが、バニングスは話題を変えてしまった。
 むぅ、残念だ。

「あぁ、とりあえず、四つほど作戦を立ててやってみたのだがすべてうまくいかなかった」

「どんなことしたのよ?」

 俺はバニングスに今までの作戦の内容を教えた。
 話を聞いて行くうちにバニングスはなんだか残念な人を見るような眼で俺を見始め、聞き終わる頃には頭を抱えてしまった。

「と、言うわけなんだが。何がいけなかったんだ?」

「全部に決まってんでしょ!!」

 素直に疑問を投げかけただけなのに怒鳴られてしまった。
 そんなに悪かったのだろうか?

「あんたには常識と羞恥心ってもんがないの!? よくこんな恥ずかしいことが堂々とできたわね!」

「気持ちを素直に伝えることは恥ずかしいことなのか?」

「場所も考えずに好き好き言われたら恥ずかしいに決まっているでしょ!」

 そうか? うちの両親はわりかしどこでも好き好き言っていたと思うが。

「と・に・か・く! みんなが居る前で好きだの愛しているだの言うのは禁止! じゃないと嫌われるわよ」

 そこまでのことだったとは! そんなことになったら生きていけない!
 俺はすごい勢いでうんうんうなずいた。

「わ、わかった。がんばる」

「別に好きっていっちゃだめってわけじゃないのよ。ただ、場所を考えなさいって言ってるの」

「はい」

 まいった。思ったよりも大きなポカをしていたらしい。
 次に会ったらちゃんと謝ることにしよう。

「で、愛の告白以外では普段どんな話をしているのよ?」

「そうだな、たいていは本の話だな。彼女もかなり本を読むほうだし。ただそれも結構少ないな。たいていは隣同士で本を読んで、読み終えたら少し感想を述べ合った後にすぐほかの本を読み始めるし」

「本ね、ほかは?」

「あとは料理だ。趣味と言っていたし、俺も作れるから意見交換を少々な」

「あんた料理できるの? 意外ね」

「本に乗っている通りに作るだけだがな。家庭の味とやらは出せん」

「ふ~ん、そうなの」

 バニングスは何やら考え込んでいるようだった。
 少し待つとパッと笑顔になって顔をあげてきた。
 どうやらアプローチの指針が決まったらしい。

「よし! ならその本のと料理の話題をもっと掘り下げるようにしなさい! お菓子なんかを作っていってあげるのもいいかもね!」

「そんなものでいいのか?」

 あまりに拍子抜けな案に少々戸惑ってしまう。
 しかしバニングスは自信たっぷりのようだ。

「あんたはいろいろ段階を飛ばしすぎなのよ! まずはお友達からっていうでしょ? ゆっくりやりなさい。急がば回れよ」

 確かに、バニングスの言うことにも一理ある。
 普通は友達になってからか。

「それにあんた彼女のことよく知らないでしょ? 話を広げていけばもっと相手のことが理解できるわよ。もっと彼女のこと知りたいでしょ?」

 おぉ! それもそうだ! 俺はもっとはやてのことが知りたい! そのためにはまず、話をしなければ!
 そんなことにも気付かないなんて。恋は盲目とはよく言ったのだ。

「その通りだな。ありがとう。おかげでだいぶ指針が決まった。感謝する」

「気にしなくていいわ。なんだかこっちも楽しくなってきたし。後はそうね、あんた自身の魅力を高めるとか? 勉強をがんばるとか、運動をできるようにするとか、見た目にもっと気を使うとか」

「勉強ができて運動神経がよくて見た目がかっこよければ魅力が上がるのか?」

「それだけじゃないけどね。優しさとか気配りとかも重要だけど。まぁ、いきなり全部なんて無理だろうから、とりあえずその長ったらしい髪でも切れば見た目の印象は変えられるからやってみれば?」

 確かに今の俺の髪はだいぶ長い。目は隠れているし、特に手入れなんてしていないからぼさぼさだ。
 気にしたことがなかったので気付かなかったがこれではかなりだらしないのではないか?
 確かによくないな。このままでは一緒にいるはやてまで恥をかいてしまう。

「わかった。早急に何とかしよう」

 俺が素直に従ったのでバニングスも満足気に頷いてくれた。

「まぁ、今回はこんなところかしら。後は今後の変化に応じてアドバイスしてあげるから」

 なんと今後も俺に付き合ってくれるらしい。
 これは予想外だ。

「いいのか?」

 俺が恐る恐る聞くとバニングスは腕を組み、胸を張って答えてくれた。

「あったりまえでしょ! ここまで首を突っ込んだんだから最後まで面倒みなきゃ気が済まないわよ!」

 自信満々に、迷いなく言いきってくれる。
 頼もしい限りだ。本当にありがたい。

「本当にありがとう。この恩は何時か必ず返すから」

「気にしなくていいわ。好きでやっているんだから」

 この後、昼休みの時間がまだ残っていたのでバニングスは高町たちの元へ戻っていった。
 俺にも一緒に来ないかと誘ってくれたが今回は断った。
 これから一つやることができたからだ。
 だが、次に誘われたら付き合ってあげるのもいいかもしれない。もしかしたら、初めての友人ができるかもしれないしな。






 用事が終わり、俺が教室に戻ると皆の視線が一気に集まってきた。
 今までクラスで特に目立つことなどなかったので結構驚いた。
 そう言えば、ここに来るまでもなんだか時々見られていた気がするのだが何かあったか?
 するとほどなくしてバニングスが高町、月村とともに教室に戻ってきた。
 俺を見つけると一瞬怪訝な顔をしたのち、口をあんぐりと開いて驚き、そのまま詰め寄ってきた。

「あ、あんた、一ノ瀬よね!? どうしたのよ!? その髪!?」

 皆もハッと気付いたような顔になり教室内がざわざわとどよめきだした。
 あぁ、みんな俺だと気付かなかったからこっちを見ていたのか。

「あぁ、あの後切った」

 そう、俺の用事とは髪を切ることだったのだ。
 あの後、俺は教室からハサミをとって邪魔されないようトイレの個室に籠って切ってきた。
 もちろん、切り取った髪は焼却炉に捨ててきた。

「あの後って……どうやって?」

「どうやってって、自分でだ」

 髪はいつも自分で切っているからな。これくらいは鏡が無くたってできる。

「雑誌とかに出ている髪型で一番似合うであろうものを再現してみたんだが。変か?」

 記憶している雑誌の中から俺の顔付と合うと思い、思い切ってスポーティーなショートカットにしている。
 ワックスを使っていないので再現度は100%ではないがそれなりにうまくできたと思う。
しかし、バニングスの反応はいま一つだな。
 目逸らされちゃったし。

「へ、変じゃないわよ。うん、似合ってるんじゃない」

「そうか。じゃあ成功だな」

 俺は安堵して胸を根で下した。
 バニングスはなぜかそっぽを向いているがほめてくれたので大丈夫なのだろう。
 問題ははやてが気に入ってくれるかどうかだ。前のほうがいいとか言われてしまったらかつらを買うしかないな。
 そんなことを考えていると周りにわらわらとクラスメイト達が集まってきた。

「一ノ瀬くんなの!? どうしたのその髪?」

「一ノ瀬君!? でもさっきまで髪型違ってたよね?」

「一ノ瀬!? ホントに!? どうしたのこの変わりよう?」

「そんなバカな!? 一ノ瀬がこんな……ちくしょーー!!」

「一ノ瀬君って実は……知らなかった」

 次々に話しかけてきた。しかもみんないっぺんに喋りやがる。
 いや、ちゃんと一人一人聞き取れるけれどはっきり言ってかなりやかましい。

「こらー!! そんないっぺんに話しかけられてもわからないでしょ! ちゃんと順番に喋りなさいよ!」

 一緒に喧騒のなかに巻き込まれていたバニングスの一喝で何とかこの場は収拾をつけることができた。
 なんだか世話になりっぱなしだな。
 しかしその後、教室に来た担任によって俺はまたも質問攻めにあってしまう。






 放課後、すぐに図書館に行こうと急いで帰ろうとしたのだが担任に呼び出されてしまった。
 しかも、心を読むまでもなく怒っているようだ。
 案の定俺の散髪事件についてこってり絞られた。まじめな子だと信じていたのにとか、私だって頑張ってるんだとか、教師だって辛い時もあるんだとか。
 最後のほうはただの愚痴になっていた気がする。
 早くはやての所に行きたかったのだが思いのほか説教は長く、やっと解放されたころには一時間以上もかかっていた。
 急いで図書館に向かったが間に合わず、閉館時間を過ぎてしまっていた。
 俺は地面に膝をつき、がっくりとうなだれてしまう。
 せっかくいろいろと変身してきたのに。はやてと会えないなんて。
 というか次にはやてに会うまで一日待たなくてはいけないなんて。耐えきれない。


 と、そのまま呪いのオブジェのように固まって負のオーラを撒き散らしているとふいに後ろから声をかけられた。

「希君? なにしてんのん? 変なポーズして?」

 救いの声だった。俺は一気に負のオーラを霧散させて立ち上がった。

「はやて! 会いたかった!」

「いや、昨日も会うたやん」

 俺のオーバー気味な喜びにはやては冷ややかにつっこんできた。
 最近は慣れてしまったのかこういう対応が多くなってきてる。いや、反応してくれるのはうれしいんだけどもうちょっとこう温かい反応がほしいな。
 うむ、そのためにもバニングスの作戦を実行せねば。
 はやては俺の顔をまじまじと見つめてから妙に納得したようにポンッと手をたたいた。

「あぁ、なんや今日は遅いとおもたら散髪にいっとたんか」

「いや、遅れたのは先生に説教をくらっていたからだ。この髪は昼休みに自分で切った」

「自分で切ったんか!? そら先生も怒るわ。相変わらず斜め上の行動するなぁ、希君は」

 はやては俺が変な行動をしたせいで先生に怒られたのだと勘違いしているようだ。
 まぁ、どうでもいいことなのでスルーしよう。問題はここからだ。

「それで、どうだ? に、似合うか?」

 そう、大事なのはここだ。もし気に入らないようならすぐにでもかつらを買いに行かなくてはならない。
 運命の瞬間だ。
 はやては俺をジッと見つめた後にっこり笑って判決を言い渡した。

「うん、かっこええとおもうよ。前のと違って眼もちゃんと見えるし。おっとこ前に仕上がってるで」

 そう言ってはやてはグッと親指を突き出してくる。
 作戦初成功!! やった!!
 思わずガッツポーズをしてしまう。走り回りたい気分だ!

「でもあんまり先生を困らすような真似したらあかんよ」

「おう! わかった! 約束しよう」

「返事だけはいつもええんやけどなぁ」

 返事だけはって。俺ははやてとの約束を破るつもりなんて欠片もないのに。
 ……たまに暴走して結果的に破ることはあるけど。
 話がよくない方向に進みそうなので方向転換することにした。せっかく上がった評価を下げられたらいやだからな。

「そう言えばなんではやてはまだ残っていたんだ? もう閉館時間は過ぎていたのに」

 だから先ほど絶望したというのに。
 いてくれたこと自体はうれしいが少し気になっていたのだ。
 するとはやては急にあわてだし、赤くなった。

「へっ! いや、あの、その……今日は希君が来ないからちょっと心配になって。時間もあるし、ちょっとだけ待ってみようとおもてん」

 恥ずかしいのか尻すぼみに声が小さくなっていった。
 だが、充分に聞き取れていた俺は感動した。
 はやてが俺を待っていてくれたなんて。少なくとも嫌われていないのだろう。
 感激だ!

「ありがとう、うれしいよ」

 心が温かいもので満ちていくような感覚がする。
 今、俺は自然に笑顔がこぼれていることだろう。今日はなんて良い日なんだ。
 はやては恥ずかしいのかそっぽを向いてしまったが嫌がってはいないようだった。
 このままずっと一緒にいたかったが無情にも時計は帰る時間を示していた。

「ほな、私はもう帰るわ。また明日な、希君」

 そう言い残して、はやてはこの場を去ろうとした。
 しかし、俺は嫌だった。
 いつもなら我慢が出来ていたのに、今日は我慢できなかった。
 それは先ほどの言葉がうれしかったせいか、一緒にいた時間が短すぎたせいか。

「待ってくれ」

 はやてを呼び止めてしまった。いままでは我慢できたのに。

「ん、なんやの? もう帰らなあかん時間やで」

 本当ならもっと仲良くなってから言うつもりだったのに。
 断られる可能性がもっと低くなってから言うつもりだったのに。
 今日は我慢できない。

「……よかったら、送っていっていいかな?」

 この日、初めて俺ははやての家まで送ろうとしている。

「ええのん? 時間とか大丈夫なん?」

「連絡すれば平気だ。俺のわがままだが今日はもう少し一緒にいたいんだ」

 はやては少し迷っているようだ。送ってもらうのを遠慮しているのか、単純に嫌でどう断ろうか迷っているのか。
 ……後者だったらどうしよう。

「うん、じゃあ……お願いしてええかな?」

 こうして今日は初めてはやての家に行く記念すべき日となった。






 道中、俺とはやての会話は今まで以上に弾んでいた。
 バニングスの教えに従ってはやてと俺の共通の話題を話していたのが良かったようだ。
 得意な料理、好きな本の種類、最近ハマっていることなどなど。おかげで今まで知らなかった一面を知ることができた。
 とても楽しい時間だった。
 しかし、この楽しい時間もいつまでも続くわけではなく、ほどなくしてはやての家までたどり着いてしまった。
 名残惜しいが今日はこの辺で帰ることにしよう。

「ここがはやての家か。なら、俺はここまでだな」

「えっ? もう帰るん? せっかくやからちょっと寄ってかへん?」

 はやての誘いに思わず身を固くする。
 いや、はやての家にはいるのは大変魅力的で是非お願いしたいのだが

「しかし、俺はまだ社会に出ていないし稼いでもいない。そんなでは娘さんを下さいと挨拶してもご両親にいい印象は与えられないと思うのだが」

「いや、どんな挨拶をする気やねん」

 はやてはあきれたように突っ込んできた。
 俺としては本気なんだが。

「それに、両親はおらんから挨拶とかはできひんよ」

「何だ、留守なのか」

 するとはやては少しさみしそうな顔をして言葉を続ける。

「いや、もう亡くなっとんねん」

 何? ……なら、今は……

「まぁ、とりあえず家ん中に入ろうや。そこでいろいろ説明したる」

 俺ははやてに促されるまま家の中に入って行った。
 その時には別のことに頭がいっぱいになっていてもうはやての家に入るというドキドキ感はなくなっていてた。
 そこではやての現状を聞いた。両親の事故のこと。原因不明の病気のこと。父の友人を名乗る男の援助によって生活していること。ただその男は忙しいらしく、今は一人暮らしをしていること。
 すべてを聞いて俺は……自分の愚かさを思い知った。
 はやてのことを何も知らずに。
 一人で盛り上がって。
 自分のことしか考えないで。
 はやての辛さも知らないで。
 何がはやてに惚れているだ。
 自分勝手にもほどがある。
 俺は大馬鹿野郎だ。

「そう……だったか。大変だったんだな」

「最初はな。でももう慣れたわ」

 そう言って微笑んだはやてがなんだかとても儚く見えて俺は思わず目を背けてしまいそうになった。
 しかし、ここで目をそむけてしまったら二度とはやてをまともに見れなくなる気がした。
 だから、目を背けなかった。
 しっかりと、はやての顔を見つめ続けた。

「俺は、はやてにそんなこと慣れてほしくない」

「えっ?」

 辛そうな顔をしてもいけない。
 だってそんな同情をさせるためにはやては俺にこのことを話したわけではないのだから。
 そんな顔をしたところで、はやてに気を遣わせるだけだ。

「辛いことがあったら辛いと言ってくれ。俺に出来ることならなんでもするから」

 なら、せめて、愚かな俺を信じて話してくれたはやてのために何かできることをしてあげよう。

「さみしい時はさみしいと言ってくれ。いつまでも傍にいてあげるから」

 できることなんて微々たるものかもしれない。
 それでも、全力で誠心誠意頑張ろう。

「何でも一人で抱え込まないでくれ。少しでもいいから俺に荷物を分けてくれ」

 こんなことで今まで愚かな行為が帳消しにされるとも思わない。
 それでも

「俺は、はやてを愛しているのだから」

 そう思うと、自然に言葉があふれてきた。

「きみと、家族になりたいんだ」






 俺の言葉を聞いたはやては驚いた顔をしていた。その眼に、だんだんと涙が溜ってくる。

「……ええんか? 本当に? 家族になってくれるんか?」

 それでも、まだ遠慮がちに聞き返してくる。
 俺は微笑んで、はやてを優しく抱いてあげた。

「いいんだ。俺はそれを望んでいる」

 はやてはついに涙があふれ、俺を抱き返してきた。

「もう……寂しいんは嫌や。一人は嫌や! ずっと! ずっと! 一人は辛かった! もう、一人にせんといて!!」

 はやては堰を切ったようにワンワンと泣き出してしまった。
 溜っていた何かを吐き出すように、いつまでも泣き続ける。

「大丈夫、もう大丈夫だ」

 俺はそんな彼女をたまらなく愛しく思った。
 彼女をもう辛い目には合わさない。
 俺が彼女を守り続けよう。たとえ、どんなことがあろうとも。




 俺は心の中で密かに誓った。




[25220] 第三話
Name: kaka◆0519be8b ID:ee322f37
Date: 2011/08/16 00:27
 その後、俺は泣きやんだはやてとともに夕食を一緒に食べた。
 はやての作った料理は小学生が作ったものとは思えないほどうまくて、褒めまくっていたらまた「恥ずかしいことばっか言わんといて!」と怒られてしまった。
 反省せねば。
 しかしそのおかげでちょっと気恥ずかしそうにしていたはやてと元通りにしゃべることができるようになったので良しとするか。




 夕食の片づけをした後、二人で少しおしゃべりをしてから俺は帰宅することとなった。
 泊って行こうかとも思ったがはやてに「もう大丈夫やから、それに明日も学校あるんやろ?」と言われてしまったので仕方がない。
 特に無理している様子もなかったので丈夫だろう。






 その日以降、俺は毎日はやてのうちに遊びにいくようになった。
 平日は学校が終わってから図書館で落ち合い、本を読んだ後家に行き少し遊んで夕食を食べておしゃべりをしてから十時くらいになったら帰る。
 休日は朝から八神家に行き、家事を手伝い、午後になると一緒に遊んだり本を読んだりして、また夕食を食べて十時くらいになったら帰宅するいった具合だ。
 さすがに毎日夕食を御馳走になるのは忍びないので一度食費を渡そうとしたが断られてしまった。
 「お金ことは気にせんでええ」と言って見せてきた通帳には桁が一個ほど間違っているのでないかというほどの額が入っていて大変驚いた。
 それでも、何かお返しがしたかったので自分で作ったお菓子を持っていったりしている。
 おかげで菓子作りならはやてよりも上手にできるようになった。
 はやては悔しがっていたが。
 後は、偶に自宅に招待して夕食を食べてもらっている。が、これははやてのためというよりも両親のためだった。
 両親は俺を溺愛しているので夕食を一緒に食べれないことが悲しいらしい。
 だが、俺の気持ちも知っているので邪魔することもできない。
 その分朝食の時間を長めにとって話をしているのだがそれでは足りないようだ。
 なので、両親の我慢が限界に達したときには、はやてを連れてうちで食べることにしたのだ。
 幸い、両親ともはやてを実の娘のように可愛がってくれるし、はやても両親と仲良くしてくれるので問題はない。
 いっその事毎回一緒に食べないかと両親に誘われたこともあったが、二人っきりで過ごしたいと本心を語った後は諦めてくれた。
 しかしさすがにわがままが過ぎる気もするのでお菓子作りの時は感謝の気持ちを込めて一緒に両親の分も作ることにしている。




 そのほかに、体力づくりとしてランニングも始めた。
 介護には体力も必要だからだ。
 これで万が一病気が治らなくても大丈夫だろう。
 もちろん病気の原因は自分でも調べている。医学本だけでなく、インターネットを使って様々な医者と意見交換をして解決の糸口を探っているところだ。
 正体は隠しているがそれなりに有名になってきたため、最近は情報が集めやすくて助かっている。








 そんなこんなで時間はあっという間に過ぎて行ったが、四月末ごろになると一つ事件が起きた。
 いつものように、授業中に能力の訓練をしていると高町が変なことを考え出したのだ。
 まるで、脳内で誰かと話しているようだ。
 気になって能力の範囲を広げてみるとなんと話し相手を見つけてしまった。
 初めは自分と同じような能力を持っている人かと思ったがどうやら違うらしい。
 二人の話をまとめると、どうやら高町は魔法少女になったようだ。
 ……リアル魔法少女がいるとは。世の中広いな。
 なら俺の能力も実は魔法なのではないか?
 そう思って話を聞いているとどうやら違うらしい。
 俺には昨日、ユーノ君とかいう魔法使いが使っていた念話とか言うものが聞き取れなかったからな。
 魔法が使えるのなら問答無用で聞き取れたはずだというし。
 しかし、だとしたら俺の能力は何なのだろう?
 そうやって取り留めのないことを考えながら盗み聞きを続けていると話はだんだんキナ臭い方向へと進んでいった。
 なんでも、ユーノ君とやらが発掘し、運送していたジュエルシードなる危険物が事故でこの海鳴市にばら撒かれたらしい。
 それに責任を感じたユーノ君が自分で回収しようとしたが無理だったために高町に助けてもらったのが今回の成り行きか。
 ……しかし、これってユーノ君別に悪くないよな? 
 確かに危険物がばらまかれたのはいい迷惑だが事故ならば仕方無いことだ。
 故意なら許されないが。
 それに対して必要以上に責任を感じているようだがはっきりいってその思想は危険だ。
 今も若干暴走気味と言っていいし、何より迷惑かけたくないからと言ってやっていることなのに高町に迷惑をかけるのはいいのか?
 ……まぁ、俺が口をはさむようなことではないか。高町も気にしていないようだし。
 ここでの一番の問題点はいかにはやての安全を守るかだ。
 後、できれば自分も。
 そのジュエルシードっていう奴の特徴はわかったので近づかないようにするのが一番いいかな。
 はやてもそんな宝石が落ちていたら猫ババなんかせずに交番に届けるだろう。
 下手に首を突っ込まないで、静かに問題が解決するのを待つことにしよう。






 そう思って放置をしていたらまたしても問題が起きてしまったようだ。
 順調に進んでいたジュエルシード集めに邪魔者が現れたようだ。しかも高町はそいつと仲良しになりたいらしい。
 ……いや、普通はそう思わないと思うんだが。そういえば高町は喧嘩してから友情を芽生えさせる武道派だったな。
 しかしそのことで悩んでいたらバニングスと喧嘩になってしまったではないか。
 なんでも、辛いくせに自分を頼らずに一人で抱え込んでしまう高町が許せないらしい。
 なんで親友なのに自分を頼ってくれないのかと思っているようだ。
 事情が事情だけに話したくても話せないというのが本当なんだがそんな事を知らないバニングスからしたら歯痒くて仕方がないのだろう。
 しかし、これはどうしたものか。
 別に他の人物なら気にすることもなく普通に放っておくのだがバニングスなら話は違ってくる。
 彼女には恩がある。
 その恩をここらで一つ返しておきたいのだが首を突っ込んでも余計なお世話なのではないか? バニングスはプライドも高いし……
 そんなことを考えていると不意にはやてが声を掛けてきた。

「どうしたん? 珍しく悩んでるようやけど」

 これには俺も驚いた。そんなそぶりを見せていた覚えはないのだが。

「いや、なんとなくやけど。なんや悩みがあるんやったら相談に乗るで」

 そう言ってはやては俺に促すようにえがをお向けてくる。
 うん、超絶可愛い。
 だが、これはどうしたらいいんだろう?
 俺のことをよく見てくれているのは素直に嬉しいがこういうときには困ってしまう。
 直接は相談できないし、何よりこんなこと言ったらはやての重荷になってしまうんではないか?
 そう思って渋っているとだんだんはやての眉根が寄ってきた。
 怒りだす前兆だ。

「なんや私に隠し事か?」

「いや、はやての手を煩わせるわけには……」

「ほう?」

 あっ、やばい。これはスイッチ入れてしまったかも。

「私には一人で抱え込むなゆうといて自分は一人で抱え込むんか?」

 そう、問い詰めるはやての顔は笑顔だったが目だけは笑っていなかった。
 はっきり言ってかなり怖い。
 小学生がなんで出せるって感じのオーラまで出始めている。
 こうなったらおれは降参するしかない。
 素直に相談することにした。
 ただし、隠すべきところは隠して。

「実は友人がほかの友人と喧嘩してしまってな。その友人には恩があるし、悩んでいたみたいだから和解させてあげようかと思っているのだが。この件に関して俺は完全に部外者だから余計なお世話なのではないかとも思ってな。そいつはプライドも高いし」

 俺の説明にふんふんと頷いていたはやてだったが聞き終わる実に簡単なことのように答えを教えてくれた。

「なんやそんなことで悩んどったんか。ええやん。和解させたりーな」

「しかし、お節介かもしれないのだぞ?」

「お節介上等やん。その子が悩んどるんだったらそんなん気にする必要なんかない。文句言われたとしても結果的に和解させることができればその子も納得すると思うで。和解さすんはできるんやろ?」

 ……なるほど。確かにはやての言う通りかもしれない。
 和解させれば後はどうにでもなる。
 しかし、はやては俺のことを信じてくれているんだな。和解さすことは簡単みたいに言ってくれる。

「もちろんだ。ありがとう、はやて」

「ええよ、またなんか悩みがあったら相談に乗るよ」

 そう言ってくれるはやての顔は実に頼もしく感じた。
 さて、はやての期待にこたえるためにも少し出しゃばってみるか。






 翌日、俺が登校すると案の定二人はまだ仲直りしていなかった。
 いつもなら三人で仲良くお喋りをしているのにバニングスは自分の席について憮然としているし、高町はバニングスのほうをときどき見るが基本しゅんとしているし、月村は二人の間を行ったり来たりしてオロオロしている。
 普段クラスで一番目立っている三人組の突然の喧嘩に教室内には気まずい空気が流れていた。
 まったく。何をやっているんだか。
 そんな中、俺は空気を読まずバニングスの説得をしていた月村に声をかけた。

「悪いな月村すずか。またアリサ・バニングスを少し借りるぞ。またすぐ返すから安心してくれ」

「えっ?」

 こんな状況で俺に突然声を掛けられて月村はかなり驚いていた。
 俺とバニングスの顔を交互に見てどうしようか考えているようだ。
 しかし月村が答える前にバニングスが俺を睨んできた。

「悪いけど今はあんたの相談に乗ってあげる気分じゃないの。あっちに行ってくれる?」

 口調こそ荒げていなかったがどうやらかなり機嫌が悪いようだ。
 でもそんなことは気にする必要がない。

「あぁ、お前には聞いていない。俺は月村すずかに聞いているんだ」

「なっ!!」

 そう、今はバニングスの意見はどうでもいいんだ。
 しかし俺の言いようにバニングスは激高してしまう。

「ちょっと! 何勝手なこと言ってんのよ!」

 机を叩きつけながら立ち上がり、俺を睨んでくる。
 月村は展開についていけずオロオロとしたままだ。

「否定の言葉がないようなので肯定と取るぞ。じゃ、すぐ返すから」

「っ!? ちょっと! 離しなさいよ!」

 そのままバニングスの手を掴んで俺は教室の外に出て行ってしまった。
 教室内の生徒には俺の突然の行動に反応できる者などいなかった。




 そのまま俺はいつぞやと同じように中庭までバニングスを引っ張って行った。
 最初こそ抵抗していたバニングスだったが俺の予想以上の腕力に抵抗を諦め、今はおとなしくしている。
 逃げる気もなくなったようなので手を放してやることにした。

「……なによ。私は今人の相談なんか聞いている場合じゃないのに。空気ぐらい読みなさいよね」

 いつものように勝気な態度を取ろうとするバニングスだったが今一つ元気がない。
 俺は説得がやりやすいように能力を使うことにした。

(ほんとにこんなことしてる場合じゃないのに……なのはとどうやって仲直りしたらいいか考えなくちゃいけないのに)

 やはり高町と仲直りしたいようだ。まったく、素直じゃない。

「今日は相談じゃない。借りを返しに来ただけだ」

「借りって……あぁ、あれね。気にするなって言ったでしょ」
(なのは怒ってるかな。でも、なのはが悪いんだから)

「俺の気分の問題だ」

 そう、あくまでこちらの一方的なお節介なのだ。
 でなければ、心ここに有らずな人間をこんな風に無理やり連れ出したりはしない。

「と、いうわけで、アリサ・バニングス。お前と高町なのはを仲直りさせてやる」

「はぁ?」

 バニングスは一瞬ポカンと驚いたようだが、俺の言っている意味を理解するとすぐに食って掛かってきた。

「何言ってんのよあんた! 関係ないでしょ! すっ込んでなさいよ!」
(何言ってるのこいつ! 関係ないくせに!)

 まぁ、こうなるか。バニングスの言う通り、俺は部外者だしな。

「確かにお前の言うとおりだ。これは余計なお節介というものだよ。だが、現状を鑑みるに最善の手で最も早く仲直りできる方法があると思うのだが」

「うっ!」
(なんでこいつのお節介なんか受けなきゃいけないのよ。……でもなのはとは早く仲直りしたいし……)

「何、一つのやり方を提示するだけだ。聞くだけ聞いてみろ。嫌ならやらなければいいだけのことだ」

 バニングスはそのまま黙りこくってしまう。
 心の中では様々な感情が入り乱れているようだ。

(……どうしよう。確かにこいつの言うとおり聞くだけ聞いてもいいかもしれない。でもそれじゃ、私がまるでなのはと仲直りしたいみたいに取られちゃうじゃない。今回の喧嘩は私が勝手に怒ってるだけみたいなものなのに。確かになのはとは仲直りしたいけどそんな風に思われるのは嫌だし)

「それに俺から仲直りの方法を聞いたということも言わなくて構わない。俺も誰にも言わないと約束しよう。ここに連れだしたのもいつもみたいに相談ごとを聞くためだったとでも言えばいいさ」

 バニングスは俺の言葉に驚いていたようだ。
 まぁ、俺は心を読んでいるのだから懸念を払うなんて造作もないことだ。

「……聞くだけよ」
(そうよ、ここまで言っているんだから。聞かないと可哀そうよね。こいつも約束は守ってくれるだろうし)

 やっと受け入れ態勢になってくれたか。
 しかし、ここからが正念場だな。
 俺はなるべくあっさりと、簡単なことのように解決策を提案した。

「簡単なことだ。お前が謝ればいい」

「なっ!」

 バニングスは期待していた俺の策がこんな簡単なことで驚いたようだ。
 同時に、怒りも覚えた。

「なんであたしが謝らなくちゃいけないのよ!」
(それができないから苦労してるんでしょうが! やっぱり、こいつに期待したのが間違いだったわ!)

 この反応は予想通りだが何気に俺の評価低いな。
 ずれたことばかり言ってきたからしょうがないと思うが。

「それが一番手っ取り早い」

「私は悪くない! 事情も知らないのに勝手なこと言わないで!」
(そう、あれはなのはが悪いのよ! あの子が何も言わないから)

「そうだな、俺も事情は知らない」

 嘘だけどな。心読んでいるから全部知ってるんだが。

「だけど、お前らの性格くらいは知っている。予測するに喧嘩といっても互いのことを思いやって、それがつい擦れ違ってしまっただけだろう? 例えば、高町がお前らに秘密を持っていてそれについて悩んでいる。それをお前が何とかしてあげようとして聞き出そうとしたが話してくれなくて頭に来たとか」

「うっ!」
(なんでこいつこんなことが分かるのよ!)

 俺のそのものピタリの推論にバニングスはたじろいだ。
 実際、これくらいの推論は心を読まなくてもできただろうに。
 それくらい、こいつらの性格はわかりやすい。
 純粋無垢だからな。

「図星だな。なら、どっちが悪いもない。それならお前が謝るべきだ」

「……だから、何で私なのよ」
(なのはが謝って放してくれれば、私もすぐに許すのに)

「意志の硬さの問題だ。高町の意思は相当固い。あいつは決して曲がらない。それくらいは知っているだろう?」

「……」
(確かに。あの子以上の頑固者、私は見たことはないわね)

「それに、親友のお前らにすら話せないんだ。何か事情があるのかもしれない。もしそうなら、彼女は絶対に話してくれないだろう」

「……そうかもしれない。それでも」
(私は話してほしい。親友が困っているのに何もできないなんて悲しすぎる)

 ……まったく、なんて顔をしている。そんな風に思わなくても、お前にもできることはあるというのに。
 俺は励ますように、バニングスへの説得を続ける。

「そんな顔をするな。お前にもできることはある」

「私に……できること? 」
(いったい、あたしに何が……)

 バニングスは必死で何ができるのか考えていた。
 しかし、いくら考えても答えがわからず、すがるような眼で俺を見つめてきた。
 そんなに考えなくても、答えは簡単だというのに。
 俺はバニングスの目をまっすぐ見据えて、答えを教えてあげた。

「簡単だよ。『信じて待ってる』と、言ってあげればいい」

「……それだけ」
(そんなことで、なのはを助けてあげることができるの?)

「あぁ、それだけだ。さっきも言った通り、あの子はまっすぐだが何かとため込んでしまうタイプだ。だが、自分を信じてくれる大切な人がいれば、いくらでも頑張れる。だいぶ心も軽くなるはずだ。心を軽くしてあげれば、あの子はきっとうまくやれる。だから、お前が心を軽くしてやれ」

「……うん」

 どうやら、納得してくれたようだな。
 しかしまだ渋っているようだが

(でも、今更謝ったって。許してくれなかったらどうしようかと思うと怖い)

 なるほど。わからないでもないな。
 俺だってはやてと喧嘩して許してもらえないかもと思うと怖くて仕方がないからな。
 しかし、ここは頑張って勇気を出してもらわないと。
 ……仕方ない、少々きついが荒療治ということで我慢してもらおう。

「はっきり言って今のままでは逆にお前は重しになってしまっている。ただでさえ抱え込んでる所にさらに重りを加えてるんだ。下手したら潰れてしまうぞ。そうなったら、回復するのにかなり時間がかかるか、最悪壊れてかもしれないぞ」

「そ、それは!」
(いやだ! なのはが壊れてしまうなんて!)

「俺が言いたいのはここまでだ。先に教室に戻っている、よく考えておくことだな」

「あっ!」

 バニングスは何か言いたそうだったが俺はそのまま彼女に背を向けて、振り返らずにこの場を去った。
 ここまで言えば大丈夫だろう。彼女は頭が良くて、優しい子だからな。
 後は自分できちんと正解までたどり着けるだろう。
 これで、自己満足な恩返しはできたかな?






 俺はそのまま教室に戻らず、図書室に来ていた。
 朝のホームルームまではまだ少し時間があるからな。それまで本でも読んで待つとしよう。
 きっとバニングスは、俺がいると気恥ずかしくて高町に謝りにくいだろうから。




 案の定、俺が教室に戻ると高町とバニングスは仲直りをしていた。
 状況把握のために能力を使ってみると何とバニングスは皆の前で高町に頭を下げたらしい。
 正直驚きだ。
 てっきり二人っきり、もしくは月村との三人だけになったタイミングで謝ると思ったのだが。
 よほど最後の荒療治が効いたのか。
 まぁ、なんにせよこれで胸を張ってはやてに報告ができる。




 昼休み、俺が図書室に行こうとするとバニングス、月村、高町の三人娘がこちらに近づいてきた。
 なんだ? 俺に用でもあるのか? めずらしい。

「ねぇ、今日私たちと一緒にお昼食べない? 朝のお礼もしたいし」

 そう言ったバニングスに月村と高町もうんうんとうなずいてきた。

「アリサちゃんから聞いたの。ありがとう。私たちの仲直りに協力してくれて」

 高町の言葉で俺はようやく納得をした。
 なんだ。
 秘密にしていていいと言ったのにバニングスは喋ったのか。律義な奴だ。
 しかし、俺の答えはすでに決まっている。

「悪いな。昼休みは本を読むことにしてるんだ」

 最近は午後ははやての家で遊んでいるからな。
 以前と比べて読書量が減ってしまった。
 その穴埋めをしなければ。
 そのまま立ち去ろうとしたのだがバニングスに襟首を掴まれたせいで止まってしまう。
 なんだかご機嫌斜めのようだ。

「……あんた、こんな美少女達にお昼誘われてるっていうのに断るとはどういう了見よ」

「間違っていないと思うが自分で美少女というのは反感を買うことがあるからやめておいたほうがいいぞ」

 数年後、黒歴史となる可能性も高いしな。
 大体、いくら美少女に誘われようと俺にははやてがいるのだからなびくわけがないことぐらい知っているだろうに。

「いいから来るの! ほら! すずかもなのはも早く行くわよ!」

 そのままバニングスは俺を引きずって行こうとする。
 そこまでして一緒に飯が食いたいのか? お節介な奴だ。
 あぁ、それは俺も言えないか。

「わかった、自分で歩く。その前に弁当箱と本だけ取らせてくれ」

 俺はしぶしぶ図書館に行くのをあきらめた。
 ……たまにはいいか。はやてにも友達と仲良くしろって言われているし。




 屋上へと行く道中も、俺はバニングスにいろいろと文句を言われ続けた。
 初めっから素直に来いだとか本ばっか読んでるんじゃないとかもっと友達を大切にしろとか。
 ……確かお礼がしたいからって呼ばれたはずなんだが。
 月村と高町はそんなバニングスを窘めてくれていたがあまり効果はなかった。
 しかし屋上まで来るとバニングスは文句を言うのをやめ立ち止り、俺のほうに向き直ってきた。
 月村と高町も同じように向き直る。

「改めて……今朝はどうもありがとう。あんたのおかげでおかげでなのはと仲直りができたわ。本当にありがとう」

「「ありがとう、一ノ瀬君」」

 そう言って三人そろって頭を下げてきた。
 ……いやはや、本当に律義な奴らだ。わざわざ俺なんかに頭を下げるなんて。

「気にするな。朝も言ったがこっちの勝手なお節介だからな」

「それでも、私は救われたわ。だからお礼を言うのは当然のことよ」

「そうだよ! お節介なんかじゃないの!」

「うん、だから、お礼を言わせてほしいの」

 本当に三人とも素直ないい奴らだな。そこまで言うのならこちらも素直にお礼を受け取るとしよう。

「なら、どういたしまして。よかったな、仲直りできて」

「「「うん!」」」

 三人ともすごくいい笑顔で返事をしてくれた。
 悪い気はしないな。はやての言う通り、お節介もたまにはいいものだ。




 この後、俺たちは三人にとって定位置になっているらしい屋上のベンチに腰をかけ昼食をとることにした。
 その間、俺は高町と月村から質問攻めにあってしまうが特に当たり障りのない答えを返し続けた。
 今までもそうしてきたがこうすればこちらに対して興味も嫌悪感も持たれずに済むのだ。
 多少つまらない奴とは思われるかもしらんが問題はない。こうして受け答えをしているうちに弁当を食べ終わったので、本を読もうとしたらバニングスに止められてしまった。

「ちょっと! 何本を読み始めようとしてんのよ!」

「ん? 食べ終わったからだが」

「話している途中でしょ!」

「確かに話の途中に本を読むのはマナー違反だと思うがそちらの都合に合わしてあげたのだからこれくらいは勘弁してほしい。読みながらでもちゃんと受け答えはできるから安心しろ」

「生返事しかできないでしょうが!」

 そう言って本を奪い取ろうとバニングスが手を伸ばしてきた。
 俺は本を読んだままその手をかわす。
 ちらりとも見ずに手をかわした俺にバニングスは驚いたが再び俺の本を奪おうとする。
 それもまた本を読んだままかわす。心を読んでいればそれくらい造作もない。
 バニングスはムキになって何回も本を取ろうとしたがすべてかわし続けるとだんだんと怒りだしてついには立ち上がって怒鳴り出した。

「なんで全部かわすのよーー!!」

「本を取ろうとするからだ」

 俺が平然と答えたのが癪に障ったのかバニングスはそのまま俺に襲いかかってこようとしたが月村に止められてしまう。

「まあまあ、アリサちゃん、落ち着いて」

 月村に窘められたバニングスは一応座りなおしたがまだ俺を睨みつけている。
 高町はそんなこと気に留めずに俺を驚いた眼で見つめていた。

「一ノ瀬君すごいの。なんで見ないでアリサちゃんの手を避けられるの?」

 そう言えば高町は魔法少女で戦闘もよくしているのだったな。
 確か、攻撃を避けるタイプでもなかったよな。なら俺の動きはすごいことだと思ってしまうだろう。
 だが

「完全に見ていないわけじゃない。視界の端に少し映るし、単純な動きしかしていないから避けるのは簡単だ」

 お前のレベルの戦闘基準で考えないでほしい。
 こんなの所詮子供のじゃれあいだ。
 お前みたいにビームを防御できるほうが断然すごいに決まっているだろうに。

「そうかなぁ」

「そうだ」

 高町は納得していないみたいだったかこれ以上は何も言ってこなかった。
 兄たちのような人間もいるのだからこれくらいできてもおかしくはないと思ったようだ。
 すると今度は月村が声をかけてきた。

「本当にちゃんと受け答えしてくれるんだね。邪魔じゃない?」

「これくらいは問題ない」

 百人単位でいっぺんに話されたってちゃんと聞きわけができるのだ。
 それに比べればこれくらい簡単すぎて欠伸が出るくらいだ。

「そう、よかった。なんの本を読んでるの?」

「菓子作りの本。最近よく作るから」

 本当なら医学書を読もうと思っていたのだがさすが俺がそんな本読んでいたら不審がられるだろう。
 下手すりゃ会話が嫌でわざとやっていると思われてしまう。
 それはさすがに失礼極まりないからな。医学書のほうは帰ってから読むことにしたのだ。

「お菓子作りができるんだ。すごいね」

「作り始めたのは最近だがな。なかなか面白いぞ」

 月村は感心したように褒めてくれた。
 はやてのために作り始めたものだが実際、やってみるとなかなかおもしろかったのだ。
 はやてがおいしそうに食べてくれるとこちらもうれしくなるし。
 バニングスは俺の答えを聞いて訳知り顔でニヤニヤしていたが気にしないでおこう。

「あっ、家は喫茶店なんだけどそこでケーキとかシュークリームとかも作っているよ」

「あぁ、知っている。シュークリームが絶品だと聞いている。研究がてら今度食べに行こうと思っていたところだ」

「うん! 待ってるから」

「桃子さんの作るシュークリームは最高よ! 期待していていいわ!」

「それは楽しみだ」

 そんな風にお喋りを続けているとすぐに昼休みは終わってしまった。
 初めは面倒くさいと思っていたがなかなか楽しかったな。
 偶にならこういうのも悪くないかもしれない。
 あくまで、偶にならだが。

「そろそろ教室に戻るか。今日は誘ってくれてありがとう、アリサ・バニングス、月村すずか、高町なのは。思いの外楽しかった」

 俺が素直に礼を言うと三人は変な顔をしてしまった。何か変なことを言っただろうか?

「あんたねぇ、何でいつもフルネームで呼ぶのよ。普通にアリサでいいでしょ」

「私もすずかでいいよ」

「私も、なのはって呼んでほしいの」

 あぁ、なるほど。確かはやてと初めて会った時も同じようなことを言われたな。
 しかし

「ならバニングス、月村、高町と呼ぼう。それで勘弁してくれ」

 友人なら、これで勘弁して欲しい。

「なんでみんな名字なのよ!」

 バニングスは怒ってしまったがこればかりは譲れなかった。
 なぜなら

「悪いな。俺が名前で呼びたい女は一人しかいないんだよ。その代わりそっちはどう呼んでくれても構わないから」

 気分の問題だがな。特別ははやてだけだ。

「あんた……よくもまぁ恥ずかしげもなくそんなことを……わかったわ。それで我慢してあげる。すずかもなのはもそれでいいでしょ?」

「……うん」

「希君ってやっぱりなんかすごいの」

 俺の答えを聞いた三人は顔を赤くしていたが何とか了承してくれた。
 その代わり、彼女たちは俺を下の名前で呼ぶようになった。
 これ以来、俺達はたまに昼を一緒に食べるようになった。
 ただ、この時のことをはやてに話したらまた「恥ずかしいことゆうなや!」と、怒られてしまった。
 ……はやての名前は出していなかったのに。何がダメだったんだろう?






[25220] 第四話
Name: kaka◆0519be8b ID:ee322f37
Date: 2011/08/16 00:28

 そんなことがあった数日後、はやてのいる図書館に向かっている途中でジュエルシードらしき宝石を見つけてしまった。
 いや、普通に歩いていただけなんだがなぜこんなところに落ちているのだろう? 確か昨日まで何もなかったと思うが。
 しかし放っておいてはやてが拾ってしまっては危険だ。どうにかしないと。
 とりあえず、高町にでも届ければいいか?
 いや、しかしなんて言って渡せばいいのだろう?
 そんなことを考えながら宝石を拾い上げて眺めていると後ろから声を掛けられた。

「それを、渡してください」

 振り返ると、金髪で漆黒の衣装とマント、鎌のような物を持った少女が切羽詰まった顔をして立っていた。
 こいつは確か、高町と争っている魔法少女か。名前はフェイト・テスタロッサだったな。
 今日は使い魔と一緒ではないのか。
 というか普段からこんな恰好をしているのか? バリアジャケットとか言う防具らしいがかなり目立つしコスプレみたいで恥ずかしくはないのだろうか?
 と、一瞬でかなりどうでもいいことまで考えてしまったが、それはおいといて。

「どうぞ」

「えっ?」

 俺があっさりとジュエルシードを渡すと彼女は驚いたようだった。
 俺が猫ババするとでも思っていたのか? 確かに願いをかなえるというのは魅力的だが暴走するのなら意味がないだろう。
 まぁ、向こうは俺がここまで知っているということは知らないが。

「じゃあな」

 どちらにせよどうでもいいことだ。
 俺はそのまま彼女を置き去りにして図書館に向かおうとした。
 が

「ま、待ってください!」

 と、呼びとめられてしまった。
 なんだ? まだ何か用があるのか?
 そう思って振り返ると

「あ、あの、ありがとうございます」

 と、言って彼女は深々と頭を下げてきた。
 律儀な奴だ。
 そこまでしなくても俺は拾ったものを渡しただけなのに。
 むしろ厄介なものを引き取ってくれて助かったほどだ。

「あぁ、どういたしまして。それじゃ」

 そう言って再び俺は歩きだそうとしたがその脚をまたしても止められてしまった。
 いや、今度は呼びとめられたわけでなく自主的に止まったのだが。
 なぜなら、彼女の方からぐぅ~とすごいお腹の音が聞こえてきたからだ。

「あっ!」

 と、彼女は恥ずかしそうにお腹を押さえた。
 が、そんなことに意味はない。
 押さえたところで音が抑えられるわけでもないし、そもそも鳴ってしまった後だし。まぁ、反射的に押さえてしまったのか。
 ……確かこいつ戦闘とかバリバリにやっているはずなのに体調管理も碌にしなくて大丈夫なんだろうか? 腹が減っては戦もできぬというのに。
 しかしどうするかな?
 俺としては放っておいてもいいのだがそんなことをしたらはやてに怒られてしまいそうだし。
 いや、言わなければいいのだろうがそれはそれではやてに隠し事をしているようでなんだか嫌だ。
 ……仕方ない。

「これもやる」

「え?」

 そう言って俺は鞄からクッキーの袋を取り出し彼女に渡した。
 はやてと一緒に食べようと思って作ってきたのだが俺の分くらいは分けてやってもいいだろう。
 はやての分はさすがにやらないが。

「とりあえずはそれでも食べていろ。それ以外にも帰ったらちゃんと食事をとるように。顔色が悪いぞ。きちっと体調管理くらいしろ。じゃあな」

 少々おせっかいだったかな?
 まぁ、いいか。はやてもおせっかい上等だと言っていたことだ。
 どうせ二度と会うことはないのだろうし。
 そう言って俺は今度こそ立ち去ろうとした。
 しかし

「あっ! 待って!」

 ……今度はなんだ。いい加減はやての所に行きたいんだが。

「何かお礼を……」

 そう来るか。
 しかし慣れないことはするものじゃないな。面倒臭くなってきた。

「そんなものはいらない」

「で、でも」

「どうしてもというのならまたこのくらいの時間にここで待っていれば俺は通りかかるから待ち伏せでもしてくれ。今は急いでいるんだ。じゃあな」

 彼女はまだ何か言いたそうにしていたが俺は気にせずその場を去ってしまった。
 うん、だってはやてに早く会いに行きたいから。






 その日、後はいつもどおりにはやてと図書館で本を読んでおしゃべりをして遊んだ後、はやての家に行き夕飯を御馳走になってから帰宅した。
 夕飯中、俺は今日の出来事としてコスプレ少女に会った事を話すことにした。

「はやて、そういえば今日変な奴にあったぞ」

「ん? 変な奴ってなんや? まさかなんか危ない目にでもあったんか?」

 はやては心配そうに俺に聞いてきた。
 いかん。話始めを間違えてしまったな。
 心配してくれるのは嬉しいが心配をかけるのはよくないことだ。

「いや、そうじゃない。コスプレ少女に会った」

「コスプレ少女??」

 はやてははてな顔で聞き返してきた。
 うむ、しかしどうしてはやてはこうも一々可愛いんだろう?

「あぁ、何か黒いレオタードみたいな服にマントと鎌みたいなものを持っていた」

「ほぇー、マントに鎌か。変な子が居るんやね。希君みたいや」

 ……どういう意味だろう? 俺はコスプレなんかしてことはないんだが。
 まぁ、いいか。話を続けよう。

「しかもなぜか腹ペコでお腹を鳴らしていた」

「腹ペココスプレ少女って……なんやそれ? 何やっとんねん」

 はやては呆れたようにいう。

「あぁ、さすがの俺もスルーできなかった」

「まぁ、それ気になるわな」

「だから、とりあえず手持ちのクッキーをあげた」

「クッキーってあれか? 私が食べたんと同じ奴?」

「そうだ。本当は俺の分も作ってきていたんだがその分をその子にあげた」

 俺がそういうとはやての顔が若干曇る。

「ふぅ~ん」

 ……あれ? 反応があまり良くないな。
 どちらかと言えば褒めてもらえると思って話したんだが。

「なぁ、その子可愛かった?」

「は? 可愛かったかどうか?」

「美少女か? 美少女やったんか?」

 なんかしきりに美少女かどうか聞いてくるな。
 それがどうしたというのだろう?

「いや、まぁ世間一般的に言えば美少女の類に入ると思うぞ」

「……そっか」

 そういうとはやては若干不機嫌そうに頬を膨らませてしまった。
 なんだろう? また何かやってしまったのか、俺は? クッキーあげないほうがよかったのだろうか?
 聞いてみよう。

「もしかしてクッキーあげないほうがよかったのか?」

 だとしたら今からでも取り返しに行くのだが。
 いや、もう食べられてしまっているだろうから新しいのを作った方がいいのか?

「いや、クッキーあげたんはええよ。ちゅーかクッキーはあげたほうがよかった」

「そうか。よかった」

 ではなんで不機嫌なんだろうか? 
 分からない。能力使えば分かるんだろうが……
 やはり直接聞こう。
 俺は勇気を出してはやてに直接理由を聞くことにした。

「なら、何か拙いこと言ってしまったか?」

「いや、別に何も。希君は悪ないで。うん」

 はやての言葉はいつもと違って歯切れが悪かった。しかし嘘をついているようには見えない。
 何か言ってしまったわけではないのか。ではなんなのだろう?

「まぁ、気にせんといて。ちゃっちゃと食べようや。これ何か自信作やで」

「おぉ、そうか。確かに凄くおいしそうだ。ありがとう、はやて」

「たんと食べてや」

 そうやって考えているうちのはやては早々と話題を変えてしまった。
 その後もすぐにいつも通りの雰囲気に戻ってしまったので大したことはなかったのだと思うがあれはいったい何だったのだろう?






 翌日、同じ時間に昨日と同じ場所を通るとやはりテスタロッサがいた。
 手に何か持って。

「あっ、昨日の」

 俺を見つけると彼女は嬉しそうに近寄ってきた。
 しかし、相変わらずバリアジャケット姿なのはどうだろう?
 俺が言うのもなんだがかなりずれているな。

「昨日はどうもありがとう。クッキー、すごくおいしかった。これ、お返し」

 そう言ってぺこりと頭を下げてから彼女はなんだか高そうなステーキ肉を渡してきた。
 ……なぜに肉なんだ?。
 というか、金は持っているってことだよな。
 異世界から来たっていうから無一文で腹ペコだったのかもとも思ったのだが。
 なら、ジュエルシード集めに集中しすぎて食事をとっていなかっただけか。
 しかしその考えも間違っているということを彼女の次の発言を聞いて知った。

「これで大丈夫かな? これが一番ゼロがついていたらしいんだけど」

 テスタロッサはそんな事を言いながら不安そうな顔をしている。
 ……わかった。
 こいつは金の使い方とか常識とかをよく知らないのか。
 だから買い物するのが怖くて、自分で飯を買っていないのか。
 というか、能力使って確かめてみれば案の定これを買ってきたのは使い魔の方じゃないか。
 しかもお礼の品だとかは言わずにただ単に高い物を買ってきてと言っただけって……
 それは使い魔は犬なんだからこうなるよな。
 うん、アホだ。
 放っておいてもいいんだが……
 俺はノートを取り出し、お金の使い方と買い物の仕方をメモして肉と引き換えに渡した。

「? これは?」

「お前の渡してくれた肉は俺のと比べて量も値段も大きすぎる。だからその分の差し引きお礼だ。それ見てしっかりと買い物をしろ。それと、ちゃんと食事はとるように。じゃあな」

「? ありがとう」

 そのまま俺はまたその場を去ってしまった。
 今度は引き留められることはなかったがなんだか不思議そうな顔をされてしまった。




 そのまま図書館に肉を持っていくとはやてに怪訝な顔をされてしまった。

「なんやその高そうな肉? とゆうかなんで図書館に肉なんか持ってきたん」

「いや、これはだな……」

 俺が説明をすると今度ははやても不機嫌にならなかった。
 というか呆れていた。
 当然だ。俺だって呆れてしまったのだし。

「……とりあえず持って帰って食べよか」

「……そうだな」

 ただ、はやての作ってくれた肉料理がとてもおいしかったので良しとしよう。






[25220] 第五話 前編
Name: kaka◆0519be8b ID:ee322f37
Date: 2011/08/16 00:32
 その後テスタロッサに会うことはなかった。
 まぁ、向こうは忙しそうにしていたし、こっちの名前すら知らないのだから当然か。
 学校では、高町がジュエルシード集めのためにしばらく休んだり、それによって元気のなくなったバニングスと月村を励ましたり、高町が悩みを解決して戻ってきたりしたが、その後は特にたいした事件もなく平和に時が過ぎて行った。




 そして今は6月3日の午後十時半。
 はやての家から帰ってきた俺は台所を占領していろいろと仕込みをしている。
 明日ははやての誕生日なのだ。
 はやてと交渉した結果、明日だけは俺が料理を作ってあげることに同意してもらった。
 なので、今ここには一か月前から用意した明日のパーティー用の仕込みがすべてそろっている。
 はやてもさすがにここまで手の込んだ料理は作ったことがないだろう。明日は人生で最高の時間をはやてに過ごしてもらうつもりだ。そのために、今日は寝る間も惜しんで準備をしなくては。
 こうして、明日への期待を込めて、俺の一世一代の計画は進行していった。


 この後、計画を狂わす大きな事件が起きるとも知らずに。






 翌日、俺は張り切ってはやての家に向かっていた。
 リュックサックには昨日仕込んだ料理や誕生日プレゼントが詰まっている。
 そして両手には特に丹精込めて作った特製ソースの入った鍋を持っている。
 これを作るのに一カ月近くかかったのだ。万が一にも零すことはできない。そのために、リュックに入れずに手で持ってきたのだ。
 はやての家までついたら、まずは一番におめでとうと祝福しよう。そのあとは部屋を誕生日使用に飾り付けをしてお昼にはやての手料理を食べてから少し外に散歩にでも行こう。
 家に帰ってきたらこの特製ソースを使った料理とケーキを作り、盛大にお祝いをしよう。最後に誕生日プレゼントを渡せば完璧だ!
 こうして、今日一日のスケジュールを確認しつつ、俺は浮かれ調子で歩いていた。
 それでも鍋にはかなり気を使って歩いていたので、はやての家まで特製ソースを一滴もこぼさずにたどり着くことができた。
 家にたどり着くと俺は鍋をこぼれないように注意しながら横に置き、玄関のチャイムを鳴らした。
 はやてが喜ぶ顔を想像しつつわくわくして扉が開くのを待っていると――――――――中から薄紅色の髪をポニーテールした知らない女が出てきた。






 瞬間、状況判断しようと頭をフル回転させる。
 この女を俺は見たことがない。はやての話にもこんな特徴をもった女など出てきたことはなかった。
 そしてこの女の服装。
 薄手の黒いインナーウェアのみである。
 明らかに普通ではない。
 不審者と確定。
 能力を発動し交戦体制をとる。
 すると中にも知らない男女が三名いることが発覚した。
 くそっ! こいつを瞬殺してはやてを助けなくては!
 すると女もこちらの殺気に反応してすぐさま攻撃を仕掛けようとしてきた。
 心を読んで腹部に蹴りを入れてこようとしているとわかった俺はカウンターを狙った。
 しかし、外見とそぐわない神速の蹴りに俺は避けるので精いっぱいだった。
 明らかに普通ではありえない。
 最近は鍛えているから能力を使えば俺は問題なく大人だって倒せるのに。
 なんだこいつは!
 しかし、驚いているのは向こうも同じだった。

(馬鹿な! 今のタイミングでかわされただと! ならば!)

「レヴァンティン!!」

 掛け声とともに女の手には剣が現れた。
 これは魔法!!
 俺は内心驚愕したがそんな反応をしている暇などなかった。
 そのまま女は袈裟がけに俺に切りつけてきた。
 目を見開き、全神経を集中してこれを躱すが返しが速い。
 すぐに第二撃が迫ってきた。
 くそっ! まだ中に三人もいるのにこのままではジリ貧だ! こいつに触れることさえできれば勝機はあるのに!
 しかし、そんな余裕なんて欠片もなかった。
 それどころか、このままではあと数回避けるのが精いっぱいだ。
 かといって強引に距離を詰めることもできない。
 完全な手詰まりの状況がさらに悪いほうへと進んでいった。
 女の仲間が騒ぎを聞いて玄関まで出てきたのだ。

(敵か!!)

「グラーフアイゼン!!」

 しかもこいつも魔導師のようだ。
 ハンマーのような武器を出しやがった。
 少女のなりをしたそいつは仲間の加勢をしようと俺にハンマーを振りかざしてきた。
 女もそれに合わせて剣を振ってくる。
 これは……避け切れない。
 せめて、こいつらの顔を脳裏に焼きつける。
 もし、はやてに何かしたら草の根分けてでも探しだして殺してやる。
 そう覚悟して最後の時を待っていると

「やめーーーい!!!」

 はやての叫び声が響いた。
 すると俺に迫っていた剣とハンマーがピタリと止まる。
 家の中を見るとはやてがすごい顔でこちらを睨みつけていた。
 後ろには女の仲間と思われる金髪の女と犬耳の男が驚いた顔で固まっている。

「シグナム! ヴィータ! 何しとんねん!」

 女と少女も驚いたまま固まっている。
 かく言う俺も驚いているのだ。ここまで怒っている姿は初めて見る。

「し、しかし主、この男は」

「その人は私の大切な人や! 乱暴は許さへん!」

 はやての有無言わせぬ迫力に二人はしぶしぶ武器を収めた。
 しかし、まだ俺に対する警戒を解いておらず、いつでも襲いかかれる準備をしている。
 だが俺はそんなことどうでもよかった。
 はやてが俺を大切な人と言ってくれたのだ! こんなに嬉しいことはない! 涙が出そうだ!
 俺が感動を噛み締めているとはやては心配そうに車椅子で俺に駆け寄ってきた。

「大丈夫か希君! どっか怪我とかしてへんか!?」

「……大丈夫だ。はやてが止めてくれたおかげで一撃も喰らっていない」

「ほんまに大丈夫か? ごめんなぁ、痛いところもないか?」

 はやては俺が涙ぐんでいるのを勘違いして俺の体を調べ始めた。
 優しさを直に受け取れてとても嬉しいがこのまま心配をかけるのは忍びないので調べ終わった後も心配そうにしているはやてに微笑みかけてあげた。

「本当に大丈夫だから。心配してくれてありがとう、はやて」

 俺の言葉を聞いたはやてはようやく落ち着いてほっと息を吐き出した。
 そして顔を上げると女と少女のほうを向いて叫んだ。

「シグナム! ヴィータ! どうしてこんなことしたんや!」

 名前を呼ばれた二人はオロオロとしている。
 はやてに怒られたのが堪えているようだ。

「いや、あたしは……シグナムが戦っているからてっきり敵だと思って」

「……すみません主。その男がいきなり殺気を出し始めたのでつい」

「だからっちゅうていきなり襲いかかることはないやろ! 武器まで取り出して! 死んだらどないすんねん!!」

「いや、これは一応非殺傷設定をしてありまして」

「そうゆう問題やない!」

「とりあえず、家に入って事情を聞かせてくれないか?」

 なんだかこのままここで説教を始めそうだったのでとりあえず仲裁してあげた。
 心を読んだところ、今の言葉に偽りはなく、はやてを守ろうとしただけだとわかったからだ。
 なぜこんな状況になったかは知らないがとりあえずは敵じゃなさそうだ。

「……うん、そうやね。でもその前に、二人はちゃんと希君に謝りや」

「……悪かったよ」

「……すまなかった」

 二人は渋々といった風だがちゃんと謝ってきてくれた。
 まだ警戒を解いてはいないがここはこれで良しとしよう。
 こちらとて警戒を解いたわけではないのだし。

「あぁ、こちらもいきなりすまなかった。てっきりはやてを襲う不審者だと思ってな」

 俺も素直に謝ったが二人は釈然としないようだった。
 仕方がない。とりあえずは事情を聞いてからどうするか考えるとしよう。
 そう思ってはやての家に入ろうとして

「ああっ!!!」

「っ!? どうしたん!? いきなり!?」

 俺の特製ソースが倒れていることに気がついた。
 先ほどの戦闘中に倒れてしまったのだろう。
 しかし、そんなことって……せっかくはやてのために一カ月丹精込めて作ったのに……今からじゃ作り直すことなんかできない……
 俺がこぼれたソースの前で絶望に打ちひしがれていると襲ってきた二人は初めてばつの悪そうな顔をしてきた。

「いや、その……すまなかったな」

 先ほどとは違い今度はちゃんと謝ってきてくれる。
 しかし…………今更そんな謝罪なんかいらん!!






 しばらくその場で打ちひしがれていた俺がようやく復活するとみんなでリビングまで移動した。
 そこではやては昨日起こったことを俺に説明してくれた。
 なんでも、誕生日の瞬間を迎えようと12時まで起きていると急に本棚の本が光り出してこの四人が現れたそうだ。その時は気絶してしまったが朝起きるとまだいたので事情を聴くと彼女たちは光り出した本、闇の書と呼ばれる者の守護騎士なのだそうだ。
 守護騎士たちは主を守ることが使命でその主とは本の所有者であるはやてのことらしい。

「と、いうわけで、私はこの四人の主として衣食住の面倒をみることに決めたんよ」

 ……何がと、いうわけでなのかは分からないがともかく四人の面倒をみることにしたらしい。
 はやてらしいと言えばはやてらしいが。
 しかし、大丈夫なのだろうか?
 心を読む限りこの説明に嘘偽りはないようだがだからといってすぐには信用できない。
 こいつらがはやてを慕っているということもわかるが、何か大きなトラブルを巻き込んでくる可能性が高い。第一、何でこんなアイテムがはやての家に在るのかが一番の謎だ?
 そこら辺をはやてに質問してみると

「わからへん。私が物心着いた時にはもう会ったやつや。あの、希君もみた鍵がかかっていたやつや」

 あぁ、あの本のことだったのか。
 しかし、問題解決とはなっていない。
 仕方がないので騎士とやらに話を聞こうとすると

《主、これ以上この男に我々の情報を話すべきではありません》

 話してくれる気はないようだ。
 念話を使ってはやてに釘を刺してやがる。さっきから一々やっているが、意味がないってわからないのか?

《大丈夫やって、希君なら》

 ほらまた却下されているじゃないか。
 そんなに俺が信用ならないか。確かに第一印象は最悪だがそこまで警戒されるなんて。
 過去に何かあったのか?
 しかし、警戒されていようが今は手掛かりがこいつらしかいないので聞くしかない。
 最悪、応用能力その一を使えば無理矢理でも情報は得られるが普通に聞けることは普通に聞いておこう。
 そう思って俺は質問を続けることにした。

「それで、お前らのほうに心当たりはないのか?」

 案の定騎士たちは話すのを渋ったがはやてに促されて仕方なしといったように教えてくれた。

「……闇の書は主が死ぬとランダム転移をするようになっている」

 これも嘘はないな。その転移先がたまたまここだったというわけか。
 しかしそうなると……

「前の主の死因は?」

「覚えていない」

 これは半分嘘か。
 くそっ! ちゃんと覚えていないだけで殺されているじゃないか! 最悪だ! なんでかは知らないがこの闇の書っていう奴は追われる立場ってわけか!
 どうする? こんな危険なものはどこかに捨てておきたいがそれははやてが許してくれないだろう。
 もうこいつらを受け入れると決めてしまったからな。
 こっそりやるにしてもこいつら自身意思がある上俺よりも強いときてる。
 だとすると俺に出来ることは……
 俺が今後どうしようか考えているとはやては騎士たちに質問を続けていた。

「これでこの本に関することは全部教えてもろた形になるんか?」

「いえ、まだ続きがあります」

「なんなん?」

「ですが……」

 騎士は俺のほうをちらりと見てまた渋っている。
 まだ何か厄介なことがあるとでも言うのか?

「ええから」

 やはりはやてには逆らえないようで続きを話し始めた。

「はい、闇の書には『蒐集』という能力があります。ほかの魔導師や魔法生物のリンカーコアを取り入れることで本のページが埋まっていきすべてのページを埋めることができれば主のどんな願いも叶えることができます」

「なんだと!!」

 俺は思考をおもわず中断して叫んでいた。
 どんな願いも叶えるだと! それなら、それなら!

