「腹減ったな……」
僕はあまりの空腹に目を覚ました。
何か食うものがないかと辺りを見回す。
そこでようやく気付いた。
「ここは何処だろう……」
一面煉瓦に囲まれた通路だ。辺りは薄暗いが、壁に見たことのない光源がついており、視界はきいた。どこか迷宮チックな雰囲気が漂う場所だ。まるでRPGのよう……。
「あれ?……RPGって何だっけ……思い出せないな。……まぁいいか。」
とりあえず食料を探すために立ち上がった。
妙に体が重い。
見てみると、身体中腐っていた。腐臭を感じないのは鼻も腐っているか、嗅覚がマヒしているからだろう。
と、その時良い匂いがした。
どこか食欲をそそる匂いだ。どうやら嗅覚は死んでいないらしい。
本能の赴くままに匂いの元へと歩いて行った。
匂いの発信源にはすぐに辿り着いた。
四方5m程の小部屋だ。
そこでなにかをガツガツと食べている男がいた。
「何を食べているの?良かったら分けてくれない?とても、お腹がすいているんだ」
男はハッっとしたように振り向いた。
男も身体中、あちこちが腐っていた。
「……驚いたな。俺の他にもグールがこの階層にいたなんて。いや、お前……新入りか?」
「何のことだかさっぱりだ。それよりも、お腹がすいて死にそうだよ。食べてもいいかい?」
「お腹がすいて死にそうか、可笑しなヤツだ。俺たちはもう、とっくに死んでいるじゃないか」
男はそういうと笑って僕に肉を差し出した。
僕は食事をしながら男と情報交換をすることにした。
「これ、美味しいね。食べると体が軽くなって力が漲るよ。頭も心なしか冴えてくる。この食べ物はなんて言うのかな?」
「そいつは人間だよ。人の死体だ。この迷宮に潜ってきた愚かで弱い生き物の成れの果てさ」
そういって男は自嘲するように笑った。
「これ……人間だったのか。原型を止めてなかったから気付かなかったよ。知らなかった。人間って、美味しかったんだね」
「さてね。生前は食べた事がなかったからわからないが、俺たちの趣向が変わったんじゃあないのか?」
「そうかもね。……ところでここは何処なのかな?」
「ここはアルフォワ大迷宮。この大陸で唯一のダンジョンさ」
「……やっぱり迷宮だったのか。RPGみたいだね。」
「RPG?なんだそりゃ」
「さぁ?僕も覚えてない」
男は呆れた顔をした後、何かに納得したように何度か頷いた。
「……やっぱりお前、目覚めたばっかなんだな。いいぜ。何も知らないお前にグールのイロハを教えてやるよ。俺の事は先輩と呼びな」
「よろしく、先輩」
食べ終わり、腹がいっぱいになった僕は口を拭うと、先輩に振り返り、手を差し出した。
先輩も手を差し出し、僕らは握手をした。ぬちゃりと嫌な音を立てて、僕と先輩の友情は始まった。
「ふぅん、それじゃあ僕はそのゾンビってヤツから知性を取り戻したグールってヤツになるんだね?」
「あぁ、死体に彷徨う霊魂が入ったのがゾンビ。そこから知性を取り戻したのがグール。更に魂と肉体の記憶を取り戻し、尚且つ肉体を再生したのがリビングデッド。そして強力な肉体と魔力を得る事ができるようになればはれてヴァンパイアになる事ができるってわけさ」
「そのヴァンパイアってのになるとどうなるの?」
「一つは特殊能力だな。人間や他の魔族を眷属にし、意のままに操る事ができるようになるんだ。それに俺たちみたいに相手を食べなくても血を吸うだけで強くなる事ができる。つまり強い冒険者を眷属にしちまえば安全に安定して強くなる事ができるのさ。だから年月を経たヴァンパイアほど強い。
そして何より!ヴァンパイアからはB級モンスターだからな、フロアマスターになる事ができるんだ。」
「フロアマスター?」
「フロアマスターってのは100階層ごとに置かれる管理者だな。1~100階までのモンスター全てを従えるボスだ。様々な特権が迷宮の主人様より与えられ、その階層の仮の王となれるんだ」
「へぇ……」
「……なんだ。反応薄いな。」
「実感湧かなくてね」
「……まぁ、いずれわかるさ。下っぱの辛さってヤツがな」
「? まぁいいや。それで、どうやったら強くなれるの?」
