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[26478] 勇者の条件エトランジェのススメ~独善的な後継者~
Name: 藤島◆91664d56 ID:3546bf84
Date: 2011/03/13 17:30
命の営みを見守る様に、星は煌めき空を彩る。
天は、静かに見守るだけ。
喜びも、悲しみも、怒りも、欲望も、いかなる思いを抱いて、生きようとも空が動く事はない。
故に今起こっている事は、天の采配ではなく、今を生きているモノが引き起こした必然である。
偶然など有り得ない。
すべては必然、意志あるモノが起こす必然にすぎなかった。
夜の闇を切り裂いて、小さな村はその役目を終えた。
辺りを照らすのは紅蓮の炎、生きとし生ける全てを飲み込むが如く炎は燃え盛る。
家が焼け落ちた、悲鳴は上がらない。
当然だ、その家には人は居ない。家の中には、かつて人間だった肉片があるだけだ。
村の広場が燃えていた。悲鳴はない。
当然だ、そこにあるのは、無惨な骸だけ。
命の輝きはそこにはない。
全ては終わる。村は焼かれ、静かに眠るだけだ。
だが、そんな中ひとりの青年が剣を携え、朽ちていく村の中を駆け回っていた。
「逃がさないッ、絶対に逃しはしないッッ!!!」

青年の顔を走る狂貌、怒りも悲しみをない交ぜにして憎しみで凝り固めたその表情。
己を貪らんとする炎の中ですら、青年は止まらない。
口から呪詛を漏らし、熱が舐めまわすこの中でひとり、必死に何かを探す。

亡者か亡霊か、否、青年はただの人間だ。
身に纏うのは、光輝く聖なる鎧でもない、布の服。
手に持つのも、呪われた魔剣でもなければ勇者の剣ですらないただの剣。
狂顔を走らせ呪詛を綴ろうとも、青年はただの人だ。
だが、青年が人と違うとすれば、それはこの村が出身地である事。
―――――――――――――青年は復讐者だった。

踊る炎の中、青年の瞳が一つの影を捉えた。
喜色が狂貌を飾る。
ニヤリと青年は笑った。
「みぃ―――つけたぁぁあああっッッ!!!!」

瞬間青年は、疾風となった。
青年が見つけたのは、白い人影。
はためく白いローブを目印に青年は駆け抜ける。
 距離は五十メートル。
炎は壁に足りず。青年は執念を持って踏破する。
僅かふた呼吸、瞬く間に背後から白い人影へ詰め寄り、剣を振り下ろした。
「なっ!?」

彼の手に感じる確かな手応え、しかし白いローブを纏った――――少年を傷つけるには到らない。
白魚の様に白い肌、少年は人差し指と中指でしっかり剣を挟み込んでいた。

「やめてよね、死にたいの?」
穏やかな声色で、傲慢ともいえる言葉を言い放つ。
少年は、流麗かつ典雅な動作で剣を手放すとにっこりと笑った。
青年は、一瞬茫然自失と動きを止めたがすぐさま激情が彼を支配した。

「黙れッ!!!!」
青年の剣が、渾身の力で少年に叩きつけられる。少年は一歩後退しながら、手刀を繰り出した。
鋼の剣と生身の手刀が激突交差する。
愚かなと青年は思った。
いかな白いローブを纏う少年が規格外であろうと、生身で鋼鉄に打ち勝つなど不可能だ。
青年は、復讐心と共に少年の手を切断する。
筈だった。

甲高い音を立てて剣が弾け飛ぶ。
剣の破片がばらまかれ宙に舞った。
―――馬鹿な...!?

有り得ない。驚愕が青年を支配する。生まれたのは一瞬の空白、しかし勝負を決するには十分な時間。

「―――ぁ....」
少年の手を伝い、深紅の液体が滴り落ちる。
自身の胸に突き刺さる腕を見て青年は小さな声を上げるしか出来ない。
青年の口腔に鉄の味が広がった。

「だから言ったのに...」

少年はそっと呟くと青年を見上げた。
エメラルドグリーンの瞳が、青年を見据える。
青年は、瞳に込められた感情を読み取ると、渾身の力をもって少年の首に掴み掛かった。

「哀れ..むのか?....よりにもよって貴様が憐れむのか!?」

口腔に広がる血液も、彼が話す事の障害足り得ない。
身を苛む痛みも、抜け落ちていく何かも、激情の前には無力だった。
零れ落ち行く命全てを振り絞り、少年の首を掴む手に力を込める。

「村を焼き、みんなを殺し、弟を、母を、父を奪った貴様が哀れむのか!!?」
呪詛を込める。
赤黒い、何かが口角から滴り落ちる。
死に逝く者とは思えぬ力で、首を締め上げる。
常人の骨ならば既に砕けているだろう。青年の儚く消え行く命全てを注ぎ込んだその力は、限界を超え、握力500キロにも及ぶ。

それでもなお届かなかった。
少年は微笑む。物憂げに哀みを含んで静かに笑う。

「僕だって、人が死ぬのはとても悲しいし嫌だよ。でも、しょうがないじゃない。だって偉大なるマザーの言葉に逆らったんだもん。」

―――なら、滅んで当然だよ?
少年はまるで、聞き分けのない子供に語る様に言った。
その言葉を受け、青年は憎しみを吐き出す。
「魔王めっ!」

次の瞬間、少年は笑みを消した。
いや、ありとあらゆる感情が消えた。
無機質な顔を青年へ向け、じっと見つめ、静かな声色で言う。

「マザーの侮辱は許さないよ?」

有無を言わさぬ迫力がそこにあった。
それを見て、青年は笑った。余裕など欠片もなくただ死に逝く運命しか持ち合わせていないのに少年をせせら笑った。
初めて、この少年の余裕を崩せると青年は嘲笑う。

「魔王に魔王といって何が悪い?それとも貴様の主は魔王と呼ばれることに怯えているのか?」

ぐゅり。
少年が青年に刺さった手を動かし、傷口を広げる。
傷口から激痛が走り、霞消え行く青年の思考をかき乱す。
それでも、青年は笑った。ちっぽけな本当に小さな復讐を果たす為に笑う。

