霧切響子編
ボクは何の変哲もない高校生だ。
……なんて文で始まれば一昔前のラノベみたいだが、先ほどの文には1つだけ誤りがある。
ボクは通う高校を除けば、何の変哲もない一高校生なのだ、が正解。
そして普通のボクが、特別な学校に行って、特別な友人を得て、普通じゃなくなっていく。
そんな感覚を最近はひしひしと感じている。
今回もそうだ。別にボク自身が何か変わったと云う訳ではないが、今居る場所はボクにそぐわぬ場所だろう。
居る理由も含めて、だ。
「本日は当ホテルに来館いただき、まことにありがとうございます」
ボクの居る部屋の前の方、ステージの上で、タキシードを着た壮年の男性が挨拶を始める。
ボクはそれをチラリと見て、そのまま部屋の隅々に目を走らせる。
上、シャンデリア。右、グランドピアノ。左、立食パーティー料理。下、真っ赤な絨毯。
そして、ボクは低身長で童顔なのにタキシードという拷問。
ボクの隣には、白いドレスに紺色のカーディガンっぽいものを羽織った霧切さん。
最後に、ここに居る理由、潜入捜査。
……もうボク普通の高校生じゃなくね?
完全にワトスン君ポジだよ。名探偵の助手だよ。
「ねえ霧切さん、今回のターゲットは……、あいてっ!」
頭を叩かれた。
なんで? ボク何かした?
「駄目よ誠君。
今は夫婦として来ているのだから、苗字で呼ぶのはよくないわ。
下の名前で呼びなさい」
命令形だった。
言ってることの道理は通っているが、名前呼びは慣れてないんだよなぁ……。
今霧切さんが言ったとおり、ボク達は若い富豪の夫婦として、このパーティーに出席している。
かなり無理があると言ったんだけど、結局連れて来られてしまったのだ。
と、そんな感じで現状を軽く説明して、霧切さんの要求に答える。
……あっ、違った。響子さん、だった。
地の文の時も気をつけないとボロが出ちゃう。
「……えっと、響子…さん?」
「…夫婦なのにさん付けって怪しくないのかしら?」
「ほら、新婚だから未だ呼びなれてないって設定だよ。
ボク達は見た目が若いからそのほうが自然だと思うよ。
それにきりぎ……響子さんだって君付けじゃないか」
ボクの言葉を聞いて、考えるような仕草をするきり…、響子さん。
ボクは女の子を呼び捨てにしたことなんてないのだ。
だから急にそれに慣れろと言われても無理。
妥協してもらえるといいけど……。
「……そうね、それも道理だわ」
……よかった。
霧切さん…、じゃなくて、響子さんも納得してくれたみたいだ。
……でも何でだろう?
彼女の浮かべる笑顔が、ボクをからかう時のソレなのは……。
「でも新婚なら、もう少しくっついて歩くべきかもしれないわね。
せっかくだし、腕を組んでしまいましょう」
「き、響子さん!?」
響子さんがボクの腕を掴み、引き寄せる。
謎の柔らかな感触と共に彼女の体温を感じる。
心臓が爆音を奏で、血液が全身を駆け巡り、ボクの体温を上昇させる。
その副作用でボクの顔面は赤く染まり、汗が滲んでくる。
……つうか動揺してる。
霧切さんがこんなに近くに、というか密着してるし、なにか柔らかいものを感じるし、しかも彼女も顔赤いし……、
あっ、響子さんだった。
「私たちは夫婦だもの。
これくらい普通よね、誠君?」
「そ、そうなの……かな?」
やばい、すっごいドキドキしてる。
ボクが余りに緊張するから、響子さんが落ち着いてきちゃって……、
今はなんか意地悪な目をしている。
またボクをからかう気だ。
「しかしこうすると私が大女みたいだわ……、
誠君、身長を伸ばしなさい。男の子でしょ?」
「関係ないよ! 無理だよ! 手は尽くしたけど駄目だったんだよ!」
ただでさえ、ボクより大きいのにハイヒールまで履いている彼女の身長は、ボクのそれを大きく上回っていた。
彼女は一般的に言うと大女と言うほどではなく、スタイルの良い女性、と呼ばれて然るべき人である。
一方ボクは、日本人の平均より少々より少し下回っていると感じられてしまう可能性がある程度に小さかった。
端的に言うとチビだ。寸足らずなのだ。
ボクはコンプレックスに大ダメージを受けた。この傷はしばらく収まることを知らない。
「私の身長は167cmだから……、苗木君は1hydeくらいかしら?」
「それよりは大きいよ! 馬鹿にしないでよ!」
4cmだけども!