「ん?あぁ。まぁ、基本は食うことだな。食う存在が強ければ強いほど俺たちは強くなれる。普通は迷宮に入ってきた人間どもを食うことになる。
もう1つの方法がこれだ。」
そういって先輩が取り出したのは1つの腕輪だった。
それは赤と青の宝玉がついシンプルな腕輪で、なぜか血痕が付着していた。
「こいつはさっき食った冒険者から奪ったヤツだ。見てろ?」
先輩が腕輪についた赤の宝玉を押すと、そこからびー玉サイズの赤い玉が5つほど出てきた。
「これは?」
「そいつは魔族の核だ。人間はオーブって呼んでる。それは魔族が死んだ時に出る……まぁ魔族の力の塊みたいなもんだ。これを吸収する事で人間どもは肉体を強化して迷宮に潜ってくる。それにこれは溶かせば武器や防具、アクセサリー、秘薬に加工できるからな、こいつや迷宮内にある宝を狙って冒険者どもは迷宮に潜ってくるわけだ。
……ほれ、1つやるよ。今回はサービスだ。次からは自分で採れよ」
僕は赤いびー玉を受け取るが、どうやって吸収するのかがわからない。
どうすればいいのかな、と悩んでいるうちに赤いびー玉は溶けてなくなってしまった。
と同時に力が沸き上がり、強い快楽を感じた。
「お、お、お!」
「どうだ。気持ちいいだろ。初めては特に気持ちいいんだよな」
「そ、うだね。これは……、癖になりそうだ……。」
「冒険者どもの腕輪の中には大抵これが入ってる。吸収すりゃあ強くなれるし、何より気持ちがいい。」
「なるほど……これは冒険者たちが潜ってくるわけだ」
「いや、核を吸収して快楽を得られるのは魔族だけだ。人間が吸収すると強い苦痛を伴う。おまけに魔族と比べて吸収率が低いから、大量に摂取しないと強くなれねぇ。
まぁ、だから人間どもはオーブを腕輪に貯めて、安全な場所に持ち帰ってから吸収するわけだ」
「なるほど……じゃあ冒険者を倒せばこれが手に入るんだね?」
「そいつがオーブを持ってたらな。
だから迷宮に入って何回か戦闘したヤツを狙うのが手っ取り早く強くなる秘訣だな。
戦闘を重ねることで奴らも疲れて戦闘力が落ちるし、まさに一石二鳥ってヤツだ」
「そっかー、色々考えて動かないと。
ところで、ずいぶん物知りだね。
どこでそういう知識を手に入れたの?」
「あぁ、それは生前の記憶とか、色々だ。
俺はかなりリビングデッドに近いグールだからな。けっこう生前の記憶が戻って来てるんだ。
他にはまぁ……同族から受け継いだ核の記憶とか、食った冒険者から吸収した知識とかだな」
「へぇ……冒険者を食べるとそういうのも手に入るんだ」
「必ずってわけじゃないけどな。稀に食った冒険者の知識や技術を得ることができる。
他にも同族なら同化っていう手段もあるからな」
「同化?」
「双方の同意があればできる特殊な吸収だ。まぁ大抵は片方が死にかけで、自分の記憶や技術を同族に受け継がせる為にやる。
通常の吸収と違い、相手の力をそっくりそのまま手に入れることができる。ただし、相手の嗜好や、性格の一部が自分と混じっちまうがな」
「そっかぁ……いや、ありがとう。勉強になったよ」
「おぅ、気にすんな。今となっちゃあ貴重な同族だからな」
「貴重?」
「あぁ……基本的にゾンビからグールに上がれるヤツってのは珍しいんだよ。
適正のある肉体に魂が入ったのがゾンビ。そっからさらに適正があるのがグールになれるからさ。
それに……この前、この階層の大規模なアンデッド狩りがあったんだ……。
それで、この第一階層のグールは俺だけになっちまった……」
「アンデッド狩り……そんなのもあるんだ」
「あぁ。教会の狂人どもがたまにやるヤツでな。やっこさん、どうにもアンデッド系が許せないらしい。おりをみては有志を募ってアンデッド狩りをやるのさ。
それにアンデッド系は死ににくいから初心者にはキツいしな」
「教会かぁ……気をつけないと」
「あぁ。さ、次は戦闘講座だついてきな」
「うん。……何処に行くの?」
「冒険者を探しに行くのさ。大抵は固定宝箱の付近にいるからな。そこが狙い目だ」
「宝箱かぁ~、何が入ってるか楽しみだね」
「……言っとくが、俺たちがとっても意味ねぇぞ。宝箱の中身は誰がいれてると思ってるんだ?」
