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[17584] 【習作】とある科学の空力使い(エアロハンド)。【仮】
Name: 霜月ゆう。◆b6f4c63e ID:df378d0a
Date: 2010/12/14 12:46
――注意事項――

作品を読む前に。
※オリ主です。
※更新は不定期になります。
※感想・ご指摘を頂けると、作者は画面の向こうで狂喜乱舞します。
※批判ばっちこいです。受け止めて見せます。
※文章の練習という意図もあるため、文体が変わる事があります。

以上の事をご理解ください。

レベル0の人たちって、実はあんまり頑張っていない人。多くないかなぁ。
そう思ったら、指が勝手に動き出していました。
あっ、作者はアンチではないのであしからず。
佐天さんが好きです。でも木山先生はもーっと好きです。

……それでは、どうぞ→




[17584] とある科学の空力使い【前編】
Name: 霜月ゆう。◆b6f4c63e ID:df378d0a
Date: 2010/05/07 00:30
 窓から見える、晴れ渡った空。けれどその空には、落ち着いて……いや、落ち込んでいる僕の心情は、まったく反映されていない。
 ここは第七学区に存在するアパートメント。その一室だ。管理人の女性と業者がある程度手伝ってくれたおかげで、元から大した量は無かったダンボールはすっかり片付けられ、ベッドに机、本棚に冷蔵庫、そしてテーブルと、今日から暮らしていける用意は十分に整っていた。
 だが、やはりそれを物悲しいと思ってしまう自分がいる。でもそれは、仕方が無いことなのだろう。精神的には同年代の他者と比べれば、圧倒的に成熟している自覚はある。だが、それでも親元を離れ。いや。自分の居場所であった筈の「家」から離れるということは、予想以上に辛いことだった。
 ――それが例え、望まれていなかった場所だったとしても。

「はぁ」

 溜め息を一つ。僕は、掃除が簡単だと言う理由で買った新品のパイプベッドに腰掛け、そのまま力を抜くように、ベッドに身体を預けた。
 風臣静治(カザオミセイジ)。性別男、8歳、小学生三年生。容姿は平凡。髪は黒。利き手は右。生まれた家庭は中流階級。
 そんな、一見して何処にでもいそうな存在である僕が、一人暮らしをするには早すぎて、かつ三年生という微妙な時期にここに来た理由は、大まかに言えば二つある。
 一つは、父親が再婚する上で自分の存在が邪魔になるということ。
 二つ目は、僕に前世の記憶があるということが原因だ。
 暗い気持ちのまま、ふと窓の外を眺めると、そこには近代的な建築物と、自然に鏤められた最新鋭の科学技術が溢れていた。
 警備ロボットが巡回し、多くの学生が出歩く町。大人の姿が少なく見える町。日本国内でありながら、独立した自治体系を持つ特殊な町。
 ――そう、ここは学園都市。
 東京都西部を切り拓いて作られたこの町では、「超能力開発」が学校のカリキュラムに組み込まれており、230万人程の学生が暮らしている。そして今日から、僕もその一員となるのだ。
 枕に頭を乗せながら、僕は思いをはせる。

 (……ああ、僕の『能力』は、一体何なのだろう?)

 逸る思いを抑える様に、自分の胸に手を当てた。本当は、まだ気持ちは動いていない。手に入れるであろう「能力」に思いを馳せた所で、楽しくなんて無かった。
 だけど思考の対象を変えたことで、僕は無理やり先ほどまでの思いから、目を背けた。空元気でも何でもいいのだ。とにかく、今は明るい話題が欲しかった。
 だから、僕はこれからの事に思いを馳せる。
 テーブルに置かれた沢山の書類を手に取ると、それを次々に流し読みしていく。そこには能力の簡易的な説明と、開発の安全性。実験協力に対する報奨。その他にも学校のパンフレット。町の紹介図。グルメ情報など、重要なものから今すぐゴミ箱に捨てても問題は無いであろう物まで、本当に沢山の書類があった。

 (能力開発を受けたら、僕はどうなるのだろう?)
 
 もしかしたら。いや、きっと。間違いなんか起こらない。不幸は幸運で補填される筈だ。だから、僕は凄い力を手に入れる。だから大丈夫。僕はそう、自分に言い聞かせていく。 
 だが、現実はやはり甘くなかった。

「――風臣静治クン。測定の結果、貴方はレベル0の空力使い(エアロハンド)であることが判明しました」

 それが、僕に告げられた冷酷な事実。
 家族と離れ、期待にも裏切られ、科学と超能力で彩られたこの町での新しい日々は、こうして始まった。

 ――ピピピ、ピピピと、目覚まし時計の音が鳴り響いて、僕はゆっくりと目を覚ました。

 (ああ、懐かしい夢を見た)

 あくびを一つ吐く。あれから月日は過ぎて、今日。僕は中学生一年生、二学期のとある朝を迎えていた。
 身支度を済ませた僕は昨日の夕食の残り物をレンジで温め、朝食をとる。そして食べ終わるとそのまま、愛用している『何故か温度計とラジオ機能が付いている学園都市製の全自動食器洗い機』のカバーを開けると、中に食器を入れていった。
 自動感知機能が付いたそれは、カバーが閉まった事を確認するとスイッチを押す必要も無く食器洗い始めてくれる優れ物だ。但し、運転中にしかラジオが聞こえないにも関わらず、駆動音がそれなりにするこの食器洗い機をラジオとして使うことは、実は殆ど無い。安く買えたので文句は無いのだが、欠陥品だとは思う。
 準備は出来た。僕は忘れ物が無いのを確認すると、鞄を持ち玄関に向かった。

「行って来ます」

 一人暮らし故に返る声がないのは知りながらも、僕はそう言って家を出る。
 テスト返却はもう終わったが、今日は身体検査(システムスキャン)がある。努力はした。けれど、能力が上昇している感覚はない。

 (あーあ)

 心に響くのは憂鬱な声。晴れ渡った空は、初めて能力開発を受けたあの日の空と似ている気がした。平常心を取りつくろっても、足取りは決して軽くない。

 (取り合えず、頑張りますか)

 鞄を一度、大きく揺らす。こうして今日が始まった。

「……少し、上がったかな?」

 身体検査の帰り道。僕は一人夕暮れ時の道を歩いていた。
 身体検査の結果は、何の為にあるのかも分からない予知や透視といった項目は、別段変わりは無く。僕の身体検査は、小さな特殊プラスチック製の球体を利用して行われたのだが、その結果は精度がA。干渉質量は560g。効果時間は二分と、前回の結果より大きな物を動かせるようになっていた。
 ちなみに前回の結果は制度が同じ。干渉質量は500gだが、効果時間が二分七秒と言う物だったので、全く変化が無いという可能性もあるのだが、……その点については、あまり考えたくない。
 三年半の月日の間に、僕はレベル2にまでそのレベルを伸ばしていた。とは言っても、レベル2にも範囲がある訳で、僕はその枠の中でもレベル1に近い人間である。これでは、レベル5になるなんて夢のまた夢だろう。
 だが、少しでもレベルを上げる為にがむしゃらに続けてきた努力が、日常生活でも使えるレベルの物として、ようやく実ってきたのである。嬉しくない訳では無かった。

 (まあ、それも半年前から結果が変わって無ければの話なんだけど)

 そう自虐して、心の中で溜め息一つ。鍵を取り出して、いつの間にかたどり着いていた部屋の扉を開ける。

「ただいま」

 どさっと鞄を床に落とし、制服をそのまま脱ぎ捨てる。皺になるのは分かっているが、今日は何だか疲れてしまった。
 どうしても、制服をハンガーにかけ直す気にはなれなかったのだ。
 半裸の状態でベッドに倒れこみ、ふて腐れたように枕を抱きしめた。

 (何時になったら、僕はレベル5になれるのだろう?)

 答えの返らぬ疑問が、頭の中でぐるぐると回る。努力はしてきた。頑張ってきた。それは人に胸を張って言える。
 能力とは、無意識下の物を含めた「演算」によって発現する。だから高位能力者は、基本的に頭が良い物だし、中には一人でスーパーコンピューター以上の数式演算が出来るような能力者だって存在する。
 だから、先生に止められるまでは投薬被験も繰り返したし、電気刺激による開発にも積極的に取り組んだ。実際に能力を行使するのは勿論。効果が有るのかはさて置いて、計算問題をひたすら解き続け、遂には二桁までの掛け算なら瞬時に答えが出せるようになっていた。

 ――だけど、それでもその努力は『才能』に敵わない。

 恥ずかしい話だが、僕にも「自分は特別なんだ」と思っていた事があった。
 それというのも、前述したとおり。僕には「前世の記憶」という物が存在したからだ。
 陳腐な展開だと揶揄されるかもしれないが、言っておこう。僕は前世も男性として生まれた。両親に不満もあったが、なんだかんだ言っても二人とも善人で、僕たちの家族仲は決して悪くなかった。父は公務員勤めだったので、お金にも余裕があった。だが、一つの大きな問題があった。
 前世の僕は今と違い、健康であるとはとても言えない身体だったのだ。アレルギーも多かったし、疲労が溜まると直ぐに高熱を出す体質だった。心臓にも若干の異常が認められ、激しい運動は禁止されていたし、小学校時代の朝礼では何度も倒れ、保健室の常連と化していた。
 そもそも、死因が過労による心機能停止。それも大学受験の為に行っていた猛勉強が原因だというのだから、その脆弱さを理解してもらえるだろう。
 まあ、そんなこんなで転生し、幾ばくかの時間が過ぎて気が付くと、この世界で「僕」は「僕」になっていたいた。単純に言うと、赤ん坊の時は思い出せなかった前世の記憶が蘇り、今生の人格と統合したのである。学園都市が存在し、超能力の存在が認知される、この「とある魔術の禁書目録・科学の超電磁砲」という、前世で読んだ物語と酷似するこの世界に。
 始めは、これはご褒美なのだと思った。記憶を持ったまま、特に問題の無さそうな家庭に生まれ、しかもその世界には魔法や超能力が存在する。こんな世界に生まれることが出来たのは、きっと前世を死ぬまで頑張って生きたから、そのご褒美が貰えたのだと、そう思っていた。

 ――だけど、それは違った。

 新しい母は僕が幼稚園を卒業した頃、交通事故で死んだ。残された僕と父は、僕が年齢に見合わぬ落ち着きを持っていたのを、気味悪く思ったのだろう。一つ屋根の下に暮らすにもかかわらず、碌に会話の無いような冷え切った関係。そんな所に落ち着いた。
 そしてその頃から、僕は自分を特別だとは、あまり思えなくなった。
 前世の記憶があっても、新しい両親は間違いなく自分の両親で、僕はそこに愛情を抱いていた。だが、それがどうだ? 母は死に。父との関係は最悪だ。
 こんな物が「特別」な訳が、ご褒美な訳が無いじゃないか!
 そう思い至ると、僕は自分の立ち位置に迷うようになった。僕はどうして此処にいるのだろう、と。不安になった。僕は確かに前世の記憶を持っていたが、その心は記憶が統合されたこともあり、安定しているとは言えない物だったのだ。
 だから、僕は家事をなるべく手伝う事にした。「居てもいいんだ」と思いたくて、小さな身体を動かして一生懸命頑張った。そしてその結果、僕の家事能力は随分上達した。
 邪険にされないように、父との会話も試みた。今日あった事を話して、相手の話を聞くようにして。だが、それら全ての行動を試しても、関係は改善され無かった。
 その結果、僕は更に悩んだ。「家族が愛してくれなければ、僕は一体どこで生きればいいのだろうか」と。
 考えられる手段の全てを試しても、決して超えられない壁が目の前にあったのだ。

 ――そして、あの日。珍しく父の帰りが早かったあの日。決定的な事件が起きた。「今日は外食をするぞ」そう言われて付いていったレストランには、父が交際しているという女性がいたのだ。それも、相手の女性には連れ子がいて。しかも、父はその子に優しく接していた。

 向こうの子供は、僕が欲しくても得られなかった態度を、努力しても貰えなかった愛情を受けていた。
 他人にも関わらず、この場で邪魔な存在は僕なのだと、その光景はそう語っているように思えた。
 だから、その翌日。僕は決めたのだ。
 家を出ることを。

「学園都市に行きたい」

 引き止めて欲しくて。僕はそう告げた。その時、自分はどんな表情をしていたのだろう。多分、泣きそうな顔をしていたに違いない。精一杯の気持ちを込めて、僕は伝えのだ。
 ――だけど、その願いは叶わなかった。
 その一週間後、僕は父に連れられ、学園都市へと訪れた。そこで手続きを済まされ、僕は親元を離れることが決定した。

 (もう、戻れない)

 ――だから、僕は僕の居場所を、理由を能力に求めた。抽象的な考えだが、凄い能力が欲しかった。この世界に来たのは、前世の記憶があるのは、家族の下で平穏な暮らしをする為ではなく、能力を得て刺激的な生活をを過ごす為だと、そう思おうとした。

 だが、その結果はレベル0。
 無情にも、全力で行使して指先から、団扇の一扇ぎにも満たぬ風を吹かせる能力だったのだ。これが、現実。笑うしか無かった。
 でも、だからといって、諦める訳にもいかない。
 もう戻れないのだから、自分の力で立つ為にも、僕に残された道は一つ。この力を磨く事だけだった。

 ――そして、そう断言するのにも理由がある。
 
 この町では、全ての生徒がレベルに応じて、奨学金が貰える事になっている。そしてこれは、奨学金という名目ではあるが、実質は能力開発という名の実験に対する「被験者への報酬」である為、返却の義務が無いのである。つまり、高レベル能力者となれば、金銭面を含めてあらゆる意味で、親の助けが必要なくなる。
 父に見放された僕にとって、これはどうしても掴みたい希望だった。
 意識を目の前に戻し、僕は夕食を作りながら思う。
 自立する為の勉強。そうして続けていた努力が、今の自分を形作っている。
 それは分かっているし、その結果。6年生にしてレベル2に上がり、奨学金がレベル0からレベル1の生徒が貰える10万円から、レベル2が貰える15万円へと値上がりした事で、僕は親からの仕送りを拒否し、やっと一先ずの自立を手に入れることが出来た。
 そう、一先ずの目標は達成できたのだ。だが、足りない。
 
 (僕はもっと先に行きたい)

 才能が無いのは分かっていた。それでも、ここまで来れたのだ。だから。

「だから、絶対になってみせる。憧れのレベル5(超能力者)に!」

 フライパンを片手に、僕はそう宣言した。そして、溜め息を一つ吐く。

 ――どうやら、今日の夕食は黒焦げのようだった。



[17584] とある科学の空力使い【後編】
Name: 霜月ゆう。◆b6f4c63e ID:df378d0a
Date: 2010/05/07 00:30
 結局。黒焦げに近い夕食を食べる訳にもいかず、お腹が空いていた僕はラフな私服に着替えると、外へと出かける準備をした。
 ショルダーバッグにノートパソコン、勉強道具。それに護身用の道具を幾つか入れて用意を済ませると、玄関へと向かう。ポケットには着火マン。ベルトに付けたホルダーにも制汗スプレーを3本用意し、準備は万端だ。
 既に完全下校時間(学生が外を出歩くのを禁止される時間)は過ぎているが、このアパートは高校生向けの物件である為に、寮と比べれば監視が甘い。僕は一応管理人に注意されることを危惧して、裏口から外へと向かった。
 学園都市のほぼ中央に存在するこの第七学区は、広いだけあって庶民向けのエリアと高級感のあるエリアの二つを内包している。そしてそうであるならば勿論、そこには多くの路地裏があり、居場所を失った学生たちにより生まれた「治安の悪い場所」というのが存在する。
 今僕が向かっているのはその中でも別段、治安は悪くない場所だ。だが、それはあくまでも「治安の悪い場所の中」での相対的な評価であり、真面目そうな学生が通りかかったなら、いちゃもんを付けられて当然という場所でもある。最低限の用心は忘れてはいけない場所なのだ。
 まあ。実を言うと僕は、ばれてはいないものの夜歩きの常習犯である。不良の中にも顔なじみはいるし、そこまで気をつける必要はない。

 (けど、中には普段の顔ぶれとは違う奴らが大きな顔をしている事もあるから、用心にこした事はない。か)
 
 僕は目的地による途中、コンビニに立ち寄っておにぎりを幾つか購入すると、路地裏へと入る。何人かの不良と目が合うが、目が合う彼らは知り合いばかりだった。一安心だ。
 最低限の警戒だけは続けて、僕は廃ビルへとたどり着く。
 
 (誰がいるかな?)