「ははっ、図星か?....確かに俺は貴様に勝てなかった。しかし俺が勝てなくても良い。今勝てなくても良い。何時か必ず貴様と貴様の主を倒す者が現れ――――」

そう言葉にして、青年は弾け飛んだ。
辺りに、青年だったモノが降り注ぐ。
消し飛んだ青年を見て、少年は笑う。
無表情を喜悦に変えて、無邪気に子供の様に笑う。
「君程度が僕に説教?やめてよね、君と僕とじゃ立場が違うんだよ」

少年に嘲笑のみを与えて、青年は去る。復讐を果たせず彼は逝く。
後に残ったのは、純白のローブを纏う少年のみ。
燃え盛る炎の中、白をはためかせ少年は歩む。一点の汚れすらないそれを身に付けて。
 結局の所、青年は少年の衣服さえ汚す事が出来なかった。
この青年のささやかな復讐が現実に何ら影響を与える事はない。
青年の生涯は、誰に見取られる事なくひっそりと幕を閉じた。


満点の星々が輝いていた。
この惨劇を哀れむ様に、この惨劇を鎮魂するが如く、ただ無慈悲に光輝いていた。


煌めく太陽の光を浴びて、一人の少年が森に囲まれた道を歩いていた。

黒髪の下で、鳶色の瞳が眠たそうに揺れている。顔立ちはまだ幼さを残し、少年の印象を残す。
背丈はあまり高くなく中肉中背といった印象が強い。身に着けている衣服は、上下黒の学生服。手に持つのは、革性の手提げ鞄。
彼の名前は、斉藤始(さいとうはじめ)高校一年生だ。
軽く欠伸をかみ殺し、ちらりと時計を見ながら時間の確認をする始。
時刻は、7時丁度。 こんなに朝早く、森の中を歩く理由は至極簡単で、ただ実家が山の方にありバス停まで少し歩かなければならないだけなのだが。
彼は、そっと溜め息を吐きながら空を見上げた。
「後、二時間後にはマラソン大会か...」
憂鬱な感情を隠さずにそう愚痴り、学校前まで行くバスが停まるバス停を目指す。
平和な日常生活そのものである。
しかし、平和とは維持するよりも壊す事の方が簡単である。
その言葉は、彼の日常にも当てはまっていた。

「待てッ!!」
そんな言葉と共に小さな影が始の道を塞ぐ様に飛び出してきた。
始より幼い、小さな子供であった。
妙な子供だと彼は思う。だが、それも無理もない。
比較的平和な日本で、いったい何人の九歳児が中世ヨーロッパの一般人が着ていそうな服装の上、短剣を向け強盗の様に道に立ちふさがるというのか。

始は困惑した。何がどうなっているのか瞬時に把握出来きなかった。軽く深呼吸を行うと、重さを感じさせず友好的な口調で彼は子供に問った。

「え~っと、何かのお遊戯かな?...ごめんな、俺これから学校でさ。すまないけど遊ぶなら他の人と遊んでね」

「まっ、待て!持ってる金全部だせよ!」

柔和な笑みを浮かべ立ち去ろとする彼に、甲高い声を上げ静止を促す子供。
そこで、漸く彼は気付いた。自身が強盗に遭っている現実に。
そうと分かれば彼の困惑はいとも簡単に消え去った。
春に溶け行く雪の様に氷解していく困惑と、それに反する様に出て来たのは憐れみの感情だ。

世知辛い世の中だ。子供に聞こえぬ様にちいさく呟く。
始は、生暖かい視線を送りながらつぶさに子供を観察した。
一言で彼の目の前にいる子供は、強がっている少年というのが第一印象であった。
 まとまりが悪い茶髪の髪の毛、気の強い言葉を言いながらも、視線は揺れておりアイスブルーの瞳からは意志の強さが全く感じられない。
妙によれている、中世チックな服装から見ても、経験豊富な強盗犯ではなく村人AまたはBという印象だ。
唯一この印象を覆す短剣は、妙に始の視点から錆びており奇妙なリアリティがあったが、少年がビビり過ぎて、とても、強盗には思えなかった。

では一体この少年は、何者か?
始の脳裏に疑問がよぎる。強盗を行っているのに明らかに手慣れておらず、しかも服装は現代日本からすれば凡そ一般人が着ているモノではない。
少しばかり、考え込む始であったがすぐさま頭を振りかぶり追い払った。
自身の手には勝ち過ぎている。
始は、出来るだけ優しい声色で少年にいった。

「...警察に行けとは言わないしさ、ひとまず役場の児童福祉課に行かないかな?」
「え?」
頼り下なく揺れている少年の視線に、困惑の色が現れた。
何を言っているのか分からない。少年からそんな表情を読み取った始は、優しく傷つけない口調を心掛ける。

「正直さ、お兄さんちょっと状況を把握しきれてないんだ。キミにどんな理由があってこんな事したのかは分からない」
「....」
「でも、お金が欲しさに強盗紛いの事をしたのにはきっと理由があるとも、俺....あ~お兄さんは思ってる。」
「本音を言うとね、お兄さんには君がどんな事情があっても助けてあげられないんだ....だからここは専も」

「ばっ、馬鹿にするな!?」
少年の瞳が、真っ直ぐに始の瞳を捉えた。
2つの視線が交錯する。
 始は、少年の瞳を見て失敗したと即座に悟った。
始の瞳に宿る色は少しの罪悪感と後悔。
対する少年の瞳に宿る色は、微量の怒りと情けなく潤んだ悲しみだった。

(失敗した...)

彼は自身の対応の甘さを呪った。
怖がって見せた方が良かったのか?一瞬彼の脳裏にそんな選択肢がよぎるも、すぐさま消去する。
彼は演技が苦手だった。短剣が本物であれ偽物であれ使い手が九歳前後の少年では恐れようがない。
(今日のマラソン大会遅刻かな?)
内心溜め息を吐いて、何とかしようとしたその時だった。

異質な粘着音が、始の後ろから上がったのは。
妙な違和感が始の内心を衝いた。怪訝な顔をしつつ彼が振り返った先にそれは居た。

ヒト定義が、二本の足で立ち2つの手によって自由にモノを持つ事であるならばそれはヒトに似ていた。
ヒトとの決定的な違いがあるとするならば、それは色を持たなかった事。
ヒトに似た輪郭を持ちながらそれは一切の色を廃していた。
いや、一つだけそいつは色を持っていた。人間で言えばちょうど心臓に中る部分、そこに赤く光る球体が脈動していた。
そんな、ヒトの形をした向こうが透けて見える非現実的な生物と遭遇した、二人の反応は異なっていた。
始は理解出来ないと目をまばたきさせ疲れを疑い、少年はこの世の終わりを彷彿させる絶望的な表情を浮かべる。
そこにあったのは恐怖だろうか?だからこそそれを振り切る為に少年は力の限り叫んだ。