「はやての病気も治すことができるって言うのか!!」

「……可能だ」

 はやての病気が治る! なら捨てるなんてとんでもない!
 何としてでも追手に捕まる前にすべてのページを集めなければ。
 そう思っている俺の横ではやてはとんでもないことを言い出した。

「蒐集なんかする必要はないよ。叶えたい望みなんか特にないしな」

「「「「「なっ!!」」」」」

 これにははやて以外の全員が驚きの声を上げた。

「なぜですか主!? 病気が治るかもしれないのですよ!!」

「そうだはやて! なんでだ!!」

 俺と騎士が詰め寄るとはやては頑として言い放った。

「その蒐集ゆうんは集めるんが大変で相手にも迷惑がかかるんやろ? 私はシグナム達にそないな危険なことをしてほしくない。みんなには私の『家族』になってほしいんや。その『家族』が危険なことをしようとしとったら止めるんは当たり前の話や」

 はやての目には強い意志が感じられた。こうなったら意見を変えることは不可能だろう。
 せっかくのチャンスなのに。
 そう思って落胆しているとはやては俺のほうを向いて微笑みかけてきた。

「希君にもそないなことの協力はしてほしくないな。心配せんでもいつか自分で治して見せるから安心してや」

 ……そう言われてしまったらもう何もできない。
 仕方がない。はやてがそう望むのならあきらめることにしよう。
 当初の予定通り、俺がもっと勉強して治せるようになればいいだけのことだ。
 騎士たちのことも、面倒だがなるべく見つからないようにしてあげよう。
 はやてがそう望んでいるからな。
 こうして、騎士たちへの尋問は終わったが今度は騎士たちから俺への尋問が始まった。

「次は我々の番だ。一つ目、貴様は何者だ」

「ただの本好きの小学生だ」

 これはウソ。ただの小学生は心の声なんか聞こえない。

「時空管理局の魔導師か?」

「ちがう、魔導師なんかじゃなければ時空管理局なんて知りもしない」

 半分嘘。時空管理局のことは知っているが魔導師ではないはずだ。

「うそつけ! じゃあなんでシグナムの攻撃が避けられんだよ!」

「目がいいんだよ。動体視力が特にな。なんなら、調べてくれて構わないぞ?」

 本当。だけどすべてではない。
 確かに避けるのにこの目も必要だったが心を読んで先に動き出さなくては避け切れなかっただろう。

「シャマル」

 ピンクのポニーテールの女が言うとシャマルと呼ばれた金髪がペンデュラムをとりだし俺の周りに展開させた。

「……本当よ。彼にリンカーコアはなかったわ」

 どうやらこれで調べられたらしい。
 それを聞いたヴィータとかいう少女が驚いた顔をしている。

「……では、なぜ主のそばにいる?」

「惚れているからだ。純粋に、守ってあげたいと思っている」

 本当だ。これ以上にはっきりとした事実なんかないというくらいに。
 はやては顔を赤くしていたが今回は場の空気が真剣だったために怒られることはなかった。
 ただやはり恥ずかしいのか、この尋問を強制的に打ち切ってしまう。

「はいはい、もう質問タイムはおしまいや! 私は今からみんなの洋服を買ってくるから。希君、手伝ってな。シグナム達は留守番しといて」

 しかしこれをシグナムとかいう騎士が止める。

「主! 危険です! せめて私たちにもお供させてください」

「いや、お供させろいうても着ていく服がないやん。そんなカッコじゃ外歩けへんよ」

「ぐっ! しかし」

 きっぱりと断ったはやてになおも食い下がろうとする。
 そんなに信用がないとはね。
 というかはやてが困ってるだろうが。
 仕方ない。
 本当なら二人きりで行きたいのだが助け舟を出してやるか。
 時間もないことだし。

「ならそこの紅の鉄騎とやらにはやての服を貸してお供させればいいだろう。ほかはサイズないかもしれんがそいつくらいならはやての服も着れるだろう」

 俺の思わぬ助け船に少々警戒していた騎士たちだが、ほかに方法もないのでこの案を受け入れてくれた。

「なら、俺はこの蒼き狼とやらの採寸をしてくるから。そっちも終わったら教えてくれ」

 こうして俺はザフィーラとか言う犬耳マッチョとともにニ階の部屋に移動していった。
 無論先ほどの助言も今回の手伝いもただの好意からではない。
 この守護騎士とやらと一対一で話がしたかったからだ。はやての前では言えないことをいろいろと言わせてもらおうじゃないか。




 俺とザフィーラは無言のまま採寸を進めていった。
 てっきり向こうから何か言ってくるかと思っていたが何も話しかけてはこない。
 しかし、俺にとってはその方が都合がいい。
 無言でいるときはたいてい何か考えているときだ。
 その考えが誰かに聞かれているなんてまず思わないのでいろいろと情報収集ができる。
 案の定、ザフィーラは俺とはやてについて考えていた。

(今回の主はかなり変わっているな。蒐集をしないどころか我らに家族に成れとは。しかし、悪い気はしない。主も望んでいるのだから、しばらくは様子を見ることとしよう。問題は管理局、そしてこの少年だ。管理局についてはとりあえず大丈夫だろう。ここは管理外世界のようだからな。蒐集をする必要もないので静かに暮らしていればまずみつからんだろう)

 管理局に対しては同意見だな。
 先ほど、能力で高町を探って見たが特に何か感じていた様子もなかった。
 ならば、騒ぎさえ起こさなければ、こんなところにわざわざ調査なんかに来ないだろう。ただでさえ人手不足なのだから。

(今はこの少年、こちらの対処の方が火急の問題だ。主とそれなりに親しいようだが。ただの人なら気にする必要もないのだろうがこいつはシグナムの剣を避けれるほどの戦闘能力を持っている。非魔導師でありながらだ。こんなことは、今までいろいろな世界にいたがあり得ないことだ。何か秘密があるとしか思えない。その秘密が主にとって害になるのかどうかが問題だが……)

 あり得ないっていうのは言い過ぎだと思うが。
 確かに俺は異常だが、この街には俺以外でもあの剣に対抗できる人間くらいいる。高町の兄とか。あの一家も普通ではないが。
 しかし、警戒はされているがヴィータとシグナムほどではないようだな。
 思考も終始、はやての安全のためのものだったし。
 これなら、俺の要求も通りやすそうだ。

「採寸は終わった。まだあちらは時間がかかりそうだから今のうちに話しておきたいことがある」

「……なんだ?」

 俺の唐突な発言にザフィーラは警戒心を強めるが、聞く姿勢は保ってくれている。
 これならちゃんと最後まで話せそうだ。

「俺はお前らのことを信用していない」

「…………」

「魔導師云々のことは信じるとしても他はまだ信用できない。はやてを守護するために現れたとか言っていたがそれが一番信用ならない。大体お前らは追われる立場なのだろう。むしろ、厄介事を運んできたようにしか見えない」

「…………」

「だが、はやてはもうお前らを受け入れてしまった。俺がどうこう言ったところでどうにもならない。ならばせめて、俺だけでも警戒はさせてもらう。はやてに火の粉がかかるようなことをするようなら、全力でお前らを排除するからそのつもりでいろ」

「……好きにしろ。我らとて貴様を警戒している」

 ザフィーラは黙って俺の言葉を最後まで聞き続けてくれた。
 ヴィータやシグナムなら話の途中で激昂して、前に進めないところだっただろう。
 こいつを初めの説得相手に選んだのは正解だったようだな。それに、多少なりとも思い当たる節もあるようだ。
 さて、ここからが本題だ。

「しかし、それだははやては納得しないだろう。おそらく、俺とお前らにも仲良くしてほしいと思っているはずだ」

「……何が言いたい?」

 ザフィーラは怪訝な顔をして俺に訪ねた。

(確かに主はそう思っていそうだが先ほど、双方相容れないと言いきったばかりだ。この問題はどうしようもないだろう)

 そんなことを考えているようだが、手がないわけではない。
 それを今教えてやろう。

「この問題を解決するためにはせめて、はやての前だけでも態度をもっと軟化させてほしい。俺は頻繁にこの家に来るからそのたびに先ほどのような態度を取られてははやての負担になる。はやての前以外では別にどんな態度でもかまわないから少しだけ協力してほしい」

 そう言って俺はザフィーラに頭を下げた。
 少なくとも、俺はそうするつもりなのだ。できれば騎士たちにも同じことをしてもらった方がいい。
 その方がはやての負担にならないで済むからな。

「……なぜそこまでする。我らのことが気に入らないのではなかったのか?」

 俺が頭を下げたのが意外なのか、ザフィーラは驚いていた。
 先ほどまで敵意むき出しだったがしょうがないか。
 しかし、ずいぶんとまた間抜けなことを聞いてきたものだ。さっきも言ったと思うのだが? 聞いていなかったのか?

「はやてに惚れているからだ。はやてに笑顔でいてもらうためなら、この程度のこといくらでもしてやる」

 俺は真っすぐと、真剣な表情で言い切った。
 嘘偽りのない、正直な気持ちだった。
 ザフィーラはしばらく黙って考えていたが、そうしている間にはやての採寸も終わり部屋に戻ることになってしまった。
 このまま答えを聞けずに終わるかと思っていると

「まだ、貴様のことを信用はできない。しかし、貴様の言うことも尤もだ。主のためにもいつまでもこのような態度を取ることは止めにしておいてやる」

 そう言い残してさっさと一人で戻ってしまった。
 説得成功だな。後は、強情そうな二人をどうするかだが、それははやてとの買い物を楽しんでいる間に考えることにしよう。
 そう思った俺ははやてを待たせてはいけないので急いで部屋に戻って行った。


 部屋に戻るとシグナムとシャマルが疲れた様にぐったりとしていた。
 はやてははやてでホクホク顔で「いや~、これはええもんやったわ。はまりそう」とか言っているし。
 ……なんだかはやてがよくない物に目覚めてしまった気がしてならない。
 ……いいか、スルーしよう。






 現在、俺ははやてとヴィータとともに近くのデパートまで来ている。
 ヴォルケンリッターズの服と、今夜のパーティー用の食材を買い足すためだ。
 騎士たちが来るなんて考えてもいなかったので用意していた量だけでは足りなかったのだ。特製ソースもなくなってしまったし。予定が完全に狂ってしまった。
 俺のソースが……
 そんなふうに若干落ち込んでいる俺を放っておいて、はやてはヴィータと共に楽しそうに服を選んでいた。かれこれ二時間近くは選んでいる。
 対するヴィータははやての好意的な態度に若干戸惑っているようだ。今までの主は騎士たちを道具扱いしかしていなかったようなので仕方ない。
 しかし、はやてをそんな奴らと一緒にしないでもらいたいな。
 はやてはとても優しい子なのだから。




 やっと服を選び終えた俺たちは地下の食品売り場まで来ていた。
 後は、俺が食材を買いそろえれば買い物は終了だ。

「ほな、シグナム達も待っとるし、さっさと終わらせようや」

 そう言ってはやても一緒に食材コーナーへと進もうとしたが

「待ってくれ、はやてはここで待機していてくれないか?」

 俺はそれを止めた。

「なんでや?」

 はやてが振り返って不思議そうに聞いてきた。
 やばい。メチャクチャ可愛いじゃないか。カメラ持ってくるんだったな。

「パーティー料理はサプライズが基本だからな。材料もなるべく秘密にしておきたい。なるべく早く帰ってくるから少しだけ待っていてくれ」

「う~ん、わかった。ほんなら、待っとるわ」

 はやては少し残念そうにしていたが素直に俺に従っていくれた。
 そのままはやてをベンチまで連れて行き、

「すぐ戻ってくるからな。行くぞ、紅の鉄騎」

 ヴィータに声をかけた。
 するとヴィータは俺のことを睨みつけてきた。

「なんであたしまで行かなくちゃいけねーんだよ」

 当然のようについてくる気はなかったようだ。
 というかはやてのそばを離れる気がないのだろう。
 今までだって車椅子を押すのこそ俺に任せていたがずっと横に張り付いていたし。
 しかし、ここで来てもらわなくてはこちらが困る。

「一人では持ち切れないし時間がかかる。それに、誰のせいで買い足しをする羽目になったと思っているんだ」

「うっ」

 俺の正論にヴィータは少し怯んだ。料理を駄目にしたことに多少なりの罪悪感はあったようだ。

「ヴィータ、手伝ってあげてや。私は一人で大丈夫やから」

「くっ、はやてがそう言うんなら。さっさと行くぞ」

 はやての援護もあってヴィータは俺についてきてくれることとなった。
 よし、うまくいった。
 俺たちははやてをそのままベンチに残し食品コーナーまで歩いて行った。
 はやてが見えなくなった辺りで俺は本題に入る。

「さて、紅の鉄騎。お前に一つ忠告しておく。あまりはやての前で俺に殺気を向けるな。はやてが気にするだろう?」

「あぁん! だったらテメーが消えればいいだけのことだろう」

 ヴィータはすごい勢いで俺を睨みつけてきた。
 今にも俺に殴りかかってきそうな勢いだ。

「それはできない。お前らが俺を信用していないように、俺もお前らを信用していない。そんな奴らにはやてをまかしておくことなんてできない」

「なんだと!」

 ヴィータが怒鳴り声をあげたせいで周りの人たちがビクッと反応する。
 予想していたとはいえもうちょっと周りのことも考えてほしい。
 はやてに聞かれたらどうするんだ。

「しかしはやてがお前らを受け入れている以上俺にはお前らを排除することができない。だから警戒だけでもしておく。ただ、そんな態度を取っていればはやてが気にするからそれを見せないようにくらいはしないとな。別に仲良くしろと言っているわけではないんだ。はやてのためにはどうした方がいいかくらい考えろ。じゃあ、俺は精肉コーナーに行ってくるからお前はこれを買っておいてくれ」

 俺はそう言ってヴ―タにメモを渡すとそそくさとその場を離れてしまった。
 ヴィータは何か言いたそうにしていたがそのまま追ってくることはなかった。
 こいつはすぐ熱くなるタイプのようだから、少し間を置いた方がいい返事が利けるだろう。


 欲しい物をそろえてレジに行くとタイミング良くヴィータもレジに来ていた。
 まぁ、能力使って監視していたので当たり前なんだが。
 ヴィータも俺を見つけると睨みつけながらも近づいてきた。

「……書かれたものは揃えたぞ」

「あぁ、ありがとう。さっさと買ってはやての元に戻るとしよう」

 すぐにレジを済ませてはやての元に戻って帰ることにした。
 道中、ヴィータは相変わらず俺に友好的ではなかったがそれでも殺気を向けては来なくなった。
 なんだかんだでわかってくれたようだ。
 さて、あと二人か。どうなることやら。




[25220] 第五話 後編
Name: kaka◆0519be8b ID:ee322f37
Date: 2011/08/16 00:34
 俺たちが帰宅するとはやては早速皆を着替えさせ、ファッションショーを始めた。騎士たちは困惑していたがはやては実に満足そうだった。
 俺はその間急いで部屋をパーティー用に飾り付けをしていたので見ていなかったが。
 その後、遅めの昼食を取ってから俺はキッチンを独占した。本当ならはやてと遊ぶ予定だったが量が増えてしまったので今から作り始めなくては間に合わなくなってしまうのだ。
 はやても騎士たちのバリアジャケットの形を考えなくてはならなず、忙しいので仕方ないのだが。
 それでも残念だ。
 そう思って若干ローテンションで料理を続けているとシグナムがキッチンに侵入してきた。
 俺は手を止めずに声をかける。

「何か用か? 心配せずとも毒なんか入れていないぞ」

 シグナムは俺の言葉に反応せず、ただ黙って俺を険しい顔で見ているだけだった。
 仕方がないので能力を使って探ってみると

(この男は本当に何者だ。ザフィーラとヴィータの話を聞く限り、主への好意は本物のようだが油断できない。そもそも、こんな子供になぜ私の剣が見切れる? 確かに、魔導師ならば稀に幼くして私と戦えるほどの才能を開花させている奴もいるが、それでもあのタイミングと間合いで避けるなんてまずできないだろう。ましてこいつは非魔導師だ。用心に越したことはない。万が一にも、主を危険にさらすわけにはいかないのだ)

 ……なんというか、随分と高い評価を貰っているな。
 しかし、こうも皆がはやてのことを思っているとなると少々こいつらへの態度を軟化させてもいいかもしれないな。
 まだ警戒は解かないが。
 とりあえず、いい機会だからこいつにも俺の考えを教えておくか。

「警戒を解けとは言わないがいつまでもはやての前でそんな態度を見せるなよ。はやてが気に病む」

「……その話は聞いた。貴様の提案に乗るのは癪だが主のためだ。協力してやる」

 なんだ、素直に協力してくれるのか。意外だ。
 しかし、それならば俺から言うことはもうないな。

「ならいい。後は好きにしてくれ」

 そう言って俺は料理に集中しようとしたがシグナムの話はまだ終わっていなかった。

「一つ聞きたい。なぜお前は私の剣を見切ることができた? ただの子供にそんな芸当ができるはずがない。我々がお前を警戒する一番の理由はそれだ。納得のいく説明がほしい」

「さっきも言ったろう? 多少体を鍛えていたし、何より、俺は動体視力が良いんだ」

「多少動体視力がいい程度で避けられるほど、私の剣は甘くない」

 シグナムは納得できないようだ。
 相当剣に自信があるのだろう。確かに凄まじかったからな。能力がなければ初撃でやられていただろうし。
 しかし、本当のことを喋るわけにもいかない。何とか誤魔化さなくては。
 そう思った俺はメモ帳を指差し、シグナムに指示を出した。

「そのメモ帳の何処でもいいから好きなことをかけ。そして閉じた後、俺に向けてできるだけ早くパラパラと捲ってみろ」

 シグナムは言われたとおりに何か書いた後、俺に向けたメモ帳を捲って見せた。

「……45ページの右下に小さく『烈火の将』か」

「何っ!」

 驚いたシグナムはあわてて自分が何ページ目に書いたのか調べ始めた。
 このメモ帳にはページ数はかいていない。
 つまり俺はあの一瞬でページ数まで数えていたのだ。
 確認を終えたシグナムはさらに驚いていた。

「これでわかっただろう? 俺の眼の良さは多少程度じゃないんだよ。弾丸に書かれた文字だって読み取れる自信はある」

 実際はそこまで出来るとは思わないが多少誇張したところで今は信じるだろう。
 それにこれくらいは言わないと、シグナムの剣を避けた言い訳にはならないだろうからな。
 案の定、シグナムは俺の言葉を信じたようだった。

「……確かに多少程度ではないようだな」

「あぁ、それに避け方自体はそれほど熟練したものではなかっただろう? 格闘技の本を読んだことはあるが戦闘の経験はないからな。紅の鉄騎が加勢に来なかったとしてもあと1,2撃避けるのが精一杯だっただろうし、何より反撃の手段がなかった」

 確かに、とシグナムは先ほどの戦闘を思い出して考えていた。
 俺の戦い方は避けれている割には精彩さに欠けていたようだ。
 ふむ、いつ敵が来るかわからない状況になってしまったことだし、もう少し鍛えてみるか。
 しかし、シグナムはまだ疑問が残っているようだ。

「その目はどうやって手に入れた」

 俺の異常な目の良さに何か改造処置を施されたものだと思ったようだ。 
 魔法ってそんなこともできるのか? だとしたらすごいな。

「生まれる付き良かったが本を大量に読むために鍛えた。はやてに聞けばわかると思うが俺の特技は速読だ。今のようにパラパラと捲っただけで本の全内容を記憶できる」

 これははやての前でも普通に見せている。初対面の時もやってしまったしな。
 一度、本当に読めているのかと疑われたときにテストされたが余裕で全問正解だった。
 この時ははやてに褒められてすごい嬉しかったな。
 だが、調子に乗って手あたりしだいに速読したらすぐにはやてと通っている図書館の本もすべて読み切ってしまった。おかげで図書館にいるのに別の所から持ってきた本を読まなくてはならなくなってしまった。
 まったく、面倒臭い。

「主に確認を取って見るがとりあえず信じてやる。だがまだお前を信用したわけではない。妙な真似をしたらすぐにたたっ斬ってやるから覚悟しておけ」

 そう言い残してシグナムはキッチンから去って行った。やれやれ、なんだかんだ言っていたが本題は俺に釘を刺すことか。
 言われなくても、俺ははやての害になることなんかしない。
 しかし、とりあえず話し合いができて良かった。
 後一人、話していない奴もいるが、とりあえずは料理に集中するか。
 そして俺はパーティー料理作りに専念することにした。




 しばらく料理を続けていると今度ははやてがやってきた。
 なんだろう? つまみ食いにでも来たのか?

「どうしたはやて? 何か用か?」

「うん、あとどれくらいでできるんかなぁと思て見に来たんよ」

「あぁ、それならもう少し時間がかかる。すまない。お腹がすいてしまったのか?」

 思っていた以上の量にだいぶ時間が押してしまっているからな。
 はやてを空腹にさせてしまっただろうか? それならば急がないと。

「あぁ、そうやないねんけど。それならちょっとの間こっちの部屋に入らんでくれるか?」

「部屋に入らないで欲しい?」

 なぜだろう? まさか奴らに説得されて俺のことが嫌いになってしまったのだろうか?
 いや、はやてはそんなことで嫌ったりはしないはずだ。それに奴らもそこまで変なことを言っていなかったはずだし……
 いや、でも、万が一……

「いや別にそないな顔せんでも変なことは言わへんよ。別に希君のことを嫌いになったわけでもない」

 そう言ってはやては俺のことを窘めた。
 ……そんなに顔に出ていたか? 自分じゃ何も変わっていないと思っていたんだが。
 しかしそれなら何を話すんだろう?

「俺が聞いたら拙い話でもするのか?」

「う~ん、まぁそこまで聞かれたらまずいっちゅう訳やないけど……聞かれたらはずいねん

「ん? すまないはやて。よく聞こえなかったんだが」

 なぜはやては赤くなっているんだ? 可愛いけど。

「ああ、もう! あれや! ガールズトークするつもりやから希君は聞いたらあかんねん!」

「ガールズトーク?」

「そうや! そうゆうわけやから聞いたらあかんで。終わったら言うからまっとってや」

「? わかった」

 そう言ってはやてはそそくさと部屋に戻ってしまった。
 しかし、ガールズトークって何を話すのだろう? というかガールズなのにザフィーラはいいのか?
 ……気になる。
 だが、はやてに聞くなと言われてしまったからな。我慢しよう。
 後、能力も切っておかなければ。勝手に聞こえてしまう。
 騎士たちを監視から外すの少々不安だが、今までの奴らの行動と考え方を見ればはやてに害なすことはしないだろうし。
 しかし、気になるなぁ。何を話す気なんだ? はやては。






 しばらくしてはやての話が終わるころとなると、俺の準備もすぐに終わった。

「……これは」

「……うめぇ」

「あらあら、おいしいわねぇ」

「…………」

 夕食時、出来上がった料理を振舞ったがとても好評だった。
 シャマルは普通においしいと言ってくれたしヴィータやシグナムも思わず声が出てしまっていた。ザフィーラは感想を言ってくらなかったががつがつと食べまくっていたのでおいしかったのだろう。
 何より

「メチャうまいやん! さすが希君やなぁ」

 はやてが喜んでくれている。
 これだけで頑張った甲斐があったというものだ。

「ありがとう、まだあるからどんどん食べてくれ」

 俺は笑顔で皆に促した。
 はやてがおいしいと言ってくれる度に、俺の顔はどんどん弛んでいった。
 あぁ、おいしそうに料理を頬張るはやて可愛い。天使のようだ。これを見るために俺は生まれてきたんじゃないだろうか。ずっと見ていたいなぁ。あぁ、可愛いなぁ。なんでこんなに可愛いのだろう?
 そんなふうにだらしなく笑っている姿を見て、騎士たちは驚いていたが俺は無視した。
 今ははやての顔を見るのに忙しいのだ。
 そうやって見続けているとはやてもそのことに気付いたようだ。

「なんや、私の顔になんかついてるか?」

 そう言って確かめるように自分の顔をペタペタと触りだした。
 あぁ、本当に可愛いなぁ。

「いや、はやてが俺の料理をおいしそうに食べているのを見れて幸せだなぁと思って。可愛いよ、はやて」

 俺の素直な感想にはやては

「だから恥ずかしいセリフは禁止やってゆうとるやろ」

 と、注意してきた。さすがにもう慣れたのか顔が真っ赤にはなっていない。

「……でも、まぁ、ありがとうな」

 しかし、若干耳を赤くしてお礼を言ってくれた。
 いろいろと予定がくるってしまい大変だったがそれだけでもう、今日一日の苦労が報われた気がした。

「どういたしまして。それと、誕生日おめでとう」

 そして、思い出してみれば今日一日ずっと言っていなかったお祝いの言葉をはやてに伝えた。







 俺の料理は最後に出した誕生日ケーキまですべて好評価をもらえた。特に、最後のケーキに至ってはヴィータを『ギガうめぇ!』と叫ばせるほどのものだった。
 菓子作りが一番得意だからな。特製ソースが使えなかった分、特に気合を入れた甲斐があったというものだ。
 料理を食べ切った後、俺ははやてに誕生日プレゼントを渡した。前にはやてが欲しがっていた新しい鍋だ。

「ありがとう、希君。覚えとってくれたんやね」

 今度ははやてもちゃんと受け取ってくれた。
 よしっ! やっとプレゼント作戦成功だ!
 俺は思わずガッツポーズをして喜んだ。
 騎士たちは誕生日プレゼントが用意できなかったので悔しそうに俺の様子を見つめていた。
 それに気付いたはやてが慰めたおかげだいぶ機嫌は治ったが少し落ち込んでいるようだ。
 その後、俺が後片付けをしている間にはやて、ヴィータ、シグナムの三人はお風呂に入った。できれば、家にいる間はずっと一緒に居たかったのだが何もしないでいるとはやては片付けを手伝うと言いだしそうだったので、俺が勧めたのだ。
 それに、まだ話したい人もいたのでな。
 片付けが終わり、俺がリビングに行くと相手も待っていたようで俺に話しかけてきた。

「少し、お話ししない?」

「あぁ、俺も話がしたいと思っていたところだ。風の癒し手」

 俺がシャマルの前に座るとザフィーラは立ち上がり部屋を出て行った。
 どうやら一対一で話をしたいらしい。
 こちらとしてもありがたいことだ。
 先に話を切り出してきたのはシャマルからだった。

「あなたの考えは他の騎士たちから聞いたわ。あなたは私たちがあなたを信用していないのを知っている。その上で、私たちにあからさまな敵意を見せないでほしいのよね。はやてちゃんのために」

「その通りだ。加えて言うのなら俺もお前たちを信用していない」

 おおむね、状況は把握しているようだ。さてどう出るかな。
 するとシャマルは意外なことを言い出した。

「そう。なら一つだけ。ヴォルケンリッターとしての意思はあなたの知っている通りだけど、私個人のとしてはあなたを信用してもいいと思っているわ」

「なに?」

 何かの罠かと思い、能力で確かめてみても今の言葉に偽りはないようだった。

「あなたの今日一日を監視させてもらったけど、すべてはやてちゃんのためを思った行動をしていたわ。特に、夕食時の会話は演技とは思えないほど嬉しそうだった。少なくとも、はやてちゃんの害になるようなことはしないと判断できるほどに」

 なるほど、そんなに嬉しそうだったか。確かに嬉しかったがそんなに顔に出ていたとは。
 自分ではわからないものだな。
 シャマルの話はまだ続いた。

「シグナムの剣を避けれるほどの戦闘能力は確かに脅威だけれど、それも決して抑えきれないものではないわ。それに、ここは管理外世界のようだし時空管理局とのつながりがある可能性も極めて低い。何より、はやてちゃんも好意を持っているようだし」

 そこでシャマルの話は終わったようで俺の反応を待っている。
 しかしおれは最後の言葉が気になってそれどころではなかった。

「本当か? 本当にはやては俺に好意を持っているようだったか? 勘違いとかじゃないのか?」

「え、えぇ。私が見る限りそう感じたわ」

 俺の異常な詰め寄りにシャマルは若干引いていたがそんなことは気にならなかった。
 そうかぁ。よかった。
 俺自身嫌われているとは思っていなかったがたまに不安になることがあったからな。俺が勝手にそう思っているだけではないかって。
 しかし、他人から見ても好意的だったとなれば勘違いではないのだろう。
 本当に良かった。
 俺がトリップしているとシャマルが気遣って声をかけてきた。

「あの、どうしたの?」

「あぁ、すまん。ちょっと嬉しくてな」

 その声で現実に戻ってきた俺は気を引き締め、真剣な表情をして自分の考えをシャマルに伝えた。

「信用してくれると言うなら俺も言うことはない。ただ、それだけではまだ俺の方は完全にそちらを信用はできない。しかし、こちらももっと時間をかけてお前らを見極めてからなら、仲良くできるかもしれない。はやての家族なんだ、できることなら俺も仲良くしたいからな」

「……私たちをはやてちゃんの家族として認めてくれるの?」

 シャマルは意外そうに驚いていた。だが、これは俺がどうこう言うものではない。

「はやてがそう望んだからな。俺が何を言おうと、もうそうなってしまっている」

「……ありがとう」

 俺の言葉を受け取ったシャマルは嬉しそうに礼を述べた。
 それで話し合いは終わり、ザフィーラも部屋に戻ってきた。
 念話で呼んだのだろう。
 程なくしてはやてたちもお風呂から上がり、今朝のような殺伐とした雰囲気もなく俺たちはまったりと時を過ごすことにした。
 騎士たちも俺との約束を守ってくれているようだ。
 やがて、俺は帰る時間なる。
 はやてが玄関まで見送りに来てくれたが、騎士たちは空気を読んだのかついてこなかった。
 シグナム辺りは付いてくると思ったんだが。
 まぁ、二人っきりになれて嬉しいからいいか。

「名残惜しいが今日はもう帰るよ」

「うん、今日はいろいろとありごとうな。楽しかったわ」

「俺も楽しかった」

 そう言って帰ろうとしたが俺はあることに気付いた。

「っと、そうだった。忘れるところだった」

「? どうしたん?」

 俺はそう言ってポケットから小さな包みを取り出すとはやてに渡した。はやてがそれを開けると中にはヘアピンが一組入っていた。

「これも誕生日プレゼントなんだ。ただしこれははやての欲しい物じゃなくてただ単に俺があげたいものだ。受け取ってもらえないか?」

 バニングスに誕生日プレゼントのことを話した時「鍋なんてありえない!」と言われたので念のため用意したものなのだが、はやてが鍋を喜んでいたので忘れていた。
 俺が持っていても仕方がない物なのでできればもらってほしい。
 それに、つけている姿も見てみたい。

「ええの?」

 はやては遠慮がちに聞いてきたので俺は笑顔で答える。

「はやてに貰ってほしいんだ」

「……ありがとう」

 するとはやてはすぐにそのヘアピンをつけてくれた。そしてうれしそうに俺に感想を求める。

「どうや? 似合ってるかな?」

「……あぁ、最高だ。可愛いよ」

 そのまま、嬉しそうにヘアピンを眺めているはやてを見て俺まで笑顔になる。
 あぁ、このまま時が止まればどんなにいいだろうか。
 しかし、そういうわけにもいかず今度こそお別れの時間になってしまった。

「それじゃあ、またな、はやて」

「うん、またね、希君。このヘアピン、大切にするからな」

 そして俺ははやての家を後にした。
 色々あったが最後にはやての笑顔を見ることができたので、良しとするか。
 そう一日を振り返りながら、俺は帰路についた。





[25220] 第六話
Name: kaka◆0519be8b ID:ee322f37
Date: 2011/08/16 00:35
 ヴォルケンリッターが現れて、一カ月ほど時間が経過した。
 当初こそ、互いにギクシャクしていたものの、今では普通に会話をしている。
 と、言うのもはやてとの生活で彼らの性格が当初よりだいぶ柔らかくなったおかげだ。
 最近は俺への警戒も完全に解いているようで、一々睨みつけられることもなくなった。
 普通に仲良く、食事をしたり遊んだりもするようになった。
 ヴィータにいたっては菓子を作れとせがんでくることすらある。特に俺の作る特製アイスクリームがお気に入りのようで、三日に一回は作ってくれという始末である。
 しかも、あまりにアイスばかり食べているとはやてに怒られるから三日に一回で我慢しているだけで、本当は毎日でも食べたいらしい。お前は当初の尖がりっぷりはどこに行ったんだ?
 シグナムも俺のことを徐々に信頼してくれたようで、将棋をしないかと誘われるようになった。
 しかし、この将棋が曲者で、普通にやったら俺が勝ってしまうのだがシグナムは勝つまで何度も勝負を挑んでくる。かといって飛車角落ちなどのハンデを付けたり手加減をすると怒りだすのだ。
 おかげで初めてやった時は帰るまで解放してくれなかった。
 次からは何回戦やるかを先にを決めてやっているのだが今のところ俺の全勝でかなり悔しがっている。最近は将棋の勉強をするのが日課になっているそうだ。
 そろそろ、再戦を申し込まれるかもしれん。覚悟しておこう。
 シャマルには料理の指導をしている。
 一度、彼女の料理を食べてみたのだがその時に意識を失いかけたので強制的に始めたのだ。
 もしはやてがこの料理を食べることになったらと思うと恐ろしいからな。
 だが、本人も嫌がってはいないようで熱心に俺の講義を聞いてくれる。
 しかし、まだ成果はほとんど表れていない。横で見ていても砂糖と塩を間違えたり、ドジってあり得ない量の調味料を入れたり、それなのに普通に料理を続行したりするのだ。
 しかも、目を離すとすぐにオリジナル料理を作ろうとしやがる。
 当初こそはやても一緒に指導してくれていたのだが、すぐに匙を投げてしまった。
 はやての安全のために頑張っているが俺もそろそろ心が折れそうだ。
 ザフィーラとは毎朝、散歩がてら一緒にランニングをするようになった。
 以前からやっていたランニングなのだが、はやてにこのことを話すとザフィーラも連れて行ってくれと言われたのだ。守護獣というだけあって獣の本能でもあるのか散歩をしないとどうも調子が出ないそうだ。
 その代わりにストレッチや戦闘訓練などを手伝ってくれる。
 ザフィーラは俺が本当に戦闘に関して素人なことに驚いていたが丁寧に指導してくれた。
 おかげでかなり体捌きがうまくなった。ありがたい。
 はやてとは今もほぼ毎日図書館に通っている。
 当初はシグナム達も付いてきたのだが最近は送り迎えには来るが館内では二人っきりになってきている。
 騎士たちも、俺に気を使ってくれているようだ。
 このことが騎士たちと仲良くなった一番の利点といえるだろう。
 今までと同じで一緒に本を読んで、たまに話をしているだけだがそれでも二人っきりの時間は楽しい。
 はやても騎士たちが来たことで俺が埋めきれなかった寂しさがなくなったのか毎日が楽しそうだ。
 出会った当初より、ずっと笑顔の時間が増えている。
 そんなはやての姿を見るのは嬉しく、こちらまで笑顔になってしまう。
 あぁ、この笑顔がずっと続けばいいなぁ。








 そんなこんなで楽しく暮らしていたのだがこの日は一つ、事件が起きた。
 今日は土曜日で学校が早く終わった上に図書館も休館だったため、はやてとヴィータとともに公園まで遊びに来ていたのだがそこで不審なものを目撃してしまった。
 一見、ただのワンボックスカーなのだが後部座席に中が見えないようスモークフィルムが張られている。
 気になって見ていると、フロントドアガラスに一瞬見覚えのある金髪が映ったような気がした。
 胸騒ぎを覚えたので確認のために能力を使ってみるとなんと中にはバニングスと月村が捕まっているではないか。
 どうやら、誘拐されたようだ。
 お嬢様だとは思っていたがまさか誘拐なんてものが身近に起こるなんて……
 最悪なことに誘拐犯どもはロリコンで、犯る気満々な様子だ。
 ……ただでさえレイプの被害者と加害者の心の声はひどく、聞くに堪えないものなのだ。
 友人のそんな声を聞いてしまったら一生耳に残ってしまうだろう。
 さすがに見逃すことはできない。
 とは言え、どうしようたらいいだろう?
 と、そんなことを考えているとはやてに声を掛けられた。

「どうしたん希君? なんや急に考え事なんかはじめて」

 はやては当たり前のように聞いてきたが、ヴィータは疑問符を浮かべてしまう。
 確かに俺は考え事をしていたがその間も普通にはやてやヴィータとお喋りをしていたのに。
 やはり、はやてには敵わないな。
 ……うん、はやてと離れるのは辛いが、少し行くか。

「いや、ちょっと野暮用を思い出してな。ちょっとだけ席を外してもいいか?」

「なんだよ? 野暮用って」

「友人AとBの救出」

「はぁ?」

 ヴィータは素っ頓狂な声を上げたがはやては真面目な顔で聞いていてくれる。

「なんか今走っている車の中にやばいものがチラッと見えてしまってな。念のため確認しようかなと思うんだ。勘違いならそれでいいんだが」

 俺の簡単な説明を受けたはやては俺をまっすぐ見つめ

「わかった、行ってええよ。ただし、絶対に危ないことはせんでね。ちゃんと戻ってきてよ」

 と、心配そうに言ってきた。
 そう言われて無茶はできないな。

「分かった。危ないことはしない。遅くとも夕飯までには戻るから安心してくれ」

「……あたしも付いて行こうか?」

 はやての様子に冗談ではないと気付いたヴィータは俺を気遣ってついてきてくれようとした。随分と丸くなったものだ。

「ありがとう。でも、お前ははやてについていてやってくれ。何、危険なことをするつもりはないから安心しろ。はやてと約束したしな」

「……わかったよ」

 ヴィータも渋々引き下がってくれた。
 はやてを一人きりにするわけにもいかないからな。

「じゃ、夕飯楽しみにしているから」

「うん、気をつけてな」

「怪我すんじゃねーぞ」

 こうして、はやてたちと別れた俺は誘拐犯を追い始めた。






 さて、追いかけるにあたってまず初めにしなくてはならないことがある。
 応援の要請だ。
 ヴィータに付いて来てもらってもよかったのだが、先ほど言ったようにはやてを一人にさせるわけにもいかないし、これから能力をフルに使うつもりだから見られてしまうのはまずい。
 それに子どもの俺が警察に電話してもいたずらだと思われて相手にしてくれないだろう。なにせ証拠がないのだから。
 そこで俺はこの話を信じて且つ戦力になりそうなところに電話をすることにした。

「もしもし、高町です」

 バニングスと月村の親友、高町の携帯だ。

「高町か。俺だ、一ノ瀬だ」

「希君? どうしたの? 電話だなんて珍しいね」

 こいつならきっとおれの話を信じるだろう。
 それ経由で高町兄や月村姉にも話が行けばいい。
 高町兄と月村姉さえ来れば問題は解決しそうだし、魔法少女のこいつなら戦力としては申し分ない。
 だから俺は若干真実とは違うがストレートに現状を話すことにした。

「先ほどバニングスと月村が知らない男の車に引きずり込まれているのを見た。おそらく、誘拐だろう」

「え、えぇ!? ゆ、誘拐!! ど、どうしよう!!」

 高町は予想外の事態にかなり驚いていた。電話越しでも混乱しているのがよくわかる。
 しかし、全くこっちのことを疑ってこないなんて。俺としてはありがたいからいいんだが。素直な奴だ。

「落ち着け。とりあえず、今そいつらを追跡しているからお前の兄に事情を話して代わってくれ」

「う、うん。わかった。おにいちゃーん!!」

 高町はまだ混乱したままのようだったがすぐさま兄に代わってくれた。

「もしもし、一ノ瀬君か。話は聞いた。今どこだ?」

 良し、こちらも信じてくれたか。話が早くて助かる。

「臨海公園の辺りです」

「警察に連絡はしたのか?」

「いえ、いたずらだと思われるのでしてません。だから、信じてくれてかつ迅速に動いてくれそうなそちらに電話しました」

「そうか。わかった。すぐそちらに向かうから待っていてくれ」

 そういった高町兄はすぐにでも電話を切ってこちらに向かうつもりのようだった。
 しかしそれを俺は止める。

「あぁ、でもまだ向こうは移動しているので来るのならアジトらしき場所を見つけてからの方がいいんじゃないですか?」

 実際、今から走ってここまで来てもらったところで間に合うはずもない。
 それよりも俺が敵の拠点を見つけてからこちらに来てもらった方が効率的だ。
 しかし今度は高町兄が俺を止める。

「ダメだ。君がそこまでする必要はない。後は俺たちにまかしてくれ」

 きっぱりと、有無を言わせぬような迫力を込めて高町兄は言う。
 俺の身を純粋に案じてくれて忠告なのだろう。
 ありがたいことなので本来ならその忠告に従って帰っているところなのだが……
 状況が状況だからな。

「無理です」

「何?」

 俺の返事に高町兄は若干驚いているようだった。
 どうやら迫力だけで黙らせることができると思っていたらしい。
 普通なら思わずはいと返事をしてしまう程度にはドスの利いた声だったからな。
 まぁ、そんな事よりも時間がないので手ってり早く黙らせるか。

「今見失って、また探すとなると時間がかかり過ぎる。その間二人が無事とは限らない。特に、精神的なものが」

「む……いや、しかし君まで……」

「どちらにしろ俺は行くので。今、あなたに俺を止める手段はないでしょう? なら、せっかくなので連携をとりましょうよ。目的は同じなんですから」

「……」

 良し、黙ってくれた。納得はしていないようだが。
 まぁ、動いてくれるのであれば問題ない。

「では、また電話します。その間に家族への連絡と対処法の相談などをお願い出来ますか?」

「……わかった。だが、無理はするな。危ないと思ったらすぐにでも逃げろ」

「もちろん、そのつもりです」

 こうして俺は電話を切った。
 これで戦力は大丈夫だろう。
 俺は電話の最中に能力を使い、敵の隠れ家まで見つけていた。
 しかし、バニングス達がいないのに本拠地を突きとめてしまったら怪しまれる。
 うむ、ここは待つしかないな。
 だが、万が一の時のために俺だけでも先回りをしておくことにするか。
 そう思って俺は敵のアジトまで移動することにした。








 さて、俺は今先回りをした奴らのアジト、山奥の廃ビルの近くまで来ている。
 月村たちが連れ込まれていないのでもう少し連絡を待とうと思っていたが……
 なんだ? 戦闘特化用自動人形って?
 いや、月村家メイドが人間じゃなく、自動人形というロボットだとは知っていたがあいつらは普通に心があったぞ?
 それなのに此処の奴らは心がないじゃないか。
 完璧に命令だけを実行するただの機械なのか。
 ……参った、これは分が悪い。
 俺の戦闘スタイルは心を読んで先読みし、カウンターを入れるものなのに。
 そのカウンターだって攻撃力は決して高くない。
 応用能力を使うことで初めてダメージが与えられるのだ。
 しかし、心がない相手ではその応用能力が通用しない。
 と、なると攻撃手段がなくなってしまう。
 奴らの装甲がどれだけのものかは知らないが、少なくとも俺のような子供の攻撃で破壊できるものとは到底思えないしなぁ。
 ……仕方ない、少し早めに連絡を入れることにしよう。
 行動が早すぎると疑われるかもしれないがそこら辺はあとでどうとでも誤魔化せばいい。
 今は身を隠せて、いざという時の援護もできる場所を探すとしよう。
 そう考えた俺は見つからないように気を使いながら監視場所を探した。
 そして、ビルからそれほど離れていない木に登り、そこに身を隠した。
 ここなら、ビルの内も少しは見ることができる。いざという時の援護がしやすいだろう。
 そうこうしているうちに月村たちが近くまでやってきたので俺は再び高町へ連絡をした。

「もしもし、一ノ瀬だ」

「希君! 今どこにいるの?」

 高町は俺からの連絡が遅かったからかかなり焦っていた。

「とりあえず大人と代われ」

 すると高町は今度は月村姉と電話を替わった。

「一ノ瀬君ね。すずかの姉の月村忍よ」

 うむ、聞いた感じ声は割と落ち着いている。努めて冷静でいようとしてくれているみたいだ。ありがたい。

「はじめまして。今奴らは郊外にある廃ビルにいます。今から道筋を説明しますので」

 俺は挨拶もそこそこにここまでの最短距離を教えた。
 月村姉は地図で確認しながら行き方を確認しているようだ。

「分かったわ、すぐ向かうから」

 月村姉がそう言うと同時に電話越しにエンジン音が聞こえた。
 何時でもいけるよう、ずっと車の中で待機してたようだ。
 これならなんとか間に合いそうだ。
 ついでにこちらの状況を簡潔に伝えるとするか。

「なるべく早めにお願いします。視認できるだけでも、見張りが五人はいますから。なるべく見つからないよう注意しますが、見つかったら躊躇なく逃げるんで」

 連絡もしたことだし、できる範囲のことはやったからな。
 ここに残っているのも、もしもの時のための予防線だし、応援が来たらすぐに逃げるつもりだ。
 はやてに怪我するなと言われているし。

「えぇ、遠慮せずに逃げてちょうだい。協力ありがとう」

 月村姉は俺の冷たいとも取れる発言にも何も言わず感謝して、電話を切った。
 その後、しばらく待っていると月村たちを乗せた車が到着した。
 月村とバニングスが車から運び出されるところを視認したが、二人とも縛られてはいるものの怪我はしていないようだった。
 すでに心の声で確認済みだったとはいえ、少しホッとする。
 俺だって人間だから、親しい友人が怪我しているのを見ていい気分はしない。
 はやてが故意に怪我させられたらそいつにはこの世の地獄を見てもらうけど。
 しかし、いくら怪我をしていないとはいえ二人の心は恐怖でメチャクチャになっていたし、誘拐犯の心は醜い欲望に支配させられていたので聞いていて愉快なものではなかった。
 はっきり言って胸糞悪い。
 今手を出したところで救出はできないので我慢しているが。
 そうやって監視をしている中、月村とバニングスはそれぞれ別の部屋に運ばれていった。
 今回の誘拐は月村家のお家騒動のようだからな。主犯は月村の方に用があるようだ。
 なので、月村の方にはまだ手を出す気はないようだがバニングスが危なかった。
 誘拐の実行犯と共に別室に運ばれたバニングスは今すぐにでもレイプされそうだ。
 やばいな、応援が来るまであと五分はかかる。それまでは持たないだろう。

(いや! 怖い! 誰か! 誰か助けて!!)

 気丈なバニングスも今回ばかりは駄目のようだ。
 ……さすがに友人のこんな声を聞いたら、助けないわけにもいかないだろう。
 何より、不愉快だ。
 そう思って俺は木を登る前にポケットに入れた石を取りだす。
 幸いにも、ここから連中を狙いうつこともできる。足場は悪いが何とかなるだろう。
 俺は手に持った石を連中目掛けておもいっ切り投げつけた。

(グヘヘッ、久しぶりの上玉だ。この怯えた表情が何とも。さて、早速頂くとす)

 ゴンッと音を立てて、特に気分の悪くなる様な声を撒き散らしていた男の頭部に石は命中する。
 そしてそのまま声は聞こえなくなった。
 うまく一撃で意識を刈り取ることができたようだ。

(なっ! なんだ!?)

(石! 外からか!)

(ひっ! なに! なんなのよ!)

 ゴンッ! ゴンッ! と驚いて固まっている奴と、確認のため窓から顔を出した奴にも命中する。
 これで部屋の中にいる奴は全滅だ。
 幸い、誰も声も上げなかったので応援が来るまでは大丈夫だろう。
 バニングスは混乱しているようだが。このまま、何事もなく応援が来ればいいのだが。
 しかし、そうは問屋が卸さなかった。
 下方から、いきなり銃弾が俺を襲ってきたのだ。

「っく、自動人形か」

 周囲に銃声が響く。
 ぎりぎりで回避できたので怪我はないが、状況的には少し拙いことになった。俺ではこいつらには敵わない。できれば、近づきたくなかった。
 しかし、そんな俺の気持ちとは裏腹に自動人形はそのまま銃を撃ちながらこちらに接近してくる。
 幸い、応援がすぐそこまで来ていて、銃声を聞いてこちらに向かってきてくれていたのでさっさと逃げることにした。
 こんなところで死んでたまるか。
 俺はすぐに木から飛び降り、応援のいるの方へ駆けだした。
 自動人形はこちらを発見し、追いかけてきたが、木を盾にして走って行ったのでなかなか追いつかれない。
 スピードはあるが頭はよくないようでただ単に追いかけているだけだった。
 ただ、装甲は厚いらしく、けん制に石を投げてみたがびくともしなかった。
 天敵ってやつだ。
 初めて心の読めない相手と戦ったため、勝手がわからず2発ほどかすってしまったじゃないか。
 が、何とか致命傷を受ける前に応援の人たちと合流できた。
 視認できた高町兄がすさまじいスピードで俺とすれ違い、自動人形に向かっていった。
 危なかった。

「後は頼む!」

 すれ違い様にそう言い残して俺はさっさと逃げてしまう。
 ここに残ったところで、機械相手では何もできない。
 それに自動人形は強かったが呼びだしたの人たちには敵わないだろうしな。
 俺はお役御免だ。
 走り去る背中越し、高町が何か言っていたが気にせず俺はそのままいってしまった。








 俺はダッシュで町まで逃げのびた後、そのままはやての家に帰ることにした。
 能力で確認をしたが、誘拐犯たちは予想外の素早い反撃と戦力にほとんど何もできずに制圧されてしまった。
 その過程で、高町が魔法少女だとばれたり月村が正体を暴露されたりしていたがなんとかうまく収まったようだ。
 やれやれ、面倒くさい事件だった。
 俺は能力を切ってこれからのことを考える。
 はやてにどうやって怪我のことを説明しよう?








 夕方、俺ははやての家の前に到着した。
 約束通り夕飯の前にたどりついたが何となく扉を開けれずにいる。
 中からなんだか不穏なオーラを感じているからだ。
 いや、後ろめたいことがあるからそう感じているだけかもしれない。
 先ほどかすった銃弾は運の悪いことに頬に傷を残してしまった。
 コンビニで買ったガーゼで治療したが結構深く切ってしまったので血の跡がにじんでいる。
 これを見たらはやてはどう思うだろう?
 せめてもっと目立たない場所ならよかったんだが……
 しかし、いつまでもここで突っ立ていてもしょうがないので、覚悟してチャイムを鳴らした。
 中からバタバタという音が聞こえたかと思うと、すぐに玄関の扉が開いた。

「お帰り! 遅かったやん、心配した…………え?」

 中から出てきたはやてが俺の顔を見て固まる。
 ついでに、一緒に来たヴィータまでも驚いている。
 はぁ、やはりこうなったか。

「どうしたん!! その傷――――!!」

「シャマルーーー!! 希がーーー!!」

 二人の叫び声が辺りに響き渡る。
 そこまで騒ぐほど酷い怪我じゃないんだが……
 見た目って大事だな。
 後ヴィータ、お前は初期から比べて丸くなり過ぎだ。




 この後、シャマル慌ててやってきたシャマルの治療魔法によって俺の怪我はあとかたもなく治った。
 痕ぐらいは残るかと思っていたんだが。
 そしてそのまますぐにシャマルの説教タイムが始まってしまった。
 無茶をするなとか、もっと自分を大切にしろとか、はやてに心配をかけるなとか。途中からシグナムまで入ってきて二人掛かりで怒られた。シグナムの説教は戦術が甘いだとか飛び道具に対する対処がなっていないだとかでなんか違った気もするが。
 はやてもヴィータも助けてくれないし。
 結局、一時間近くされてしまった。反省が必要だな。
 俺が落ち込んでいるとザフィーラが近寄ってきて、無言で肩を叩き慰めてくれた。
 ありがたいができれば先ほど助けてほしかった。




「まぁ、希君はもっと自分を大切にしてもらわなあかんけど……やったこと自体は凄いし、かっこええと思うわ」

 夕食時、俺が反省しておとなしくしているとはやてはこんなことを言い出した。

「ん……そうですね。我々を心配させたことは感心しないが、人としては正しいことしただろう」

「危険を冒してでもお友達を助けるなんてなかなかできることじゃないわ」

「……別にお前が間違った事をしたとは思ってねーよ。はやてを心配させたから怒っただけだし。あたしは心配してたわけじゃねーし」

「友のために戦うのは男として当然のことだが。誇ってもいいと思うぞ」

 どうやら俺があまりに落ち込んでいるから励ましてくれているらしい。
 騎士たちまでフォローしはじめてくれた。優しい奴らだ。

「ありがとう、でももう皆に心配はかけないようにするよ」

「うん、そんならええ」

 はやてに許すてもらったおかげで俺の元気が回復し、いつも通りの和やかな空気が戻ってきた。
 よかったよかった。
 こうして、しばらく楽しい夕食を過ごしていると

「そう言えば、希君が助けてあげたお友達ってどんな子なのかしら?」

 シャマルがこんなことを聞いてきた。

「あ~、私も気になるわ。希君の友達の話ってあんまり聞いたことないし」

 あぁ、そう言えばちゃんと話したことはなかったな。
 思えば、学校の話事態あまりしたことがない。
 俺は簡潔に二人の特徴を話してあげることにした。

「一人はアリサ・バニングス。実業家の娘のお嬢様。勝気で頭がいい。もう一人は月村すずか。資産家の娘でこちらもお嬢様。おとなしいが運動神経がいい。もう一人、高町なのはという子とともに聖祥小美少女三人組として有名だな」

 説明が終わるとピシッと、はやてから出ている空気が変わった。
 なんだか怖い。
 騎士たちも怯えている。

「……ふ~ん? 美少女三人組か~。ええなぁ、希君。そんな子たちとお友達なんて」

 はやては何でもないような口調で話を続けた。
 表情も笑顔のままだ。
 ただし、目が笑っていない。

「希君が言うくらいやからさぞかし可愛いんやろうなぁ。そら、怪我してまで助けに行きたくもなるなぁ。とゆうかまた美少女なんか?」

「いや、あの、……はやてさん?」

「なんや?」

 思わずさん付けで呼んでしまった。
 超怖い。
 何かヤバいことしてしまったのか、俺は?

「あの……俺、何か気に障ることをしてしまったでしょうか?」

「ははっ、おかしなことゆうなぁ、希君は。私は怒ってへんよ。なんも悪いことしてへんやん。それなのに怒るなんて、理不尽なことするわけがないやん」

 いや、現在進行中でしているじゃないですか。
 俺は騎士たちに助けてほしいと視線で訴えたが全員に目を逸らされてしまった。
 なんて薄情な奴らだ。

「それとも……なんや後ろめたいことでもあるんか?」

 はやてから出るオーラが一気に強くなった。
 小学生が出していいオーラじゃない。
 隣のヴィータが超震えているじゃないか!?

「な、ないです! 決して!」

 俺は必死で否定した。後ろめたいことなんて本当にないのになぜか冷や汗が止まらない。

「ほんまかなぁ? なんかやましいことがあるから今まで何も話してくれへんかったんと違うか?」

「い、いや、今までは聞かれたことがなかったから……」

「まぁ、ええわ」

 いや、絶対よくないだろう。
 いいって顔じゃないじゃないか。泣きそうだ。
 しかし、俺の心境などかまわずにはやては尋問を続ける。

「それで、その美少女のお友達とは普段は何をしてるん?」

 はやては美少女の部分を強調していう。
 それだけのことなのに、なぜか迫力満点だ。

「え、ええと、話をしたりたまにお昼を一緒に食べたりとか……です」

 俺の答えを聞いたはやての眼が細まった。

「ほう? お昼をやて? 昼は本を読んで過ごしてるってゆうてなかったか?」

 しまった! そう言えばそんなことを言った事があった。
 しかし、その時はまだ昼飯を一緒に食べたりしていなかったし、はやてにも『そんな本ばっかり読んでいないで友達とかと一緒に遊んだ方がええよ』って諭された気がするが。

「あのときはまだそこまで仲良くなかったんだ! 決して嘘をついてわけじゃない! それに今だって誘われても偶にしか行かないし!」

「つまり、その子らは断られても誘い続けてるっちゅうわけか。人気者の美少女にそないさせるなんて。さすが希君やな。随分と女ったらしやないか」

 はやてがまとう空気がまた一段と恐怖を増した。
 なにがいけなかった? 言い訳じみたことを言ったからか? じゃあどうすればいいんだ!

「どうせその子たちにも所かまわず可愛いとかゆうてたんやろ。いややわ、恥ずかしい」

「いや、それは違う」

 俺は先ほどまでと違い、真面目な顔をしていった。
 はやてが怒っているのはわかるがこればっかりは勘違いしてほしくない。

「俺ははやて以外にそういった事は言わない。愛する人以外に、そういうことを言いたいと思わないからな。先ほど美少女と言ったのだって周りの評価がそうだったから伝わりやすいようにそう言っただけだ。第一、俺からすればはやての方が数百倍可愛いと思うし」

「……ほんまかなぁ」

「本当だ。どんな美少女だろうが、はやてには敵わないさ」

「いや、そっちとちゃうけど……まぁ、ええか」

 気付くと、はやてから出る怖いオーラはなくなっていた。
 なぜかは分からないがよかった。正直ほっとした。
 今までで一番の恐怖体験だったからな。
 穏やかになったはやてに安心したのか、騎士たちも会話に参加しだし、また楽しい夕食の時間が戻ってきた。
 しかし、なんではやてはあんなに怒ったのだろう?
 夕食後、こっそりシグナムやシャマルに聞いてみたが「お前が悪い」としか言ってくれなかった。
 なぜだ?
 結局、この日この疑問は解消されることはなかった。






 翌日、今日も張り切ってはやての家に遊びに行こうと家を出ると黒塗りのリムジンが俺の行く手を遮った。
 なんだこれ? 邪魔だなぁ。
 そんなことを考えていると車の扉が開き中からメイドらしき人物がでてきた。
 この人は……

「一ノ瀬希様ですね。私、月村家メイドのファリンと申します」

 月村家のメイドロボか。昨日もいたな。
 となると用件は……

「昨日はすずかお嬢様を救っていただきありがとうございました。つきましては、お礼がしたいのでこれから当家にご招待したいのですが。当主である忍さまもお待ちしています」

 やはりそう来たか。
 律儀な奴だからな、月村は。
 しかし、今日は無理だな。

「悪いですが今日はこれから予定があるんで」

 今日はこれからはやての家に行くんだ。
 ヴィータにアイスを作ってやらなきゃいけないしな。
 お礼なんかよりも優先順位は断然高い。

「そうですか。残念です。では、またの機会にご招待したいのでご都合がよろしい日を教えていただけませんか?」

 と、言っても俺は休日平日問わず毎日八神家を訪れるからな。
 都合のいい日なんてないんだが……

「別にお礼なんて学校で言ってもらえばいいですよ」

「そういうわけにも参りません」

 だめか。
 しかしどうしたもんか。
 これは引き下がってもらえないな。

「都合のいい日なんてものはないんですよ。毎日予定が詰まってますから。お礼がしたいというのならこちらに来ていただけるとありがたいですね。十時くらいには家に帰っていると思うんで」

 これが最大限の譲歩だな。
 緊急事態ならともかく、それ以外ではやてとの時間を減らすなんてもったいなくてできない。

「かしこまりました。では、本日の十時にまた改めてお伺いいたします。お忙しいところ大変失礼いたしました。それでは」

 そう言ってメイドロボはリムジンに乗って去って行った。
 面倒なことにならなければいいんだが……
 まぁ、とりあえず早くはやての家に行くとするか。
 そう思って俺は走ってはやての家に向かった。




 今日も一日皆で遊びまくった。
 新作のアイスは大好評だったし、ゲーム大会では一等だったし、夕食はおいしかったし、はやては可愛いし、はやては愛おしいし。
 ともかく、いつも通り楽しい一日だった。こんな日がいつまでも続けばいい。
 いや、続けさせて見せよう。
 そう、また心の中で決意し、自宅に帰る。すると家の前に高そうなリムジンが二台止まっていた。
 これは……あぁ、今朝の奴か。本当に来たんだな。

「ただいま」

 俺が玄関を開けるといつも通り両親が駆け付け抱きしめられた。

「おかえり~! 希ちゃん!!」

「希~! 今日も楽しかったか~!?」

「今日もとても楽しかったよ」

 両親の熱烈歓迎を受けていると中からバニングスと月村が出て来た。
 やっぱりいたか。

「こんばんは、月村、バニングス。待たせたか?」

 俺が二人にあいさつをすると両親は俺を抱きつくのをやめ振り返り二人を見た。

「まあ、ごめんなさい。お客様がいるのをすっかり忘れていたわ。希ちゃん、お友達が来ているわよ」

「希、こんな可愛いお友達がいるならもっと早く父さんたちに紹介してほしかったな。急なことでちゃんとしたおもてなしもできなかったじゃないか」

「あぁ、ごめん父さん。今日来るかもとは知っていたけど、早くはやての家に行こうと思ったらすっかり連絡するのを忘れてしまった」

「なんだ、それなら仕方がないな」

「はやてちゃんのこととなると希ちゃんは他のことが抜けちゃうものね」

 ひとしきり両親と雑談していると、二人はボー然とした表情でこちらを見ていた。
 両親のキャラに圧倒されているのだろう。
 初めてはやてが家に来た時もそんな感じだったな。はやての場合はすぐに慣れたけど。
 いつまでも玄関にいるわけにもいかないので、俺たちは待ち人がいるリビングまで移動した。
 そこには月村家当主の月村姉とそのメイドロボ、そしてバニングス家執事が待っていた。
 俺が部屋に入るなり三人は立ち上がり、メイドロボと執事は深々とお辞儀をした。

「おかえりなさい。夜分遅くに悪いけど、待たせてもらったわ」

「いえ、わざわざすいません。こちらの都合に合わせてもらって」

「構わないわ、面白い話もいろいろ聞けたしね」

 そう言って月村姉はバニングスと月村の方を向き、ニヤリと笑った。
 二人はなんだか赤くなっている。
 ……何かあったか?
 能力で確かめてみると両親が俺のアルバムを見せながら昔話をしたようだ。
 なるほど。確かアルバムには小さいころのお風呂写真もあったな。それで二人は赤面しているのか。
 まぁ、どうでもいいか。
 俺が気にせずに両親とともに忍さんたちの前に座ると彼女は一つ咳払いをしてから真剣な表情に変わった。

「では改めて。……このたびは妹を助けてくださり本当にありがとうございました。月村家当主として、この子の姉として心より御礼申し上げます」

 そう言ってメイドロボとともに深々と頭を下げてきた。
 続いて

「わがバニングス家も貴方様に感謝いたしております。アリサお嬢様を救っていただき誠にありがとうございました。本来なら、当主様がお見えになられるつもりでしたがあいにく本日は都合が合いませんで。代わりに、バニングス家執事、鮫島が御礼申し上げます」

 バニングス家執事も頭を下げてきた。月村とバニングスも続けて頭を下げる。

「ありがとう、あんたがいなかったら私たち……本当にありがとう」

「それと、ごめんなさい。危険な目に合わせちゃって」

 ……なんだかこれだけの人にいっぺんに頭下げられると変な感じだな。
 この光景を見ても動じずにニコニコしている両親はやはり大物なのかもしれない。
 普通、少しは恐縮したりするもんじゃないか?
 平然としている俺が言うのもなんだが。

「とりあえず、頭をあげてくれ。そこまでされるとこちらが恐縮する」

 してないけど。
 話が進まないからな。
 実は、結構眠いから早く終わらせたいのだ。
 俺の言葉に従って皆は頭を上げた。

「俺自身はそこまで感謝されるようなことをしたつもりはない。ただ知らせただけで実際はほとんど何もしていないしな」

「そんなことはないわ。あなたの行動がどれだけ役に立ったことか」

「そうよ! それにあんた私を助けてくれたじゃない! 私が危なくなった時、危険を冒してまで石を投げて!」

 バニングスはあの時の恐怖を思い出してしまったのか、涙目になりながら訴えてきた。
ばれていたのか。
 消去法で考えれば、俺しかいないわけだが。

「さすがに目の前で友人が乱暴されるのを見たいとは思わなかったからな。そこまで気にするな。と、言うよりお前は早くあの時のことを忘れたほうがいい」

 はっきり言ってトラウマだからな。
 男性恐怖症になってもおかしくない。
 バニングスはまだ何か言いたそうだったがそれより先に俺は言葉を続けた。

「あぁ、だからと言って感謝を受け取る気がないと言っているわけではない。そこまで大げさにしなくていいと言っているだけだ。そもそも、友人を助けるのは当然のことだろう?」


 俺がそう言うとバニングスと月村は少し驚いたような顔をしていた。
 一緒に遊んだこともなく、ランチに誘ってもちょくちょく断っていたから友達だと思われていないんじゃないだろうかとでも思っていたようだ。
 二人は顔を見合わせた後、今度は頭を下げず、笑顔でお礼を言った。

「そう、じゃあ……ありがとう、希」

「ありがとう、希君」

「どういたしまして」

 さて、これで収まったかな。
 後はこいつらを返して早く寝ることにしよう。
 俺がそう思っていると

「一ノ瀬君、それじゃあ私の気が収まらないから何かお礼がしたいのだけど」

「こちらとしても何か見える形でお礼を致したいのですが。わが家の沽券にかかわりますので」

 大人組は納得してくれていなかった。
 面倒だな。
 まぁ、ここまで来てこの程度で帰れるわけもないか。
 仕方ない、何か要求するかな。家に招待される気はないので物でいいか。

「父さん、何か欲しいものある?」

「久しぶりに希の作るアップルパイが喰いたいな」

「分かった、明日作る。母さんは何かある?」

「私は希ちゃんが作るチョコケーキが食べたいわ」

「ザッハ・トルテか、ならそれも明日作る」

 両親は特に欲しい物なしか。
 はやては何か欲しいとは言っていなかったし、理由もなしに何かあげると怒るからな。同じ理由で騎士たちにもあげられない。
 となると

「なら、お宅にある本を貸していただけませんか? 種類は何でもいいんで」

 共に金持ちなのだから相当量の本があるだろう。
 新しい本を探すのも面倒だしな。その時間をはやてと一緒にいることに使いたい。

「あんた、忍さんが言ったのはそういう意味じゃなくて家に招待したいってことだと思うわよ」

 明らかに面倒臭そうに言った俺に対し、バニングスが呆れたように言う。

「知ってる。でも俺はそんなことに時間を取りたくないから。妥協してもらうための案」

「あら? 嫌われちゃったかしら?」

 月村姉は困ったような笑顔で聞いてきた。
 実際はそんなこと思っていないくせに。
 月村と違って腹芸もできるようだな。いや、月村もやろうと思えばできるか。

「そういうわけではないです。ただ、個人的な理由で時間を取りたいので」

「個人的な理由って?」

 ……ぐいぐい来るな。こっちが素か。
 別に言っても問題ないけどそんなに気になるか?

「愛しい女の子と一緒にいる時間を取りたいんです」

 あ、目が輝きだした。

「まぁまぁまぁ! はっきり言うわね! どんな子なのかしら?」

 なんだ? 聞きたいのか?