 慣れた足取りで、僕は上の階へと足を進めていく。それというのもこの場所、実は僕ら「スタディーズ」の隠れ家なのである。
 今さら臆する事など何一つ無く、僕は勝手に修繕され、ドアまで付けられた三階の一室の扉を開けた。

「やぁ」

「おー、せーちゃんじゃん。おひさー!」

「久しぶりって、昨日も来たじゃないか」

 ソファに寝転んでいた仲間の一人、中学生の東堂有素(トウドウアリス)に声をかけられ、僕はツッコミを返した。それと同時に、部屋に散らばる仲間がちらほらと声をかけてくる。僕も適当に声を返すと、ソファに座った。そして入れ替わるように有素がソファを立ち、台所代わりになっている隣の部屋へと移動した。有素は化粧が少し濃く、頭も良いとは言い難いものの、その見かけとは裏腹に人に気を使うタイプだ。お茶を入れてくれるつもりなのだろう。
 僕は有素のお茶を待ちながら、買ってきたおにぎりをほうばる事にした。食事の前に、鞄から取り出したウエットティッシュで手を拭き、包装を開ける。ようやく口にした夕食は、それが例えコンビニのおにぎりであっても美味しかった。
 そうしていると、お茶を手に有素が戻ってきたので礼を言い、お茶を飲み干す。人心地付いて、僕は安堵から溜め息をこぼした。

 (ああ、ここが僕の居場所なんだなぁ)

 心からそう思う。ここは僕ら低能力者の居場所で、老若男女。不良も優等生も受け入れる「勉強部屋」。スタディーズの隠れ家だった。
 僕がスタディーズに参加したのは、一昨年からだった。
 勉強に燃え、けれど周りと同じ精神年齢でもない事で、時間を持て余し夜歩きをしていた時に、僕は不良に襲われた。とは言っても、僕はまだ小学四年生。ここら辺の不良は、そこまでタチの悪い奴らじゃない事もあり、生意気だの何だのと言われはしたが、そのままでも開放はしてくれた筈だった。だが、そうは理解していても、自分より身体の大きな人間に取り囲まれるという事はそれなりに心許なくて。
 そんな時に僕を助けてくれた人々が、現「スタディーズ」のメンバーだったのだ。
 ――「スキルアウト」。武装した無能力者の集団の事を、この町ではそう言う。とは言っても、殆どのスキルアウトはただの不良で、武装すらしていないのが一般的なのだが、それはさておき。
 そのスキルアウトのメンバーである、高校生の石狩遊馬(イシガリユウマ)を始めとした集団に僕は保護をされた。そこで僕は「同じ居場所が無い者」として彼らに受け入れられ、その能力向上に対する姿勢が彼らにも伝播し、いつの間にか僕らは「スタディーズ」と呼ばれるようになっていたのだ。
 だが、実を言うと「スタディーズ」という名前。始めこれは、からかい混じりの蔑称だった。
 子供(僕の事だ)の面倒を見るように、諦めた筈の能力向上に精を出す僕ら。それは不良が優等生をからかうのと同じようで。酷く愚かなモノに見えたのだろう。スキルアウトのメンバーが多かった集団では、それはなおさら顕著だったようで、僕の面倒を見てくれる者。もう一度努力を始める者。そう言った人たちは、しばらく肩身の狭い思いをすることになった。石狩さんもそうだ。彼の周りには、始め多くの不良が付き添っていたにも関わらず、僕が原因でその取り巻きは半数以下の8人にまで落ち込んだ。
 ――だけど、例え馬鹿にされようと、負けられなかった。
 僕らにも意地があったのだ。
 「目標」以上の心の支えを得て、更なる努力を重ねた僕が身体検査(システムスキャン)の結果でレベル1になった時、同じように何人かのレベルが1に上がった。
 そして何より、元からレベル1だった者の中に、遂にレベル2へと向上した人がいたのだ。これは快挙だった。
 その成果は、不良たちの間にも伝わった。
 
『努力の結果は、報われるのかもしれない』

『もう一度頑張れば、変われるのかもしれない』
  
 そう思い、僕らの傍に付く人たちが少しづつ増えていった。とは言っても、8人だったメンバーが抜けて、増えてを繰り返し、今でも平均で20人ほど。あまり数が多いとは言えない。だが、それで十分だった。
 年齢も性別もばらばらな学生が、自らの努力によって道を切り開く場所。単なる不良の集まりではなく、先に進もうという意思のあるアウトロー。そう自分の居場所を評価出来た時、どれだけ嬉しかっただろう。

 (駄目だ、思い出すと顔がにやけるな)

 僕は隣の有素にばれないように、にやつく表情を必死に固定する。それでも、部屋に散らばる仲間を眺めて、僕は幸福感に包まれていた。
 これは個人的な考えだが、最初から善人である人間もなければ、悪人である人間もまずいないだろう。だから僕らはこれから先、どんな存在にだってなれる筈だ。
 ここで勉強して、友達と語り合って、そうして、ゆっくりとでもいい。皆が僕のように急ぎ足にならなくてもいい。それでも。

 「お茶、美味しいね」

 隣に座る有素へと笑顔を向ける。
 口に出したことは無いが、僕は密かにそう思うのだった。

 それからしばらくして、ふと肩に重みがかかった。僕はそれにより、ノートパソコンから目を離し、時刻を確認する。そろそろ12時を過ぎようとしていた。これはまずい。
 明日も学校があった。此処にいるのはある程度自由な人間が多いが、それでもこの「スタディーズ」のメンバーは、昼間はきちんと学校に通う事を心情としている。勿論、いつの間にかその「スタディーズ」のメンバーの中でもマスコットキャラというか、主要人物の一人になってしまった僕が、朝寝坊などして学校を休む訳にはいかなかった。

「起きて、有素。起きて」

 いつの間にか、部屋の中は閑散としていた。僕はソファの有素をゆさぶって起こす。

「んー」
 
 寝ぼけ眼でこちらを見上げた有素の顔は、化粧がうっすらと禿げていて、あまり可愛いとは言いがたい状況だった。

 (元が悪いわけでもないのだから、無駄な化粧は止めれば良いのに)

 僕は心からそう思うのだが、彼女は何度言っても化粧を止める気はないらしい。ただ、言うたびに少しづつ、化粧のケバさが抑えられてきているように思えるので、もうしばらくは言い続けるつもりだった。
 それはともかく。
 
「もう時間だから、そろそろ帰るよ?」

「んー、分かったぁ」

 残っている少ない面子に声をかけてから、僕は有素の手を引いて扉を開けると、階段をゆっくりと下りていく。
 外はもう真っ暗だ。元々路地裏は衛星からの撮影を遮る為に、スキルアウトの連中が布や遮蔽物を張っているので薄暗いのだが、これでは星の明りさえ届きやしない。
 
「今日も色々勉強してたね。何を見てたの?」

「んー、AIM拡散力場に関するレポートを見てたんだよ。新しいのがwebに載ってたから」

「ふーん、私は学校の勉強で精一杯だよ。せーちゃんは凄いなぁ」

 しみじみと呟かれる有素の感想に、僕は苦笑いを返した。ことこの部分に関しては、完璧な「今」の自分の実力だとはいいがたい部分がある。
 そんなことないよ。そうかなぁ。
 そんな取り止めの無い会話を続けて、もう少しで路地裏から抜け出せそうだというその時。
 事件は起きた。如何にも頭の悪そうな、そしていつもの顔ぶれとは違う不良たちが路地裏の入り口周辺にたむろっていたのだ。
 
「――こーんな時間にナニやっちゃってるのかなぁ? いい子は寝る時間だぜぇ」

 (如何にもなテンプレート!)

 僕は思わずツッコミそうになった気持ちを、慌てて押さえ込む。そして、不安そうに表情を歪めた有素に、視線で合図を送った。有素はこう見えて、レベル2のテレパスなのだ。近くにいる人物との思念会話くらいなら、十分可能なのである。
 僕は「うん、分かった」と、有素の目がそう返答したのを確認する。それと同時に、有素の思考が頭の中に流れ込んでくる。

『どうするせーちゃん? 私、ちょっと改造したスタンガンぐらいなら持ってるけど……』

『大丈夫。余計な事はしなくていいから、走る準備だけしておいて。ていうか、僕はそのまま逃げられるから、先に逃げて。足止めするから』

『えっ、でもでもせーちゃん! 私だけ逃げるなんて……!』

『大丈夫。いざとなればガスボンベも鞄の中に入ってるし、一人なら逆に安全なんだよ。それより、寝覚めが悪いからきちんと逃げ切ってね。数分しか稼げないと思うから』

『……わかったよ、せーちゃん。今度何か奢ってあげるから「再開は病院のベッドの上で」とか、無しだよ?』

『安心しろ。僕は上条さんじゃないんだ』

 そう言って(応答して)、僕は有素より一歩前に出た。有素は「上条とは誰だろう」と疑問符を浮かべているが、スルーだ。
 僕はそのまま、不良の数を確認する。1、2、3、4。四人か。
 
 (どうにかなるかな?)

 なるべく不良たちに違和感を与えないように注意しながら、僕はベルトのポーチから制汗スプレーを一本、ポケットから着火マン一つ取り出すと、準備にかかった。
 
「通してくれないかな。僕たち『スタディーズ』のメンバーなんだけど?」

「あーん、スタディーズぅ? 知らねぇなぁ」

 不良集団の中でも、一際身体の大きい不良が僕たちを馬鹿にするようにそう言った。それに追従するように、細い不良。栄養の足りなさそうなギョロ目。普通体系の男も笑い出した。
 スタディーズというのは、勢力としてではなく「そういう存在」としては名前が知られている方だ。それを知らないという事は、彼らは第七学区の不良ではないのだろうか?
 しかし、不良には不良なりの縄張り意識という物が存在する。

 (他の学区の不良が、別の学区で喧嘩を売るというのは、褒められた事ではないのだが……)

 そんな風に、僕は目まぐるしく思考を展開していたのだが。

「そう。でも僕らは駒場さんに認められて行動してるんだけど。通してくれないかな?」

 そんな時間は無駄だったと、身体の大きな不良があっさりと答えを教えてくれた。

「誰だよそいつ。知らねぇなぁ。……まあ、どうでもいいが。お嬢ちゃんをおいてお前はさっさと家に帰りなぁ!」

 男はこちらを脅しかけるように、凄みを利かせて僕らを恫喝した。
 だが、肝心な僕らの反応はというと、怯えなど欠片も持たず、寧ろその発言を聞いてやる気を出していた。

『……せーちゃん。こいつら、馬鹿だね』

『ああ、馬鹿だな』

 後顧の憂いも断ち切って、僕は一つ目の制汗スプレーを鞄に入れると、二本目を手に取る。この町で駒場利徳を知らない不良がいたのなら、そいつは単なるチンピラ以下だ。
 僕はジト目で彼らを見つめると、最終宣告をした。

「もう一度言うよ。と・お・し・て、くれないかな?」

「はぁ? やなこった!」

 言い訳をしよう。僕は事を荒立てるつもりは無かった。

 ――だけど、交渉は決裂した。だから僕は、着火マンを不良たちにもよく見えるように、右手を突き出すと。
 
 スイッチを、押した。

「ぎゃぁぁぁぁぁっ!!!」

 静かだった夜に、恐らく中心格だと思われた、大きな不良の叫び声が醜く響き渡る。
 着火マンから生じた炎が蛇の様に勢いよく、大きな不良に襲いかかったのだ。蛇は男の着ていたジャケットに引火し、そこから更に燃え広がろうとしていた。
 だがまだ足りない。逃げ道を確保する為にも、僕は追従の手を休める訳にはいかなかった。手に持った制汗スプレーを印籠のように前に突き出し、再び気流を操作する。
 僕はレベル2。人を吹き飛ばす程の突風を生み出すことは出来ないし、空気中から任意の気体を取りだして操作する事も難しいけれど。
 
「これくらいなら、十分能力の範疇なんだぞ、っと!」

 最初から成分の固定された気体を操作するくらいなら、容易く出来る!
 スプレーから噴出したガスを多く含む気体は、僕の演算の下に燃えるジャケットに引火。そのまま、火を消そうと周りをうろちょろしていた不良たちに襲い掛かる。

「有素、今!」

「うんっ!」

 号令と共に、駆け足で去っていく有素。
 それを見とどけた僕は、不良が大やけどに陥らないように、鞄から「理科の実験用に販売された、濃縮された二酸化炭素入りのスプレー」を取り出して、男たちを襲う火を鎮めにかかる。

 (……まあ、しょうがないかな?)

