記者の目

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記者の目:福島第1原発の放射性物質漏出=斗ケ沢秀俊

 16日、ラジオ福島の電話インタビューに応じた。福島支局長と東京本社科学環境部長を務めた縁で依頼された。私は「皆さんが今受けている放射線量は健康に全く影響しません。安心してください」と断言した。「安心しました」というメールやファクスがたくさん寄せられ、ラジオ福島は何回も再放送したという。人々が放射線の影響をどれほど心配しているのか、改めて痛感した。原子力開発史上前例のない重大な事態であることは言うまでもないが、東京を「脱出」する人もいると聞くにつけ、私たちに必要なことは事態を冷静に見守ることだと思う。

 ◇特殊な数値で不安高まる 

 不安が高まったのは15日午前、枝野幸男官房長官が「東京電力福島第1原発3号機周辺で、1時間当たり400ミリシーベルトの放射線量が測定された。これは健康に影響を及ぼす可能性がある数値」と発表した時からだ。この放射線量だと、1時間そこにいた場合、白血球の一時的減少などの症状が出る可能性がある。

 これは3号機の損傷箇所のがれき付近で測定されたとみられる特殊な数値で、同じ敷地内でも第1原発正門の放射線量は同10ミリシーベルト程度だったことが後に分かったが、「400ミリシーベルト」の数値と、健康への影響に言及した枝野長官の姿が繰り返し放映された。

 さらに同日夕、東京都内で原発から飛来した放射性物質が検出されたことが明らかになり、人々の不安は募った。

 実際に、健康影響はあるのか。放射線を人体が受ける「被ばく」には、外部被ばくと内部被ばくがある。外部被ばくは放射線を直接受けることであり、内部被ばくは放射性物質を含む空気を吸い込んだり食品を摂取することによって生じる。当面、問題となるのは、身体が直接受ける外部被ばくだ。

 外部被ばくは2通り考えられる。(1)直接、原発から放出される放射線による被ばく(2)原発から放出された放射性物質が各地に降り、これが放射線を出しているために起こる被ばく--の二つだ。放射線量は「距離の2乗に反比例する」という法則があり、避難範囲である周囲20キロの外側では、(1)の原発からの放射線は無視できる線量になる。

 ◇現時点では健康に影響ない

 各地で測定されている放射線量のほとんどは、(2)の飛来した放射性物質に由来している。福島県のモニタリングで測定された17日夕までの最高線量は最大でも30マイクロシーベルト(マイクロはミリの1000分の1の単位)以下で、多くは2~5マイクロシーベルト。胸部エックス線CTを1回受ける被ばく量が約6900マイクロシーベルト。仮に30マイクロシーベルトが続いたとしても、230時間にわたって外にいてCT1回と同程度という計算になる。

 新聞やテレビの報道で、必ず出てくる言葉がある。「ただちに健康に影響するレベルではない」。この表現は科学的には正しい。私は知人に問われた。「ただちに影響しないということは、後で影響するかもしれないということでしょう」。実際には、合計の被ばく量が100ミリシーベルト以下では、将来がんになる確率が高まることはないとされる。

 いま必要なのは「科学的に正確な情報」よりも「的確な情報」であり、現在の放射線量であれば、「健康に影響がない」と言い切ってよい。

 燃料棒の水面上への露出などにより、放出される放射性物質がもっと増えるなど、事態が深刻化した場合は被ばく量が増える。そうなったら、その時点で避難すべきかどうかを判断しても間に合う。

 もう一つの不安は「チェルノブイリ原発事故のようになるのか」ということだ。チェルノブイリ事故では、運転中に核分裂が制御できなくなり、出力が急上昇して、大爆発、大火災が発生した。膨大な量の放射性物質が上空に達し、世界全体に降り注いだ。

 福島第1原発は1~3号機は地震直後に自動停止して、制御棒が挿入された。4号機は定期点検中だった。いずれも、今は核分裂反応が起こっていない。「チェルノブイリとは全く状況が異なる」というのは、多くの専門家の共通認識だ。

 考えられる最悪の事態は、圧力容器、格納容器内の圧力が高まって損傷し、内部の放射性物質が外部に出ることだが、その場合でも大爆発には至らず、放射性物質の大半は敷地周辺にとどまるだろう。放射線量はかなり高くなるが、それでも「距離の2乗に反比例」するから、20キロ以上離れた地域の住民が致死量に達する放射線を受けることは考えられない。まして、一部の人々が言う「首都圏壊滅」はありえない。

 ラジオ福島でこうした話をした後、福島市の男性がツイッターで「ほんと安心してゆっくりご飯を食べました。久しぶりに味のするご飯でした」と書いていた。被災者にとって的確な情報がいかに必要かを物語っている。

 現場では東電や協力会社の社員、自衛隊、警察関係者らが懸命に放水作業などをしている。冷静に事態を見守ろう。私は現場の努力が実を結び、事態が打開されることを切に願っている。(東京編集局)

毎日新聞 2011年3月18日 1時11分

 

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