「し、忍さん!? あまり人の色恋に首を突っ込まないほうがいいですよ!」

「そ、そうだよお姉ちゃん! 今日はもう夜遅いし」

 だ人ぐすと月村は慌てて止めようとしたが月村姉は止まらなかった。

「あら? いいじゃない少しくらい。ねぇ?」

「……なら、すこしだけ」

 聞きたいと言うなら眠いけど頑張って話そうじゃないか。
 最近ははやての魅力を語る機会が少なくなってたまってきてるんだ。
 はやてに言うと怒られるし、騎士たちにははやてが近くにいるせいで語れない、バニングス達は最初こそ聞いてくれたがなぜか二回目からは嫌がるし。
 両親以外に話せていないのだ。
 まぁ、夜も遅いし少しくらいは短めにしてあげようかな。

「まず、彼女に初めて会った時体中に電撃を浴びたのかと思うほどの衝撃が走った。初めてのことで何が起こったか分からなかったがそれが好きという感情だと気付いた時は体中に喜びが駆け巡った。彼女の表情やしぐさの一つ一つがとても愛おしく、可愛らしい物だと思ったものだ。声を聞いた時なんて天使の歌声とはこのことかと思ったほどだ。いや、俺にとっては彼女が天使そのものだ。会話をしていくうちに恋心はさらに強くなって行った。彼女は性格も素晴らしかったのだ。明るく、優しい。ちょっとお茶目で間違った事をしたらちゃんと叱ってあげれる強さも持っている。素晴らしい。一生ついて行きたくなる。反面、さびしがり屋で何かあると自分一人で抱え込んでしまう弱いところもある。こんな面を見ると俺は何があっても彼女を守ろうという強い決意がわいてくる。彼女のおかげで俺はいろいろと成長できた気がする。さて、導入はこれくらいにしてそろそろ彼女の真の魅力について話すと・・・」

 結局、この後も止まらずにしばらく話していると引き攣った顔をした月村姉に止められてしまった。

「も、もういいわ。十分伝わったから」

「ん? まだまだ語りきれていない気がするが?」

「だ、大丈夫よ。あなたの気持ちはわかったから。それにそろそろお暇しないと」

 言われて時計を確認するとなんと一時間以上時間がたっていた。
 そんなに話した気はしないんだけどな?
 まだ第二章の途中なのに。
 しかし、明日も学校があるのだ。あまり引き留めるのも悪い。

「ならこれで終わりにするか。続きが聞きたくなったら電話してくれればいつでも話してあげるぞ」

「え、ええ。ありがとう」

 なぜか月村姉はとても疲れた顔をしている。
 ……まぁ、いいか。
 この後、俺は借りたい本を選ぶために在庫リストを作ってもらうことを約束して皆を送ることにした。

「それじゃ、また学校でね」

「また明日ね、希君」

「あぁ、二人とも気をつけて帰れよ」

 皆を送りだした俺はそのまま今日は風呂に入るのをあきらめそのままベットに直行した。
 なんだか最後の方がグダグダ立った気がするが、これで誘拐事件はすべて解決だろう。
 明日からまたはやてのことだけを考えて生活ができる。
 俺は満足し、笑顔のまま眠りについた。





[25220] 第七話
Name: kaka◆0519be8b ID:ee322f37
Date: 2011/08/16 00:36

「今日、隣の市でお祭りをやるらしいぜ」

 時は過ぎ、現在8月、夏休み真っ最中である。
 俺は夏休みの間、一日中八神家に居座り続けている。
 早朝、八神家に行きザフィーラとともにランニング、帰ってくるとそのまま朝食を一緒に食べ昼まで家事を手伝う。昼食後は一緒に遊び、夕飯を食べたのち談笑してから帰宅するという、半居候状態だ。
 両親はさみしがっているが夏休みの間だけという縛りを付けて頼みこんだため渋々了承してくれた。
 両親の教育方針は『希の望むがまま』だそうだ。
 わがままを許してくれて本当に感謝している。
 一生頭が上がらないな。
 一応、寂しさが限界を超えないように週一で一緒に夕食を食べることにしている。
 その時ははやてたちも一緒だ。両親ともにはやてたちを大歓迎してくれるので食事会は皆にも好評だ。
 そんなこんなで楽しい夏休みを満喫していると、ヴィータが冒頭のような情報をどこからか仕入れてきた。

「お祭り? なんや、そんなんやっとたんか」

 はやてはヴィータの情報に興味を示したようだ。

「あぁ、毎年この時期になるとやっているな。もっとも、屋台が出ているだけの小規模なものらしいが」

 俺はヴィータの情報に補足する。
 らしいと付けたのは行った事がないからだ。人込みは五月蠅いからな。俺の場合、すべての声を拾ってしまうし。

「なんや小規模なものなんか。もっとお神輿やら花火やら喧嘩やらの派手なもん想像してもうたわ」

 はやてはちょっぴり残念そうに呟いた。
 確かに祭りと言ったら花火やら神輿などを想像するのはわかるが……喧嘩はちょっと違うと思うぞ。きっとテレビやら漫画やらで得た知識なんだろうが。
 あぁ、でもちょっとずれたことを言うはやても可愛いので黙っておこう。
 はやてのつぶやきにヴィータは慌ててフォローを入れる。

「で、でもでも! 屋台は色んな種類があるってばあちゃん達言ってたぞ! かき氷とか! りんご飴とか! チョコバナナとか!!」

 それくらいは定番なんだから祭りなら当然あるだろう。
 そんなに必死になってアピールする必要はないと思うが。
 と、いうより

「なんや、行きたいんか? ヴィータ?」

 ヴィータが行きたがっているようだな。宣伝はそのためか。

「ち、違う! ただあたしはそういう情報があるってことを教えたかっただけだ!」

 必死になって否定しても墓穴を掘っているだけだぞ?
 能力使うまでもなく行きたがっているのはバレバレじゃないか。
 するとはやてはニヤニヤと笑ってヴィータをからかい出した。

「なんやちゃうかったか」

「ああそうだ! あたしとしてはそんな幼稚なところはどうかと思ったんだけど親切に教えてくれたばあちゃん達の気持ちを無駄にするのも悪いから一応はやてに伝えただけなんだからな。決して、すごく楽しみにしているわけじゃないぞ!」

「そうなんか。う~ん、せやったらどうしよっかな~。ヴィータがそこまで乗り気やないんやったら無理に行くんも可愛そうやしなぁ~」

 おぉ、ヴィータの反応が面白い。
 何か言いたそうに口をパクパクさせている。
 行きたいって言いたいけど、プライドが邪魔しているんだな。

「あ、あたしは別に……」

「いやいや、無理せんでええんやで。みんなで行ったら楽しそうやけど、無理強いはあからなぁ」

 はやてはわざと一瞬悲しそうな顔をしてヴィータに言った。
 しかし、ヴィータが困ってあうあう言っているのを見て、一瞬にやっと笑っているのを俺は見逃さなかった。
 あぁ、意地悪して遊んでいるはやても可愛いなぁ。

「……い、行きたい」

「ん、なんやヴィータ?」

 ヴィータの顔は恥ずかしさで真っ赤になっている。目に少し涙まで浮かんできた。
 ……はやて、聞こえていただろう。楽しそうだなぁ。

「あたしもみんなでお祭りに行きたい!!」

 ヴィータは恥ずかしさを紛らわそうと大声で叫んだ。
 するとはやては

「あぁ! かわええなぁ、ヴィータ! そない涙目にならんでも連れて行ったげるから安心しいや!!」

 と、言ってヴィータに抱きつき、頭をなでまくった。
 涙目にまでさせたのははやてだがそこは突っ込まないであげよう。
 しかし、いいなぁ、ヴィータ。俺にも抱きついてくれないかなぁ。

「ホントか? ホントに連れてってくれるのか?」

 ヴィータはヴィータではやての意地悪に気付いてないし。
 しかし、こうして見ると本当の姉妹みたいだな。随分と馴染んだものだ。

「もちろんや! みんなもそれでええやろ?」

「もちろんだ、はやてが行くなら俺はどこにでもついて行くぞ」

「そうですね。人込みは少し心配ですが主が行くと仰るなら、私も何処まででもついて行きますよ」

「楽しそうよねぇ~、私も大賛成よ」

「……決まりだな」

 当然、反対の声をあげる者などいなかった。
 人込みは好きではないがはやてと一緒ならそんなもの苦にならないだろうからな。
 というより俺も楽しみだ。

「そうと決まればさっそく準備や! まずは浴衣を用意せなあかんな。と、その前に……」

 そう言ってはやてはメジャーを用意しはじめた。

「シグナム達のサイズを測らなあかんなぁ」

 実に楽しそうだ。はやて全開だな。

「あ、主!? サイズなら前に一度測ったではないですか!?」

「そうよ! はやてちゃん、それに今測らなくても店員の人が測ってくれると思うわ!」

 シグナムとシャマルは慌てて拒否をしようとする。
 前に測定と言って散々いじくりまわされたからな。
 主に胸を。トラウマなのだろう。

「いやいや、前のはうっかり忘れてもうたんよ。それに、店員さんのお手を煩わせるわけにもいかへんもん」

「し、しかし」

 シグナムは俺に助けを求めようとチラチラとこちらに目で合図をしてきた。
 仕方がないな。

「はやて」

「ん? なんや、希君?」

 俺の呼びかけではやての意識がこっちに向く。シグナムは助かったという表情をしている。
 しかし

「俺、自宅に自分の浴衣あるからザフィーラと一緒に取ってくる。準備ができたら連絡をくれ」

「ん、わかった。ほんなら、ちょっと時間がかかってまうかもしれへんけど、堪忍してな」

「了解。行くぞ、ザフィーラ」

「の、希! 見捨てるのか!!」

 何を言っているんだシグナムは?
 俺がはやての邪魔をするわけないじゃないか。

「……強く生きろよ」

「希ーーーー!!!」

 まったく、シグナムは往生際が悪いな。
 少しはシャマルを見習ったらどうだ。もう、十字を切って諦めているじゃないか。
 俺とザフィーラはそのままリビングを出て玄関へと向かった。

「大丈夫やって。優しくするから」

「いや、主、ちょ、ちょっと待ってくだ……あぁん!!」

 玄関から出る直前、シグナムのやけに艶がかかった叫び声が聞こえたが気にしないでおこう。






 俺がザフィーラとともに自宅に帰り、浴衣が必要だと伝えると、母さんが嬉々して二人分の浴衣を持ってきてくれた。
 ザフィーラの浴衣は父さんのものだ。
 俺は着付けができるので自分で着たが、ザフィーラはできないので母さんにやってもらった。
 ザフィーラは俺に着付けてもらえると思っていたので、母さんがやると言った時焦って俺に助けを求めたが俺は無視して自分の着付けを行った。
 いや、だって時間短縮になるし。
 少し本を読んで時間を潰した後、俺たちは家を出た。
 するとザフィーラは先ほど助けなかったことに文句を言ってきた。

「……なぜ助けてくれない」

「時間短縮のためだ」

「本を読んで時間を潰していたではないか」

「気にするな。母さんは気にしていないのだから」

「私が気にしているのだ」

 そう文句を言うザフィーラは不機嫌そうな顔をしている。
 こいつも変わったものだ。当初のこいつなら何も言わなかっただろうに。

「まぁ、それはどうでもいいからほっとくとして、はやてたちの準備は終わったのか?」

「どうでもいいとは……先ほど、シグナムから念話が入った。もう準備はいいらしい」

「それはよかった」

 はやてもかなりノッていたからな。下手したらまだお楽しみ中かと思っていたが。

「シグナムが恨み事を言っていたぞ。よくも見捨ておって、と」

「仕方がない、はやてが楽しそうにしているのを俺が止めるわけがないだろう。それに見捨てたのは俺だけではないだろう」

「それはそうだが……お前は私も見捨てたではないいか」

 ザフィーラは非難がましい目で俺を睨んできた。
 まったく、まだ根に持っているのか。
 俺が涼しい顔でそれを受け流しているとザフィーラは溜息をつき、

「……少しは主に向ける優しさを我らにも向けて欲しい物だ」

 と、ぼそりと呟いた。
 ……本当に、変われば変わるもんだ。
 ザフィーラは自身の失言に気付いて急いで弁解してきた。

「いや、これは……なんでもない。忘れてくれ」

「ふふっ、あぁ、忘れよう。皆に言いふらしたりもしない。俺は優しいからな」

 俺がニヤニヤと笑っているとザフィーラは憮然とした顔をして歩くスピードを速めていった。

「急ぐぞ。主たちを待たせては悪いからな」

 照れているのだろう。
 顔には出ていないし、能力を使ったわけでもないがそれくらいはわかる。

「あぁ、そうだな」

 俺は特に何も突っ込まずにザフィーラに合わせて歩調を速めた。
 気付いていないのか? 言われなくても俺はお前ら騎士たちを大切に思えるようになっているんだぞ。






「……俺は今まではやては天使だと思っていた。だがそれは勘違いだったらしい。はやては天女だったんだな」

 八神家の玄関を開けると、そこには天女がいた。

「はいはい、おおきに。でも恥ずかしいこと言ったらあかんて」

「まぁ、言うと思ったけどな」

「はやてちゃん、とても似合っているものね」

 はやてには流されてしまったがそんなことはどうでもいいと思えるくらいはやての浴衣姿は似合っていた。
 白地に赤い金魚が描かれた浴衣はまさにはやてのために存在したのではないかと言うほどだ。
 あぁ、これが見れただけでも、祭りに出かけることにしてよかった。

「ボケっとしていないで早く行くぞ。もう始まっている時間だ」

 俺が感慨に耽っている間に皆はもう玄関を出て歩きはじめていた。
 ……はやてよ、俺はスルーなのか? 悲しくなるじゃないか。
 俺は慌てて皆の後を追いかけた。




 俺たちが祭りの場所に着くと、もう辺りは人でいっぱいになっていた。

「うわ~、混んどるな~」

 そういうはやての眼には一抹の不安が感じられた。
 人込みでの車椅子は危ないし、周りに迷惑がかかるんじゃないかと思っているのだろう。

「シャマル、代わろう」

「ええ、お願いね」

 そう言って俺ははやての車椅子を押す役を買って出た。
 この中では俺が一番操作がうまい。
 するとはやては嬉しそうに

「おおきに」

 と、お礼を言ってくれた。その目には不安の色は全く伺えなかった。

「どういたしまして。じゃあ、早く行くとするか。」

「せやね。ほな、しゅっぱーつ」

 俺たちははやての号令とともに祭りの喧騒の中に足を踏み入れた。




「はやてはやて! かき氷だって! あっちには綿あめ! りんご飴も!」

「はいはい、そない急がんでも屋台は逃げへんよ」

 ヴィータは気にいった屋台を見つけるたびにテンションを上げていった。
 はやてが手を繋いでいなかったらきっと走っていただろう。

「欲しいんだったら買ってくればいいじゃないか」

「最初の一週は全部見て何を買うのか決めるんだよ! そうじゃないとお小遣いが足りなくなるだろう?」

 ヴィータは首から掛けた財布を握り締めながら言った。
 ヴィータは今回の祭りに来るにあたってはやてから三千円ほどのお小遣いを預かっている。
 はやてからはこのお金は自由に使っていいが、それ以上はあげないと言われているのだ。でないと、無制限に使ってしまい、それは教育上よくないと考えたらしい。
 ちなみに俺の軍資金もヴィータと同じだ。
 母さんからはもっと渡されそうになったがこれでいいと言ったのだ。三千円もあれば十分遊ぶことができるからな。
 しかし、この誘惑の多い中でヴィータにはキツイ値段設定のようだ。

「かき氷は絶対食べるだろ、それにチョコバナナも。クレープもおいしそうだったし焼きとうもろこしも捨てがたい。りんご飴は欠かせないだろうしできればカルメ焼きも食べたい。あぁ、でもそれだと輪投げとか射的とかの遊びが……」

 と、うんうん唸っている。相当悩んでいるようだ。
 仕方ない、助けてやるか。
 俺はヴィータにある提案をした。

「よかったら、食べ物系は俺と分け合わないか? 一個の量は減るがそうすればいろいろな種類を食べられるぞ」

「えっ! いいのか!?」

 ヴィータは驚いて俺に聞き返してきた。
 その目は爛々と輝いている。
 ここで嘘と言ったらズドンと落ち込んだヴィータを見れて面白いかもしれない。
 ……いや、はやてでもない限りアイゼンで叩き潰されてしまうな。やめておこう。

「あぁ、いいぞ。はやても別にこれなら問題ないだろ?」

「うん、ええよ。それも使い方の一つやからね」

「ありがとう! 希!!」

 ヴィータは飛び上がらんばかりに喜んだ。
 そんな光景を俺たちは微笑ましげに眺めていたがヴィータは気付かなかったようだ。
 そんな目で見ていれば普段ならすぐに気付き、照れて怒りだすのだがな。気付かないほど嬉しいらしい。

「なら一週も待つ必要ねー! 希は何が食べたい!?」

 どうやら、感謝の気持ちを込めて一品目は俺に選ばしてくれるらしい。
 そうだな、俺が欲しい物か。

「はやては何がいい?」

「せやね~、やっぱりたこ焼きかな~」

「ならたこ焼きだな」

 俺の欲しい物=はやてにあげたい物だからな。

「よっしゃ! なら初めはたこ焼きだ! あっちに屋台があるぞ!!」

「おいしそうね~、私も買おうかしら?」

「そうだな、いいにおいがする」

 どうやら、ほかの騎士たちも買うことにしたらしい。

「では私とヴィータで買ってきますので主たちはここで待っていてください」

「うん、わかった。ほな三パックほど買うてきてや」

 そう言うとはやてはシグナムに自分の分のお金を渡した。
 俺達もシグナムにお金を渡すと二人は屋台のほうに歩いて行った。
 いや、ヴィータは走ってしまったが。
 しかし、はやてには俺があげるつもりだったから買わなくてもよかったのに。
 やっぱり理由なく奢られるのは嫌なんだろう。ちょっと残念だ。
 それは皮切りにヴィータはいろいろな物を買い始めた。
 先ほど呟いていた通り、かき氷にチョコバナナ、クレープ、焼きとうもろこし、りんご飴、カルメ焼きさらにはわたあめにかち割りといった具合だ。
 ヴィータは甘党なので必然的に甘い物ばかりになっていった。
 反対に他の騎士たちは途中でビールを買ったのでいか焼きや焼きそば、牛串などのおつまみ系を食べていた。
 はやては半々といった感じだ。
 俺も少しおつまみ系が食べたくなって来てチラチラ見ていたらはやてに気付かれて少し分けてもらった。
 はやてはなんて優しいんだ。ますます好きになりそうだ。
 そう素直に伝えたらまた恥ずかしいセリフ禁止令に引っかかってしまった。
 うむ、なぜ学習できないんだろう?




「射的だって! やってこうぜ!!」

 そろそろお腹も膨れてきた時、ヴィータが射的の屋台を見つけ、俺たちを誘ってきた。

「あぁ、いいぞ。皆はどうする?」

「私はええわ、見てるだけで」

「私も射撃は遠慮しとこう」

「私も遠慮しとくわ」

「今は酒も少々とは言え入っているからな。遠慮しよう」

 俺以外は全員断ったがみんな一緒に射的場まで来てくれた。
 俺とヴィータがやるのを見たいらしい。
 はやてが見るのなら頑張らねば。

「おっちゃん! 銃くれ銃!」

「はいよ、お嬢ちゃん! 一回五発で二百円ね!」

 露店のおっちゃんに俺とヴィータはお金を渡し、五発づつ弾を受け取った。
 ヴィータはすでにターゲットを決めているようだ。
 さて、俺は何を狙うかな。

「はやて、何か取って欲しい物はあるか?」

「ん~、大丈夫やよ。自分で欲しいんを狙ってええよ」

 うむ、表情を見る限りどうやら本当に特に欲しい物はないようだ。
 ならどうするかな。簡単に落ちそうなものでも取るか。
 そう思っていると隣でヴィータが叫び出した。

「おいおっちゃん! いま当たったよな!」

「嬢ちゃん、悪いけど当たっても倒れなきゃ商品はあげられねぇんだ」

「なんでだよ! やっと当たったと思ったのに!!」

 ヴィータが絶望して表情でおっちゃんに喰いついていた。
 ヴィータのターゲットは重量的にこの銃で倒すのはかなり厳しい。
 何発か連続で当てれば取れるかもしれないがヴィータの弾はすでにあと一発となっていたので取るのは絶望的だろう。
 よし、なら……

「諦めるな、ヴィータ。切り込み隊長が弱気になってどうする。俺が活路を開いてやるからよく狙いながら待っていろ」

「希……わかった」

 こう言って俺はターゲットをよく観察しはじめた。
 重心を見極め、どこに当てれば効率よく倒せるかを計算する。
 計算が終わると俺はすべての弾を左手に持ち、右手だけで狙いを定めた。
 そして集中力を高め、一息吸うと一発目の引き金を引く。
 間髪いれずに左手に用意しておいた弾を込め、引き金を引いた。
 連射だ。
 俺はもらった五発の弾を一気に連射した。
 連射された五発は寸分違わず、狙い定めた重心の穴に吸い込まれていく。
 ターゲットが大きく揺れる。

「今だ!」

「おう!」

 俺の合図によって放たれたヴィータのとどめの一発によってターゲットはゆっくりと倒れていく。
 おっちゃんは茫然とした表情でその様子を眺めていた。客寄せ用に置いただけで、まさか倒れるとは思っていなかったようだ。

「これで文句はないだろう?」

「あ、あぁ、もってきな」

 見事に倒れてしまったぬいぐるみを見て、おっちゃんは悔しそうにヴィータに賞品を渡した。
 ヴィータはぬいぐるみを受け取ると恐る恐る俺に聞いてきた。

「いいのか? あたしが貰って」

 どうやら俺のおかげで取れたのに貰ってしまうのを躊躇っているらしい。

「何を言っている? 倒したのはお前じゃないか。俺は手助けしただけだぞ。だから、それはお前のものだ」

 というか俺が持っていてもしょうがないだろう。

「……ありがとう。大切にするからな」

 するとヴィータはとても嬉しそうにゲットしたのろいうさぎのぬいぐるみを抱きしめた。
 そこまで喜んでくれたのなら、こちらも協力した甲斐があったというものだ。




「そろそろ財布が寂しくなってきたな」

「なんや、もうそんなにつこうたんか?」

 なんだかんだで結構まわったからな。
 食べ物系はヴィータと割り勘しているとはいえ、いろいろと買い過ぎた。
 騎士たちももう、お小遣いは少なくなっているようだ。

「楽しくてついな。それに時間も結構たっているみたいだし」

「おお! もうこないな時間か! 楽しい時間は過ぎるんが早いゆうけどほんまなんやね~」

 はやても時計を見て驚いていた。
 気付けば、三時間近く遊んでいたのだ。本当にあっという間に感じたが。

「ほなそろそろ帰らんと」

 そうは言うものの、はやては名残惜しそうだった。
 俺ももう少し遊んで行きたい。
 するとシグナムがこんな提案をしてきた。

「主、その前に神社で御参りをしていきませんか? 元々その神社の神様を崇めるための祭りだったようですし」

 きっと彼女も名残惜しいのだろう。
 いや、彼女だけでなく他の騎士たちもか。

「うん、ほな最後にみんなで御参りしていこうや」

 俺たちに中でこの提案に反対するものなど、誰もいなかった。




 俺たちは屋台の並びの一番奥にある神社を目指して歩き始めた。
 途中、屋台に寄ったりしながらのんびりと歩いていた。
 すると、ある屋台の前で揉めている客がいるのを見つけてしまった。

「おいオヤジ!! いいからさっさと賞金よこせよ!!」

「で、ですからお客さまの方法では賞金はあげられないんです」

「だ・か・ら! ちゃんと渡された道具使ったじゃねーか!!」

「おいおい、あんま舐めたことばっか言ってんじゃねーぞ」

 どうやら、いちゃもんをつけて賞金を奪おうとしているらしい。
 ちなみに屋台はカメ救い。
 割り箸に最中をくっつけた物を使ってカメが取れたらそのままカメを貰えるか、カメを返して千円もらえるかどっちか選べるというものだ。
 これがなかなか難しく、亀を取れる人などめったにいないのだがいちゃもんつけている三人組の手には十匹近いカメが入っていた。
 明らかに何かズルをしたのだろう。
 しかし、俺には関係のないことだな。
 このまま知らんぷりして進むべきか、万が一にも巻き込まれないよう迂回していくか。
 そんなことを考えていると

「ですから……」

「おい、俺らがいつまでもおとなしくしてると思うなよ。黙って金寄越せば良いんだよ」

 と言って、三人組の一人が屋台のおやじの胸倉を掴みだした。
 いや、そんなことしたら強盗と同じだろう。
 いくら祭りで浮かれているからといってやり過ぎだ。
 これは近づくだけでどんなとばっちりが来るかわかったものじゃない。周りの人もあそこに近づかない様にしているし。
 面倒だが迂回するか。
 そう決めた俺が方向転換するためはやてに声をかけようとした瞬間

「こらー! あんたら何やっとんねん!!」

 と、はやてが叫んだ。
 どう見てもあの三人組に向かって言っている。
 しまった、はやての性格ならこのまま見逃すなんてできるわけがないということを忘れていた。
 厄介なことになったな。
 三人組は俺たちに気付くと威嚇しながら近づいてきた。

「なんだガキ! かんけーねーだろ!! すっ込んでろ!!!」

「関係なんかなくてもあんたらが迷惑なんはわかるわ! 祭りでテンション上がってるからゆうても人様に迷惑かけんなや!」

「なんだと!!」

 はぁ、これは収拾付けるのは大変だな。
 まぁ、はやてが首を突っ込んだことだから全力でフォローするつもりだが。
 誰かが警察でも呼んでくれるまでどうやって時間を稼ごうか。
 俺はとりあえずはやてに危険が及ばないようにはやての前に出た。
 騎士たちもはやてを囲むように前に出る。
 すると、ザフィーラを見た三人組が一瞬たじろいだ。
 見た目一番強そうだからな。

「ええか、ルールを守って楽しく遊ぶ。それくらい兄ちゃん達もいい大人なんやからわかるやろ」

 はやての言っていることは正論だ。
 しかしこの場合、正論は火に油を注ぐようなものだ。
 現に三人組の怒りの矛先は完全にはやてに向かっている。
 まぁ、手を出さないだけましか。
 人も大勢見ているしな。
 そう思って俺は楽観していたのだが三人組の一人がとんでもないことを言い出した。

「ガキが調子こいてんじゃねー!! テメーの方が迷惑なんだよ!! 身〇ょうが!!」

 瞬間、辺りの空気が変わる。
 騎士たちの顔付きも変わっていた。
 全員が男に鋭い殺気を向けている。
 皆、はやてを侮辱されたことにキレている。
 しかし、俺は駄目だった。
 男がはやてを侮辱した瞬間、俺は飛びかかっていた。
 咄嗟のことで反応できなかった男はそのまま俺に馬乗りにされてしまった。
 こいつ今何て言った? こいつ今何て言った!?

「くそがき! 何しやが……る」

 俺の顔を見た瞬間、男が固まった。俺の殺気を諸に受けとめてしまったからだ。
 俺はこれ以上ないほどに怒り狂っていた。

「殺す」

 そう小さくつぶやいたのち、俺は男の頭をアイアンクロ―のように掴んだ。
 そのまま万力のように力を込める。
 後は応用能力を使えばこいつは簡単に壊すことができる。
 はやてを侮辱したんだ。楽に死ねると思うなよ?
 俺が能力を使おうと力を込めると

「あかん! 駄目や! 希君!!」

 はやてが叫んで俺を止めた。
 はやてに能力のことを話したことはないが、きっとおれの雰囲気から何かすると分かってしまったのだろう。
 俺ははやてに従って、ゆっくりと男の頭から手を離し立ち上がった。

「て、てめぇ」

 すると残りの二人が俺に殴りかかろうとしたが

「やめろ。これ以上手を出そうとすればただじゃおかない」

 といって割って入ってきたシグナムとザフィーラに止められていた。
 二人はその迫力にたじろいでいる。
 ギャラリーもそんな男たちに非難がましい目を向けていた。

「っけ! やってらんねー、おい! いくぞ!」

 いたたまれなくなったのか、そう言ってこの場を立ち去ってしまった。

「……希君」

 三人組がいなくなった後、はやては心配そうに俺に声をかけてきた。

「……すまん、怖がらせてしまって」

 俺は自分の失敗に気づいた。
 ……やってしまった。我を忘れるとは。もうちょっとやり方というものもあっただろうに。はやてに嫌われてしまったかもしれない。
 そう思って落ち込んでいるとはやてがそっと手を握ってきてくれた。

「怖かったわけやない。でも、急に心配になった。希君がどっか遠くに行ってしまいそうで」

 はやてはうるんだ瞳で俺を見つめていた。
 きっとおれの異常性に少しだけ気付いてしまったのだろう。

「何処にもいかんでや、ずっと傍におって」

 それでもはやては俺に傍にいて欲しいと思ってくれた。

「……いいのか?」

 俺が思わず聞き返すとはやては笑顔で答えてくれる。

「当たり前や。私たちはもう、家族なんやから」

 その言葉を聞いた瞬間、俺の胸は嬉しさでいっぱいになった。
 騎士たちを見ると、皆頷いてくれている。
 不安だった。異常な俺を彼女たちが受け入れてくれるのか。そう悩んだこともあった。
 しかし彼女たちは受け入れてくれるという。
 ならば、いつまでも恐れていないで、いつかきっと全てを話そう。

「ありがとう、みんな」

 その時、俺は初めて家族の一員になれると思うから。




 俺たちはその後、カメ救いのおやじにお礼を言われ、一回だけただでやらせてもらえることとなった。
 そのとき俺はカメを三匹ほど取ってしまったのだがおやじに返してもお金は貰わなかった。
 いや、だっておやじ顔引き攣っていたし。
 ヴィータは貰えばよかったのにとか言っていたがさすがにかわいそうだろう。
 俺の心は今寛大なのだ。
 神社の境内に着くと、俺たちは皆五円玉を持ってお参りをした。
 なぜ五円なのかというと『それがお参りの正式な作法や』と、はやてが言い出したからだ。
 ちなみに、お参りの仕方は滅茶苦茶だったが。
 それはどうでもいいだろう。
 神様なんているかどうかわからないし、こんなもの本人の気持ち次第だ。
 はやては皆に何をお願いしたのか聞いていたのだが誰も教えてはくれなかった。
 そういう俺も教えてはいない。
 言うと効力がなくなってしまう気がしたからだ。
 はやてもしつこくは聞いてこなかったし。それに、何となく、皆が何を願ったのか分かった気がしたのだろう。
 俺も、能力を使ったわけではないが何となくわかる。
 きっと、皆の願いは同じなのだから。






「ほな、今度こそ家に帰らなな。屋台も閉め始めた見たいやし」

 はやての言う通り、屋台を閉め始めているところが結構目立ってきた。
 思えばずいぶん長いこといたものだ。
 こんなに長いこと自ら人込みの中にいたのは初めてだな。さすがに少し疲れた。

「そうだな、帰るとするか」

 それでも少し名残惜しいけどな。するとヴィータがこんな提案をしてきた。

「帰ったら花火しようぜ! さっきくじでゲットした奴!」

「おお! ええやん! やろうやろう!」

 はやても乗り気なようだ。

「希もやるだろ!」

「もちろんだ」

 俺も大乗り気だ。
 ヴィータナイス! と、内心拍手を送っている。

「でも希君お家の方は大丈夫なの?」

「そうだな、ご両親が心配するのではないか?」

 シャマルとザフィーラが心配そうに聞いてきた。
 うちの両親の溺愛ぶりを知っているからな。そういう心配も出てくるだろう。

「あぁ、連絡すれば平気だろう。両親は俺を溺愛しているが信頼もしてくれているから行動に制限なんてめったに付けない」

 すると二人ともホッとした表情になる。一緒に花火ができるのを喜んでくれているようだ。
 しかし、そんな顔されたら少しからかいたくなるな。

「だが……もし二人が俺に来て欲しくないと言うならこのまま帰ることにしよう。悲しいが嫌がっているのに無理やりというのはできないからな」

 俺が悲しそうな顔で言うとはやても俺の意図に気付いてノってくれた。

「ひどいなぁ~、二人がそんな冷酷な人とは知らんかったわ。せっかくみんなで楽しく遊ぼうとおもてたのに」

 そう言ってわざわざハンカチを取り出して目を覆い始めた。
 芸が細かいな。
 二人は俺たちに演技に騙されてすごい慌て始めた。

「そ、そんなこと言ってないわ! 私だって希君と一緒に遊びたいもの!!」

「そうだ! そんなふうに思ってなどいない!!」

 おぉ、思ってより必死に弁解しているな。
 そんなに迫真の演技をしたつもりもなかったのだが。
 特にはやてのなんてすぐわかるだろうに。
 ヴィータとシグナムは気付いているようだし。

「よし、なら早く行くとするか」

「せやね。ヴィータ、その花火何が入ってるん?」

 俺とはやてが速攻で態度を変え、歩き出すと二人はからかわれたことに気付いたようだ。
 シャマルは「ひどいじゃなーい!」と言ってぷんぷん怒っているし、ザフィーラは不機嫌そうに憮然とした顔をしている。
 照れているだけなんだろうがな。
 俺たちは二人に謝って、やっと家に行くことにしたんだが……そのまえに

「はやて、ちょっとトイレに行ってくる」

「ん? ならここで待っとるわ」

「いや、すぐ追いつくから歩いていてくれていいぞ。人込みはつらいだろう。家までは一本道だしな」

「わかった、ほな、先に歩いとるから早よう戻ってきてね」

 こうして、俺ははやてたちと別れ、一人神社まで戻って行った。
 さて、こっちだな。
 俺が神社横の森の中に入ろうとすると

「そっちにはトイレはないぞ。何処へ行くつもりだ?」

 シグナムに止められてしまった。
 ……ついてきたのか。油断した。

「トイレが見当たらないから森でしようと思ってな」

「嘘をつくな」

 俺の嘘をあっさりと見破ったシグナムは真剣な表情で俺を睨んだ。
 ……これは誤魔化すのは無理かな。

「……さっきの不良どもがつけてきているようだから排除しようと思った」

「やはりか」

 シグナムは溜息をついて確認するように俺に聞いてきた。

「主に止められていただろう?」

 確かに、止められている。
 しかし

「俺にとってはやての命令は優先順位が高いだけで絶対じゃない。はやてのためになると思ったら、止められようともやる時はやる」

 そうだ、俺ははやての騎士ではない。だから、命令に拘束力なんてものはないんだ。
 シグナムは俺の意思を確認するともう一度溜息をついた。

「わかった、もう止めまい。だが、私も一緒にだ」

 この発言には俺も少し驚いた。
 てっきり何としてでも止めると言いだすかと思っていた。

「いいのか? はやてに止められているだろう」

「主に直接止められたのはお前だけだ。私自身は戦闘禁止と命じられていない」

 しれっとそんなことまで言い出す始末だ。
 ふぅ、まったく。

「はやてに怒られても知らんぞ」

「その時は助け船を出してくれるとありがたいな。それに……今さらだろう」

「……そうだな、そのときは一緒に怒られるよ」

 俺たちが話しこんでいる間に、先ほどの三人組が仲間を引き連れて俺たちを囲んできた。
 大体十人くらい入るだろう。
 小学生と女性相手にこの人数とは情けない奴らだ。
 しかし奴らはそんなこと微塵も感じていないようだった。
 あるのは、圧倒的な戦力差から来る優越感だけだ。
 胸糞悪い。

「よぉクソがき、さっきはよくもやってくれたな。ちょっとばかしおいたが過ぎたんじゃねーか?」

「…………」

「お兄さんたちちょっと傷ついちゃってなぁ。少し遊んで行ってくれないか?」

「…………」

「ハッ! ビビって声も出ないってか。今のうちに謝っておいたらどうだ? 少しは手心加える気になるかもしれないぞ?」

「そうそう、もしくはそのねぇちゃんが傷ついた俺らを慰めてくれるっていうんならガキは助けてやらないこともないぞ?」

「ハハッ! そいつはいい!」

 男達は下品にバカ笑いしている。ゲスが

「……大切な家族をお前ら屑に売るわけがないだろう」

 俺は怒りを押し殺した声で言った。
 そんな様子を男達は震えているのだと勘違いをしていた。

「ブハハハハッ!! ビビって震えてる癖に良く言うぜ」

「減らず口叩きやがって……その口閉じさせてやんよ!!」

 言うなり、男の一人が俺に殴りかかった。
 そいつはニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべている。
 かわされるなんて、ましてや反撃されるなんて思っていないのだろう。
 しかし、その油断はこいつに大きな代償をはらわせた。
 俺はこいつのパンチをかわし、カウンターで躊躇なくそいつの喉を突いた。
 想定外の反撃に男は一瞬何が起こったのか分からないようだったがすぐに苦しそうに喉を押さえると地面に膝をついた。
 その顔面にひざ蹴りを入れると男は防御などできるはずもなく地面に倒れ伏せてしまった。
 それでも意識は刈り取っていないので苦しそうに転がっている。

「っ!! てめぇ!!」

 それを見た奴らの空気が変わり、全員一気に襲い掛かってきた。
 しかしそいつらは俺にたどりつくことなく地面に倒れ伏す羽目になった。
 シグナムが俺と奴らの間に入り、一瞬にして全員手刀で気絶させてしまったからだ。

「これで、終わったな」

 シグナムは終わった気になって緊張を解いていたが俺は違った。
 リーダー格の男に近づいてそいつをたたき起こす。

「希、何を?」

 シグナムは不思議そうにしていたが次の俺の行動を見た瞬間に顔色を変えた。
 俺はリーダー格の男が目を覚ました瞬間に奴の手を踏みつぶしたのだ。

「ぎゃーーー!!」

 男の悲鳴が辺りに響く。
 俺はそれも気に掛けずにもう一方の手も踏み抜こうとした。

「やめろ! 希!!」

 そんな俺をシグナムは慌てて止め始めた。
 なぜ止める?

「なぜだ? こういう奴らは一度徹底的に叩き潰さなければ必ずまた同じことをする。そうなると、いつはやてに危険が及ぶか分かったものじゃない。その危険性を摘み取らなければならない。それに、こいつは先ほどはやてを侮辱した」

 そうだ。こんな奴に掛ける情けなんてない。

「だからと言ってやり過ぎだ! もう勝負はついている!」

「勝負? 何を言っているんだ? 俺は勝負なんかしたつもりはない。戦力的に、勝負になるなど思っていなかったからな。元々こいつらに制裁を加えるつもりで俺はここに来た」

 こんな奴らが敵になるなんて微塵も思っていない。
 ここに来たのははやての安全確保と自分の憂さ晴らしのためだ。
 シグナムは俺の眼を見ると悲しそうに懇願してきた。

「たのむ、やめてくれ。……そんなことをしているお前を、私は見たくない」

 シグナムの真剣なお願いを聞いた俺は男の方を見た。恐怖し、小さく震えている。
 …………

「わかった」

 しばらく考えたのち、俺はシグナムの願いを受け入れることにした。
 すると不安そうだったシグナムの顔がパッと明るくなる。

「希!」

「シグナムに感謝しろ。そして二度と俺たちの前に姿を見せるな」

 男が無言でこくこくと頷いたのを見ると、俺は首筋に手刀を入れて再び男を気絶させた。

「……わるかった」

「いや、いいんだ。よく止まってくれた」

 シグナムはほっとした表情をしていた。
 ……やりすぎだったな。少なくとも家族に見せるべきではなかった。
 俺が反省しているとシグナムは無理やり明るい調子を出して俺に言ってきた。

「さぁ、用が済んだのだから早く戻ろう。主も待っているし、花火も待っているからな」

「あぁ、そうだな」

 そんなシグナムの優しさに感謝しながら、俺たちはこの場を後にした。






【Sideシグナム】


「おぉ! すげーキレーだな、いろんな色に光ってるぞ!」

「おい、こっち向けるな。熱いぞ」

「ヴィータ、はしゃぎたいんはわかるけどもうちょっと静かになぁ」

「でも、ほんとに綺麗ね。初めて見たわ」

「……今まではそんな暇などなかったからな」

「あぁ、そうだったな」

 私は今こうして穏やかに過ごせている奇跡を噛み締めながらザフィーラに答えた。
 これまで、このように穏やかな時間があっただろうか?
 出現すればすぐさま主のために蒐集を始め、戦いに明け暮れる日々。
 主からは道具として扱われ、そのことに何の疑問もいだいたことはなかった。
 しかし、今回の主は違う。
 私たちを『家族』として扱ってくれる。
 そんなことは初めてだった。
 初めは戸惑ったものの、今ではそれが嬉しい。
 どうやら、私は変わってしまったようだ。

「じゃあ次はこのねずみ花火ってやつをやってみようぜ!」

「それは音がうるさいからまた今度な」

「え~、今日は全部できねーのかよ」

「ええやん、別に今日一遍にやらんでも。また一緒にやれば」

「そうだけどよ~」

 そう言ってヴィータは残念そうにしている。
 ヴィータも変わった。
 以前は常に神経を張ってイライラとしていたのに、今では普通の子供のように無邪気だ。

「ならこっちのドラゴン花火はどうかしら?」

「あぁ、それなら平気だろう」

「やった~♪」

 シャマルは楽しそうにドラゴン花火に火を付けた。
 付けた後も近くに居た為、急に火柱を上げたドラゴン花火を見て驚いてひっくり返ってしまった。
 それを見た私たちに笑われてプリプリと怒っている。
 彼女はだいぶ雰囲気が柔らかくなった。
 参謀というポジションからもっと抜け目なく、表面上は仲良くしていても常に一枚壁を作っていたのだが。
 今では私たちにもすっかり心を開いてくれている。

「……この花火はなんだ?」

「それは蛇花火やね。やってみたらどうや?」

「? これも花火なのか?」

 ザフィーラは蛇花火を見て不思議そうにしている。
 彼はだいぶ話をするようになった。
 以前は彼の声など出現時以外はほとんど聞いたことがなかった。
 話をしても必要最低限だけだ。
 それが最近ではたまに雑談に加わってきたりもする。

「ラストはやっぱ線香花火やな」

 私はこの変化を好ましく思っている。
 この主に出会えたおかげで、私たちは変わることができた。主に出会えた奇跡を、私は神に感謝したい。
 ――――ただ、心配ごとも一つある。

「う~ん。線香花火は綺麗やけど、これで終わりやと思うとなんか寂しくなるな~」

「またやればいい。はやてが望むなら、俺はいつだって一緒に花火をしてあげるさ」

 一ノ瀬希。
 主と深い関係を持つこの少年。
 今までの暮らしで、我々とも近しくなった。
 今はもう、彼が主に危害を加えるとは思えないが、それでも油断ならない。
 彼の能力は高すぎる。とても主と同い年とは思えない。
 特に精神力の方ははっきり言って異常だ。
 初対面の時放った殺気はとても小学生が出せるものではなかったし、先ほども不良ども相手とはいえあのような凶行を平気で行えるなどあり得ない。
 それも、怒りで我を忘れているのでもなく極めて冷静にだ。
 あの、冷え切った眼には戦闘経験の多い私ですら若干の恐怖を感じたほどだった。
 これらはすべて、主のためだった。
 彼の主への愛は深すぎるのだ。
 きっと、主のためだと判断したならばどんなことだろうとやり遂げてしまうだろう。
 必要とあれば、我らを切り捨てるだろう。
 それはいい。
 我らとて、主の害になるくらいなら自分から消えるつもりだ。
 しかし、彼はきっと主のためだと考えれば自分すらも切り捨ててしまう。
 たとえ主が望んでいなくとも。

「そうだよはやて! またやるんだろ!?」

「まだまだ使ってない花火が残っているものね」

「そうだな。それにこれから、いくらでも時間はある」

 それだけは避けなければならない。
 そんなことが起きれば、主の心に深い傷が残ってしまう。
 そして、希の心も。
 双方にとって最悪の事態だ。
 それに何より、私自身すでに希がいないことを想像できない。
 いや、彼がいないことは耐えられないのだろう。
 それほどまでに、我らは近しくなってしまった。
 ……私は弱くなってしまったのだろうか。

「うん、せやね。まだ、いくらでも機会はあるんやったね」

 それでも、私は守りたいと思う。
 この穏やかで楽しい日々を。

「そうです主。我々はいつまでも一緒なんですから」

 『道具』としてではなく主や希の『家族』として。





[25220] 第八話
Name: kaka◆0519be8b ID:ee322f37
Date: 2011/08/16 00:37

「ごめんね、希ちゃん。母さんもう、限界みたい」

 週に一回行われるようになった八神家と一ノ瀬家の合同夕食会の時、母さんはいきなり申し訳なさそうに切り出した。

「なにが?」

 母さんの様子にシグナム達は何事かと心配しているようだ。
 しかし、俺と父さんは特に気にしていなかった。
 これはたぶん前フリだから。

「希ちゃん夏休みの間中はやてちゃんの家に入り浸りじゃない? そうなると私たちと一緒に居る時間が必然的に減るでしょ? それがちょっと……」

 八神家の面々が申し訳なさそうにしている。
 いや、俺が勝手にそっちに行っているだけだからお前らがそんな顔する必要はないのだが。

「それでね、勝手なこと言って悪いんだけど……」

 母さんはそう言って少し間をとった。
 俺たちの反応を見ているようだ。
 八神家の皆は心配そうに次の言葉を待っている。
 俺が出禁にでもなると思っているようだ。
 それでこんな反応をしてくれるというのはなんか嬉しいな。
 一方、俺と父さんは落ち着いていた。
 たぶん、流れ的に次辺りで……

「旅行に行くことにしちゃいました~! 温泉よ温泉! はやてちゃん達の分も一緒に予約しちゃったからね!」

 ほらネタばらしだ。
 しかし温泉か。家族旅行は毎年行っているが、この時期に温泉に行くのは初めてだな。

「あの……私らも行ってええんですか?」

 はやてがおずおずと聞いてきた。
 家族水入らずの場所を邪魔してしまうとでも思っているようだ。
 そんなこと気にする必要もないのに。
 それにおそらく

「やーね、良いに決まってるじゃない! はやてちゃんたちが来ないと希ちゃんが素直に楽しめないでしょ? 父さんも母さんもはやてちゃんたちなら大歓迎だし! それにはやてちゃんでも十分楽しめるように温泉を選んだのよ!」

 だろうと思った。
 さすがは母さんだ。ちゃんと全員のことを考えている。

「ちなみにもう変更はできないわ! 出発は明日だから!」

 ……さすが母さんだ。こんな直前まで連絡しないとは。
 というか俺も最近は家で能力使うことがなかったから分からなかった。
 それとも、本当に突発的に予約してしまったのだろうか? ……そっちの可能性の方が高いな。

「場所は海鳴温泉よ! 急な申し込みだったから一泊しかできないけど」

 やはり後者か。しかし、一泊でも問題ないだろう。
 すると今度は父さんが大げさに立ち上がりながら言う。

「よくやった母さん! 実を言うと父さんだって限界だったのだ! 早速用意をしなければ!」

「仕事はいいの?」

「そんなものよりこっちの方が重要だ!」

 さすが父さん。
 こっちはこっちで即順応か。仕事をそんなもの扱いだし。
 一方、はやてたちはいきなりの展開についていけないようだ。

「はやてちゃんたちは明日の予定とか平気よね!」

「はぁ、平気ですけど」

「なら明日は八時には迎えに行くから待っていてくれ! 荷物は着変えだけでいいぞ!」

「温泉楽しみね!」

「楽しみだな!」

 さすが両親だ。どんどん話を進めていって断る隙をなくしてしまった。
 しかし、はやてと一緒に温泉旅行か。

「楽しみだね、はやて」

「へ? あ、うん」

 こうして俺たちは一泊二日の旅行に出かけることとなった。






 翌日、俺たちはレンタカーを借りて温泉旅館に向かった。
 昨日は突然のことでただ驚いていたはやてたちだが、一日たって落ち着いたのか旅行を喜んでようだ。
 車内で旅行のことを楽しそうに話し合っている。

「しかし、急やったな。驚いたわ」

「そういうこともよくある。うちの両親だからな」

「ごめんなさいね~。もうちょっと余裕のあるプランにしてもよかったんだけど、行くと決めたら早く行きたくなっちゃたの」

「はははっ! 母さんはせっかちだな」

「何よ、父さんだって当日に急に思い立ってスキーに行ったことがあるじゃない。しかもその後会社大変だったんでしょ?」

「はははっ! 家族サービスの方が仕事ごときよりよっぽど大切さ!」

「こういう両親だからな」

「さすがは希君の親やな。まぁ、楽しそうやからええけど」

 はやては苦笑しながら言った。
 うちの両親はいろいろとぶっ飛んだところがあるからな。主に俺に関することとなると。

「なぁなぁ母ちゃん、鳴海温泉ってどんなとこなんだ?」

「山の中にある静かな所よ。自然に囲まれてるからゆっくりするには最適な場所ね!」

「山か~、楽しみだな!」

 ヴィータは初めての旅行でウキウキしているのかテンションが高い。

「近くに小川も流れているようだぞ」

「なら川遊びとかもできるのかしら?」

 シャマルはどんなところか期待に想像をふくらましている。

「ふふっ、あまりはしゃぎ過ぎるなよ」

 そういうシグナムも楽しみにしているようだ。

「…………」

 ザフィーラはいつもどおりを装っているが尻尾が触れている。楽しみなのだろう。

「温泉かぁ~、わくわくするわ~」

 はやても楽しそうだ。
 ……若干邪な欲望が見え隠れしているが気にしないでおこう。後でシグナムには頑張ってもらうしかない。

「ほら、もう見えてきたぞ」

「「「「おぉー!」」」」

 さて、温泉はもう目の前だ。
 どんな旅行になるのやら。期待が膨らむな。






「ふぅ、気持ちがいいな」

「あぁ、そうだな」

 俺たちは宿に着くと男女に分かれて部屋に入った。
 食事などは一緒に食べるつもりだが、さすがに8人同じ部屋は狭いからな。
 荷物を整理した後、俺たちは早速メインの温泉につかることにした。
 はやてとは少しの間別行動になってしまうが仕方がない。さすがに一緒に入るわけにはいかないからな。
 今は男三人で露天風呂を満喫することにしよう。

「はっはっは! しかし本当にみんなで一緒に入らなくて良かったのか? せっかく家族風呂も予約したというのに」

「無理だ、さすがに」

「希はうぶだな~」

 いや、何を言っているんだこの父さんは。
 母さんと一緒にだって最近はためらうのに今回ははやてや騎士たちもいるんだぞ。
 というか父さん的にはシグナム達と入るのは大丈夫なのか?
 母さんも特に気にしていなかったようだが。

「しかしさすがに予約しておいてはいらないのももったいなかろう。後で順番を決めてはいったらどうだ?」

「それもそうだな」

 確かにザフィーラの言うとおりだ。
 せっかく予約しておいて使わないのは損だろう。
 それにそこならザフィーラも人目を気にせず尻尾と耳を出せる。隠すのは微妙に疲れると言っていたからな。
 後でみんなと相談してみるか。

「おぉー、露天風呂もええ感じやん!」

「本当ね~、海も見えていい景色だわ~」

「ヴィータ、走るな。危ないぞ」

「平気だって! シャマルじゃあるまいし、こけたりしねーよ!」

「私だってこけたりしないわよ!」

 どうやら、向こうも露天風呂に移動したようだな。となると

「さて、そろそろ内湯に移動するか」

「? もうか?」

「だって、なぁ」

 そう言って俺は女湯の方をちらりと見る。
 ザフィーラはそれだけで何が言いたいのか気付いてくれた。

「あぁ、そうだな」

「なんだ、二人は行ってしまうのか? 父さんはもう少しここでのんびりしたいんだが」

 父さんは俺の意図に気付いてくれていないのか移動しようとしない。

「もうちょっと一緒にのんびりしていこうじゃないか」

 いや、気付いていて移動してくれないようだ。
 なんかニヤついてるし。
 そんなに隣の声が聞きたいか。
 むしろ、それを聞いた俺の反応が見たいのか。
 それなら

「俺、父さんと一緒にサウナに入りたいんだけど……だめかな?」

「よし! すぐ行こう! 早く行こう! 露天なんてもう知らん!!」

 作戦成功。ちょろいな。ちょっと弱弱しく頼んだらいちころだ。
 ……何だザフィーラ、その目は。仕方ないだろう。
 そろそろ隣も始めるだろうから。
 俺たちが内湯に移動しはじめると遠くからなんだか聞いてはいけない声が聞こえ始めた。

「しかしシグナムは立派やな~。どれ、一つどんな具合か確かめさせてもらうで~」

「あ、主! ま、待ってください! こんなところで! あっ!」

「シグナム……がんばってね」

「なら母さんはシャマルちゃんのを楽しもうかしら?」

「えっ! お母様何を! あっ!」

「広いお風呂も気持ちいいもんなんだな~」

 ……母さんまで何をやってるんだ。頑張ってくれ、シグナム、シャマル。
 あとヴィータはもう少し周りに関心を示せ。




「ぷはー! やはり風呂上りのビールは最高だ! ほれ、ザフィーラ君も飲め飲め!」

「いや、私は……」

 先に風呂から出た俺たちはエントランスではやてたちを待っていた。
 父さんは風呂の近くにあった自販機でビールを買ってご満悦だ。
 ザフィーラの分まで買っているし。
 俺は定番のコーヒー牛乳を買って飲んでいる。やはり風呂上がりはこれだろう。

「しかし母さんたちは遅いな。何をやっているんだ?」

「女の風呂は長いものだろう。男と違って色々とやることもあるだろうからね」

 まぁ、俺達もかなりゆっくりつかっていたんだが。それでも向こうの方が時間はかかるようだ。
 ……シグナムとシャマルは大丈夫かな?
 そんなことを考えているうちにはやてたちがこっちにやってきた。
 シグナムとシャマルは予想通りなのだか風呂に入る前より疲れているようだ。はやてと母さんは逆につやつやしている。

「お待たせ~。気持ちよかったわよ~。ねぇ、はやてちゃん」

「うん! めっちゃよかったわ」

 しかし今そんなことどうでもいい。

「遅かったな母さん。待ちくたびれたよ」

「ごめんなさ~い。つい盛り上がっちゃって」

「いやいや、楽しんでいたのならいいんだがね」

「ん? 希君どうしたん?」

 大事なのは今はやてが浴衣姿なことだ。

「……はやてかわいい」

 前に見たお祭りの時とは違う。
 温泉旅館に備え付けの質素なやつだがはやてが着ることでその魅力が何十倍にも増している。ほんのりと上気した頬としっとりと濡れた髪のポイントが高い。
 なんだこれ? 反則じゃないか。

「浴衣すごい似合ってる。はやては基本何着ても可愛いけどその中でもトップクラスだ。すごい可愛い。いや、もうすごいなんてものじゃない。天使かってくらい。いや、この場合天女か」

「はいはいストップや! 恥ずかしいセリフは終わり! というかお母ちゃんたちがおんのに何ゆうとんねん!」

 はっ! しまった! 思わず口からこぼれていたようだ。
 またやってしまった。はやても両親の前ではさすがに恥ずかしかったのか久しぶりに少し赤くなっている。
 うん、赤くなっているはやても可愛い。

「あらあら、はやてちゃんは愛されてるわね~」

「ところで今のセリフはどこら辺が恥ずかしい物だったんだい? すべて事実だろう?」

「そんなこと言えへんわ! なんやその羞恥プレイは!」

 はやて、父さんはからかうとかじゃなくて本気で言っているんだと思うぞ。
 俺だってどこら辺が恥ずかしいのかいまいちよくわからないし。

「なぁ、そんなことより早く行こうぜ。なんかするんだろう?」

 おぉ、そうだった。
 はやてのあまりの可愛さに忘れていたが何かするために両親に呼び出されたのだった。

「おぉ! そうだった! 早く移動しよう!」

「そうね! 早くしないと意味がなくなっちゃうものね!」

「? 何をするのですか?」

 先ほどのやり取りの間にやっと復活したシグナムが聞いた。
 うちの両親のことだ。どうせ

「温泉と言ったら卓球だろう!」

「ええ! 温泉と言ったら卓球よね!」

 そんなことだろうと思った。
 もったいつけておいて。まぁ、楽しめれば何でもいいか。

「タッキュウ? なんだそれ」

「食べ物かしら?」

 どうやら騎士たちは卓球を知らないらしい。ザフィーラとシグナムもはてな顔だ。

「来たらわかるさ。行こう」

俺たちは全員で卓球場へと向かった。




「ふっ、あと一ポイントで俺たちの勝利だ。盾の守護獣を名乗っている割に守備が甘いんじゃないか? なぁ、ヴィータ」

「私たちが相手じゃしょうがないだろう。奴らなんてただ図体がでかいだけじゃねーか」

「くっ! 言わせておけば! だが状況はそれほど悪くもない。こちらとて次に点を取れば逆転のチャンスはある!」

「……盾の守護獣の力、思い知らせてやる」

「みんながんばって~」

「ほな、ちびっこチームのサーブからやね」

 現在、俺とヴィータ、シグナムとザフィーラのチームで対戦中だ。
 隣では両親がシングルスで争っている。
 そちらも白熱しているようだがこちらもそれは同じだ。
 初めこそルールを覚えたりしながらのんびりとやっていたのだがコツを掴むと勝負好きのシグナムがだんだんと熱くなって行き、それに引っ張られる形で俺たちも本気になっていった。
 3ゲームマッチで戦っているが今は互いに1ゲームづつ取っており得点も10対9とクライマックスを迎えている。

「いくぞ!」

 そう叫んだ俺は王子サーブを仕掛ける。某卓球少女の得意技だ。
 素人相手にやるような技ではないがそれほどまでにシグナム達は短時間で上達してしまった。

「なんの!」

 そう言ってシグナムは体制も崩さずらくらくレシーブしてくる。
 ご丁寧にスピードドライブまでかけてきた。

「あまいぜ!」

 しかし、コースを読んでいたヴィータによって危なげなく打球は返された。
 ヴィータも負けじと際どいコースを攻め立てる。

「ふっ!」

 その打球もザフィーラの守備は抜けなかった。
 先ほどは挑発のためあのようなことを言ったがやはり盾の守護獣の名は伊達ではない。
 そうやすやすとポイントを取らせてくれないようだ。

「はっ!」

 俺は打球にカットをかけて打ち返す。先ほどからこの緩急によってチャンスを作り、点を取ってきたのだ。

「なめるな!」

 しかし、そう何度も同じ手に引っかかってくれるほど相手も甘くない。
 俺の打球を読んでいたシグナムが強烈なドライブをかけて返球してきた。

「ぐっ!」

ヴィータは何とか球を拾ったが打球が浮いてしまった。

「そこだ!」

 そのチャンスをザフィーラが逃すわけもなく、強力なスマッシュを叩きこまれてしまった。

「くっ!」

 なんとか打球に反応することができたが、パワー負けしてしまい打球は明後日の方向に飛んでいった。
 しまった。これでデュースになってしまった。

「ふふふっ、これで振り出しに戻ったな。いや、流れがある分我々が有利だ」

 シグナムが不敵に笑って俺たちを挑発してくる。
 ちっ! 失敗した。

「すまんヴィータ。少し油断した」

「気にすんな。奴ら寿命が少し伸びただけなんだからよ」

 そう言ってヴィータは余裕そうにニッと笑って見せた。なかなか頼もしい相棒じゃないか。

「ふっ、言うじゃないか。我々古代ベルカの最強コンビにかなうとでも?」

「当たり前だ! こっちは現代の最強コンビだからな!」

「ほな次は大人チームのサーブから」

 この後も、俺たちの激闘は十分近く続き、最終的に俺たちちびっこチームの勝利が決まった。
 シグナムとザフィーラは悔しがっていたが、なかなか楽しかった。
 またいつかやりたいものだ。




 卓球が終わると、俺たち子ども組はもう一度温泉に浸かってから周囲の探索に出かけた。
 シグナム達大人の騎士は風呂に入った後両親に捕まり、酒盛りを始めてしまった。たぶん両親は彼らをしばらく解放してくれないだろう。
 なので夕食までは三人でのんびりすることにしたのだ。

「しかし父ちゃんたちはパワフルだな。希の両親だって言うのも納得だぜ」

「それは褒めているのか?」

「あはは! ほめ言葉として受け取ってええんちゃう? いい人やん。二人とも」

「そうだぜ? ほめてんだよ」

「そうか、ありがとう」

 三人で旅館の散歩コースを歩きながら雑談をする。
 ここは小川も近くに流れていてなかなか気持ちのいいところだ。

「知っての通り両親は俺のことを溺愛しているからな。そのせいで無茶なことをすることもある。だから、そんな両親を好意的に見ない奴もいる。まぁ、両親が気にしていないのならそんな奴らはどうでもいいんだが、はやてたちにはうちの両親を好きになってもらいたいからな。俺も両親のことは大好きだから」

 この二人が親でなかったら、俺はとっくに壊れてしまっていただろうし。
 するとはやてたちは笑って俺の願いを肯定してくれる。

「何言ってんだよ。あんないい人たちを嫌いになるわけないだろう? あたしだって大好きだよ」

「うん、私も希君の両親は大好きやよ」

「そうか、ありがとう」

「お礼を言われることでもねーよ」

「せや」

 うん、よかった。嫌ってはいないだろうと思っていたがやはり言葉にしていってくれると安心する。
 両親の中ではすでにはやてたちは家族認定されているようだし問題ない。

「これで嫁姑問題は心配しないでいいな」

 仲が良くって大助かりだ。

「あほ! 気が早いっちゅうねん!」

 どうやら声に出ていたようではやてにつっこまれてしまった。
 うっかりしていたな。これではシャマルのこともからかえない。

「はやて、気が早いってことは将来的にはありなんだろう?」

 するとヴィータがニヤニヤしながらこんなことを言い出した。
 何っ! いや、確かに嫌がっているようではないが……
 俺が期待を込めた目で見ていると、はやての顔はみるみる真っ赤になっていった。

「知らん! 知らん知らん知らん!!」

 そう言って俺から逃げるように一人先に行ってしまう。

「はやて、そうなのか!」

「知らんゆうとるやん!」

 俺とヴィータが慌てて追いかけて聞いたが結局はやてはその後もこのことについては教えてくれなかった。




「ただいま~、って酒くせー!」

 俺たちが部屋に戻ると、中の大人たちはすでに全員出来上がっていた。
 シャマルとシグナムは真っ赤になっていたし、両親は上機嫌、ザフィーラは見た目変わっていないが横に酒瓶が束になって置いてあり目が据わっている。

「あら、三人ともお帰り~♪ 遅かったじゃない♪ 早く母さんの所に来て~♪」

「主、ヴィータ、希。遅いじゃないですか。こっちで一緒に楽しみましょう♪」

「いやん。三人ともこっち来てちょうだい。私と一緒に飲みましょう♪」

「いやいや、みんなは父さんと一緒に飲むんだよな♪」

「……こっちに」

 ……全員呑ます気満々じゃないか。
 ヴィータはどうか知らないが俺とはやては小学生だぞ?