 ここは学園都市。相手がどんな超能力を持っているかが分からない以上、先制攻撃は重要な要素となる。
 そうして、僕は「やり過ぎた」という気持ちを隠しながら、早歩きでその場を立ち去った。

 ――明日の学校は、どうやら寝坊しそうである。





……………………………………………………………………………………………………………………………………

物語の落ちをつけようとしたら、やっぱりこういった形になりました。
学園都市って、結構洒落にならないレベルで治安が悪い気がします。
とまあ、そんなこんなでこの作品を見てくださった皆様。

――どうも、ありがとうございました。

それではノシ



[17584] 学生たちの夜(スタディーズナイト)【前編】
Name: 霜月ゆう。◆b6f4c63e ID:df378d0a
Date: 2010/05/07 00:31
 キンコンカンコン。下校のチャイムが鳴り響いた。

「さよなら」

 僕は鞄の中に荷物を纏めると、クラスメートに軽く挨拶をして外へと歩き出す。
 別に皆と、仲たがいをしている訳じゃない。普通に話しかける事もあれば、話しかけられる事もある。だが、こちらが学校内での時間を「勿体無い」と、そう感じてしまっている事が伝わっているのだろう。僕はクラスの中で、少しだけ孤立していた。

 (だって、しょうがないじゃないか)

 なにせこちらは、人生リプレイしている人間。しかも、元受験生である。学力は万全だ。それに加え、精神年齢だって同じとは言い難いのである。
 そんな僕からしたら、授業は超能力関連以外は酷く退屈に感じるし。クラスメート達に関しては、こういっては何だが「幼稚」に感じてしまう。だから、……いや。言い訳はよそう。要するに僕はクラスから浮いていたのだ。
 長く学校にいるのは、息が詰まる。
 そんな理由もあって、僕は逸るように足を動かしていた。玄関で靴に履き替え、校門を出ると真っ直ぐにバス停に向かう。
 第七学区の、しかも通学路に面していることもあって、数分と待たずにバスは来た。僕はス○カをかざしてバスに乗り込むと、降車口近くの座席に座る。
 歩いて帰れない事もないのだが、今日は早く「隠れ家」に着きたかったので、バスに乗ることにしたのだ。無駄遣いのような気もするが、まあ、たまにはいいだろう。何せ、今日はパーティーなのだから。
 僕は隠れ家に何を持ち寄るかを考える。
 ――それというのも、始まりは有素の一言が原因だった。

「せーちゃん。この間のお礼、何がいいかな。食べたいものとかある?」

 隠れ家のソファーの上。定位置となっている僕の隣で。その日、有素はそんな事を言った。
 そう、有素は律儀にも、この間の「町のチンピラから助けてくれたお礼」をしたいと言ってきたのだ。

「いや、いいよ。この間もお礼して貰ったし。あんまり女の子に奢らせるって言うのもあれだしね」

 気持ちは嬉しいが、僕はそう答える。だが、有素は引き下がらなかった。

「そんなのカンケーないよ! お礼はしっかり果たさないと、気分が悪くなっちゃうんだよ?」

 睨むように、有素が僕を見る。化粧による人口目力はとても強力だ。迫力がある。
 それに思わず流されそうになるが、僕はいやいやと頭を横に振って、再び断った。

「んー。そうは言ってもなぁ。前にもクレープを買って貰ったり、ファミレスで奢ってもらったり、手料理だってご馳走になっただろう? もう十分だよ」

「……じゃっ、じゃあ! ピザとかどう!? たまにはそういうのもいいんじゃない? どうせだったらでっかいの頼むからさ! 一緒にたべよ? ねっ?」

「むぅ。そんなにいうなら、じゃあお願いしようかな――?」

 しかし、縋りつきながら言葉を畳み掛ける有素に根負けして、僕がそう言ったその時。
 
「「――何々! ピザ取るのー!?」」

「えっ、ちょっ、ちょっと何よあんたたち!?」

 このタイミングを狙っていたのであろう。聞き耳を立ててた連中が、面白がって僕らに群がってきたのである。

「ピザ取るんだったら、チキンもつけようぜー!」

「サラダを忘れちゃいけないよー」

「一枚じゃ足りないだろう。ここはあと5枚は頼もうぜっ!」

「俺、駅前のピザ屋なら割引券もってるよ」

「私、マク○ナルドで後輩が働いているから、ポテトの無料券何枚か持ってるよ!」

 口々に話しあう彼らは、とてもノリノリだ。有素の抗議など何処吹く風といった風に、彼らはパーティーの日取りを決めていく。
 そして、その数分後。

「という訳で、三日後の夕方からパーティーを開催しまっす!」

「……なんで、なんで、こうなるのかな?」

 ガックリとした有素をよそに、パーティーの開催予告が高らかな声でなされる。
 暴走した内輪ノリの結果。
 ――これが、事の顛末だった。

「おっとっ」

 僕は回想を打ち切り、窓から見える景色に慌てて停車ボタンを押す。写る景色は家の近く。危なかった。危うく乗り過ごす所だった。
 停車したバスから降りると、僕はまっすぐに自宅アパートへと向かう。現在の時刻は3時30分。開催は5時からの予定だから、移動時間を考えても十分間に合うだろう。
 そう判断した僕は、制服を脱ぐと私服へと着替える。今日もラフな服装を選んだのだが、そのままでは少し肌寒いのでTシャツの上に薄いパーカーを羽織った。
 
 (こんなものかな?)

 気心の知れた仲間たちとの馬鹿騒ぎとはいえ、パーティーはパーティー。いつもよりマシな格好をしていこうか悩んだのだが、結局普段通りの格好で行くことにした。
 今日は勉強する気はないので、僕は護身用具だけを鞄の中に入れると、いつものようにベルトのホルダーに制汗スプレーを3本、セットして家を出る。そして道中、スーパーでスナック菓子や飲料を幾つか購入すると、隠れ家の前へとたどり着いた。隠れ家は外から見ただけでは、窓が板で塞がれている事もあってただの廃ビルに見える。
 実際は、中は僕らによるでなかなか快適な空間となっているのだが、流石に電気は通っていない。という訳で、僕は暗い階段を上りながら、携帯で時間を確認する。
 現在の時刻は、4時32分。

 (ん、間に合ったな)

 扉を開ける前から、賑やかな声が聞こえてきた。僕はその声を耳にしながら「楽しそうだなぁ」と微笑むと、扉を開ける。

「やぁ、パーティはまだ始まっていないかな?」

「おおっ、せーちゃん遅いよー!」

 やはりというか、なんと言うか。一番に僕を見つけて、有素がこちらへと近寄ってきた。

 (気合が入っている所為か、いつもより化粧が濃くなっているような)

 また注意しなくては。
 彼女の顔を見てそう思った瞬間、僕の手からスーパーの袋が軽やかに奪われる。

「……遅くないでしょ。っていうか、後は僕が用意するからいいよ。僕が来る前から準備してくれてたんだろう?」

 有素の事だ。元々お礼のつもりだったんだし「せーちゃんにはお客様気分でいて貰おう」とでも思っているのだろうが。例え数メートルでも、女の子に荷物を持たせ、用意をさせっぱなしだというのは流石に気が引ける。
 視界の端で僕と同い年の友人、里中嬰児を含めた集団が「俺らも手伝ってたぞー」と声を上げているが、面倒なのでスルーして、僕は有素に「後は自分に任せろ」と伝えた。だが。

「甘いね、せーちゃん。幾ら女の子だからって、この程度の荷物は重くないし、面倒でもないんだよ。もしもこの程度の事を嫌がったり大変そうに見せる女がいたなら、それは要注意。とんでもないメス豚さんの可能性があるからね?」

 有素はまるで先輩が後輩に助言するかのようにそう言うと、あまりの表現に言葉を失い固まった僕を放置して、すたすたとまたパーティーの準備に取り掛かった。早めに来ていた女子の集団に合流し、てきぱきと動く有素はとても楽しそうだ。
 だが、僕はショックで動けない。今、あの子はなんと言った?

「わー、有素も言うねー。めちゃキツイ。……ていうか、さりげなくメス豚とか言ってたぜ? コワイコワイ」

 数秒そうしていると、いかにもお調子者といった風貌の嬰児が僕に近づき、そう囁いて来た。顔が近い離れろ。僕は嬰児に忠告すると、眉をしかめながら答えた。

「ちょっと黙っててくれ。今の僕は大切に育ててた妹が、気が付くと大人になっていた時の複雑な兄の心情に共感しているんだ」

 そう。僕は後からスタディーズに入り、一年年下でもある有素の事を妹のように扱っていたのだが。
 いつの間にか僕の知らない彼女が出来ていたらしい。
 
 (寂しい、のだろうか。この気持ちは?)

 僕は胸に手を当てて、目を細める。このスタディーズは間違いなく僕の特別で、有素は大切な存在だ。だが、だからこそ。
 相手の事を知っていたいと思うのはきっと、人として当然の気持ちだろう。

「……うわー、それ聞いたら有素ぜったい怒んだろーなぁ。ていうか、表現がビミョーにキミョーに具体的でちょっとキモい」
 
 だが、僕のそんな気持ちを他所に、嬰児は聞こえぬ声量で何事かを呟いた。何を呟いたのか。それは聞き取れなかったが、何故か無性に苛つきを覚えたので。
 ――取りあえず僕は、強風で奴の髪型をぐちゃぐちゃにする事に決めた。

「ちょっ、待っ!!!」

 極々一部の限定的空間に、僕の起こせる全力の風が3秒ほど吹き荒れた。
 それを確認すると、僕はせっかく気合を入れて髪をセットしていたであろう、嬰児の嘆きを無視してソファーへと座った。
 時刻は4時45分。
 パーティーはもうすぐ始まる筈だ。何度もしてきた馬鹿騒ぎのあの楽しい空気を思い出して、僕は静かに微笑んだ。

 (さあ、そろそろパーティーの始まりだ)

 祭りというのは始まる前も楽しい。僕はそれを改めて実感していた。



[17584] 学生たちの夜(スタディーズナイト)【中編】
Name: 霜月ゆう。◆9aa27795 ID:df378d0a
Date: 2010/06/29 00:42
 時刻は五時。乾杯の音頭を取るように頼まれた僕は、それが自身のキャラではない事を自覚しながらも、気分を高めてコップを掲げる。大勢の視線が自分に向くことには未だなれないが、これから先慣れる事が出来るのかと問われると、それは永遠にないようにも思えた。だが、今はそんな事を言えない。自分の所為で空気が白けてしまうのは拷問だ。だから、告げた。

「――それじゃあ皆さん。……今夜は無礼講だー!」

「「おっしゃあっ、乾杯ー!!!」」

 コップを打ち合わす「キンッ」とした音が響いて、パーティが始まった。

「ピザ頂きー!」

「私はポテトー」

「……(はむはむ)」

「ジュースの御代わりあるよー」

 ワイワイと、皆の楽しそうな声が室内に響く。僕はその声をBGMにしながら、いつも通り定位置となったソファーにのんびりと座っていた。
 ピザを食み、コップを片手に雑談に興じる。今日はパーティだからだろうか、何故かメンバーのそれぞれが自分の友達を連れてきていたりするので、室内は何時もよりも狭く感じたが、それでも皆の顔に浮かぶ笑顔のおかげか、その狭さは不快に感じない。人ごみが好きではない僕も、今日ばかりはこの時間を素直に楽しんでいた。

 (友と語らい、食事を取る。その何とシンプルで素晴らしい事か)
 
 僕は他人に聞かれたなら(学園都市の場合、本当に『聴ける』人間がいるので洒落にならないのだが)、硬いというか、爺臭いというか、……嬰児辺りに言わせれば「お前はイツの時代の人間だよ」と、そんな風に言われそうな事を考えながら、コップに注がれたジンジャーエールを一気飲みする。炭酸で少しむせそうになるのはご愛嬌だ。
 それにしても今日は、ちょっと変だ。本当に大人数が集まっている。

 (軽く見積もって40人、はいるのかな?)

 スタディーズはほぼ自由参加、抜けるも参加もご自由に、という。各自の認識に頼って組織形成(というと大げさだが)している部分が多大にあるグループだ。それゆえに正確な人数は分からず、僕の把握する限りはおよそ20人がその平均人数。勿論その人数が毎日この部屋に集まっているわけではないから、今日はいつもの二倍以上の人数が集まっている事になるのだが。そう考えると、やはり今日はいつもと違う気がする。
 仮にもグループの中心的扱いの僕がそれを把握していないのも何だが、もしかすると嬰児辺りが何かを仕込んだのかもしれない。有素は昨日のメールでも今日会ってからも、そんな事は伝えてこなかったし、そういった事はきちんと報告できる子だから、ありえない。スタディーズのメンバーはその特性上前向きというか、意外とお祭り好きの人間が多いのもあるが、嬰児は見た目通りお調子者で、愉快犯的行動をしでかす事がある。だから。

 (よし。吐かせよう)

 思い立ったら即行動だ。僕は決意を新たに頷くと、嬰児を探しにソファーを立った。そして途中で何度も、知ってる顔、知らない顔を含め、色々な人と雑談を交わしながら歩いていた僕は、ようやく嬰児を見つけて捕まえた。

「むぎゅぅ」

「さて嬰児、今日のこの盛況っぷりはどういう事かな?」

 僕は嬰児の背後に回りこむと、首に腕を回し締め上げた。

「……ぇぇぇっ!?」

「あっ、ごめんね。気にしないで」

 その所為で今まで嬰児と話をしていた、左頭部にサテン系の白い花の髪飾りをした女の子が驚きの声を上げたので、謝罪を一つ。そしてそのまま締め上げた。このまま締め上げても良かったのだが「たんまたんま」と割と切羽詰った感じで嬰児から声無き悲鳴が聞こえ、腕を叩かれたので開放してやる事にした。

「うっわぁ、死ぬかと思ったわ……」

「殺しても死なない気がするから問題ないでしょ」

 実際問題、嬰児はかなりタフだし、マゾ要素があるのか鉄拳制裁でもしないと、反省しない事が多々あるのだ。

「ごめん、こいつちょっと借りるね。それじゃあ。……まあ何ていうか、折角だし楽しんでいって」

 僕は未だ微妙な表情でこちらを見つめている女の子にもう一度謝罪をすると、嬰児を連れ出して部屋から一旦退出した。そして暗い廊下の中で、冗談半分に睨みながら嬰児に語りかける。

「で、もう一度聞くけど。何でこんなに人数が多いわけ? パーティ主催の筈の有素ですら知らなかったみたいなんだけど?」

「いやー、それはですねェー」

 悪戯がばれた悪ガキそのままの表情で、嬰児は語りだした。その内容をまとめると、要するにこうだ。

「『スタディーズの勢力拡大、それと明確なブランド化』ねぇ」

「何だよ。……別に悪いことじゃなだろう?」

「隠している時点で悪いと思う気が少しはあったんだろう」

「……ワリィ」

 そう。より多くの人にスタディーズの存在と行動理念を知って貰う為に、今日のパーティを利用した。つまりはそういう事だろう。僕がそう指摘すると、嬰児は罰が悪そうに俯いた。
 溜め息を吐く。僕だって、スタディーズの理念は間違っていないと思う。「自分が好きになれるように努力する」。僕の、僕らの宝物であるこのグループは良い物だ。だが、その発祥が不良グループだというのは、意外と大きな問題だ。急激に大きくなれば、スタディーズは必ず目を付けられる事になる。どんなに理念が正しくても、それを気に入らない物はきっと出てくる。そうなれば、肝心の僕らの居場所が破壊されてしまうかもしれない。そんなのは嫌だ。