「すっ、ス、スライムだぁぁぁあ!!」

そいつの名称を。

その言動を聞き、始は一瞬空を見上げた後ちいさく呟いた。
「未確認生命体って...五代雄介はここには居ないんだぞ」

始の呟きは誰に聞かれる事なく空に消えていった。




[26478] 第一章「異邦人と緑ヶ丘時々エルフ」
Name: 藤島◆91664d56 ID:1116c2b5
Date: 2011/03/13 17:40
帰宅部のスピードスター、それは斉藤始に与えられたクラスメート達からの称号である。
百メートル11秒7、運動部に在籍しておらず尚且つ高校一年生という事を考慮すれば、破格過ぎるスピード。
帰宅部のスピードスター、そう呼ばれた男斉藤始は、今遺憾なくその能力を発揮し疾走していた。

「チィッッ!!?」
漏れる小さな舌打ち、始は苛立ちながらもサイドステップを踏む。
同時に、始の横を透明な手が掠めて行き、そこらに原生している木を叩き折る。
彼の背中に冷や汗が伝う。当たったら一撃死だ。そんな不安が浮かび上がると振り払う様に、サイドステップで落ちたスピードを引き上げた。

「おい!少年ありゃ何なんだよ!?スライムとか言ってたけど本物か?」
始は、現在自らのやや後ろにいる少年に向かって、そう問い掛けた。

「そんなの当たり前だょぉ!!!」
それに対し、少年は剣を握り締め鬼の形相で走りながら答える。
余裕がないのか、少年の口調が始と出会った時と違う。

始は、少年の答えに頭を抱えそうな衝動に駆られるも我慢して、後ろに注意を向けつつ走る。
二人から離れた位置に、透明のゲル人間スライムが人間の様に走り迫りつつあった。
彼はその光景を見て、再び舌打ちをした。

現在、未確認生命体スライムと二人の距離は二十メートル程離れている。単純なスピードでは、始が勝っており始に辛うじて追いてこれる少年と二人、このまま振り切れる筈であった。

しかし、現実は振り切る所か距離は徐々に縮っている。
スピード以外の要因が、スライムに勝利の天秤を傾けている。
その要因はただ一つスライムからの攻撃だった。

逃亡する始の視界の中、スライムが突如停止し彼らに手を向ける光景が映る。
瞬間、彼の張り詰めた神経に怖気にも似た感覚が疾る。

「跳べ!!」
少年の腕を掴み、すかさず跳躍。
同時に、音ならぬ音が鳴り響いてスライムの腕が伸びた。

腕が彼等に迫る。
つい数瞬程いた場所が抉れ地面が爆散する。
地面を砕き、木を薙ぎ倒す。
そんな威力を秘めた攻撃が彼等の横を通り過ぎた。

「洒落になってないぞ?おい!」
捨て台詞を吐き捨てる。
再加速して、逃げ出すその瞬間だった。

「うひゃ!?」

そんな言葉と共に少年が転けた。

「おいィィィ!!少年!?」
「う...あぁぁっ」

転けた少年に気を取られ、動きを止める始。
少年は、腰が抜けたのか立つことが出来ず後ずさるだけだ。
微かに始は躊躇する。見捨てるか否か。
彼は人が困っていると必ず助ける聖人君子ではないが、目の前で死にそうな人が居ても迷わず見捨てて行ける程薄情ではなかった。
そしてそれが、彼の運命を決定付けてしまった。
――加速しきれない、今から逃げても振り切れない

「ちくしょう!!」
僅かな時間に思考を巡らせ彼は少年の下へ駆る。
義憤や正義感からでの行動ではない。少なからずそういったモノはあったが、理由は至極単純、この化け物に立ち向かった方が僅かばかり生存率が高くなると判断したからだ。
「少年、短剣借りるぞ」

始は、少年から短剣を受け取ると切っ先を化け物(スライム)へ向けて対峙した。

心臓が高鳴り、冷や汗が背を伝う。
斉藤始は、運動神経は良いが戦闘と呼べる命のやり取りをした事もなければ、古武術や柔術や剣術など戦うスキルを学んだ事すらない。

打倒しなければ死ぬ。目の前の敵を。
そっと心に言い聞かせて始は前の敵を睨んだ。

先程までの逃走劇を忘れさせる程、ゆったりとした動作で、スライムは歩み寄って来た。
距離は、10メートル程度あり逃亡中に見せた遠距離攻撃であれば既に射程圏内だ。

だが、攻撃は行われなかった。まるで観察するの如く止まり一定の距離が置かれる。
人を模しているがスライムに瞳はない。もしかしたらあるのかもしれないが、全身がほぼ透明な為輪郭程度しか分からない。
有り得ぬ瞳の眼光が、始を射抜いた。
観察者の視線は問い掛ける様であった。何故逃げないのかと。
スライムは確実に知性を持っていた。
始は笑った。
引きつったどことなく無理がある笑みであったがしっかりと微笑んだ。

「おい、少年...生憎と俺は大した事はない。だから、這ってでも攻撃を避けろよ!良いな!!」

少年を見ず、始が言い放った。
集中力を引き上げる。長くは保たない。
恐怖を抑えつけ、思考をクリアに、冷たい興奮が始を苛む。
スライムの一挙手一投足を見逃さず、静かに時を待った。

斉藤始が狙うモノ、カウンターとそれに伴う特攻の機会だ。
始がこれを狙うにはいくつかの理由がある。
一つはスライムが圧倒的な破壊力を有しているにも関わらず、身体的能力に於いては始の方が勝っており有利な点。
また、その圧倒的破壊力を発揮している場合は、遠距離攻撃でありその攻撃は直線的かつ元の手に戻る為に数秒間のインターバルがあった事。
最後に、スライムの通常攻撃が未知数であり、始の戦闘技能では素直に戦いを挑んだ場合攻撃を当てれるか判別不能であった。

故に彼はカウンターを選択した。

一分いや一秒だろうか。
始には、時間がわからなかったが、この対峙に僅かながらの空白が生まれた。
始はカウンターを狙い、スライムは理由が分からぬが観察するが故に生まれた空白の一時。