その程度だと笑う奴は恵まれた奴だ!
身長乞食の苦しみなんてわかってたまるか!
「……でも身長の小さな誠君でも、心の器が大きいことは知ってるわ」
「き、響子さん……」
ボクを励ますように笑顔を向けてくれる響子さん。
くっついている体から伝わる体温がボクの心を暖める。
身長がどうした。そのコンプレックスは二年前に既に通過している。
「女の子を6人も囲えるなんて、よっぽど器が大きいのね。感心してしまうわ」
「人聞きが悪すぎるっ!」
仮にも夫婦という設定なのに何を言ってるの!?
響子さんはボクの腕を引き歩き始める。
……他人に聞かれたくない話?
でも響子さんの表情は意地悪なままだ。
「舞園さんとクリスマスイヴにデートをして、セレスさんと2人で旅行に行って、朝日奈さんと週一ペースでミスドに行って、
妹ちゃんと遊園地に遊びに行って、戦刃さんと学園ラブコメをして、私と夫婦になったんだものね。
旦那がモテると辛いわ」
クスクスと笑いながら話し続ける響子さん。
……それはひょっとして怒っているのか?
というか結婚してないしね。夫婦のフリだからね。
………あ、だから怒ってるのか。
最近響子さんとは余り会っていなかった。
どうやら、それで少し拗ねているらしい。
食事には誘ったんだけど……それだけじゃ足りないようだ。
うーん……、どうやって機嫌を取るべきか……。
なんて考え事をしながら歩いていたら、急に何かがぶつかってきた。
「きゃっ!」
「おっと……、大丈夫ですか?」
ぶつかったのは使用人の女性だった。
とっさに彼女の体を抱きとめる。
そのおりにおぼんが地面に落ちたが、配膳を終えた後らしく、被害はなかった。
「も、申し訳ありません!
ありがとうございます、もう大丈夫です!」
そういって彼女はボクから離れ、体勢を立て直す。
……またボクより大きい。普通こういった役って背の高いお兄さんがやるんじゃないの?
自分より背の高い女性を支えれたことを誇ればいいのか、成長しない自分に凹めばいいのか……。
「これ、落としたわよ。
ごめんなさいね、次からは気をつけて歩くわ。
そうでしょ、誠君? まさかこの子が7人目とは言わないわよね?」
「前提が間違ってるよ!」
「は、はい! ありがとうございました!
それでは失礼致します!」
響子さんがおぼんを拾い、彼女に渡す。
一体ボクをどうしたいんだ? そんなに女ったらしにしたいのか?
使用人の彼女はボク達に謝罪をして、足早にその場を去る。
響子さんはそれを目で追った後、再びボクの腕を取って歩き出す。
方向はステージ右の扉。
ボク達の最初の目的はそこに潜入することだ。
「さて、そろそろ始まるわよ。
誠君、覚悟はいい?」
「それはとっくに出来てるよ。
響子さんがボクをからかうから、つい動揺して……」
「あら、ひどいわね。
私は本当のことしか言った覚えはないわよ?」
「………そーですね」
もういいや。
ボクは響子さと一緒にステージ横の赤い扉を開ける。
さっきまで前で説明していた壮年の男の言うことを信じるならば、その先にはボク達を迎える最高の余興があるはずだ。
もっとも、潜入している時点で、ソレが何かは知っているけど。
「……うるさいわね」
「こんなものでしょ? カジノなんてさ」
そう、そこにあったのはカジノ。
無論ここは日本なので、違法である。
しかし、日本の資産家や成金たちがここで散財し、ホテルを通して経済を潤していると考えれば、なるほどそんなに悪い場所ではない。
比較的成金が少なく、要人の多いこのホテルでのカジノは、警察も黙認している。いや、していた。
手を出すべきでない相手というものが存在するこの世界で、要人の集まるカジノを検挙しても旨みが少ない……、
どころか反撃を喰らう可能性の大きい。
それよりは小さな違反切符を稼いだほうがよっぽど効率的なのだ。
では何故響子さんがここを調査しているのか?