「本当、軽率な行動は控えてくれよ。せめて相談くらいはしてくれ」

 だってそうだろう。努力。その言葉は聞こえがいい。だが、それは言葉にするよりもとても大変な事なのだ。多くの生徒が駄目な自分を「そういうものだ」と受け入れてしまうくらいには。だからこそ、漫画などの表現ではたまに「努力の天才」だなんて言葉が出てくる。それくらい辛い物なのだ。結果の出ない努力を続けるという事は。だから、僕は諦めた人を哂いはしない。けれど。
 僕らが努力を続ける姿は、それだけで嫉妬を招く。特に、劣等感に塗れたスキルアウト達からは、強いそれを受けるだろう。学園都市。この町はとても危険なのだ。ジャッジメントやアンチスキル、治安維持の為のそれらの存在がいたとしても、少しコネのある不良なら拳銃類を、もっと危険な兵器だって簡単に手にいれられる。半分以上の不良はそんな事をしないかもしれない、でももう半分は人を傷つけても平気でいられるかもしれない。一見して平和そのもので、裏をめくれば幾らでも闇が溢れてくるような町。それが学園都市で、僕たちの居場所だ。

「……悪かった」

 嬰児は項垂れたまま、もう一度謝罪を口にした。反省、してくれたのだろう。
 これは僕の推測だけれど、多分嬰児は自分の能力を上げる事、それ自体には大して魅力を得ていない。ならば何故嬰児がこんな行動を取ったかといえば、恐らく彼にとっての一番の居場所と言えるのが、此処しかなかったから、だろうと思う。僕も大概複雑というか、劣悪な家族関係に置かれていたが、嬰児も恐らくそうなのだ。

 (だって普通の親なら、自分の子供に「嬰児」だなんてつけやしない)

 赤子というそのままの言葉を名づけられた嬰児。深く聞いた事はない。けれど彼は、どんな事を思って今まで生きていたのだろうか。
 僕はそんな事を考えながら、嬰児の手を握ると扉を開けた。嬰児が不安そうにこちらを見上げてきたが後ろを振り返ってやったりはしない。

「ほら、折角のパーティが台無しだろ。こういうのはお前の役目なんだから、さっさと盛り上げて来い!」

「……りょーかいっ!」

 手を強く引いて、廊下の暗闇から光溢れる部屋の中へと、僕は嬰児をぐいっと押し出した。全く、こういうのは柄じゃない。



[17584] 学生たちの夜(スタディーズナイト)【後編】
Name: 霜月ゆう。◆9aa27795 ID:df378d0a
Date: 2010/06/30 15:54

 (ああ疲れた)

 慣れない事。他人の世話を焼いて疲れた僕の隣に有素が座る。ソファーが有素の重みで少し沈んだ。
 周囲は騒がしいが、僕らの周りは至って静かだ。ギャルメイクを好む有素だが、その性格はやはり気遣い屋で静かなのだろう。
 
「ねえねえ、せーちゃん。こうしてると不思議だよね」

「ん、何が?」

 そんな僕の考えなど露知らず、有素は目を細めて笑った。その表情は昔を懐かしむような、そんな感情で彩られている。

「私ね、三年前のあの時は、こんな風になるなんて全然思ってなかったんだ」

「ああ、確かにそうだよね」

 有素の言葉に僕も目を細めた。懐かしい、といえば懐かしい。けれど、その記憶は今も褪せることなく覚えている。僕と有素の間には、過去を振り返る穏やかな空気が満たされていた。

「ナーニ、二人で話してるんだよっ」

 しかし、そこの襲撃者が現れる。先ほどの逆襲なのだろうか。嬰児が後ろから抱きついてきた。

「……あーもう、邪魔っ!」

「教えてくれるまで離れないぜー!」

 暑苦しいので少々強引に引き剥がす。しかし、嬰児は中々離れない。

「全く、えーちゃんは。……ちょっと昔を懐かしんでいただけだよ。邪魔しないでよねー」

「わりぃわりぃ」

 といいつつ、有素に呆れられ睨まれても、嬰児は僕の首から腕を放す気配を見せない。この面の厚さは大したものだと思う。

 (これは、話すまで止めないな)

「それじゃあ、昔語りをしようかな。スタディーズが出来る前。僕が皆に出会った時の事を」  

 ――そうして僕は語りだした。まだ俯いていた時の僕の話を。変化をもたらした、とある夏の日の記憶を。


 それは四年前の事。学園都市に入学してから一ヵ月後の話。
 シンプルな家具しか置いていない殺風景な部屋で、僕は意を決したように俯いていた顔を上げると、電話の子機を強く握り締めながら声を発した。

 「あっ、あの父さんですか?」

 『――ツー、ツー、ツー』

 それなりに悩んで掛けた電話。けれど、返ってくる声は無い。僕は瞳を潤ませて泣きそうになりながらも、静かに子機の電源を落とすと元の場所に置いた。
 分かっていた筈だった。心は既に離れきっていると、知っていた筈だった。それでも、血の繋がった父との何気ない会話を期待するのは、間違った事なのだろうか。

 「……どうしてこうなったんだろう」

 僕はベッドに倒れこんで、小さな声でそう呟いた。
 やれるだけの事はやったのに、縮まるどころか離れていく父との距離。そして、そんな父が大切にする再婚相手とその子供。そんな光景を見るのが嫌で(本当はただ、引き止めて欲しかったのだけど)学園都市で暮らす事を決めた筈なのに、僕の弱い心はその結果得られる筈だった「能力」が使えないだけで、こんなにも揺らぎ、壊れかけている。

 (とは言っても、あれからもう一ヶ月は立っているんだから、普通なら親から連絡をよこしていい筈、何だけどなぁ)

 物理的距離が離れると、その分精神的距離も離れていくようだった。全く、これ以上悪化する筈もないと思った親子関係が、それ以上に悪化してしまうとは。とんだお笑い種だ。
 そんな笑えない事を考えながら、僕は翌日の用意をする。身体を動かしていないと、余計な事を考えてしまいそうだったのだ。自分を追い込むように、勉強を含めたやれる事を全て終えて、僕はさっさと就寝する。そして翌日、教室の中。精神年齢が違いすぎることに比べ、途中入学という事もあったのだろう。クラスで孤立していた僕は、休み時間中ずっと、黙々と本を読む生活を送るのだ。
 そう。騒がしい教室の中で、僕は一人だった。かといって苛めも無かった。顔が悪い訳でもなく、勉強は学校で一番。運動神経も悪くなかった僕を「苛めてくれる」人すらいなかった。それほどまでに、僕は一人だった。
 本当は、一目置かれていたからなのかもしれなかった。僕を好いてくれていて、それでも僕の冷たい雰囲気の所為で、話し掛けられなかっただけ、なのかもしれなかった。
 ただ、事実はどうであれ。その時の僕は一切の誇張無く、自身を孤独だと思い込んでいたのである。だから、僕は変わることが出来なかった。変えてくれる人も現れなかった。家でも学校でも一人。電話も連絡網以外回ってこない。そんな生活がとある日まで続いた。僕を支えていたのは、勉強と能力訓練を続けているという、その自負くらいだった。

 ――転機が訪れたのは、四年生の夏の日。蒸し暑い夜。スタディーズの原型である「スティッカーズ」に出会ってからだった。

 相変わらず孤独で、勉強だけは続けていた僕は夏休みに入ると、夜更かしをするのが当たり前になっていた。何せ止めてくれる人がいないのだ。去年もそうだった、といえばそうなのだけれど。身体が三年生の時と比べて成長していた事もあるのだろう。少し気が大きくなっていたのか、当時の僕は夜の散歩を楽しむようになっていた。
 だけど、家の中で夜更かししていたのとは違って、深夜の町並みに小学生が繰り出すというのは、色々な意味で危険だ。そして僕は、特別運の良い人間ではない。高まった確率の通りに、危険は僕に転がり込んできていた。

「ボクゥ、こんな所を歩いてたら危ないよぉ?」

「餓鬼はさっさと帰れよなぁっ」

 それなりに注意はしていた。だけどコンビニに寄ったのが不味かったのだろう。僕は数人の不良に絡まれ、路地裏へと連れ込まれていた。

 (……どうしよう)

 情けない事に、その時は逃げるという思考すら沸いてこなかった。相手は恐らく高校生。体格も違えば運動神経も違う。逃げた所で無駄だと思い、かといって相変わらずレベル0の自分が戦える筈もなく、ここらの不良がそこまで性質が悪くないという、その一点を信じて俯く事しか出来なかった。
 いや、要は諦めたのだ。無力な自分を憎む気力すら、その時の自分には沸いていなかったのだ。だけど、そこで僕はようやく出会う事になる。

「おい、ガキを苛めるとかマジで止めろよな。マジだせぇ」

 ――そう、転機という物に。

 仲裁に入ってくれた男の名は、石狩遊馬といった。彼は不良共にもそれなりに慕われていたらしく、軽口を叩きながらも僕を引っ張り、不良から救出。そのままアジトでもある、とある路地裏の廃ビル。つまり現スタディーズのアジトへと連れて来てくれた。

「おい、お前なんて名前なんだよ?」

「……風臣、静司」

 アジトには彼以外にも多くの者がいた。人を殺していそうな怖そうな者も、なんでこんな所にいるのか分からないような優しそうな者も、多くの人が。
 そんな中で部屋の中心、ソファーに座らせられジュースを手渡された僕は、おどおどとしながらそう告げた。

「ふーん、静司か。お前、寮に帰んなくていいのか?」

「……僕は、アパート暮らしだから」

「そっか、ならいい。でもお前、気をつけろよ? 夜は危ないんだからな」

「……はい」

 けれど、彼に僕を威圧する気は全く無いようで。僕は目線を自分に合わせて話す彼に少し安堵を覚えてふにゃりと微笑んだ。

「よし、良い子だ!」

 すると、彼は僕の頭をわしゃわしゃと撫でてきて。

「「あーあ、リーダーが子供泣かしたー」」

その久しぶりの感触が嬉しくて、僕は久しぶりに人前で涙を流した。

「子供泣かすとか、人間性に問題があるわよねー」

「うっせぇ、どうみても俺悪くねぇだろっ!」

 それまで様子を見守っていた周囲の人が、泣き出した僕を心配してハンカチで涙を拭ったり、お菓子を渡してきたりする。本当に、こんな扱いを受けるのは久しぶりで。
 それが嬉しくて、僕は今考えると初めて、子供らしくえぐえぐと涙を流した。
 
「おー。また来たか、くそ餓鬼」

「せーじ君、駄目だよ。危ないっていってるでしょ?」

 そんな事があってから、僕は度々アジトに顔を出すようになっていた。

「不良になっちゃうからねー。って、既に将来有望だけど」

「おっ、お母さんはそんな事許しません! ねぇお父さん!?」

「誰がお父さんだっつーの。高校生捕まえて人聞き悪いこというな」

「「ノリが悪い人ってやーねぇ。これだから彼女できないのよ、ねー!!!」」

「こら待てテメェら……」

 時期が夏休みだという事もあり、翌日の行動に影響が少ないという点もあるが、何より僕は優しさに飢えていた。それがここでは与えられる。
 年下の子供だからという事で、子供である彼等から与えられる無償の優しさ。僕はそれを何より欲しがっていたのだ。

「しっかし、せー坊は頭いいよなぁ」

「この間なんて私、宿題手伝って貰っちゃったわよ?」

「おいコラっ、お前高校生だろうが! 恥を知れ恥を!」

「いいじゃない、本人が嫌がってないんだから。うふふ、これで今年の宿題はもう終わりなのよー」

「おっ、俺は自力で終わらせるし!」

 強く宣言した遊馬は、女友達である友垣恵美梨といつものようにコントを繰り広げると、静司の頭をごつんと叩いた。

「お前も、人の宿題を手伝ってんじゃねぇ。こいつが馬鹿になるだろうが」

「そうですね、ごめんなさい。遊馬さん」

 それに対して、僕は素直に謝った。確かに、これ以上彼女の学力が下がることは推奨できない。何せ恵美梨さんは見た目は清純派の優等生といった風貌なのにも関わらず、壊滅的に頭が悪いのだ。というか数学はできるようなので、ようは勉強における好き嫌いが以上に激しいのだと推測できる。
 ちなみに、これは余談だが、特に英語は壊滅的で「This is a Tom`s pen」を「トムはペンです」と誤訳してくれた伝説が残っている。

「ねぇ、そこで納得されると非常に腹立たしいんだけど」

「事実ですから、申し訳ないですが諦めてください」

「ちょっとセージ君!?」

 僕は笑いながら、恵美梨の言葉をそう切り捨てた。

「にしてもアレだな。そんだけ勉強するなんて、何かなりたい物でもあんのか?」

「……そうですね。ありますよ」

「えー、なになにーっ。聞かせてよー!」

 にやにやした表情で二人が僕に迫ってくる。だけど、そんなことですら嬉しいと思えた。大好きなこの場所に、恥じない自分になろうと思えた。
 だから、僕はこう答える。

「笑わないでくださいね」

「当たり前だろ」

「僕はですね」

「ふむ」

「うん」

「――レベル5に、なりたいんです」

 そういって、僕は笑った。今なら、何にだって成れるような気がしていた。

 ――それが、僕にとっての大切な転機。派手ではないけれど、血の通っていなかった目標が、力強く輝きだしたとある日の話だ。

「それから、周りの皆が僕に釣られるように勉強するようになって、能力訓練する人も多くなって。僕らはいつの間にかスティッカーズじゃなくて『スタディーズ』って呼ばれるようになっていったんだよね。そうなった後もまあ、色々あったんだけど」

「ねー。私はせーちゃんがスティッカーズに参加した後で入ったけど、あの頃は『無駄な努力をするなー』って、皆のこと冷めた目でみてたもん」

 僕が語り終えると、有素がそんな事をいって笑った。

「……って、えっ?」

 ふと気がつくと、周囲には簡易椅子まで用意して、沢山の人が僕らの周りに集まっている。

「……嬰児、なにこれ?」

「いやー、パーティの主役が昔語りしてたら、そりゃあ人も集まるってもんじゃネ」

「あはは、せーちゃん話すのに夢中で、全然気がついてなかったんだねー」

 にやにや、どきどき、そんな表情で大勢に見つめられる僕。わざとか否かは知らないが、嵌められたような気分に陥る。

 (大勢の前で自分の過去を語ったとか、滅茶苦茶恥ずかしいんですけど!)