「……はやて、ヴィータ。どうやら部屋を間違えたようだ。いくぞ」

 そう告げて俺は方向転換し部屋から逃げ出そうとした。
 しかし、その前に横に居たザフィーラに足を掴まれてしまう。その上無言のまま行くなと圧力をかけてきた。
 見ると、はやてとヴィータも同様に酔っ払いどもに捕まっていた。
 ……仕方がない。

「分かった。その代わり俺とはやては酒はあと十年ほど待ってくれ。代わりにヴィータを好きなようにしてくれてかまわない」

「の、希! テメぇ!」

「頑張れ、鉄槌の騎士」

 誰か一人くらい生け贄にしなければ収まりそうもないからな。
 ヴィータとてシグナム達と同じヴォルケンリッターなのだから見た目が子供でも少しくらいは大丈夫だろう。……たぶん。

「ごめんなぁ、ヴィータ。頑張ってや」

「はやてまで!」

 はやても同じ結論に達したのだろう。手を合わして謝っている。
 しかし、ヴィータもはやてに言われてしまったら断れない。

「~~~っ! わかった! あたしだってヴォルケンリッターの一人だ! 酒ごときに呑まれるか!!」

 こうして、ヴィータまでもが酒の海に溺れていくことになった。
 その後も、酒盛りは盛り上がり続け、結局全員がつぶれてしまうこととなった。
 しかし、ヴィータの尊い犠牲のおかげで、なんとか俺とはやては無事に危険な夜を乗り越えることができた。
 ……帰ったら特製アイスを山ほど作ってやることにしよう。




 翌日、いつもより少し早めに起きた俺は朝風呂に向かった。
 父さんとザフィーラも誘おうと思ったが昨日の酒が残っているのか起きる気配がなかったので一人で行くことにした。
 そう言えば、せっかく予約した家族風呂の方を使っていなかったのでそちらに向かうことにしよう。
 結局、使用時間のことを話してはいなかったがこんなに早い時間なら他の人が来ることもないだろうからな。
 向こうも起きれないだろうし、唯一起きれる可能性を持つはやても一人では温泉に入れない。
 だが、念のため俺が入っているのがわかるように脱衣所にメモを残しておこう。




 中に入るとこちらもなかなかいい景色が広がっていた。
 家族風呂だけあって湯船こそ大浴場より小さい物だったがそれもサイズは十分で、なにより海が一望出来る。
 時間帯もあって朝日が海に反射し、キラキラと光っている。
 この景色を一人占めできるとは。やはりこちらに来て正解だった。
 そう思った俺は上機嫌でしばらく一人風呂を満喫していた。


 しかし、その気持ちよさもあって若干うとうとしていたのがいけなかった。
 脱衣所に誰かが入ってきていることに気付くことができなかったのだ。
 ほどなくして、浴場の扉が開き誰かが入ってくる。
 その音で覚せいした俺が振り返ると、そこには母さんがいた。

「おはよう希ちゃん。こんないいお風呂を一人占めなんてずるいわよ♪」

 それはいい。
 多少気恥ずかしいが母さんとなら何度も一緒に入っていたからな。
 問題は

「ちょ! お、お母ちゃん! 希君居るやん!」

 はやてが一緒に入ってきたことだ。
 ……落ち着け。冷静になって状況を把握するんだ。まだ慌てるような時間じゃない。まず俺は今何をしている? 温泉につかっている。温泉に浸かっているということは? 当然、俺は服を着ていない。はやては何をしにここにきた? 温泉に浸かるためだ。と、いうことは? 当然服を着ていない。はやては今何をしている? 俺がいると分かってから逃げ出そうとしている。しかし母さんに抱きかかえられた状態なのでそれができないのでせめて体をタオルで隠そうとしている。だがタオルは小さいので全部を隠すことはできていない。足とかが丸見えだ。

 ……良し、状況確認終了。

「……ヘブンッ!!」

「希ちゃん!」

「希君!」

 俺は急激に顔が赤くなるのを感じると、そのまま倒れてしまった。
 冷静になったところでこの刺激には耐えきれなかった。
 遠くで母さんとはやてが俺を呼ぶ声が聞こえる。
 だが、もう駄目だった。
 しかし後悔はない。
 最後に天使の姿を見れたのだから。




 目を覚ますと、俺は布団で寝かされていた。
 起き上がろうとしたがまだ若干ふらふらする。
 どうも湯当たりしてしまったらしい。

「まだ寝てなあかんよ」

 誰もいないのかと思ったが横にはやてが座っていた。
 ……こんな近くに居るのに気付かないなんて。やはりまだ本調子じゃないようだ。

「みんなは?」

「酔い覚ましに風呂にいっとる」

「そうか」

 ということは今はやてと二人っきりか。
 やばい。さっきの映像がまだ頭から離れないというのに。
 するとはやては俺の顔を覗き込んできた。

「う~ん、まだ顔赤いな~。平気なん?」

「だ、大丈夫だ!」

 そう言って俺は慌ててはやてから遠ざかってしまう。
 するとはやては少しムッとした顔になる。

「ん、なんや? 人が心配しとるのに」

「い、いや。だってさっき……」

 するとはやての顔も一気に赤くなった。
 先ほどのことを思い出したのだろう。
 このまま離れてくれればいいのだが。

「い、いや。さっきんは別に怒ってへんで。希君は悪ないもんな。ちょっと恥ずかしかったけど。別に希君になら見られても……私も見てもうたし」

 後半は声が小さすぎて聞き取れなかったがどうやら怒ってはいないらしい。
 そのままはやてはずりずりと距離を縮めてくる。
 しかし問題はそこじゃない。

「いや、そうじゃなくてだな。その……」

「? どうしたん? 珍しく歯切れが悪いやん」

 そう言いつつもはやては距離を詰めるのをやめない。
 さすがに俺だってあんなことがあった後じゃ……

「……恥ずかしくてな」

「ほぇ?」

 はやては一瞬間抜けな声を出した。
 そして言葉の意味を理解すると少し考えてから悪そうな笑みを浮かべた。
 あ、やばい。そう思うとすぐにはやてはにじり寄るスピードを上げてきた。

「は、はやて! だから恥ずかしいんだって!」

「うん、知っとる。希君の羞恥顔なんてめったに見られへんからな。今のうちに堪能しとこうと思ってん」

 そう言ってはやてはどんどん俺に近づいてきた。
 実に楽しそうな笑顔で。
 俺は耐えきれなくなり立ち上がろうとしたが。

「逃げちゃいやや」

 そうはやてに上目遣いで言われてしまって動くことができない。
 ついにはやてに捕まってしまう。
 その距離の近さに急激に顔が熱くなる。

「ふうん、なんや希君が真っ赤になっとるとこなんて初めて見たわ。いつも私のことを可愛い可愛いゆうとるけど自分の方こそ可愛いやん」

「あ、あの、はやてさん?」

 はやては至近距離で俺の顔を覗き込んできた。
 いや、まずい。普段でさえこの距離はまずいというのに今の状態だと

「なんや?」

「ちょっと近すぎるかと……」

「ええやん。少しは楽しんでも。なんも問題ないやろ?」

「いや、問題はあるんですけど……」

 問題大アリだ。
 特にはやてに

「何が問題なん?」

「あの……ですね」

 だめだ。限界が近い。
 なんとか離れてもらうために俺は内心を暴露した。

「さっきの刺激の後にこんな近くに寄られたら……理性が……」

 只でさえ可愛いはやてがこんなに近くに居るんだ。
 思わず抱きしめたくなる衝動を何とか抑えているところだ。
 あぁ、はやて可愛いはやて可愛いはやて可愛いはやて可愛いはやて可愛いはやて可愛いはやて可愛いはやて可愛いはやて可愛いはやて可愛いはやて可愛いはやて可愛いはやて可愛いはやて可愛いはやて可愛いはやて可愛い。
 ……ッハ! 一瞬トリップしてしまった。
 気を抜くとまたトんでしまいそうだ。
 はやても俺の言いたいことが分かったのか顔を赤くさせている。
 よかった。これで離れてくれる。
 と、思ったが一向に離れる気配がない。
 ……そろそろ本当に限界なんだが。
 はやて可愛いはやて可愛いはやて可愛いはやて可愛いはやて可愛いはやて可愛い。
 俺が欲望と激しい戦いをしているとはやてが飛んでもない爆弾を投入してきた。

「……少しくらいならええよ。こうなったんも私のせいやし」

 ……今何て言った?
 無理だ。もう無理だ。俺はついに欲望に負けはやてを思いっきり抱きしめた。
 はやてに顔を向けるとトロンとした目をゆっくりと閉じてくれた。
 あぁ、はやて可愛いな。
 そして俺ははやての唇に自分の唇をゆっくりと近づけていく。
 あぁ、はやて愛おしい。
 あとちょっと、あとほんのちょっとで唇が重なるという瞬間



 ガタガタガタっ!!



 と、大きな物音と共に入口のふすまが倒れた。
 驚いた俺たちは慌てて身を離し、扉の方を向いた。
 そこには、お風呂に行っているはずのシグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラ、父さん、母さん、つまり俺たち以外の全員が倒れこんでいた。

「いてて、おい! 倒れちゃったじゃないか」

「お前が押すからこんなことに」

「シグナムだってどんどん身を乗り出していったじゃない」

「……早くどいてくれ」

「あらやだばれちゃったわね」

「う~ん、失敗失敗」

 つまり、風呂に行くというのは嘘でずっと覗いていたようだ。
 ……なん……だと。

「……なんでお風呂にいっとるはずのみんながここにおるん?」

 振り返るとはやては笑顔で皆を見ていた。
 ただし、怒りのオーラが見え隠れするものすごい怖い笑顔で。

「ひっ! はやて、これはだな!」

「あ、主! 落ち着いてください! これはですね……」

「はやてちゃん! あのね、これはつまり」

「そ、そのなんだ! つまりだな」

「つまりなんなん? ちょっとお話ししようか。みんなこっち来て正座してくれる?」

 騎士たちは死刑宣告をされた容疑者のように顔を青ざめている。

「父さん、母さん。逃げるのなら一カ月は口を利かないと思うけどそれでいい?」

「そんな!」

「あんまりだ!!」

 (おそらく)主犯のくせに逃げようとするのが悪い。
 ……失敗だ。完全に油断していた。
 本調子でないとはいえあんな近くにいたこいつらに気付かないとは。
 せめて能力をオンにしておけば……あとちょっとだったのに


 その後、俺とはやてのお説教は一時間以上にも及び彼らは綺麗な土下座をマスターすることとなった。






 俺たちの説教が終わるとふらふらになっている彼らとながら朝食を食べ、また温泉へ入った。
 時間的に最後の風呂なのでゆっくりと堪能した。
 風呂から出るころになると俺とはやての怒りも収まっており、皆もいつもの調子に戻っていた。
 これも温泉効果だろうか?
 しかし、楽しい旅行もこれでおしまいだ。
 俺たちは荷物をまとめてチェックアウトする。最後にお土産を買いたいと言ったはやてたちのために土産物屋に少し寄ってから、俺たちは温泉旅館を後にした。
 ちなみに俺も少しだけお土産を購入した。はやてとおそろいのタヌキのキーホルダーとバニングス達用の温泉まんじゅうだ。
 あいつらにも何か買っておかないとうるさそうだからな。




 帰り道の車内、はやては遊び疲れていたのかすぐに眠ってしまった。
 ヴィータやシャマルも同じだ。シグナムは何とか起きようとしていたが少しうとうととしている。
 みんな疲れているんだな。すると狼形態になっているザフィーラが俺の足元までやってきて話しかけてきた。

「遊び疲れて寝てしまうとは……よほど楽しかったのだな」

「お前は寝なくて平気なのか?」

「私はまだ平気だ。希こそ大丈夫か?」

「俺も大丈夫だ。今は眠るよりもはやての寝顔を見ていたい」

 はやてのあどけない寝顔はとても癒される。俺にとっては温泉の何十倍も効果がある。
 これを見ないで眠るなんてもったいないことできない!

「相変わらずだな」

 そう言ってザフィーラは静かに笑った。そして前足をドアに掛け、窓の外を見る。
 そして感慨深げにつぶやいた。

「……楽しかったな」

「あぁ、そうだな」

「……だからこそ、少し寂しい気がする」

 ……まったく。何を言い出すのかと思えば。

「また来ればいいだろう。今度もみんな一緒に」

 するとザフィーラは俺の方に向きかえり、小さく笑った。

「あぁ、また来よう。みんないっしょに」

 そうだ。またいつでも来ればいい。
 できれば、次に来るときは、はやての足がもっと良くなっていますように。
 俺はそう、心の中で小さく願った。





[25220] 第九話 A’s
Name: kaka◆0519be8b ID:ee322f37
Date: 2011/08/16 00:39

 季節は巡り、今はもう冬といってもいいほどの肌寒さになってきた。
 夏休みが終わった後も相変わらず俺は八神家に通い続け、まったりとした時間を過ごしていた。
 時たま両親が突発的に何かイベントを起こしたりもしたが、それだってとても楽しかった。
 ただ、同じように続く日常がこんなにも楽しいだなんてことは今まではなかった。
 別にこれまでも不幸だったわけではないが今の暮らしと比べるとどうにも見劣りしてしまう。
 本しか読んでいなかったし。会話だって両親意外とはほとんどしていなかった。
 いや、する意味がないと思っていたんだな。
 それが今でははやてだけではなく、シグナムやヴィータ、シャマル、ザフィーラといった騎士たちとは毎日のように談笑している。それにバニングス、月村、高町とまで仲良く話をするくらいだ。
 ……変わったのは騎士たちだけじゃなかったんだな。
 俺もはやてによって変わってしまったようだ。
 いい方向に。
 はやてには感謝している。はやてに出会えて本当に良かった。
 だから、どんなことをしてでも君を守って見せる。そう、どんなことをしてでも。
 愛してるよ、はやて。








 俺は今、海鳴大学病院に来ている。
 はやての定期検診の付き添いのためだ。
 しかし、結果は芳しくないようだった。
 はやての麻痺の原因は、いまだ掴めていない。
 俺も自分で様々な資料を読み漁り、原因を調べているが一向に分からない。
 そして、原因がわからないままゆっくりと、しかし確実にはやての麻痺は広がっている。
 ……俺はいったい何のためにいろいろな知識をため込んできたんだ。はやての危機に使えない知識なんて意味がないじゃないか!
 担当医の話を聞きながら俺は鬱々とした気持ちになっていた。
 しかしこの時、はやてを救うための一筋の光明が見えてきた。

(もしかしたら、はやてちゃんの麻痺は闇の書が原因なんじゃ……)

 シャマルが突然、そんな事を考え出したのだ。
 ちなみに、なぜ俺が今能力を使っているのかというと、担当医の説明を俺が受けられなかったからだ。
 子供に聞かせるような話ではないということで、シャマルだけが説明を受けている。
 なので、盗み聞きをするために能力を使っていた。

(闇の書がいつまでたっても蒐集されないでいるから直接つながっているはやてちゃんのコアから魔力を奪っていると考えれば辻褄が合うわ。その継続的な魔力欠乏によって麻痺が引き起こされているとしたら……)

 シャマルの推論はどんどんと繋がっていった。よどみなく繋がっていく理論を聞いて、俺はどんどんこれが正しいのではないかという確信を強めていく。
 そうか、こんなことに気付かなかったなんて。
 こちらの世界の病気にとらわれ過ぎていた。せっかく魔法の存在を知っていたというのに。
 ……くっ、バカか、俺は?
 しかしそうと決まれば話は早い。
 すぐにでも行動しなければ。後悔なんて後回しだ。
 こうなってしまった以上、やるべきことは決まっているのだから。






「う~ん、やっぱ病院はいつまでたっても慣れへんなぁ。えらい疲れたわ」

 帰り道、はやては伸びをしながら愚痴をこぼした。
 色々な検診をやったからな。それでいて原因が未だに解らないのだから疲れも溜まるだろう。

「大丈夫? なんなら今日の夕食は私が準備するわよ」

 はやてを気遣ってシャマルが提案をする。
 それにはやては焦って拒否をした。

「い、いや、気持ちだけで十分や」

 シャマルの料理は破壊力抜群だからな。俺の料理教室も情けないことに今のところ効果が薄いし。

「それに料理は私の趣味やねんから」

 確かにそうだ。そのおかげで俺ははやてと出会うことができたんだったな。
 ……なつかしい。一年たっていないはずなのにだいぶ昔に思える。
 するとはやては向き返って俺に話しかけてきた。

「そう言えば、それがきっかけで希君と出会ったんやったな」

「あぁ、そうだな。俺がはやてに料理本を取ってあげたのがきっかけだった」

「なんや懐かしいなぁ、そんな時間たってへんはずやのに」

 どうやらはやても同じことを考えていたらしい。
 なんか嬉しいな。

「希君とはやてちゃんの出会いの話ねぇ。詳しく聴きたいな」

 シャマルは目を輝かして聴いてきた。
 そう言えば話したことがなかったな。

「あ~、なんや改めて話すとなるとちょっと恥ずかしいなぁ。主に希君の行動が」

「? なんか変なことをしていたか?」

「うん、自覚がないんはしっとるけどな」

 どうやら考えることは同じでも記憶の方は若干の齟齬があるらしい。
 なんかしたったけかな?

「希君の恥ずかしい行動は今さらじゃない」

「シャマル、それではまるで俺が恥ずかしいことばかりしているようじゃないか」

「実際そうでしょ? ね、お願い」

 そんなことはない。と、胸を張って言えないのはいつもはやてに怒られているからだろうか? う~ん、基準が難しいんだよな。

「しゃーないな~」

 はやては口ではそういったものの、なんだか楽しそうに俺たちの出会いを話し始めた。
 話しは弾み、結局俺たちは家に着くまでであった頃の思い出を振り返っていた。
 しかし、話を聞いた限り俺の記憶とも一致して居るし、恥ずかしい行動なんてとっていなかったんだが?




 家に着くと、はやては早速料理に取り掛かった。
 いつもなら、シャマルやヴィータ、時たまザフィーラも手伝っているのだが(俺には手伝わせてくれない)今日ははやて一人に任せている。
 病院帰りはいつもこうなってしまう。
 診察結果を皆で聞くためだ。

「それで、結果はどうだった?」

 シグナムが真剣な表情でシャマルに聞いた。

「また駄目だったわ。原因がわからないって……」

 シャマルのいつも通りの答えを聞いたシグナム、ヴィータ、ザフィーラの三人は暗い顔になる。
 すでに何度もこの結果だったので期待はしていないがそれでも何ら状況が改善されないのは気が滅入るようだ。
 しかし、今回の報告はこれだけで終わらなかった。

「それどころか麻痺が広がってきてるって……」

「「「!!!」」」

 さらに悪化していく状況に三人はショックを受けた。
 ヴィータなんかは泣きそうだ。

「それでね、みんなに聞いて欲しいことがあるの。これは私の推論なんだけれど……」

 そう前置きしてからシャマルは先ほどの推論を俺たちに話した。
 シャマルの推論を聞いた三人の衝撃は大きかった。
 ヴィータは明らかに動揺していたし、普段は冷静なザフィーラもショックを隠し切れていない。

「そ、そんな……じゃああたしたちのせいで」

「……くっ!」

「…………」

 はやてのことを大切に思っているのだからショックなのはわかる。
 だが、いつまでもそうされていては困る。
 皆にはやって欲しいことがあるのだから。
 俺ははやてに声が届かないことを確認してから本題に入る。

「シグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラ。お前たちに一つ頼みたいことがある」

「希?」

 騎士たちは俺の発言に不審に思ったようだ。
 今まで俺は彼らに頼みごとなどしたことがなかった。
 全部一人でできたからだ。
 しかし、今回ばかりはそれができない。
 真剣な表情で皆に向き合い、正座で手を床に付ける。

「蒐集を行ってくれ」

「「「「っ!!」」」」

 騎士たちは驚愕し、目を見開いた。
 俺は構わずに続ける。

「シャマルの推論が正しいかどうか俺には判断できない。だが、原因がわかっていない以上できる限りのことはやっておきたい。シャマルの推論が正しければはやての麻痺は止まる。そうでなくともページがすべて埋まれば願いを叶えられる。そうすればはやての足を治してもらえる」

 騎士たちは黙って俺の願いを聞き続ける。

「はやてが蒐集を禁止しているのは知っている。だが、そこを曲げて頼む。責任は俺が取るから」

 俺はそういって土下座をした。

「お願いします。もう、これ以上はやてが苦しんでいるところを見ていられないんだ。俺には何もできないから……お願いします」

 俺は騎士たちに懇願した。
 自分の無力さが嫌になる。
 なぜ俺には魔力がないんだ! それさえあればはやてを助ける手助けができるのに! こんな能力があったところで何の役にも立たないじゃないか!
 悔しくて悔しくて、肩が震える。

「……顔を上げてくれ、希。もう、そんな真似はやめてくれ」

 その、震える肩をシグナムに優しくたたかれ、俺は顔を上げた。
 見ると俺の周りには悲しそうな顔をした騎士たちが集まっていた。

「何もできないなんて言わないでくれ。私たちはお前からも大切なものをたくさん受け取った。主もそうだ。何もできないなんてことはない。希がいてくれたから今の私たちがある」

 騎士たちはシグナムの言葉に頷く。

「だから、そんな顔しないでくれ。お前が苦しんでいる姿など、誰も見たくない。お前だって私たちにとって、主と同じように大切な『家族』なのだから」

 そう言ってシグナムは俺をやさしく抱きしめた。
 それに重なるように、ヴィータ、シャマル、ザフィーラも抱きついてくる。
 あぁ、こいつらは俺を『家族』だと言ってくれる。こうすれば彼らが断ることなんてできないことを知っていながら、こんな真似をする、卑怯な異常者の俺を。
 そう思うと罪悪感と同時に胸に温かい物が満ちていき、目に涙が浮かんできた。
 皆が抱き合うのをやめるとシグナムは強固な意志を宿した目で力強く宣言した。

「蒐集を行う。主の命を守るため、大切な『家族』を苦しみから解放するために私は騎士としての誇りを捨て、初めて主の命令に背く!」

 すぐさま、ほかの騎士たちも同意をする。

「あたしだってやってやる! はやてを救うためなら! たとえどんなことだって!」

「私ももちろんそのつもりよ。私だって希君に負けないくらい、はやてちゃんを助けたい。だから、一刻も早く闇の書を完成させて今までの生活を取り戻すのよ」

「……決まりだな」

 騎士たちの意思は固まったようだ。

「……ありがとう、みんな」

 この瞬間、俺たちの気持ちは、一つとなった。
 はやてを助ける。
 そして、穏やかな日常を取り戻すために。








 俺たちはその後、今後の行動方針について話し合った。
 今回のことで一番ネックなのは管理局のことだ。只でさえ狙われている可能性が高いのに、蒐集まで行ったら見つかるリスクは跳ね上がるだろう。
 俺たちが捕まるのは仕方がないとしても、はやてまで一緒に捕まってしまったら最悪だ。
 そこで、大原則として絶対にはやてが主だと気付かれないように取り決めた。
 もしものときは俺が主だとする。騎士たちは初め反対したが、俺とはやてが見つからなければ問題ないだろうと説得してどうにか受け入れてもらった。
 ただ、騎士たちが見つからないようにするのは無理があるだろう。時間をかけてやればできるかもしれないが、それでははやてが持たない危険性がある。
 なので、今回は隠れるのをあきらめ、短期間で一気に蒐集を行うことにした。
 最低限、拠点などはばれないようにするが他は気にせず、思いっきり暴れる。
 そして蒐集が完了してはやての病気が治ったら、魔法を封印して静かに暮らす。
 そうすれば管理局も初めこそ追いかけてくるかもしれないが、そう長くはできないだろう。深刻な人手不足のようだし。
 それともう一つ大切なことははやてにばれないようにすることだ。
 その点は俺に一任してもらうこととした。蒐集で役に立たない分、精神面で騎士たちに負担をかけたくないからだ。
 大まかな方針はこのようにして、騎士たちは早速蒐集を始めた。
 俺もできる限りのフォローをする。
 今の俺にできることはすべて。






 蒐集は難航した。
 この世界には、魔力を持っているものは高町のような例外を除いていない。
 なので、ほかの世界に行かなくてはならない。
 だが次元移動をして、なおかつ魔導師や原生魔導生物を狩るのはかなり負担が大きい。その上、はやてにばれないように帰らなくてはならないので時間制限まである。
 騎士たちの疲労は溜まる一方だ。
 それでも、あきらめずにやるしかない。






 12月に入り、ついに本格的に騎士たちは管理局に見つかってしまった。
 今までも管理局に遭遇することはあったがうまくやり過ごしてきていたのだが、高町との戦闘中に見つかり本格的に追われることとなった。
 しかも、騎士たちは知らないがこの世界を活動拠点としている。高町も傷が治りしだい協力するつもりらしい。
 これはまずい。高町の力はまだ騎士たちに及ばないが彼女は魔法に関しては天才だ。
 戦闘経験を積めばすぐに追いついてしまうだろう。
 その上もう一人の天才、フェイト・テスタロッサまで捜査に加わっている。
 こいつらに邪魔をされてはますます蒐集がしにくくなる。なんとかしなければ。
 幸い、高町は俺と親しい。
 その点と俺の能力を利用すれば管理局の行動を筒抜けにできるだろう。
 テスタロッサも同じ学校に通うようだから好都合だ。
 こいつらには悪いが俺にとってははやてたちの方がはるかに大切なんだ。






「今日から、このクラスに新しいお友達が増えました。じゃあ、自己紹介してくれる?」

「フェイト・テスタロッサです。よろしくお願いします」

 今日、突然テスタロッサが転校してきた。
 簡単な自己紹介が終わるとクラスメイト達がざわつき、高町や月村、バニングスが驚いている。
 そう言えば高町たちは知らなかったな。
 HRが終わるとクラスメイトは一斉にテスタロッサへと群がった。

「フェ、フェイトちゃん! どうして!」

「あ、なのは。それがね」

「高町さん知り合いなの!」

「どうゆう関係!?」

「ねぇ、テスタロッサさんは前どこに住んでたの?」

「髪綺麗だね~。どこの人?」

「日本語上手だね! ずっと日本に住んでたの?」

「どんなことが好き?」

「趣味とかある?」

「え、あの、その」

 おぉ、質問攻めにされて困っているな。
 しかしそういうときは

「こらー! いっぺんに話したってわからないでしょう! フェイトも困ってるんだから順番に話しなさい!」

 やはりバニングスが仕切ってくれるか。面倒見のいい奴だ。
 すると月村が唯一いつもどおり本を読んでいる俺のところにやってきた。

「驚いたね。まさかフェイトちゃんが転校してくるなんて。事前に話してくれればよかったのに」

「驚かそうと思ったんだろ」

 月村とバニングスもテスタロッサのことは知っている。
 ビデオレターで仲良くなったらしい。
 俺にもそのビデオに出てくれと頼まれたことがあったが一回も出演したことはない。
 面倒臭いと言って断り続けたからだ。
 だが、向こうから送られてきたビデオは高町に見せられたので一応は俺もテスタロッサを知っていることになっている。

「希君は行かないの? フェイトちゃん、こっちを気にしてるよ」

 向こうも、俺のことを高町から聞いているようだ。
 というか一回会っているし。

「今行かなくても昼休みになったら一緒に昼食をとるのだろう。その時に話せばいい」

「あ、今日は一緒にお昼食べてくれるんだ」

 月村は意外そうに言った。
 俺から一緒に食べるようなことは言った事がないからな。まぁ、テスタロッサに用がなければこんなことは言わなかっただろうし。
 本当のことを言うわけにもいかないのでそれらしい理由を言っておく。

「バニングスが逃がしてくれないだろう」

「あぁ、そうだろうね」

 月村は納得したように笑っていた。
 ……はやてのために一つでも多く、情報を手に入れなければならないからな。例え友人であろうと、悪いが利用させてもらう。




 昼休みになると、予想通りバニングスが俺を誘ってきた。
 その目は今日は逃がさないぞと言っていたが俺も逃げる気がないので素直に従う。
 そうして、俺たちはいつものように屋上まで来た。

「では改めて。一ノ瀬希だ。高町から話は聞いている。今日からよろしくな」

 そう言って俺はテスタロッサに手を出した。高町たちは俺の行動に驚いたようだった。

「の、希君がちゃんと挨拶してるの」

「ちゃんと友好的な態度も取れるんだ」

「なんで普段からやんないのかしら」

 ……失礼な奴らだ。俺だってきちんと挨拶くらいはできる。
 まぁ、はやての件がなければ同年代にこんなことしないだろうが。

「うん、私もなのはから話は聞いてるよ。まさかあの時のクッキーの人だとは知らなかったけど……これからよろしくね」

 そう言ってテスタロッサは俺の手を握り、握手をした。
 俺はその瞬間、応用能力①を発動させる。
 俺の能力は普段、その時考えていることしか読み取れないが、こうして相手に直接触れることができればそいつの記憶まで読み取ることができるのだ。
 ……なるほど。なかなかヘビーな人生を歩んできたようだ。
 しかし今はそんなことはどうでもいいので放っておこう。重要なのは管理局の動きについてだ。
 管理局はまだ何も掴んでいないに等しいようだな。予想通り、この世界を活動拠点にしたのも高町がいるためのようだし。
 まだ騎士たちの正体も掴んでいないようだ。
 そのことを読み取ると俺たちは手を離し、普通に昼食をとることにした。初めは皆、テスタロッサの突然の転校のこととなぜ俺のことを知っていたのかを追求されてしまった。
 テスタロッサと出会った経緯を話すと皆なんだか残念そうな顔をしていたがテスタロッサ自身はなんでみんながそんな顔をしているのか分かっていないようだった。
 その後は普通に女子たちがかしましくお喋りを楽しんでいたのだが、俺が食べ終わって本を読みだすとテスタロッサが俺に声をかけてきた。

「本当に本が好きなんだね」

「あぁ、これでも最近は読む量が減ってきているんだがな」

「あ、なのはに聞いてた通りだ。本を読んでいてもちゃんと返事してくれるんだね」

「聞こえているからな」

 そういいながらテスタロッサは俺のことを俺のことを物珍しそうに見ている。

「ホント失礼な奴よね! 返事すれば本読んでいいなんてないでしょうに!」

「許可は貰っただろう?」

「あんたが読ませてくれなきゃ一緒に食べないとか言い出すからでしょうが!」

 バニングスはもう何度目になるか分からない文句をしつこくいってきた。
 仕方ないだろう? 最近は学校で読む以外の時間はほとんどないのだから。

「なんの本読んでいるの?」

「人体の化学。筋肉・神経編」

「……すごく難しそうな本だね」

 テスタロッサは驚いたようだった。
 まぁ、小学生が読むような本じゃないからな。
 以前は高町たちの前でこう言った専門書は読まなかったのだがはやての病気が一向に良くならないので、なりふり構わず勉強することにし、今では普通にこいつらの前でも専門書を読んでいる。

「変な奴よね。本なら何でもいいのかしら」

「にゃはは、でも希君すごいの。私だったらそんな難しそうな本読んだら眠くなっちゃうもん」

「でも希君の読む本って医学系の本が多いよね」

「奥が深いからな」

 ちなみに、はやてのためだということはこいつらに話していない。
 特に言う必要もないし、気を遣わせるのは悪いからな。

「お医者さんを目指してるの?」

「いや、できればパティシエになりたいと思っている」

 テスタロッサの問いに俺は正直に答えた。
 医学はあくまではやてのために学んでいるだけだからな。将来はこんな知識使わなくて済むようになればいいと思っているくらいだ。
 それよりも、小さな洋菓子店でもできたほうが楽しそうだ。
 もちろん、はやてたちも一緒に。

「あぁ、お菓子作りってまだ続けてるんだ。そういう本を読まなくなったからやめちゃったのかと思ってた」

「最近は本を読まないでも問題なくなったからな。もうオリジナルで作れる」

「もしかしてあの時もらったクッキーって手作りなの? すごいんだね、希は」

 テスタロッサは感心したような声を上げた。
 これはチャンスだな。

「なんなら今日の放課後転入祝いにケーキでも作ってやろうか? 今日なら少し、時間が取れる」

「ホント?」

「あぁ。ただし、テスタロッサの家のキッチンを借りることができればだ。俺の家に呼ぶ
のは遠慮したいからな」

「うん、それくらいなら大丈夫だと思う。ありがとう、希」

 テスタロッサは嬉しそうにお礼を言ってくれた。
 ……俺がこんな申し出をしたのは好意からではないというのに。
 俺がこんなことを申し出たのはテスタロッサが一緒に住んでいる他の管理局員から情報を得たいと思ったからだ。
 テスタロッサは管理局に入って日が浅い上に立場も低い。しかし一緒に住んでいる中にはそれなりに地位の高く、長いこと魔法犯罪にかかわってきた艦長や執務官までいるらしい。
 もしかしたら闇の書について知っている奴もいるかもしれないからな。
 すると、俺の思惑を知らないバニングス達が抗議の声を上げ始めた。

「ちょっと! ずるいじゃない! 私たちには何度頼んでも作ってくれたことないくせに!」

「いいな~フェイトちゃん。私も希君のケーキ食べてみたいの」

「私も」

 いや、別に今回だけはテスタロッサにだけというわけではないのだが。

「お前らも来ればいいじゃないか。テスタロッサがいいというなら俺は別に人数が増えようとかまわない」

 ……高町には何か罪滅ぼしをしておきたいとも思っていたところだし。
 騎士たちに蒐集を頼んだのは俺だからな。

「ホント! ねぇ、フェイトちゃん!」

「うん、私は大歓迎だよ」

「「「やったー!!」」」

 三人とも大喜びだった。
 しかし、そんなに喜ぶことなのか? 高町なんか親がパティシエなんだからケーキなんてよく食べるだろうに。

「あのね、希……」

 三人が喜んで居る傍らでテスタロッサがおずおずと声をかけてきた。

「なんだ?」

「私のことはフェイトって呼んで欲しいな。その、もう友達だから」

 テスタロッサは期待を込めて俺に言ってきた。
 そう言えば、こいつの中では高町理論が確立されているから友達=名前で呼び合うになっているんだったな。
 しかし

「断る」

「えっ!」

 テスタロッサはショックを受けたようだ。
 あぁ、これは勘違いしているな。
 するとバニングスがすかさず抗議の声を上げた。

「ちょっと! フェイトが傷ついてるでしょ! 名前で呼ぶくらいいいじゃない! ついでに私たちも下の名前で呼びなさいよ!」

「何度も言っているだろう。俺が名前で呼んでいたい女は一人しかいない」

「そう、なんだ」

 テスタロッサは明らかに落ち込んでいる。
 まったく。高町も変なこと教えてくれたな。フォローしておくか。

「別に友達になることを拒否したわけではないぞ。ただ、下の名で呼ぶのが嫌なだけだ。そちらは何と呼んでくれてもかまわない。それに下の名で呼ぶのが友達だなんて高町理論であって一般的には適応しない」

「え? そうなの?」

 俺の説明にテスタロッサは意外そうな顔をしてしまう。
 高町理論を信じ切っていたようだ。
 すると今度は高町が抗議する。

「ちがうの! 普通友達同士は下の名前で呼び合うものなの!」

「そう思っているのはお前だけだ」

「だから違うの!」

 高町はまだ何か言いたそうだが無視することとしよう。こいつと議論したところで意味ない。絶対折れないし。
 そんなことより今はテスタロッサのことだ。

「というわけで、名前で呼ぶのは勘弁してくれ。その代わり、いちいちフルネームで呼ぶような堅苦しいことはしないから」

「うん、わかった。……友達って思っていていいんだよね?」

「あぁ、問題ない」

「ありがとう」

 テスタロッサは嬉しそうに俺にお礼を言った。
 その後も高町は抗議を続けようとしたがあいにく昼休みはもう終わってしまい、俺たちは教室に戻った。




 放課後、俺たちはケーキの材料を買いそろえると、早速テスタロッサの住んでいるマンションへと向かった。
 放課後すぐにはやてに会いに行けないのはとんでもなく寂しいが今回ばかりは我慢しなければ……情報収集は大切なことだからな。
 俺たちがマンションまでつくと中から若い女の人が出てきた。

「お帰りなさい、フェイトちゃん。あら、なのはちゃんも。それに……」

「ただいま。この子たちは私の友達だよ」

「「「おじゃましま~す」」」

 どうやら、この人が艦長のようだ。
 女性だとは知っていたがかなり若々しいな。たしか執務官の母親だから少なくとも……いや、意味のないことだし、女性の年齢を気にするなんて野暮な真似はやめておこう。

「あらあら。あなたたちは前にビデオレターに出てくれていた子達よね? 確かアリサちゃんとすずかちゃんだったかしら?」

「はい! はじめまして。アリサ・バニングスです」

「月村すずかです」

「ようこそ。私はリンディ・ハラオウンよ。フェイトちゃんと仲良くしてね」

「「はい!」」

 艦長は目線を合わして二人にあいさつをすると俺の方を向いた。

「それで、あなたは?」

「一ノ瀬希です。はじめまして」

 するとリンディさんは俺の方に近づき、また目線を合わせ嬉しそうに俺にも挨拶してきた。

「あなたが一ノ瀬君ね。なのはちゃんから話は聞いてるわ。よろしくね」

 チャンスだ。
 俺はすかさず艦長の頭を触った。そして応用能力①を使い記憶を探る。
 ……予想以上の結果だ。以前の闇の書に大きく関わっているじゃないか。
 しかし、以前の闇の書が世界を破滅させようとした? なぜだ? 前の主が願いがそうだったのか? くそっ! 騎士たちの記憶は曖昧で、前のことはほとんど忘れているから分からない!

「あの、一ノ瀬君?」

 すると艦長ははてな顔で俺に声をかけた。周りもポカンとしている。
 あぁ、何か言い訳しておかないとな。

「すいません。額のマークが気になって。つい」

「あ、うん。いいのよ」

「なにやってるのよ、あんた」

 バニングスが呆れたように俺に言ってきた。
 少し強引だったが問題ないだろう。この能力のことは誰にも話していないし、これは魔法でもないようなのでまず気付かれない。


 そのまま俺たちが促されて家の中に入ると執務官がいた。
 中で同じように挨拶をし、その際に記憶を探ってみたがこちらも先ほどの艦長と同じで詳しい情報は得られなかった。
 しかし、こちらは今回の事件が闇の書と関係があるのではないかと疑い始めているようだった。
 騎士たちと対策を話し合う必要があるな。
 俺はあいさつが終わると早速キッチンを借りてケーキ作りを始めた。
 皆が見たいと言うので見学を許していたのだが、俺の手際の良さに驚いていた。

「手際がいいわね~」

「いつも作っているからな」

 八神家の菓子はほぼすべて俺の手作りだからな。一部シャマルが作ったのもあるが。

「希、すごいね」

「ふぇ、お母さんみたいなの」

「そうか、ありがとう」

 賛辞は嬉しいが現役のパティシエと比べて遜色がないというのは言い過ぎだろう。

「何を作っているの?」

「チョコシフォンケーキとチーズケーキ。甘いのと甘くない奴」

「甘くないのも作れるのか?」

「あぁ、簡単だ」

 だって執務官甘いのきらいじゃないか。

「というか二つ同時進行なんだ。やっぱりすごいの」

「うん。希ならパティシエになれるよ。絶対」

「ありがとう」

 皆に褒められてはいるがいまいち気合が入らない。
 ケーキを作ること自体は楽しいのだが……
 放課後なのにはやてに会えていないせいだろうか? うん、きっとそうだ。そうだ、はやてたちにも持って帰ることにしよう。
 そう思うとなんだか少しだけやる気が出てきた。




 一時間ほどで俺のケーキは完成し、俺は皆に振舞った。

「ふぇ、すごいの。お店に出てるやつみたい」

「いいにおい」

「おいしそうだね」

「まぁ、見た目はいいんじゃない。でも肝心なのは味よ味」

「私たちも頂いちゃっていいのかしら?」

「ええ、多めに作りましたから」

「実は甘い物は実は苦手なんだが……これはおいしそうだ。それじゃあ、早速」

「「「「「「いただきま~す」」」」」」

 皆で一斉にケーキを一口食べると

「「「「何これ! すっごいおいし~い!」」」」

 との感想をいただけた。
 うむ、口にあってよかった。

「おいしいの! このシフォンふわふわだよ!」

「うん、それでいてチョコの香りと甘さが絶妙にマッチしていて……」

「こっちのチーズケーキもすごくおいしいよ。程よい酸味があって……」

「……ケーキなのに甘くなくてすごいおいしいぞ、これ」

「あんた今すぐお店開けるわよ!」

「それは言い過ぎだろう」

 少なくとも、高町の母親にはまだ及ばないからな。
 以前あそこで食べたシュークリームの味はいまだに出せないし。

「すごいわね~。まだ小学生なのにこんな味が出せるなんて」

「練習しましたから」

 はやてのために。はやてが喜んでくれると思うとつい気合が入ってしまうからな。

「あとでアルフにもあげるからね」

「ワンっ!」

 テスタロッサが足元に居る使い魔に小さく声をかけていた。
 さて、感想も聞けたし、もう用はないな。

「なら、俺はもう帰るから。ケーキは四つずつもらっていくぞ」

「えっ! もう帰っちゃうの!」

 そう言って俺はそそくさと帰り支度を始めてしまう。
 早くはやてにケーキを届けたいからな。というか早くはやてに会いたい。放課後なのにはやてに合わないなんて……無理だ、死ぬ。

「もうちょっとゆっくりしていけば……」

「そうだよ。まだ希君はケーキ食べてないんだし」

「そうよ! もうちょっと付き合いなさいよ!」

「却下。約束通りケーキは作っただろう」

 早く帰ってはやてに会いたいんだよ。
 あぁ、はやて今何をやっているんだろう。

「何か予定でもあるのか?」

 何だ、執務官まで止めようとするのか? あぁ、女の子の中に男一人は辛いのか。
 しかし、俺だってはやてがいなくて辛いのだ。
 あぁ、早くはやてに会いたいなぁ。

「そうだ。そろそろ限界だ。早く帰らないと死ぬ」

「死ぬって……」

 俺の発言にテスタロッサが驚きつつつぶやく。
 何か勘違いしているようだが訂正する時間も惜しい。

「早く彼女の所に行かないと俺の精神が持たない。あぁ、無理だ。これ以上は無理だ。そういうことだから。またな」

「またあんたはそれかい! ちょっと待ちなさいってば!」

 そう言ってバニングスは俺を捕まえようとした。
 しかし、いつものごとく俺は簡単にそれを避けて玄関に向かいそのまま帰ってしまった。
 ハラオウン家の面々は呆気にとられていたが別にいいだろう。
 そんなことより早くはやてに会いたいな。






「ただいま」

「あれ、希。用事あったんじゃねーのか?」

 俺が急いではやての家まで帰ると、ヴィータが出迎えてくれた。

「もう終わった。はやては?」

「リビングに居るぞ」

「そうか。これ、お土産」

「おぉー、ケーキじゃん」

 俺はヴィータにケーキを渡すとすぐにリビングへと向かった。

「ん、希君おかえり。早いやん。用事は済んだんか?」

「あぁ、問題ない。はやてに早く会いたくて急いだからな」

 あぁ、やっとはやてに会えた。はやてに会えない時間はだいぶ長く感じてしまった。はやてのためとはいえ、はやてから離れるのは辛いな。
 そのおかげで少しは収穫があったけれども。

「やはりはやてと一緒に居ないとだめだな、俺は。急いだとはいえ俺にとってはすごく長く感じてしまった」

「大げさやなぁ。毎日一緒におるやん」

「一分でも長く一緒に居たいんだよ」

「はいはい、希君は甘えん坊さんやね」

 うむ、そうなのだろうか? そんなこと言われたことがないが……はやてが言うのならそうかもしれない。
 するとヴィータが俺に遅れて部屋に入ってきた。

「はやて~、希がケーキ持ってきてくれたぞ。お土産だって」

「と、言ってもいつものように手作りだがな」

「早く喰おうぜ~」

 そう言いながらヴィータはケーキをはやてに見せている。

「おぉ、おいしそうやん。ちょお待っといて。今用意するから」

「手伝うよ」

「あたしも!」

 そう言って俺たちは一旦キッチンへと移動した。

「ほな、ヴィータと希君はケーキをお皿に乗せておいて。私は紅茶入れとるから」

「わかった。はやてはどっちのケーキがいい?」

「シフォンがええ」

「えっ! 両方じゃ駄目なのか!」

「数が足りないだろう」

「そんな~」

 ヴィータはがっくりと肩を落として言った。
 両方食べる気満々だったようだ。数見れば分かるだろうに。

「一口やるから我慢してくれ」

「う~、わかったよ。じゃああたしもシフォンで」

「なら俺はチーズケーキだな」

 俺は自分のとはやての分のケーキを皿に取り分けた。
 ヴィータは穴があくほどケーキを見比べ、少しでも大きいのを選ぼうとしている。
 どれも同じ大きさだというのに。

「よし! これに決めた!」

 そしてヴィータ基準で一番大きい物を選んだ。
 まぁ、本人がいいのなら何も言うまい。

「ほなもうチョイでできるから先にリビングに運んどいてや」」

「わかった。行くぞ、ヴィータ」

 俺とヴィータははやての指示通り先にケーキを運ぶことにした。
 はやてに声が聞こえないところまで移動するとすかさずヴィータに確認をとる。

「シグナム達は蒐集か?」

「あぁ、そうだ」

 俺の問いにヴィータは雰囲気をガラリと変え、真剣な表情になった。

「管理局に見つかっちまったからな。なるべく集団で行動しておいた方がいい。さすがにはやてを放っておけないから全員ではいけないけどな」

「そうか。そのほうがいい」

 隠れるのはもうもうほぼ不可能だからな。
 ならば見つかった時に逃げやする方がいいという考えか。

「大丈夫だよ。希が心配しなくたって。うまくやって見せるからよ」

 ヴィータは俺を安心させるように胸を叩きながら言ってのけた。
 本当はそんな余裕ないくせに。そっちこそこっちの心配なんかせずに蒐集に集中してくれていいのに。
 なので、俺は先ほど手に入れた情報を使うことにした。

「ありがとう。しかし、俺にも役に立つ情報を手に入れられるかもしれない」

「なんだって?」

 俺はこのまま話を進めようとしたが、はやてはもう紅茶を入れ終えたようでこちらに近づいている気配がした。

「詳しい話はあとだ。はやてが来る。シグナム達にもこのことを念話で伝えておいてくれ。隙を見て話す」

「! わかった」

 ヴィータもはやての接近に気付いたようで、俺たちはすぐに話を切り上げた。

「おまたせ~、紅茶できたで~」

「ありがとう、はやて」

「はやて! はやくはやく~」

「そないに慌てへんでもケーキは逃げへんよ」

 はやてが座り、紅茶を注ぐと俺たちは早速ケーキを食べ始めた。

「「「いただきま~す」」」

「うん! やっぱ希のケーキはうめーや」

「ほんまやね~、また腕上げたんと違う?」

「ありがとう。喜んでもらえて何よりだ」

 うむ、やはり友人たちにおいしいと言ってもらうのも嬉しかったがはやてやヴィータ達に言ってもらえるのが一番嬉しい。
 これでこそ作った甲斐があったというものだ。

「希、一口くれ」

「ん、いいぞ」

 俺はヴィータに皿を差し出した。
 するとヴィータは

「いっただきー!」

「あっ」

 といって俺のケーキを半分ほど奪って言った。
 こいつめ。

「取り過ぎじゃないか」

「一口は一口だよーだ。くぅー! うめー!」

 そうあっけらかんと言うと口を目一杯開けて特盛りの一口をヴィータは食べてしまった。
 まったく。食い意地の張ったやつだ。

「まぁ、いい。俺も一口もらったからな」

「はぁ? あっ! いつの間に!」

 お前が俺のから奪ったケーキを食べている間にだ。
 俺の皿にはヴィータに奪われた分と同量のシフォンケーキが盛られていた。

「てめぇ! 返せ!」

「等価交換だ」

 俺は奪い返そうと繰り出されるヴィータのフォーク攻撃をかわしながら言った。

「諦め、ヴィータ。希君が正しいよ」

「そんな~」

 はやてに言われてしまって刃向かえず、ヴィータはがっくりと肩を落とした。
 食い意地張らずに普通にとれば俺もこんな真似しなかったというのに。自業自得だ。
 あぁ、そうだ。

「はやても一口いるか」

 はやてにもあげないとな。せっかくだから両方食べて欲しいし。

「残り少ないのにええんか?」

「もちろんだ」

 そう言って俺はフォークに一口分のケーキを取り、自然に

「はい、あ~ん」

 と差し出していた。

「あ~ん。うん、こっちもおいしいなぁ」

 するとはやても自然に受け入れてくれた。
 さらに

「お返しや。あ~ん」

 といって俺にケーキを差し出してきた。

「あ~ん」

 俺はそのままはやての差し出したケーキを口に入れる。

「……いままで食べたケーキの中で一番おいしい」

 同じケーキのはずなのにこうも味が違うとは!

「何ゆうとんねん。おんなじのさっき食べてたやん」

「はやてが食べさせてくれたから味が変わったんだ」

 それに、まさか返してきてくれるとは思わなかった!
 あぁ、今日はなんて良い日なんだろう! こんな幸運が舞い降りるなんて! 幸せだ!

「そんなわけないやん。希君はおかしなこと言うなぁ。………………ん?」

 俺が恍惚としているとはやては何かに気付いたようにピタリと動きを止めた。
 そしてみるみる顔を赤くしていき

「しもたぁ! 私はなんちゅう恥ずかしいことやっとるんやー!」

 と叫んだ。
 あぁ、無意識だったのか。どうりで。

「いやや! これじゃ希君のこと言えへんやないか! 油断した!」

 はやては顔を手で隠し、イヤイヤと頭を振って恥ずかしがっている。久しぶりに耳まで真っ赤だ。
 そんな様子をヴィータはニヤニヤと眺めている。

「いや~、あちいな、はやて。あたしちょっと出かけて来ようか?」

「いやや! ヴィータ! からかわんといて!」

 はやてはついに俺たちに背を向けて蹲ってしまった。
 しかし、そんな反応されると

「ごめん、はやて。いや……だったか?」

 先ほどまでの幸福感が嘘のようにしぼんでしまう。
 もしかしたら、はやてに嫌われてしまったのではないかと不安になってしまう。
 ……はやてに嫌われたらどうしよう。
 そんなネガティブなことを考えているとはやては慌てて振り返ってきた。

「い、いや! ちゃうねん! 嫌だったわけやない! むしろ私も希君となら一回ああゆうんもしてみたいとおもててん! ケーキだって実を言うと私も普段よりなんだかおいしく感じたし! なんや分からん幸せ感じたし!」

 はやてはぶんぶんと手を振って俺のネガティブな意見を否定してくれた。
 というか、はやても同じ気持ちを抱いていてくれた! また一気に俺の幸せゲージは膨れ上がっていった!
 するとはやてはまたはっとして

「また私は何をゆうとんねん!」

 と、叫んだ。
 もう、顔はトマトのようだ。

「やっぱり、出かけて来ようかな~」

「ヴィータ!」

 そんな様子をヴィータはまだニヤニヤと眺めている。
 俺は俺で幸せに浸っているためボーっとしている。
 そんな中はやては恥ずかしさのあまり顔を抑えて「う~」と、唸りながらゴロゴロと転がり出してしまった。
 結局、はやてはシグナム達が帰ってくるまでずっと恥ずかしがっていた。




 シグナム達が帰ってくると、はやては「夕飯の準備せな!」と言って、俺を避けるようにそそくさとキッチンに籠ってしまった。
 シグナム達は不審がっていたがヴィータの説明を受けて納得し、微笑ましそうにしている。
 ……はやてに避けられてしまったのはすごく寂しいが、これは時間が解決してくれるだろう。単に恥ずかしがっているだけだし。先ほどの幸せ確変があるからまだ耐えられるはず。
 ……すごく寂しいけどな。
 それに、騎士達に相談があるから好都合ともいえる。
 俺は早速騎士達に話を切り出した。

「ヴィータから話は聞いたか」

「あぁ、情報が得られるかもしれないとはどういうことだ?」

 騎士たちも先ほどとは打って変わって真剣になる。

「その前に聞きたいことがある」

「なんだ?」

「お前達が遭遇したという管理局員は金髪ツインテールの少女、黒髪の少年、栗毛ツインテールの少女に金髪の少年だったな?」

「そうだ」

「奴らの名は分かるか?」

「あぁ、確か少女たちは栗毛がなのは、金髪がフェイトとか言っていた」

「そうか」

 そこで俺は一息つく。
 もちろん、そのことは能力で知っていた。この確認はあくまで俺の能力のことを隠すための演技だ。
 ここから本題に入る。

「ならばそいつらに今日会った」

「なに!」

 シグナムが驚きの声を上げる。他の騎士たちも同様に驚いていた。

「栗毛は高町なのはという俺の友人で間違いないだろう。聞いていた特徴とも一致するし、何よりお前達が襲撃をしたあと何日か休んでいる。金髪は今日転校してきたフェイト・テスタロッサだと予測できる。高町とも以前から知り合いだったようだし、転校のタイミングが良すぎるからな。それに加えて黒髪の少年にも心当たりがある」

 俺は虚偽の報告を続ける。

「今日、テスタロッサの家に探りに行ったときに家にいた。金髪の少年は見当たらなかったがまず間違いないはずだ。一応、写真を撮ったから確認してくれ」

 俺は携帯で隠し撮りした写真を見せた。

「……そうだ。こいつらだ」

 写真を見たシグナムは驚きつつ肯定した。
 そのまま話を進めようとしたが

「あ、その、ごめん、希。知らなかったとはいえ、お前の友人を、その……」

 ヴィータが気まずそうに俺に謝ってきた。

「気にするな。はやてを助けるためなら仕方がない」

 実際、俺は気にしないようにしている。俺ははやてを助けるためならどんなものを犠牲にしようが構わないという覚悟はすでにできている。

「それにこれからも邪魔するようなら容赦しなくていい」

「……いいのか?」

「かまわない」

 俺の意思を確認するとヴィータは少し悲しそうな表情になった。

「……わかった。希がそう言うのなら」

「すまない。嫌な役を押し付けて」

 自分の手は汚さず、騎士たちの手を汚させることしかしないなんて……

「いや、あたしはいいんだ」

 ヴィータはそう言ってくれたがまだ若干暗い顔をしていた。

「それで、どうするの? 管理局が近くに居るのならさらに動きにくくなるわ」

 シャマルは冷静に俺の情報のことだけを考慮し、その上で悔しそうにしている。
 只でさえ収集は難航しているのに管理局が近くに居るせいでこの世界ですら大っぴらに歩けなくなってしまうと思っているようだ。

「いや、そんなことはない。むしろこれは好都合だ」

「なぜ?」

 シャマルは俺の意見に首を傾げる。

「奴らはまだ俺達の拠点がこの世界だと確信を持っているわけじゃない。この近くだと当りは付けているようだがな」

「なぜそう言い切れる?」

「奴らの拠点は明らかに長期滞在を考えた荷物だった。もし確信があるのなら、そんな用意をする必要はないはずだ。ここには魔法文化自体がないはずだから、魔力保持者を探すのはさほど難しくないはずだからな」

「……そうね、魔法自体がないのだから、使えばかなり目立つものね」

「でもなんでそれで好都合なんだ? この世界で魔法が使いにくくなったってことだろ?」

 ヴィータは頭を捻りながら聞いてきた。
 確かに、これだけなら状況が悪くなったと言えるが

「確かにそうだ。しかし、逆にこの世界で魔力発動が感じられなければ」

 そこまで聞くとヴィータはハッと気付いたようだった。

「! 奴らはこの世界にあたし達がいると思わなくなるってわけか!」

 俺はにやりと笑う。

「あぁ、そうだ。シャマル、魔力の隠蔽はできるだろう?」

「もちろんよ。まかせて」

 シャマルは力強く頷いた。
 よし、これで安易に見つかることはなくなった。
 後は

「後は俺が奴らを監視すれば蒐集はかなり楽になるはずだ」

 一番の妨害者たる管理局の行動が分かればより効率よく蒐集が行える。
 騎士たちの負担もだいぶ減るはずだ。そのためにわざわざこの情報を騎士たちに話したのだ。
 しかし、騎士たちはこの提案に難色を示した。

「しかし、何も希が監視などしなくとも……」

「そうよ。希君がそんな危険なことをしなくても私がサーチャーで」

「それは駄目だ。魔法だと奴らに気付かれる可能性が高い」

「でも、それなら希はどうやって監視するっていうんだよ?」

「盗聴器を仕掛ける。魔法は警戒していても、この世界の機械まで頭が回っていないだろうからな。仮に機械が見つかっても、まずお前らのせいとは考えないだろう」

「盗聴器か……どうやって仕掛ける気だ?」

「俺は奴らの友人と言うことになっている。家に入るのは簡単だ」

「…………」

 騎士たちは黙りこんでしまう。
 これが頭では最も安全で、効率のいい作戦ということは分かるが、心ではまだ俺を巻き込むのに納得できないようだ。
 元々俺から頼み込んで始めたことだというのに。

「話は決まったな。情報は逐一お前らに伝えるから」

 そう言って俺は強引に話を終わらせてしまった。
 すると丁度いいタイミングで

「みんな~、御飯できたで~」

 との呼び出しがかかった。

「ほら、はやてが待っているぞ。早く飯にしよう」

 俺は何も言えない騎士たちを連れてすぐにはやてのいるキッチンへと向かった。






【Sideヴィータ】

 希の話を聞いた後、あたしたちは何事もなかったかのようにはやてと一緒に夕食を食べた。
 希も先ほどのことなどなかったかのように自然に振舞っている。
 こんな幸せな時間を過ごしていると、このまま何事もなくいつまでもこんな時間が続くのではないかと考えてしまう。
 しかし、そんなものは都合のいいの幻想だ。はやては病気だ。それも、このままでは助からない。あたし達が原因で患った、重い病。
 そう考えると、あたしは消えてしまいたくなる。このままはやてを死なせてしまったらと考えると、恐怖で目の前が真っ暗になってしまう。どうせあたし達が消えたところで、希がいるのだから……


 そんなことを考えていると、希に気付かれ怒られてしまった。
 「まだ他の方法が残っているのにそんなことを考えるな」と。
 珍しく静かに怒る希を見て、あたしは不謹慎ながら嬉しく思ってしまった。
 希はこんなあたしたちを受け入れてくれている。はやてをこんな目にあわしているあたしたちを。
 だからというわけではないがあたしにとっては希も守るべき家族だ。
 どんなことをしてでも守りたいと思っている。
 そんな希を少しでも危険に巻き込むような真似をしたくなかった。
 ましてや、監視対象は希の友人だと言うではないか。それでは、希の精神的負担は大きいのではないだろうか? それに、あたしは希にまでこんな汚れた仕事に手を出して欲しくなかった。
 だからあたしは希が帰った後、そのことをシグナムに相談してみた。
 しかし、帰ってきた答えは

「おそらく、何を言っても無駄だろう。希は引かない」

 と、シグナムには希を説得する気はないようだった。
 それになんだかむかついて、あたしはついキツイ口調でシグナムを非難してしまった。

「なんだよ! シグナムは希が心配じゃねーのかよ!」

 するとシグナムは唇をかみしめ、あたしを睨み返してきた。

「私が、心配していないとでも?」

 怒りをかみ殺しているかのように、なわなわと震えている。
 その怒りは、あたしに向けられているものではなかった。

「私とてできることならば希にそんなことをして欲しくはない。汚れるのは私たちのみで十分だ。しかし、奴は主のためだと思えば決して引かないだろう。たとえ主や我々がそれを望んでいなくとも。そういう男だ。……私に、もっと力があれば、希にこんな役割を押し付けなくて済むものを……」

「……悪かったよ」

 こんなシグナムは、初めて見た。
 その悔しくてたまらないという様子を見て、あたし反省した。
 ついカッとなったとはいえ、あんなことを言うなんて。シグナムが希のことを考えていないはずもないのに。

「……気にするな。私の言い方もまずかった」

 お互いに謝った後、あたしたちは決意を新たにする。

「ともかく、早く蒐集を完了させるぞ。主のためにも、希のためにも」

「あぁ、これ以上、誰にも邪魔はさせない」

 絶対にみんなで、平穏な生活を取り戻してみせる。






【SideOut】

 はやての家から帰る途中、俺は能力を最大範囲で展開した。
 先ほどから、警戒していたテスタロッサの家と高町の家のほかに管理局員が住んでいるところがないか確認するためだ。
 艦長の記憶を探った限りでは他にはいないようだが万が一もある。闇の書は他の管理局員とも因縁があるようだからな。
 だが、展開してみたところ効果範囲内、つまり半径十キロ圏内に管理局員はいないようだった。
 念のため能力を展開したまま歩いていたが玄関に着くまで収穫はなかった。諦めて能力を切ろうとすると、突然効果範囲内の声が二つ増えた。
 これは転移魔法か! しかも、八神家に近い!
 俺は慌てて駆け出した。
 しかし、はやての家に着くには時間がかかり過ぎる。いくらなんでも間に合うはずがない。それでも、俺は走らずにいられなかった。
 するとそいつらは予想外なことを考え始めた。

《やっと蒐集を始めたようね》

《遅かれ早かれこうなるとは思っていたけれど、待ちくたびれたわ》

《あぁ、でもこれでやっとお父様の悲願が達成される日が来る》

《こんな奴らにお父様が悩まされることもなくなる》

《……だから、早いところ蒐集を終わらせてちょうだい》

《私たちのお父様のために》

 そう念話で会話した後、そいつらはまた転移魔法を使って効果範囲内から出てしまった。
 俺は立ち止まり、茫然して考え込んでしまう。
 ……さっきのやつはなんだ? お父様とはいったい? なぜ蒐集の完了を望んでいる?それに……奴らの先ほどの感情は間違いなく憎悪だったではないか。……何が起こっているというんだ!?
 しかし、いくら考えたところで現段階で答えが出るものではなかった。
 それでも、今は蒐集を続けるしかない。
 はやてを助けるにはそれしかないのだから。


 漠然とした不安に襲われながらも、結局は今の俺に蒐集をする以外の選択肢はなかった。





[25220] 第十話
Name: kaka◆0519be8b ID:ee322f37
Date: 2011/08/16 00:40

 管理局の情報を逐一キャッチできるようになってから、蒐集の効率はだいぶ上がった。
 騎士たちの気合いもより一層強くなったようだ。俺の負担を少しでも早く失くしてあげたいと考えているようだ。
 ……俺なんか気にしなくていいのに。優しい奴らだ。
 俺はというと、あの日以来常に能力を解放しているようになった。
 管理局の行動を監視することはもちろんのこと、あのとき見つけた不審な声を探すためでもある。
 あの日以来、あの声は時々聞こえるようになった。いや、どうやら俺が気付いていなかっただけで以前から俺たちを監視していたらしい。
 しかし、いまだに声の主の姿を確認できたことはない。
 監視者は基本的に八神家の近くに現れるが、たいていの場合すぐに消えてしまう。
 それに加え、監視者は常に二人一緒にいるようだった。
 俺が記憶を探るのには相手に触れる必要がある。
 奴らは俺の姿も確認しているはずなので自然に近づくのは難しい。かといってどちらかに強引に近づけば、もう一方にやられてしまうだろう。それくらいの力はありそうだ。
 せめて、二人同時に触れることができれば……






 俺は機を待った。
 そして、ついにチャンスが訪れる。
 いつものようにはやての待つ図書館に向かっている途中、進行方向に監視者の現れたのを感じたのだ。
 俺は普段通りを装いつつ、臨戦態勢に入る。
 奴らは俺が気付いていることに、気が付いていない。これならば隙を見て両方同時に触れるかもしれない。
 幸い、二人は一緒にいるようだ。
 そして、ついに監視者を視認できたとき、俺は驚いた。
 何と監視者は猫だった。
 ……なるほど、道理で昼間人目のつく屋根の上などに現れても不審がられないわけだ。てっきり隠蔽の魔法でも使っているのかと思っていたが。使い魔だったとは。
 しかし好都合だ。
 俺はそのままその猫二匹に近づいて行った。

《アリア、例のあの子近づいてくるよ》

《気にしないの。どうせ私たちのことなんか分かるわけないんだから。それより、早く闇の書の主の監視に行くわよ。この子がいるってことは近くに居るはずだわ》

 念話で会話しながら、猫達は俺の前から立ち去ろうとした。
 しかし、そうはいかない。
 俺は急にダッシュで近づき、猫達の尻尾を掴んだ。

(え?)

(は?)

 そして

「「に゛ゃっ!!」」

 応用能力②を発動する。俺は触れることができれば、俺は相手の過去の記憶や感情まで読み取ることができる。
 また、逆に相手に今まで読み取ってきた記憶や感情を流し込むこともできるのだ。
 唯一、戦闘にも使える能力。
 この力を使い、俺は二匹に処理できないほど大量の感情を一気に流し込んだ。容量を超えた感情の激流に二匹は意識を手放す。
 良し、これでゆっくりと情報を引き出すことができる。
 俺はぐったりとした二匹を抱きかかえると、早速情報の引き抜きにかかった。
 そこで……






 知ってしまった。






 闇の書がどういうものなのかを。






 完成した闇の書がどうなるのかを。






 はやてがこの後どうなってしまうのかを。






 俺はその場に膝をついてしまう。
 ……そんな……このまま蒐集をしても……はやては……
 その後のことは考えられない。
 考えれば、騎士たちの努力が、すべて無駄になってしまう。
 認めてしまえば、俺はきっと壊れてしまう。
 はやてが……
 だから、絶望している暇はない。
 俺は自分を奮い立たせ、必死で何かほかの方法がないかを考えた。
 何か、何かあるはずだ。蒐集をやめるか? いや、そうしたらはやては闇の書に殺されてしまう。なら蒐集を続けるしかない。しかしそれだと、ギル・グレアムに殺される。ならば、ギル・グレアムを殺すか? いや、奴の居場所は分からないから不可能だ。ならばどうするというのだ?




 グルグルと似たような考えが頭の中を巡り、俺はついに一つの案を思いついた。

 そうだ

 これなら

 少なくとも

 はやてだけでも助けることができる。


 例え俺がはやて共にいられなくなろうとも。


 俺はその作戦を実行するために、猫達の頭に触れ、最後の応用能力を発動した。








 あぁ、頭が痛い。あの能力は初めて使ったが使い勝手が悪い。他の力が全然使えなくなる。思考能力も落ちる。
 しかし、これでうまくいく。
 いや、うまくやって見せる。
 だから今は、早くはやてに会いたいな。
 俺がはやての待つ図書館に着くと、そこにははやてと一緒に月村が座っていた。
 ……なぜだ?

「おぉ、希君。遅かったやん」

「希君、また会ったね」

 俺に気付いた二人がこちらに声をかけてくる。

「さっき知り合ってん。私が届かなかった本を取ってくれて」

「そしたら、噂のはやてちゃんだったんだもの。びっくりしちゃった」

 あぁ、そうか。月村の性格ならそうしてくれるだろう。
 この図書館に寄ったのは何か調べものでもするためか?

