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【オピニオン】 臨床試験を考える 被験者保護する仕組み必要

2010年11月10日付 朝日新聞東京本社朝刊から


東京本社科学医療エディター・大牟田透


 「がんワクチン臨床試験」をめぐる記事で朝日新聞が最も伝えたかったことは、薬事法の規制を受けない臨床試験には被験者保護の観点から改善すべき点があるということです。インタビューした福島雅典さんも同じ問題意識をお持ちでした。

 掲載後、がん患者やその家族から「がんワクチンに関して不安をあおった」「ワクチン開発を妨げ、希望を奪いかねない」といったご意見をいただきました。この点について、少し詳しく説明いたします。

 記事で取り上げた臨床試験では、ワクチンを使った膵臓(すいぞう)がん患者で消化管出血が起き、輸血されました。入院期間が延び、医科研は「重篤な有害事象」として扱いましたが、医科研が提供した同種のワクチンで臨床試験をしている他の施設には情報を伝えていませんでした。

 医科研によると、患者はその後、いったん退院しました。問題の根幹ではないので記事では詳述しませんでしたが、がんワクチンの臨床試験では必ず消化管出血が起きる、あるいは、命にかかわる副作用が出ると、報じようとしたわけではありません。

 いずれにしても、消化管出血に関する医科研の情報の扱い方は疑問です。今回の臨床試験はワクチンの安全性評価が目的でした。

 たとえ膵臓がんの自然経過であろうと判断しても、ワクチンを使った患者でそうした出血の頻度が高くなっていないかを検証しなければ、安全性を正しく評価したことにはなりません。被験者保護を考えれば、同種のワクチンを使う他施設にも伝えるべきでした。

 私は実父と義父をともにがんで失いました。1人は自由診療の「療法」を試し、もう1人は国内未承認薬の臨床試験に参加しました。新薬・新治療法を渇望する患者・家族の気持ちは、痛いほど分かります。そのための研究は強力に推進してもらいたいですし、報道でも応援したいと思います。

 ただ信頼できる研究体制と適切な情報提供が前提です。承認された薬にも副作用はあります。臨床試験段階の未承認薬はリスク、効果とも未知数です。製薬会社が実施する「治験」ならば薬事法で規制を受け、今回のような消化管出血でも参加施設間で情報が共有されます。被験者の不利益になる情報は企業による治験でも、大学などによる臨床試験でも、同じように伝えられるべきです。進行中の臨床試験でも、不利益情報がきちんと被験者に届くよう厚生労働省が保証すべきです。

 自分が治験・臨床試験の対象だったら、「副作用とは断定できないが消化管出血が起き、入院期間が延びた患者がいる」という情報は、参加を考える上で一つの重要な判断材料になります。病院外で家族とともに過ごせる貴重な日々が短くなるかも知れないからです。

 「自分に効果があると大きな期待はしまい。でも、もしかしたら未来の患者を救うためのデータを提供できるかも知れない」。あるいは「リスクがあっても効果があるかも知れないなら」。患者はそんな思いとリスク情報をてんびんにかけて参加を判断するはずです。

 現在の患者の利益を損なわず、新しい薬や治療を一刻も早く実用化するにはどうしたらいいか。その知恵が問われています。今回の報道がそのための重要な一石になると信じています。

 朝日新聞はこれからも患者や研究者などの多様な意見を報じていきます。

がんワクチン臨床試験を巡る報道

 東京大学医科学研究所が開発したがんペプチドワクチンを使った2008年の臨床試験に関する記事では、「二重基準」になっている日本の臨床試験の規制について、被験者保護の観点から問題があることを指摘した。薬の製造販売承認申請のための臨床試験(治験)は薬事法で厳しく管理し、薬との因果関係が否定できない有害事象を参加施設に報告する義務を製薬会社などに課している。

 一方、東大医科研病院で行われたような研究者主導の臨床試験については、罰則規定のない行政指針で対応している。

 東大医科研は、被験者の一人に「重篤な有害事象」(消化管出血)が発生した事実を、医科研がペプチドを提供する他施設に伝えていなかった。医科研病院は、同種のペプチドを使う計9件の臨床試験で試験実施計画書を改訂(被験者選択基準の変更)して、消化管出血の恐れのある患者を被験者から外していた。

 これに対し、東大医科研はこの有害事象を他施設に報告する義務も必要性もなかったと主張している。その理由として、(1)この臨床試験は医科研病院のみの単一施設で実施した臨床試験で、厚生労働省の「臨床研究に関する倫理指針」が定める「共同で臨床研究を実施する場合の他施設への重篤な有害事象の報告義務」は負わない(2)消化管の出血はがんの進行によるものと容易に想定され、ペプチドワクチンとの因果関係も強く疑われない(3)医科研がペプチドを提供する他施設の臨床試験でも先に消化管出血例の報告があり、研究者の間ではすでに情報共有されていた、ことなどを挙げている。

 日本癌学会(野田哲生理事長)と、日本がん免疫学会(今井浩三理事長)は「記事は大きな事実誤認に基づいて情報をゆがめ、読者を誤った理解へと誘導する内容」と指摘。「ワクチン治療を受けている全国のがん患者に無用な心配をかけるとともに、より有効な治療を提供するべく懸命に努力している医療関係者、研究者、学生の意欲を大きく削(そ)ぐもの」などとする抗議声明日本癌学会日本がん免疫学会を出した。日本医学会(高久史麿会長)も両学会の声明を支持する「お知らせ」をホームページに掲載した。

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