「あの、もっと話してくれませんか!?」

「私も、もっとお話を聞きたいです!」

 けれど、そんな僕の気持ちを察してくれていないのか、興奮した表情のゲストは僕に更なる恥を要求してくる。断ることは出来そうに無い。

 (……いいけどね。いいんだけどさ)

 空気が、完璧に続きを促している。

「――でもやっぱり、不幸だっ!!!」 


 ――学生達の夜は、まだまだ終わらないらしい。



[17584] とあるテストの終了日。
Name: 霜月ゆう。◆9aa27795 ID:df378d0a
Date: 2010/07/22 20:27
 あの夜のパーティから時間が過ぎて、ようやく終わったテスト週間。

「きゃっほーーーいっ!」

 学校は夏休みに入り、僕ら学生は歓喜の声を上げていた。

「ねえねえせーちゃんっ、どこいく!? カラオケ、ゲーセン、スイーツ巡り! 私達の時代がやってきたんだよ!」

「そうだぜ静治! なんなら夏休みには一足早く、今からプールにしけこんでもいいぜ!」

「いや、悪いけど。今日はガンツファルト実験の予約とってるから」

「「――なっ、何だってー!?」」

 駅前の喫茶店。有素と嬰児が揃って声を上げた。ああ、煩い。

「テストが終わってまだ勉強!? 間違ってる、人として間違ってるよせーちゃんっ!」

「まさかそこまでの馬鹿だったとは……。実は中身老人なんじゃねーか?」

「……酷い言われようだな」

 確かに、テストが終わった当日に実験というのは、自分でも少し根を詰めすぎている気もする。僕だって立派な学生。幾らテストがそれ程難しくなかったとはいえ、終われば遊びに行きたい気持ちは勿論ある。ていうか、中身は青年だ。老人じゃない(ここ重要)。失礼なことを言うな。

(だけど、予約が取れたのが今日なんだから、しょうがないじゃないか)

 それに、そもそもその遠因は、嬰児にもあるのだから。そう考えて、僕は溜め息を吐いた。
 パーティの後。皆で話し合った結果、僕らは「隠れ家がつぶれなければ、スタディーズの思想が知られようが、広まろうが構わない」という結論を出した。そして、主に嬰児主導(というか乗り気な奴が嬰児だけとも言える)で地道な広報活動が進められ、僕らスタディーズはその名と活動内容を、少しづつ世間に認知させてきたのである。あれ以来、嬰児はホームページを開き、能力開発に役立つ情報を掲示板に乗せて、情報を扇動するなど、精力的に活動していた。
 そしてその結果こそが、今僕を地味に困らせているのである。何せ、前までは申請すれば受けられた実験の予約が、ほぼ埋まってしまっていたのだ。
 スタディーズの考えからすれば、レベル0でも上に上がれる。そしてそれに必要なのは、学校の授業で終わらないレベルの努力だ。だけど、いくらやる気を出したといっても実際には、てっとりばやくて頭を切開するようなハードな実験は、大抵の学生は受けたがらない。そして、それならばとその目が向くのが、身体面の安全が割と保障されている上に簡単な実験だというのは、当然の事とも言えた。

 (まさか、深く考えないでOKした事が、ここまで裏目にでてしまうとは)

 僕はジト目で嬰児を見た。一週間に一度は受けていた実験が、今は一月に二度のペースに落ちているのだ。まだレベルは2だというのに、焦りが出る。時間制限はないとはいえ、ちんたらしていたくはないのだ。
 しかし、嬰児はそんな視線は気にしない。こいつは意図的に鈍感になれるのだ。とても便利な特技だ。ああ、むかつく。

(これでも喰らえっ)

「おー、涼しいねぇ。もっと力入れてくれよ」

「くっ、夏でさえなければ……」

 苛ついた僕は、能力で風を思いっきり嬰児にぶつけてやった。
 のだが、この厚い夏場では僕の風はかなり強い扇風機代わりにしかならないらしい。非常に切ない。

「もう。嬰児ったらせーちゃん独り占めしないでよーっ」

 有素が僕のむき出しの腕を掴む。
 そんなこんなで時間は過ぎ。自分の分のお茶代を置いて、僕は一人実験へと向かった。

『それでは、実験を開始します。被験者は寝台へどうぞ』

 検査衣に身を通した僕は、スピーカーから流れる音声のままに、機械の中にある寝台に寝そべる。実験に使う機械は一見すると円筒状だ。僕の体重を感知したのだろうか、それともカメラの映像を頼りに遠隔操作をされたのか、寝台が動き始め、僕は円筒状の内部に閉じ込められた。今から行われるのは、ガンツファルト実験。
 ――意図的に感覚を封じることで、自身を『通常の現実から切り離す』という実験だ。
 光はその一切が遮断され、僕の下には届かなくなる。真っ暗の闇。僕の視覚が奪われた。完璧な防音が成されているので、外からの音は聞こえない。可聴域の音はここになかった。僕から聴覚が奪われた。機械から発される超音波によって、平衡感覚が奪われた。どちらが空なのか、僕にはもう分からない。けど、まだ終わりじゃない。
 あらかじめ飲まされていた薬が効いてきた。薬の効果は、簡単に言えば触覚と味覚、それに嗅覚を麻痺させるもの。そして、意図的に睡眠を阻害するものだ。
 これで僕に残されたのは思考だけとなる。僕が聞こえるのは僕の発する音だけとなる。
 暗闇の中、僕は一人だった。しばらくすると、やがてここが本当に暗いのかも分からなくなる。まるで宇宙にいるかのよう、というのは、宇宙経験のない僕がいうのはおかしいかもしれないけれど。でも確かにそう感じた。ああ、ここは宇宙なのかもしれない。思わずそう錯覚しそうになる。けれど、違う。
 ここは宇宙じゃない。ならどこだ。僕の中だ。そう、ここは僕の世界。きっと、僕の心に近い場所。だから探す。手探りで問いかける。僕だけの現実(パーソナル・リアリティ)を、自分のものにする為に。

「あの子、本当に良く来ますよねー。最近は利用者も増えてびっくりですけど。あれだけ熱心な子は中々いませんよ。ここ、リピーターも少ないし」

「全くだね。薬で眠ることさえ許されないから、実験が終了する前に恐慌状態に陥る子だって少なくないのに」

 何台も設置された円筒状のポッドをカメラ越しに見ながら、二人の研究者は話しをしていた。
 その手にはお茶が握られていて、ずずずっとのんきな音が部屋に響く。

「この間は確か、最後に捨て台詞吐いていった子がいましたよね。茶色に鼻ピアスの『騙されたっ、もう二度とこねぇよ畜生め!』って。何だかチンピラみたいな子でしたけど」

「多分、簡単な実験だと思ったんだろうねぇ。一応試験前に説明はしたんだけど」

「聞かない子は、話を聞かないですからねぇ。あっ、そういえばあの子のデータ、見ます?」

「レベル2のエアロハンドだろう? もう覚えちゃったよ」

「そうですね。確かにレベル変更まではいたっていません。でも、見てください。彼のAIM拡散力場。図形も、数値も、少しづつだけど変化していってます。……もしかしたら、そろそろレベル3になれるかもしれませんよ?」

「そりゃあ、理論的には誰だってレベル5にはなれる筈なんだからね。なってもらわなくちゃ困るでしょう。本来彼らに目指してもらうのは、レベル6なんだから。こんな所で満足されたら堪らないよ」

「またまた、素直じゃないんですから。緑のマキ○オー見て号泣してた人の癖に。努力とかすぽ根とか、本当は大好物でしょう?」

「――なっ、なぜそれを!? いや、そうじゃない。いいかい君のい」

「さーて、お茶のお代わりでも行ってくるかなー。お菓子も取ってこよー、っと」

「コラ待て、人の話を――」

 男の研究者の言葉を意図的に無視して、女の研究者は席を立つ。男は手を伸ばしたが、女の動きは早くさっさとお茶を入れている。
 余談だが、実験終了予定の三時間が過ぎるまで、彼らの賑わいは続いた。


「あーあ、何だかふらふらする」

 きっかり三時間の実験を終わらせて、僕はバスに揺られながら家へと帰ってきた。日が落ちるのが遅くなってきたとはいえ、空はもう暗い。月が遠くに見えた。
 今日の実験でも、劇的に何かが変わったようには思えない。試しに自分に向けて能力を使うも、それなりの意気込みをこめて発生させた風は、扇風機のように自身の体温を低下させただけだ。例えば軍事利用するには、出力が圧倒的に足りない。

「夏場はまあ、便利かもしれないけどさー」

 ふらふらとした足取りで階段を上り、鍵を取り出して部屋に入る。一人暮らしの部屋は、当然ながら真っ暗だ。僕は電気をつけると簡単に手洗いを済ませ、そしてベッドに転がった。
 制服がしわになるとか、うがいはどうしたとか、考えることはたくさんあるけれど、そういう事はやっぱり明日考える事にする。

(普段真面目に頑張ってるんだから、これくらい怠けても、いいよね?)

 誰に言うでもなく、自分自身に呟いて、僕は深い眠りに着いた。
 もうじき夏休みが始まる。きっと有素と嬰児に振り回されて、たまに宿題を手伝わされたり、面倒ごとに巻き込まれて夏休みは終わるのだろう。
 ――でも。
 脳裏にそんな光景を思い浮かべて僕は笑う。

 それはきっと、悪くない未来のように思えた。



[17584] 【番外編】とある夏休みの百物語。
Name: 霜月ゆう。◆9aa27795 ID:df378d0a
Date: 2010/08/10 00:00
※注意、怖い話を流用してます。

…………………………………………………………………………………………………

 科学全盛の学園都市といっても、オカルトという物の魅力は人を惹きつけてやまないものだ。ましてや、それが夏真っ盛りとくれば、導き出される答えは一つだろう。

「よっしゃあ! 夏の恒例『ポロリはねぇぞっ、恐怖の百物語!』の始まりだぁ!」

「「おー!!!」」

 すなわち、百物語の開催である。
 司会兼進行役となるのは嬰児。今回の参加人数は20人ほどだ。隠れ家であるビルの一室は電気が落とされ、何本もの蝋燭の灯火が唯一の照明となっている。普段の生活臭を感じさせるものは隅へと置かれ、代わりにネットで見つけ印刷されたのであろうお札や、百円ショップで見かけたことのあるちょうちん等の小物が、室内に設置されていた。
 正直、雰囲気は出ている。明りの下、一つ一つ細かく見ていけばチャチだと感じたかもしれないが、この暗い室内、頼りは蝋燭の明りのみ、といった状況では、それらが確かな効果を上げている事は認めざるを得ない。

「説明するぞっ。今回はてめぇ等をびびらせる為に、本格的にロウソクもきちんと百本用意した。それに加え、箱の中にきっちり百枚っ、厳選した怖い話も入っている! 箱は順番に回されるから、くじ引きの要領で引いた話を読み上げろっ。回された奴は読み終えたら蝋燭の火を消せよ? ……それじゃあ、まずは俺からだ」

 嬰児は急に声を落とすと、目を細めて箱の中に腕を入れる。そうしてかき混ぜる意味もあるのだろう。、がさごそと中身を漁った後、一枚の紙を取り出した。

「――それじゃあ、最初の話を始めるぞ」

 生暖かい一陣の風が吹く。最初の話が始まった。

「これは、私が19歳のゴールデンウィークに体験した話です。私は二人の友人とともに、車で海水浴に行く途中でした。車が渋滞に阻まれ、なかなか進めずにいた時です。運転をしていた友人が、ニヤニヤしながらこんな事を言い出しました。『こんだけ沢山の車があるんだから、霊に執り憑かれてる人とか車があるかもしれないな』『もしかして、すぐ前の車とか後ろの車がそうだったりして』。すると、助手席に座っていた友人が、すぐにこう言いました。『だったら暇だし、こっちに幽霊、来てくんないかな』。……私はその言葉を聞いた時、友人が言ってはいけない事を口にしてしまったような気がしました。だから私は『おいおい、ホントに幽霊こっち来たらどうすんだ』と思わず言ってしまったのです。しかし、私の言った事が彼を刺激してしまったのでしょう。彼は『そしたら幽霊ちゃん、たっぷり可愛がってやるよ』と言って、笑い出しました。それにつられたのか、もう一人の友人も『めんこくねぇ幽霊が来たら、どつく』と言って、一緒に笑い出します。そんな二人に私は呆れてしまい、もう何も言えませんでした。でも、二人はすぐに黙り込んでしまったのです。私は不思議に思い『おい、どうしたんだよ急に』と尋ねてみました。 すると二人は、代わる代わるこう言うのです。『バックミラーに、何人かの人影が映っている』『サイドミラーにも、写ってるぜ』。私は彼等の言う人影を確認し、ゾッとしました。するとその時、突然に車が振動し、すぐに動かなくなったのです。後ろの車はクラクションを鳴らし前進を促しますが、私達の乗っている車は動き出す気配すらありません。運転をしていた友人が、堪らず声を荒げて叫びました。『ちくしょう、動きやがれ!』すると突然に車が動き出し、その瞬間に女性の声が聞こえたのです。 【私は連れて行ってちょうだい。顔には自信があるから】」

「きゃっ」

 一話目の話が終わる。一人の少女が最初だというのに、小さな悲鳴をあげた。蝋燭の火が、一つ消える。

「小さい頃なんだけど、宅急便で青森の親戚から 大きなタコが送られてきたんだ。それで、それをお刺身にして食べようということになって、母さんは台所へ。そしたら、直ぐに母さんの悲鳴が聞こえてきて。……慌てて駆けつけてみたら、タコの頭の部分の内側の肉の部分に、髪の毛が沢山付着してたんだよね。付着っていうか髪が肉に食い込んでるような感じ。海草かと思って調べてみたら、毛根にしか見えないもあったし、あれは明らかに人毛だった。しかも髪の色は黒じゃなくて、ブロンドかかった茶色。さすがに気味が悪くて食べずに捨ててしまったんだけど、あれはなんだったのかな。 ……父さんがいうには、大きなタコだから長い間生きてる時に【人の水死体にありついたのでは】って見解。おすし屋さんに出てくるシャコ、これも水死体に群がる習性があって それを知ってシャコ食べられない人いたけど、不気味だよね」

「うわー」

 小太りの男子が心底嫌そうな表情で呟いた。蝋燭の火が、また一つ消えた。

「保健室のベッドで寝るのは初めてだった。こんなに熱が出たのも初めてだ。風邪をひいてるからだけじゃない。隣には○木さんがいた。病弱なのは聞いてたけど、こんなところで会うなんて夢にも思わなかった。二人とも熱でだるかったけど、ただ横になってるなんてつまらなかったから、いろんな話をした。『こんな隣同士のベットで寝てるなんて、結婚したみたいだ』なんて考えて、ボクはどきどきしていた。○木さんは寝ちゃったけど、ボクはとても眠れやしなかった。すると『先生ね、ちょっと、行かなくちゃいけないんだけど、楽にしててね』誰かが呼びにきて、先生はどこかへ行った。突然二人きりにされて、ボクはますます眠れなくなってきた。ちらちらと、○木さんを盗み見ていると、カーテンの向こうで声がした。 『・・・・・・に・・・い・・・だろ』。よく聞こえないけど、知ってる声みたいだ。『・・こ・・・・る・・』。なにかつぶやきながら、声が近づいてくる。『だ・・か・・こに・・るだろ』カーテンは開いた音はしないのに、いつの間にか声はすぐそばにまで来てる。 薄目を開けてるのに、誰も見えない。『・・こ・・・・・・よ』。嘘寝がばれるから、絶対に動いちゃいけないと思って、ボクは目を閉じた。今は、もう、すぐそばで声がしていた。『だれかそこにいるだろ』。絶対におかしかった。絶対。足音もしないし、誰も見えないのに。『だれかそこにいるだろ』『・・こ・・・・るよ』。声はボクの周りをうろうろしていた。 がんばって薄目で見てみたら、カーテンは人影で囲まれている。『だれかそこにいるだろ』。見つかっちゃだめだ、と思った。そう思ったけど、突然○木さんのことが頭に浮かんできた。『そうだ、○木さん! ○木さんは大丈夫!?』。ボクは寝返りのふりで、○木さんの方を薄目で見た。○木さんは飛び上がって、ギィッ、と、目を見開き、ボクを指差して、信じられないような低い声で言った。 【そこにいるよ】って」