一から十へ十から百へ、集中力に値があればその様に増えていったであろう。

空気が張り詰めて行く。
そして次の瞬間、風が吹いた。
両者にとって、それは合図となった。

スライムが左手を始に向け、奔流が解き放たれる。
それは正に激流に等しい激しさ。
大気を穿ち裂き疾走し、直線の軌道を描いて斉藤始に殺到する。

対する始は、放たれる瞬間一歩足を踏み出した。
何という無謀。
攻撃を受ける際に一歩足を踏み出すと言うことはそれだけ早く攻撃を受ける事に他ならない。
時が止まる。いや、時が止まる筈はない。
彼の高まった集中力がそう見せるに過ぎない。
一歩、更に一歩彼が踏み出す。

スライムの腕が迫る。虐殺し粉砕し、削り取る。彼にとっての破滅が滅意が押し迫る。

(ここだ!)

彼は決断する。避けるタイミングはここしかない。
体をかがめ潜り抜け――――回避する。 揺れる様にダッキングとヘッドスリップを行い突き進む。

黒髪が揺れ、耳をつんざく音が背後を通り過ぎて行く。

(行ける!)

始は確信した。距離が半分を超えた辺りで理解した。
間違いなく自身の攻撃は届く。追い詰められ、高純度に至った集中力は鋭い刃と化し化け物へと辿り着く――――筈だった。

彼の視界は捉えた。スライムが右手を此方に向ける様子を。
「クッ!!」

彼は小さく呻くと、細く揺れた。
同じ手段だ。ダッキングとヘッドスリップを組み合わせ突っ込む。
一度成功した手段故に彼は、繰り返した。

そしてその様子を見て、スライムは僅かに右手を下げた。
照準の下降修正が行われる。

これは当たる。同じ手段での回避は不可能、始は己の浅はかさを知る。

スライムの右手が解き放たれた。

蒼穹の空に似ていた。全てを飲み込み包み込む、透明な水流。
それは絶命の必然とし、始へと迫る。

脅威が迫り来る刹那の間、始は思考を走らせる。
研ぎ澄ます。集中の純度を高め思考する。

左右への回避、それは可能だ。しかし、それは回避出来るだけで、致命的なまでに攻勢の機会を逃す。
下方への回避、論外である。それは自殺と変わらない。

彼の両足が地を蹴った。
弾けるような跳躍。学生服をはためかせて、一時彼の体は重力から解放される。
彼の足元を水流が駆け抜けた。
地を砕き破壊するその奔流。だがそれも関係ない。ただこの勢いを駆って斉藤始は化け物(スライム)へと辿り着く。

「ウォリャァァァァァァァァァァァァ!!」

裂帛の気勢を以て彼は振りかぶる。
上段から下段へ振り下ろす。何をどうするのかまるわかりの行動。
このような行動、普段ならば誰も当たらない。
しかし、明らかな隙に速さを用いて行えば、必中に等しい行為へと昇華しうる。
スライムが空を見上げ、回避を試みるがもう遅い。
短剣の刃は、スライムの脳天を引き裂き体事切り落とした。
スライムが形を失い水に還っていく。
一瞬光が瞬いた。
光に目が眩み、スライムの新手の攻撃かと距離をとって身構える彼であったが変化がない。
徐々に戻り行く始の視界、そこに特別な変化はなかった。
ほっと一息つく始の目先、あるものが映った。
スライムが居た場所に、赤い宝石が3つ落ちている。

始は恐る恐る近づき、短剣で小突いてみた。
硬質な音と手応え。 ひとまずそれを手にとってみる始。
しげしげと眺めて見るも特に変化はない。
ただの宝石だと結論付けると深い深いため息をついた。

「驚かせやがって....」

一言愚痴を言うと始は辺りを見回した。
そして、お目当ての人を見つけるとゆっくりと駆け寄った。
「なあ、少年」
「ひゃい!?」

腰を抜かしへたり込んでいる少年へ語り掛ける始。
少年は、一瞬体を震わせると恐る恐る顔を上げた。

「あ~、立てるか?その立てないなら、手を貸すけど」
「...すみません、手を貸して下さい」

始がそっと手を差し伸べ、手を取り立ち上がる少年。

始は少年が落ち着くのを見計らいそっと短剣を返した。
驚く少年であったが、短剣を受け取ると腰に付けていた鞘へとしまう。

「...あの、何故なんですか?」
「何故って何が?...まあ、ひとまず、ここから離れないか?歩きながらでも話出来るしな」

歩き出す始、それに付き従うように少年も歩き出す。

「あの」
「何?」
「何で僕を助けてくれたんですか?後、剣も返してくれて...」

揺れる瞳で気弱に始を見つめてくる少年。
始は少し困った顔をするとゆっくりと語り出す。
「剣を返したのは、正直な話俺の方が強いと判断したからだな。君が短剣を使用しても差は埋まらないし、後は信用しますって意味もある」
「...」
「え~っと、何で助けたのかについては、誤解されたくないから正直に言うな。偶然の成り行き、結果そうなっただけだな」
「偶然ですか?」
「そ、偶然。素直に見捨てられる程薄情じゃないけど、命張ってまで助ける程かっこ良くないから俺」
「...」