それは至極簡単。ここに居る要人達を潰したい、別の権力者から依頼されたからだ。
世の中、財布が潤えば潤おうほど敵が多くなるのだ。
今回の調査結果をどう扱うのかはボクは知らない。
別に違法というだけで、ボクはカジノという存在に怨みなんてないので、結果はどうでもいいのだ。
セレスさんはギャンブルで生きているしね。人の楽しみや生甲斐を否定するつもりはない。
だけど、違法行為を調べ報告する、というものが正しいことだというのもわかる。
なので、取り敢えずカジノの実態とその証拠を調べ報告する。
それをどう使うかは自由。警察機関へ提出するなり、相手を脅すなり好きにすればいい。
ここに居る人は違法だと認識して、ここに居るのだ。騙されたわけではない。
違反を犯すということは、それによる刑罰を受ける覚悟があるのだとボクは認識する。
よってボクは、こうして響子さんに協力しているのだ。
「さて、それじゃあどれから始めようかしら?
スロット? ルーレット? ブラックジャック?
それ以外のゲームは詳しくないから、やるなら誠君がプレイヤーをやってちょうだいね。」
「ルーレットにしよう。
あれはわかりやすい確率ゲームだからボク達の目的も果たせるはずだ」
「そうね、それがいいと思うわ。
それじゃあ2人で考えながら色と数字を選びましょう。
……ふふ、初めての共同作業ね」
ボク達はルーレットのある場所に向かう。
ここで言う目的とは、勝つことではない。
勝ちたいのだったらボクではなく、セレスさんを連れてくるべきだ。
……まあそれをすると出禁を喰らうだろうから本末転倒だけど。
ここでいう目的とは、多くのお金を使うことだ。
勝っても負けてもいい。
このカジノのオーナーに上客だと思われることが大切なのだ。
それにより、ボクと響子さんが注目を集める。
そして、ボク等は接触対象の要人に興味を持たれ、接触する。
そこで証拠を手にいれるのだ。
「さて……、初手はどうしようかしら?
誠君は黒と赤どちらが好き?」
「響子さんはどっちが好きなの?」
「黒かしら。
……というより、赤があまり好きではないわ。
血を連想してしまうもの」
「なら初手は黒にしよう。
最初だし、チップは少なめで」
そんな感じでゲームを開始した。
響子さんとの遠出は、比較的殺伐とした任務が多いのでこういったゲームは新鮮だった。
その後も、2時間ほどああでもないこうでもないと確率について語りながらゲームを続けるのだった。
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「いやー、当初の計画通り任務達成なんて初めてだよ。
何事もなく終わってよかったよかった」
今は帰りの車の中。
今回はなんの問題もなく当初どおりデータを手に入れて、バレずに脱出という快挙を成し遂げたのだ。
危ないことが起きなくて本当によかった。
「苗木君がギャンブルに慣れていて良かったわ。
セレスさんのおかげね」
「いや、ボクがぶつかった使用人から霧切さんが鍵を掏ってなかったらカジノの証拠は取れなかったよ。
写真を撮るわけにもいかないしね」
「霧切さん? 今ここには霧切は2人居るわ。
お父さんのことかしら?
お父さん、苗木君が呼んでるわよ」
「響子さんでしたっ!」
自分はいつも通りに呼び方を戻したのに……、どれだけボクを弄れば気が済むんだ?
別に学園長と対面で話すのが気まずいわけではないが、霧切さんを交えると2人でボクをからかうのだ。
未来の息子とか呼ばれても恥ずかしいだけである。
「鍵を掏る為に苗木くんを使用人にぶつからせたのだもの。
あの使用人が地位が高いことは気づいていたし、当然の結果よ」
霧切さんがボクの質問に答えてくれた。
彼女は使用人から掏った鍵を使い、ボクが大勝負を演出している間に退室し、
カジノの売上データと要人の顧客データを入手していたのだ。
ちなみにパスワードは不二咲君のアルターエゴに頼んだ。
可愛らしくて、頼りになる大切な仲間だ。
もちろん他にもガードや係りの人間が部屋にいただろうが、まあどうにかしたのだろう。
明確な作戦を立てた霧切さんを遮ることは不可能に近い。
無事にデータを手に入れ、無傷で帰ってきたのが、その証拠である。
しかし、どうしてあの使用人が重要な人物だってわかったんだ?