「うぅ……」

 大人しそうな少女が、隣の男子に慰められていた。蝋燭の火が、また一つ消えた。

「A子は同棲している彼氏がいる。ある日、彼氏が『俺はウサギになってしまう。 だから野菜しか食べられない』と言い出した。A子は『冗談を言ってるんだな』と取り合わなかった。しかし、彼氏にいくら野菜以外の食べ物を勧めても、絶対に食べなくなった。野菜だけを食べるようになって1年がすぎた。 ある日、仕事を終えたA子が帰宅すると部屋に彼氏の姿はなく一匹のウサギだけがいた。A子は『彼氏が言っていた事は本当だったんだ』と信じた。そんなある日、A子が街を歩いていると、彼氏と見知らぬ女が親しげに腕を組んで歩いている姿を発見する。その様子にA子は愕然とした。騙されてたんだ。当たり前といえば当たり前かもしれないが、ようやくA子は気がついた。そんなある日、彼氏の元に宅急便が届いた。差出人が書かれていない小包に彼氏は心当たりがなく、開けてみた。そこには、顔だけA子で体がウサギのA子がいた。【寂しくて死んじゃうよ】。ウサギはそう呟いた。驚いた彼氏は小包を放り投げた。嫌な音を立てて小包が地面に投げ捨てられた。小筒からは、血が滲んでいた。恐怖はあったが、仕方が無いので彼氏が小包の中を見た。中には何も無かった。滲んでいた筈の血も、いつのまにか消えていた」

「酷いな……」

 ボーイッシュな少女が呟く。蝋燭の火が、また一つ消えた。

「帰るのが遅くなったので自宅に着いたのは1時をまわっていた。とりあえず、シャワーだけでも浴びようと思い風呂に入って頭を洗ってると居間辺りからこちらに向かってる足音がする。その足音が脱衣所にまで来ると 『お兄ちゃん、一緒にお風呂に入っていい?』という声がした。 『無理』と答えたのに、それでもなお『ねぇ、お兄ちゃん一緒に入ろうよ。入るよ?』と言ってドアを開けようとしたので『無理だから』と言ってドアを開けられないように押さえつけた。 『開けてよ』という声が何度も発せられた。だが、数分間経つと 『もういいや』と言って居間の方へ戻ってしまった。【ちなみに、家には妹も弟もいない】」

「いやー!」

 耐え切れないといった風に、有素と中の良い派手な化粧を施した少女が叫んだ。蝋燭の火がまた一つ消えた。

「一年ほど前、俺は久しぶりに祖母の家に遊びに行った。その日の夕方、祖母が買い物に行くということで俺は一人留守番をしていた。特にすることもないのでうつらうつらしていると、突然凄い音が聞こえ、俺は飛び起きた。その音はどうも何者かが凄い勢いでドアを叩いている音らしい。祖母が帰ってきたのかと思ったが、祖母なら鍵を持っているはずだ。俺は恐る恐るドアの所まで行き、ドアスコープを覗いてみた。そこには全身黒尽くめの男が二人立っていた。しかも一人はドアスコープに顔を近づけこちらを凝視している。しかも、異常なまでに血走った目で、本当に目が真っ赤なのだ。【白目の部分がほとんどないというくらいに】。俺はすぐに目をそらすと、なるべく音をたてないようにその場から立ち去ったが、ドアを叩く音は続いている。俺は音をたてないようじっとしていた。しばらくして音が止んだ、と思ったら1分もしないうちに祖母が帰ってきた。祖母に聞いてもドアの前にそんな男はいなかったという。音が止んだ時間から考えると、男がそこから立ち去ったとしても祖母は彼等を目撃しているはずだ。あんな黒尽くめの怪しい二人組、嫌でも目につく。しかし祖母は見てないと言う。その後、祖母にも特に変わったことはなく元気で暮らしているのだが、彼等はいったい何者だったのだろうか?」

「すっきり終わらせてくれよ……」

 茶髪の少年が呻いた。蝋燭の火が、また一つ消えた。

「私はエレベーターの管理、修理をしている。ある日、病院のエレベーターが故障して止まってしまった、と連絡を受けた。 すぐに車を飛ばしたが、到着した時には2時間がたっていた。現場へむかうと、人だかりがしている。中には看護婦が閉じ込められているらしい。『大丈夫ですかっ!』私が呼びかけると、怯えた女性の声が返ってきた。『出してください。はやくここから出して!』がんがん扉を叩く音がする。『待ってください。今すぐに助けます』。道具を並べ、作業に取り掛かる。と同時に中の看護婦に向かって『扉から離れていてください!』と叫ぶ。 『はやくはやくはやく!』。【がんがんがんがんがん!!】『扉から離れて!』。私はもう一度叫んだ。【がんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがん!!!】 。扉は狂ったように内側から叩かれている。ちょっと尋常ではない。パニックになっているのだろうか……。周りの人も不安げに顔を見合わせている。見かねて院長が扉に近寄って、怒鳴った。 『扉から離れなさい!危険だから!』 。すると、中から『離れてます!!』。女の悲鳴のような声が聞こえた。 『暗くてわからないけど……、ここ、なにかいるみたいなんです! 早く助けてっ!』。私も、周りの人もぞっとしました。だって、じゃあ、今目の前で扉を殴打しているのはなんなんですか? つとめて考えないようにして、大急ぎで作業にかかった。扉を開けたとき、看護婦は壁の隅に縮こまり、しゃがみ込んで泣いていた。彼女曰く、電気が消えた後、何者かが寄り添って立っている気配がしたという。気配は徐々に増え、彼が来る頃には【エレベーターの中は、そいつらで一杯だったそうだ】」

 「無理、絶対無理だから!」

 薄く髪を染めた、鋭い目つきの少女が叫んだ。また一つ、蝋燭の火が消えた。
 次々に蝋燭の火が消えていく。怪談、というには方向性がおかしい物もちらほらあったが(というか、大いに疑問が残る点があるが)、みんな良い感じに恐怖していた。それもその筈。

 (あー、はいはい。次はこのタイミングね)

「それじゃあ、終わります。……って、いやー! 何で勝手に火が消えるのよーっ!」

 小道具のみならず、僕等は能力まで使ってこの場を盛り上げていたのである。ちなみに今、火が消えたのは僕の操作した風が原因だ。発案者は勿論、嬰児である。
 超能力の利用方法としては非常に間違っている気もするのだが、まあ、みんな薄々は仕掛けに気づきながらも楽しんでいるのだ。問題ないだろう。
 僕はそう結論付けると再び風を操作して、生暖かい風でみんなの首筋を撫ぜる。自分の能力の新たな可能性を見つけたような、そんな気がした。

「昔、実家でね、悪霊を追い払うと言われたお香をたいたのよ。そしたら【おすぎが「臭い!臭いぃぃぃぃ!」と叫びながら家を飛び出ていった】のよ」

「「ぎゃーーっ! 【……って、おいっ!!!】」」

 突っ込みの声が重なる。とても愉快だ。
 お化け屋敷でバイトをするのも、悪くは無いかもしれない。



[17584] 七月十九日【レベルアッパー編】
Name: 霜月ゆう。◆b6f4c63e ID:06be8895
Date: 2010/12/14 12:49
 それがある意味、僕の物語の始まりだったのかもしれない。

「レベルアッパー、だって!?」

 八時過ぎのスタディーズ隠れ家にて、いつものようにPCで何やらやらかしている様子の嬰児が呟いた言葉に、僕は思わず反応してしまう。

「おっ、おお? どういうモンかも分からないけど、何か使うだけで能力の上がる代物だってよ。まあ、ネット上の都市伝説ってトコだろうけど、結構な数の出品がオークションにも出てるみたいだぜ」

「そんなものが本当にあるなら、誰も苦労しないよ。真面目に地道にコツコツと。それが僕の信条だ。……僕は絶対、使わないからね」

「んー、おー? 分かってるぜ?」

 過剰反応とも思える僕の態度に嬰児は一瞬疑問を浮かべたようだったが、そこには触れずに再びPCをいじりだす。僕は内心触れられないことに、感謝と安堵を抱いた。
 レベルアッパー。研究者「木山春生」が作り出した、共感覚醒を利用する相互演算補助による能力向上プログラム。
 前世から引き継いだ所謂「原作知識」には、もう忘れてしまった事も多いけれど、それでもこの事に対してははっきりと覚えていた。
 その正体は、木山春生の為に実験シュミレート用の演算能力を与え、木山春生以外の使用者を昏睡状態に陥れる悪魔のプログラムだとはいえ、それがもたらす「レベル向上」という効果は喉から手が出るほどに魅力的なものだ。実際、この学園都市に来てから僕は、幾度となくそのプログラムが生まれる事を、入手する事を夢に見た。
 だが、だからといって僕の積み重ねてきた努力が、プライドがそんな近道を許しはしない。

「……せーちゃん、大丈夫?」

 無意識に強張っていたのだろう僕の手に自分の掌をそっと乗せて、有素が覗き込んでくる。ああ、と一言呟いて、僕は手を止めていた資料に再び目を通す。
 有素にはばれているだろうけど、それでも今は顔を見られたくなかった。多分、今の僕は醜い顔をしているだろうから。
 僕は全く頭に入らない資料を読んでいる振りをする。有素の心配そうな視線を拒絶するように。

 僕は覚えていた。現在ネット上で真偽さえ不明な扱いを受けるレベルアッパー。その正体を。そして何より、そのダウンロード先を。
 MP3変換された音楽ファイルであるそれが、マイナーな「とある音楽配信サイト」の隠しURLにあることを。
 
(我ながら、呆れるな。使わないとか信条だとか、よく言えたもんだよ)

 心が暗いものに囚われていく。そう僕は探してた。待ち望んで、想像で終わらすのではなく、それを手に入れる為の積極的行動を起こしていた。
 だから、特別音楽に興味があるわけでもない僕はそのサイトを見つけて。
 そして今、それは此処にあるのだ。

(レベルアッパー、か)

 鞄の中に入った音楽再生機器。その中に入っているのは、紛れもなくレベルアッパーだった。
 まだ使ってはいない。一線は超えていない。でもそれはこうして内心ですら「まだ」と無意識に付けてしまう様なもので。
 僕はそれを手放す事も出来ず、使うことも出来ず、こうして何事もないように日々を過ごしている。

「……せーちゃん、明日遊びに行こう!」

 全く読んでいなかった資料が手から滑り落ちた。それを引き起こしたのは、必死の眼差しで此方を見つめる有素の腕だ。

「どうしたんだ、急に?」

「いやー、最近お洋服買ってなかったし、出来ればせーちゃんに服選んでほしいかなって! ほら、服見るのが嫌なら映画でも水族館でもいいし! そうだ、せーちゃんの好きそうなカフェ見つけたんだよ、教えてあげる! 絶対気に入るから行こうよっ、ねっ!?」

 有素はそう言いながら引きつったような笑顔で僕を引っ張る。「そうと決まったら今日はさっさと帰っておやすみだー!」などと叫びながら、有素に引かれて僕は強制的に帰路につく。
 正直少し面倒くさいので、だらだらと断りながら僕たちは夜を歩いた。

「……レベルアッパー、ちょっと調べてみるカ」

 僕らがいなくなった隠れ家にて、嬰児が呟く。嬰児以外の僕らの騒ぎを眺めていた何人かも、何か思う所があったようだ。それぞれ何かしらの意思をその目に湛えていた。
 後から思う。その時の僕は、本当に余裕がなかったのだろう。
 彼らの思いも、有素の思いも、普段なら気がつくようなそれらに全く気がつけなかったのだから。
 その日、家に帰りいつも通りの行動、明日の支度をして眠りに入った。

 授業が全て終わり帰り支度をしていると、携帯に着信が入り僕は電話に出る。有素だった。

『せーちゃん授業終わったー?』

『終わったけど、どうしたんだ一体?』

『えー、昨日言ったじゃない。【遊びに行こう】って』

『……言われたけど、了承した覚えはないんだけどなぁ』

『あはは、女の子が理不尽なのはもう世界的ルールだと思ったほうがいいかもっ。という訳で校門前で待ってるからねー』

「あっ、おい待ってって!?」

 時既に遅し、携帯は切れていた。僕は溜め息を一つ吐いて足早に下駄箱へと向かう。上履きから靴に履き替えると校門へ向かった。
 途中普段と違い落ち着きがない様子の僕が気になったのだろう。何人かの視線を感じたが、それは無視した。

「おーい、せーちゃん!」

「何をやってるんだよ……」

 宣言通り校門前に立っていた有素はといえば、明るい態度で此方に手を振ってきた。それに僕はまた一つ溜め息を吐く。そして咎めた。

「授業、サボっただろう?」

「ギクッ!?」

「擬音を声に出すんじゃないって。全くもう」

 そう、僕も有素も中学生。だが学校は違うのだ。それなのに有素ときたら、授業時間は同じの筈なのに他校の下校時間ちょうどに校門前にいて、しかも服装は征服ではなく私服だ。
 確かに何時もながら有素はセンスがいいようで、化粧が少し濃い事を除けば少し短めのスカートも軽いパンクスタイルのジャケットも似合っていて可愛い。だが、それとこれとは話が別である。

「授業はちゃんと受けなって、いつも言っているだろう? 今日はもうしょうがないけど、次からはこういうの禁止だからね」

「あははー、ごめんね。せ-ちゃん」

 頭を掻きながら困ったように笑う有素は、それでも僕の手を掴むと走り出した。明るい方へと連れ出すように。

 ――そしてその頃、とある学生寮の一室では。

「しっかし何なのかねェ、この騒ぎは。レベルアッパーが魅力的なオモチャなのは分かるけど、こいつは明らかに誰かが裏で手をひいてるぜ? んなことにも気づかず実名晒して、ネットの海を裸で泳ぐようなマネしてるアホウの多いこと多いこと。……なんていうか、哀れでムカつく」

 机に置かれたPC前にて嬰児が一人、幾らかの不快を顔に滲ませながら呟いていた。
 レベルアッパー。能力者のレベルを引き上げてくれる、魔法のアイテム。ある日突然出現し、近頃はネットオークションで高値で取引されているそれ。
 嬰児は自分でいうのも何だが、複雑な家庭環境で育ってきた。そして、それゆえに嬰児の心は繊細で、物事の流れや癖を掴むのが異常に上手い子供となっていた。
今、その性質には磨きがかかり、様々な面で嬰児を助ける力となっている。だからこそ分かった。
 それは自分の魅力を静かに振りまきながら獲物を捕まえる、誘蛾灯のような存在だ、と。
 ピピピと、電子音が鳴る。新着メールの存在をアイコンが知らせた。
嬰児はマウスを動かし中身を見てみる。それはスタディーズの仲間から送られた物だった。

