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年末・年始企画

【豊の味力 元日編】

漫画「美味しんぼ」原作者雁屋哲さんに聞く

2010年01月01日

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大分の食の豊かさを絶賛する雁屋哲さん=横浜市中区常盤町

 ◆変化富む食文化

 1998年、漫画「美味しんぼ」の連載で、日本全県味巡りの最初の舞台になったのが、大分県だった。原作者の雁屋哲さん(68)は、約10日間をかけて県内各地の料理店などを取材し、変化に富んだ大分の食文化に驚いたという。大量消費社会の中で、風化しつつある地域の食文化をどう伝えていけばいいのか。「味巡り」で肥やした経験豊富な舌で語ってもらった。

  ――「味巡り」を大分から始めたきっかけは何ですか。

 当時の木下敬之助市長と仲のいい友人がいて、勧められたんです。訪れてみて驚いたのは、大きな県ではないのに、地域によってまるで別の国ではないかと思うほど、食文化が違うこと。そして、本当にうまいものが多いね。

 三隈川のスッポンはスープが濃厚で、すばらしかった。周防灘、伊予灘、日向灘と三つの海に囲まれ、魚も豊富。中津のハモ料理とかね。個性的な料理も多くて、日田のたらおさには驚いた。なんで、九州の山間地であんなものが食べられているのかと。

 亀の手なんかも、最初はあんなもの食べるのか、と思ったけど、食べてみると、しゃっきりして上品な味ですよね。温泉の蒸気で蒸す料理も、おもしろい。

 ここで、つかんだんですよ。小さな県でも、ここまで変化に富んだ食文化があるのかと。面積を単位にして見ると世界の中で日本は小さいけれど、文化の単位でみれば、南北アメリカ・オーストラリア三つの大陸を合わせたぐらいの多様さがある。味巡りでは10年間で8カ所に行きましたが、最初に大分を訪れたことが、その後も続けるきっかけになりましたね。

 ――味巡りのアイデアは、どこから浮かんだんですか。

 フレンチだ、イタリアンだと、西洋の食事ばかりが幅をきかせて、若者はファストフード頼り。日本人が郷土の食文化を忘れている。古里にこんなにおいしいものがあると、伝えたかった。

 取材は大変ですよ。まず、1カ月以上かけて先行取材をします。その土地の食に通じた人の紹介などで店を訪ねて試食を重ねる。写真や映像、資料が何箱にもなります。私が実際に取材に行くのは、先行取材した中の20軒に1軒くらいです。

 漫画で取り上げるものは、全部、自分で食べる。1カ所につき、1週間程度の取材を2回します。大分の時は10日間くらいぶっ通しで、多いときは1日4食でした。取り上げるのは、おいしくて、その土地に根ざした「本物」の料理であることが条件です。

 ――移住先のオーストラリアから改めて日本の食文化をみて、どう感じますか。

 多様性に驚きますね。現在は、神奈川県内にも家があるんですが、目の前の相模湾からは新鮮な魚がばんばん上がる。山では自然薯(じ・ねん・じょ)がとれる。むかごご飯のうまいこと。

 取材で行った和歌山では、驚くべき精進料理に出会いました。「精進」の枠にはめる必要のないすばらしさ。野菜ばかりだから、外国からの客も宗教に関係なく食べられるんです。

 青森には、凝った仕掛けの馬肉の鍋があってね。鉄板の四隅に脂がたれて、そこにタレを入れて、焼いた肉をつけて食べる。日本で獣肉を食べるのは明治以降と言われていますが、実は昔から食べてきたからこその知恵じゃないかと思ってるんです。

 ――食生活の変化などで、多様な日本の食文化を継承するのが難しくなっています。

 この10年、日本中を回ってみて驚くのは、婦人会とか生活改善委員会などの婦人組織が、どこにでもある。だいたい年齢構成は同じで、子育てを終えた女性なんです。
 料理を作ってもらうと、チームワークが良くて、指示役のかけ声のもと、元気よく分業して、あっという間に20品は軽くできちゃう。こういう場で、地域の伝統料理がきちんと伝えられているんですね。

 そういう料理って、実直ないい料理なんだよね。ガイド本を飾っている有名店の料理は、この季節ならこんなもの、とだいたい想像がつく。でも、田舎のおばちゃんが作る料理は、はるかにスリリング。地場の山菜とかキノコとか、胃に染み渡るような味がする。そんな、おばちゃんの力に期待したいですね。

 ――作品では、地産地消や環境問題なども取り上げていますね。

 今は消費者が二つに分かれていて、とにかく安いものを求める人と、高くても安全でおいしい本物を求める人がいる。ところが、大型スーパーは野菜にキズがないかとか、形がきれいかとか、見た目の規格ばかりを押しつける。こんなの日本だけですよ。

 規制緩和で大型店が増え、輸送に時間がかかるようになり、保存をきかせるため保存料が必要になった。農作物も農薬を使う回数が決められていて、守らないと農協が買い取らないという事例も聞きます。

 東京から長野に移住して農業を始めた若者たちが、農協を通さずに直接、都会の消費者に無農薬の米や野菜を売って、ちゃんともうけていますよ。顧客を招いてバーベキューで交流し、農業への理解を深めてもらっています。

 日田の春光園では、漁師がアユやスッポンを持ってくると、必ず買うようにしているそうです。漁にはいい時と悪い時があるから、漁師は獲れた時に買ってもらわないと困っちゃう。そうやって、漁師との関係を築いているんですね。長良川のサツキマスの店も、そうでした。

 既存の流通に頼らない販路を築くのは、生産者にとって簡単ではありませんが、今のままでは先細りになっちゃう。行政には、そうした生産者と消費者をつなぐような支援策を求めたいですね。

 おいしい食材を作り続けるには、地球環境を守ることも大切です。全県味巡りで各地の現場を歩いたことが、日本の食や農業を考えるうえで、とても役に立っています。これだけは、続けていきたいと思っています。

 ◆かりや・てつ:1941年、中国・北京生まれ。電通勤務を経て漫画原作者になり、「男組」「野望の王国」などを手がける。作画を花咲アキラさんが担当する「美味しんぼ」は83年に「ビッグコミックスピリッツ」(小学館)で連載が始まり、103巻まで刊行されている。著書に「日本人の誇り」「シドニー子育て記」など。88年から豪州・シドニーに在住。(署名は自筆)

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