考え込む様に、黙する少年。始は自身の株を上げる物言いでもすれば良かったと思ったが、自分らしくないと考えて軽く頭からその考えを追い出した。


始は出来るだけ柔らかく微笑み軽い口調でこう言った。

「まあ、命の恩人とかじゃないから気軽にいこう」
「...はい」
「じゃあ次は俺から。俺の名前は斉藤始、呼び方は好きにしていい。それで、君の名前は?」

伏せた目線躊躇いがちにそっと少年は言った。

「バジル、バジル・ド・グリーンヒルです」

これが異邦人であると、まだ気付いていない斉藤始の異世界最初の出会いだった。


太陽が空高く登り、曇りとは無縁の昼下がり。
森に囲まれたルフス村にで少女アイリス・ダイアンサスは居心地の悪さを感じていた。
注目を浴びている。彼女はそう感じていた。
そこらかしこから彼女へと降り注ぐ視線。まるで豪雨の様で、居心地が悪い。
彼女の心境を語るならこういった所であろう。
単純に興味を引くと言うだけならば、アイリスの容貌は美しく、人々の注目を集める。
神秘性と清楚さを同居させた容姿は、周囲を惹きつける吸引力になるだろう。
事実そういった視線の類もある。
煌びやかな黄金を溶かし込んだ、癖のないブロンドヘアー。
透き通る白い肌に、南の海を閉じ込めたと言っても過言ではない鮮やかなエメラルドグリーンの瞳。
細やかに計算されているとしか思えぬ、目鼻口の配置は完璧で、神の寵愛を感じさせる。
更に、その容貌において目を引く点は耳だろう。
普通の人間と違いやや鋭角的な耳は、彼女が亜人(エルフ)の血を引いている事を理解させる。それは絶妙なアクセントとなって、彼女の神秘性を際立ったせ、ある種の神々しさを放つ。
その神々しさに対して、彼女の着ている衣装にも皆を惹きつける要因がある。
一言で表すならば、無垢と答えるだろう。
纏う白銀の鎧は、一点の曇りも無く、鎧の下にあしらえて作られたであろう衣裳は、白いドレス。
鎧さえ無ければ、貴族の夜会に出席していても何ら不思議のないそれは、妙に白銀の鎧と融和している。
優美さと神秘性が見事に調和されており、それ程高くない背と相俟って森の妖精、いや、戦乙女このような表現が非常に似合っている。
そんな美貌を持つ彼女に、視線が集まるのは、当然であったが、それだけが全てでもなかった。
彼女が亜人である。その事が視線を集めるもう一つの原因である。
この世界において、エルフなどの亜人の立場は微妙な立ち位置にある。
迫害を受けている訳ではないが、受け入れられている訳でもない。
何故なら、この世を滅ぼす魔王を必ず輩出し、この世を救世する4人の勇者の1人も同じく輩出するからである。
世界を滅ぼす者と救う者は必ず1人亜人から出る。その事がこの世界に生きる人間に複雑な思いを抱かせる。
つまりアイリスは、容姿の美しさと生まれた種族の確執が相俟って奇異の視線に晒されていた。

アイリスは、そっと空を見上げると気分を切り替えた。
居心地の悪さは我慢する。これから変えて行けば良い。
アイリスは、ルフス村の村長宅を目指す事にした。




[26478] 第1話「異世界での生活!異邦人と緑ヶ丘、そして魔法」
Name: 藤島◆91664d56 ID:2a90126e
Date: 2011/03/24 04:53
今から20年前、今世において、魔王と呼ばれる人間を滅ぼすモノが復活した。
魔王は復活後、宣戦を布告。魔物を率いてこの大陸の単一国家ランスカール王国王都を含む、五つの都市へ攻撃を行う。
結果、4つの主要都市の防衛に成功するも、北方の都市アリアロッテが陥落。
事態を重く見たランスカール王国は、現存する唯一の四勇者ガンダルに軍を預け討伐を命令。
しかし、ガンダルは戦死、魔王討伐は失敗に終わる。

以来、ランスカール王国と魔王との戦いは決着がつかず、一進一退のまま争いが続いていた。
魔王との闘争に荒れ果てるの世の中、世界は混沌に満ちていた。

「話半分に聞いてたけど、本当みたいだな、おい」

始は小さく呟いた。
兵どもが夢の跡。そう称して良い程そこには何もない。
痕跡、何もかも燃え尽きた黒こげた炭、微かに形を残す造形物の名残だけがそこにあった。

始は、あの後茶髪の少年バジルの案内で、彼が住んでいた村だった場所へ足をのばしていた。

理由は簡単、斉藤始が現実把握する為、バジル少年から情報収集を行った結果信用してなかったからだ。
始は割とリアリストである。いきなり魔王や勇者だの別世界での常識を言われても納得などできよう筈もない。
スライムの脅威に教われた彼等であったが、始の視点では、まだ軍が開発した生物兵器というB級映画路線の方が理解できる。

しかし、始もここにきて納得するしかない。
バジルからの情報、廃墟となった村、そしてスライムを仕留めた後に度々襲われ退けた、巨大な食虫植物もどきやエクソでシストな走法をする猿などなど常識外の存在、斉藤始はここにきて漸くここがある意味ロマン溢れるファンタジー世界と認めた。

「はぁ~、しゃあないな...バジル」
「何、兄ちゃん?」
「ここから一番近い、人が住んでる場所はどこ?」

「ん~、僕が知ってる限りではルフス村かな?」

頭を振りかぶり気分を切り替えた始は、バジルへ問いかける。
バジルは、最初に見せた気弱さを感じさせずに答える。
スライムを仕留めた事、危機を乗り越えたりこれまでの会話からバジルはある程度始に心を開いていた。
始自身も、出会い頭に強盗まがいの事をされたりしたが、ある程度会話によりバジルを信用している。
一定の友好を築けている事から、始のファーストコンタクトは成功していたとみえる。

「ルフス村ね...ちなみに、何日位かかる?」
「僕らじゃ...二週間位は必要だよ」
何も言わず、始は空を見上げた。

(ほぼ餓死確定じゃねぇか、おい)

眩い煌めきを発する太陽は、既に高く時刻は昼を過ぎている。
サバイバル知識が対してない始にも、理解出来る。夜より昼に行動した方が良い。
移動、野営どちらを選択するにも、迅速な行動を二人は要求されていた。
いくつかの行動プランを脳内で立てる始だったが、ふっと気が付いた。

「なあ、バジル?」
「何?」
「何で俺から、金を奪おうとしたんだ?」
「えっ...」
「いや、だって最短で二週間だろ?使う機会がないじゃないか」

驚くバジル、始は視線を合わせた。彼は気まずそうに顔を俯かせるも、始は逸らさない。
バジルはばつが悪そうに弱々しい笑みを浮かべ小さな声でこういった。

「だって兄ちゃんの事、旅人だと思ったんだもん。だから、お金の他に、星の翼とかも持ってるって思ってそれで...」

「おい、ちょっとまて星の翼って何だ?それに、旅人ならだいたい持ってるのか!?」
しゃべっているうちに吃りはじめるが、始はそんな事を問題とせず弾かれたように問い掛けた。