あの慌てっぷりは新米っぽくて、とてもじゃないが地位が高い人には見えなかったのだが……。
「どうしてそんなことがわかるの?」
「あの場に居たということと、
扉近くの配膳をしていたということよ。
つまりカジノに入れるVIPの対応係り。地位が低い訳ないわ」
「……結構適当だね」
行き当たりばったりだった。
そんな、もう使うことのない掏りスキルを何回披露するつもりだったのか……。
きっと、そのたびボクは使用人にぶつけられたのだろう。
怪しいことこのうえない。一回目で手に入ってよかった。
「それはそうよ。
間違ってたなら別の使用人から掏ればいいのだもの。
必要ない鍵はその辺に放っておけば、落としたと勘違いするでしょうしね」
「……あはは、そうだね」
誤魔化し方も乱暴だった。
相変わらず霧切さんの行動力は、本当に物凄い。
やると決めたら絶対にやる人なのだ。
「いや、でもルーレットは本当に面白かったね」
「そうね。
苗木君にあんな度胸があるとは思わなかったわ」
「いや……、まあボクのお金じゃないしね」
大勝負の演出も兼ねて、それなりに頑張ったのだ。
ただの確率ゲームで盛り上げるにはこっちが真剣になるしかない。
と言っても別に無理矢理テンション上げたとかじゃないけどね。
霧切さんと2人で議論するのは凄く楽しかったし。
「そういう割り切り方はしてなかったでしょ?
表情を見てればわかったわ。真剣に勝負を楽しんでいたもの」
バレてた。別にいいけど。
ボクは曖昧に笑うことでそれの返答をした。
すると、学園長が急に会話に入ってきた。
いつもは良く喋る人なので、一人だけ黙っているのに堪えれなかったのだろう。
「思わずグッと来るほどかい?」
「ふふ……、そうね。
惚れ直しちゃったわ」
「だそうだ。
これで未来も安泰だな息子よ」
また息子って言われた。
からかわれてるだけってわかるんだけど、どうにも恥ずかしい。
ボクはいつも通りスルーしようとした。
でも、今日は夫婦の振りをしていただけに、いつも以上に意識してしまい、反論っぽいことをしてしまう。
「夫の役はもう終わってるんですけど……」
「ひどいわっ!
共同作業もしたのに……もうお仕舞だなんて言葉で私を捨てるなんて……。
所詮私は遊ばれていただけなのね……。飽きたから捨てられるんだわ……」
「え? ちょっ…」
あ、あれ?
霧切さんが凄く悲しそうな顔をしてるよ?
演技だとわかっていても動揺する。
次の言葉が出ない。
「泣くのはやめなさい響子。
今夜は飲もう。犬に噛まれたと思って忘れるんだ」
「それでも……、それでも私は苗木君のことが忘れられないの!」
「苗木君……、君は酷い男だ。見損なったよ!」
「ひどいのはそっちです」
一回反論しただけでこれだ。
彼らはボクをからかう時だけ、長年会っていなかったとは思えないようなコンビネーションを発揮する。
家に帰る前に、帰りの車で疲労困憊だ。
「苗木君で遊ぶのは楽しいわね。
この役だけは他の人に譲れないわ」
「……霧切さん、なんだか機嫌がいいね」
なんというか、輝いてる。
ひょっとして職業探偵で副業がボクを弄ること、だったりはしないよね?
それくらい満面の笑みを浮かべているのだ。
「あら、お父さん機嫌が良かったの?
それは気づかなかったわ」
「きょーこさんです!」
まだ引っ張るのそれ!?
もう響子さんって呼んだほうが良いかもしれない。
この先苗字で呼んだら、なにかと弄られそうだ。
「それでいいわ。
確かに仕事は終わったけれど、夫婦役が終わったわけではないもの」
「……え? それってどういう……」
急に発せられた言葉に、ボクは酷く動揺した。
潜入捜査は終わっても、夫婦の振りは終わってなくて……。
それが未だ続いているということが意味するのは……、えっと……。
いや、でもそんな訳……。
動揺して考えこんでしまうボクに、霧切さんがいつものように助言をだす。
彼女はいつも、ボクに1から9までの情報を与え、あえて10をボクに言わせるのだ。
今回もそれは同じだった。
「さあ? どうかしらね。
良ければ推理してみてちょうだい。
答えは……そうね、18歳になった時でいいわ」
「18歳って……いやでも、それは……」
未だに悩むボクを見てクスリと笑った後、
響子さんは悩むボクの顔を覗き込み、いつもの不敵な笑顔で、言うのだった。
「ねえ、苗木君?
ここまで言えば……わかるわよね?」
蛇足↓
4 :キリギリchop :2010/12/01(水) 23:27:04 ID:tnZBfFAWQ
どうすれば気になる彼に名前で呼んでもらえるのかしら?
6 :八百万-7,999,990の神:2010/12/01(水) 23:35:23 ID:Wf769nq3
結婚すればよくね?
7 :キリギリchop :2010/12/01(水) 23:36:13 ID:tnZBfFAWQ
そ れ だ ! !
そんなお話。……多分。