「そうか、ありがとう。月村」

「ううん、お礼なんかいいよ」

 俺はそう言ってはやての隣に座った。
 あぁ、やっとはやてに会えた。

「しかし希君もひどいやないか。こんな可愛いお友達がおるんやったら、私にも紹介してくれてもよかったやん?」

「すまない、はやてを一人占めしたくて」

 あぁ、頭が痛い。
 しかし、はやてと話している最中だ。しっかりしないと。

「……またそんなことゆうて。恥ずかしいセリフは禁止ゆうてるやろ」

「ふふっ、はやてちゃん顔赤いよ」

「からかわんといてや、すずかちゃん。もしかして、希君て学校でもこんなことばかり言ってへんよね?」

「う~ん、どうだろう? ただ、私たちは希君がどれだけはやてちゃんのことが好きなのかは知ってるよ」

「……あかん、詳しく聴きたいような、聴きたくないような」

 やばい、ふらふらする。近くにいるはずの二人の声が、遠くから聞こえてくるようだ。そこまで使いにくい力だったのか。
 せっかくはやてと一緒に居ると言うのに。

「とゆうか希君何ゆうとんねん。恥ずかしいセリフは禁止しとったはずやろ」

「……恥ずかしいことなんて言っていない」

「え~、あれで~」

「の・ぞ・み・く~ん?」

 そう言ってはやては俺の顔を覗き込んできた。
 やばい、ちょっと怒ってるっぽいな。フォローしないと。
 あぁ、でも頭が回らない。
 ……はやて可愛いな。

「……はやて可愛いよ」

「ちょ! またそないなことゆうて! そんなんで誤魔化されるとで……も?」

 はやては俺の微妙に焦点のあっていない目を不審に思ったようだった。

「? どうしたの?」

 月村の呼びかけにも答えず、俺の額に手を伸ばしてくる。
 やばい。避けないとはやてに気付かれたしまう。
 しかし、今の俺に避け切れるはずもなく、少しのけぞっただけではやての手に捕まってしまった。

「っ!! すごい熱や!!」

「えっ!」

 くっ、気付かれた。
 そう思うと、緊張の糸が切れ、俺は机に突っ伏してしまう。

「「希君!!」」

 はやてと月村が同時に叫ぶ。
 やばい、安心させないと

「平気……だ。ちょっと寝てれば……回復する」

 だから心配するなと続けようとしたが、声が出なかった。
 なんだか、すごく眠い。

「そんなわけあるかい! 今救急車を……いや、それよりシャマルを呼ぶから!」

「希君! しっかりして!」

「もしもしシグナムか! シャマルは! 希君が!」

 遠くで、はやての必死な声が聞こえる。
 あぁ、はやて、そんな顔しないでくれ。俺は大丈夫だから。少し寝れば回復するから。そんな顔されたら俺まで悲しくなる。
 俺は最後の力ではやての手を握ると、そのまま意識を失った。






【Sideシャマル】

 はやてちゃんからの連絡を受けた私たちは蒐集を中断して一目散に希君達のいる図書館に向かった。
 シグナムもヴィータちゃんもザフィーラも普段からは想像もできないくらい焦燥としていた。
 どうして? 希君まで? こんなことに? そんな思いが頭の中をぐるぐると回る。
 それでも、魔法を使って移動をしない自分が酷く冷徹な人間に思えてしまった。
 図書館に着くと人だまりができており、すぐに希君達のいる場所が分かった。
 それをかき分けて、二人のいるスペースに向かう。

「邪魔だ! どけ!」

「通してください! 医者です!」

 私とヴィータちゃんが叫びながら、シグナムとザフィーラが無言で押しのけて中心に行くとそこには泣きそうな顔のはやてちゃんと知らない女の子がいた。

「シャマル! みんな! 希君が!」

「「「希!!」」」

 騎士三人が叫ぶ中私は無言ですぐさま希君の状態を診る。
 呼吸が荒く、熱もかなり高い。
 しかし……これは……

「はやてちゃん、希君はどういう状態からこうなったの?」

「え? えーと」

 はやてちゃんはいきなりのことで混乱しているのかうまく状況を説明できないでいた。
 ……無理もないわ。今のはやてちゃんに冷静になれるとは思えないもの。

「普通に話ていたらはやてちゃんが目の焦点が微妙に会ってないのに気付いて。それで額触ったらすごい熱で。いきなり倒れて……」

 私が半分あきらめて次の行動を起こそうとしていたらはやてちゃんの隣の女の子が状況を説明してくれた。
 それで……こうなるなんて…

「おいシャマル! 希はどうなんだよ! 大丈夫なんだろ!」

「……とりあえず家に運ぶわよ。ザフィーラ、お願い」

「わかった」

 ここでは魔法は使えない。こんな大勢の前で魔法を使ったりしたらすぐにでも管理局に気付かれてしまうから。
 それがとてつもなくもどかしく感じた。
 できることなら、今すぐに治癒魔法をかけてあげたいのに。

「あの! 希君は大丈夫なんですか!」

 隣にいた女の子がとても心配そうに尋ねてきた。
 希君の友達だろうか? でも今はそんなことを聞いている余裕はない。

「えぇ、大丈夫よ。だけどごめんなさい。今は急いでるから。お話はまた今度」

 そう言い残して私たちは図書館を出て一直線で自宅へと戻った。
 ここなら入念な隠ぺい魔法を施してあるので魔法を使っても管理局にばれる心配はない。
 希君をベッドに寝かせると私は彼にすぐさま治癒魔法を施した。




「…もう、大丈夫よ」

 数分間、魔法をかけ続けたのち希君はようやく回復をし始めた。
 荒かった息が整い、熱も少し引いて来ている。

「ほ、ほんまに?」

「えぇ、後は少し寝て、何か食べれば自然に回復すると思うわ」

「……そっか、よかった~」

 はやてちゃんは希君の手を握りつつ、涙目になりながらも安心したように胸をなでおろした。
 シグナムとザフィーラも安堵の声をあげ、ヴィータちゃんはホッとしたのかその場にへたりこんでしまった。

「私も、少し休むわ。そのまま希君を見ててちょうだい」

「うん、ありがとうシャマル」

 そう言い残して私は部屋を出てリビングまで移動すると、ソファーに座りこんでしまった。なんとかうまく効いてくれてよかったわ。
 でも、やっぱりあれは……
 私が先ほどの症状について考えているといつの間にか水を持ったシグナムがとなりに来ていた。

「大丈夫か、シャマル?」

「シグナム……ううん、大丈夫」

「そうか」

 私は水を受け取りつつ彼女にこたえる。
 その彼女の表情は、暗い。

「……まさか希が倒れるなんて……原因はなんだったんだ?」

「それは……」

 私は言葉を濁した。それをシグナムが心配そうに見つめる。
 ……隠していいことじゃないわよね。

「原因は……実はよくわからないの」

「なんだと?」

 彼女の表情が驚きに変わる。この答えは想像の範囲外だったようだ。
 私は懺悔するように言葉を続けた。

「症状は風邪に似ていたけどただの風邪ならあそこまで力を注がなくてもすぐに治ったはずなのに……どちらかというと疲労に近いわ。それも、脳だけを酷使したような状態だった」

「そんな……」

 そう、だからこそ私は焦ったのだ。
 そんな状態通常ではありえない。いくら考えをめぐらしたところで、あそこまでの状態になるはずがない。
 だから、はやてちゃんに続いて希君まで原因不明の病に犯されてしまったのかと。
 ただ、シグナムの感想は違ったようだった。

「……私達が希に情報収集なんかさせたせいだ」

「シグナム……」

 確かに。その可能性も考えられないものではない。
 だけど私には何となくそれは違うように思えてならなかった。
 そんなことではなく、もっと希君の根本にかかわることのような……

「もう、これ以上希にまで無理をさせるわけにはいかない」

「えぇ……」

 それでも私にはそれを確たるものとする根拠を見つけられなかった。
 ただ、今回のことが蒐集と関係があることだということはなぜか確信を持って言えた。

「だから、早く蒐集を」

「絶対に、終わらせる」

 また、平和な時間を過ごすために。






[25220] 第十一話
Name: kaka◆0519be8b ID:ee322f37
Date: 2011/08/16 00:41
 俺が目を覚ますと、いつの間にかベッドに寝かされていた。
 ……ここははやての部屋か。どうやら、気絶している間に運び込まれたらしい。

「希君、気がついたんか」

 すると隣に座っていたはやてが安心したように声をかけてきた。
 見れば、騎士たちも心配そうにのぞきこんでいる。

「よかった。急に倒れたなんて聞いたから心配したのよ」

「まったく。驚いただろう」

「……別にあたしは心配してねーぞ。ちょっと驚いたけど」

「ふふっ、お前が一番動揺していたではないか」

「……みんな」

「まだ寝とらんと」

 そう言ってはやては起き上がろうとした俺を抑えつけてきた。
 少し怒っているようにも見える。

「だいたい、希君は無茶しすぎや。体調が悪いんやったら寝てなあかんやろ」

「それじゃあ、はやてに会いに行けない」

 あのときは、いや、今だって一秒でも長くはやてと一緒にいたかった。

「あほ、そんなときくらいは大人しくしとき。まったく、心臓止まるかと思ったわ」

「……すまない」

 それからもはやてはプリプリ怒っていたがすぐにお粥を取ってくると言ってキッチンにいってしまった。
 すると

「すまない希。私たちのせいで……」

 と、いきなりシグナムが謝ってきた。
 他の騎士たちも申し訳なさそうにしている。

「なんのことだ?」

 今回のことは騎士たちは関係ないはずだが。

「……お前が倒れたのは過度の疲労からだそうだ。私達がお前に情報収集なんかを押し付けたせいで」

 あぁ、なるほど。確かに、原因は脳の使い過ぎによる疲労だな。
 しかし、それは騎士たちのせいじゃない。

「その程度のことで、俺は倒れるほど疲労したりしない。これは単に俺の体調管理がずさんだったせいだ」

「しかし」

「お前らが変に気にする必要はない。そんなことより蒐集をがんばってくれ」

「……わかった」

 俺が何を言ったところで受け入れないと思ったのか、シグナムは簡単に引き下がってくれた。
 どちらにせよ早く蒐集を終わらせるしか方法はない。
 それと

「シグナム」

「なんだ?」

 一つ確認しておきたいこともある。

「闇の書を、見せてもらえないか?」

「闇の書を?」

 シグナムは俺のお願い疑問符を浮かべる。魔法の事をよく知らない俺が見たところで何になるのだろうと思っているようだ。

「構わないが……どうするつもりだ?」

「別に。ただ、蒐集が始まってから何か変化していないか調べてみたくなっただけだ」

「……そうか」

 シグナムは多少不審がっていたがすぐに俺に闇の書を渡してくれた。
 だがこれはウソではない。
 本当に闇の書を調べるために借りたのだから。
 方法は教えていなかったが。
 俺は表紙や中身を調べるふりをして闇の書に応用能力②をかけた。
 相手は本だ。普通ならば何一つ反応などないはずだ。
 だが、先ほど得た情報が本当ならこの中には管制人格と言うものが……
 いた。
 闇の書内部の深く、深いところに。
 確かに声が聞こえた。
 俺達のことを思い、蒐集を辞めて欲しいと訴えかける声が。
 ……こいつは、知っているのだな。はやてと騎士たちのきずなも、自分の行く末も。
 なんかですべて見て……
 すると突然声はかき消され、同時に酷い感情の波が俺に襲い掛かってきた。
 憎い、怖い、悲しい、妬ましい、疎ましい、助けて欲しい、と。
 その感情の激流に、俺は思わず能力を切ってしまった。
 額に汗が流れる。
 表面しか触れていないのに、これほどの負の感情が流れ込んでくるなんて……

「大丈夫か? 希?」

 そんな俺の様子を見て、ザフィーラが心配そうに声をかけてくる。

「まだ本調子じゃないんだから、もう少し寝てないと」

 シャマルはそう言いつつ俺から闇の書を取り、肩を押さえて寝かしつけてきた。
 俺はそれに素直に従う。

「すまない」

 危なかった。もう少しで、持って行かれるところだった。
 しかし、その分収穫もあった。
 これで、俺の作戦は実行不可能ではないという確信が持てた。
 後は、蒐集さえ完了すれば……
 俺がそんな事を考えていると、はやてがお粥を持って戻ってきた。

「おまたせ~、特製はやてスペシャル粥持ってきたで~」

 俺が体を起こすと、はやてはお盆に載せたお粥を俺に渡してくれた。

「熱いから気いつけてな」

「……今日は食べさせてくれないのか?」

「あほ、そんくらい元気があるんやったら大丈夫やろ」

 ……残念だ。
 仕方なく俺は自分でお粥を食べ始めた。
 うん、最高だ。はやての料理はやっぱり美味しい。




 その日、俺は八神家に泊ることとなった。
 両親に連絡を入れたところ、その方が早く俺が元気になるだろうと言われたらしい。
 問題は俺の寝る場所だったがこれはこのままはやてのベッドを借りることとなった。
 俺が遠慮していたら「病人は黙って寝とき」と、一蹴されてしまった。結局、俺がベッドで、はやてが床に布団を敷いて眠ることとなった。

「すまない、今日は迷惑かけた」

 就寝前、俺ははやてに謝罪すると

「何ゆうてんねん。全然迷惑なんか掛けられてへんよ。希君がこまっとたら助けるんは当然やん」

 そう言ってもらうと、大分心が楽になる。
 ……あとどれくらい、俺ははやてにこうやって優しく接してもらえるのだろう。

「でも、さっきも言うたけど無茶したらあかんよ。心配するやん」

 きっと、俺がしようとしていることをすれば、こんなふうに接してもらえることはなくなるのだろう。

「大体、あないにふらふらな状態やったら無理して来んでも知らせてくれたらこっちから見舞いに行くっちゅうねん」

「ごめん、そこまで頭が回らなかった」

 それでも、はやてを助けるには、それしか方法がないから。

「……まぁ、ええわ。今日はもう寝よう。寝たほうが早く治るからな」

 だから、やる。どんな犠牲が出ようとも

「おやすみ、はやて」

「おやすみ、希君」

 たとえ俺の心が壊れることになろうとも。






 翌日、目を覚ますと俺の体調はだいぶ良くなっていた。頭の痛みも引いている。
 これなら、学校にも行けるかな。
 そう思って起き上がり、はやてにおはようと声をかけようとすると








 はやては胸を押さえ、苦しそうにうめいていた。








「は?」








 俺は思考が停止し、何が起こっているのか理解できなかった。
 なぜはやては呻いている? なぜはやては胸を押さえている? なぜはやては尋常じゃないほどの汗をかいている? なぜはやてが苦しんでいる?








「はやて!!」

 そして我に返ると俺は飛び起きてはやてに駆け寄った。
 顔色が悪い。呼吸も荒い。こちらの声に反応もできていない。

「どうしたの。何かあった?」

 俺の声を聞いたシャマルがすぐに部屋に入ってきた。
 そしてはやての様子を見て息をのむ。

「はやてちゃん!」

「シャマル! 治療を!」

 シャマルははやてに駆け寄ると、すぐに治療魔法をはやてに施し始めた。
 その間に俺は携帯を取り出し、救急車を呼ぶ。

「どうした! 何があった!」

「! はやて!」

「っ!!!」

 シグナム、ヴィータ、ザフィーラの三名も騒ぎに気付きすぐにやってくる。

「何があったんだ!」

「はやてちゃん! しっかり!」

「もしもし! 救急車を! 住所は……」

 騎士たちが騒いでいたが気にしている余裕はない。
 早く、早く

「急に苦しみ出した! 9歳女、持病あり、早く来てくれ!」

「落ち着いてください。今、向かっていますから」

 オペレーターが俺をなだめてきたがそれは逆効果だった。
 落ち着く? はやてが苦しんでいるというのに?

「いいから早く来いって言ってんだ!!」

 俺の怒鳴り声を聞いた騎士たちがびくりと体を震わる。
 そしてハッとしたように騒ぐのをやめ、行動を開始する。シグナムは俺から電話を奪い、オペレーターと話し、ザフィーラは必要そうなものをかばんに詰め、ヴィータははやての横に座り、汗を拭きながら懸命にはやてに声をかけた。
 俺もはやての手を握り、座り込む。
 あぁ、はやて……




 ほどなくして救急車が来た。
 シャマルを付き添いにつけ、救急車を送り出すと俺はその場にへたりこんでしまった。

「……そんな……まさか……早すぎる……いやだ……」

 顔を俯け、絶望と虚脱感で胸がいっぱいになった。
 方法はあるのに……覚悟もしたのに……

「……希、タクシーを呼んだ。すぐに来るから部屋で待っていよう」

 シグナムはそんな俺を気遣って家に入れようと近づき、






 固まってしまった。

「は」

「希?」

 後ろで見ていたヴィータとザフィーラが不審がる。
 二人には俺の顔が見えていない。

「おい? どうし……」

 二人も俺の顔を心配そうにのぞき込み、固まってしまう。
 俺は






 笑っていた。

「ははっ、アハハッ、あっハッはっはっハッハッははっハッはッハハはっはははハハハハははっはハハッはっはっはっはっははっはっははっはははっはっはは!! 最低だ! 最悪だ!! まさかこんなにも悪いことが重なることがあるなんて! 普通こんなタイミングでこんなことが起こるか!? ははっ! ひどい話だ! まったく!」

 はやてがいったい何をしたっていうんだ? はやては普通に暮らしていただけじゃないか! 何も悪いことはしていない! それとも、家族仲良く暮らしていたいというささやかな願いすら持ってはいけないのか!?
 ……あぁ、そうか。

「ふふっ! そうか、そうかそうかそうか! そりゃそうだ! なぜわからなかったんだ! 知っていたはずだろう! ははっ!! そうに決まっている!!」

 俺みたいな異常者が入り込んだせいで、こんなことになったんだ! 異常は排除されるのが常だろう? そんな、当たり前のことを忘れていい気になっていたからこんな事態に陥ってしまったんだ! むしろ今まで平気だったのがおかしいくらいだ! いや、今までの分をまとめて今受けていると言うのか! よくわかってんじゃないか! 直で俺に来ないではやてを巻き込むなんて。俺が一番ダメージを感じる方法を!!

「希!! しっかりしろ!! 希!!」

 ザフィーラに揺さぶられて、俺はこいつらがいることをいまさらのように思い出した。
 あぁ、そう言えば部屋に入るんだっけ?

「ははっ、あぁ、悪い。寒いよな。今部屋に」

「そんなことはどうだっていい!! しっかりしろ!!」

 そう言えばこいつが叫んでいる姿なんて初めて見たな。

「主は絶対に大丈夫だ!! 気をしっかり持て!!」

 何をいっているんだ? ザフィーラは?

「そうだ! はやては絶対に大丈夫だ! だからまともに戻ってくれよ! 希!」

 ヴィータまで。
 俺がまともだったことなんてないじゃないか?

「……すまん、希」

 シグナムの謝罪の言葉を聞きながら、俺は意識を失った。






【Sideザフィーラ】

 主の救急車を見送った後の出来事は、私たちにとってショックが大きすぎた。
 以前、希は『はやてが死んだらきっと自分は壊れてしまう』と言っていたが、それがまぎれもない真実だということを証明するのに十分な出来事だった。
 あの時、シグナムが希を気絶させていなかったら、そのまま彼は壊れてしまっていたのかもしれない。
 希が壊れる。
 その恐怖が、リアルなものとなって私たちに襲い掛かってきた。

「もう、時間がない」

 シグナムが立ち上がり、戦いの準備をする。
 ヴィータも無言なまま、それに続いた。
 私も後に続く。
 もう、なりふり構っていられない。例え、どんなことをしようとも、主を、希を救って見せる。
 たとえ、この命が尽きようとも。


 もう、何度目になるか分からない誓いを立てて、私たちは蒐集へと向かった。






【SideOut】

 目を覚ますと、俺は八神家で寝かされていた。
 どうやら気絶していたようだ。
 俺は起き上がり、周囲を見渡す。
 今はだれもいないようだ。机の上に置手紙が置いてある。
 それにははやてが無事なこと、病室の番号、それに騎士たちが蒐集に出かけていることが書かれていた。騎士たちは、全員で蒐集を行っているらしい。
 俺は手紙を読み終えると、すぐに家を出て病院に向かった。
 騎士たちのことも気になるが、今ははやてだ。




 病院に着くと、はやてはすでに起き上がっていた。

「あ、希君。来てくれたんや」

 はやては何事もなかったかのように俺に声をかけてきた。

「あたりまえだろう。はやてがいるのなら俺は何処へでも行くさ」

 俺もあえて普段通りに振舞う。

「ふふっ、なんやそれ。とゆうかそれも恥ずかしいセリフなんと違う?」

「禁止か?」

「禁止や」

 そのまま二人で笑いあい、不自然なほど自然にいろいろな話をした。
 料理のこと、学校のこと、両親のこと、騎士のこと、はやてのこと、自分のことなどなど。
 今までで一番話し合ったかもしれない。
 そうしていると時間は瞬く間に過ぎてしまい、面会時間が終わりになる。

「もう、時間やな。そろそろ帰らんと」

「そうだな」

「晩御飯は……どないしようか? シグナム達のこと頼んでええ?」

「あぁ、まかせろ」

「じゃあ、頼んだで。それじゃあ」

「また、来るからな」

 そう言って俺は立ち上がると、はやてに背を向けて病室を出ようとした。
 すると

「……なぁ、希君」

 はやてが声をかけてきた。

「私……死ぬんかな?」

 その声は、先ほどまで談笑していたものと同じと思えないほど、沈んでいた。

「……原因、分かってへんのでしょ? 今日だって痛み止め渡されただけやし。石田先生がまたいつ発作が出てもおかしくないゆうてんの聞こえてもうた」

 はやての声はどんどん震えていく。

「私……まだ死にたない。もっと、もっとみんなと一緒に居たい! 希君と一緒に居たい!またみんなでお祭り行って、花火して、温泉にも行きたい! 一人で死ぬんはいやや! 怖い! 怖いんや! また独りぼっちになってまう!」

 ついにはやては涙声で叫び出した。
 皆の前では見せない、はやての弱音だった。

「はやて」

 俺は振り返り、はやてに近づく。

「大丈夫だよ。はやては死んだりなんかしない」

 するとはやてはキッと睨んで叫びかえす。

「なんで希君にそんなことが言えるんや! 医者でもないくせに! 病気のこともわからんのに!」

 俺の発言が無責任なものに思えたのだろう。
 はやては枕を投げつけて、俺が近づくのを拒否してきた。

「それでも、はやては死なないよ。少なくとも、一人では」

 俺は気にせずはやてに近づいて行く。
 そして、はやての隣に座ると笑顔を向けて言った。

「だって、はやてが死んだら俺も後を追うつもりだから」

「え?」

 はやてが呆気にとられている間に、俺は彼女を抱きしめた。

「だからもう、怖がる必要なんてない」

「……あかん。希君が死ぬ必要ないやんか」

 はやてが泣いているのが伝わる。

「必要がなくても死ぬよ」

「……そんなん、私、望んでない」

 俺は抱きしめる力を強めた。

「望んでいなくとも、死ぬよ」

「……お父ちゃんとお母ちゃんは」

 はやての涙が、こぼれおちる。

「そうだな。ちゃんと謝っておくよ」

「……あかん、そんなん、あかん」

 俺ははやての背中をあやす様に優しくたたく。

「俺はもう、はやてなしでは生きていけないから」

「う、ううっ」

 この日はやては思いっきり泣いた。年相応の子供のように、ワンワンと。
 俺ははやてが落ち着くまで、はやてを抱きしめ続けた。

「大丈夫だよ。もう、独りぼっちにはならないから」

 たとえ、共にいるのが俺じゃないとしても、絶対に独りぼっちになんかさせない。






「ふふっ、久しぶりに泣いてもうた。なんや恥ずかしいな」

 はやては赤くなった眼をこすりながら、笑顔で俺に言った。だいぶ落ち着いたようだ。

「悪いな。俺ははやてに恥ずかしい思いをさせてばかりだな」

「ふふっ、ほんまやね」

 はやての肯定に、俺は苦笑する。
 そんなつもりはないんだけどなぁ。
 するとはやては真剣に、俺の眼をまっすぐに見つめながら宣言する。

「……私は死なん。希君まで死なすわけにはいかんからなぁ。」

 その目にはもう、不安の色は見られなかった。

「どないしてくれんねん。死ねなくなってもうたやん」

 こんな冗談まで言えるまで回復していた。

「そうだな。責任をとって、はやてが望む限りずっと一緒にいることを誓うよ」

「なら、もう一生一緒にいなあかんね」

 はやては笑いながらそんなことを言い出した。
 その、普段ならうれしいはずの言葉に胸が痛む。俺はひどいウソつきだ。

「でも、今日はもう帰らな」

「そうか。残念だが仕方ない」

 もう、とっくに面会時間は過ぎていた。
 これは看護婦に怒られるかもしれない。隠れて帰ることにしよう。

「またな、はやて」

「またね、希君」

 こうして、俺ははやてのいる病院を後にした。


 後、何日、こうしてはやてと共に笑いあえる日が続くことだろう?





[25220] 第十二話
Name: kaka◆0519be8b ID:ee322f37
Date: 2011/08/16 00:41
 その日、八神家に騎士たちは戻ってこなかった。俺は夕飯と手紙を置いて八神家を後にする。
 翌日も、いつも通り早朝に八神家に向かったがすでに騎士たちの姿はなかった。
 昨日置いておいた夕飯がなくなっているので一度帰宅していることは分かったが、それでも根を詰めすぎだ。
 昨日のことがよほど堪えたらしい。
 俺にも原因の一端はある。
 ここは騎士たちの体のことを思うのならば説得して止めるべきだろうが、俺はそれをしなかった。
 ただ、はやての見舞いにも時々行ってやってくれとだけ書き置いただけだ。
 ……もう、時間がない。
 俺の作戦にも、蒐集の完了が必要だ。
 だから、騎士たちに悪いと思いながらも無理をしてもらうしかなかった。
 そして、騎士たちははやてのお見舞いに行く以外の時間はほとんど蒐集に回す様になった。そのお見舞いも、俺が来ると後のことを任せすぐに蒐集に向かってしまう。




 そんな日が続き、いつものようにはやてと病院で話していると

「「こんにちは~」」

 と、月村とバニングスがやってきた。

「おぉ、すずかちゃんやん。来てくれたんか。それと……」

「私はアリサ・バニングスよ。よろしくね」

「アリサちゃんか。すずかちゃんから話は聞いてるで。よろしく」

 ……まぁ、知っていたが。今日来ることぐらいは。
 今となってははやてに友人が増えることは喜ばしいことだから邪魔もしなかったわけだが……二人っきりを邪魔されてしまうのは少し……

「あっ希! あんたもはやてが入院したんならさっさと教えなさいよね。せっかくすずかが発見したんだから!」

「発見したって……私は未確認生物かい!」

 バニングスは早速はやてに突っ込みを入れられている。
 この分ならすぐに仲良くできるだろう。

「悪かったな。とりあえず二人とも座ってくれ」

 二人は俺が用意した新しい椅子に座る。

「あ、これお見舞いのフルーツ」

「おぉ、わざわざありがとう」

 はやてはお礼を言ってフルーツの入った籠を受け取った。
 その中にはやたら高そうなフルーツ各種が詰まっていた。

「……なんやえらい豪華なもんはいっとるけど、本当に頂いちゃってええのん?」

「うん、大丈夫だよ」

「でも」

「いいから貰っちゃいなさいよ。せっかく持ってきたんだから」

「うん……ありがとう」

 はやても遠慮する方が失礼だと思ったのか素直に受け取ることにした。

「しかし、こんな高そうなもんをポッと持ってこれるなんて。もしかしてすずかちゃんてめっちゃお金持ちなん?」

「あぁ、そうだ。前にも言ったと思うが。月村だけでなくバニングスもお嬢様だ」

「お嬢様だなんて……そんなことないよ」

「なんかあんたが言うと嫌みに聞こえるわね」

 月村は照れていたがバニングスは俺を睨んできた。
 事実を言っただけなんだが。

「前に言うとったって……あぁ、前に話とった希君の友達の美少女のお嬢ってこの二人やったんやね。あのバカでかいお屋敷に住んどるっていう」

「そうあのバカでかいお屋敷に住んでるのがこの二人だ」

「バカでかいって、あんた達ね~」

 バニングスはこめかみをぴくぴくさせている。怒るようなことを言ったつもりはないんだが。
 事実だし。

「あはは、ごめんごめん。まさかリアルお嬢にこんなとこで会うと思ってなかってん」

「リアルお嬢って」

「まぁまぁ」

 怒りだしそうなバニングスをいつものように月村がなだめる。
 するとバニングスはにやりと笑って反撃に出た。

「それを言うなら、私だってリアル愛しの彼女に出会えるとは思ってなかったわ」

「へ?」

 はやては思わぬ反撃に驚いている。

「希からいろいろ聞いてるわよ~。惚気話とか」

「の、惚気話って……」

 はやての額に冷や汗が流れる。
 それを見たバニングスがますます笑みを広げる。

「いつも言ってるわよ。『はやて可愛い、はやて可愛い』って。耳にたこができるくらいにね」

「なっ!」

 はやての顔が一気に赤くなった。
 おぉ、最近は俺が言っても平気だったのに。やはり他人に言われると違うものなのか。
 しかし、赤面しているはやてはやっぱり可愛いな。
 俺が赤面顔を堪能しているとはやてはギギギッとことらの方へ顔を向けてきた。赤い顔には笑顔が張り付いている。
 あっ、やばい。

「希く~ん? どうゆうことか説明してくれへんかな~」

「え、あ、その、な?」

 これはやばい。お冠だ。
 ちっ、バニングスめ! 余計なことを。
 それからはやてのお説教タイムが始まった。
 内容はいつも通り。恥ずかしいことばっか言ううなというものだが今回はよほど恥ずかしかったのかちょっと長かった。
 うん、怒っているはやては怖いから今度からちゃんとしよう。
 しかし、怖い中にも可愛さがあるとはどういうことなんだろう?
 バニングスと月村は俺がはやてのお説教されている姿を面食らったように眺めていた。
 俺がしゅんとしている姿を見て驚いたようだ。
 その後、はやての許しを得て皆でまたお喋りを再開したのだがたびたび二人は驚いたような顔をしていた。
 そのことに気付いたはやては

「どうしたん、二人とも? さっきからたびたび何かに驚いてるみたいやけど」

 と、質問した。

「あ、いや、ねぇ」

「うん、希君がそんなふうに笑ったりしてるのが、その、新鮮で」

「? 希君ってよう笑う子やん」

 はやてはわけがわからないと言った様子だ。

「うん、そうみたいね。あんたがどんだけ愛されてるかがわかったわ」

「えっ! ちょ! なんなん!?」

 はやては急な話題変換にまた赤くなる。
 そう言えば気付かなかったが、俺ははやての前だとよく笑っているのか。基本、無表情だと思っていたんだが。
 やっぱり、はやてには気付かないだけでいろいろなものを貰っているんだなぁ。
 感謝しているよ。
 ……だからここで俺を睨むのは止めて欲しいな。




 面会時間はあっとゆう間に過ぎ、俺たちは帰宅することとなった。
 はやてとバニングス達はすっかり仲良しになって、また必ず来ると約束をした。今度は高町とテスタロッサも呼ぶらしい。
 ……騎士たちとかち逢わない様にしないとな。




 しかし、そんな俺の願いもむなしく、ついに彼女達は出会ってしまった。






 クリスマス・イブ。
 学校の終業式が終わった俺は一旦家に帰り、クリスマスケーキを作っていた。
 はやては入院しているが特に食事制限をされているわけではないからな。
 騎士たちにも今日くらいは休んで一緒にクリスマスパーティーをして欲しいと言ってある。彼らもその要求をのんでくれた。
 なので、今日は久しぶりにみんなで集まる予定だった。
 それがいけなかった。
 俺が暢気にケーキを作っている間に、高町たちがはやてのお見舞いに来てしまったのだ。


 そこで、彼女達は出会ってしまった。








「おまたせ、みんな。ケーキ作ってきたぞ」

「おぉ、やっときた。まっとったで」

 俺がはやての病室に着いた時、すでに高町たちは病室に居た。
 騎士たちを見て驚きながらも、今は何も言っていないようだった。
 騎士たちも何も言っていないが、気まずそうにしている。

「おっそいわよ! 待ちくたびれたじゃない!」

「特製ケーキを作るのには時間がかかるんだ。それにお前達が来るなんて聞いていなかったぞ」

「ごめんね。驚かそうと思って」

「ええやん、私は嬉しいよ」

「はやてがそう言うのなら、問題ない。量も多めに作ってきたからな」

 実は月村とバニングスが来ることは知っていた。
 最近は能力を常に使っているから当然だ。
 しかし、高町とテスタロッサは本来来る予定ではなかったはずだ。今日も、騎士たちの警戒のため彼女らの判断で待機しているはずだった。
 だが、直前になってそれを知った艦長が行ってきていいと言ってしまった。
 そのせいで、こんな事態に陥ってしまったのだ。
 もとからこの二人が来ると知っていれば、時間をずらしたものを……

「しかし、この人数だと椅子が足りないな。とってくるか。ザフィーラ手伝ってくれるか」

「あぁ、わかった」

「ヴィータ、ケーキと、こっちはアイスだ。アイスは冷凍庫に入れといてくれ」

「お、おう」

「あんたこの寒いのにアイスなんか作ってきたの?」

「ヴィータの好物だからな。行くぞ」

 俺はヴィータにケーキとアイスを渡すと、ザフィーラを連れて外に出た。
 少しあるいて病室から離れると本題に入る。

「ザフィーラ、念話で伝えてくれ。騎士たちには今はこのまま普段通りを装ってくれと。高町たちには後で話があるから少し待っていてくれと。俺からだというのを忘れずに」

「……わかった。しかし、どうするつもりだ?」

「なんとかするさ」

 それだけ伝えると、俺たちはすぐに椅子を持って病室へと戻っていった。




 俺達が部屋に戻ると、クリスマスパーティーが始まった。
 さすがに料理は持ち込めなかったので、俺が作ったお菓子とケーキをみんなで食べる。
 どうやらみんなの口にあっていたようだ。全員おいしいと言ってくれた。
 普段俺をあまり褒めないバニングスまでほめてくれたのだから上出来と言っていいだろう。
 途中、俺がはやてと話している様子を見て高町とテスタロッサ驚いていたが気にしなくていいだろう。先日の月村とバニングスの驚きと同じ種類のようだし。こっそり月村が二人に説明をしていたのではやてに気付かれることもないだろうからな。
 はやてが気付いたらまた怒られるかもしれないし。
 そんなこんなでパーティーは続き、いよいよ最後のプレゼント交換の時間になった。
 と、言っても皆ではやてにプレゼントを渡すだけだが。

「みんなありがとう。でも、私だけみんなにあげるもんがなくて……」

「何言ってるのよ、あんたはただ早く元気になってくれればいいの」

「そうだよ、はやてちゃんが元気になってくれるのが私達への一番のプレゼントだよ」

「アリサちゃん、すずかちゃん」

 はやては涙ぐんでいる。
 その光景を高町たちは微笑ましそうに、騎士たちは悲痛な覚悟をもった目で見ていた。

「じゃ、辛気臭いのはこれくらいにして……はい、これは私たちからのプレゼントです!」

 そう言って高町、テスタロッサ、バニングス、月村は四人一緒に一つのプレゼントをはやてに渡した。

「ありがとう、開けてみてええ?」

「うん、どうぞ」

 はやてが箱を開けると、中にはトナカイとサンタクロースの人形が入った小さなスノードームが入っていた。

「綺麗や……。ありがとう、すずかちゃん、アリサちゃん、なのはちゃん、フェイトちゃん」

「どういたしまして」

 はやてが4人にお礼を言うと次は騎士達が前に出た。

「私たちからはこれを。セーターとマフラーです」

 シグナムが渡した袋にはあったかそうなセーターとマフラーが入っていた。

「すいません。こんな物しか用意できなくて」

「何ゆうてんの。充分嬉しいよ。ありがとう、シグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラ」

 はやてがお礼を言うと騎士たちはホッとした様だった。
 蒐集で忙しかったからな。あまりプレゼントを考える時間がなかったのだろう。

「最後は俺からこれを」

 そう言って俺ははやてに近づき、首にネックレスをかけてあげた。

「これ……」

「俺が父さんと母さんからもらったアメジストの原石の片割れを加工して作ってみた。気に入ってくれるといいんだが」

 父さんに頼んで加工のための機材をそろえたりと大変だったからな。試作も含めたらかなりの時間がかかってしまった。

「えっ、うそ。あれ自分で作ったの?」

「わぁ、すごい綺麗」

「こんなの初めて見たの」

「希、すごい」

 高町たちがそれぞれ感想を口にしているがそんなことはどうでもいい。
 大事なのははやての感想だ。
 はやてはしばらくネックレスを見つめてから

「……ありがとう、凄く嬉しいわ」

 と、満面の笑みで答えてくれた。
 よかった。気に入ってくれて。苦労した甲斐があった。
 俺まで思わず顔がゆるんでしまう。

「そうか、はやてが喜んでくれて俺も嬉しいよ」

 俺とはやては見つめ合い、お互いに笑っていた。
 その横で高町たちが信じられないものを見た、と言った様子で驚愕していたが関係ない。


 これでもう、思い残すこともない。






「それじゃあ、今日はそろそろ」

「うん、今日はほんまに楽しかったわ。みんなありがとうな」

「私達も楽しかったわよ。じゃあ、また来るからね」

「バイバイ、はやてちゃん」

「また必ず来るからね」

「またね、はやて」

「では、私達もこれで」

「はやてちゃん、また明日ね」

「また明日なー、はやて」

「では、失礼します」

「はやて、また、な」

「うん、また明日な~」

 それぞれに別れの言葉を残して、俺たちははやての病室を後にした。

「じゃあ、私たちはこれで」

「あんたたちも一緒に乗っていく? 送っていくわよ」

 バニングスは待機させてあった車に乗りながら俺たちに聞いてきた。
 彼女達はこれから家でもパーティーがあるらしい。

「いや、俺たちは歩いて帰るからいい」

「うん、私たちもちょっと寄りたいところがあるから」

「ごめん、すずか、アリサ」

「そう、分かったわ。じゃあ、またね」

「また連絡するね」

 そう言ってバニングスと月村は車に乗って帰っていった。
 残ったのは俺と高町、テスタロッサに騎士たちの7人だけとなった。

「……ふぅ、場所を変えるぞ。ここじゃ、さすがにまずいだろう」

 俺はまとっている雰囲気を一変させて高町たちに言う。

「……希君」

「……希」

 二人は驚きつつ、悲しそうに俺の名を呼ぶ。

「場所は……そうだな、臨海公園がいいだろう。いくぞ」

「……やはり、ついてくるつもりか」

シグナムが辛そうに俺に聞いてくる。

「今さら隠すのは無理だろう? どちらにせよ、ついて行くつもりだ」

「……わかった」

「希君、やっぱり」

「全部そっちに行ったら話してやるから待っていろ。なんなら、執務官や使い魔どもを呼んでも構わない」

 そう言って俺は歩きだしてしまう。
 高町たちはまだ何か言いたそうにしていたが、何も言わず黙ってついてきた。騎士たちも黙ってそれに続く。




 臨海公園に着くと、すでに執務官と使い魔たちがいた。
 あぁ、ユーノ・スクライアは使い魔じゃなかったか。まぁ、そんなことは置いといて

「シャマル、結界を」

 と、高町たちに聞こえないよう小声で指示を出す。

「結界?」

「普段通りの奴でいい。ただし、俺だけは入れるようにしてくれ」

「分かったわ」

 シャマルが結界を張ると、執務官が身構えた。
 俺はそれを制する。

「そう警戒しなくていい。話し合いをしに来た」

「話し合いだって?」

 怪訝な顔をしながら、執務官が聞いてきた。
 高町たちは執務官たちと合流すると、困惑しながらに聞いてきた。

「希君、やっぱり……」

「そうだ。俺が闇の書の主だ」

 俺の発言に、高町たちだけでなく、騎士たちまで悲しそうな顔をした。
 あらかじめ取り決めておいたことだがそれでも騎士たちは認めたくないようだ。

「蒐集を指示したのも君か?」

「そうだ。必要だったからな」

 俺の淡々とした受け答えに執務官は若干の怒りを感じていた。

「……大勢の人や生物を傷つけているんだぞ」

「そうだな。だが仕方ないことだ」

「その中にはなのはやフェイトもいたんだぞ」

「知っている。だからなんだ」

「貴様!」

 執務官は俺に攻撃を加えようと杖を振るおうとした。
 しかし、高町とテスタロッサによって止められてしまう。

「待ってクロノ君! 話を聞いてあげて!」

「クロノ! お願い!」

 必死に止める二人をみて、執務官は杖を下した。
 彼に攻撃の意思がないことを確認した俺は、かばって俺の前に出た騎士たちを下げる。

「平気だ。下がっていてくれ」

「しかし」

「これでは話がしにくい」

 渋々といったふうに、騎士たちは下がった。ただ、いつでも飛びだせるように臨戦態勢だけは崩さない様にしている。
 俺は前に出て再び高町たちに声をかける。

「で、他に聞きたいことは」

「なんで、こんなことを」

 執務官に変わり質問をしてきたユーノ・スクライアに俺は答える。

「目の前に何でも願いが叶う力があれば使いたくなるだろう」

「もしかしてはやてちゃんを……」

 高町が質問にテスタロッサたちはハッと気付いた様子だったが、俺はすぐさま否定した。

「八神はやてのことは関係ない」

「嘘! だって希君」

「関係ないと言っている」

「……でも」

 聞いたことのない俺の凍りつく様な冷たい声に、高町は黙ってしまう。
 するとテスタロッサが後を引き継いで話を続け始めた。

「あのね、希。聞いて欲しいんだ。蒐集が終わったとしても、願いをかねえることはできない。闇の書はもう、壊れてしまっているから」

「嘘だ! でたらめ言うな!」

 テスタロッサの発言にすぐさまヴィータが反論する。他の騎士たちも信じられないと言った様子だ。

「嘘じゃない。蒐集が完了した闇の書は」

「主を取り込んで暴走し、魔力の尽きるまで世界を破壊しつくす。か」

「「!!」」

 俺がテスタロッサの言葉を先取りするとこの場に居る全員が驚愕した。
 それにも構わず、俺は話を進める。

「だからどうした。そんなことはとっくの昔に知っている。それでも、目的のために蒐集は必要だ」

「目的って……」

「悪いがそれは言えない」

 高町たちは依然困惑しているようだが、騎士たちは俺の言葉を聞いて立ち直ったようだった。
 随分と信用されたものだ。

「他に聞きたいことはないな。なら、こちらからの要求は一つだ」

「……なんだ」

 立ち直った執務官が警戒しつつ、俺に聞いてきた。

「俺達を見逃して欲しい。蒐集が終わるまでそっとしておいてくれ」

「なっ!! できるわけがないだろう!」

 即座に否定する執務官を無視して俺は高町とテスタロッサの目を見て懇願した。

「なぁ、頼む、高町、テスタロッサ。今回だけでいい。執務官たちを説得してくれ。このお願いだけ聞いてくれれば何でもするから。友達じゃなくなってもいい。お前達の奴隷になってもいい。プライドだって捨てる。なんだってするから。言われれば靴だって舐める。軽蔑してくれてかまわない。だから、お願いします。見逃してください」

「……希君」

「……希」

 俺が頭を下げる姿を二人は辛そうにしてみていた。
 ……卑怯な手だ。こんなことをしても、答えは分かっているのに。二人を精神的に追い詰めるためだけにこんなことをして。

「……ごめんなさい。そのお願いだけは、聞けないの」

「ごめん、希」

「……こんなに頼んでも、駄目か?」

「…………」

 二人は目を伏せ、黙ってしまう。
 ……潮時か。

「……そうか、そうだよな。仕方ない」

「分かったのなら、おとなしく投降してくれ。君達の素性は割れた。もう、逃げられない」

 俺ががっくりと頭に手をやってうなだれている様子を見た執務官が諦めたと思ってゆっくりと近づいてきた。

「そうだな。もう逃げられない」

「……希」

 俺のつぶやきに、シグナムが悔しそうに声を漏らす。
 そのまま執務官が俺の間合いに入った瞬間

「ヴォルケンリッター!」

 と、俺は叫んだ。突然の怒鳴り声に皆びくりとし、執務官は身構える。
 そして

「非殺傷設定解除!!」

「なっ!」

 非殺傷設定の解除。つまりは、こいつらを殺せという意味だ。
 全員が驚愕し、一瞬だけ思考を止めた。
 俺はその隙を見逃さなかった。

「がっ!」

 間合いに入っていた執務官の腹部に蹴りをめり込ます。
 それも通常の威力ではない。先ほど、頭を触っていた時に応用能力を使い脳のリミッターを外している。そのおかげで、通常の何倍ものスピードと威力を出すことができた。
 そのまま吹っ飛んだ執務官を追いかけつつ指示を出す。

「殺せ! そうすれば少なくとも数日は追手が来なくなる!」

 叫びながら再び執務官に攻撃を加えようとしたが、彼はすでに防御態勢を取っていた。バリアジャケットのせいで威力がかなり殺されてしまったようだ。しかも奴は魔力をためており、攻撃を受けてからすぐに反撃に出る気のようだ。
 俺はすぐさま攻撃対象を変え、最も近くに居る高町に襲い掛かった。

「なのは!」

 しかし、俺の拳は呆けている高町を守ろうと出したユーノ・スクライアのシールドに阻まれてしまった。
 俺はシールドに当たる寸でで拳を止め、同時にテスタロッサの使い魔から放たれたバインドを避ける。

「! かわされた!」

「希に何しやがんだー!」

 すると、騎士たちもせきを切ったように飛び出してきた。
 覚悟を完了したのか、それとも単に俺が攻撃を受けたのを見てつい飛び出してしまったのか。
 ともかく、ヴィータが高町にアイゼンで殴りかかり、シグナムがテスタロッサにレヴァンテンで斬りかかり、ザフィーラが使い魔に魔力弾を飛ばし、シャマルがユーノ・スクライアにバインドを仕掛けた。

「やめろ! お前ら自分が何をやっているのか分からないのか!」

「お願い! やめて!」

「こんなこと無意味だよ!」

 執務官、テスタロッサ、高町の叫びにヴィータが高町に攻撃を加えつつ怒鳴り返した。

「うるせー! お前らさえ、お前らさえいなければ希もこんな決断しなくて済んだんだ!」

 シグナムも苦渋に満ちた声で反論する。

「もう、後には戻れん。ならば! 希を信じてわずかな希望に賭けるのみ!」

「くっ! なら」

 そう言って執務官は騎士たち向かって魔法弾を放とうとした。

「スティンガーブレ」

「させるか!」

「ぐっ!」

 俺は執務官が攻撃に移る前に石を投げて魔力刃を爆散させた。
 そのまま接近し、体当たりをかます。
 しかし、執務官の反応は早く、シールドを張られてしまった。
 俺が間一髪で止まると、執務官はすぐさま魔力を帯びたデバイスで切りかかってくる。

「くっ!」

 俺それでも下がることなく、逆に前進し、懐に入ることで魔力刃をかわした。
 そのまま近距離で顎を狙いアッパーを放つ。それを執務官は状態を反らす形でかわすと、 そのままバク宙の要領で一回転し、同時に蹴りをはなった。

「ちっ!」

 俺は仕方なく一歩下がりそれをかわした。
 少し両者の間に距離ができると、執務官はそれを広げようと魔力弾を複数撃ってきた。
 近距離戦闘は不利だと考えたようだ。
 しかし、俺も距離を離されてしまえば攻撃手段を失ってしまうので食い下がる。
 魔力弾をすべてギリギリでかいくぐりながら再び距離を詰める。

「なんだとっ!」

 その様子に、執務官は眼を見開いて驚愕した。
 今の俺ならこの程度の攻撃を避けることは難しくても無理ではない。能力をフルに使い、敵の攻撃を先読みし、身体能力を強化しているからだ。
 ただ、この状態も長くは持たない。早急に決着をつけねば体のほうが先に壊れてしまう。
 距離が詰まると、再び接近戦が始まった。
 今度は距離が取れないよう、こちらはけん制程度の攻撃を主体として避けることに専念する。
 すべてギリギリでかわしているためにだんだんと余波のダメージを受けていっているがそれでも耐えてかわし続ける。

「なぜだ! こんなことをしたところで君の願いは叶わない!」

 攻撃しつつ、執務官は俺に叫びかけてくる。

「黙れ」

 俺は彼の攻撃をかわしながらチャンスを待つ。

「身勝手な理由で次元世界全体を危機に陥らすつもりか!」

 執務官は語気を荒げ、攻撃の勢いも増す。

「それがどうした。世界なんかよりもこっちの方が大切だ!」

「貴様ー!!」

 完全に頭に血が昇った執務官が強引に魔力弾を形成してきた。

「スティンガーレイ!」

 高速の光の弾丸が俺に迫ってきた。
 だがそれを読んでいた俺は一歩引くことでそれを避ける。
 そのことで視界が開けた執務官は目の前の光景に一瞬目が奪われる。

「なっ!」

 弾丸の直線射線上には、戦闘中のテスタロッサがいたのだ。
 しかも、彼女は執務官の魔法弾に気付いていない。

「くそっ!」

 慌てて弾道を変えた執務官だったがそれは致命的な隙となった。
 それを見逃すわけもなく、俺は執務官の腕を掴むことに成功する。

「死ね」

「っ!!」

 その瞬間、執務官の脳に処理能力を超えた感情を一気にたたきこんだ。
 それに耐え切れるわけもなく、自己防衛のため彼の脳はシャットダウンしてしまう。つまり、気絶してしまった。

「っ!! クロノ君!」

「クロノ!」

 執務官がいきなり気絶してしまった様子を見て、高町とテスタロッサが驚きの声を上げる。
 俺はそれを気にせず、そのまま俺はとどめを刺そうと執務官の首に手を延ばす。
 が、途中でその手を止め、その場を離脱した。
 次の瞬間、その場にバインドが現れる。
 その魔力光はその場に居る誰のものでもなかった。

「誰だ!」

 それに気付いたシグナムが叫ぶと、バインドを仕掛けた相手が現れた。
 仮面を付け、返信魔法を使ったリーゼロッテとリーゼアリアだ。
 そして、現れたのは彼女たちだけではなかった。

「……はやて」

 彼女らの前には車いすに座ったはやてがいた。





[25220] 第十三話
Name: kaka◆0519be8b ID:ee322f37
Date: 2011/08/16 00:42

「……なんで、なのはちゃん達とみんなが戦ってるん?」

 はやては茫然として俺たちに声をかけてきた。
 その様子に、全員の動きが止まる。

「……なんで、なんでなん」

「……はやて」

 ……ハハッ、このタイミングではやてを連れてくるか。なるほど。ギル・グレアムはもう俺達が蒐集を完了させるのは不可能だと判断してしまったのだな。
 それにしても、猫達を自由にさせすぎたかな? まさかはやてを戦いの場に連れてくるなんて……
 もう、これ以上は引き延ばせない。
 状況は想定していた中でも特に最悪だ。これから自分がしようとすることを考えると、吐き気がしてくる。
 それでも、作戦を実行するしかない。
 そう思うと張り詰めていたものが一瞬だけ緩み、俺は膝をついてしまった。

「希君!」

「「「「希(君)!!!!」」」」

 そんな俺に騎士たちは一斉に駆け寄ってきた。
 高町たちも、それを止めようとはしなかった。

「大丈夫か! 希!」

「シャマル! 治療を!」

「ッ!! これは!」

「どうした! 希は平気なのか!」

 シャマルは俺に治癒魔法をかけながら驚いていた。
 能力使って脳内リミットを外していたせいで体がやばいことになっていたのだろう。
 しかし俺は治癒を受けつつもはやてを見つめていた。
 はやても俺に駆け寄ろうとしていたが、リーゼ姉妹によって車椅子を抑えつけられていた。

「放して! 希君が!」

 その声を聞いたヴィータがハッとはやての方に向き返り、リーゼ姉妹を見るとそのまま二人に襲い掛かった。

「はやてに何してんだー!」

 ヴィータはアイゼンをラケーテンフォルムに変形させ、渾身の力でハンマーを振り下ろす。
 しかし、それはアリアのシールドに阻まれてしまった。

「なっ!」

 渾身の力で防御ごと破壊しようとした攻撃をいとも簡単に止められてしまった事に、ヴィータは驚愕する。
 その隙をロッテは見逃さず、瞬時にヴィータの懐に入ると拳を腹部にたたき込んだ。

「グァ!!」

 ヴィータはその威力をまともに受け吹き飛ばされてしまう。
 そして、持っていた闇の書を落とし、アリアに奪われてしまった。

「ヴィータ!」

 はやてが叫ぶがアリアの攻撃はこれで終わりではなかった。アリアは奪い取った闇の書を開き、魔法弾を飛ばしてさらなる追撃加える。
 すると魔力弾を受けたヴィータは光に包まれ、そのまま闇の書に吸収させられてしまった。
 騎士たちの目が驚愕で見開かる。目の前の光景が信じられないようだ。
 だが、それでも油断なくすぐさま戦闘態勢をとった。

「ヴィータ!!」

 アリアははやての叫びを無視して俺たちの方に向き直り、ロッテが他の騎士たちに向かって襲い掛かってきた。

「希! 下がっていろ!」

 シグナムはそう言って前に出るとリーゼ姉妹に斬りかかった。
 シャマルとザフィーラは俺を庇う様に前に出る。

「何者だ貴様ら! ヴィータに何をした!」

 シグナムの叫びに、彼女らは答えない。シャマルとザフィーラは二人を警戒しつつ、俺の傍を離れようとしなかった。
 俺はそんな二人の手を取り

「えっ」

「希?」

 大量の感情をぶち込んだ。

「「あぁっ!」」

 それに耐え切れるわけもなく、二人は崩れ落ちてしまう。
 その二人をゆっくりと近づいてきたアリアに渡すと、二人もまた闇の書に吸収されてしまった。

「のぞ……み?」

 シグナムは信じられないといった様子で動きを止めてしまう。
 その隙をロッテが見逃すはずもなかった。

「ぐぅ!」

 かろうじて防御はできたが威力は殺せず、シグナムは地面にたたきつけられてしまった。
 俺はそれに近づき、シグナムの頭に手を置いた。

「…………」

 俺は無言のままシグナムに能力をかけようとした。
 その刹那、俺の顔を見たシグナムはフッと笑い

「……そうか、後は任せたぞ」

 と言い残して意識を失った。






 シグナムも吸収した闇の書は光だし、主たるはやての元に飛んで行った。
 蒐集が完了したのだ。

「希君、これは……」

 はやては悲しみに満ちた声で俺に問いかけてきた。

「闇の書は完成した。後は八神はやて。お前が起動させるだけだ」

「! だめ! はやてちゃん! 闇の書を起動させたら」

 突然の展開について行けず、先ほどまで固まっていた高町たちが阻止しようと叫びながら接近してきた。
 それをリーゼ姉妹が止める。

「はやて! それを起動させたらはやては!」

「起動させろ。八神はやて」

 テスタロッサの声を無視して、俺ははやてに言う。

「俺はそのためにお前に近づいた」

 嘘だ。

「闇の書を完成させ、目的を叶えるために」

 大嘘だ。

「だから早く、起動しろ。今までの俺の献身を無駄にするな」

 闇の書を起動させるためだけに、はやてを傷つけている。

「それに、闇の書さえ起動させれば、お前はすべての苦しみから解放される」

 その事実が、自分の身を裂くようにつらい。

「辛いことは忘れ去り、幸せな夢を見ることができる」

 ヴィータを、シグナムを、シャマルを、ザフィーラを犠牲にした俺がそんなことを感じる資格なんてないのに。

「だから、早く、起動させろ」

 はやてを傷つけているのは俺自身だというのに。






「…………わかったわ」

 時が止まったかのように感じた、長い沈黙の後、はやては顔を伏せてつつ答えた。

「だめ! やめて! はやてちゃん!」

「はやて!!」

 その答えに、高町とテスタロッサは止めようと必死になって叫び声を上げる。

「ごめんな、なのはちゃん、フェイトちゃん」

 しかし、はやては聞き入れてはくれなかった。

「二人のお願いでもこればっかりは聞けへんわ」

 そう言ってはやては顔を上げ

「こんな辛そうにしている希君のお願い、聞かないわけにはいかんからな」

 俺に笑顔を向けてきた。

「だから、希君はそんな顔せんでいいんよ」

 天使のような、慈愛に満ちた笑顔を。

「な、なにを……おれ、は」

 何を、言っている? 何故、こんな俺に笑顔なんか……もう俺にはそんなもをを受ける資格なんかないのに。

「うん、無理せんでええ。事情はわからんけど、希君の気持ちくらいは分かるから」

 はやてはそう言って俺の手を握る。

「俺、は、はやてに、酷いことを、言っているのに……」

「そんなんウソやってことぐらいわかる。どんだけ一緒におると思ってんねん」

 崩れそうになる俺にやさしい言葉をかけ続ける。

「だからな、一人で抱え込まんでえんよ。私が一緒に背負ってあげるから」

「は、や、て」

 俺は、俺は酷いことをしているのに。
 これまでの生活を否定して……俺のことまで大切だと言ってくれた騎士たちを騙して……はやての大切な家族を奪って……こんなことはやてが望んでいないと知りながらもはやてを助けるためだと言い訳をして……こうなってしまったのも全部俺のせいなのに……なのに!
 俺はあふれ出る涙を抑えることができなかった。

「うん、大丈夫。大丈夫やから」

 はやては俺の涙を指で拭うと、そのまま闇の書に手を伸ばした。

「信じとるから。希君のこと」

 そう言い残し、はやては闇の書を起動させてしまった。








 起動した闇の書ははやてと共に浮き上がると、光に呑みこまれた。その輝きが収まると、中から黒い衣を纏い、漆黒の羽をはやした銀髪の女性が現れた。

「……なぜだ、希。なぜこんなことを……」

 ……こいつが、闇の書の管制人格か。
 やはり以前感じたとおり、騎士たちを通して俺達の生活を覗いていたのだな。
 だから、こんなにも悲痛な思いを心に宿して……

「もう……戻れない。私は時期に意識をなくす……その前に……お前だけでも……」

 その言葉の続きを口にすることはできなかった。
 管制人格の心は膨大な憎悪と恐怖に呑みこまれていく。
 以前、表面だけ触れることのできた、闇の書のバグ。
 それに意識がすべて呑みこまれてしまった時、管制人格に残ったのは破壊衝動だけだった。

「っ!」

 管制人格は黒紫色の魔力球をつくりだし、一気に魔力を解放した。
 それによって辺り一帯を魔力波が襲う。
 一瞬は早く気付くことができたがそれをかわすことは叶わず、俺は吹き飛ばされてしまった。

「希君!」

「希!」

 高町とテスタロッサが叫びながら、吹き飛ばされた俺を受け止める。
 すでにリーゼ姉妹は戦線を離脱し、どこかへ行ってしまった。
 おそらく……

「希、大丈夫!」

 テスタロッサが心配そうに俺に聞いてきた。
 ……俺はお前達を殺そうとしたというのに。

「……平気だ、爆発の瞬間に後ろに飛んで威力を殺した」

 ダメージはゼロではないが。それでも動けなくなるほどではない。
 第一今は能力使って大量にアドレナリン出しているから痛みはほとんど感じない。

「なんでシールドを張らないんだ! それにバリアジャケットも! 死ぬ気か!」

 共に合流してきたユーノ・スクライアに治療をされながらも怒鳴られてしまった。
 それよりも、こいつまで俺の心配をしているなんて……

「仕方ないだろう。できないのだから。俺は魔導師じゃないからな」

「なっ! そんなバカなっ!」

 俺は隠す意味もなくなってしまったのであっさりと正体をばらす。
 高町たちは信じられないと固まっていたがあいにく今はそれどころではない。

「もう治療は十分だ。お前達はできるだけ周りに被害が出ないように闇の書を抑えることに専念してくれ。あれは後でなんとかする」

「待って! なんでそんなことが!」

 高町の制止を無視して無理やり離れる。
 彼女達は追いかけようとしたが

「っ!!」

 そこに闇の書による無数の魔力レーザーが降りかかった。
 無論俺にもそれは届いていたが、軌道はすでに読んでいたのであっさりとかわしながら彼女達との距離を広げていった。

「待って! 何をするつもりなの!」

「今だけ好きにやらせてくれ。終わったら全部教えてやるし、俺のことなら好きにしてくれてかまわないから」

 それと、償いも。
 そう呟いた俺は一直線にある場所へ向かう。
 そこには姿を消していたリーゼ姉妹がいた。背中にある人物を隠して。

「ギル・グレアム!!」

 俺は咆哮しながらそいつに向かって突進した。
 魔法で姿を消しているが確かにそいつはそこに居る。そいつの心の声がそこから聞こえる。
 今回の事件を引き起こした黒幕。
 はやてをこんな目に合わせることとなった元凶。

「貴様のせいで!!」

 リーゼ姉妹が主人を守ろうと俺に攻撃を仕掛けてきた。
 しかし、その攻撃は先ほどとは打って変わって鈍く、簡単に避けられ、さらには俺に横を抜けられてしまった。

「っ! どうした! アリア! ロッテ!」

 ギル・グレアムは不測の事態に思わず声を出してしまった。
 その方向目掛けて俺は飛び上がり、ひざ蹴りをかます。

「うっ!」

 ギル・グレアムはそれを避けることができず、やむなくシールドを張った。
 そのことで姿を消す魔法が解除され、奴は姿現わしてしまった。

「っ!! グレアム提督!!」

 その姿を見て、意識を取り戻したばかりの執務官とアースラクルーたちが驚きの声を上げる。
 正体がばれたことにギル・グレアムは一瞬苦悶の表情をしたが、すぐに俺に攻撃を仕掛けようと魔力弾を形成してきた。
 しかし、俺はすでに先ほどのシールドを足場にしてグレアムの上に飛び上がっていた。
 そのまま重力に任せて彼に踵落としを仕掛ける。

「なめるな小僧!」

 しかしこれもシールドで止められてしまう。そこに先ほどの魔力弾が飛んできた。
 やばい。
 俺は緊急回避のため、シールドにかけている足の力のベクトルを変え、横に飛び退いた。
 なんとか魔力弾をかわすことはできたがそのまま地面に落ちてしまった。
 グレアムとの距離が遠のく。その上二度も生身でシールドにぶつかってしまったため足のダメージが大きい。
 まずい。
 そこにリーゼアリアの攻撃が降り注いできた。

「邪魔をするな! それが……世界のためだ!」

 ギル・グレアムは苦渋に満ちた声でそう叫ぶと、呪文詠唱を始めた。
 はやてを闇の諸語と永久に封印するつもりだ。
 そんなことさせない!

「世界がどうした! そんなもののために俺たちを巻き込むな!」

 そんな俺の叫びに目もくれず、ギル・グレアムは詠唱を続けた。
 その横でリーゼアリアが闇の書の攻撃から主人を守り、リーゼロッテが俺に攻撃を仕掛けている。
 ロッテの攻撃を何とかかわすことはできているが上空に位置するグレアムへの攻撃手段を失っていた。
 高町たちもなんとか俺の加勢に来ようとしているが闇の書に阻まれて近寄れない。


 そうこうしている間に、詠唱が終わってしまう。
 最後に、俺の方を一度だけ見、辛そうな顔をしながらも

「闇の書よ! 永久の眠りにつけ!」

 そう叫んでギル・グレアムの封印魔法の詠唱が完了した。
 だが、俺はその瞬間を待っていた。

「リーゼ姉妹!」

「「はっ!」」

 俺の叫びに反応し、先ほどまでグレアムを守っていたアリアが闇の書を庇う様に前に出る。

「なっ!」

 そのことに驚き、魔法を放つのを一瞬躊躇している間に俺と戦っていたはずのロッテがグレアムの所まで飛び上がり、発動中の封印魔法に殴りかかった。

「にぃっ!」

 瞬間、耳をつんざくような破裂音が周囲に響き渡る。
 封印魔法は暴発し、周囲に冷気を振りまきながら三人まとめて凍結させてしまった。
 一番離れていたアリアは右半身を一番近かったロッテは全身を、そしてギル・グレアムは顔と右腕の一部を除いたすべてを。
 そんな彼らが飛行を続けられるわけもなく、三人は墜落してしまう。
 そこに俺は足を引きずりながら近づいていった。

「貴、様、何を、した」

 息も絶え絶えになりながらギル・グレアムは俺を睨みつけてくる。
 最後の応用能力。
 頭に触り、記憶を探り、情報を密に入れ込むことで脳をある程度自由に操ることができる。いわゆる洗脳だ。
 負荷はキツイがこの能力が最も効果が高く、そして最も非人道的だ。
 これを初めてリーゼ姉妹に触れたときに仕込んでおいた。俺に対して本気の攻撃ができないように。そして俺がリーゼ姉妹と叫んだときにギル・グレアムの邪魔をするように、と。
 無論、こんなことをバカ正直に話すつもりはない。

「貴様に教えるつもりはない」

 そう、吐き捨てるように言うと、俺はギル・グレアムの頭に手を置き、感情を流し込んだ。
 それも、先ほどのとは違う。徹底的に悪意と憎悪、嫉妬妬み嫉みなどの人の負の感情のみを煮詰めたものを送りつけた。

「っ!!!」

 その衝撃にギル・グレアムは苦悶の声すら出す事も出来ず痙攣し、そのまま昏倒してしまった。
 ……終わった。
 後ははやてを呼び戻すだけだ。


 俺は再び、闇の書と向き合った。






 はやてを呼び戻す。
 それにはまず、はやてに触れる必要がある。
 特に、頭ならば確実にはやてを呼び戻せる自信がある。
 しかし、それでもしばらくの間、触れ続けなければならない。
 それは今の状態では厳しいだろう。俺が触れている間、暴走した闇の書に呑みこまれてしまったはやてが大人しくしているはずもない。
 そんなことをしていたら、簡単に殺されてしまう。何せ俺の防御力は紙も同然なのだから。
 いや、それ以前に足を怪我した今の体の状態でははやてに触れることすら難しいだろう。
 だが、やるしかない。
 そのためだけに、俺は友人や家族を犠牲にしてきたのだから。




 暴走体は今、高町たち魔力保有者に狙いを定めて攻撃している。
 これはチャンスだ。今のうちに近づけるだけ近づいてやる。

「待て! 危険だ!」

 こちらに何とか飛んで来ていた執務官の制止を振り切り、俺は一直線にはやての元へと駆けていった。
 しかし暴走体はすぐさま俺に気付き、同時に大量の魔力弾を撃ち込んできた。
 魔力弾一つ一つの威力は低く、精密性も悪い。
 それでも、非魔導師の俺には十分すぎる威力を持っている。
 さらには精密性が悪いことも俺にとってはいいように働かない。
 相手の思考を読むことで通常より一足早く攻撃を避けれているというのに、これでは普通にかわしているのと大差がない。
 おかげで思う様に距離を縮められずに居た。

「くっ!」

 そもそも、スピードが違う。
 俺が苦労して詰めた距離も簡単に引き離されてしまう。
 その上相手は飛行をしているのだ。俺の届かない上空に逃げられてしまったら手も足も出ない。
 ……この状況はすでに詰んでしまっているといってもいいかもしれない。
 そんなネガティブな考えが頭をよぎり、疲れもあったせいで一瞬思考が鈍ってしまった。
 そこに容赦のない広域魔力波が襲ってくる。

「しまっ!」

 やばい! 反応が遅れた! 避け切れない!
 せめてもの抵抗で防御姿勢を取ったがこんなことは意味がないだろう、と頭の片隅で冷静な自分が言う。
 もう、終わりだ、と。






 しかし、その魔力波が俺に届くことはなかった。






 そいつは、ピンク色のレーザー砲によってかき消されたからだ。








「希! 大丈夫!」

 高町の砲撃によってできた道を使い、テスタロッサが俺の元までたどり着いた。
 そのまま俺を抱きかかえその場を離脱し、高町とスクライアの所まで運ぶ。

「ユーノ! お願い!」

「わかってる!」

 すぐにスクライアは俺に治癒魔法をかけ始めた。
 その間、高町と使い魔、執務官で暴走体からの攻撃を防ぐ。

「ユーノ君! 希君は平気なの!?」

「直撃はくらっていないから大丈夫なはずだけど……」

 戦いながらも高町は俺のことを気遣ってくる。テスタロッサも心配そうに俺を覗き込む。スクライアは必死で治癒魔法をかけてくれるし、使い魔もこちらに攻撃が来ない様に暴走体の注意をひきつけている。執務官だってまだ頭が重いはずなのに……なぜ……
 ……あぁ、そうか。

「ともかく、いったん安全な所に避難させないと……」

「……いや、まだだ。まだやることがある」

 その言葉にスクライアは睨みつけながら怒鳴り返してきた。

「何を言ってるんだ! そんなボロボロな体で!」

 そうだ。俺の体はもう騙しようがないくらいにボロボロだ。治癒魔法をかけたところで焼け石に水だろう。もう、一人で何かするのは不可能だ。
 だが

「確かにもう碌に動けないだろう。だから頼む。力を貸してくれ」

 俺にはまだ力になってくれる友人がいた。
 こんな異常者の俺を心配してくれる心やさしい友人が。
 愚かにも俺は、そんなことにすら気付いていなかった。
 自分の心を隠し、人の気持ちを無視して、ただ、ただ、たった一人で何とかしようとして……

「都合のいいことを言っているのは分かっている。だが……頼む。はやてを助けたいんだ」

 俺は初めて、友人たちに対して本心を吐露した。
 嘘いつわりのない、純粋な気持ちを。

「……何か、いい方法でもあるの?」

 テスタロッサが俺に真剣な表情で訊ねてくる。
 俺は即答した。

「ある」

「…………わかった。何をすればいい?」

 思い悩んだ末、テスタロッサは俺の願いを聞き入れてくれる気になったようだ。

「フェイト!」

 スクライアは驚いて反対しようとしたが、テスタロッサの意思は固かった。

「希はできないことを言う人じゃない。それに今のままじゃ誰も助からない」

「そう……だけど」

「それなら私は、希に賭ける」

「…………」

 スクライアは黙り込んでしまった。
 その間に俺はテスタロッサにやってもらいたいことを話す。

「テスタロッサ。俺をはやての元まで連れて行ってくれ」

「今のはやての元へ? でも、その後どうするの?」

 当然の疑問として、テスタロッサは訪ねてきた。
 ……言うしかない。

「触れることさえできれば今は闇の書の深部に居るはやての意識を浮かび上がらすことができる。その後、闇の書の意思を封じ込める」

「そんなことが?」

「できる。俺は『普通』ではないから。先ほどの戦いを見ていただろう? あれを応用すればできる」

「……わかった。信じるよ」

 そう言うとテスタロッサは再び飛ぶために準備を始める。
 攻撃を搔い潜るためにバリアジャケットもソニックフォームへ形態を変えた。

「……わかったよ。僕も協力する」

 スクライアも渋々ながら納得してくれた。
 俺が簡単に作戦を伝えると念話でそれを全員に伝え、いよいよ作戦は開始された。

「いくよ!」

 俺はテスタロッサに抱えられながら、暴走体のもとへ飛び立った。
 愚かな俺を信用してくれている心やさしき友人達のためにも、絶対にはやてを呼び戻してみせる。




「広域拡散魔法、2時の方向にまっすぐ進め」

「了解」

 現在、テスタロッサには攻撃を集中して受け止めてもらっている。
 その間にあることを他の皆にはやって欲しかったからだ。
 テスタロッサの負担は大きいが、その分俺が暴走体の動きを先読みして指示を出しているのでまだ被弾していない。

「爆散型固定魔法。7時の方向5メートル上昇後ストップ」

「了解」

 翻弄するように動き回る俺たちに暴走体もだんだんと痺れを切らしてきた。
 そしてついに大技を発動させる。
 空中に無数のスフィアが形成され、それに尋常じゃないほどの魔力が集中していく。

「これは!」

 テスタロッサの驚きも無理はない。
 無数のスフィア軍の一つ一つからスターライトブレーカーが発射されてきたのだから。
 それも、自分目掛けて。
 だが俺はこの時を待っていた。
 暴走体が大技を出してくる時を。

「高町! 今だ!」

 俺の合図を受け、高町たちは一斉に暴走体へバインドをかける。
 普通のバインドなら簡単に解かれてしまったかもしれないが今高町たちが掛けているのはテスタロッサが稼いでいる時間に皆で魔力を練り込んだ特別製のバインドだ。
 その上暴走体は大技を出したばかり。
 これならば少なくとも30秒近くは時間を稼げるはず。
 スターライトブレーカー群の対処は簡単だ。
 威力や数が多いところで、当たらなければ何の意味もない。その上この手の魔法はイメージをはっきりとさせなければ放つことができないので俺にとっては最も避けやすい部類に入るものだ。
 勝負を焦った暴走体の明らかな失敗だった。
 こうして俺とテスタロッサは攻撃を搔い潜り、暴走体の所までたどり着いた。

「希! お願い!」

 俺はテスタロッサから飛び降り、暴走体の頭に触れることに成功した。


 すぐさま、能力を使いはやての意識を探す。
 ……はやては今、夢を見ている。
 とてもとても、幸せな夢を。
 このまま、夢を見ていた方がいいのではないかと思うほど、はやては幸せそうだった。
 だが、だめだ。
 それはしょせん夢だ。
 そこの家族は本当の家族じゃない。
 そこの友人は本当の友人じゃない。
 はやてはそれでいいのかもしれない。
 でも、俺はそんなの嫌だ。
 単なる独りよがりなわがままかもしれない。
 それでも俺がはやてと一緒に居たい。
 そんな偽物ではなく、この俺が。
 だから、帰って来てくれ。
 はやて!!