「魔法が使えない旅人なら必ず持ってるマジックアイテムだよぉ、兄ちゃん」
「マジックアイテム?」
「うん、使ったら女神の教会に行けるマジックアイテムだよ」

―――女神の教会って何だ―――

一瞬そんな考えが頭を過ぎったが、重要なのはそこではなかった。
重要な点は2つ。星の翼と呼ばれるモノが移動に使用でき安価に利用されている事。
そして何よりも、始自身の情報を殆ど漏らしていないにも関わらず魔法関連が使えない――この事実を何故バジルが知っているのかという点だ。

「なあ、バジル何で俺が魔法を使えないって思ったんだ?」
始は、情報の重要を理解しているが故に、気掛かりだった。
「それは兄ちゃんが、魔力を垂れ流しにしてるからだけど」
「魔力?垂れ流し...?」

脳内を乱舞する疑問符に、始が唸る。
疑問点を解消しよう、その考えに彼が行き着いた時だ、可愛らしい腹音が、バジルから届いた。

「腹減ってるのか?たしか...朝食べる用のカロリーブロックならあるけど食べるか?」
「カロリーブロック?」
始は、ポケットを弄り栄養補助食品を取り出し、半分をバジルへ渡した。
しばし、呆けていたバジルだが、スティック状の食品に、勢い良くかじりつく。
彼の食欲を眺めながら、始も残っている二本の内一本を口に運ぶ。
「...バジル、もしかしてしばらく食べてなかったのか?」
(そういや、村が滅んだっていってたよな、おい)
こくり、頷く彼に始は、残った一本を半分割るとバジルへ手渡した。

「それを食べて落ち着いてからで良い。...俺が魔力を垂れ流してるって事を教え―――」

「あら、そんな必要はないわよぉ、だって―――」
――貴方達に、未来なんてないんだから

突然、光が瞬いた。
深い水底へ沈み逝く、息苦しさと共に、二人は膝を突く。
言葉を言い切る事が出来ない、何故?
疑問を口に出来ぬまま、始は大地に平伏す。
彼の視界の先、顔を青くして、倒れているバジルの姿が映る。
その姿、何ら怪しい所はない。
何故、苦しい、辛い。 纏まらぬ思考、何も理解出来ぬまま、必死に始は手を伸ばす。
縋る様に、助けを求めて。
やがて力尽きて落ちる、手に硬質な何かが触れた。
最後の力を振り絞り、始は握り締める。
握り締めたモノ、それは――――砕けちった剣の柄だった。


松明の光が辺りを照らす、地下神殿。薄暗い地下に、開けた場所がある。
地下特有の湿った空気であったが、その場所は肌寒さはない。
地下神殿にあるコロッセオ、そこには老若男女問わず、幾人の人達がスコップを片手に穴を掘っていた。

「おらぁ、家畜共ぉ!しっかり穴を掘れぇ!!」

野太い声を上げる者は、カルシム。奇怪な大男だった。
まずなんと言っても、服装が怪しい。
目元口元に白い刺繍が入った黒マスクをつけて、他には黒いブーメランパンツに手袋と靴だけの出で立ち。

彼の職業がプロレスラーだったのならまだ理解出来るが、やることと言えば集められた人が逃げ出さぬ様に、サボらぬ様に監視する事。

人形じみたぎこちない動作で指示を飛ばす覆面パンツ男カルシム、彼は怪しさ抜群の男だった。

そんな男カルシムの指示に従い、斉藤始はスコップを使ってコロッセオに穴を掘っていた。

始が異世界に来てから、正確には滅ぼされたバジルの村で気を失ってから一週間以上の時が経過していた。

「よし、そこまでだぁ家畜共!掘った穴を埋めろ!!フヒャ、一番遅い奴は罰が待ってるぞ!!」

覆面パンツ男カルシムの声が、コロセウムに響く。
始も含め、穴を掘っていた人々は顔をしかめた。
1日を通して、穴を掘っては埋めの繰り返し。生産性のない非効率な行動に皆辟易している。
中には、うなだれる女性や頭をかきむしる男性の姿もある。
皆この行動には、理解出来ず嫌悪感や疲労感をむき出しにしていたが、従った。
何故ならここにいる皆は、捕らえられた人達であり、言うことを聞かねば死が待っているのを漠然と分かっていた。

始もそんな中、嫌悪感を滲ませていたが、少しだけここに集められた人達と違っていた点があった。
それはこの作業が、一種の拷問である事を理解していた事だ。
彼は、盛られた土を穴に戻しながら周囲を観察する。

辺りの人達も皆同じく作業をしていたが、そのスピードには決定的な違いがあり、速い者と遅い者に別れている。
そのスピードが遅い者には、ある条件に該当していた。

それは決定的に―――――心が折れている。

傍目から見て一目瞭然だった。


「これで、良し」

観察を行いながら作業する始であったが、持ち前の運動能力の高さを活用し、比較的早く終わらせる事が出来た。

作業の終わった者から休んで良い、それが暗黙の不文律だったので、彼は座り込んで息を整える。

「に、兄ちゃ~ん...」
「バジルか、穴埋めは終わったみたいだな」
「うん」
そんな始の下に、茶髪の少年バジルがやってきた。
疲れきったバジルは、始の隣にどさり座り込む。

「やれやれ、ルスツへ行こうがいきなり強制労働だもんな、そりゃ疲れるか」
「ルスツじゃなくて、ルフスだよ。兄ちゃん」
「なんだバジル?北の大地を馬鹿にするのか?道民の三人に一人がGE(ギャラクシアンエクスプロージョン)を放てるらしいぞ」
「何それ?」
「さあ?前友達が言ってただけだからわからん」
「兄ちゃん...」

呆れ顔のバジル。始は笑いかけ、そっと謝罪した。

「すまんバジル、軽い言葉遊びだ」
「しっかりしてよ」
「はいよっと、それでだ、バジルどうだった?」

笑みを消さずやや真面目な顔に、切り替えるとバジルにそう切り返す始。
少し緊張した様な表情に変わるバジル。
始は、小声で普段通りと呟くと彼は、音量を下げて話始めた。

「うん聞いてきたよ兄ちゃん、集められた人達で病気になった人は今の所いないって」
「そっか...」
「後、連れていかれる人達。関係があるわけじゃないって言ってたよ」
「俺の聞いたのと対して変わんないか....」