「コーキと、ユータからか。なになに『頼まれてたリストの作成完了。後は任した。』と。はいはいご苦労さま」

 嬰児の脳裏に二人の少年の姿が浮かぶ。自分より上背があって鋭い目つきのコーキと、如何にも平凡で大人しそうなユータ。
 同じくスタディーズの仲間である二人は、嬰児程ではないがPC関係に詳しい。だから昨日の夜、レベルアッパーの話を聞いて妙な反応をした静治が気になった彼らは、効率を上げる為に協力して情報収集に当たっていたのだ。

「我らがリーダーは、自覚薄いからねぇ」

 そう、現スタディーズのリーダー、『風臣静治』。彼は自分が与える影響力というものを知らなすぎる。
 確かに静治は、能力者としてはレベル2の後半。元がレベル0だという事を考えれば、その努力は察する事ができるが、決して才能豊かとはいえない存在だ。
 所詮、風臣静治という存在は有象無象であり、誇れるものは多少優秀な学業面での成績くらい。しかもそれも、研究者を目指せるレベルではないのだから、学園都市にとっては彼の変わりは幾らでもいるのだろう、と嬰児は思う。
 でも、違うのだ。その努力するさまは、足掻こうとする思いは、諦めかけた、諦めた者たちの心を揺すぶるのだ。
 『お前は負けたままでいいのか。僕は嫌だ。いつか絶対勝ってやる』。彼の足掻く姿は、そんな彼の心の声が聞こえるかのように一見静かに見えて、とても激しい。
 だからスタディーズには人が集まった。前のメンバーが大人になり、新たな生活の為にグループを抜けて、下手をすればそのまま消え去りそうだったこのグループが『スタディーズ』に新生したのは、彼の誇りに、挑戦者としての姿に共感した者が多くいたからなのだ。
 嬰児の頭に、むっつりした顔でユータに抱きつき、うっとおしいと殴られるコーキの姿が浮かぶ。二人の漫才(本人たちに自覚があるか、は知らない)はスタディーズ内ではもう恒例の物だが、性格の全く違うように見える二人がいつも一緒にいるのを嬰児は不思議に感じていた。
 だが、送られてきたリストを見てその組み立て方の要所要所に似たような癖があるのを見て、本質的には似たところがあるのだろうと、改めて納得する。
 この二人がスタディーズに入ったのも、静治がいたからだ。彼は勧誘なんかしない。スタディーズは強制なんてしない。ただ、スタディーズにはお手本がいる。
 こうなりたい、と思う奴がいる。手を伸ばせば、届くかもしれない。努力すれば叶うかもしれない。そんな風に思わせてくれる、良い意味で身近で、憧れる事のできる存在がいる。それがスタディーズにとっての風臣静治なのである。

「だからこそ、あいつには格好良くいて欲しいんだ。あんな顔しててホシクねぇんだよ」

 嬰児にとっての風臣静治は、友達兼面倒見の良い近所のお兄さんといった所だ。
年齢は同じでも、嬰児は自分と静治が対等だとは思っていなかったし、静治もまた自覚の有無はともかくとして、そうは思ってないだろう。スタディーズの中で静治は、リーダーだという事実を抜きにしても保護者に近い立場にいるのだから。
 だからこそ、嬰児は静治に常に格好良い存在であって欲しいと思う。それが例え理想の押し付けに近くても。

「あいつの顔を曇らすもんは、『俺たち』が存在を許さない。レベルアッパー。お前が何なのかゼッテェ見極めてやるからな」

 嬰児はそう言うと、意識をPCに集中させた。
 送られてきたリストは二つ。ユータが作った一つ目のリストの中身は、ネット上に実名を出していたレベルアッパー経験者の名前と、わかる限りのその人物の詳細だ。人名から所属しているSNSでも分かれば、あとはこちらの物。学校住所、趣味嗜好、友人関係まで全て暴くことができる。場合によっては日記からこれまでの行動が分かるのだから、その情報量は凄まじい。
 そしてもう一つは、コーキに頼んだオークション上でレベルアッパーを所有していると見られる人物の名簿(ID一覧)と、その詳細だ。
 オークションで本物が手に入るのならば、嬰児は購入してもいいと思っていた。だがオークションの様子から、バッタモンが溢れ返っている現状では詐欺にあう確立が高いし、そもそも値段が高すぎると判断し、既に購入での入手は諦めている。
ならばなぜリストを作ったかというと、それは『極僅かにいるかもしれない本物』を持っている人物を見極めるためだ。
 それが分かればその人物に絞って情報を収集し、入手元を発見することができるかもしれない、というのがその理由だ。ただ、ここから情報を割り出す場合は、注意すべき点があった。それは、オークションに何らかの組織が介入している場合だ。組織ぐるみで情報を改ざんしておいて、真相に近づいた所でぱくりと喰われたら堪らない。実際リストの最初には、『「受け渡し場所で恐喝に会いました」などという書き込みがあった。注意しろ』とコーキから注意がついていた。用心が必要だ。

 嬰児は集中する。二人が大まかな整理をしてくれた情報から、真実を探していく。正規の手段で分からない点は、バンク(学園都市のネット上における情報管理センターのようなもの)に進入し、こっそりクラッキング活動をして必要な情報を入手する。大雑把な情報を整理しカテゴライズする。カテゴライズされた情報から更に情報を整理し、共通点を探していく。延々と作業を繰り返し、時には一旦分類した情報を別のカテゴリに分けて、もう一度一からやり直す。
そして、嬰児は遂に気づいた。

「こいつら全員、レベルアッパーを入手する前に同じ音楽サイトを使ってる」

それは、マイナーな音楽サイトだった。分類としては違法スレスレなのだが、潰す旨みが多いわけではないので見逃されている、そんなフリーダウンロードのサイト。
そこに嬰児は辿り着く。そして。

「まっさか音声ファイルだとは思わねぇよなぁ。――これが、レベルアッパーか」

作業開始から一日と経たずして、嬰児はレベルアッパーを入手する。それが災厄の種だとも知らずに。



[17584] 七月二十一日【レベルアッパー編】
Name: 霜月ゆう。◆b6f4c63e ID:7c859dd2
Date: 2010/12/18 12:31
 七月二十一日。夏休み翌日。地上を熱く照らす太陽の下を僕たちは歩いていた。そう、今日も僕は有素に連れられて外へと出かけている。昨日は結局、水族館に一日入り浸る羽目となったのだが、夏休みはまだ始まったばかり。有素としては無駄に過ごす気はないようだ。
 僕としてはまず、夏休みの宿題を片付けてから遊びたかったのだが、何時になく強引な有素に誘われたのだから仕方がない。今日来ている場所は第15学区だった。
 ここは学園都市最大の繁華街があり、マスコミ関係の施設も多数ある学区である。東京で言うならお台場あたりがイメージに近いかもしれない。個人的に言わせれば、食事も娯楽施設も買い物もできる、気合を入れて遊ぶ為の場所だった。

「ねぇせーちゃん。こんなのはどうかな?」

 露天商が多い通りにて、一軒の露天にあった純銀製のピアスを耳に当てて、有素が僕に感想を求めてくる。僕は微笑みながら「似合うんじゃないかな」と言った。
 実際、よく似合ってはいた。有素は華奢で今時の顔立ちをした女の子だ。パンクファッションやカジュアルな服装がよく似合う有素には、シルバー系のアクセサリーはぴったりだった。化粧も濃いことだし。

「んー、じゃあ買っちゃおうかな。おじさーん、これくださーい!」

「はいよー、『お兄さん』了解でーす!」

 さり気なく訂正する露天のおっさ、……お兄さんを完全にスルーして、有素は代金を払いピアスを受け取ると僕の腕を引いた。

「せーちゃんいこっか。次はせーちゃんの物を買うからねー」

「えー、僕はいいよ。欲しいものないし」

「駄目だよ。せーちゃんはこういう時に買い物させないと、服は常にユニクロで済ませるし、アクセは全く買わないし、野暮ったさ全開になっちゃうんだから」

「いや、特に不便でもないし別にいいんじゃ……」

「せーちゃんが許しても私が許しません!」

「拒否権なし!?」

 ぐいぐいと僕は腕を引かれる。有素の目が肉食獣のソレとなる。獲物を求めて有素が動き出した。
 最初に訪れたのは洋服屋。シャツを数枚とズボン(言い方が既に駄目だと言われ、ショックを受ける)を一つ購入。更に「センスはともかく色合いが地味すぎる」と追撃を喰らいながらも、パーカーも買った。お財布から諭吉が何枚も飛んでしまい涙目になる。
 元々洋服用の貯金はしていたのであとで預金を下ろせば問題ない、と自分を宥めるものの、財布が一気に軽くなる感覚は僕の気持ちを下降させた。
 しかし、これで買い物が終わったのかと思えば、そうは問屋がおろさないようだ。

「次は小物買わないとね」

 服屋の出口でのその一言で、続行が決定。僕たちは再び歩き出す。
 ファンシーショップに連れられ、危うくモコモコした尻尾をジーンズに取り付けられそうになるのを全力で拒否して、代わりに「良いアクセントになるから」と伊達眼鏡を買わされる。その次はバスで移動して、怪しげなショップ(これがオカルトめいた物から科学の結晶というべきもの、ネタだとしてか思えない物まで、売ってるものに全く統一性がないのだ)にて『某アニメキャラクターが使用している物を、現代科学の粋を尽くして作り上げた』という謳い文句の発火布(軍手のようだ)を購入。冗談にもできるし、僕の場合は能力と組み合わせれば実用性もあるので無駄買いという訳でもなかったのだが、更に諭吉が飛んでいった。

「いやー、楽しかったねぇせーちゃん」

「……ああ、楽しかった、ね」

 数時間後。僕らはカップルや家族連れのにぎあう公園で休憩を取っていた。この公園には移動販売のクレープ屋が来ていた為、僕らはクレープとジュースを飲みながらガラスのようなプラスチックのような不思議な感触の簡易テーブルに座っていた。
 公園の時計は、そろそろ午後3時を示しそうとしている。満足そうな有素とは対照的に、僕は慣れない買い物に疲れ果てていた。クレープを齧りながら思う。今日の有素は少し変だった。いつもよりもわがまま、というか、押しが強い。強引だった。
 だけど、楽しそうにしているのだから、たまにはこんな日があってもいいかと思い直し、先ほど買ったジュースを飲んだ。

「今日はどうする? このまま隠れ家にいく?」

「うーん。……今日は疲れたから、ちょっと早いけど、もう家に帰ることにするよ」

「そっかぁ、了解。じゃあ夕飯はせーちゃんちで食べていい? お手伝いするからっ、ね?」

「しょうがないなぁ。じゃあ、この後はスーパーで食材を買って帰ろうか。何が食べたい?」

 料理の腕は僕のほうが上だ(有素はその件について、あまり納得がいっていないようだが)。だから必然的に僕が料理をする回数は多くなる。
 僕の問いに有素は「あれも食べたいなぁ、これも食べたいなぁ」と悩み始める。有素は見かけに反してよく食べるのだ。
 その時だった。僕の視界に以前隠れ家のパーティで出会った、サテン系の白い花の髪飾りをした女の子が移った。何だか意気消沈としている彼女は、そのままだったら僕には気づかないで公園を通り過ぎていたのだろう。だがしかし。

「よし、決めた! 今日は野菜炒めが食べたいよせーちゃん!!!」

 公園にちょうどよく静寂が訪れた瞬間に、有素の食いしん坊のような発言(割かし大声だった)が響いたことで、彼女の視線がこちらに送られる。

「……えっと、どうも」

「……どもです」

 ほぼ初対面だとはいえ、お互いの視線があったなら無視するのもおかしい。お互いにそう思ったのだろう。僕と髪飾りの女の子は、戸惑いながらも挨拶を交わした。
 その横では有素が微妙に眉にしわを寄せて、僕らを交互に見つめていたが。

「……折角だから、座ってもらったら」

 微妙にご機嫌斜めのような有素が、合席を勧める。
 三人が三人とも口ごもる微妙な雰囲気の中、結局その場の流れというもので、髪飾りの女の子は僕たちのテーブルに同席することになった。

「えっと、なんかお邪魔してすみません」

「いやいや、気にしないでよ。もう買い物も終わったところだったから、ね?」

「うん、せーちゃんとのデートタイムも終了間際だったから、気にしないで良いよ」

 有素の言葉に若干の毒が混ざっているような気もしたが、手探りながらも僕らは徐々に会話を進めていく。

「へー、佐天さんは柵川中学なんだー。あそこの制服ってシンプルだけど結構好きだなー」

「えー、そうですかー? うーん、正直私も嫌いじゃないですけど、冬服が寒くて嫌なんですよね。ダッフルとか似合うの中々ないし」

「あー、そっかぁ。そこら辺はブレザーの方が似合うの多いかもね。でもセーラー系はマフラー一枚でも可愛くない? ミニスカにしなくてもいい感じになるし」

「確かに、うちはスカート長い子多いですねー。私の親友もロングですし。でもマフラー1枚はデザインよくてもやっぱり寒いですっ」

「あはは、私はこの前のセールでもう、新しい学校用のコート買っちゃったもん。すっごい可愛いんだよ! 羨ましいでしょ?」

「えー、いいなぁ。私はマフラーとかは買ったんですけど、丁度良いのが無かったから、コート系は買ってないんですよ。どんなのですか?」

「えーとねぇ。こんなのだよー」

「あっ、写メあるんだ。きゃー、可愛い! どこで買ったんですか?」

「セブンスミストだよー」

「……僕は、クレープもう一枚買ってくるよ」

 先ほどまでの空気はなんのその。女の子の適応能力とは凄まじい物だ。きゃぴきゃぴと笑いあう二人の会話に付いていけなくなった僕は、追加のクレープを買いに席を立つ。目線だけ向けられて『いってらっしゃい』と念話がひとつ。少し寂しい。
 それにしても驚いた。彼女があの「佐天涙子」だとは。