 しかし、俺の説得は途中で終わりを告げることとなった。
 予想以上に早くバインドを引きちぎった暴走体によって吹き飛ばされてしまう。
 そこに、魔力砲が迫ってきた。
 空中で身動きが取れない。
 避けることは不可能だろう。
 高町たちがなにか叫んでいる。
 俺は……失敗してしまった。





 はやて…………




[25220] 第十四話
Name: kaka◆0519be8b ID:ee322f37
Date: 2011/08/16 00:44

【Sideはやて】

 夢を、夢を見ていた。
 夢の中の私は幸せやった。
 私は自分の足で歩くことができた。
 学校に通い、友達もたくさんいた。
 家に帰ればお父さんとお母さんが優しく出迎えてくれる。
 お母さんとは一緒にご飯を作った。お母さんは「上手よ」と褒めてくれる。
 それをお父さん一緒に食べる。お父さんは「はやてはいい嫁さんになるぞ」と褒めながらおいしそうに食べてくれる。
 友達とは一緒にいろいろなおしゃべりをした。
 たまにけんかもするけれど、すぐ仲直りしてまた笑いあう。
 そんな平凡で有り触れた、けれど私が得ることのできなかった、夢。
 夢だということは分かっていた。
 だけど、目を覚ましたくなかった。
 できることなら、このままずっと……






 声が、聞こえた気がした。
 必死に何かを訴えかけているような声が。
 私はその声を聞きたくなかった。
 その声を聞いてしまったら、私はこの幸せな夢から覚めてしまう。
 それが、何となくわかったからだ。
 だけど、どうしてもその声が気になってしまう。
 聞きたくないのに、耳を傾けてしまう。
 聞きたくない。
 でも、聞かずにはいられない。
 そんなジレンマを抱えたまま、必死になって耳を傾けている自分がいる。
 なんで、こんなに気になるの?
 聴きたくないはずなのに?
 そして、ついに私はその声をはっきりと聞いてしまった。

「君と一緒に居たい」

 と、訴える、希君の声を。






「この声は!?」

「ん、どうしたはやて?」

「何かあったの? 急に大声出して」

 夢の中のお父さんとお母さんが不思議そうに私に聞いてきた。
 まるで本当の両親のように。

「……お父さん、お母さん」

「ん? なんだ?」

 私は、二人に抱きつく。

「どうしたんだいきなり?」

「あらあら、甘えんぼさんね~」

 きっと私はここにいれば永遠に望み通りに幸せな暮らしができるだろう。
 父さん、母さん、お友達と暮らす、私が望んだとおりの幸せな日々を。
 だけど

「今までありがとう。でも、もういかな」

 私はこの夢から覚めなければいけない。
 いくらこのままがいいと思ってももう、時間が来てしまった。
 だって

「希君が呼んどるから。もう、夢の時間はおしまいや」

 そう言うと私は両親から離れ、笑顔で手を振った。

「さようなら。お父さん、お母さん」

 その瞬間、夢の世界は崩れ去っていく。
 風景がボロボロと零れおち、世界が闇に呑みこまれていった。その中で、両親がかすかに笑っていたような気がした。

「いってらっしゃい、はやて」

「私たちはいつでもお前のことを見守っているよ」

 そう呟く声が、確かに聞こえた。






 闇に呑みこまれた世界に、銀髪の綺麗なお姉さんがたたずんでいた。

「おねえちゃんはだれや?」

「私は闇の書を制御する管制人格です」

 そう言うとお姉さんは私にひざまづいて頭を垂れた。

「主よ、どうかもう一度眠ってください。そうすれば、あなたは夢の中で望み通りの暮らしができます」

 望み通りの暮らし。
 確かに、あの夢は私の望んだ世界の一つだった。
 けれど、

「いやや」

 もう、あそこには戻るつもりはない。
 だって

「希君が呼んどる。だから起きなあかんねん」

「希が……」

 すると彼女は急に悲しそうな顔をする。

「……私は騎士たちを通じて主たちの生活を見てきました。だから主や騎士たちがどれだけ希を大切に思っているのかは知っているつもりです。ですが……」

 そこで彼女は一旦言葉を切る。言葉を続けるのを辛そうにしている。

「今回ばかりは、どうすることもできません。私とて彼の願いを叶えてあげたいです。彼を巻き込んだりはしたくない。だけど……」

 その目には涙がたまっていた。

「それ以上に、主に辛い思いを味わって欲しくないんです。闇の書の暴走は止められない。直に貴方を喰らい尽してしまいます。だからせめて、最後くらいは幸せに……」

「それで、夢を」

「……はい」

 彼女はうつむいて、顔を隠した。
 彼女も悔しいのだろう。愛する者を守れない、そんな悲しみが彼女の言葉の一つ一つから滲み出ていた。

「……ありがとう。私のためを思ってくれて」

「主……」

 だけど

「だけど、それならなおのこと起きなあかんねん。私はもう、死ねんようになってんねん」

 希君と、約束したから。

「しかし……」

「しかしもなんもない。私はまだ死ねん。だからあきらめへん。諦めるわけにはいかんのや!」

 私は一呼吸置き、力強く彼女を見つめる。

「だからあんたもあきらめたらあかん! 主たる私があきらめへん限り、あきらめるんはゆるさへんで!」

「ですが私にはどうすることも……」

 彼女は困惑したように言う。

「だったらその力! 私に渡して! それでなんもかんも救って見せる! 希君も! シグナムも! ヴィータも! シャマルも! ザフィーラも! そして、あなたも!」

「……私、も」

 信じられないといった様子で、彼女は声を漏らした。

「そうや! あなたも私の家族や! 名前はリインフォース!」

「リイン……フォース」

「もう闇の書なんて言わせへん! 家族をそんなふうに呼ばせたりはせん! だから私が名付ける! あなたの名はリインフォース! 祝福のエール、リインフォース!」

「私に……名前まで……」

 リインフォースは大粒の涙を流す。

「それに……家族とまで」

 涙を流し続けるリインフォースの周りから、闇におおわれた世界に光が差し込んでいった。
 まるで長い夜が明けたかのように、ゆっくりと世界が光に覆われていく。
 世界に光が満ちると、リインフォースは目をこすり、涙を拭って力強く立ち上がった。

「分かりました。主があきらめない限り、私も運命にあらがい続けます」

「リインフォース」

 リインフォースの目には覚悟と決意が現れていた。

「ではまず、これを受け取ってください」

 そう言ってリインフォースは杖を出現させた。
 私がそれを手に取ると魔法の知識が頭に入り込んでくる。服装もいつの間にか騎士風のバリアジャケットとなり、背中からは黒い羽根が生えてきていた。

「次に私とユニゾンしてください。その後、暴走している闇の書の防御機能を切り離せば、ひとまず外に出ることができます」

「わかった」

 私はすぐに先ほど得た知識を利用してリインフォースとユニゾンした。
 そして、言われたとおりに機能と切り離そうとしてふと疑問がよぎる。

「でも、そないに大部分の機能を切り離して、リインは平気なん?」

「私は平気です。それよりも急いでください、主はやて。希が危ない」

 リインの言葉とともに、現在の外の様子が見えてくる。
 今まさに、私が落ちゆく希君に向かって魔力砲を撃とうとしていた。

「ッ!! リイン!」

「はい! 機能切り離し成功です!」

 その瞬間、世界が白い光に包まれ、私は再び外の世界に弾き出された。








【SideOut】

 迫りくる魔力砲を前に俺は眼を閉じた。
 終わった。
 はやてを助けることができなかった。
 友人たちに協力を得ておきながら……
 騎士たちまで犠牲にしたのに……
 このまま死んでしまうのか……
 約束、守れなかったなぁ……




 しかしおかしい。
 いつまでたっても攻撃が当たらないじゃないか。
 もうとっくに死んでいてもおかしくないのに。
 死の直前は時間が圧縮されるというがこれがそうなんだろうか?
 それとも、気付かないうちに死んでしまったのか?
 そう思って目を開けるとあり得ない光景が目の前に広がっていた。


 俺を球状の魔力障壁が守っている。
 その魔力光はここに居る誰のものとも違う。
 その魔法を展開させているのは……




「はや、て?」

 はやてが、暴走体から分離している。
 俺を、守っている。


 俺は目を疑った。
 死の直前になって、夢でも見ているのではないかとも思った。
 しかし、体の痛みがこれは現実だと物語っている。
 騎士風のバリアジャケットに身を包み、髪と目の色も変わっているがそこに居るのは紛れもなくはやてだった。

「はやてぇ!!」

 俺が叫ぶと、完全に暴走体から分離したはやてが飛びついてきた。

「希君!!」

 はやては俺に抱きついて、涙声を漏らす。

「何やっとんねん。こないに、ボロボロになって……」

 はやてが、生きてる? 本当にはやてが、生きている?
 俺は確認するようにはやてを抱き返した。
 そのぬくもりが、俺の心を癒していく。

「は、や、てぇ……」

 本物だ。まぎれもなく、はやては生きている。
 はやては、助かったのだ。

「よかっ、た、本当に、良かった。もうだめかと、本当にもうだめかと思った。」

 俺の目からボロボロと涙が流れ落ちていく。

「うん、大丈夫。私はちゃんと生きとるよ」

 はやては俺をあやす様に背中をポンポンと叩く。
 だけど……
 俺ははやてから体を離した。

「希君?」

「……ごめん」

 そうだ、もう、俺ははやてに接してもらう資格なんかないんだ。
 だって

「……俺は、騎士たちを犠牲にした。はやての、大切な家族なのに……俺のわがままで……」

 そうだ、許されることじゃない。
 はやてに嫌われても、仕方がないことなんだ。

「……辛かったんやね」

「……そう感じる資格すら、俺にはない」

 だがはやてはそんな俺にも、まだ優しくしてくれる。
 なぜ……

「……自分が許せへんのか。なら」

 はやては杖を振るった。
 すると

「みんなに許してもらえばええ」

 そこに、バリアジャケットを纏い、ひざまづいた闇の書の守護騎士、ヴォルケンリッターが復活した。
 俺は信じられないような物を見るような眼で、その様子を眺めていた。
 ……シグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラ……

「希……」

 シグナムが立ち上がり、口を開く。

「ありがとう。よく頑張った」

 そんなこと……

「シグナム……俺は……お前達を……」

「いいんだ、お前の気持ちはみんな分かっている」

 騎士たちを見渡すと、皆が頷いている。

「あたし達に何の相談もなかったのはあれだけどよ。まぁ、それも許してやるよ」

「希君が頑張ったおかげではやてちゃんが助かったんですもの。本当にありがとう」

「そんな顔するな。お前の判断なら、私たちはそれに従うさ」

「みん、な……」

 声が震える。
 感情が、あふれ出るのが止められない。

「誰もお前を恨んでなどいない。なぜなら」

「「「「希(君)は私たちにとって大切な家族だから」」」」

 騎士たちはそう、優しく笑いかけながら俺に言った。
 こんなことをしてしまった俺に向かって、『家族』だと……

「みんな、希君を許してくれとる。だからもう、我慢する必要なんかない」

 そう言ってはやては再び俺を抱き寄せた。
 それに重なる様に、騎士たちも抱きついてくる。

「なんもかんも一人で背負わんでええねん。辛いときは、私たちが支えてあげるから」

「はやて、みんな……」

 もう、限界だった。
 そのまま俺は生まれて初めて感情のままに泣きだしてしまった。


 子どもの様に、ワンワンと。








「はやてちゃん、希君」

 俺が泣きやむのを待って、降りてきた高町たちが声をかけてきた。

「なのはちゃん、フェイトちゃん」

 はやてがそれに受け答える。

「ごめんなさい。色々迷惑かけて」

「ううん、いいの。それよりも、はやてちゃんが無事でよかった」

 高町たちは安心したように胸をなでおろしている。

「これで、終わったんだね」

 テスタロッサもホッとしているようだ。
 しかし

「いいえ、まだ終わっていません」

 リインフォースがそれを遮る。

「だ、誰?」

 事情を知らない高町たちが驚いている。
 俺はすでに能力でこいつの存在を確認済みだ。

「この子はリインフォース。夜天の書の管制人格や。今は私とユニゾンしとる」

「そうか、ユニゾンデバイスか!」

「? ユニゾンデバイスって?」

 スクライアが納得してように手を叩いた。
 意味がわかっていないのは高町だけのようだ。
 それをテスタロッサが説明している。

「そんなことより、まだ終わっていないとはどういうことだ?」

 そんな二人を無視して、執務官が怪訝そうに聞いてきた。

「まだ、暴走した闇の書の防衛プログラムは生きています。差し詰め闇の書の闇といったところでしょうか。それを破壊しなければ、この次元世界は壊されてしまいます」

「闇の書の闇……」

 すると辺りに突然轟音が鳴り響く。

「なんだ!」

 皆が慌てて音のした方を見てみると、スキュラの様な姿をした怪物が沖合いに出現していた。

「あれが、闇の書の闇……」

 魔導師の皆はその姿と魔力量を感じてを見て慄いている。
 そして俺も別の意味で顔をしかめていた。
 こいつは…………酷い声だ。
 歴代の闇の書の主の欲望や悪意が凝縮しているような、酷い声。
 今までいろいろな声を聞いてきたがここまでひどいのは初めてかもしれない。
 しかも……

「しかし、どうする? あれも再生機能があるようだし、生半可な攻撃では完全破壊できるとは思えない」

「アルカンシェルは?」

「それではこの世界に重大なダメージを残してしまう」

 リインフォースの進言もあり、どうやって闇の書の闇を破壊するかの方向で、議論は進んでいった。
 しかし……あいつは……

「そうだ! 何もここでアルカンシェルを打たなければいいんだ! 地球にダメージがないように。例えば……軌道上に転送して!」

 俺が考えをめぐらしている間に、話がとんとん拍子に進んでいく。
 だが……

「しかしユーノ、そんなことができるのか?」

「うん! 僕一人じゃ無理でも、アルフやシャマルさんの力を借りれば……」

 やはり……ダメだ。

「もちろん手伝います!」

「私だってやるさ!」

 だがどうする? あれでいけるか?

「ありがとう、でもこのままではさすがにきついからせめてもう少し小さくしてもらいたいんだけど」

「わかった。そっちは任せろ。僕達でダメージを与えて、なるべく小さくする」

 いけないことはないだろう。むしろ、当初の予定よりは成功の確率が高い。
 問題は俺が耐えきれるかどうかだ。

「任せてユーノ君!」

「私達も手伝うで。こうなってもうたんも私たちの責任やし……」

「無論、我々も」

 だが、このままでははやてを悲しませる結果になってしまう。

「決まりだな、母さん!」

「えぇ、わかってるわ。今、エネルギーを充電してる。あと五分ほどで完了するわ。座標も、この位置に転送してくれるかしら?」

「わかりました」

 そんなことは許容できない。

「待て」

 俺は出撃しようとした全員を止めた。

「なんだ?」

 執務官が怪訝な顔をして聞いてきた。
 他の皆も俺に注目している。

「俺はあれを壊すことに反対だ。アルカンシェルも用意する必要はない」

「なんだと?」

 執務官はわけがわからないといった様子だった。
 いまさら俺が敵対する理由もないだろうと思っているようだ。
 俺は執務官の疑問に答えることなく、はやての方を見た。

「リインフォース、お前を死なせるわけにはいかない。そんなことは、はやても望んでいない」

「「「「えっ!」」」」

 驚く皆を尻目に俺ははやての方を睨む。
 いや、正確にははやての中のリインフォースをだが。

「……なんのことですか?」

「とぼけるな。リインフォース、お前は防衛プログラムだけでなく再生機能も一緒に切り離しているのだろう。そんな多くの機能をなくして、長く生きられるはずもない。せめて再生プログラムが残っていれば話は別なんだろうが、このままでは一週間も持たず消えてしまうのは自分で分かっているのだろう」

「それは……」

「……ほんまなん、リイン?」

 はやての問いかけにリインフォースは悲しげに答える。

「……申し訳ありません、主。どうしようもないことなんです。切り離さなくては主は戻ってこれなかった。それにまた取り入れたりしたら、私たちも暴走してしまう。かといってあれを治すことはできません。このまま放置もできない。壊すしかないんです」

「でも、でも! リインが!」

「大丈夫です。騎士プログラムもすでに切り離してありますから、私がいなくなっても騎士たちは残ります。それで、きっと元の生活を取り戻すことができますから」

「リイン……」

 それを聞いたはやては涙を流した。

「……いやや。私は嫌や。せっかく家族になれたのに、またすぐにお別れせなあかんのなんて」

「主……」

「私が! 助けるってゆうたやん! リインフォース! あなたも!」

「……ありがとうございます。こんな私を、家族だと言ってくれて。私は、それだけでもう十分に幸せですから」

「いやや、いややよ、リインフォース」

 皆が押し黙ってしまった。はやてのすすり泣く声以外に口を開くものはいない。
 ……はやて

「……執務官、やはりアルカンシェルは中止だ。やるというのなら、俺は再びお前らの敵となる」

 ここまで来てはやてが悲しむ様な結末を迎える気はない。

「……お前の気持ちもわかるが、しかし」

 執務官も躊躇ってはいる。しかし、他に方法がない以上どうすることもできないと思っているようだった。
 だが、方法はある。
 俺には、そのために授かったものがある。

「中止だ。その代わりに、俺が決着を付ける」

「なに? どうするつもりだ?」

「能力を使って闇の書の闇を正常な状態に戻す」

「のうりょく?」

 執務官は怪訝な表情をしていたがそれを無視して俺ははやてに近寄る。
 そして指で涙を拭いながら優しく言った。

「はやて、大丈夫だ。リインフォースは死なせない。俺がなんとかしてみせるから」

 はやてが悲しむ結果を避けることができるのなら、俺は喜んでこの力をさらけ出そう。

「希君……」

「希…」

 しかしリインは受け入れない。

「それは無理なんです。プログラムを書き換えることはできない。破壊するしかない」

「それは魔法を使った場合だろう。だが、俺の力は魔法じゃない」

「魔法じゃ……ない?」

 リインは不思議そうに聞いてきた。

「あの暴走体の心は歴代の主の欲望と悪意によって滅茶苦茶な状態だ。だから暴走してしまう。怖くて、憎くて、悲しくて。正直、聞くに堪えない。だが、その心を落ち着かせることができれば」

「暴走が……止まるかもしれない」

 リインは今まで考えてもみなかったアプローチ方法に一縷の希望を見つけた。

「俺にはそれができる。はやてにも、騎士たちにも、両親にも黙っていたが、そういうことができる能力を俺は持っている。だから」

 俺は一旦言葉を切り、皆を見た。

「俺を信じて力を貸してくれ。はやての悲しむ顔なんか見たくない。それに俺も、家族の命を守りたいんだ」

 そう言って俺は頭を下げた。
 すると

「私は、希君を信じとる。それにリインも助けたい。だから、私からもお願いします。どうか力を貸してください」

「希はこんな時に嘘つく奴じゃねぇ! だからあたしからも頼む!」

「頼む。虫のいい話かもしれないが手を貸してくれ」

「お願い。私達もリインを助けたいの」

「……頼む」

 俺に続いて、はやてと騎士たちも頭を下げた。

「クロノ君……」

「クロノ……」

 高町とテスタロッサも執務官にお願いの視線を向ける。
 すると執務官も

「管理局員としてはこんな危険な賭けに出るのはよくないんだが……」

 と、前置きをしてから

「僕個人の意見では試してみる価値はあると思う。僕だって、誰かを犠牲にしたうえでの勝利は後味が悪いからね。艦長」

「えぇ、試してみる価値はあるかもしれないわ。ただし、失敗した時のためにアルカンシェルに用意だけはしておきます。一ノ瀬君、それでいいかしら?」

「十分です。ありがとう、みんな」

 よし、皆の協力を得ることができた。後は行動するだけだ。
 俺は全員に作戦の概要を説明しはじめた。






「まずは、シャマル。頼む」

「えぇ。我、風の癒し手、湖の騎士シャマル。静かなる風よ、癒しの恵みを運んで」

 シャマルの掛け声とともに、辺りに明るい緑色の魔力光が広がる。すると戦闘で傷ついた高町たちのダメージがみるみる回復していった。

「すごい、傷が治ってる」

「それだけじゃなくて体力も……」

「お前達とはやてはそのまま最大魔法の準備を。ヴィータ、シグナムは結界の破壊を頼む」

「まかせろ!」

「引き受けた。烈火の将の名にかけて、必ず破壊してみせる」

 二人は胸を叩いて、力強く請け負った。

「信頼してるさ。シャマルと執務官は結界破壊後、逃げられないよう奴を取り押さえてくれ」

「わかったわ」

「了解だ」

 シャマルと執務官の同意を得、次の指示を出そうとしたところに

「待て」

 と、唐突な抑止の声が俺の話を遮った。
 見てみれば、声の主は意識を取り戻したギル・グレアムだった。

「……なんだ?」

 俺は奴に冷ややかな視線を投げかける。
 だが奴は俺の方を見ようとはしなかった。

「……これを使え、クロノ。あれには闇の書用の封印魔法が入っている。かなりの足止めができるはずだ」

「よろしいのですか? グレアム艦長」

 執務官は驚きとともにグレアムに聞き返した。

「いいんだ。私とて犠牲がない方法があればそちらの方がいいに決まっている。こんなことで私の罪が消えるはずもないが……協力させて欲しい」

 そこでようやくグレアムは俺とはやての方に目を向けた。
 その目には後悔の色がありありと映っていた。
 ふんっ、罪悪感、か。

「それを使うのなら取り押さえる役は執務官一人に任せよう」

「一ノ瀬……わかった、まかせてくれ」

 執務官はデュランダルを手に取る。
 無論、こんな程度で奴を許すつもりもないが使えるものは使う。
 むしろ、これからの方が奴にはいろいろとやってもらうつもりだ。でなければ、わざわざ生かしておかない。

「ザフィーラ、使い魔アルフ、ユーノ・スクライアの三人は闇の書の闇の攻撃から皆を守ってくれ」

「心得た」

「わかった。がんばるよ」

「任せな! フェイト達には指一本触れさせないからさ!」

 三名とも反応は違うもののやる気に満ちた表情をしていた。

「シャマルは合図したら俺を奴の元へ転送してくれ」

「えぇ、わかったわ。でも希君、無茶はしないでね」

「分かっている。行くぞ、そろそろ奴も動き出す」

「「「「「おう!」」」」」

 皆は掛け声と共に俺とシャマルを残して飛び立った。




 闇の書の闇の近くまで飛ぶと高町、テスタロッサ、はやての三人は魔力をため、執務官は先ほどグレアムが使おうとした凍結魔法と同じ魔法の詠唱を始めた。
 その四人と闇の書の闇の間に入る様に、ヴィータが奴に向かって突撃する。

「紅の鉄騎! 鉄槌の騎士ヴィータ! あたしに砕けぬものはねぇ!」

 ヴィータは叫びと共にカートリッジをロードする。
 そしてグラーフアイゼンをジャイアントフォルムに変化させた。

「轟天爆砕! ギガントクシュラーク!!」

 そのまま振りかぶり、闇の書の闇の防御結界にアイゼンを叩きこんだ。
 轟音と共に闇の書の闇を守る4枚の防御結界の家の二枚がたたき壊される。
 間髪いれずに

「烈火の将! 剣の騎士シグナム! 主はやてと家族のため! 貴様を討つ!」

 同じくカートリッジをロードしたシグナムがレヴァンティンをボ-ゲンフォルムに変化させた。

「翔けよ、隼! シュツルムファルケン!!」

 気合と共に放たれた炎を纏った矢が防御結界の残り二枚を爆散させる。
 これで闇の書の闇を守る結界はもうない。
 すると危険を察知した闇の書の闇が彼女たちに向かって魔力弾を放ってきた。

「我は蒼き狼、盾の守護獣ザフィーラ。わが誇りにかけて、貴様の攻撃はすべて受け切って見せる!」

「あんたの攻撃なんて屁でもないね! 通せるもんなら通してみな!」

「クロノ! お願い!」

 それをザフィーラ、使い魔アルフ、ユーノ・スクライアが完全に防ぎきった。
 続いて執務官がスクライアの掛け声とともに完成した封印魔法を放つ。

「悠久なる凍土 凍てつく棺のうちにて 永遠の眠りを与えよ 凍てつけ! エターナルコフィン!」

 詠唱を終えた魔力弾が防御結界を失くした闇の書の闇とぶつかる。
 先ほどのギル・グレアムと同じ魔法だが、執務官の放った物の威力はすさまじく、氷が一気に全身に広がり、ついには辺り一面が氷におおわれてしまった。
 闇の書の闇の動きも完全に止まる。
 とどめとばかりにはやてたちも魔法を放つ。

「全力全開! スターライト」

「雷光一閃! プラズマザンバー」

「響け! 終焉の笛! ラグナロク」

「「「ブレイカー!!!」」」

 三名の極大魔法が動けなくなった闇の書の闇目掛けて降り注いだ。
 その瞬間、闇の書の闇は三食の光に呑まてしまった。
 爆音とともに辺りに氷の破片が舞い散る。
 それが晴れると、先ほどまでの闇の書の闇の姿はなくなっていた。
 そこにはどす黒い小さな固まりが放り出されていた。
 あれが闇の書の闇の核だ。

「シャマル!」

「えぇ! 開け! 旅の扉!」

 シャマルの転送魔法で俺は闇の書の闇の核の元へと飛ばされた。
 すぐさま俺は核を掴むと応用能力③を発動させた。
 瞬間、闇の書の闇の中にため込まれた悪意、欲望、憎悪が俺に流れ込んでくる。
 それは今まで感じたことがないほど、汚く、醜く、おぞましい物だった。
 能力をフル回転させ一つ一つそれを整理する。
 これは……予想していたものとはいえキツイ。
 頭が割れる。気分が悪い。吐きそうだ。脳が……焼き切れる。
 闇の書が抱える闇は、やはり俺一人で支え切れるものではなかったのだろうか?
 あそこまで大見得切っておいて……このままでは……
 崩れ落ち、思わず手が離れそうになる。
 しかし

「希君!!」

 はやての声が聞こえた。
 それだけで、気力がわいてくる。
 はやての応援があるのなら、俺はなんだってできる。
 そうだ、はやてだ。
 今ははやてがいる。
 はやてはもう、助かった。
 後はこれさえ成し遂げれば、もう完全にはやての笑顔を陰らすものはなくなるんだ。
 俺は再び力を入れ、闇の書の闇に向かいあう。
 闇の書の闇の混濁した意識の中で、俺は確かに声を聞いた。
 苦しい、と。
 助けてほしい、と訴える声を。


「おおぉーーーー!!」

 気合とともに、一気に闇の書の闇の中の感情を整理する。
 同時に一気に闇の書の負の感情も入り込んできたが、今ははやての声が聞こえるんだ。
 そんなものに負けてはいられない。




 闇の書の闇は泣いていた。
 彼女にも、騎士たちやリインフォースの様に人格は有ったのだ。
 それが、多くの人間の欲望の捌け口にされ、望んでもいないことを強いられ、絶望され、憎まれて……
 歪まされてしまった。
 当然だ。こんな量の負の感情、一人で背負い切れるはずもない。
 だが、彼女は騎士やリインフォースを守るために、この感情を一人で受け続けてしまった。
 その結果が、暴走。
 なるほど、こいつもまた、みんなのことを思っていてくれたのだな。
 俺は整理が終わった彼女の心から、彼女が処理しきれない分の悪意を取り除き、代わりにはやてと騎士たちとの生活の中で得られた温かい感情を流し込んでいく。
 もう大丈夫だよと諭すように。
 だって君の主ははやてなのだから。


 するとどす黒かった核が白く光りはじめた。
 その光に、俺も包まれる。

「希君!!」

 それを見たはやてたちが一斉に俺目掛けて飛んできた。
 光が収まると、俺はそこから落下しはじめてしまう。
 俺、飛べないんだよなぁ……このまま落ちたら死ぬな。
 しかし、海にたたきつけられる寸前、空中で俺ははやてに受けとめられた。

「希君、大丈夫か! しっかりしてや!」

 はやてはぐったりとした俺を受け止めたまま、心配そうに声をかける。

「は、やて。やったぞ、成功、した。こ、れで、リインフォースは、助かる」

 そう言って俺は掴んでいたものをはやてに見せた。
 俺の手の中には小さなリインフォースが眠っていた。
 先ほどの闇の書の闇が変化したものだ。

「そう、だ。この子、も、家族として、迎え入れ、て、くれ。リイン、フォースの、片割れだから、名は、リインフォースⅡと、言ったところ、か」

「うん、……うん。わかった。ありがとう、希君」

「……ありがとう、希」

 リインがお礼を言い、はやては俺を抱きしめ涙を流して喜んでいる。
 あぁ、よかった。
 頑張った甲斐があったというものだ。

「「「「希(君)!!」」」」

 騎士たちと高町たちも心配そうに俺に声をかけてきた。
 俺の様子を見たシャマルがすぐに治癒魔法をかけてくる。
 だが、あまり効果がないな、これは。頭は相変わらずがんがんしてすごく痛いし、気分の悪さも拭えない。
 今にも意識を失いそうだ。

「シグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラ、リインフォース。後を頼む」

「希! しっかりしろ!」

 なんだ、シグナム。そんな顔して。せっかくはやてとリインフォースが助かったんだから、もう少し喜べばいいのに。

「希!」

「希君!」

「希!」

「希!」

 ヴィータも、シャマルも、ザフィーラも、リインフォースもみんなして……
 俺は今、凄く眠いんだ。
「希君!!」

 ……はやて、大丈夫だよ。ちょっと眠るだけだから。
 はやてが、家族が悲しむから、死んだりしちゃいけないってことはもう、分かったから。

「少し、寝る」

 とりあえずこれで今やるべきことはすべて終わった。
 はやての命は助かる。
 俺はゆっくりと目を閉じた。
 みんながまだ何か叫んでいるような気がするが、もう聞くことができない。
 俺はそのまま意識を失った。





[25220] 第十五話
Name: kaka◆0519be8b ID:ee322f37
Date: 2011/08/16 00:45
 目を覚ますと、俺は知らないベッドで寝かされていた。
 起きぬけで思考が回っていなかったのでぼんやりとなんでこんなところに居るのかを考えてみると、すぐに気絶する前のことを思い出した。
 同時に、頭がズキズキと痛みだす。それどころか体全体に針で突き刺された痛みが襲ってきた。
 ……思ったより意識が保てているな。全身の痛みはひどいがこれくらいは仕方がないか。まぁ、能力の乱用に肉体の限界排除とかなり無茶をしたからな。
 俺は痛みを我慢しながら周りを目だけで探る。
 どうやら、病院の個室に入れられているようだ。
 怪我の具合は詳しく聞かなければわからないがそれでも気絶をしていたのだから当然と言えば当然か。怪我人をそのまま牢獄に入れるほど非道な真似をするような連中ではないようだったし。
 とはいえ、さすがに監視の一人も付けないなんて不用心すぎないか?
 まぁ、そんなことはどうでもいいか。
 それより、はやてと騎士たちがどこに居るのかが問題だ。
 場合によってはまた管理局と一戦交えなくてはならなくなる。
 例え、今のコンディションでもだ。
 そんなことを考えつつ体の調子を確認していると、不意に扉の開く音がした。
 体が動かせない上に能力も使えないから誰が来たのか確認できない。
 足音から何人かいるのは分かるが。
 ……管理局員か?
 そう思ったので俺はすぐに目を閉じ寝た振りを始めた。
 うまくいけばこのまま何か情報を引き出せるかもしれない。
 するとその中の一人が寝ている俺の横で止まった。
 視線を感じるのでどうやら顔色を見ているようだ。
 その人はしばらく俺の顔を眺めてからため息をひとつついて、そっと俺の頬に手をやった。
 その、優しい手つきには覚えがあった。
 俺が驚いて目を開けると

「はや、て?」

 そこには、慈しむ様な表情で俺を見るはやてがいた。
 その顔が俺の目を見ると驚きに、声を聞いて泣き顔に代わっていく。
 周りを見ればそこにはシグナムにヴィータ、シャマル、ザフィーラ更にリインフォースにツヴァイと家族が勢揃いしていた。
 なぜだ?
 俺は疑問を口にしようとしたがその前にはやてが覆いかぶさってきた。

「希君! よかった! よかったよ~!」

 そのままワンワンと泣き出してしまった。
 それにつられてヴィータにシャマル、ツヴァイまでもがよかったと言いながら涙を流し出した。
 シグナム、ザフィーラ、リインフォースは目頭を押さえて安堵の声を上げている。
 皆がそんなに心配になるほど俺は眠っていたのだろうか?
 ……正直、はやてに抱きつかれてことで体中が悲鳴を上げている。
 しかし、そんなことはどうでもいいか。
 はやてが抱きついて来てくれているのだ。
 また、はやてが俺を心配してくれているのだ。
 こんなに嬉しいことはない。
 それだけで、俺は満足だ。
 俺は痛みを無視して手を動かし、優しくはやての頭をなでる。
 そして一言、こう言った。

「ただいま、はやて」








「……一週間、そんなに眠っていたのか」

 落ち着いたはやてたちに事情を聞いてさすがに驚いた。
 いやはや、そこまで眠り続けているとは。
 能力をここまで使ったのが原因なのかそれとも体の酷使が原因なのか。
 いや、両方かな?
 なんにしても

「すまなかったな。心配をかけてしまって」

 まだ能力が使えないから寝ている間何があったか分からないが、この反応からしてかなりの心労を背負わせてしまっていたのだろう。
 あの時は後のことなど考えている余裕などなかったからな。

「もう、大丈夫だ」

 せめて安心してもらえるようにこう言って起き上がろうとすると

「何が大丈夫だバカ、まだ全然体動かせねーじゃねーか」

「せや、もっと安静にしとらなあかんやろ」

 はやてとヴィータに怒られてしまった。
 シャマルとツヴァイは俺が起き上がれないよう押さえつけてくるし。
 ……そうだな。今くらいは素直になるか。

「悪かった。実はまだ体が辛い」

「……平気なん?」

 はやてが心配そうに俺の体を気遣ってきた。
 他のみんなも心配そうに見つめてくる。

「あぁ、はやてたちが来る前に確認してみたが動かないところはなかった。後でちゃんと精密検査を受けてみなければ確認はできないがおそらくただの疲労だろう。傷はシャマルの魔法で大体治っているからな」

「疲労……か」

 シグナムは俺の話を聞くと少し考え込んでしまった。

「どうしたのですか? シグナム」

「いや、そうだな」

 その態度を不審がったリインフォースが聞くと、彼女は若干言葉を濁してから意を決したように俺に向き合ってきた。

「希、話してくれないだろうか? 私達が知らない、お前のことを」

 その言葉に、はやてたちはハッと固まってしまう。
 当然、気にはなっていたのだろう。

「すまない。お前にとっては辛い話なのかもしれん。主どころかあのご両親にも話したことがないというのだから」

 シグナムの顔は真剣で、相応の覚悟を持っていた。

「しかし、それでも私はお前のことが知りたい。我々はお前のことを知らなすぎた。いや、日々の暮らしの中で、勝手に知っている気になっていたようだ。だがそのせいで今回、我々はお前に辛い選択をさせてしまった。私はもう二度と、同じ過ちを犯したくない。だから」

 頼む、とシグナムは頭を下げる。
 それを見てはやても

「……私も知りたい。希君のことを」

 と、小さくつぶやいた。
 ……そうか。
 ついに、話す時が来てしまったか。
 まぁ、こんな状況になって話さないというのも無理だしな。
 それに

「……わかった、全部話す」

 もう、家族達に隠し事をしているのは嫌だから。




「シャマル、起こしてくれないか? このままで話すのは、少し辛い」

「えぇ、わかったわ」

 シャマルはそう言って俺をやさしくゆっくりと起き上がらしてくれた。

「リインフォース、扉に鍵をかけて誰も入れない様にしてくれ。あまり、多くの人に聞かれたくはないから」

「わかりました」

 リインフォースがカギを閉めたのを確認すると、俺は大きく息を吸う。
 どうやら、緊張しているようだ。
 だれにも話すつもりはなかったからな。
 皆の反応を考えると、少し怖い。
 そんな様子を察して、はやては俺の手をギュッと握ってきた。
 ……そうだな、はやてたちを信じよう。
 俺は皆を一度見渡してから、意を決して話し始めた。

「俺には一つの能力がある。このことは敬愛する両親も知らない。無論、お前達にも言った事がなかった。俺には……人の心の声が聞こえる」

 皆の表情が驚愕に変わった。
 それでも、声をあげずに俺の話を聞き続ける。

「効果範囲は半径5㎞ほど。しかも、その範囲内に居れば千人だろうと一万人だろうと全ての人物の声を聞き分け、同時に理解できる。聖徳太子もびっくりだろう?」

 冗談めかした俺の投げかけに答えを返す者はなかった。
 それでも、俺の説明は続く。

「幼いころはこの能力の制御ができず、常に人の心をダイレクトに受けとめていた。無論、広範囲の物だからその中には強い恨みや憎しみなどの負の感情もあった。それすらも勝手に受けとめてしまっていた」

「希……」

 ツヴァイが辛そうに俺の名を呼ぶ。その目には涙がにじんでいた。
 ……こいつも同じように人の負の感情を受け止めてきたんだったな。その辛さはわかるか。

「大丈夫。俺には敬愛すべき両親がいたからな。二人が本当に大切に、深い愛情を持って接してくれていたから、負の感情なんかに負けないですんだよ」

 そう言って俺はツヴァイに向けてほほ笑んだ。
 ツヴァイの目にはまだ涙がにじんでいたがコクコクと頷いてくれた。
 それを確認して、俺は話を続けた。

「それでも、無遠慮にぶつかってくる呪詛の声というものは聞いていていい気分はしない。だから俺は物心ついたころになるとこの能力を制御する訓練を始めた。その甲斐あってかすぐに能力の制御はできるようになったのだが。その過程でさらに能力が進化してできることが増えてしまった」

 予想以上の秘密に皆声が出ない。
 俺はその中で淡々と説明をする。

「ひとつ、相手に触れることでそいつの記憶も探れるようになった。触れる場所はどこでもいい。所要時間はそいつの人生経験によって変わってくるが大体の場合一瞬で済む」

「……その力で、闇の書の真実にたどりついたのですか?」

 やっとのことで驚きから立ち直ってきたリインフォースが聞いてきた。

「あぁ、そうだ。リーゼ姉妹の記憶を探り、真実を知った」

「……そう、ですか」

 それはすなわち、過去の自分の悪行を知られてしまったということだった。
 なので、リインフォースは少しうつむいてしまう。

「お前の本意でやったことじゃないことくらいわかっている。それにあんなこと程度で俺はお前を拒絶したりはしないさ、リインフォース」

「……ありがとうございます、希」

 リインフォースはお礼を言ってから顔をあげた。
 俺の説明はまだ続く。

「ふたつ、相手に情報を強制的に送り込むことができる。こちらも送る情報量によって所要時間は多少の変化はするが、発動条件はひとつ目と同じだ。ただ、こちらの方が負荷が大きいのか日にそう何度も使えるものではない。せいぜい5~6回ほど使うと頭が痛くなる」

「それはもしや我々にやったものか?」

 今度の質問はザフィーラだ。
 皆も驚き、固まってしまった状況から立ち直ったようだ。

「そうだ。お前とシャマルに喰らわせたものだ。処理限界を超えるほどの情報を一気にたたきこむことで相手の脳をシャットダウンさせてしまう。すまなかった」

「ううん、平気よ。話を続けてちょうだい」

 俺が二人に頭を下げようとすると、すぐさまシャマルに止められてしまった。
 ここで話を止めてしまうのも確かに良くないので俺はまた話を進めた。

「最後に、これは俺の能力の中で最も強力で、最も危ない力だ。俺は相手の頭に触れることでそいつの記憶情報をある程度自由に操ることができる。要は洗脳だ」

「! そんなことまで」

 今まで黙って聞いていたシグナムもこれには驚きの声をあげてしまう。

「あぁ。ただ、この力は使い勝手が悪い。触れる場所は頭と限定しなければならないし、完了するまで時間がかかる。その後、反動でしばらく能力はすべて使えなくなる上に頭痛などの体調悪化の症状が出る」

「じゃあ、もしかして前に熱で倒れた時も」

 ヴィータが思いだしたように聞いてきた。

「能力を使った。リーゼ姉妹の洗脳のために」

 沈黙が流れる。
 皆、この話は少なからずショックだったようだ。
 当然だろう。

「これがお前達に秘密にしていたこと、本当の俺だ。だがな、勘違いして欲しくない。俺はこの能力のことで悩んだことなんか、ただの一度もなかった。」

 だが、一度話しだしてしまった俺は言葉を止められず、独白はどんどん続いて行った。

「人の悪意だってそうだ。あれは別にウザったいと思うだけで、特に実害があったわけではない。そんな程度、無視できる。そう、俺はどんな悲痛な叫びも苦しみも助けを呼ぶ声も、軽く流してきた。そうして、この能力の利便性のみに重きを置いていた」

 まるで、罪の告白のようだ。

「シグナム達と初めて出会った時もそうだ。俺はあの時能力を使っていた。だから、俺はあの時、お前達の中にあった闇の書の騎士であることの辛さもわかっていた。それを知った上で、俺はお前達をどう排除しようかと考えていた。結果的にそれは辞めたが、それだってただはやてが嫌がったからというだけの理由だ。同情したからというわけではない。今回のギル・グレアムについてだってそうだ。奴も心情だけで言ったら相当な苦悩の末にこんなことをしていた。はやてごと闇の書を封じることに、相当な自責の念を抱いていた。だが、それがなんだっていうんだ? 苦しんでいるから、悩んでいるからといってやることに変わりはしない。過程はどうあれ、奴はそう決意していた。やることが変わらないというのであれば、俺にとってそこに付きまとう感情などどうだっていい。結果的にそれをやるならば、奴は憎むべき敵だ。それこそ、同情の余地などない」

 そうか。だから俺はこんなにも秘密を話すのが嫌だったのか。
 言えば、俺は止まれなくなる。
 大好きな人たちに、自分の汚いところを見せることになる。
 心の内側を、自分は勝手に覗いておきながら、自分のは誰よりも見せるのが嫌だったのか。
 随分と卑怯な話だ。

「……こんな能力を持っておきながら俺は、他人の気持ちを考えて行動したことなんかなかった。普通は誰かの気持ちを知れば、それを考慮してしまうはずなのに……感情がないというわけではないのに、俺にはそれができない。きっと俺はどこか壊れてしまっているのだろう。だから、俺は自分で自分が異常者だと思っている。人の心を真に理解することのできない、異常者だと……」





 沈黙が続く。
 それを最初に破ったのは、やはりはやてだった。

「……うん、ありがとう。ちゃんと話してくれて。これでやっと、私にも希君の荷物が背負えるわ」

 そういったはやてはフッと笑い。

「希君は全然弱音とか悩みとか言ってくれへんからな」

 と、言いだした。その言葉に、俺はキョトンとしてしまう。

「はやて?」

 はやては何を言っているんだ?
 と、言うより

「……気持ち悪くないのか? こんな勝手に心を覗く様な、異常者なんか」

 そうだ。それが普通だ。
 しかしはやては眉根を寄せ、怪訝な顔をする。
 若干、不機嫌そうに

「何アホなこと言うてんねん。というか聞こえとるんとちゃうんか?」

「今は使えない。ツヴァイを治すのに力を使いすぎたから」

「あぁ、せやったんか。だったら言うたるけどな」

 はやては真剣な表情でに俺と向き合う。
 そして

「私は希君が異常者やなんて欠片も思ってへん。希君は希君や。せやからこんなん聞いても今までとなんも変わらへん。今も、希君は私たちにとってとっても大切な『家族』の一員や」

 と、きっぱりと言い切った。
 さらに、『家族』たちに向き直り

「みんなはどう思う?」

 と聞く。
 するとすぐさま答えは返ってきた。

「もちろん、私も主と同じ考えです。希を異常者だなんて思えません」

「つーか聞くまでもねーだろ。言わせんなよな、恥ずかしい」

「そうよ。希君を気持ち悪いなんて思うはずがないじゃない」

「我らは決しておまえを拒絶したりはしないさ。『家族』であろう」

「そうですね。私も、まだ出てきて日は浅いですが、闇の書の中であなた達を見てきました。だから希を嫌ったりなんてできません」

「そうです! ツヴァイだって希君のことが大好きです! だって希君はツヴァイを救ってくれました! ツヴァイは希君が優しいのをよく知ってるです!」

 皆の答えは同じ。
 俺を受け入れてくれる。

「みんなの答えをきいたやろ。私たちは何にも変わらへんよ。希君がどんな力を持ってようともな。だって、私たちは希君のええとこいっぱいしっとるもん」

 そう答えるはやてと『家族』たちの目はとても力強く、優しかった。
 ……ハハッ、本当、何を怯えていたんだろう。
 俺の『家族』はこんなにも強いというのに。

「……うん、ありがとう、はやて、みんな。俺はお前達のことが大好きだ」

 俺の頬にいつの間にか涙が流れていた。
 しかし、その顔は笑顔になっている。
 曇りのない、晴れ渡った様な笑顔に。
 皆も、一緒に笑ってくれている。
 本当にみんなに出会えてよかった。




「しかし、心の声を聞かれとったなんて。やっぱり少し恥ずかしいわ」

「あぁ、安心してくれ。はやての心を覗いたことは一度もないぞ」

「へ、そうなん?」

「他の人だと気にならないが、何となくよくない気がしてな」

「そやったんか。それはそれで少し残念なような

「ん? どうしたはやて?」

「あっ! なんでもないなんでもない」

「? 」





[25220] 第十六話
Name: kaka◆0519be8b ID:ee322f37
Date: 2011/08/16 00:46

 その後、俺が目を覚ましたことを知った高町たちが続々とお見舞いに来てくれた。
 その時に今回のことの謝罪をしたのだが彼女達は笑って許してくれた。
 大きな借りができてしまった。本当に感謝してもしきれない。
 管理局はもう少し回復するまでは事情聴取などを待ってくれるらしい。
 それも、事件の大まかな理由と経緯を騎士たちから聞いたからだそうだ。
 その理由と殺人を犯していない点から情状酌量の余地は十分あるのでだいぶ罪は軽減されるだろうという話だ。
 ギル・グレアムも罪の軽減のためにだいぶ力を添えてくれているらしい。
 当然だ。そうでなければ生かしておいた意味がない。
 俺には俺が何者で、何をしたかを聞きたいそうだ。その部分だけは騎士たちに話を聞いても俺をかばって証言するので要領を得ないそうだ。
 まぁ、騎士たちならそうするだろう。騎士たちはありがたいことに俺を大切だと思ってくれているようだからな。本当に嬉しい限りだ。
 だが今回ばかりはそうも言っていられない。俺のせいで騎士たちとはやての立場を悪くするわけにもいかない。
 それに、今の状況ではどの道俺を庇いきる事は不可能なのだから






 目が覚めて二週間ほどが経ち、ある程度体力が回復した俺はついに管理局の事情聴取を受けることとなった。
 とはいえまだまだ移動には車いすが必要なのだが。どうもこれ以上局としては待てないらしい。

「いいか希。くれぐれも自分に不利になるようなことは言うな。我々を庇ったりもするんじゃないぞ」

 事情聴取に向かう道中、シグナムが言い聞かせるように言ってきた。
 まったく、これで何回目だ。

「ふっ、お前が言うかシグナム。さんざん俺を庇った発言をしておいて」

「笑い事じゃねーよ! つーかあたしたちはいいんだよ! 絶対変なこと言うなよ! むしろなにも関わってなかったって言え!」

 ヴィータまでも咎めるよう指をさしながら言ってくる。
 いや、気持ちは嬉しいが。
 しかし

「それは無理があるだろうヴィータ。俺はあの時あの場に居たんだから」

「ならせめて知っていただけで手を貸したことはないということにしてくれないかしら。それなら」

 シャマルは説得しようと訴えかけるように言うが俺はそれを途中で遮ってしまった。

「シャマル。それも散々話し合った事だろう」

「……やはり、我々も付いて行けないだろうか?」

 ザフィーラもとても心配そうに言ってくる。
 この話を聞いた時から何回もそんなことを言っているな。

「いや、それは仕方がない。呼び出しは俺だけだからな。すまないが待っていてくれ」

「しかし、なぜ希だけが本局で事情聴取なのでしょう? 我々や主はやてでさえそこまで呼び出されたりはしなかったというのに」

 リインフォースはまだ納得できないといった様子だ。
 今回、俺だけが事情聴取を時空管理局本局で行われる。しかもその期間も正式に決まっておらず、帰りがいつごろになるのか分からないらしい。
 それを初めて聞かされた時のはやてと騎士たちの動揺と怒りは凄かった。
 伝えに来た執務官に掴みかからんばかりの勢いだったな。

「さあな。向こうにも事情があるんだろう。そこまで心配そうにしなくても平気さ、リインフォース」

「でもやっぱりおかしいです! 断固抗議すべきです!」

 ツヴァイは座っていたリインの肩から立ち上がり、今にも飛んで行きそうだった。
 いや、ここに居るアースラスタッフに抗議したところで意味はないだろう。だってこの命令はもっと上層部から下されているのだから。
 そもそも艦長や執務官たちだってもうすでに抗議していたが結果は変わらなかった。
 そうツヴァイにも何度も教えたのだけれどな。

「ツヴァイ、抗議なんかしなくてもいいさ。うまくやってくるからさ」

 それに、俺にはなぜ俺だけ本局に呼ばれたのかが大体予想出来ている。
 ……あまりいい予想ではないのでできれば外れて欲しいのだが。

「……ちゃんと、帰ってきてな。まっとるから」

 はやては俺の服の裾をそっと掴んで呟くように言った。
 この話を聞いてからはやてはずっと寂しそうだった。
 もちろん、俺だってはやてと離れ離れになるのはさみしい。一日離れ離れになるのだって耐えがたいというのに。何日になるか分からないだなんて。寂しくて死んでしまいそうだ。
 しかし、それを今はやての前で見せるわけにはいかない。
 はやてを不安にさせたくはないから。

「はやてが待っていてくれるというのなら、俺はどこからだって帰って来て見せるよ。俺の帰る場所は、愛するはやてのところ以外ない」

「……うん、まっとる。でもそれ恥ずかしいセリフやよ」

「はやて、今の流れでも駄目なのか?」

 俺ががっくりと肩を落としながら言うとはやては小さく笑っていた。
 せっかく情けないところを見せない様に頑張ったのに。というか今のは恥ずかしいセリフだったのだろうか? いまだに基準がわからない。
 しかし、はやてが笑ってくれたから良しとするか。




 そうこうしている間に移動用の船の場所までついてしまった。
 ここから先ははやてたちは来れない。
 しばしの別れの時間だ。

「それじゃあ、みんな」

 俺ははやてたちの方を向き、微笑む。

「いってきます」

「「「「「「「いってらっしゃい、希(君)」」」」」」」

 温かい家族たちに見送られ、俺は本局へと転送された。





【Sideはやて】

 希君が本局に行ってから三日ほどたってから初めて私達は一時帰宅が許された。
 どうも後は希君の証言さえ得られれば私たちは正式な判決を待つだけやから特にすることもないらしい。
 それならば、今のうちに着がえとか必要なものとってきた方がええと言う話になって一時帰宅することになった。
 もちろん、監視は付くけれど。
 その監視もクロノ君とフェイトちゃんやし。普通にお友達を家に招待しているような感覚や。

「いや~、やっと家に帰れるんやな。シャバの空気はうまいわ~」

 帰宅途中、私が冗談でこんなことを言っているとクロノ君にあきれられてしまった。

「何を言っているんだ。こっちは散々一度家に戻っていいと言っていたのにそっちが勝手に帰ろうとしなかったんじゃないか」

「そうだよね。はやてたち希が目を覚ますまでてこでも動かなかったし」

「あははっ、そうやったけ?」

 まぁ、そうなんやけどね。でも、あのときは家に帰る余裕なんかなかったからしゃあないよね。
 しかしフェイトちゃんまで突っ込んでくるとは……

「でもでも、お家に帰るの楽しみです。ツヴァイは入るの初めてですから」

「そうですね。私も楽しみです」

「あぁ、リインとツヴァイの部屋も用意せんとあかんね。まぁ、部屋も余っとるし平気やろ」

「いいのですか? 主」

「いや当たり前やん。家族なんやし」

「ありがとうです、はやてちゃん♪」

「ありがとうございます、主はやて」

 うんうん、二人とも喜んでくれてよかったわ。
 今度ちゃんと模様替えせなあかんな。後食器とか服とか必要なものも買わな。
 と、その前にリインの採寸もせなあかんか。
 楽しみやな♪

「……リイン、覚悟しといたほうがいいぞ」

「? 何のことですか、シグナム?」

 シグナムがなんか達観したような顔でリインと話とるけど……何をゆうとるんやろ?

「でも、みんなで一緒に暮らすにはもう少し時間がかかりそうね。はやてちゃんのリハビリもあるし」

 シャマルが少し残念そうに言う。

「なぁ、シャマル。はやての足ってどれくらいで治りそうなんだ?」

 ヴィータが不安そうにシャマルに聞いた。
 シャマルはお医者さんでもあるからな。

「う~ん。普通なら自力で歩けるようになるまで3年、完治まで6年ほどといったところなんでしょうけど……あれがあるからもっと早く治ると思うわ」

「あれってそんなすごいん?」

 あれと言うのは希君が別れ際に渡してくれたリハビリ用トレーニングの本のことや。
 私の足はもう麻痺はなくなっているから後は筋力を戻して歩き方を思い出させるだけなんやけどそれを見越して希君が用意してくれたらしい。
 しかも自筆で。

「えぇ、私も驚いたわ。パッと見でもとても効果的なトレーニング方法がたくさん載っていたもの。人体の仕組みと筋肉のことを詳しく知っていないと、こんな物作れないわ」

 ……そんなにすごい物やったんか。そういえば石田先生にこの本見せた時もなんか驚愕しとったな。著者は誰かしつこく聞かれてもうたし。

「いやはや、希君はほんまに……なんかいろいろと卓越しとるな」

「うん、でも私は納得したな」

「? なにがや、フェイトちゃん?」

「だって希、学校ではいつも医学の本を読んでたんだよ。それも、外国の難しそうなやつばかり。あれははやてのためだったんだね」

「……そうやったんや」

 知らんかった。
 希君がいろんな本を読んどるんは知っとったけど、あの外国の本が医学書やったなんて。

「やっぱり希ははやてのことをとても大切に思っているだね。じゃないと、こんなことできないよ」

「そうだな、希にとって主は特別な存在だからな」

 シグナムもうんうん頷いている。
 あかん、めっちゃ嬉しいけど少し恥ずかしいわ。

「あぁ、確かに特別なんだろうな。僕も八神と話している一ノ瀬を見て驚いた。別人かと思ったほどだ」

「あれは私も驚いたな。希があんな風に笑ってるとこなんて初めて見たよ」

 そんなに違うもんなんやろか? 想像できへん。
 というか

「それはアリサちゃん達からも聞いとったけどいまいち納得できへんねん。だって希君シグナム達とも楽しそうに話とるよ」

 そんな私の疑問に、クロノ君が苦笑しながら答える。

「それとはちょっと違うな。要は僕らからしたらあの一ノ瀬がデレデレしている様子が想像つかなかったということだ」

「デレデレって……」

 確かにそうなんやけど……なんか人に改めて言われるんは恥ずかしい。

「でも確かにシグナム達とも仲がいいよね。ちょっと羨ましいな。私たちに対する扱いと少し違ってて」

 フェイトちゃんは病院での様子を思い出したのか、羨ましそうに言った。
 そんな気にする必要なんかないと思うんやけどなぁ。

「気にすることはない。希はテスタロッサ達のことをキチンと友人だと話していた。大切に思っているはずだ。ただ、態度が少し違うのは私達を『家族』として扱ってくれているからだろう」

 と、シグナムがフェイトちゃんをフォローをする。ただ、家族として扱ってもらえるというところは若干誇らしげだった。

「そうですね。本の中で見ていましたが、私とツヴァイもあんな風に接してもらえるのでしょうか」

 そんな中、リインは少し心配そうに呟いた。
 まだ一緒にいる時間が短いから心配なのだろう。
 でも

「何言ってるのよ。当然じゃない。あなた達二人も私たちの『家族』なのだから」

 うん、シャマルの言う通りや。
 もうちゃんと、私達にとってはリインもツヴァイも家族の一員や。
 もちろん、希君にとっても。

「せや、なんも心配する必要なんかないよ」

「そうです。その証拠に私もお姉ちゃんも家族の仲間入り記念のプレゼントをもらえたじゃないですか♪」

 そう言ってツヴァイは見せびらかすようにクルクルとその場で回り始めた。
 今のツヴァイが着ている服は希君がプレゼントしたものや。
 しかも手作りの。入院中、リハビリも兼ねて何着か作ったらしい。
 ツヴァイのサイズでは人形用の服しか着れないのも理由の一つだと言っとった。「人形用の服じゃごわごわしていて着心地が悪いだろう」とのことや。
 これを貰ってからツヴァイはずっと上機嫌や。

「そうですね。そんな心配をする必要はないのかもしれませんね」

「そうですよ~♪」

 リインは一冊の本を取り出して、嬉しそうに微笑んだ。
 リインへプレゼントした料理の本や。
 しかもこれも自筆。
 ……ちょっとやり過ぎとちゃうか? どんだけやねん。
 まぁ、これをリインに渡した理由はわかるけど。
 希君はまだ帰ってこれへんし、私ももうちょっと病院におらなあかんからな。そうなると、八神家に台所を任せられる人が居らんくなってまう。
 シグナムはやらへんやろうしシャマルは……
 そんなわけでリインに料理を任せようと思ったんやろ。

「ツヴァイ、あんま派手に動いてんじゃねーよ。誰かに見られたらどうすんだよ」

 テンションの上がっているツヴァイをヴィータがちょっと拗ねたように注意する。
 それに対しツヴァイはからかう様に反論した。

「今はだれも近くに居ないから平気ですよー。ヴィータちゃんはまだ希から何も貰えなかったからって拗ねてるんですか?」

 むぅ、あかんなぁ。実際その通りなんやろうけど、そんなふうに言うたら。
 そんなことしたらヴィータは

「はぁ! 別に拗ねてねーです! お前がバカみたいにいつまでもはしゃいでいるから注意しただけですよーだ!」

「バカみたいとはなんですか! ヴィータちゃんこそ図星を突かれたからってバカみたいに大声出さないで欲しいです!」

 あぁ、あかん。案の定怒ってもうた。しかもツヴァイまでバカって言われてムッとしてるし。
 どうもツヴァイは精神年齢が低いみたいやなぁ。まぁ、ほとんど生まれたばかりみたいなもんやから仕方ないんやろうけど。
 ヴィータは……前からこうやったし。
 まったく、しゃーないなぁ。

「なんだと!」

「はいはい、喧嘩したらあかんよ。仲良うしいや」

「だってはやてちゃん、ヴィータちゃんが」

「いやはやて、ツヴァイが」

「仲良くできへんのやったら二人とも家に入れてあげへんよ」

「「ううっ」」

 喧嘩ばっかりしたらあかんよ、まったく。

「何かはやて、二人のお母さんみたい」

「いや、フェイトちゃん。私はまだ9歳やで」

 フェイトちゃんはまた変なこと言うて。
 でも確かに、私は夜天の書の主やからみんなの保護者とは言えるんかな?
 だけどツヴァイはともかく他のみんなのお母さんと言うには無理があるやろ。
 それに私がお母さんと言うならお父さんは………

「どうかしましたか主? 顔が赤いようですが」

「! 何でもない何でもないでザフィーラ!」

 あかん、変なことを想像してもうた。フェイトちゃんが変なこと言うからや。

「? ならいいのですが」

「うん、気にせんでええよ! ほら! 家にも到着や!」

 話とる間にだいぶ進んでたみたいや。
 ちょうどええタイミングで助かったわ。




「「「「「「「ただいま~」」」」」」」

 みんなで声をそろえて言いながら、私達は約1カ月ぶりに我が家へ帰ってきた。
 うん、やっぱり自宅の雰囲気は落ち着くなぁ。

「「おじゃましまーす」」

 しかも、お友達を招くなんていつぶりやろ?
 ちょっと事情が違うとはいえ、なんか嬉しいな。

「いらっしゃい。私らは荷造りせなあかんけど、二人はリビングでまっとってくれへん?」

「そう急ぐこともないさ。荷造りも少しのんびりしてからでいい」

「ありがとう、クロノ君。じゃあ、ちょっとゆっくりしよか」

 そう言って私たちは全員でリビングに移動した。
 そこで

「ん?」

 見事に飾り付けがされたクリスマスツリーを見つけた。
 見れば部屋の内装もクリスマス用に綺麗に飾り付けられている。

「……そういえば、最後に家に居たんはクリスマスやったな」

 私は入院しとったから知らないけど。みんなでやったんかな?
 しかし見てみると私と同じようにみんなも驚いていた。
 となると

「希君がやったんやね」

「……そう、でしょうね。我々には、あの時こんなことまでする余裕はなかったですから」

 やっぱり。

「おい! 机の上見ろよ!」

 ヴィータが指差した方を見るときれいにラッピングされたプレゼントが机に乗っていた。
 その一つ一つに騎士たちの名前とメッセージカードが付いている。
 騎士たちはそれぞれ自分の名が書かれたプレゼントを手に取り、中身を空けた。

「これは……」

「うわぁ」

「まぁ」

「……ふ」

 そして、メッセージカードを読んで嬉しそうに笑っている。
 1カ月遅れのクリスマスプレゼントやったけど、みんなの心にはちゃんと響いたみたいやった。

「よかったなぁ、みんな」

 ついつい私まで嬉しくなってもうた。






 私たちはしばらく時期外れのクリスマスの雰囲気を楽しむと、荷造りを始めた。
 もちろん、みんなの荷物の中には希君のプレゼントが入っている。
 きっとこれがあったから、希君はリインとツヴァイにもプレゼントを渡してたんやな。おかげですっかりヴィータの機嫌も直ってしまった。現金なやっちゃ。
 ちなみにプレゼントはシグナムには将棋の駒と盤、ヴィータには呪いウサギのデザインが入ったアイス用のガラス製の器とスプーン、シャマルにシャマル専用料理器具セット、ザフィーラには狼形態でも使えるチョーカーだった。
 うん、希君らしいな。実質本位で。
 ただ、それを見て今度はツヴァイがうらやましそうにしていた。
 まったく、希君は大人気や。


 こうして荷造りを終えた私たちはすぐにアースラに帰らなくてはならなかったが、クロノ君にお願いして一ヶ所寄り道をさせてもらうことにした。
 ……正直、ここに行くのは緊張する。
 騎士たちも、気が重そうだ。罪悪感で押しつぶされそうになる。
 でも、いかなあかんかった。ちゃんと、謝罪しないと。だってこの二人も私達のせいで被害をこうむってしまったのだから。