考え込む様に俯く始、彼を不安に見つめるバジル。
彼はその視線に気付き、顔を上げた。

「不安か?」
「...うん」
「そっか、俺も実を言うと....結構不安だ」

驚きがバジルを彩った。
彼は苦笑いをバジルに向け少し気まずい沈黙が訪れた。

「でもさ...」

沈黙を破ったのは始だ。含む様に、あるいは言い聞かせる様にそっと語りかける。

「仮にこのまま強制労働の果てに死亡。または永遠の奴隷モドキ生活って癪なんだよな」

「だから、最低限抵抗位はしてやる。殺されるんだったら、その横っ面殴ってやる、永遠の奴隷モドキが続くんだったら逃げてやろう...そうやって不安の誤魔化し、くらいは出来るさ」

始が笑う。バジルもつられて笑った。

「そんな事言って、兄ちゃん...僕が密告するとか思わないの?」

「そうだな...可能性はないわけじゃないだろうけど」

始の笑みの種類が変わった。口角を吊り上げる不敵な笑みだ。

「そんな程度のリスクを呑めなきゃ脱出は愚か、あの覆面パンツに一発殴る事も出来ないな.....それに奴隷モドキ生活って、多分長くないだろうしな」
「へ?」

始の声の最後は、小さくバジルの耳には届かなかった。


「さあぁ、家ぁ畜ぅ共!結果発表の時間だぁ!」

コロッセオの中心で、始やバジルを含めた全員がカルシムの前に立たされていた。
カルシムが言った罰が執行されるのだろう。集められた人達はそう想像したが、それは間違いないなかった。

「フヒャ!それは、貴様だ家畜ぅぅ!」

「ひゅぁ!」

指を刺されたのは一人の少女だった。
少女は、顔を青くしびっくりした様であったものの、直ぐに我を取り戻し前に出て来た。

「わっ、私のどこが遅いって言うのよ!」

そうはっきり言い切る少女、始の第一印象は勇気のある子だった。
だが、その少女の姿を見て印象を修正した。

艶やかな赤髪の三つ編み。白い肌との対比が美しい。
力強い輝きを宿す濃紫の瞳。彩る様な、細長の眉に切れ目が小悪魔的な印象を与える。
紛れもない美少女。
しかし、印象付けるにおいて、更に重要な点があった。
黒のとんがり帽子を被り、上は白のブラウス、下は黒いスカートにニーソックスと革靴を履いている。
止めは、黒マントを羽織っている。
150cmに到達するか否かの小柄な体躯。おうとつに乏しいスレンダーなボディと相まってただ一言、魔法少女あるは魔法学生と呼ぶほかない。

「口答えだぁ?イケないなぁ~、家畜!ここでは、俺様が主人だ!逆らうなら罰が必要だ!」

カルシムは、少女を睨み付けた。対して少女は、気丈に瞳を睨み返す。
唇を舐めまわし、男は笑った。

「可哀相にあの娘」

集められた誰かが呟いた。
これは無力さを感じる人達の心の声だったのか。
小さく声は上げれても行動を起こすには、人は心折られ、無情過ぎた。

「連帯責任タ~ァアイム」

故にそれは、天罰だったのかもしれない。
愉悦を込めて、それは爆発させた。
感情を。喜びを。

「3ぁ匹だぁ~、この中から3匹ぃ家畜には責任を負ってもらぁう!」
少女から視線をそらし、カルシムの前に並ぶ人々に目線を合わせた。

「ち、ちょっと待ちなさいよ!」
「何だ何だぁ~、家畜!慌てたりしてぇ」
「これはアンタと私の問題でしょ!」

慌てふためき、静止を促す彼女、彼は傲慢さを以てそれを退けた。

「フヒャ!俺様が法だぁ!家畜ぅ!!」
偶然、もしくは気紛れか。
特に狙いをつけるでもなく、カルシムは叫び声を上げて、巨木に等しい豪腕を振り乱した。
カルシムの前に列になっていた一人が、宙を舞った。
吹けば飛ぶ木の葉の様に。少年は弾き出された。

「エミリオッッ!!」

舞った人間の近くに居た女性が、叫んだ。
彼女は、少年の母親だった。
地面に重力のまま叩きつけられる少年を見て、弾丸の如く彼女は駆け寄る。

「エミリオ!?エミリオ!!しっかりして...嘘よこんな...」

ぐったりした少年に、必死になり声をかける母親。
半狂乱になり、肩を揺り動かす。

「おいぃ、家畜ゥ!誰が動いて良いっていったぁ!」

怒りの声を供に、カルシムは母親へと詰め寄る。
一瞬怯えを見せるも、彼女は即座にそれを押さえ込む。
「お願いです、助けて下さい!息子を、息子だけは、助けて下さい!!私はどうなっても構いませんから」

くしゃくしゃに涙で濡れた顔で、彼女は懇願する。
叫びだった。子を思う母親の悲痛な願いだった。
カルシムは頷いた。
カルシムは頷きながら、驚く程穏やかな声で話し掛ける。

「分かった。その気持ちよぉーく分かった...名前は?」
「えっ?」
「名前だ、名・前!」
「ルーフィアと申します。息子の名前はエミリオ」
「ルーフィアにエミリオ...分かったよぉーく分かった!助けてやるさ、俺様は優しいからなぁ」

慈愛に満ちた声だった。カルシムは、甘く絡み付く優しさを用いて断言する。

「ありがとうございます!ありがとうございます!」

涙に暮れる母親、カルシムは嘲笑った。
「あぁ助けてやるさぁ――――命だけな」
カルシムの瞳が煌めいた。
爆音が、轟いた。
衝撃が地を這う。音の刃が駆ける。
少年と母親が吹き飛んだ。
魔力が二人を蹴散らし蹂躙する。
細かに幾つもの裂傷を被い吹き飛んだ二人を見てカルシムは、唇を歪めにたりと笑った。魔物にしか成し得ぬ邪悪を孕んだ笑みだった。

―――コイツ、ゲス過ぎる―――

始は、自身がいつの間にか拳を握り締めている事に気が付いた。
同時に、自身が戦いを挑んでも勝ち目が無いことを理解する。
始は最後何が起きているか、分からなかった。が辺りを彼が見回すと悲惨さに目を背ける者が居ても理解出来ないといった感情を持つ者は皆無だ。

魔法、持つ者と持たざる者。異世界での壁が斉藤始に重くのし掛かっていた。

「フヒャ!ああ、約束は守らないとなぁ!」

カルシムが指を鳴らす。すると土塊で出来た泥人形が現れ親子を運ぶ。
両者共呼吸をしており、生きている。
土人形は、コロッセオの出口から、地下神殿へと向かっていった。
地下神殿には、始達集められた人達にあてがわれた部屋がある。
治療するのだろう。漠然と始はそう考えた。

「さぁて、連帯責任最後を決めないとなぁ!家畜ぅ!!」

彼の声に、皆が下を向き目を合わせない様にした。
始も同じく、俯こうとした時だ、不意に視線を感じた。
振り向く始、バジルだった。静かにアイスブルーの瞳が彼を見ていた。

(いや、そんな熱い視線向けられても...)

