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2010年10月16日(土)付

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東大医科研―研究者の良心が問われる

新しい薬や治療法が効くのかどうか。その有効性や安全性について人の体を使って確かめるのが臨床試験だ。研究者は試験に参加する被験者に対し、予想されるリスクを十分に説明しなけ[記事全文]

海の生態系―海女の幸を残したい

海女を世界文化遺産に。韓国・済州島に先週末、日韓の海女や研究者が集まり、こんな集会を開いた。女性が素潜りでアワビやサザエをとる。はた目には優雅で、万葉集にも登場する。日[記事全文]

東大医科研―研究者の良心が問われる

 新しい薬や治療法が効くのかどうか。その有効性や安全性について人の体を使って確かめるのが臨床試験だ。

 研究者は試験に参加する被験者に対し、予想されるリスクを十分に説明しなければいけない。被験者が自らの判断で研究や実験的な治療に参加、不参加を決められるようにするためだ。

 それが医学研究の大前提であることは、世界医師会の倫理規範「ヘルシンキ宣言」でもうたわれている。ナチス・ドイツによる人体実験の反省からまとめられたものだ。

 東京大学医科学研究所が開発したがんペプチドワクチンの臨床試験をめぐり、そうした被験者の安全や人権を脅かしかねない問題が明らかになった。

 医科研付属病院で被験者に起きた消化管出血が「重篤な有害事象」と院内で報告されたのに、医科研は同種のペプチドを提供している他の大学病院には知らせていなかったのだ。

 医科研病院では出血のリスクがある患者を除くように臨床試験の実施計画を改め、被験者の同意をとるための説明文書にもその旨を書き加えた。

 被験者の選択基準を改めるのは重要な計画変更である。だが、連絡を受けなかった他の大学病院では、被験者は自発的参加の判断材料となる情報が得られなかったことになる。

 医科研はペプチドを提供した大学病院から有害事象の情報を集めていた。医科研は「報告義務を負わない」というが、被験者の安全と人権を守る観点に立てば、医科研の側からも情報を提供すべきだった。

 細川律夫・厚生労働大臣は「事実関係をしっかり調査したい」としている。大学病院の被験者に事実が伝えられたのか確認を急いでもらいたい。

 国内では、薬の製造販売の承認に必要なデータ収集を目的とした臨床試験を特に「治験」と言い、薬事法などの法令で厳格に管理している。

 一方、今回のような研究者主導の臨床試験については厚労省の行政指針で対応している。指針に強制力や罰則はない。被験者の安全を守るためには、この二重基準を解消して、こうした臨床試験にも行政など外からの目でチェックする仕組みが必要だ。

 また今は臨床試験のデータをそのまま新薬開発には使えず、改めて治験が必要だ。研究者の負担は大きく、欧米との開発競争に後れをとることにもなりかねない。

 政府は大学の研究成果を画期的な医薬品の開発につなげることを、新成長戦略の一つの柱と位置づけている。

 法律によって統一的な研究審査システムを整え、治験以外の臨床試験で収集したデータも新薬の承認審査に使えるようにする。二重基準の解消は、被験者の安全を守り、研究成果の効果的な活用にもつながるはずだ。

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キーワード:
臨床試験
安全性

海の生態系―海女の幸を残したい

 海女を世界文化遺産に。

 韓国・済州島に先週末、日韓の海女や研究者が集まり、こんな集会を開いた。女性が素潜りでアワビやサザエをとる。はた目には優雅で、万葉集にも登場する。日本と韓国にしかない生活文化という。集会は5年目だ。

 海女の激減への危機感から、この運動が始まった。両国とも戦後の一時期まで1万人以上いたとみられるのに、いまや日本で2千人、韓国も5千人程度しかいない。しかも高齢者が多い。

 仕事がきつくて成り手が減った、というのなら仕方ないかもしれない。でも各地のアワビの漁獲量が40年で10分の1に減り、漁が成り立たないと聞けばどうだろう。海がやせてきている。

 日本の水産業の漁獲量は20年で半減した。海女は移動しにくい分、資源減少のあおりを直接に受ける。韓国も同じだ。集会に出た三重県鳥羽市、海の博物館の石原義剛館長(73)は「海女は海の危機の象徴だ」と話す。

 資源減少の背景には乱獲にくわえ、海水温の上昇、海流の変化など地球規模の環境変動が指摘されている。

 沿岸漁業は戦後の沿岸開発が大きく響いた。全国の干潟の4割は埋め立てなどで天然の水質浄化機能を失った。

 魚の卵が孵化(ふか)し、えさ場にもなる藻場もこの30年で4割無くなった。海藻が生えず、海の砂漠化といわれる磯焼け現象が広がっている。

 最近の国際研究で、日本近海は世界の海洋生物種の15%が確認され、生物多様性に富んでいることがわかった。暖流と寒流がぶつかり合い、干潟から6千メートルを超す深海まで地形も複雑で、豊かな海をつくり、無類の魚食好きの民族を育てた。私たちは、そんな暮らしの基盤を自ら崩している。

 18日から名古屋市で、国連生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)が始まる。海の生態系保護も課題だ。

 漁獲制限などをする海洋保護区を、各国が2020年までに海域の15%に引き上げる政策目標が焦点の一つだ。漁獲量を確保したい中国は6%を主張しているが、資源を守るには管理を強めなければいけない。

 日本の漁業者も模索している。

 京都府機船底曳網(そこびきあみ)漁業連合会は30年も前から、虎の子のズワイガニ漁を守ろうと、コンクリートブロックを海に投げ込み、網が引けない保護区をもうけている。努力が実り、資源は回復の傾向になった。08年には国際機関から持続可能な漁業として認証された。ここのカニは認証ラベルつきで市場に出て、消費者が選ぶことができる。

 それにしても男の海士(あま)は世界にいるが、女性はなぜ日韓だけなのだろう。

 一説には男は沖の漁に出かけ、女は沿岸で潜る、と分業できるほど海が豊かだったからだという。海を守り、貴重な文化を残してゆきたいものだ。

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