 玄関のチャイムを鳴らすと、その人はすぐさま出てきてくれた。

「は~い、どなた? って、あら?」

「……こんにちは、お母ちゃん」

 希君のお母さんは驚いたように目をパチクリさせている。
 ……当然や。希君の両親は今回の事件の概要を知っている。
 希君が意識を失っている間に、リンディさんからすべてを聞いたのだ。
 私のせいで、希君が犯罪者になって、拘束されてしまったことも。
 怒っているに違いない。だって二人は希君のことを深く深く愛しているんやから。
 正直、私の顔なんか見たくないかもしれない。このまま追い返されるかもしれない。
 それでも、ちゃんと謝らな。
 許してもらえなくても、私は……
 そう思って覚悟をしていたのに、お母ちゃんの行動は全くの予想外のものだった。

「キャー! はやてちゃんじゃない! いつこっちに帰ってたのよ! 母さんびっくりしちゃった! ねぇ、父さーん! はやてちゃん達よー!」

 そういっていきなり抱きついてきたかと思うと、すぐさまお父ちゃんまで現れた。

「なぬ! ホントだはやて君じゃないか! シグナム君にヴィータ君にシャマル君にザフィーラ君も! 会いたかったぞー!」

 そのままお父ちゃんまで抱きついて来ようとしたがそれはお母ちゃんに止められてしまう。

「あら、だめよ父さん。希ちゃんが嫉妬しちゃうからはやてちゃんに抱きついちゃ」

「しかし母さん。私だって寂しかったのだぞ。少しくらいいいじゃないか。母さんだけずるいぞ」

「もう、父さんったら。なら少しだけよ。希ちゃんには内緒ね。はやてちゃん達も希ちゃんには内緒にしてね」

「しかし母さん、希に内緒ごとなんてできるんだろうか?」

「う~ん、難しいわね。じゃあ諦める?」

「そんなとんでもない! そうだ! はやて君の許可を得よう! そうすれば希もわかってくれるさ!」

「それはいい考えね! そうしましょう!」

「そうと決まればはやて君! 久しぶりの再会を祝して抱きついてもいいかい!」

「へ? あ、ええですけど……」

「ありがとう愛しの娘よ!」

 そういってお父ちゃんまで抱きついて来てしまった。
 というか娘って……私は……

「あら、あなた娘は気が早いわ。はやてちゃんが困惑しているじゃない」

「む? そうか。すまないはやて君。父さんちょっと先走ってしまった」

「いや、困惑している理由はそうじゃないだろう」

 クロノ君が呆れながら二人に突っ込みを入れる。
 話は聞いていたが、二人の勢いに少々面食らってしまったようだ。
 すると二人は初めてクロノ君達に気がついたようだった。

「あら? そちらの方たちは?」

「あ、はじめまして。フェイト・テスタロッサです」

「ほう、君がフェイト君か。希から話は聞いているよ。いらっしゃい、よく来たね」

「あら、希ちゃんのお友達の!」

 フェイトちゃんの挨拶を聞くとようやく二人は私を離してくれた。
 それに続いてリインとツヴァイがおずおずとあいさつする。

「私はリインフォースです」

「リインフォースⅡなのです。あ、あの私たちは」

「まぁ! あなた達が新しく八神家の一員になったリインちゃんとツヴァイちゃんね! まあまあなんて可愛いのかしら! これからよろしくね!」

「うんうん、家族が増えるなんて喜ばしい限りだ! これからも楽しくなりそうだな!」

 そのままお母ちゃんはリインとツヴァイに抱きつき、お父ちゃんはあごに手をやって感慨深げにうんうん頷いている。
 最後に、クロノ君が自己紹介をする。

「僕は時空管理局執務官のクロノ・ハラオウンです」

 その瞬間、二人の雰囲気が一変した。
 クロノ君に対して氷のような視線を投げかける。
 その視線に、クロノ君も若干怯んでいた。
 私も二人のこんな顔、初めて見た。

「ほう、管理局の……」

「管理局、ね」

 そう一言呟いてからまたくるっと表情を一変させて私達の方を見る。

「まぁ、そんなことは置いといて中に入ろうじゃないか!」

「そうね! ここじゃ寒いものね! あったかいココアも用意するわよ!」

 そうして、促されるままに私たちは希君の家の中に入っていった。




「寒かっただろう。すまないな。ついつい玄関で長話をしてしまって」

「ごめんなさいね。はやてちゃん達に会うのが久しぶりすぎてついついテンションが上がってしまって。今すぐココア持ってくるから」

「ありがとうございます。でも、その前に少し、ええですか?」

 私は部屋に案内してすぐにキッチンに向かおうとしたお母ちゃんを呼び止める。
 その様子に何かを感じ取ったのか黙って二人は座ってくれた。
 二人は、私の予想していたようなことはしなかったけれど、それでもきちんとけじめをつけな。

「まずは、これを……」

 そう言って私は二人に希君からの手紙を渡した。私は読んでいないけど、これには希君から見ての事件の経緯や二人に対する謝罪が書いてあるらしい。
 希君の能力については、帰ってきた時に直接話したいそうだ。私達には話してこの両親に話さないわけにもいかへんもんな。
 二人がその手紙を読み終えると、私達の謝罪は始まった。

「二人ともごめんなさい。私のせいで、希君が大変な目に……」

「父上殿、母上殿、申し訳ありません。私達が至らないばかりに、希に辛い思いをさせてしまいました」

「父ちゃん、母ちゃん、ごめん。あたし達のことに、希を巻き込んで……」

「お父様、お母様、すみませんでした。私達のせいで、希君が……」

「父上、母上、すまない。我々にもっと力と知識があれば、こんなことにならずに済んだのに……」

「御父様、御母様、申し訳ありませんでした。すべての原因は私達です」

「お父さん、お母さん、ごめんなさいです。私達が暴走したせいで、いっぱい希を傷つけて……今も二人と会えない状況にしちゃって」

「「「「「「「本当にごめんなさい」」」」」」」

 そういって私たちは一斉に頭を下げた。
 しかしその状態は長くは続かなかった。

「うん、みんなの気持ちはよくわかったわ。母さんそんなみんなを許しちゃう。父さんはどう?」

「うん、そうだな。父さんも許しちゃおう。と、言っても元々怒っていたわけじゃないけどな。だから顔をあげてくれ」

「そうよ、せっかく会いに来てくれたのに、そんなふうに頭を下げていたら楽しくおしゃべりもできないじゃない」

「で、でも」

 私が躊躇していると、いつの間にか目の前に来ていたお母ちゃんが私の肩に手をおいた。

「はい♪ もう謝るのはおしまい。じゃないと母さんとお喋りできないでしょ?」

「そうそう、だから騎士のみんなも早く顔をあげなさい。せっかく久しぶりに会ったというのに、顔を見れないなんて寂しいじゃないか」

「お母ちゃん、お父ちゃん……」

 私達が顔をあげると、二人は笑顔を向けてくれる。
 いつもと変わらない、太陽のような笑顔だった。

「なんで……そないに簡単に……」

 許してもらえるならうれしい。
 だけど、不可解だった。二人はあんなに希君を愛していたのに。
 二人からしたら、一日でも離れ離れになりたくない相手を引き離してしまった張本人なのに。
 そう思っておずおずと聞いた私に対して、二人はケロリとした調子で即答した。

「あぁ、それははやてちゃん達のせいなんかじゃ全然ないと私たちは思っているからよ」

「その通り。むしろはやてちゃん達がそこまで気に病んでいることに対して逆に申し訳なく思うほどだよ」

「え?」

 予想外の答えに、私は困惑してしまった。

「しかし、事実我々がいなければ希はこんなことに巻き込まれないですんだのですよ」

 シグナムも信じられないといったふうに反論する。

「だが、その君達にかかわると決めたのは希だ。今回の結末はあくまで希の自己責任さ」

「そうよ。だって希ちゃんにはあなたたちを見捨てるという選択肢もあったはずだもの」

 ……確かにそうや。希君は私たちを見捨ててさえいればこんなことには巻き込まれたりしなかった。

「それでも、希ちゃんはあなた達を見捨てなかった。あなた達のため、はやてちゃんのために動いた」

「その結果がこれだ。だから君達が巻き込んだという表現は違うよシグナム君。希が自分で首を突っ込んだという方が正しい」

 でも、そんな希君を突き放すような言い方をこの二人がするなんて……
 この両親の言い分に対して、今度はヴィータがはじかれた様に反論した。

「でも希は悪くねーよ! 悪いのはあたしたちだ!」

 このヴィータに対して両親は困ったように顔を見合わせてから優しく諭しだした。

「ヴィータ君。何も私たちは希が悪いと言っているわけじゃないんだよ」

「ごめんなさいね。言い方が悪かったわ。あくまであなた達に責任があるわけじゃないってことを伝えたかっただけなのよ」

「え? でも今回の結果は希君が首を突っ込んだせいだと」

 シャマルが疑問の声をあげるとすぐさま答えが返ってきた。

「原因を言うならそれというだけよシャマルちゃん。それが悪いだなんて一言も言っていないわ」

「そうだよ。今回の経緯は聞いた。その上で私たちは希や君達が間違っていただなんて欠片も思わなかった」

「世界崩壊の危機? それがなんだって言うの? むしろ、私達の可愛いはやてちゃんやシグナムちゃん達が消えなければ成り立たない世界だって言うのなら……」

「「いっそそんな世界壊れていまえばいい」」

 そうきっぱりと言い切った二人に迷いなんて欠片も見られなかった。
 ……でも、世界を犠牲にしてまで生きるなんて、私には……
 私がそう思っていると、二人はそれを察して言葉を付け加えてきた。

「まぁ、はやて君はそんなことを望むわけもないから実際にそんな場面になったら私達にはそんなことできないだろうが」

「希ちゃんはやろうとしてしまったのよね。希ちゃんはたまに人の心を知っていて無視するから」

「そこら辺はよくない傾向だとは思うがね。はやて君達と会ってからはだいぶ改善されてきてはいたんだが」

「希ちゃんもまだ子供だから間違ったりもするでしょう。でも、その点だけね。私達が今回のことで希ちゃんが悪いと思った点は」

「そうだね、全体的に見て私たちは希が悪いとは思わなかったよ。第一、私たちの教育方針は『希の望むがまま』だしね」

「『希の望むがまま』……ですか」

「そうさザフィーラ君。だから今回も、希が望むがまま動いた結果なのだから、受け入れるまでさ」

「だからちょっとくらい寂しいのなんて我慢するわ。大丈夫、希ちゃんは優しくて賢いからきっと素敵な埋め合わせをしてくれるもの」

 そう言って、二人は私に笑顔を向ける。

「もちろん、はやてちゃん達が大好きというのも理由の一つだがね」

「そうね、私もはやてちゃん達のことが大好きだもの。恨むなんてできるわけないじゃない」

 そこまで言うとお母ちゃんはココア入れに行ってしまった。
 私の質問に関する答えはそれですべてなのだろう。
 希君の望むがまま。確かにそうだ。二人が希君の求めることを断ったり叱ったりするところを、私は見たことがない。
 二人は、希君のすべてを受け入れるつもりなんや。いいところも悪いところも、そして、希君自身が言う異常なところも……凄い二人や。私には、それができるんやろうか?

「さあさあ! 辛気臭い話はこれくらいにして! 楽しいお話をしましょう!」

「そうだ! せっかく新しい家族ができたんだからいろいろと聞きたいこともあるしね!」

 その後はまた二人はいつもの調子に戻り、私たちは久しぶりのおしゃべりを楽しんだ。
 リインとツヴァイは特に質問攻めにあっていたが実に楽しそうだった。ヴィータ達も二人と前と同じように話ができて嬉しいみたいや。
 まるで、普段開かれている希君の家での夕食会のようやった。
 ただ、そこに希君がいない。それが私にはとてつもなく寂しく感じた。




 楽しい時間は終わるのも早く、すぐに帰らなくてはならない時間になってしまった。
 二人は名残惜しそうにしていたが、あまりクロノ君に迷惑をかけられないというと渋々諦めてくれた。
 帰り際、玄関まで迎えに来てくれたお母ちゃんは私にそっと耳打ちをした。

「大丈夫。希君はすぐに帰ってくるわ。だって希君ははやてちゃんのことが大好きだもの」

 そういってにっこり笑うとシャマルと何やら話していたお父ちゃんの傍まで行き、私たちに手を振る。

「それじゃあみんな、また来てちょうだい」

「私たちはいつでも歓迎するよ。また会おう」

 ……そうや。希君は帰ってくる。
 だから、また来ればいいんや。今度は、全員そろって楽しめるように。

「うん。また来ます。全員で」

 私がそう言うと二人は満足そうに笑った。





[25220] 第十七話
Name: kaka◆0519be8b ID:ee322f37
Date: 2011/08/16 00:47
 それからさらに一週間がたった。
 この頃になると私達の拘束はもうほとんど解けていた。
 魔法の無断使用こそ封じられているものの、騎士たちはあと少しの更生プログラムを受ければ自宅に戻ってもいいらしい。もちろん呼び出しを受ければすぐにいかなあかんけど。
 ただ、私はそのほかにも精密検査やらなんかがあるから家に戻れるのはもう少し時間がたってからになるみたいや。
 なのはちゃんやフェイトちゃんは毎日遊びに来てくれた。
 二人はシグナムとヴィータとよく一緒に模擬戦をしている。一回その模擬戦の様子を見せてもらったけど私のボキャブラリーではもう、凄いとしか言いようがなかった。
 なんかアニメを見ているようやった。というか二人ともえらい楽しそうに戦っとったなぁ。希君が武道派だというだけのことはあるわ。
 ……その希君はまだ帰ってきていない。
 希君が本局に行ってもう10日になるというのに。クロノ君に何時頃帰れるか聞いてみたけれど、もう少しかかるかもしれないとしか言ってくれなかった。
 どうも希君の事情聴取の内容はこっちに知らされてきてないようやった。
 そのことをシグナム達は怒っていたけれど、だからと言って私たちにできることなんかなかった。
 私たちにできることは待つことだけだ。
 けれど、大丈夫。希君は必ず帰って来ると言ってくれたから。私はその言葉を信じる。
 もどかしくても、信じて待つ。だって希君は帰ってくるって言ってくれたから。




 私は希君が帰ってくるのを待つ間、渡された本を参考にシャマル監修の元リハビリを始めた。
 ただ、この本のリハビリ方法の効果は保証付きだったがその分辛さも相当のものだった。
 さすが希君、私相手でも手加減なしや。
 シャマルにもう少しゆっくりやった方がいいんじゃないかと勧められるほどやった。
 それでも私は頑張ることにしている。
 だってせっかく希君が用意してくれた物やし。
 それに、私には秘かな企みがある。
 希君が戻ってくるまでに少しでも立つことができるようになって驚かせようという企みだ。
 希君には驚かされっぱなしやしなぁ。たまには驚かせてみたいわ。
 きっと喜んでくれるやろうし。




 そういうわけで今日もリハビリをがんばってからシャマル、リイン、ツヴァイと共に部屋に戻ると、意外なお客さんが来ていた。

「はやて! ひさしぶり!」

「はやてちゃん、こんにちは。ひさしぶりだね」

「アリサちゃん! すずかちゃん! なんで二人がここに!?」

 私が二人の出現に驚いて声をあげるとアリサちゃんに睨まれてしまった。

「何よ? 私達がはやてに会いに来ちゃいけないっていうの?」

「へ? いや、そうゆうわけとちゃうけど、その、驚いて……」

 私が慌てて弁明しようとするとアリサちゃんはふっと笑いだした。

「冗談よ冗談」

 ……しもた。からかわれてもうた。

「私たちがここに居るのは、なのはちゃんとフェイトちゃんに頼んだからだよ」

「なのはちゃんとフェイトちゃんに?」

「そうよ。あんた病院からいきなりいなくなっちゃったじゃない。病院の人は退院したっていうけどそんな急に退院なんておかしいから事情を聞こうと思って希に連絡を取ろうとしたらあいつまで家に帰っていないって言われちゃって。希の両親はあんた達がどこに居るのか教えてくれないし。それで心配になってなのはたちと相談してやっとはやてがここに居るって知ったのよ」

「本当はもっと早くに来る予定だったんだけど手続きとかいろいろあって今までこれなかったの」

 そこまで手間をかけて来てくれたなんて。
 本当にええ友達をもてたなぁ、私は。

「ありがとう二人とも。ごめんなぁ、心配かけてもうて」

「まったくよ! 連絡くらいしなさいよね! おかげでだいぶ遠回りしちゃったじゃない!」

「うん、でもしょうがないよ。大変、だったんだから」

 どうやらアリサちゃん達は事情をすべて知っているみたいや。
 ……ほんまいろんな人に心配かけてもうた。
 するとそこになのはちゃんとヴィータが共にやってきた。

「あっ、はやてちゃん。やっぱり行き違いになっちゃてたみたいなの」

「だから部屋で待ってた方がいいっていったんだよ」

「ムぅ、だったらヴィータちゃんは部屋で待ってればよかったのに」

「なのはだけで行ったら迷子になっちまうだろう」

「そんなことないもん!」

「ヴィータちゃん、そんなこと言っちゃだめでしょ」

「なのはちゃんもきとったんか」

 シャマルはヴィータを叱っていたが私はスルーしてしまった。
 だってこの二人こうやっていつも仲良くしてるし。喧嘩友達っちゅう奴かな?

「うん。後フェイトちゃんも来てるよ。今はシグナムさんとザフィーラさんと一緒に飲み物を買いに行ってるの」

 そう言ってなのはちゃんはヴィータとの口論をすぐやめてリインが用意してくれた椅子に座った。

「なんや全員集合やないか。わざわざありがとう」

「ううん、お礼なんかいいの。私達が来たくて来ているだけだもん」

 嬉しいこと言ってくれるなぁ、なのはちゃんは。友達になれてほんまによかったわ。
 少しするとすぐにフェイトちゃん達も部屋に戻ってきた。
 そのままプチパーティーのような感じになっておしゃべりに花が咲いた。
 若干ザフィーラは居心地が悪そうやったけど。
 まぁ、これだけ女の子が集まっとるから当然やな。ずっと狼形態のままやし。
 近況などのあらかたの話がつき始めると、話はだんだんと希君の話題へと変わっていった。

「え? それじゃあはやてちゃんがやってるリハビリって希君が考えたものなの?」

「うん、そやねん。シャマルのお墨付きやよ」

「私も初めて聞いたときはびっくりしちゃったの。それも結構すごい物なんでしょう?」

「ええ、私も専門じゃないからちゃんと石田先生に意見を聞いてみたけどかなり効果的だろうっていってくれたわ」

「そう言えばあいつ医学系の本ばっか読んでたわね。やっぱりこのためだったんだ。だけど、そこまでしといて希ったら何してるのかしらね。はやてをほっておいて」

「まったくだぜ。遅すぎんだよ。帰ってきたら思いっきりとっちめてやらねーと」

「まぁまぁ、希だって何も好きで行っているわけではないのですから」

 そう言ってリインがプリプリ怒っているアリサちゃんとヴィータをたしなめる。
 でも私は特に何も言わなかった。
 だって私も多少思うところくらいあるからなぁ。
 ……ちょっと遅すぎんねん。

「でも、希君大丈夫なのかな? こんな長い間はやてちゃんと離れ離れになって」

「あ~、確かに。あいつったら一日だってはやてと離れたくないって言ってたもんね」

「ちょっとまった! 希君アリサちゃん達にそないなことゆうてんの!?」

 何恥ずかしいこといっとんねんなのアホは!
 するとアリサちゃんは愉快そうに笑みをつくりだした。
 あかん、完全に遊ぶ気満々の顔や。

「そうよ~。希ったら私達がいくら遊びに誘ってもはやてと一緒に居たいからって言ってことわってくるんだもの。まったく、見せつけてくれるわよね~」

「そう言えば希と放課後遊んだのって私が転校した日にお祝いで一回家に来た時だけだったね。しかもそのときだってはやてに会いたいからってケーキ作ったらすぐ帰っちゃったし」

 何を外で堂々と言うとんねん! 恥ずかしいからもっと自重せえといつも言うてるのに!
 ……帰ってきたら説教せなあかんな。

「何やっとんねんなのアホは」

「ふふっ、希らしいじゃないですか主」

「あははっ、そうだよ。それだけはやてちゃんが想われてるってことなの」

「それを誰かれ構わず言いふらしすぎやっちゅうねん。それに毎回断らんでもなのはちゃん達と多少遊びにいっても夕飯前に帰ってくればいいだけやないか」

 まったく。なんで希君は頭いいくせにたまにこんなアホなことをするんやろうな。

「あっ、はやての家に帰る前提なんだ」

 フェイトちゃんがやっぱりといった感じで言うので私は数秒かたまってしまった。
 …………しもたぁ! 墓穴掘ってもうたぁ! あぁ、あかん! 恥ずかしい! アリサちゃんはなんかめっちゃにやついとるし!

「いや~ほんと、見せつけてくれるわね。このバカップルは」

「バカップルちゃうわぁ! とゆうか今のはあれや! その、あの、希君がいつもうちに来て夕ご飯を一緒に食べとるからつい」

「はやてちゃん、それも墓穴だよ。私達希君が毎日はやてちゃんの家で晩御飯食べてるなんて知らなかったもの」

「なんやて!」

 またやってもうたぁ! 希君はいろいろ恥ずかしいことは言っておいてこれは言っとらんかったんか! ちゅーかすずかちゃんまでたのしんどる!?

「あんた達も大変ね。こんな四六時中いちゃついてるのと一緒に暮らしてて」

「もう慣れちゃったよ。だってあたし達が一緒に住み始めてからずっといちゃついてるんだぜ」

「ヴィータ! ウソゆうなや! 別にいちゃついてなんかいないやろ!」

「あのねはやて。あんたたちみたいにどこでもラブラブオーラ出して好きだ好きだ言い合ってるのは世間一般じゃいちゃついてるっていうのよ」

「諭すようにゆうなぁ! ちゅーかどこかれ構わず好き好き言ってくるんは希君だけや! 私はぁ!」

 私は! ………………あれ?

「どうしたですか? はやてちゃん?」

 私が急に黙ってしまったのでツヴァイが不思議そうに聞いてきた。
 しかし私はそれどころではなかった。
 あれ? そないなわけないよね? でも、もしかして私……

「なによいきなり? どうしたのはやて?」

「…………ない」

 ……やっぱり。いくら思い返しても……

「ないってなにが?」

「…………私から希君に好きって言った事がない」

 一瞬の沈黙。
 そして

「「「「「「「「「「えぇ!!!」」」」」」」」」」

 全員の驚愕の声が部屋中に響き渡った。

「本当なの! はやてちゃん!?」

「希に好きだって言った事ないの!?」

「……うん、ない。思い返してみたけど」

 聞き直してきたなのはちゃんとフェイトちゃんは信じられないといった様子だった。

「……確かに。主が希に向かって好きだと言っているところを見たことはなかったが」

「それにしたって一回くらいちゃんと気持ちを伝えているのかと思っていたわ」

 シグナムとシャマルも思い返してみた見たいやけど思い当たる節はなかったようだ。
 それでも、驚きは隠せないでいる。
 するとリインが私に確認するように聞いてきた。

「主はやては希に恋愛感情で好きなのですよね?」

「それは……そうやけど」

 改めて聞かれると恥ずかしいけど。この気持ちはそうや。うん、絶対に。

「じゃあ、なんではやてちゃんは希に好きだって言わないのですか?」

 ツヴァイが不思議そうに聞いてくる。

「いや、それは……なんでって言われても……タイミングとかなぁ……希君はあんなやし……」

 何より、改めて言うとなるとかなり恥ずかしいのだ。
 想像しただけで顔から火が出そうだ。
 それに

「それに今さら言わんでも希君ならきっとわかってくれとるやろうし……」

「主」

 私が歯切れの悪い受け答えをしていると先ほどまで黙って話を聞いていたザフィーラが立ち上がり、話に割って入ってきた。

「それは駄目です」

 いつものように言葉数は少ないものの、その目は真剣そのものだった。

「伝わっていると思っていても、言葉にしなければならないこともあります」

 ザフィーラがこんなことを言うなんて……
 でも、確かにそうや。伝わっていると思っても、言わなければいけないこともある。伝えなきゃいけないこともある。
 それにすずかちゃんも続く。

「うん、私もそう思う。きっと希君も待ってると思うよ」

「……うん」

 そうか。私は大事なことを忘れとったんやなぁ。
 これじゃ、希君のことをアホだなんて言えへんわ。アホは私やないか。
 そうやって私がちょっと落ち込んでいると、アリサちゃんが励ますように明るく声をかけてくれた。

「元気出しなさいよ! もう二度と会えないわけじゃないんだから! それに今回希も頑張ったんだし、行ってあげればいい御褒美になるんじゃない?」

 それに続くようにヴィータも明るい調子で言う。

「そうだぜはやて! つーか希はやてにそんなこと言われたら嬉しすぎて昇天しちゃうんじゃねーか?」

「そうね! 希ならきっとそうよ!」

「そう……やろか?」

「絶対そうよ!」

 ……うん、そうやな。次に会ったら、ちゃんと伝えよう。
 希君に私の気持ちを。今までの分も、全部。
 私はこの日、そう心に深く決意した。






「あっ、その時の様子はちゃんとあとで教えてね♪」

「いや、すずかちゃん。ちょっと勘弁してや」

「だめよ、ここまで言っておいて逃げられると思ってるの?」

「私も知りたいな」

「私も」

 そう、キラキラした目ですずかちゃんとアリサちゃん、なのはちゃん、フェイトちゃんに迫られてしまった。
 ……逃げられそうにないなぁ。頑張らな。








 それからさらに10日が経った。希君はまだ帰ってこない。
 さすがに遅すぎとちゃうか?
 クロノ君に頼んで連絡を取ろうとしたけれど情報規制とやらのせいでそれもできないらしい。
 少し、心配になってきたわ。






 ついに希君が本局に行ってから1カ月がたってしまった。
 私は一人で病室にいると、そのことばかり考えるようになってしまった。
 ここまで来るともう希君が帰ってこない原因は別の所にあるのではないか?
 だってクロノ君は遅くても二週間ほどで帰ってくるだろうっていっとったのに。
 まさか向こうで希君の身に何かあったんじゃ……いや、それならこっちにも連絡が来るはずや。
 それなら、別の理由だろうか? ……もう、私に愛想尽かしてもうたんかな? いっぱい迷惑かけてもうたし。
 それに対して、私は希君になんも返してあげてない。貰ってばっかやった。その癖自分の気持ちすらきちんと話してないんやから……愛想尽かされてもしょうがない。
 もう、戻ってこなかったらどうしよう……


 そんなことを考えてはまた我に帰って自分を叱咤する。
 あかんあかん! またネガティブなことを考えてもうた! それはあかん!
 どうも一人で部屋に居ると思考が後ろ向きになってしまう。
 前にこうして一人で悩んでるところを見られてシグナム達に怒られたばかりやないか。
 しっかりせな。大丈夫。希君は必ず戻るっていうとったやないか。
 信じてあげな。
 そう思った私が気合を入れるように両手で頬を叩いているとふいに病室の扉がノックされた。
 誰やろ? シグナム達はもうチョイ時間がたってから来るはずやし。なのはちゃん達かな?

「どうぞ」

 そう考えながらさっきのネガティブ思考を頭の隅に追いやって返事をする。
 また落ち込んどるすがたを見られたら心配させてまうからな。


 しかし現れたのは私の予想していたのと大きく違っていた。


 現れたのは…


 私の待ち望んでいた人


「ただいま、はやて」

 希君が帰ってきた。





[25220] 第十八話
Name: kaka◆0519be8b ID:ee322f37
Date: 2011/08/16 00:48
 すぐには言葉が出なかった。
 帰ってきたら、いっぱい、いっぱい話したいことがあったのに。希君に会えたことで、それらすべてを忘れてしまった。

「すまない、少し帰ってくるのが遅くなった」

 久しぶりに聞く希君の声が耳に心地よく、涙が出そうになる。

「はやて?」

「……遅いやん。心配、するやろ」

 頑張って出した声も、涙声だった。ちゃんと、笑顔で出迎えてあげようと思っていたのに。

「ずっと、まっとったんよ。希君がいなくて、ずっと、ずっと、寂しかった」

「はやて……」

 ついに涙があふれて来てしまう。
 こんなにも、希君が帰ってきてくれたのが嬉しいなんて……

「ごめんな。寂しい思いをさせて……もう……そんな思いさせないから……」

「……うん、うん。約束してや」

「あぁ、約束、するよ」

 その言葉が嬉しくて、私は心が満たされた様な気持ちになっていった。

「お帰り、希君」

 そうして、ようやくこの言葉を希君に言うことができた。




 少し泣いたおかげで落ち着いた私はようやくちゃんと希君と話せる状態になった。
 というか私希君の前では泣きすぎやな。
 まさか一カ月会えなかっただけでこんなにも涙が出てくるなんて。
 こうして一緒にいるだけで心が落ち着くし。
 どんだけ惚れとんねん、私は。自覚なかったけど。
 ……なんやこれ。自覚しただけで急に恥ずかしくなってきてもうた。
 まともに希君の顔みれるんかな?
 こんな状態でこ、告白もせなあかんし……

「はやて、どうした?」

「へ? 何でもない! うん! 何でもないで!」

 あかんあかん! 希君は勘がええからな。不審がられてもうた。
 逆に変なところで鈍いところもあるけど。
 ……とはいえいきなり告白っちゅうんもあれやし……もっとムードを作ってからにせんと……
 うん、そうや。ムードが大切や。
 希君じゃあるまいしいきなり話の流れも考えずに好きだとか言うんは恥ずかしすぎる。
 まずは話の取っ掛かりを作ってからにしよう。話したいことは山ほどあるんやし。
 とりあえず、向こうで何しとったか聞いてみようかな?
 そう思って口を開こうとした瞬間

「はやては、この一カ月どんなことしていたんだ?」

 希君が先に聞いて来てしまった。
 あれ? かぶってもうたか。
 でも、まぁええわ。私のは後で聞けば。

「うん。あんな……」

 それから私は希君がいない間に起こったことを次々に話してあげた。
 家に帰ってクリスマスの飾り付けがされていて驚いたこと。
 希君の両親に謝りに言った事。
 なのはちゃんやフェイトちゃんが模擬戦をしている様子を見たこと。
 アリサちゃん、すずかちゃんがお見舞いに来てくれたこと。
 私も初めて模擬戦に参加してみたこと。
 シグナムが模擬戦にはまってしまいフェイトちゃんが大変そうにしていること。
 ヴィータが希君のアイスが食べれないと言ってふてくされてしまった事。
 シャマルがお見舞いといって手作りクッキーを作って持ってきたので焦ったこと。
 ザフィーラの子犬フォームが可愛すぎて似合わないと言ったら落ち込まれてしまった事。
 リインの料理がうまくいったおかげで八神家食卓の危機が去ったこと。
 ツヴァイが一人部屋がいいと言ったので用意したら寂しがって結局リインと同じ部屋になった事。
 などなど。
 自分でも驚くほど話が止まらなかった。
 希君と出会う前の私だったら、こんなに楽しく日常のことを語れなかっただろう。
 私はもう、独りぼっちじゃない。
 家族が、友達がいてくれる。
 それは、とても幸せなことや。
 だけど、やっぱり希君と話している時が一番楽しくて、一番幸せを感じられる。
 こうやって一度離れ離れになって、初めて気がついたけど。
 やっぱりアホやね、私は。
 こんなことにすら気が付いていなかったなんて。
 こうして、私は幸せを噛み締めつつ希君に話をしていった。
 これからは、もっと楽しくなる。
 だって希君が帰ってきてくれたんだから。






「……そんでな、希君が残してくれたリハビリも実践しとるんよ」

「あれか? あれ、きついだろう。大丈夫だったか?」

「うん。平気や。私、頑張ったんやから」

 そう言って私は得意げに胸を張った。
 実際、かなり頑張ったと思う。そのおかげで先生も驚くほどのスピードで回復してるって言うとったし。
 あっ! そうや!

「ちょっと見とってな」

「ん?」

 そう言って私はベッドの縁まで移動した。
 ふふふっ、いまこそ希君を驚かそう作戦を実行する時や!
 そのまま私はベッドの縁を掴んで、ゆっくりと両手と足に力をこめる。

「は、はやて、さすがにまだ……」

「大丈夫やって」

 その様子を希君は心配そうに見ていた。
 大丈夫。希君のいない間、私だって遊んでただけじゃないんやから。
 こうして、両手で体を支えつつ、徐々に足に体重をかけていく。
 そして、ついに誰の補助もなしでつかまり立ちをすることができた。
 よし! まだプルプル震えるけれど、なんとか成功した。

「!! もうそんなに……」

 私が立った姿を見て、希君は眼を見開いて驚いていた。

「ふふっ、頑張ったって言うたやろ」

 よっしゃ! 作戦成功や!
 思わずガッツポーズをしたくなってしまう。
 ただ、そのせいで少し調子に乗ってしまった。

「ほら、こんなことだって」

 そう言って片手を離そうとしてしまった。
 だが、さすがにそこまで筋力は戻っていなかった。

「あっ!」

 気付いた時はもう遅く、私はバランスを崩してしまった。
 しもた! やってもうた!
 しかし、私が地面にぶつかることはなかった。

「はやて!」

 咄嗟に飛び出た希君が、抱きとめてくれたから。
 ……あかんな。また希君に助けてもらってしもた。恥ずかしい。
 でも、希君が近くて、嬉しい。
 希君はどうせすぐ離そうとしてしまうやろうけど……




 しかし、希君は珍しくそもまま私を離そうとしなかった。
 どうしたんやろう? また理性とんだんかな? 嬉しいからええけど。
 顔が見えへんから分からんわ。

「……ごめん、はやて。もう少し、このままでいいか……」

「……うん、ええよ」

 そう言って希君はゆっくりと私の背に手を回し、優しく抱きしめてくれた。
 同じように私も希君の背中に手を回す。
 希君はそのまま何も言わずしばらく私を抱きしめ続けた。
 ……あかん。めっちゃドキドキする。
 心臓の音が聞こえてしまってるんじゃないかと心配になるくらいに。
 こんなにドキドキしたのは、あの温泉旅行の時以来や。
 だけど、全く嫌じゃない。
 むしろ、このまま時が止まって欲しいと思うほど、心地いい。
 改めて、確認できる。
 私が希君のことを、どう思っているのかを。
 だから、言おう。今こそ

「あんな、希君。私、希君に伝えてなかったことがあるんよ」

「ん?」

 いまさらだけど、大切なことを。

「私…………希君のことが好きやねん」

 それを聞いた瞬間、希君は体をビクンと震えさせた。

「は、や、て?」

「出会ってから、ずっと傍にいてくれて。私が寂しい時、一生懸命支えてくれて。私が泣いている時、大丈夫だよと勇気づけてくれて……」

 言葉は、まるで決められていたかのようにスラスラと出てきた。

「そんな希君に、私はずっと前から惚れてたんよ」

 希君はそれを聞きながら小さく震えている。
 そんな希君をたまらなく愛おしく感じた。
 だから、言おう。今さらだけど。今だからこそ。私の本当の気持ちを。

「私は、希君が好きやから。世界で一番、希君が好きやから。だから……ずっと、傍に居てほしい」

「……はやてぇ」

 あたしの頬に、自分のものではない温かい液体が落ちてくる。
 気付けば、希君は涙を流していた。

「……俺も、はやてが大好きだ。今も、今までも、これからも。初めて出会った時からずっと! だから、だからこれからもずっとずっとはやてと共に居たい! 一緒にご飯を食べて、おしゃべりして、笑いあって、時には喧嘩をして…………はやてと共に時間を過ごしていきたい」

「……うん」

 その言葉はいつも以上に気持ちがこもっていて、それが嬉しくて、いつの間にか私まで涙が流れてきていた。
 私たちはいつの間にか互いに向き合っていて

「愛してるよ、はやて」

「私も、愛してる。希君」

 そっと唇を重ねた。


 あぁ、やっと、こうすることができた。何時かと、夢に見ていたことが。








 そのまま希君は私の頭をそっと支え








 私は意識を失った。





[25220] 第十九話
Name: kaka◆0519be8b ID:ee322f37
Date: 2011/08/16 00:48

【Sideシグナム】

 希が本局に行って1カ月がたった。
 この頃になると私たちはもうアースラではなく自宅待機に代わっていた。
 主はまだ精密検査やリハビリのために病院に居るがうまくいけばあと一週間ほどでこちらに帰ってこれるようだ。
 主も自宅に帰ってくるのをとても楽しみにしていると言っていた。
 ただ、それでも少し元気がないようなのはやはり希からの連絡が全くないからだろう。
 ヴィータもツヴァイも以前なら文句を言っていたのに最近ではそれすらいわなくなってきてしまった。当初は遅くても二週間という話であったのに……
 待つことしかできないのがもどかしくて仕方ない。せめて、手紙の一つでも送ってきてくれればいい物を……
 今日もそんなことを考えながら家でテレビを見ていると、玄関のチャイムが鳴った。
 こんな時間に珍しい。
 高町たちだろうか? 最近は元気のないヴィータ達を気遣ってよく家に来てくれるからな。

「はいは~い、今でま~す」

 そう言いながら出て行ったシャマルを見ながらそんなことを考えていた。
 だがそれは違った。
 そのことが、シャマルの声ですぐにわかった。

「希君!!」

 そう、確かに聞こえた。
 その瞬間、同じようにテレビを見ていたヴィータとツヴァイがソファーから飛び起き玄関に走っていった。
 同じように、洗濯物を干していたリインとザフィーラもそれを中断して玄関に急ぐ。
 そう言う私もすぐさま玄関に向かっていた。
 そして、そこで見つけた。
 約一カ月ぶりに一ノ瀬希が私達の元に帰ってきた。

「ただいま、みんな」

 一つの大きな覚悟を持って






【Sideヴィータ】

「すまなかったな、帰ってくるのが遅くなってしまった」

「まったくだぜ。はやての奴、すげー寂しがってたんだぞ」

「あぁ、本当にすまなかった」

 そうやってあたしが拗ねた様に言うと希は困った様に笑いながら謝ってきた。
 まったく、笑い事じゃねーっていうんだよ。こっちがどれだけ心配したと思ってんだ。
 そんなことを思いながらも、あたしは上機嫌になっているのが自分でもよくわかった。
 だってやっと希が帰ってきたんだ。仕方ねぇだろ?

「まったく、ヴィータちゃんは素直じゃないですね。ちゃんと自分が寂しかったって言えばいいじゃないですか」

「うるせー、寂しがってたのはお前じゃねーかツヴァイ。あたしはそんなに寂しがってねーですよーだ」

「ホント、素直じゃないですね~」

 ツヴァイはまだ呆れ顔で何か言ってるけどあたしは無視することにした。
 いいんだよ別に素直にしなくたって。恥ずかしいだろ。
 それに、素直にしなくても希はちゃんと分かってくれるんだから。

「それで、なんでこんなに帰ってくるのが遅くなってしまったのですか? 主はやてにはもう会ったのですか?」

「……いや、はやてにはまだ」

 その答えにあたしは驚いた。
 てっきりもうはやてには会っているのかと思っていたからだ。
 はやてよりも先にあたし達に会いに来るだって?
 希にしてはあり得ない。

「先にお前達に話しておきたいことがあって、な」

 そう、リインに答えた希はなぜかとても悲しそうな表情をしていた。
 この時のあたしには希の覚悟なんてちっともわかっていなかった。






【Sideシャマル】

「話したいこと?」

「あぁ、そうだ。お前達の処分について」

 それを聞いた私たちは少し身構えた。
 希君の様子がいつもと違い、とても悲しそうだったからだ。
 彼がこんな表情をしているなんて。
 そんなに悪い結果だったのだろうか? それともまさか……

「三年間の保護観察処分だ。嘱託魔導師となり、管理局に奉仕活動及び次元世界での各種ボランティア活動を行えば期間は一年に減る」

「……あれ? そんなもんかよ」

「あぁ、それだけだ」

 希君の報告を聞いたヴィータちゃんは拍子抜けしたような声を出していた。
 ツヴァイも似たような様子だ。
 想像以上に、私達の刑は軽かった。
 だけど私にはまだまだ安心することなんてできない。

「お前は、違うのか?」

 シグナムも同じような危惧をしていたのか問い詰めるように希君に聞く。
 そう、これを聞かなければまだまだ安心はできない。
 希君は今「お前達の」と言った。
 もし自分も同じ刑ならばそんなふうには言わないはずだ。
 つまり、私たちはまだ希君がどうなるかはまだ聞いていない。
 そう言われてヴィータちゃんもツヴァイもハッとしたような表情になった。
 私達の刑は軽すぎる。
 もしかしたら、希君が罪を一人でかぶったせいかもしれないのだ。
 いや、それならまだいい。
 もし、あの時お父様が言っていたような状況になっているとしたら……
 嫌な予感がこびりついて離れない。

「俺か……俺の判決は……」

 息をのんで、希君の答えを待つ。
 その答えは……

「罪なし。今回の事件で、俺は裁かれることはない」

 私にとって、最悪の予想のものだった。






【Sideザフィーラ】

「裁かれない、だと? どういうことだ?」

 私は呆気に取られながら希に聞いた。
 てっきり私達の刑が軽いのは希が一人で罪をかぶってしまったせいではないかと思ったからだ。
 しかし、それは違っていた。裁かれないとはどういうことだ?
 シグナム達も困惑気味だ。
 そうしているうちに、希は詳しい説明を始めだした。

「今回の闇の書事件に、俺は関わっていないということになった。そもそも俺は魔導師ではないからな。元々関係性は薄いと思われていたようだ。そこでギル・グレアムの力を使って色々と行動した結果、俺の罪は帳消しとなったんだ。そのせいでこんなに帰ってくるのが遅くなってしまったがな」

「そう、だったのか」

 そうか、希はだからこんなにも帰ってくるのが遅くなってしまったのか。
 さんざん私達が言ったから、自分だけが罪を被るような真似はしないでくれたのだな。
 よかった。
 その時私は心底ほっとしていた。いや、私だけでなく、シグナムやリインフォースもホッとしていたようだった。
 しかし、シャマルだけは違っていた。
 顔を青くして、絶望的な表情をしていた。
 いったいどうしたというのだ?

「? どうかしましたか? シャマル?」

 そのことにリインフォースも気付き、声をかけたがシャマルは答えなかった。
 代わりにデバイスを起動させ、なんと希に突き出し始めた。

「シャマル!! いきなり何を!」

 シグナムが驚き声をかけるがシャマルはそれを無視して、青い顔のまま希を睨みつけている。
 他のみんなも突然の出来事に面食らって何もできずにいた。
 無論、私もなにが起こっているのか理解できていなかった。

「何を……したの? いえ、何をするつもり?」

 そんな中、ただ一人希だけがすべてを理解しているようで、悲しそうな顔をしていた。

「……そうか。父さんか。さすが父さんだ」

「質問に答えて!」

 叫びながら、シャマルは泣きそうになっていた。
 一体、何が起きているというんだ?
 それは、希の答えによって明らかとなった。

「……お前達の元から消える。もう、家族としてここに戻ってくるつもりはない」

 私には希が何を言っているのか理解できなかった。
 ただ、この時私の守りたかったものがすでにどうしようもなく傷つけられてしまっていたことに気付いていなかった。






【Sideリインフォース】

「……なぜ?」

「簡単な話だ」

 シャマルが崩れ落ちそうになるのを必死で我慢しながら気丈に聞くと、希は淡々と話し始めた。

「俺の能力のことが管理局にばれた」

 私は、衝撃で混乱した頭のままそれを聞く。
 それが、いったい、どうしたというのでしょう?
 しかしそれを聞いたシャマルの衝撃は大きかった。希に突き出している手が、震えている。

「組織として成り立っているものに俺の能力がばれると言うことがどういうことを意味するか分かるだろう? シャマル」

「…………」

 シャマルは答えない。
 いや、声が出ないようだった。
 それを見た希は、私達の方を見て、説明を始めた。

「人の心を読む力。それは情報戦において圧倒的な力と成り得る。本来、口を閉ざすことで守っている様々の情報を簡単に入手できるのだから。機密情報が駄々もれだ。そして、管理局には外に出してはいけない機密情報なんて腐るほどあった」

 そう説明する希の声は、酷く沈んでいた。

「そんなところの中枢に俺は入ったんだ。局としては、俺が機密情報の多くを手に入れてしまったと考えている。それだけで、俺は安易に外に出してはいけない存在となったよ」

 ……確かに希の能力は脅威的だ。それがばれてしまった以上、管理局は希を好きにさせはしないだろう。
 だが、それだけではないはずだ。
 いくら局が希を縛ろうとしたところで、希なら抜け出そうとしたはずだ。
 主はやてがいるかぎり。
 それをしようとしないということは……

「無論、それだけではない。中には、監視だけだはなく排除しようと考える強硬派もいた」

 あぁ、やはり。

「管理局だって清廉潔白な組織ではない。大きな組織だからな。中には後ろ暗いことをやっている者だっている。そういう輩にとって、俺は脅威以外の何物でもない。何せ自分のやっている悪事がすべてばれてしまうのだから」

 私にはわかってしまった。

「逆に言えば局と敵対している組織からしたら俺はのどから手が出るほど欲しい存在となるだろう。何せ敵の急所が丸わかりとなる存在だ。どんな手段を使ってでも、手に入れようとするはずだ」

 希がなぜ私たちから離れようとするのかが。

「普通の局員にしたっていい顔はしないだろう。誰だって勝手に心など覗かれたくはない。しかも俺の能力は魔法ではないからこちらが使用しているかは分からないんだ。恐怖しかない」

 私達のためだ。主と私たちを、危険から遠ざけるため。
 ……しかし

「だからと言って局から抜けることもできない。抜けてしまった瞬間、俺を拉致監禁、もしくは抹殺しようとする輩は爆発的に増えるだろう。だが、局内にいる限りはそこまでひどく狙われたりはしないはずだ。基本的に管理局は正義の機関だからな。今の俺は管理局に縛られているのと同時に、守られてもいる」

 ……しかし

「……要するに、俺の能力は闇を呼びやすい。それがばれてしまった以上、例え局内にいたところできっとこの先さまざまな輩に狙われるだろう。その前に……」

「ふざけるな!!」

 シグナムが叫ぶ。
 そうだ。
 こんな話認められるわけがない。
 それに

「それでお前は、お前はどうなるというのだ! 我々から離れたところで、お前が狙われるの事に変わりないではないか! それを我々に見過ごせと言っているのか!」

「そうだ」

 そういった希の声は、酷く冷たかった。

「今のお前達の力では、俺の敵には敵わない。量が、違いすぎる。いつかきっと倒れてしまうだろう。それと」

 私たちを突き離すような、酷く冷たい声。

「勘違いをするなシグナム。お前の主は俺じゃない。はやてだ。はやてを守るのに一番いい方法を考えろ。情に流されず、主を守るためなら何であろうと排除しろ」

「しかし!」

「はやてちゃんが許すわけがないわ」

 それでも食い下がろうとするシグナムを制し、震えた声でシャマルが言う。

「決して、はやてちゃんがそんなことを受け入れるはずがない。希君が何を言おうと、はやてちゃんは希君について行くわよ。だからそんなことしようとしたところで、はやてちゃんを傷つけるだけよ」

 しかしそれすらも希には想定内のことだったらしい。
 更に最悪な展開を私達に向かって宣言する。

「そうだな。だから俺ははやての記憶を消す」

「え?」

「はやての俺に関する記憶はすべて忘れさせる。それができる力を、俺は持っている」

 私は絶句した。
 それは……つまり……主はやての中から自分が消えるということだ。
 それが希にとってどれだけ辛いことか……

「……ウソだろ、希」

 ヴィータが消え入るような声で言う。

「本当だ」

「ウソだって言ってくれよ!!」

 しかし希は聞き入れてくれない。

「……嫌です。私は嫌です……お願いです希……そんなことしないでください」

「……ツヴァイ。もう、決めたことだ」

 ツヴァイが泣きじゃくりながら懇願するが、やはり希は聞き入れなかった。

「なぜ、ですか? なぜ一人でそんな道を歩もうとするのですか? なぜ私たちを頼ってくれないんですか!? 希!!」

 私は気が付いたら叫んでいた。
 悲しくて、苦しくて、悔しくて。
 そこで初めて希は顔を伏せてしまった。
 そして、小さな、絞り出すような声で答える。

「それは……俺が弱いから……」

 本当に弱弱しい、今にも壊れそうな声だった。

「俺は弱い。だからお前ら全員を守れない。はやてを守りきることもできない。俺は弱い。だからお前達に寄りかかることができない。はやてが俺のせいで危険な目に会うかと思うと、胸が張り裂けそうになる。お前らが俺のせいで死んだりしたらと思うと、怖くて怖くて仕方がないんだ。だからお前達の気持ちを無視してまで、お前達から離れようとしてしまう。だから自分の気持ちを殺してまで、はやての前から消えようとしてしまう。だから俺は、弱くて、弱くて、弱い、ただのガキだった」

 希は、肩を震わせて、涙を流すのを堪えていた。

「せめてもう少し俺に力があれば……せめて、もっと早くお前達に能力のことを話すことができていればこんなことにはならずに済んだかもしれないのに……」

 そこに居たのは、いつもの堂々とした頼りになる希ではなく、一人のか弱い小学生だった。
 私にはもう、これ以上何も言えなかった。

「すまない、お前達にばかり辛い思いをさせて……だがもう、決めたことだ。俺は実行する」

 そう言うと伏せていた顔を上げ、私達に悲しみに満ちた視線を向けた。

「だから、せめて、お前達の記憶も消してやる。今の俺にはそれができてしまうからな。あの戦いで、どうやら脳に耐性ができたのか最終能力の負荷率が減ってしまったようだから」

 その言葉に私達が身構える横で、希は自嘲気味に笑いだした。

「ふふっ、いっそ無くなってしまえばよかった物を……」

 希は言いながら一番近くにいたシャマルに手を伸ばした。

「嫌!」

 シャマルはその手を拒否しながら一歩下がると、そのまま希にバインドを仕掛けた。
 だが、希はそれをかわしてしまう。

「……大人しくしていてくれないか」

「嫌よ! こんなこと絶対に間違ってる! はやてちゃんが希君のことを忘れるなんて、そんな事あっていいはずないじゃない!」

 シャマルはそう叫びながら再び希にデバイスを向けた。
 縛りつけてでも、シャマルは希を説得する気のようだ。
 それを見た希は顔を伏せ、黙って一歩シャマルに近づいた。
 その希にシャマルがもう一度にバインドを仕掛けようとした瞬間

「待て」

 今まで黙っていたザフィーラが間に入り、二人を止めた。

「ザフィーラ! 邪魔しないで!」

「……少し、待ってくれ」

 ザフィーラはシャマルにそう言うと希の方を見る。

「……希、お前は間違っている。こんなことしたところで、お前は幸せになれない」

「知っているよザフィーラ。それでも、俺はやる」

「…………そう、か」

 希の答えを聞いたザフィーラの顔は、普段の彼からは想像もできないほど悲しみに満ちていた。
 そして、震える声で希に頼む。

「なら、せめて、私達の記憶までは奪わないでくれ。頼む」

「ザフィーラ! 何を!」

 シャマルはそんなザフィーラに喰ってかかったがザフィーラは首を振るだけだった。

「……説得が通用する段階であったなら、希はこんなことは言わない」

 そう言われたシャマルは、ショックを受けた様にその場にへたりこんでしまった。
 そうだ。
 私にもわかってしまった。
 私達には希を止めることができない。
 希がどれだけの主はやてのことを愛しているのかを知っているからこそ、希がどれだけの覚悟を持ってこんなことを言っているのかがわかってしまう。
 それは、たとえ何をしようとも希が考えを変えないだろうことを私たちに思い知らした。
 今ここで止めようとも、希は主はやてに会えば必ず記憶を消す。
 記憶が消えた主はやてに私達が希のことを思い出させたところで、再び彼は主の記憶を消してしまうだろう。
 それは希に再び心を引き裂くような作業をしろと言っているのと同義の行動だ。
 もう、私達に、止める手段は…………ない。
 自分の無力さに涙が出る。
 なぜ私が生き残って、希が主はやての元から消えねばならない? どうして?
 その事ばかり、頭の中をぐるぐる廻る。

「……覚えていたところで、辛いだけだぞ」

「それでも、覚えていたい」

 ザフィーラのそれに続く様に、ヴィータが絶望的な表情のまま希に懇願しだした。

「……あたしも、嫌だ。忘れたくない。……忘れたくないよぉ。あたしにとって、はやてと、希と共に過ごした時間は一番大切な宝物なんだ。だから、だからぁ……」

 ヴィータはそのまま泣き出してしまった。
 希はそれを見て、辛そうに顔を歪ませていた。
 シグナムも気付けば涙を流していた。

「頼む、希。主には決して言わないと誓うから。頼む」

 そういいながら頭を下げるシグナムを見て、希はついに私たちから顔を背けてしまった。

「……………………わかった」

 やっとのことで希は思いとどまってくれたが、それでも主はやての記憶を奪うことに変わりはなかった。
 希は私たちから顔をそむけたまま、最後通達を行う。

「だが、やる事に変わりはない。今から、はやてに会いに行く。最後の時間だ。記憶を残す代わりに、二人だけにしておいてくれ」

 そして、そのまま家から出ていこうとする。

「……ごめん、みんな……はやてのことを、守ってくれ」

 最後にそう言い残して、彼は私達の前から姿を消した。
 私には、何もすることができなかった。






【Sideツヴァイ】

 希が部屋を去ってからだいぶ時間が過ぎた後、私たちははやてちゃんのいる病院に向かいました。
 その間、誰ひとり言葉を発する人はいませんでした。
 ただみんな、涙を拭いて、はやてちゃんの前で普段通り振舞えるように必死で悲しみを隠して……
 病室に着くと、はやてちゃんは一人眠っていました。
 そこに希の姿はありません。
 きっと、もう……
 だけど、私には怖くて皆に確認することができませんでした。
 みんなも、何も言いません。
 しばらくすると、はやてちゃんが目を覚ましました。

「主、目が覚めましたか」

「ん~、なんやみんな来とったんか? ごめんなぁ、いつのまにか寝てもうてたわ」

「……いえ、私達も先ほど来たばかりですので」

「そっか」

 シグナムがいつも通りの対応をしていましたが、はやてちゃんは違和感に気付いてしまったようです。

「どうかしたん?」

 しかしみんなの口は重く、だれもはやてちゃんに答えようとしませんでした。
 だって本当のことなんて言えないから。
 希の覚悟を踏みにじるなんてこと、私にはできないから。
 するとシャマルが私達の処分について話し始めました。それではやてちゃんは私達の様子に納得言ったのか、すべて聞き終わると

「ん、分かった。それじゃあ、みんなで頑張ろうやないか。大丈夫。シグナムも、ヴィータも、シャマルも、ザフィーラも、リインも、ツヴァイも、そして私も。家族全員で力を合わせて罪を償っていけばええよ」

 そういって私たちに笑いかけてくれます。
 でも、この中に希の名前はありません。

「……それだけなのかよ、はやて」

 ヴィータちゃんが絞り出すような声で問いましたが、はやてちゃんはキョトンとしています。

「いや、もちろんなのはちゃんとかフェイトちゃんとかの力を借りることはあると思うけど。この問題に関しては私たち家族のことやからな」

「そう……か」

 ……やっぱり、もう……希は……
 そう言ったヴィータちゃんの目にはみるみる涙が溜まっていきました。
 頑張って耐えようとしていましたが、ついに我慢の限界が来てはやてちゃんに抱きついて泣き出してしまいました。

「……ごめん。ごめんなさい、はやてぇ。あ、あたしたちの、せい、で」

 それを見ていた私も我慢しきれず、涙があふれてきてしてしまいました。
 同じように、シャマルとお姉ちゃんも泣いています。

「はやてちゃん、はやてちゃん……」

「ごめんなさいはやてちゃん。本当に、本当に……」

「主はやて……すみません、私には……」

 更にはザフィーラまでもが顔を伏せ肩を震わせています。

「……主、すみません……私には……守り切れなかった」

 それを見て困惑するはやてちゃんをシグナムが抱きしめました。
 その目には、かすかに光るものが流れていました。

「……主、私は、騎士としての誓いを守れなかった」

 みんな耐え切れずに泣いています。
 泣かないように頑張ったのに……もうどうしようもなく悲しくて……どうして……こんなことに……

「大丈夫、私は大丈夫やよ」

 はやてちゃんの慰めの声が悲しくて、その日私たちは涙が枯れるまで泣き続けてしまいました。





[25220] 第二十話
Name: kaka◆0519be8b ID:ee322f37
Date: 2011/08/16 00:49
 はやてたちと別れてから数時間、俺はようやく管理局本部に到着した。
 局員の物が俺の局内での行動制限などを話しているのを適当に聞き流しながら俺は建物内の様子を何となく眺めていた。
 しかし、異世界とはいえ特に俺のいる世界と大差ないな。
 多少近代化は進んでいるようだが。
 特に面白そうな場所はなさそうだ。
 はやてもいないし。
 さっさと用事を終わらせて帰りたいものだな。
 そんなことを考えていると、俺は説明をしていた局員にとある部屋まで案内された。
 ……フン、嫌な奴に会わなければならない。

「一ノ瀬容疑者を連れてまいりました」

「入りたまえ」

 俺を連れてきた管理局員が畏まって挨拶すると、奴は偉そうに返事をした。
 中に入ると車椅子に腰かけ、リーゼアリアを後ろに携えたギル・グレアムがいた。

「御苦労。君は下がっていていい」

「はっ」

 言われた管理局員が退室し、部屋には俺とリーゼアリア、グレアムの三人が残された。
 沈黙が流れる。
 アリアは気まずそうに眼を伏せている。
 グレアムも一度俺を見た後は目を瞑り、眉間にしわを寄せていた。
 俺はそんなことは気にも掛けずに、体を伸ばしていた。
 こいつらが今どんなふうに思っているかなんて、とっくに知っている。
 だからと言って何かをする気も言う気もない。せいぜい罪の意識に苛まれればいい。
 しかし、まだ本調子とは言えないから少し疲れたな。
 車椅子は慣れたが。
 そうやって俺が奴の存在を無視している間、沈黙が続いた。
 その重苦しい沈黙を破ったのはグレアムだった。

「……一ノ瀬君。私は」

「言いたいことと言わなくてはならないことを一緒にするなよ、ギル・グレアム。お前の言いたいことなんて俺は聞きたくないし、お前との会話すら俺は気分がよくない。言わなければならないことのみをさっさと言え」

 しかし俺はグレアムの言葉を、俺はばっさりと切り捨てた。
 俺は奴の謝罪など聞きたくもない。
 そんな意味のない行為に付き合うなんて御免だ。
 するとグレアムとアリアは辛そうな顔をし、何かに耐えるように声を絞り出した。

「……わかった。君の今後の予定だがまずは精密検査を受けてもらう」

「精密検査だと?」

「あぁ、そうだ。アースラでも受けてもらったがそれよりより高度なものだ。何せ君は一週間も眠り続けていたんだ。万が一があったら大変だ」

 なるほど。
 アースラの医療施設では俺が昏倒していた理由がわからなかったから、無理にグレアムが入れたのか。
 余計なことを。
 俺の原因なら分かっているというのに。
 それなら俺ではなくはやてにやって欲しいものだ。

「その後、査問会に出てもらう。そこで闇の書事件と君自身のことを詳しく説明して欲しい」

「査問会、か」

「そうだ。そこでの君の態度や事件の経緯によって、君達の刑が決まる」

 俺の態度と事件の経緯、か。
 事件の経緯自体は十分に情状酌量の余地はあるとの話だったな。
 つまり、後は俺が大人しくしてれば罪が軽くなる可能性が高いということか。

「私は……今回の事件では当事者側だから出ることはできないが……無論、できる限りの力は尽くすつもりだ」

「そんなことは聞いていない」

 しかし素直な態度をとることに問題はないが、闇の書を正常化したことについてはどう誤魔化すかな?
 さすがに能力のことは話せない。
 局としてもそのことには興味を抱いているはずだし……
 まぁ、どうとでも誤魔化せるか。
 最悪、最終能力については説明しなければならないかもしれないが……
 要は心を読むことができることさえばれなければいい。
 それならば、ただのレアスキルとして扱われるだけで済む。
 そこまで重要な価値を見出すこともないだろう。
 問題ははやてたちを助けるための交渉方法だな。
 なるべく早く終わらせてみんなの所に帰りたいものだ。
 あぁ、早くはやてに会いたい。


 と、俺はこの時まではこの時暢気にもそんなことを考えていたのだった。





 グレアムとの話し合いが終わった後、俺はすぐさま管理局が誇る医療施設で精密検査を受けた。
 さすがに近代化が進んでいるだけあってその検査の精度とスピードは素晴らしいものだった。
 まぁ、魔法技術も取り入れているので当然か。
 しかし、ここの医療技術も取り入れることができればはやての足はもっと早く良くなるな。後でグレアムに医療関係の専門書を用意させよう。
 俺の診断は滞りなく進められていった。
 アースラ内の検査でもわかっていた事だが俺の怪我は肉体の酷使による筋肉の断裂や靱帯の損傷などで、個々の医療施設を使えば簡単に直せる程度のものだった。
 心配していた脳への損傷もまるでなかった。
 いや、しかし、ここまで何にもないなんて思わなかった。
 能力障害だって予想以上に早く治ってしまったし。
 むしろあの後能力の精度が上がった気がする。
 まだすべて使ったわけではないので分からないが。
 本当、異常だ。こんな力がお手軽すぎる。
 まぁ、はやてたちが受け入れてくれたからいいんだが。
 最後に、血液採取と全身のスキャンを行い、俺の精密検査は終了した。
 後は最後の結果を待つだけだ。






「ではこれから、査問会を始める」

 精密検査の結果を待つ間、ついに査問会が始まった。

「被告、一ノ瀬希にはロストロギア、闇の書の無断使用および民間人への魔法攻撃の指示、魔導生物の違法な狩猟、殺人未遂の容疑がかけられている」

 査問会には、管理局のお偉方が何名も集まっていた。

「この査問会ではその経緯及び容疑者のもつレアスキルついて話してもらう」

 みな、俺のレアスキルに興味があるらしい。
 管理局を長年悩ませていた闇の書を収めたというレアスキルだ。
 当然、気になる。
 どうにか自分の利になるように使えないかと考える者もいた。

「容疑者はこれから我々がする問いに嘘偽りなく答える様に」

 そんな中俺は平然と周りの様子を観察していた。

「なお、今回の査問会では証拠物件として……」

 すでに能力は発動済みだ。
 周りの奴らがどう考えているかなんて手に取るように分かる。

「時空管理局本局次元航行部隊第八番艦 アースラの記録を使用する」

 しかし、今のところ印象はあまり良くないな。
 態度では反省しているように見せているんだが……
 どうも闇の書に対する印象が最悪すぎるらしい。
 艦隊を一つ潰してしまった事が大きいようだ。
 事件の経緯を知らずにせいかもしれないが。
 だが、普通にやっても情状酌量の余地があると判断してくれる奴が半分くらいはいそうだな。
 後は、うまくやってできる限り罪を軽くすることにしよう。




 査問会は進み、アースラの記録映像がすべて流れ終わると、ついに俺への尋問が始まった。
 まず初めに、俺が事件に関わった経緯を問われた。
 俺はそれにはなるべく相手の同情を引くように演技をしながら、しかし真実を話した。
 本音を言えばここではあまりはやてとの関係を知られたくはない。
 万が一俺に敵ができた時にはやてが狙われてしまう可能性が上がるからだ。
 だが、無理をしてまで隠すことでもない。
 どちらにせよ管理局に加担することとなれば俺とはやての関係などすぐにばれてしまうだろうからな。
 なら、今は素直に喋った方が同情を引きやすいだろう。
 そう考え、話していたのだが……
 状況に変化が起きた。
 話しの傍らで聞いていたが、精密検査の最後の結果が出たらしい。
 その結果がどうもおかしいようだ。通常ではありえない様な数値が一つ出てしまったようだ。
 それを担当医が過去のデータを使い、調べている。
 そして、驚愕した。
 俺のデータが過去のある男との身体データと一致してしまったからだ。






 その男は、ある能力を持っていた。


 魔法とは違う、ある能力を。


 そいつは俺と同じ能力を持つ、世紀の大犯罪者だった。








 その男は今から80年前、現れた。
 まだ管理局が成立する前、そいつは管理されることを嫌って局に一人敵対していた。
 初めは、局側もたかが一人に何ができると侮っていたらしい。
 しかし、実際は違った。
 そいつはその能力を使い、局の裏をかいた作戦や、局の黒い部分を利用し民衆を扇動するなどして、局を追い込んだ。
 最後はその男を重大危険人物と認定した局の物量に負け、捕まってしまったが。
 だが、その男は死ぬ間際にとんでもない爆弾を残していった。

「俺はお前達の闇をすべて知っている。お前らはいつか必ず罰を受けるだろう。それだけのことをしてきた。いつか、俺と同じ能力を持つものが現れた時、それがお前達の最後だ。そいつは俺と同じように貴様らの闇を知り、俺と同じように貴様らを裁こうとするはずだ。それまで、せいぜい日々怯えて過ごすがいい」

 と。
 その言葉に危機感を覚えた管理局は今まで、その男の身体でデータを保持してきたのだった。








 ふざけるな、だ。
 俺は局を裁こうなどとこれっぽっちも考えていない。
 確かに能力で調べてみたら黒いところもあったがそんなもの巨大な組織ならば必然的に出てしまうものだ。
 そもそも、俺からしたら別に管理局が度を越して腐っていたところではやてたちに害なさなければ放っておく。
 しかし、向こうはそうは思わないだろう。
 管理局からすれば、あの予言は恐怖そのものだ。
 いや、それがなくとも心を読む能力を持った者が局内に侵入してしまった事自体が問題だ。
 局内には、機密情報が山ほどある。
 俺を局内に入れてしまった事によってそれが流出してしまったと考えるだろう。
 それだけで、俺はここから出られなくなる。
 いや、それだけじゃない。
 中には俺を殺しに来る者もいるはずだ。
 そのくらい、この能力は周りにばれてしまうと危険なものなのに……
 俺はかつてないほど焦っていた。
 どうする? 今ならまだ気付いたのは担当医だけだ。そいつさえどうにかしてしまえば……いや、だめだ。身体データが残っている。それも消さなければ意味がない。だがどうやって消すと言うのだ? 早くしないとデータなどいくらでもばらまかれてしまう。いや、それ以前にここから抜け出さなければどうにもならない。しかしどうやって抜け出す? ……無理だ。入口には監視の魔導師がいる。今の俺にそれを突破する力なんかない。だがそれでは……
 いくら考えたところで、解決策などなかった。
 精密検査を受けたところで、もう、詰んでいた。
 担当医によって結果が上層部へと送られる。
 当然、その情報はこちらにも流れてきた。
 査問会内にどよめきが走る。
 この結果が議長によって公開されると、皆の心には、嫌悪や恐怖、焦りや欲望などの感情が渦巻きはじめた。