「世界は狭いなぁ。いや、寧ろ自分が進んでその世界(学園都市)に来たんだから、会うのは必然か」

 クレープが出来上がるのを待ちながら、一人呟く。
 パーティで会った時に気づけという話だが、彼女は当然ながら人間で、二次元で表現されている訳ではない。当たり前だが正真正銘の佐天涙子なのである。ならば、外見的特長でこの子を佐天涙子と判断できなかったのも、致し方ないだろう。彼女を彼女だと判断できる特徴などありふれている。可愛い子ではあるが、髪型も髪飾りも平凡なのだから。
 しかし、これで僕が見たことだある原作の人物は五人となった。初春カザリに上条当麻、青髪ピアスに土御門モトハル。そして佐天涙子だ(正直名前はうろ覚えだ)。
 初春カザリに関しては町で偶々見かけただけだが、頭に花冠を乗せている女の子なんてそうはいないだろうから、たぶん彼女で間違いないだろう。上条当麻たちは、その行動ゆえのトラブルと言動、髪の色で判断した。が、バランスを崩し階段から落ちた女性を体を張って助けたは良いものの、その女性の豊かな胸の谷間に顔を埋めることとなりストロベリーな空気を作り出していた男子学生と、その光景に憤る青髪にピアスと金髪のグラサン男。……間違いないだろう。
 特に上条たちは行動が派手なせいか、居住区が一緒の所為か、話しかけたことは一度もないが、町を歩いていると割とよく見かける。

「けどまぁ、知り合ったからってどうってこともないんだけどね」

 静治は再び呟く。もう少しでクレープはできそうだ。
 初めて上条たちを見かけた時は、町で俳優を見かけたような気分になったものだが、それも続けば日常に埋没する。彼らの未来には興味が涌くが、少なくとも自分たちには関係がない話だろう。
 暗部は怖い。学園都市は怖い。魔術の存在も怖い。戦争なんて真っ平ごめんだ。だけど静治は大した力はもってないし、自分たちが関わる必要性も、メリットも見出せない。だったら、自分たちは自分たちの人生を歩めばいいのだ。
 この前見た上条当麻は恐らく高校生だった。レベルアッパーの噂もあることだし、恐らくもうすぐ魔術サイドは動き出す。原作の流れが始まるだろう。だけどそれにより辛い思いをするのも、記憶を失うのも彼らが決めるだろう出来事だ。
 静治が彼らと関わらないのは、彼らを漫画のキャラクターだと思っているからじゃない。彼らがキャラクターなのだとしたら、同じ世界にいる自分だって立派なキャラクターだと思う。ただ静治は自分の物語を一生懸命に過ごしていくことを決めている。人の人生に構っている余裕はないのだ。
 僕らにはこの町が必要で、僕はこの町で生きている。治安の悪い場所が多数存在し、普通に生活してても因縁をつけられる事もある。でも大抵の場合は路地裏にでも入らない限り一般人は平穏だし、事件に巻き込まれていても大人しくしていればアンチスキルがなんとかしてくれる。そう。「人とは違う現実」を見ている僕らであっても、所詮は学生、子供なのだから。

「はい、どうぞ」

「ありがとう」

 クレープが完成した。ジュースも一つ購入して、店員からお盆ごと受け取ると、テーブルへと戻る。

「はい、お待たせ」

「ええっ!? 貰っちゃってもいいんですか?」

 買ってきたクレープを佐天さんに渡す。彼女は恐縮した表情で「ありがとうございます」と言った。

「あっ、いいなぁ。せーちゃん、わたしにはないのー?」

「さっき食べたでしょ。太るよ」

「……せーちゃん、それ禁句」

 頬を膨らませた有素に軽く謝罪して、僕らは学生らしく会話を進めていった。学校のこと。友達のこと。進路のこと。将来のこと。そして、現在の悩み。
 そして、彼女が先ほどまで落ち込んでいた理由が分かる。

「――それで、私レベルアッパーを持ってること、言いづらくなっちゃって」

「レベルアッパーかぁ。本当にあったんだね」

「そうなんです。けど、危ないっていうし、ズルみたいだし、私どうしたらいいのか、分かんなくなっちゃって」

「んー、ズルか、違うかで言えばズルかもしれないけど、私は正直どうでもいいかなぁ。能力を上げることよりも、成績が上がったほうが(せーちゃんに褒められるし)嬉しいから」

「……そう、かもしれないですね。能力よりも大事な物って、ありますもん、ね」

 有素の言葉にそう返事をする佐天さん。けどその表情は、言葉にすることで自分に言い聞かせているように見えて。

「――そろそろタイムセール始まるし、帰ろうか。佐天さんも一緒に食べてけばいいよ」

 今まで無言でいた僕は、半ば強引に会話を切り上げさせると、席から立ち上がり佐天さんを夕飯へと誘う。『大丈夫?』という有素の念話に『大丈夫だよ』と返す。こうして、僕らは岐路へとついた。
 タイムセールに行くつもりはなかったのだが、折角なので本当に間にあわせようと、近道をする為に少し寂れた場所を僕らは歩く。
 有素と話しながら隣を歩く、佐天さん。僕にはその気持ちがよく分かっていた。
努力をしても叶わないのは、とても苦しい。才能のある人が楽々と自分のいる場所を越えていくのを見るのは、酷く妬ましい。欲しい言葉は「もっと努力しろ」だなんて正論じゃない。自分だって、自分なりに努力してきたのだ。その事実を見ないで「頑張れ」だなんて、言って欲しくない。自分だって報われていいじゃないか!
そんな思いなら、きっと彼女に共感できる。僕だって今現在、鞄の中にレベルアッパーを忍ばせている。
 けど、これを使うか使わないかで、きっと僕の未来は決まる。何もデメリットがなくても、使ったという事実はきっと一生僕を蝕むのだ。だから使えない。使わない。使うもんか。
 そんな僕の思考を他所に、有素と佐天さんは隣で今日の夕飯の話をしている。平和な時間だった。

「せーちゃんは男の子なのに、私より料理上手なんだよー。今日は野菜炒めを作ってもらうんだー」

「へぇー、楽しみですねー! 私も人並みには出来ますよー」

「私だってできるもーん。せーちゃん程じゃないけどね。じゃあ、得意料理はなに? 私は肉じゃが! 大切な料理だから、最初に覚えたんだー」

「……あー、そういうことですか。私はですねー。やっぱり煮付けが得意かな。前に帰省した時に、お母さんに教わったんです」

「お母さんにかぁ。いいなぁ。じゃあ――」

 ダンッと、何かを叩きつけるような音が聞こえた。
 続いて、「ジャッジメントですの」という少女の声がうっすらと聞こえる。

「――この声は、……白井さんっ!?」

「えっ、どうしたの佐天さんっ!」

 続けて質問しようとした有素の声を遮って、突然佐天さんが走り出した。その尋常じゃない様子に僕らも慌てて追走する。

「はぁ、はぁ、どうしたっていうの佐天さん!?」

「声が、友達の声がしたんです!」

「……音が大きくなってくる。近いよ」

 佐天さんを先頭に、走り始めて1分と立たずして僕らは目的地に到着した。

「白井さんっ!」

「……えっ!?」

 衝撃音と、苦悶の声が聞こえた。そこで僕らが見たのは、汚く染められた柄の悪い男にちょうど蹴られた瞬間の、白井黒子の姿だった。

「――きゃぁぁぁぁぁ!!!」

 窓ガラスの割れる音がした。佐天さんの悲鳴が響く。
 当然だろう。友人が蹴り飛ばされ、ガラスを突き破り廃ビルの中へと叩きつけられたのだから。

「良い音したなぁ。アバラの一本くらいイッチまったんじゃねぇかぁ?……って、なんだテメェラ」

 男の視線が僕らのほうに向いた。僕は有素に目で合図をすると動いてもらう。『まかせて』と念話が一つ。
 あちらは有素に頼んで、僕は時間を稼ぐことにしよう。

「何って言われても。まぁ彼女の友人と、その候補って所かな。ところで質問なんだけどさ」

「てめぇ、舐めてんの――」

「――女の子に蹴りを入れるとか、一体どういう神経してるのかな」

 白井黒子。彼女のことは、正直よく知らない。少なくとも、人間としての彼女は全く知らない。
 けれど、目の前で追撃のため廃ビルへと入ろうとしているこの男が「腐っている」という事実だけは知ることができた。

「ふざけやがっ――」

「――ふざけてるのはあんただよ。糞野郎」

 男の台詞をもう一度遮った。僕は鞄から発火布を取り出し、装着する。既に握っていたスプレーからは、酸素が噴出され、僕の能力によって男との間には酸素の導火線が出来ている。
 先ほどまでくだらない事をごちゃごちゃと考えていた僕だけど、今は意識を切り替える。僕はそれを確認すると、その臭そうな口から男の言葉が続く前に親指と中指を重ね、弾いた。
 瞬間、指先から散った火花が酸素に燃え移り、風の道を通って火炎放射器のように男へと向かっていく。

「うおぉぉぉっ!? っ、ちっくしょう。何だテメェ、発火能力者か!!!」

「想像にお任せするよ。……って、いい年してぎゃあぎゃあ騒ぐなうっとおしい。身体から離れた所しか燃やしてないよ」

 言葉通り、僕は酸素の道を、男に触れないように作っていた。男が騒ぐのを止めてこちらを睨みつける。
 殆ど怪我はなく、露出していた腕や顔の一部が少々赤らめいている程度だ。

『ただいま、せーちゃん』

 その隙に、ビルの中に入った有素が、白井さんに肩を貸しながら僕らの下に戻ってくる。佐天さんは無事とは言いがたい白井さんの姿に、泣きながら迫ろうとするが、止めていく。
 あの蹴りは相当重かった。男が言っていた通り、たぶんアバラの一本や二本じゃ折れている筈だ。抱きつかれたら辛いだろう。

「助けて頂いて、ありがとうございますわ。ですが、一般人は下がっていて欲しいですの。これは、私の、ジャッジメントの戦いですわ」

「いえいえ。そうしたいけど、理由が出来ちゃったんですよ」

 結構な怪我をしながらも、威勢よくこちらを睨みつける白井さんに苦笑しながら僕は答える。
 案の定、彼女は僕に怪訝な視線を向けた。

「なんですって?」

「佐天さん、聞いて。あのパーティの時に言ったよね。僕の努力はレベル0から始まったんだって。それで5年以上掛かったけど、ようやくレベル2になったんだって」

「そっ、それは聞きましたけどっ」

 佐天さんが白井さんから僕に視線を向けて応えた。そのことに満足して、僕は言葉を続ける。
 分かったことがあるのだ。レベルアッパーを使ったこの醜悪な男を見て、分かったことが。だから、僕は彼女にも奮起して欲しいと思う。偽善でも、格好悪くてもいい、ただ。

「見せてあげる。努力の結果を。才能がないレベル0でも、少なくともここまでは来れるんだって教えてあげる。……一緒に頑張ろうだなんて言わないよ。だけど」

 結局のところ努力の基準を決めるのも、続けることを選ぶのも、自分自身なのだからそんなことは言わない。
 それに能力者同士の喧嘩は危険で、そもそもこの戦いは白井さんの物で、レベル2の僕がでしゃばる必要だってない。だけど。

「けど、レベルアッパーだなんて玩具に頼った男より、僕の方が強いって事を証明してあげるよっ!」

 ――男には、負けられない喧嘩があるのだ。

「舐めんじゃねよ、クソ餓鬼がっ」

 男がナイフを掲げながら、此方に向かって突き進む。例え超能力を持っていたって、僕らはナイフであっさり死んでしまう。だからその凶刃を喰らう訳にはいかない。
 僕は重心を低くして、スライディングの要領でその脇を潜り抜けようとする。そして。

「右に飛んで下さいなっ!!!」

 白井さんの言葉が響き、僕は無理やり筋肉を動かすと足を挫きそうになりながら右に転がった。
 瞬間、風切り音が耳の横で鳴った。数秒送れてそれがナイフの鳴らす音だと気づく。危なかった。間一髪だ。
 無理な動きをした為に痛む間接を無視して、転がった状態から立ち上がり、そこでようやく思い出す。

「……トリックアート(偏光能力)か」

「ごめーとう。惜しかったなぁ。あと数センチで馬鹿な正義漢の耳はズタズタだったのによぅ」

「もう、止めてください! 危ないじゃないですかっ、怪我したらどうするんですか! ……どうせ、私たちには無理なんですよ。才能がなきゃ、何しても無駄なんです。だから」

 佐天さんの悲鳴が響いた。情けない、格好いいことを言ってこの様じゃ、不安にもなるだろう。
 だけど、僕は決めたのだ。一方的だが佐天さんに約束をした。だから僕は、自分の中にもある彼女の弱さを否定する。

「――だから、諦めろっていうの?」

 僕はホルダーから取り出した香辛料の小瓶を振りかぶると、能力で生み出した風に乗せ全力で叩きつけた。

「ぐぁぁぁぁっ、なんだこれっ、いてぇ、イテェっっっ」

 勢いよく指向性を持った香辛料は、狙い通り目や鼻に入ったのだろう。
 男が悶えるその隙に、距離を取って男の脇をすり抜ける。続いて空になった小瓶からスプレーに持ち替えると、小さな気体の道を相手の右足に繋げ、繋がった所から足の周りの気体量を肥大させる。
 大怪我をさせると不味いので、狙いを更に下降。靴に定め、再び指と指を重ね鳴らす。
 パチンという音とともに、男の靴が燃えあがった。

「うわぁぁぁぁぁっっっ、アツッ、熱いっ、止めろ、助けてくれぇぇぇ」

「僕は絶対やだよ」

 呟きながら、佐天さんを睨みつける。香辛料は、ちょっと卑怯な手段だったかもしれない。でも、これも能力を使用したんだからいいだろう。
 僕は更に能力を行使し、男にまとわり付く足元の火からナイフを握る右手へと酸素濃度の高い空気の道を作る。男が更なる悲鳴を上げながら、ナイフを取り落とした。
 それを確認すると僕は、二酸化炭素入りのスプレー缶を取り出し道を繋げ、火が飛んで燃えたのだろう左足と初めに燃やした右足を消火。更に右手も消火する。火が消えた男は、呆然とした様子でへたり込んだ。
 既にオーバーキルかもしれないが、僕はそれを確認すると勢いをつけて膝を叩きつける。

「白井さんのカタキ、なんて柄じゃないけど。――お前は1発喰らっておけ!」

 男の顔に吸い込まれるように膝が入り、崩れるように倒れこんだ。
 有素たちが安堵からか溜息をはく。それと同時に、サイレンの音が聞こえた。

「……そろそろ、アンチスキルが来ますわね。少々やり過ぎてますから、一般人である貴方たちが手を出したとなると最悪、留置所行きですの。……ここは、私の責任にしておきます。お逃げなさいな」

 白井さんが呆れたように言った。その発言に僕らは一瞬きょとんとした表情を浮かべるが、意味に気づくとサイレンとは逆の道に慌てて走り出す。
 あっ、忘れてた。

「っきゃぁ。もうっ、いったいなんですの!?」

「それ、中身レベルアッパーです。それじゃあ後はお願いしまーす」

「って、ちょっと! やっぱり待ちなさーい!!!」

 申し訳ない気持ちもあるのだけど、白井さんの怒号を背景に僕らは走り出す。一人暮らしの学生は忙しい。それに今から夕食の支度があるのだ。みんなで食べる夕食の支度が。
 白井さんに、今度おすそ分けでもしようかな。などと考えながら見た佐天さんの横顔は、どこか吹っ切れたように見えた。


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