どうにも出来ない。そんな声が喉をつく。
始は自身とカルシムの差を痛感していた。
魔法、その効力の前に敗れ去る。
彼は身体能力に自信があったが、それだけでは魔法を攻略する術はない。
攻略するには、知識が必要である。
魔法についての知識は、始にはほぼ無い。
この世界に来てから一週間、現状・境遇の観察と把握に時間を費やしている彼には抵抗できない。

リスクを負う必要があるなら彼は負えるが、今は負う必要があるとは思えない。
故に彼は動かない。
基本的に斉藤始という人物は、余程の事がなければ出来ない事はしないのだ。

しかし、バジルの瞳は訴えていた。
まるで、ヒーローに憧れる様に。
希望を見いだす様に。
熱く強く訴えている。

無理だ。視線を外し、前を向く始。
そんな時、彼の脳裏にある言葉がよぎる。

(そんな程度のリスクを呑む事が出来なきゃ脱出は愚か、あの覆面パンツに一発殴る事も出来ない)
違う。始は頭から考えを追い出す。リスクは負わない必要ない。
デメリットを脳内で挙げる。
目立つ、ダメージを負う、下手をすれば――――死ぬのかもしれない。
今、動く必要性は皆無だ。始は内心に、言い聞かせる。

前を見る、彼の視線の先少女が青ざめた顔をしていた。
最初の魔法使いの格好をした少女だ。
自責の念か、酷く青ざめ震えている。

関係ない、下を向け。始は再度、言い聞かせる。

そっと彼は瞳を閉じる。
強く視線を感じる。バジルだ。
彼は心の中で叫んだ。
スライムの時とは違う。
どうしようもなく、自身が立ち向かわなければどうにもならなかった時とは違うのだと、彼は叫ぶ。
斉藤始は聖人君子ではない、だからこそ現在かれは―――――――――――恐怖していた。

異世界の現状に、魔法という力に、訳の分からない出来事に。恐怖していた。

だから、彼は考え観察していた。

その不安に出会わぬ様に。
その恐怖に気づかぬように。
だから、彼は理由が欲しかった。
不安を押し込める理由が必要だった。
恐怖に立ち向かう理由が必要だった。

その理由がない以上、幾ら期待されても斉藤始は動けない。
彼には、理由が必要だった。

そんな時だ、彼にある疑問が浮かんだ。
今自分が名乗り出なくて、死の間際あの覆面パンツを殴れるのだろうか?
恐らくは出来ない。始は理解する。

このままでは、本当に何も出来ずにただ死ぬだけなのではないのか?
死ぬ。何も出来ずに死ぬ。意味もなく消える。

それも、始の中にあった恐怖であった。
しかし、意味のある恐怖だった。この恐怖は行動しない事によって生まれた始の恐怖だからだ。

行動する恐怖、しない恐怖。始は異世界にて、本当に選択しなければならない時がやってきた。
あるいは、この時だったのか、真の意味で彼がごまかしを止めて異世界に来た事を認識したのは。

始の心臓が高鳴る。
そっと彼は瞼を開いた。
どちらに意味が生まれるのか。どちらの行動を自分は取りたいのか。
どちらが後悔しないのか。
斉藤始は基本的に出来ない事は言わないし行わない。
しかし、基本的に行うって言った事や出来る事はする男だった。
(あの横っ面殴ってやる!)
覚悟を決めた。
一歩前に出る。
そして、力強い輝きを瞳に秘め、高らかに名乗り上げた。



「「俺が(私が)連帯責任を受ける(わよ)」」

始と魔法少女がだ。

一拍、時が流れた後互いに顔を見合わせた。
「いや、俺が受けるよ。連帯責任」
「何言ってるのよ。もともと私の責任よ!私が受けても問題ない筈よ!!」
「いや、でも俺名乗り上げちゃったし」「いいえ、私が受ける。じゃなきゃ、巻き込まれた2人に責任とれないわよ」

言い争う2人。妙な雰囲気が場に落ちる。
全員の視線をある意味釘付けにしていた。

「フヒャ!フヒャヒャヒャ!!!面白い、面白れぇ、家ぃ畜ゥ」

そんな雰囲気を破ったのは、カルシムだ。
大声で笑うと始と魔法少女を睨みつけた。

「家畜ぅ!!名前は?」
「...ブローディア!ブローディア・アリーローズよ。覚えて起きなさい!」
真っ直ぐな視線、青ざめ震えていた面影などなく、誇り高らかに彼女ブローディアはそう名乗った。
カルシムは面白そうに目を細める。始に催促の目線を寄越した。

癪だったので、始は適当な名前をカルシムに教える事に決めた。

「佐伯タクゾーだ」
「ブローディアにサエキか。フヒャ、フヒャヒャヒャヒャ!!面白い、面白えぇよ!面白すぎてぇムカつくんだよぉ。俺様ぁぁぁぁぁあ!!!」

七変化とはこの事だろう。感情を爆発させ、何故か怒りを2人に向ける彼。
カルシムはいらいらした口調で言い放つ。

「偽善者がぁぁ!庇い合いかぁ?なら一緒にしてやるよぉ!」

彼が指を鳴らす。するとどこからともなく鎖が現れ、ブローディアと始の片手に絡み付いた。

満足気にするカルシム。
彼は大仰に言った。
「家畜二匹にはぁ、これから何時もぉ二倍の作業してもらう!何時も一緒ぉ、どこでも一緒ぉ助け合いの精神で頑張ってくれよぉ。フヒャヒャヒャ!!」

何がしたいんだコイツ?奇しくも始とブローディア。生まれも育ちも違う2人だったが、今考えいる事は一緒だった。
そして、この意味を理解するのはもうしばらくの事であった。


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