「……この情報に、偽りは?」

 そう聞く議長の顔もひきつっていた。

「……ありません」

 もう、隠し通せない。
 たとえ今俺がここで否定したところで、説得力などかけらもない。
 データ上で、結果が出てしまっているのだから。
 そちらの方が、信用度は高いはずだ。
 俺の肯定の言葉を聞いたお偉方が、一気に議論を始めた。
 やれ拘束すべきだとか、やれ保護すべきだとか、やれ危険な力は管理すべきだとか。
 言い方は違えど、誰も局から離すつもりはないらしい。
 もう、終わってしまったのだ

「議長」

 俺が言葉を発したことで、この場にいる全員がびくりと反応する。
 それを無視して、俺は自身の要求を述べた。

「俺の罪を帳消しにし、八神はやてとヴォルケンリッターの罪をできる限り軽くしてほしい」

「なっ!」

 その要求に、議長ははじかれる様に反論した。

「できるわけがなかろう! 何を言っている!」

 だが、俺には考えがあった。
 そもそも、手段さえ選ばなければできる算段はもともとあった。
 そして、今はもう手段を選んでいる状況ではない。

「司法取引だ」

「司法取引、だと?」

「そうだ。この取引に応じてくれるのであれば、俺は現在拘留中の他の次元犯罪者達からそのすべての情報を奪い、局に報告することを約束しよう。そうすれば、捕まえることのできる次元犯罪組織の数は劇的に増えるはずだ」

「それは……」

 心が揺れた、か。

「それだけじゃない。その後も、管理局に貢献してやる。犯罪調査において、俺の能力の有用性は言うまでもないだろう?」

 この誘いで、この場にいる局員の大多数がこちらに傾いた。
 危険な力だが、その分有用性は高い。
 そして、何人かは既に気付いていた。
 危険な俺を縛る方法がある、と。
 だが、まだ議長は渋っていた。

「しかし……このようなこと独断では……」

「ならばまずは一カ月、局に奉仕しよう。その期間内にどうするか決めろ」

 俺のこの譲歩にも、まだ議長は決めかねていた。
 だが、心はだいぶこちらに傾いたようだった。

「……やはり独断では決められん。この様な重大なスキル保有者が来るとは想定外だった。この問題に対処するために、一時査問会は中断する」

 こうして、査問会は一時中断され、俺は別室に移された。
 その間に数時間の議論が行われ、ようやく判決が決まった。
 結果は、俺の要求通り。




 この瞬間、俺がはやてとの元の生活に戻ることは、二度とできなくなった。




【Sideグレアム】

 査問会の終わりを待つ間、私は気が気ではなかった。
 できる限りの手は打った。
 査問会の議長には情に厚く、公平な人物を選んだ。
 なるべく私だけが罪を被るような事実を織り交ぜた報告書も作らせた。
 傍聴に来ている幹部達にも配慮し、彼らの恐怖心をなくすためにも主たる彼女ではなく一ノ瀬君を呼んだ。
 しかし、私のせいで起きた事件の後始末をまだ年端もいかぬ少年に追わせてしまっているという事実は変わりない。
 彼は私を許す気はないようだった。
 私の謝罪を、聞くことさえ拒んだ。
 ……それでいい。
 私は許される資格などないのだから。
 今思えば、謝罪することすら彼に対する侮蔑だったのかもしれない。
 心のどこかで、許して欲しいという気持ちがあったから、そんな恥知らずなことをしてしまったのではないかと思う。
 私は、許されるべきではないと言うのに……




 こうして待っていると、ついに査問会が閉会したとの知らせを受けた。
 すぐさまアリアと共に一ノ瀬君を迎えに行く。
 しかしおかしい。
 何故だか騒ぎになっているようだ。
 何かあったのだろうか?
 彼が何かするとも思えないのだが……
 そんな不安を胸に一ノ瀬君に会いに行こうとすると、武装局員に止められてしまった。
 何故だ? 彼は容疑者とは言え非魔導師の子供だぞ。そもそも、なぜ武装局員が出てきている?
 そう思い、その武装局員に事情を聴き、私は驚愕した。
 そんな……まさか彼がそこまでのスキル保有者だったとは…………
 そして同時に、私は自身の失態に気がついた。
 まずい! そのようなスキル保有者を、私は局内に入れてしまった!
 これでは彼女達の罪どころの話ではない!
 それ以前に、一ノ瀬君が局から出られなくなる!
 私はすぐさま武装局員に一ノ瀬君に会わせるように頼み込んだ。
 早くからをここから逃がさなければ、私は彼女達から彼を奪ってしまうことになる!
 しかし武装局員は私の願いを聞き入れてはくれなかった。
 そこで私は一旦その場を離れ、すぐさまアリアに一ノ瀬君の拘留されている部屋まで侵入するよう命じた。
 一分一秒が惜しい。
 まだ間に合う。
 今なら緊急で配備された武装局員の数が少ない。
 この情報が広がりきる前に逃がすことさえできれば、彼ならば逃げ切れるはずだ。
 そう考えた私が逃走経路を手配するために動いていると、アリアからの通信が届いた。

「アリアか! 一ノ瀬君の部屋には無事侵入できたのか!」

「はい、お父様。でも……」

「ならばなるべく見つからない様、22番停泊所まで来るんだ。そこに次元船を用意する」

「お父様、あの……」

「最悪、見つかってしまった時は攻撃を許可する」

「待て」

 私が急いで指示を出していると、通信の相手がアリアから一ノ瀬君に代わった。

「一ノ瀬君! 早く逃げなければ君は」

 そして、とんでもないことを言い出した。

「俺は逃げるつもりはない。もう、無理だ」

 それに驚き、反射的に反論してしまう。
 この時の私は、冷静でなかったのだろう。

「なっ、何を! 今ならまだ君なら!」

「……俺一人で逃げてどうする。一人で逃げたところで、意味はない」

 私は恐怖に囚われていた。

「一人でなら逃げることも可能だろう。逃亡生活だって、この能力さえあれば簡単に捕まることもないはずだ。だが、そんな事をしたらはやてはどうなる?」

 これ以上、罪を重ねる恐怖に。

「俺は先ほどの査問会で、すでにはやてを大切にしている事を喋ってしまった。俺が逃げれば、局の連中ははやてを餌に俺をおびき出すだろう。そんなことはさせられない。だから俺は残る」

 私の責任で、子供たちの運命を捻じ曲げてしまう恐怖に。

「し、しかし……」

「そんなことより、お前にはやって欲しいことがある」

 だが、いくら恐怖したところで、すでに手遅れだった。
 現状でもう、私は彼の人生を捻じ曲げてしまっていた。

「やって……欲しいこと?」

「あぁ、そうだ。それさえすれば、俺はお前を許してやる」

「!!」

 彼の残酷な要求を聞いた瞬間、私はそれを悟った。

「俺はすでに管理局に服従を誓っている。その見返りに、俺の罪を帳消しに、はやてたちの罪を軽くしてくれるように頼んだ。それでも、この先俺は様々な輩に狙われるだろう。それほどの能力を持っている」

「……その連中から、君を守れ、と?」

 それは、まるで死刑宣告のようだった。

「違う。だから俺ははやての中にある俺に関する記憶をすべて消す。彼女との関わりを、断つ」

 衝撃が走る。
 そんな……だって彼は彼女を守るために……命を賭して戦ったというのに……

「だが、それでははやてたちの罪が軽い理由がなくなる。その辻褄合わせのために、はやてたちの罪が軽いのはすべてお前の働きによるものだということにしろ」

 言葉が、出なかった。
 彼の要求は残酷すぎる。
 こんなもの、私に自分を殺せと言っているようなものだ。

「書類その他の記録は、こちらで改竄しておく。お前はただ、はやてに礼を言われるだけでいい」

「……そんな……私には……」

 そんなことは……できない。そんなこと……
 しかし、彼の要求は私の逃げ道を失くしていく。

「できない、と言うのなら誰かほかの人間にその役目を押し付けるだけだ。どちらにせよ、はやての記憶を消すことに変わりはない」

「……しかし……他に方法が……」

「あるのなら提示してみろ」

「……わ、私が君たち全員を」

「無理だ。全員を守ることは不可能だ。襲い掛かってくるであろう敵の量が違いすぎる」

「だ、だがヴォルケンリッターと協力すれば」

「貴様はこの上家族まで危険にさらせと言うのか?」

「そ、それは……」

 私が何かないかと必死に考えている間に、彼は最後通達をしてくる。

「時間がない。最後だ。やるのかやらないのかだけ決めろ」

 ……これは、罰だ。
 大人の都合に、子供を巻き込んでしまった事への、罰。
 私には、この要求を受け入れる以外の選択肢など、残っていなかった。




[25220] 第二十一話 A’s終了
Name: kaka◆0519be8b ID:ee322f37
Date: 2011/08/16 00:49
 一ヶ月間は俺の力を見せつけるのに十分な時間だった。
 拘留中の次元犯罪者達から情報収集、不法所持されていたロストロギアの回収、犯罪者集団の拠点の発見などのさまざまな働きを見せ、確実に功績をあげていく。
 それはもう、異常と言っていいほどの働きぶりだった。
 そんな俺を見て、局の奴らは予想以上に使える道具が手に入ったと歓喜した。


 と、同時に恐怖も感じていた。




 一ヵ月後、俺の罪は完全に帳消しとされた。
 公式記録も改ざんした。
 これでもう、俺が闇の書事件にかかわったことはないとなった。
 はやてたちの刑も決定した。
 やってしまった事と比べれば、破格の軽さだった。
 俺へのご機嫌取りのつもりらしい。
 俺は約束の一カ月が過ぎたので一度海鳴に帰ることとした。
 上の連中はなんだかんだ理由を付けて俺を手元から離そうとたがらなかったがこればかりは強行することにした。
 帰って、やらなければならないことがあるからだ。
 だから俺は、局内で得たさまざまな秘密を材料にし、上の連中を黙らした。
 こうして、上の連中を無理やり説得した俺は一カ月ぶりに海鳴へと帰ってきた。








 まずは、ハラオウン艦長と執務官にこれからの事を話した。
 必死になって止めようとしたが俺は聞き入れなかった。
 二人ははやてたちに話そうと考えたのでそれは無駄だと諭した。
 その上で、話をしたら潰すと脅しをかけて、去っていってしまった。




 高町たちには話もしなかった。
 聞き入れてもらえるとは、到底思えなかったから。
 通学路で待ち伏せし、隙をついて4人全員の記憶を奪ってしまった。
 ごめんな。
 恩があるお前達にこんな真似をして……




 両親には俺の能力とやろうとしていることを話した。
 両親は悲しそうに一言、「やめて欲しい」と諭してきた。
 初めて両親に止められてしまった。
 しかし、それでもやると言ったらもう、何も言わなくなってしまった。
 黙ったままの二人からははやての記憶を消した。
 ごめんなさい、父さん、母さん。





 騎士たちとも話を付けてきた。
 話すつもりなど、なかったのに……
 シャマルに感ずかれ、無理に奪うことができなくなってしまった。
 聞いたところで、彼らが辛い思いをするだけなのに……
 みんなに涙を流して止められてしまう。
 その光景を前に、記憶を消すことが、できなかった。
 ……ごめん、みんな。






 はやてにも、何も言うつもりはなかった。
 少しでも、はやてを傷つけたくはなかったから。
 ただ、いつも通りを装って近づき、静かに記憶を奪うつもりだった。
 彼女に止められてしまえば、やりきる自信が、なかったから。






「ただいま、はやて」

 病室に入り、一カ月ぶりに、俺ははやてと対面した。
 ずいぶんと久しぶりにはやてをみる。
 やっぱり、はやてはかわいいな。この時をどんなに待ち望んだことか……
 と、以前ならば嬉しい気持ちでいっぱいになったはずの面会も、今は……
 だが、そんなことはかけらも表情に出してはいけない。

「すまない、少し帰ってくるのが遅くなった」

 だから、気持ちを胸の内で押し殺し、普段通りを装った。
 このまま、気付かれないうちに記憶を消さなくては……
 しかし、妙なことにはやての反応はなかった。
 てっきり遅くなったことに対して怒られると思っていたんだが。

「はやて?」

 なかなか反応しないはやてに声をかけて、驚いた。
 はやての目に、みるみる涙が溜まっていっている。

「……遅いやん。心配、するやろ」

 やっと出てきた声も、涙声だった。

「ずっと、まっとったんよ。希君がいなくて、ずっと、ずっと、寂しかった」

「はやて……」

 ついにはやての目に涙があふれて来てしまう。
 こんなにも、俺のことを心配してくれていたなんて……

「ごめんな。寂しい思いをさせて……もう……そんな思いさせないから……」

「……うん、うん。約束してや」

「あぁ、約束、するよ」

 その姿がいたたまれなくて、俺はまた嘘をついてしまった。
 酷い嘘を。

「お帰り、希君」

 そう言ってはやては微笑む。なにも疑っていない、安堵の微笑みを。
 ……お帰り、か。
 ……俺は最低な奴だ。






 はやての近くに座りながら、俺は泣いてるはやてが落ち着くまで待った。
 本当なら、こんなことをするべきではないことは分かっている。
 さっさと記憶を消し、すぐにでもここから去るべきだ。
 そうしないと、離れることに躊躇してしまうかもしれないから。
 だけど、俺ははやてと話がしたかった。
 だって、最後だから……
 そうやってまっているとはやてはだんだんと落ち着いてきたようだったが、何だか様子がおかしくなっていった。
 一人で勝手に顔を赤くしている。

「はやて、どうした?」

「へ? 何でもない! うん! 何でもないで!」

 不審がって聞いてみたが誤魔化されてしまった。
 なんだったのだろう?
 まぁ、いい。
 そこまで時間に余裕があるわけではない。
 ここにいられる時間も今日が最後だ。
 話事態は何でもいいのだ。
 はやてと話すことができれば、俺はなんだって嬉しいから。

「はやては、この一カ月どんなことしていたんだ?」

 だから、俺がいないときに何があったのか聞いてみた。

「うん。あんな……」

 それからはやては俺がいない間に起こったことを次々に話してくれた。
 家に帰ってクリスマスの飾り付けがされていて驚いたこと。
 両親に謝りに言った事。
 高町やテスタロッサが模擬戦をしている様子を見たこと。
 バニングス、月村がお見舞いに来てくれたこと。
 はやても初めて模擬戦に参加してみたこと。
 シグナムが模擬戦にはまってしまいテスタロッサが大変そうにしていること。
 ヴィータが俺のアイスが食べれないと言ってふてくされてしまった事。
 シャマルがお見舞いといって手作りクッキーを作って持ってきたので焦ったこと。
 ザフィーラの子犬フォームが可愛すぎて似合わないと言ったら落ち込まれてしまった事。
 リインの料理がうまくいったおかげで八神家食卓の危機が去ったこと。
 ツヴァイが一人部屋がいいと言ったので用意したら寂しがって結局リインと同じ部屋になった事。
 などなど。
 とても楽しそうに話をして言った。
 それを聞いていて、思う。
 はやてはもう、独りぼっちじゃない。
 家族が、友達がいてくれる。
 だからもう、大丈夫だ。
 俺がいなくなったところで、はやてはもう、大丈夫。
 充分、幸せになれる。
 だからもう、俺が傍にいるべきじゃない。
 だって、俺は不幸しか呼ばないから。






「……そんでな、希君が残してくれたリハビリも実践しとるんよ」

「あれか? あれ、きついだろう。大丈夫だったか?」

「うん。平気や。私、頑張ったんやから」

 そう言ってはやては得意げに胸を張った。
 実際、あれはかなりきつかっただろう。手加減なしで書いたからな。
 するとはやては何か思いついたような顔をした。

「ちょっと見とってな」

「ん?」

 そう言ってはやてはベッドの縁まで移動した。
 そのままベッドの縁を掴んで、ゆっくりと両手と足に力をこめだした。

「は、はやて、さすがにまだ……」

「大丈夫やって」

 その様子を俺は心配そうに見ていた。
 はやては大丈夫といったが……
 あれを使ったからと言ってそこまで早く回復するものではない。
 よほど頑張らない限り……
 はやては両手で体を支えつつ、徐々に足に体重をかけていく。
 その様子を俺は、はらはらしながら見守っていた。
 そして、ついに誰の補助もなしでつかまり立ちをすることができた。

「!! もうそんなに……」

 はやてが立った姿を見て、俺は眼を見開いて驚いていた。

「ふふっ、頑張ったって言うたやろ」

 もう、こんなに回復しているなんて……
 はやてには驚かされてばかりだ。
 ただ、次の行動はさすがに無理があった。

「ほら、こんなことだって」

 そう言って片手を離そうとしてしまった。
 だが、さすがにそこまで筋力は戻っていないはずだ。

「あっ!」

 案の定はやてはバランスを崩してしまった。

「はやて!」

 それを予測した俺はすぐさま飛び出た。そのおかげではやてはなんとか地面にぶつからずに済んだ。
 よかった。
 しかし、助ける過程で抱きとめる形になってしまった。
 俺はすぐ離そうと思った。
 しかし、それはできなかった。
 はやてに触れたぬくもりが、俺に伝わってきて……

「……ごめん、はやて。もう少し、このままでいいか……」

「……うん、ええよ」

 そう言ってゆっくりと私の背に手を回し、優しく抱きしめた。
 同じようにはやても俺の背中に手を回してくれる。
 こんなことはするべきではない。
 すればもっと別れ難くなる。
 辛さが増すだけだ。
 それがわかっているはずなのに、俺はなかなかはやてを離すことができなかった。
 そのまま何も言わずしばらくはやてを抱きしめ続けた。
 このまま時が止まってくれればいいのに……
 するとはやては真剣な様子で話し始めた。

「あんな、希君。私、希君に伝えてなかったことがあるんよ」

「ん?」

 そして、言う。
 とてもとても、大切なことを。

「私…………希君のことが好きやねん」

 それを聞いた瞬間、思わず体がビクンと震えた。

「は、や、て?」

「出会ってから、ずっと傍にいてくれて。私が寂しい時、一生懸命支えてくれて。私が泣いている時、大丈夫だよと勇気づけてくれて……」

 言葉は、まるで決められているかのようにスラスラと出てきた。

「そんな希君に、私はずっと前から惚れてたんよ」

 それを聞きながら小さく震える。
 待ち望んだ言葉だった。
 いつか、何時かそう言ってもらえたらと思い、そうなりたいと思いながら、今まで頑張ってきた。
 だけど、なぜ、今……

「私は、希君が好きやから。世界で一番、希君が好きやから。ずっと、傍に居て」

「……はやてぇ」

 我慢なんて、できなかった。
 気付けば、俺は涙を流して本音を漏らしていた。

「……俺も、はやてが大好きだ。今も、今までも、これからも。初めて出会った時からずっと! だから、だからこれからもずっとずっとはやてと共に居たい! 一緒にご飯を食べて、おしゃべりして、笑いあって、時には喧嘩をして……はやてと共に時間を過ごしていきたい」

「……うん」

 だけど、それは無理なのだ。
 俺が、弱いから。
 俺が、人とは違うから。
 俺が、異常だから。
 なぜ、俺はこうなんだ……


 俺たちはいつの間にか互いに向き合っていて

「愛してるよ、はやて」

「私も、愛してる。希君」

 そっと唇を重ねた。








 あぁ、やっと、こうすることができた。何時かと、夢に見ていたことが。








 だけど、これでおしまいだ。








 最初で最後のキスの最中、俺ははやての頭にそっと触れ








 はやての記憶を、消し始めた。








 そこで初めて、はやての思いに触れる。
 クリスマスのこと。
 お見舞いに行った時のこと。
 旅行に行った時のこと。
 お祭りに行った時のこと。
 騎士たちとの日常。
 両親との夕食会。
 初めて騎士たちと会った時のこと。
 初めてはやての家で夕食を食べた時のこと。
 初めてはやての家に行った時のこと。
 そして、初めてはやてに出会った時のことを。
 すべて。
 はやては、こんなにも俺との思い出を大切にしてくれているなんて……
 







 それを、一つ一つ消していく。
 自らの手で。




 ……なんで、俺にはこんな力が……








 すべてが終わった時、涙はもう、枯れ果てていた。





[25220] 第二十二話 sts編
Name: kaka◆0519be8b ID:ee322f37
Date: 2011/08/16 01:02
 あれから十年の月日が流れた。
 はやてと別れてから十年。
 長い、長い、年月だ。
 その間に、俺も変わってしまった。
 せっかくはやてたちとの生活で得られた人間らしさも、もう失った。
 はやてと出会う前に逆戻りだ。
 いや、それよりもひどいのかもしれない。
 思えば、何年も両親と会っていない。
 ここ数年は楽しいと感じることなどなくなっている。
 会話はすべて相手との腹の探り合いで、どうすれば互いに利用できるかと考える。
 俺と接する人間は、大体がこれだ。
 人の醜い欲望、怨嗟の声を聞く日々。
 せっかくこれを聞かないために能力の訓練をしたというのに、全く無駄になってしまった。
 まぁ、今更どうでもいいことだが。
 それでも、俺は管理局内で生き残っていた。
 どんなに危険な目に会おうとも、人間に嫌気がさしてしまう様な事が起ころうとも、局を辞める気は起きなかった。
 それは、彼女を守るため。
 彼女をこちら側に引き寄せないよう、引き込まれないように守るためだった。
 この、管理局の闇と言える部分から眼をつけ、魔の手を伸ばそうとした奴らをを叩き潰す。
 そのためだけに俺はここに留まっていた。
 幸い、彼女の周りには優しい人が集まってくれる。
 その人たちに守られ、今も正しく、光のあたる世界で安全に暮らしている。
 とても幸せそうに。
 それだけが、俺にとっての救いだ。
 だから
 これからも、彼女の平和と安全は守って見せる。




 例え、はやての敵になろうとも。












【Sideシグナム】

 先日、ついに主の初部隊、機動六課が始動した。
 主の夢、管理局の改革、その第一歩となる部隊だ。
 この部隊には主の夢に賛同した、多くの仲間が集まってくれた。
 我らヴォルケンリッターはもちろんのこと、高町やテスタロッサ、シャーリーやグリフィスと言った付き合いの長い優秀な仲間たち、将来が期待できる、伸びしろの大きな新人たちなどなど。
 今、用意できる最高の人材をそろえる事が出来た。
 これだけのメンツがいれば、どんな敵にも負ける気はしない。
 最強の部隊だ。
 そう、新たな上司となったテスタロッサは自信満々に私に言う。
 それは、私にとっては嬉しくもあり、悲しくもある複雑な言葉だった。
 確かに、主は今集められる最高の人材を集めることができただろう。
 これだけのメンツを集めるなど、相当の努力をしたに違いない。
 そこが褒められるのは嬉しい。
 だが、足りなかった。
 私には、欠けてるようにしか見えなかった。
 一番大事なピースが。




 希が、この部隊にはいなかったから。







 とはいえ、実際はこの部隊に死角などないだろうとも思っている。
 陸との軋轢の関係で創立前はごたごたがあったようだが、今は連中も大人しくなっている。
 どうやったのかは聞いていないが、なんと主は騎士カリムだけでなく伝説の三提督まで後ろ盾につけることに成功したらしい。
 おかげで不快に思っている連中もうまく手を出せないようだ。
 部隊の進行は、順調そのものだ。
 だから、私が感じている喪失感など所詮の個人的な未練だ。
 もう、十年もたつというのに……
 十年、か……
 十年間、我々と手何もしなかったわけではない。
 なんとか希に接触を試みようとした。
 しかし、すべてが徒労に終わってしまう。
 どうやっても、希に会う事が出来なかった。
 おそらく、能力で我々の行動を先読みして、会わないようにしているのだろう。
 どんなに我らが力を示そうとも、希は帰ってくることはなかった。
 何故、あいつは一人で……

「シグナム。そろそろ、出動の時間だ」

 ザフィーラに声をかけられ、私はハッと思考の海から帰ってくる。
 そんな私を見て、ザフィーラは咎めるような声を出した。

「この課が始動してから、初めての出動だ。気を抜くな」

「……あぁ、わかっている」

 そうだ。今は任務中だ。
 意味のない事を考えている余裕などないはずだ。
 そう思った私は自分に気合を入れ直し、出動の準備をする。
 そんな私の様子に、ザフィーラは何も言わずにいた。
 何か思い当たることはあったのかもしれないが、何も言わなかった。





 私とザフィーラは、レリックの目撃情報があった研究所へと向かっていた。
 場所は六課から遠かったものの、機動六課はレリック専門という名目で設立されたため、我々が駆り出された。
 無論、そのことに不満などかけらもない。
 むしろ実績を作るためにはどんどんレリックを回収したかった。
 とはいえ、まだ新人たちは使えないので、しばらくは隊長陣が事に対処することになっているので若干の人手不足感は感じているが。
 まぁ、それも二、三カ月の辛抱だろう。
 それまでの間、我々だけで十分な実績を作っておこう。
 そう思い、私とザフィーラは急いで現場へと向かった。




 最初に違和感を覚えたのは、研究所についた時だった。
 どうも静かすぎる。
 事前に得た情報では研究所には常に十人近い研究者が常駐しているとの話だったが。
 それなのに、人の気配を全くと言っていいほど感じなかった。

「ザフィーラ」

「……あぁ、妙だ。気配を感じない。だが、臭いはする。おそらく、十人以上はいるはずだ」

 ザフィーラは鼻をひくつかせ、中の様子をうかがいながら言う。
 おかしい。それだけの人数の気配を消すことなんてできるのだろうか?
 全員が経つ人クラスの実力を持っているとも考えにくい。
 だとすると

「こちらライトニング02、今から突入する」

「了解、ご武運を」

 ロングアーチに連絡を入れ、私とザフィーラはゆっくりと研究所内部に潜入した。
 神経を集中し、周囲の気配を探る。
 しかし一向に何の気配も感じ取ることはできなかった。
 そのまま、研究所の奥へと進み、ついに見つけた。

「……やはりか」

 何者かにやられ、倒れている研究員たちを。
 すでにこの研究所は、襲撃されていた。
 だから誰の気配も感じることができなかったのだ。
 私とザフィーラはそのまま警戒しつつ、倒れている研究員を調べる。

「死んではいないようだな」

「あぁ」

 その事に多少の安堵をおぼえ、同時に大きな疑問が浮かんできた。
 これは、妙だ。
 レリック関係の研究所だから、てっきり私はガジェットに襲われてしまったのだと思っていたのだが。
 職員が死んでいないとはどういう事だ?
 奴らからしたらわざわざ生き残らせておく必要などないだろうに。
 しかも全員無傷で気絶だけさせられている。
 こんな高等技術、ガジェットには無理だ。
 そもそも、ここまでの道中にだって破壊の形跡など一つもなかった。
 まさかガジェット以外の者がレリックを狙っているとでも?
 だが、これらの疑問はすぐさま消えてしまう。
 いや、吹き飛んでしまった。




 突然に眼の前に現れた、この男によって。






 そこに、希がいた。






 言葉が、出なかった。
 思いがけないの再開に対する驚きと、その変貌に。
 それは確かに希だった。
 背は伸び、声も低くなっているものの、顔には昔の面影がある。
 そもそも、私達が希の姿を見間違えるはずがないという自信があった。
 例え十年離れていようと。
 しかし……
 眼が違った。
 私たちと暮らしてきた時とは全く違う、鋭くも冷え切った目。
 こんな目を向けられたことなど、一度もなかった。
 ……いや、違う。一度だけ、これは

「機動六課、だな」

 初めて相対した時に見せた、敵意を向けた眼。
 そう、希は明らかに我々に対して敵意を向けていた。
 それだけで私は金縛りにあったかのように動けなくなってしまう。

「レリックの回収にでも来たか。だが、遅い。貴様らの仕事などもうない。失せろ」

 何故? 何故だ? なんで、希はそんな目で私たちを……
 そうやって私が混乱している中、先に正気に戻ったザフィーラが希に言う。

「……失せろ、とは、どういう事だ?」

 しかしその声は若干震えていた。
 動揺しているのだろう。
 そんなザフィーラに対する希は、酷く冷淡だった。

「言葉通りだ。貴様らがやることなどない。それにここの管轄は六課ではない。俺になった」

「なに?」

 驚き、戸惑っている我々に対し、希は事実のみを告げる。

「見ての通り、この研究所の発見、制圧はすでに俺が済ましてある。レリックの回収もだ」

 そう言って希はレリックの入ったケースを見せる。

「ならば貴様らにやることなどないだろう。それとも、手柄だけよこせと言う気か?」

「……いや、そうではない」

 確かに、制圧、回収が終わっているのなら我々にやることなどない。
 だが、なぜ希がそんな事をやっている?
 当然、気付いているだろう私の疑問に、希は答えてくれなかった。

「なら、失せろ。今は現場検証中、つまり、ここにいられると迷惑なんだ」

 一貫した冷たい目線のまま、我々を追い返そうとする。

「レリックの対応は六課の仕事だったはずだ」

 ザフィーラは何とか食い下がろうとするが

「だからと言って六課以外がレリックに対処してはいけないとは決められていない。それに今回は別件の調査の過程で偶然レリックを発見したので回収したまでの事だ。危険なロストロギアだからな。局員として、当然の行動だ。責められるいわれはない」

 意味はなかった。
 希はあらかじめ用意してきたかのような正論ですぐさま反論してきた。

「……そうか。すまない」

 しかし、だからこそおかしかった。
 偶然なんてありえない。
 十年も避けておいて、こんな程度のことで会うはずがない。
 希が今の我々の、主の仕事の事を調べていないはずがないのだから。
 今までの希なら当然、レリック関係の仕事は遠ざけるはずだ。
 それをせず、接触してきたということは絶対に何か裏があるはずだ。
 しかし、それを確認する方法などなく、我々はこの場を追い出されてしまった。




「……うん、そっか。ご苦労さま、二人とも。まぁ、出鼻をくじかれた感はあるけど……ええんちゃう? 実質、被害とかは何もなかったわけやし」

 結局何の成果もあげられず戻った我々に対し、主は優しい言葉をかけてくれた。
 だが私の気分は晴れなかった。
 任務に失敗した事よりも、希の意図が読めない事に気が行ってしまう。
 本当になぜ、希は我々の邪魔をしたのだろう?

「う~ん、そうやな。せっかくだから一ノ瀬捜査官にも調査協力、お願いしてみようかな」

 主はそんな事を言っているが、おそらくそれは無理だろう。
 希は絶対にそんな申し出は受け入れない。もう、主と共にいる道は完全に諦めているはずだから。
 そう思い再び暗くなった私を見て、主は勘違いした様だった。

「ん? あぁ、大丈夫やって。確かに一ノ瀬捜査官は悪魔やなんやいわれとるけど、さすがに調査協力要請したくらいで潰しにはこないやろ。ちゅーか話してみたら案外いい人かもしれんよ? 噂っちゅうんはあてにならんからな」

 そう、笑いながら主は言う。
 その言葉に、私は何とも言えない気持ちになって、主の部屋から失礼させてもらった。
 ……確かにそうだろう。希が主を潰そうとするなどあり得ない。
 希の願いはただ一つ、主の幸せと安全だけだったはずだ。
 そのためにはどんな事でもする男だ。
 例え、自分を捨てようとも……






 その夜、我々ヴォルケンリッターは主に秘密で集まり、今日の事を話しあうことにした。

「……そんなことが」

「なんでですか? のぞみ……」

 皆驚きを隠せないでいる。
 当然だ。やっと会う事が出来たと思えば、まるで敵になったかのようなふるまいをされたのだから。

「……私にはわからない。何故、希は私にあんな眼を……」

 恨まれるのは仕方がない事だと思う。
 結果的に私には何もできなかったのだから。
 あの時の希を止められず、その後も、何も……
 いや、違う。
 何もできなかったどころか、主と希が分かれる原因に……

「落ち着いてシグナム。今は昔のことを悔いていても仕方がないわ」

「……あぁ」

 シャマルに諭され、私は沈みかけていた気持ちを何とか元に戻す。
 いかん、癖になっているな。今はそんな事を考えている場合ではない。
 私が顔を上げるのを見ると、シャマルは自分の推論を語り始めた。

「希君がまた私達の前に姿を見せた……そうね。考えられる理由は何個かあるわ。まず一つ、もう一度私たちと共に歩んでもいいという気持ちになってくれた。これは希望的観測ね、私の願望といってもいい。でも、可能性は極端に薄いわ。二つ、避ける必要がないと思うほど、私たちに対する興味を失った。これは……一つ目よりは可能性は高い。悲しいけど、ある意味ふっきれたという事かしら。でも、それなら敵意を見せる意味がわからないわよね。三つ、再び私たちに会わなければいけない様な、外部からじゃ手の施せない様な危機がはやてちゃんに迫っている? 希君の今までの行動を考えても、これが一番しっくりくるわ」

 最後の方は自問自答するように声が小さくなっていったが、確かに納得できる部分もあった。
 私もおそらく、三番目の推論が正しいと思う。
 しかし、どんな危機だというのだろうか?
 それに、危機が迫っているのだとしたら、なぜそれが我々の邪魔をすることにつながるのだろう?
 わからない。
 いったい希は何を考えているんだ?
 そんなふうに私が思考の迷路に陥っていると、ヴィータが突然ドンっと机をたたいた。

「関係ねーよ!」

 そのまま立ち上がり、私たちにむかって訴えかけるように言う。

「いまさら希の意図なんて関係ねー! そんなもん知るかだ! あいつはそんなの無視されても仕方がない様な事、あたしたちにしてきただろう!?」

「ヴィータちゃん、それは」

「あぁ、分かってるよ! そういうことされても仕方がないような事を、あたしたちだってしちまった! 希とはやての別れの原因になるなんて、とんでもねーことを! でも! でも……」

 そこから先はもう涙声となっていた。

「そんなふうにあたしらが罪悪感抱えて、動けないうちに十年もたっちまったじゃねーか。このままだったら、これから先もずっと動けねーよ。あたしたちと違って、希とはやては年を取ってくんだぜ。これ以上はもう、取り返しがつかなくなっちまうよ」

 ヴィータの訴えに、私たちは何も言えなかった。
 ヴィータの言うとおりだったから。
 だから、と、ヴィータは続ける。

「希の意図なんて無視する。せっかく捕まらない希が自分から現れてくれたんだ。次は、なんとしてでも捕まえて、どんな手を使ってでも改心させて、はやての記憶を元に戻させる。あたしは、そのために動く」

 涙が溜まった眼をこすり、ヴィータは力強く宣言した。
 その決意は、固い。
 ……ふっ、そうだな。いつまでもいつまでも女々しく後悔など続けているなど、無意味なことだ。
 第一、私らしくもない。

「そうだな。ヴィータの言うとおりだ」

「えぇ、希君の意図が何であれ」

「我々がやることは一つ」

「主はやての記憶を取り戻し」

「希に帰って来てもらうです!」

 今度こそ、逃がさないぞ、希。




[25220] 第二十三話
Name: kaka◆0519be8b ID:5d1f8e6e
Date: 2011/08/25 01:16

【Sideなのは】

 はやてちゃんの夢の第一歩、機動六課がついに始動を始めました。
 戦力は充分、むしろやり過ぎなくらいの人員を集め、私は絶対にうまくいくものだと思ってました。
 だけど……
 現状は芳しくありません。
 六課立ち上げから一カ月、まだ一つも眼に見える成果を上げられていないからです。
 原因は一つ。
 一ノ瀬希特別捜査官。
 彼がレリックの回収を、こっちの手が伸びる前にすべて行ってしまうからです。
 初めはただの偶然かと思ったけど、彼は明らかに狙ってレリックを回収しています。
 それならとはやてちゃんが合同捜査の要請をしても、断られ、情報提供もしてくれないみたいです。
 おかげで私たちはレリック専門部隊として立ち上げられたにもかかわらず、まだ一つもレリックを回収できていません。
 おかげで六課は今、かなり立場が悪いです。ただでさえ風当たりが悪かったのに。
 早くも存在意義を見直して、解散させた方がいいのではないかという声も上がっているようです。
 はやてちゃんが頑張っているから今のところは大丈夫みたいだけど……
 この状況が続けば、当初の予定だった運用期間の一年が大幅に削られそうです。
 何でこんなことになっちゃったのかな。
 せっかくはやてちゃんの夢が動き出したと思ったのに。
 ロングアーチのみんなも不安がっています。
 一ノ瀬捜査官に眼をつけられて。
 一ノ瀬捜査官。
 彼は私たちと同期ぐらいで、年齢も同じくらいのはずなのに、私達とは全く違った道をたどり、全く違った評価を受けてきました。
 曰く、管理局の悪魔。
 その類稀なる能力とすぐれた情報収集力を使い、狙った獲物は必ず、無慈悲に潰すといわれています。
 事実、彼のせいで権力を失った人間は大勢います。
 そんな彼を刺激しないように、ある程度好き勝手できる今の特別捜査官という地位まで用意されたほどです。
 そんな彼に、眼をつけられてしまったのです。
 初めこそみんな負けないように一致団結して頑張ろうといっていたんだけど……
 情報を得るスピードが違いすぎて、話になりません。
 本当に一人でやっているのかと疑いたくなるほど広範囲で、的確にレリックの場所を探り、迅速に回収してしまいます。
 こちらがやっとの思いで見つけたレリックも、出動までの間に先回りして回収されていたというのも一度や二度じゃありません。
 もう、ロングアーチのみんなは完全に自信喪失しています。
 本当に、なんでこんなことになっちゃったのかな。




 とはいえ、私達も何もやっていないというわけじゃありません。
 六課のもう一つの目的、新人の育成の方は順調に進行しています。
 みんな素直で吸収が早くて、教えがいがあります。
 レリックの方がうまくいっていないので、実は今のところこの新人教育が六課の生命線になっていたりします。
 変な重荷になっちゃうといけないから新人たちには黙っているけど。
 そして今日は、ようやくみんなの新デバイスを渡す、記念すべき日です。
 みんなに新デバイスを披露すると、眼を輝かせて喜んでくれました。
 みんながんばってくれてるし、これでもっと強くなってくれるといいな。
 そのままシャーリーとツヴァイと一緒に機能を説明していると




 一級警戒態勢のアラートが鳴り出しました。




「グリフィス君!」

「はい! 教会本部からの出動要請です!」

 私がグリフィス君に確認をとると、すぐさまはやてちゃんからの通信が入ります。

「なのは隊長、フェイト隊長、グリフィス君。こちらはやて」

 そのままはやてちゃんは状況の説明を始めました。
 どうやら、このまま出動となりそうです。

「いきなりハードな初出動や。みんな、行けるか?」

「「「「はい!」」」」

「よし! いいお返事や。こっちの不手際を押し付けるようで悪いんやけどこれはチャンスや。みんな、頼んだよ」

「「「「はい!」」」」

 そう、これはチャンスです。
 まだ一ノ瀬捜査官の手が伸びていない、レリックを回収し成果を得るチャンス。
 なんとしてでも、成果を得て見せる。




【Sideキャロ】

 現場に到着すると、なのはさんは列車の対応を私たちにまかせて、飛行型ガジェットの対処に向かってしまいました。
 正直ちょっと不安です。
 私の力が、暴走して、みんなを傷つけてしまうんじゃないかって。
 強すぎる力は災いを呼ぶ。
 村長に言われてしまった言葉が頭をよぎって。
 そんな私の様子に気付いたエリオ君が、手を握ってくれました。
 ……うん、大丈夫。
 いつも通りやれば、きっと大丈夫だから。




 だけど、実戦は予想外の事が起きるもので。
 私達の前に、新型ガジェットが現れてしまいました。
 私はすぐに応戦しましたが

「フリード! ブラストフレア!」

 その装甲にフリードの攻撃ははじかれ

「はぁー!」

 エリオ君の刺突も同じで、装甲の厚い敵に攻撃が通じていません。
 さらに

「AMF!?」

「こんな遠くまで?」

 広範囲のAMFのせいで私のいる後方まで魔法が打ち消されてしまいました。
 近くにいるエリオ君の魔法も当然、消されています。

「エリオ君!」

「っ、大丈夫!」

 そんな状態の中、エリオ君は新型ガジェットの攻撃を受けてしまいます。
 ど、どうしよう? エリオ君は大丈夫だって言ってるけど、明らかに押されてる。
 でも、AMFが展開されてる状況で私にできることなんか……
 そんな時、突然一機のヘリが崖の上から現れました。
 同時に何かがそのヘリから落ちてきます。
 あれは?

「っぐあ!!」

「っ! エリオ君!!」

 私が一瞬そのヘリに気をとられてるうちにエリオ君がガジェットに吹き飛ばされていました。
 エリオ君は壁に激突し、すぐには動けないようです。
 そこにガジェットが腕を伸ばして止めを刺そうとしています。
 危ないっ!
 そう思った私が反射的にその間に飛び出ようとした時






「邪魔」






 そんな声が聞こえたかと思うと、それから人が、凄い勢いで降ってきました。
 その人はそのまま伸びていた腕を踏みつけ、破壊してしまいます。
 そして、着地と同時に飛びずさり、エリオ君を抱えると私の隣まで飛んできます。
 その、突然の応援にあっけに取られ、私はすぐには声が出ませんでした。
 でも、すぐに正気に戻り

「あ、あの、ありがとうございます!」

 と、お礼を言ったんですが……
 その人はガジェットを睨みつけたまま、こちらに何の反応も返してくれません。
 え、えっと、こういう時どうしたらいいんだろう?
 確か、この人って……一ノ瀬捜査官?

「……っち、遅かったか」

 一ノ瀬捜査官はそう苦々しげにつぶやくとやっと私達の方に顔を向けました。

「……仕方ない、こいつらも使うか」

 ひと通り私たちを見定めると、一ノ瀬捜査官はそう呟きました。
 ……えっと、なんだろう? 私、何かしちゃったかな?
 と、若干混乱していると彼はいきなり

「確かに強すぎる力は災いを呼ぶことはある。しかしそれも使い手次第だ。貴様が恐れず正しくその力を使う事ができれば、それは仲間助けることもできるという事を忘れるな、キャロ・ル・ルシエ」

 と、私に向かってはっきりと言いました。
 そんな事を突然言われて、私は更に混乱してしまいます。
 え? なんで、この人がこの事を?
 などと、一瞬思ったのですが……
 私には驚いている暇さえありませんでした。

「まぁ、どちらでもいい。後はお前が決めろ」

 そう言って一ノ瀬捜査官がエリオ君を谷底に向かって放り投げてしまったからです。
 ……え?

「え?」

「えっ?」

「「えぇ~~~!!??」」

 な、なんでこの人エリオ君を!? 助けてくれたんじゃないの!? エリオ君空戦じゃないのに!?

「お前が行かないと、死ぬぞ、あいつ」

 私が驚いている横で平然と言い放って、一ノ瀬捜査官はガジェットに向かっていってしまいました。
 助けてくれないんだ!?
 などと、驚いてる暇もありません。
 エリオ君はその間もどんどん谷底に落ちていっているから。
 とっさの判断でエリオ君を追いかけるように、すぐさま私も列車から飛び降りてしまいました。




 落下中、唐突に今までのエリオ君との思い出が蘇ってきました。
 初めて会ってから今日までの事が。
 優しくって、私に笑いかけてくれる、エリオ君の顔が。
 だから私は自然に思いました。
 守りたいと。
 大切な人を、自分の力で、守りたいと。
 先ほど、一ノ瀬査察官に言われた言葉が頭をよぎります。

『貴様が恐れず正しくその力を使う事ができれば、それは仲間助けることもできるという事を忘れるな』

 だから、私は使う。
 恐れずに、この力を!

「蒼穹を走る白き閃光。我が翼となり、天を駆けよ。来よ、我が竜フリードリヒ。竜魂召喚!!」

 詠唱と共に、召喚魔法陣が現れ、フリードの真の姿が現れました。
 しかも

「制御、できてる?」

 完全に制御ができてます。
 やった!
 これなら!

「……キャロ?」

 と、エリオ君に声をかけられて慌てて浮かれた気持ちを元に戻します。
 同時に、いつの間にか抱きしめていたのにも気がついて、そっちの方も慌てて離しました。
 いけない、まだ気を緩めていいわけじゃないのに。
 そこに一ノ瀬捜査官の指示が飛んできました。

「キャロ・ル・ルシエ! 避けろ!」

 見ればフリードにガジェットからの熱戦が伸びてきていました。

「ッ! はいっ!」

 その言葉にしたがって、はじけるように体が動きます。
 攻撃を指示通り避けると、間髪いれずに次の指示が飛んできました。

「エリオ・モンディアル、スピーアアングリフ!」

「は、はい!」

 一ノ瀬捜査官の指示はなぜか有無を言わせず利かせる、そんな不思議な力があるように感じました。
 エリオ君は咄嗟に指示に従い、ガジェットに攻撃を繰り出します。
 しかし先ほどと同じように、分厚い装甲に阻まれて攻撃は止まってしまいました。
 これじゃあ、またさっきと同じになっちゃう。
 私がそう思った時、一ノ瀬捜査官はいつの間にかエリオ君の後ろに回り込んでいました。
 そのまま流れるようにストラーダの柄を蹴り付けます。
 すると、ガシュッという音と共にガジェットにストラーダの切っ先がめり込みます。
 続けざまに一ノ瀬捜査官は

「ブラストレイ!」

 私に指示を出し、その場をすぐさま離脱しました。
 同じく、その指示の意図に気がついたエリオ君も飛びずさります。
 私は、二人が安全圏に入ったと確認すると

「フリード、ブラストレイ!」

 指示に従って、たった今出来上がったガジェットの装甲の穴に向かい、攻撃を仕掛けます。
 その攻撃はAMFを突き破り、ガジェットを内部から破壊することに成功しました。
 攻撃に耐えきれなかったガジェットは燃え上がり、爆発してしまいます。
 やった! 新型で、なんか固かったけど、撃破できた!
 そのことで落ち着いて、周りを見てみれば、そちらの方もほとんど片が付いています。
 初任務、いろいろ不安もあったし、助けてもらっちゃったけど、なんとか成功です!






 そうやって私が内心ホッとしているところに

「エリオ! キャロ!」

 フェイトさんが大急ぎで飛んできました。
 そのまま私たちの無事を確認すると抱きついてきます。
 そんなフェイトさんの行動にエリオ君はちょっと照れています。
 私は抱きついてもらって、うれしい気持ちでいっぱいです。
 大切に思われているのがわかって。
 でも、ちょっと苦しいです。
 でも、ひとしきり抱きしめた後フェイトさんは真剣な表情になって

「……なぜ、エリオを谷底に投げ込んだんですか? 一ノ瀬捜査官?」

 一ノ瀬捜査官を睨みつけながら問いただし始めました。
 なんだかフェイトさんの表情が、いつもと違ってちょっと怖いです。
 でも、そんなフェイトさんに対しても

「AMFの効果範囲から外すためだ。そうしないと、魔法が使えないだろう?」

 一ノ瀬捜査官は今破壊したガジェットの残骸を調べながら、淡々と答えていきます。
 その態度に、フェイトさんの表情がどんどん険しいものになってしまいます。

「だからって、谷底に投げなくたって……普通に列車後方に下がらせた方が安全だったんじゃないですか?」

「落ちたほうが早い」

「そんな……怪我じゃ済まなかったかもしれないんですよ」

 口論も、フェイトさんはどんどんヒートアップしてしまいます。

「していないだろう? 怪我なんて」

「結果論です!」

「俺は結果論で話しているんだ」

「っく、あなたは」

 それを見ながら私とエリオ君がオロオロしているところに

「フェイト隊長、落ち着いてや」

 八神部隊長からの通信がはいり、二人を仲裁しました。
 だけど緊迫した雰囲気はまだ続きます。

「……一ノ瀬捜査官、協力感謝します。しかし、なんであなたはそこに居るんですか?」

 通信越しに、八神部隊長が詰問します。
 すると初めて一ノ瀬捜査官は言葉に詰まったように、会話に間を開けました。

「……レリックがあるとの情報が入ったので。もっとも、遅かったようですが」

「……そうですか。やはりあなたも、レリックを追っとるんですね」

「申し訳ありませんが極秘任務中ですので詳細は言えません」

 ただ、会話に間が空いたのも最初だけで、後は悪びれることもなく、事務的に八神隊長の質問に答えながら残骸を調べ続けます。

「極秘任務、ですか? レリックばかり集めとるように見えますけど」

「さぁ? 変な興味を持たないほうがいいですよ、八神はやて部隊長。好奇心は身を滅ぼす。それに、貴女には守りたいものがたくさんあるでしょう?」

「……脅しですか?」

「まさか、一般論です」

 ……なんだか、険悪な雰囲気です。
 八神部隊長の声はなんだかピリピリしていますし、一ノ瀬捜査官は一ノ瀬捜査官で声の調子は変わっていませんが、なんだか発言が挑発的に聞こえます。
 もしかして、一ノ瀬捜査官って六課と仲悪いのかな?
 助けてくれたから、てっきり六課の誰かと繋がりがあるのかと思ってたけど。
 すると、一ノ瀬捜査官は残骸を調べ終えたのか立ち上がり、空を見ます。

「では、これ以上ここに居ても意味がないので失礼させていただきます。事後処理はそちらに任せますので。では。アハト」

 一ノ瀬捜査官が呼ぶと、先ほどのヘリがすぐにこの場に飛んできました。
 どうやら、制御用にデバイスが詰み込まれた最新型の無人ヘリのようです。
 そのヘリから縄梯子が下りてきて、一ノ瀬捜査官がそれを掴むと

「待って!」

 先頭車両の方からツヴァイ曹長が飛んできました。
 何やら必死な様子で
 だけど、一ノ瀬捜査官はそれを一瞥しただけで、

「アハト、行け」

[Jawohl]

 その場を去ってします。

「……なんで、ですか?」

 結局、一ノ瀬捜査官は、ツヴァイ曹長に何も言ってはくれませんでした。







【Sideツヴァイ】

 結局、あの場で追いかけることもできず、希に逃げられてしまいました。
 せっかく希がシグナム達に会って以来、初めて姿を現したのに。
 それどころか、私の軽率な行動のせいでフェイトさん達に不審がられてしまいました。
 希と何かあったんじゃないかって。
 その場はお姉ちゃんのフォローもあってうまくごまかせましたけど。
 希が戻ってくると決心するまでは、このことは話せません。
 今話したところで、希の気持ちが変わらなければすぐにまた記憶を消されてしまいます。
 たぶん、次は私達も。
 それだけは避けないといけません。
 だから
 例えはやてちゃんを騙すようなことになっているとしても、この事だけは、私たちで解決しないといけないのです。


 だけど、なんにもいまだに進展しないままなのは辛いです。
 せめて、捜査の方が進んでくれればそこから希の狙いが分かるかもしれないのに……
 いまだに敵の正体も掴めません。
 ……はぁ、どうしたらいいんだろう?



[25220] 第二十四話
Name: kaka◆0519be8b ID:5d1f8e6e
Date: 2011/09/01 01:12
【Sideリイン】

 前回の希の対応から、主はやては部隊の方針を少しだけ変え、レリックの捜索よりもガジェットの撃退に重きを置くようになった。
 はっきり言えば、希と同じ土俵に立って戦うのには無理がある。
 なので、希にはないこちらの利点、戦力で対応することにしたようだ。
 この方針変換のおかげで少しづつだが、隊の評価を上げることができてきた。
 とはいえ、まだまだ一連の事件に関する進展はほとんどないので批判的な意見の方が多いが。
 こればかりは地道に頑張るしかない。
 今日はそんな任務の一環として、ホテルアグスタの骨董品オークションの警護に来ている。
 この骨董品内には数多くのロストロギアが混じっているのでガジェットが襲ってくる可能性が高い。
 ここでうまくガジェットを撃退できれば、また隊の評価を上げることができる。
 それに、この任務は希にはできない。
 今度こそ、挽回のチャンスなのだ。








 結果から言えば、私達の予測通り、ガジェットが現れた。
 それも、うまいこと撃退することができた。
 ただ、途中で現れた召喚士のことは気になるが……
 まぁ、上出来でしょう。
 主はやてもこの結果には満足しているみたいだった。
 主と今回の戦果について話していると、ロッサがやってきた。
 ロッサと会うのは何気に久しぶりだ。
 機動六課の仕事で、いろいろと忙しかったから。
 主はやても久しぶりに楽しそうに、ロッサと話しをしている。
 最近は主はやても気を張っている事が多いので、良い息抜きになればいいのだが。
 私がそんなふうに、考えているところに

「失礼、ご歓談中申し訳ないですが、少しよろしいですか? 八神はやて二佐」

 唐突に、希が現れた。






 その登場に、私は驚いて固まってしまった。
 全く心構えもしていなかった状態で、一番会いたかった人が現れて。
 主はやても私と同じように固まっていた。
 今まで何度も連絡を取ろうとしていたにもかかわらず、希は一度も応じていなかったのですから当然だろう。

「はやてに何の用ですかな?」

 こうやってすぐには動けなかった私達の代わりに、ロッサが希に対応しはじめた。
 主と希の間に割って入って。
 事情は知らないはずですが、主と私の様子から何かあると思ったようだった。
 そんなロッサを希は冷淡に見つめながら冷えた声で対応する。

「貴方には関係ない話です。できれば席をはずして欲しいのですが。ヴェロッサ・アコース査察官」

 しかし、そんな事ではロッサは引かない。

「失礼だがそれはできない。はやては僕の大事な妹分だ。関係ないことはない」

 希を睨みつけ、頑として動こうとしなかった。
 緊迫した空気の中、二人で睨みあっていましたが、先に希は諦めたのか

「なら、ご自由に」

 と、言ってロッサから視線を外し、主はやての方に眼をやる。
 すると主も固まりが解消されたようで、希に応じ始めた。

「それで、お話とはなんですか? 一ノ瀬捜査官」

 若干緊張した様子でしたが、なんとか平静を保っているようだった。
 対する希も冷たい空気を保っているように見える。
 主はやてと、十年ぶりに顔を合わせる事が出来たというのに。
 そんな、まるで敵みたいな……

「単純な要求です。いまさらになってしまいましたが……レリックの件から手を引いて欲しい」

「なんやて?」

 眉一つ動かさず、希は要求を口にした。
 逆に主はやての顔を険しくなる。

「……どういう事ですか?」

「どうもこうもない。言葉通りの意味です。できれば、自分から手を引いてくれるのが後腐れなく、理想的だったのですが……そろそろ本気で邪魔なので。それにあなたたちは事件の調査を進展させる事が出来ていない。上の説得はこちらでするので、レリック事件をすべて任せて欲しい」

 希はそう言って詳しい理由を説明しようとしなかった。
 当然、主もそんな要求受け入れない。

「それで、はいそうですか分かりました、とでも言うと思っとるんですか?」

「もちろん思っていません。ただ……」

 すると希はデバイスを取り出す。

「アハト」

[Jawohl]

 希が指示を出すと、機動六課の隊員たちの詳細な個人データが映し出された。
 戦闘スキルや得意魔法、専門分野に将来の目標などなど、を。
 その中にはもちろん、主はやての名前もあった。

「貴方はまた随分といい人材を集めましたね。エース級のストライカーたちに将来有望な新人、優秀なスタッフ。皆、素晴らしいと思います。そんな彼らを集められるあなたはよほど人望があるみたいですね。それに、政治力も。ただ……」

 そんな前置きの後、こちらが凍りつく様な事を言い出す。

「そんな政治的な力を持っているのは、この中に何人くらいいるのでしょうね?」

「……はい?」

 急には、希の言っている事が理解できなかった。
 いや、理解したくなかった。
 だって希が……

「例えば、高町なのは一等空尉。エースオブエースと名高い彼女ですが、政治力の方はどうですか? あまりそういうところに強いというイメージはないですね。気をつけないと、急に空を飛べなくなってしまうかもしれません。ティアナ・ランスター二等陸士はどうですか? 彼女は亡き兄のために執務官を目指しているようですが、上からへんな圧力がかからないとは言い切れません。兄の死因が死因ですから。他にもシャリオ・フィニーノ一等陸士やグリフィス・ロウラン准陸尉もやりたい仕事をやるだけの力があるといいですね」

 主はやてに対して、仲間を人質に脅しをかけるなんて。
 主の、一番弱い、そして一番嫌がる卑怯な方法をとるなんて。

「……どういう意味ですか?」

「貴方の思った通りの意味ですよ。さて、交渉に戻りましょう」

 主の確認には明確に答えず、希は自分の要求を言う。

「貴方達がレリック事件の調査から手を引き、主な業務を新人の育成に変更するというのなら、機動六課に対して批判的な意見を主張している連中をすべて黙らせましょう。一年という試験運営機関を短くするなんてことはさせず、むしろあなたが望むのなら伸ばしていせます。レリックから手を引いたことであなたのキャリアを傷つく様な事もないようにします。いや、新人教育さえ成功させればプラスになるようにします。無論、他の隊員たちのキャリアアップもスムーズに進むよう取り計らって見せます。いかがですか?」

 まさに、飴と鞭だった。
 六課を今の危うい立場から抜け出させ、更には将来の事まで。

「手を引く、そう約束してくれるだけでいい。それだけで、機動六課全体の未来は守られる。こちらとしては破格の条件だと思うのですが……交渉に応じていただけないでしょうか?」

 それは、主はやてからすれば甘い甘い誘惑の様に聞こえたかもしれない。
 主の夢は管理局の改革。六課はその足掛かり。
 この部隊で成功を収めれば、その夢への大きな一歩となるはずだから。
 逆を言えば、失敗してしまえば自分の今の立場さえ危ぶまれる。
 これだけの戦力を集めておいて失敗とは、と。
 そんな是が非でも成功させたいところで、今の窮地、そして、この助け舟。
 それに加えて、周囲の人間に対する影響。
 自分一人ならまだしも、断れば周りの人まで窮地に陥ってしまう危険性を孕む。
 普通なら、すぐにでも飛び付きたいと思ってしまうだろう。
 まさに、悪魔の誘惑と言ったところだろうか。
 でも……
 私にはこれが懇願に聞こえた。
 以前、主に闇の書を起動させようとした時と同じ種類の、自分の気持ちを押し殺した……






 主はやてもこれには悩んだ。
 この決断で、部隊全体の未来が決まってしまうかもしれないので当然だ。
 考え抜いた末に

「………………嫌や」

 主はやては希の要求を断ってしまった。

「……何故です?」

 その答えに、希にもわずかながら驚きと、動揺が見られた。
 主はやてならば、仲間を思って受け入れてくれると思ったのだろう。
 私も、驚いた。主は受けてしまうと思っていたから。
 それに対し、主は

「引くわけにはいかん理由があるからや」

 それだけ、しかし強い意志を持った声で言った。
 引く気はまるでないようだ。
 その主の様子に、希は初めて目に見えて悲しそうな表情になり

「……予言、か。余計な事を」

 忌々しげにつぶやく。
 しかし、それも一瞬のことですぐさま元の、いやそれ以上に冷淡なまなざしを主に向け

「……そうですか、なら、仕方ない」

 私たちに最後警告を発する。

「力ずくで、潰す」

 明確な敵意を持って
 それでも主はやては引かない。

「上等や。私たちはあんたが思っとるほど、弱ないで」

 希の言葉を、真っ向から受け止める。
 それを聞くと希は主に背を向け、用は済んだとばかりに立ち去ってしまった。

「待て! はやてに手を出すというのなら、僕も黙っているつもりはない! その事を忘れるな!」

 ロッサは去り際の希の背にこんな言葉をかけていましたが、結局私には何も言う事ができませんでした。




 希がこの場を去った後、私は主に改めて聞いてみた。

「主はやて、引けない理由とは、何でしょうか? それに、予言とは?」

 私には不可解だった。
 希が残した言葉も、主が断った理由も。

「それは……」

 しかし主は私の問いに言い淀んでしまう。
 それを見たロッサが険しい表情を主に向ける。

「はやて、君はリインフォースにも黙っていたのかい? 六課の本当の意味を」

 若干咎めるようにロッサに言われた主は顔を伏せてしまった。
 それを見たロッサは溜息をついてしまう。

「はぁ、前から言っているだろう。そうやって一人でため込むのは君の悪い癖だって」

 それからロッサは私の方を見て

「ここじゃ、さすがに拙い。仕事が終わったら、少しみんなでお茶しよう。そこで、全部話してあげるよ。いいね、はやて」

「……うん」

 そう約束すると、ロッサは一旦この場を去って行った。




 仕事が終わると私たちは約束通り三人で集まった。
 そこで改めて主から聞く。
 六課の本当の存在意義を。
 騎士カリムの予言。
 管理局崩壊の危機。
 それを防ぐための戦力。
 さすがに私も驚きを隠せなかった。
 騎士カリムのレアスキルのことは聞いていたが、まさかそんな事になっているとは……
 そこまで主が説明をすると、今度はロッサが説明を引き継いだ。

「とはいえ、管理局を崩壊させるなんて現実的じゃない。だから上の連中も半信半疑だ。特に陸のレジアス中将なんか全く信じていない様だよ。僕だって本来なら信じられないさ。そんな事ができる人間がいるわけがないってね。でも、一人、例外がいた」

 例外。
 私にも思いついてしまった。
 管理局崩壊なんて、とほうもない事を実現できそうな、人物を。

「一ノ瀬希。あの悪魔なら、それをやってのけたとしても不思議はない」

 そう、希ならば。
 希ならばそれも可能ではないかと、思ってしまったのだ。

「悔しいが奴は天才だ。その能力、その頭脳。常人の範囲を超えている。明らかに異常だ」

 ロッサは悔しげに、希を評価する。
 だけど、私はそれ以上聞きたくなかった。

「第一、この予言が出てから真っ先に疑われた人物のにもかかわらずレリックに関わる活動を認められているという事がそもそもおかしいんだ」

 手が、否応なしに震えてしまう。

「だから、この件を奴に譲ったらいけない。それこそ奴の思うつぼだ」

 希が……そんな事を……
 そこでロッサは私の様子がおかしい事に気がついて。

「すまない、こんな危険なことに君の主を巻き込んで。でも大丈夫、僕も義姉さんもクロノも、それに非公式ではあるが三提督も付いているんだ。悪魔なんかに負けやしない」

 励ますように言ってくれたけど、あまり意味をなしていなかった。

「……ありがとう、ございます」

 それでも、なんとか気を張ってこの場はやり過ごす。
 今、主に私の悟られるわけにはいかないから。
 例え、心の中がぐちゃぐちゃになっていても。




 その夜、恒例となってきた騎士たちのみの会議で今日あった事を話した。

「……と、言うわけです。すいません。せっかくのチャンスでしたが、主の手前、追いかけることも話し合う事も出来ませんでした」

「いや、気にするな。希を捕まえられなかったのは我々も一緒だ」

 私が謝ると、シグナム達も悔しそうにしていた。
 あの場にいたにもかかわらず、シグナム達は希を見つけることができなかったのが相当悔しいようだ。

「でも、収穫はあったわね」

 そんな重々しい雰囲気の中、シャマルは努めて冷静に、状況を分析しようと頷いている。

「予言……予言ね。管理局崩壊の……」

「あの……」

 それに対しツヴァイは不安そうに、私に訊ねてきた。

「本当に、希は管理局を崩壊させようとしてるんでしょうか?」

 その問いに、皆答えられなかった。
 出来るかどうかで言えば、できるだろう。
 やろうとするかで言っても、希ならそれをやろうとしてしまうかもしれない。
 でも、それは必ず……

「主のためになるなら、希はそれをやってしまう男だ」

 沈黙ののち、ザフィーラが答えた。
 そう、主はやてのためならば。
 でも、今回はそれがなぜ主のためになるのかが分からない。
 私達がそうやって悩んでいると

「……そうね。でも、希君がそれをやるとは限らないわ」

 シャマルが別の切り口から推論を始めた。

「根本が、違うのかもしれない。希君の目的が管理局を襲うんじゃなくて、管理局を襲おうとしている人の注意を自分に向ける事だったら」

 その言葉に、皆が反応する。
 そんな中、シャマルはどんどんと推論を進めていった。

「考えてみればおかしいのよ。もし、仮に希君が本気で管理局を潰すために六課と対峙しているのならもっと裏から働きかけてくるはずだわ。気がついた時には、もう終わっているような。でも、今回はそれとは真逆。最初っから、見せつける様に敵として現れた。こんなリスク犯すとは思えない。でも、もし、それが本当の敵の眼を自分に向けるためだったら? レリックを集めたいのが希君じゃなくて、他の人間で、そいつの眼を六課に向けさせないためにわざとこれ見よがしにレリックを集めているとしたら?」

 沁み込むように、シャマルの推論は私たちにもすんなりと入りこんできた。

「六課を解散させようとするのも、本当の黒幕が動き出す前にはやてちゃんから戦力を取り上げたかったからなんじゃないかしら? 戦力がなかったら、いくらはやてちゃんだって立ち向かう事ができないはずだわ。だから、わざと自分が敵になって安全に六課を解体しようとしているんじゃ?」

「つまり」

 そこでヴィータが悔しそうに言う。

「希はあたしたちじゃレリック事件の黒幕に勝てないって思ってる。そういうことか?」

「……えぇ、そうね」

 シャマルも、同じようにそれを肯定した。
 しかし、そう考えれば、納得がいくものだった。
 今までの行動も、主の前で見せたあの表情も。
 希はまた、一人で泥をかぶって危険な道に進む気なのだろう。

「……あいつ、また」

「十年前と、同じことを」

 シグナムは拳を握りしめ、苦悩の表情をしている。
 このままでは、十年前の繰り返しになってしまうから。

「それで、どうするの? このまま希君の意思をくみ、はやてちゃんだけの安全を考えるのなら六課を解散させて大人しく手を引くべきだと思うけど……」

「そんな選択、嫌だ」

 シャマルの案に、ヴィータが強く反発する。

「六課は潰させない。はやての安全も守る。その上で、希の事も守って見せる」

 これは、欲張りな選択なのかもしれない。
 全部、手に入れようだなんて。
 だけど

「そうですね。私も、ヴィータに賛成です」

 今回は、何も失いたくない。
 十年前のあのときは、何も知らない間にすべてが終わってしまっていたけれど

「えぇ、もちろん、私も」

 今度はまだ、間に合う。
 それに

「……我々とて十年前とは違うのだ」

「あいつに勝手に決め付けられるほど、あたしたちは弱くねー」

 そうだ。
 二度とあんな思いをしないために、何時か希を取り戻すことができるように、私たちは力をつけてきたはずだ。

「はいです! それを希に証明してやるです!」

「そうだ。そして今度こそ、希を守りきって見せる」

 もう、二度と同じ過ちは繰り返さない。

「騎士としての誇りに賭けて」



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