「え?なんか不思議な力で勝手に補充されてると思ってた」
「んなわけあるか。ありゃフロアマスターの手下がいれてるんだよ。定期的にそれ専用の雑用部隊がその階層を巡ってだな、冒険者が残した遺品とかを修繕していれてるんだよ。その時に罠を設置したりもするな」
「ほぉ~ほぉ~ほぉ~……リサイクルだね」
「ん?……あぁ。まぁとにかく、そういうのが定期的にまわってきて、俺たちの所持品を根こそぎ奪ってくから意味ねぇんだよ。宝箱を開けてもな」
「そういうからくりになってたのかァ……納得」
「その回収部隊がまた嫌なヤツらばっかでよぉ、この前なんか……ッ!……静かにしな。冒険者だ」
「……」
「大体30mくらい先で戦闘してるな。気配をけして行くぞ」
「了解」
先輩についていくとそこには人型の犬っぽい魔物5匹と戦闘をしている冒険者3名がいた。
彼らが戦闘している足元には肉体と魂が離婚してしまった魔物が2匹と、冒険者が一人ある。
「やってるやってる」
「……助けなくていいの?」
「助けるメリットがねぇな。得られる核の数も少なくなるし、奴らはF級だから交渉すらできねぇよ」
「……ねぇ、その~級ってなに?」
「魔族の強さを表すランクだ。もちろん同じランクでも強さは千差万別だがな。
そのランクを大きく越えて強いことはねぇから大体の強さの目安になる。
最下位がF級で、最高はSランクだ。
人間じゃどうあがいても倒せないのは全部S級扱いだな。
ちなみにグールはD級だ」
「へぇ……あ、終わったみたいだ」
「よし、いくぞ!勝って油断してる今がチャンスだ」
そういって先輩は冒険者たちに襲いかかって行った。
先輩の動きはとても機敏で、僕と同じD級とは思えない。
後れ馳せながら僕も冒険者たちを襲撃した。
先輩は既に3人のうち一人を倒しており、今はリーダー格の剣士さんと戦っている。
先輩の爪は50センチほどに伸びていて、それで剣と渡り合っていた。
僕も指先に力を籠めると爪が20センチほどに伸びた。ハンターハンターのキルアみたいだ。
僕はその勢いのまま先輩に向かって杖を構えている魔法使いみたいな男の背後から腕を突き出した。狙いは心臓。
僕は魔法使いさんの心臓を抉りだし、腕を引き抜いた。
魔法使いさんは信じられないものを見る目で僕を振り返り、そして僕が手に持つ心臓を見た。
僕も心臓を見る。美味しそうだ。
僕は食欲の赴くままにその心臓をペロリと平らげた。
それを見た魔法使いさんは絶命した。
その顔は絶望というテーマで絵を描いたなら、必ずモデルになってくれと頼まれそうな表情をしていた。……魔法使いさんもこの心臓を食べたかったのか。なら可哀想な事をしたと思う。こんなにも美味しそうなのだから半分分けてあげれば良かった。
今度同じ状況になったら半分に分けてあげよう。そんな事を考えながら先輩の方を見ると先輩はその爪で剣士さんの両腕を落としていた。……これなら大丈夫だろう。
そんなことよりも今はこの魔法使いさんを食べたくてしょうがない。
さっき食べたばかりなのにお腹が空いて仕方がないのだ。いただきます。
魔法使いさんを食べていると不思議なことが起きた。
見たことも聞いたこともない魔法の知識が頭に流れ込んできたのだ。これが先輩の言っていたヤツか。なんて便利なんだ。とは言っても魔力がないから魔法なんて使えないのだけれど。
魔法使いさんを食べおわると魔法使いさんのつけていた腕輪を回収する。
赤い宝石を押すと赤いびー玉が40個も出てきた。大量だ。
ウキウキした気分でそれを手のひらで包み込むと吸収と念じて見た。
すると一瞬でびー玉は吸収され、先ほどとほぼ同等の快感と先ほどとは比べほどにならないほどの力が沸き上がってきた。
しかも体内に魔力が生じるのを確認した。
それはとても少なく、最も魔力消費の少ない魔法、マジックアロー一発分に必要な魔力の半分程度だが、確かに体内に魔力を感じる。
魔法使いを食べたから魔力を得たのだろうか。
そんなことを考えながら快楽に浸っていると、先輩に声をかけられた。
「あぁっ!くそっ!こいつら全員腕輪に核が入ってなかった。潜ったばっかだったのか?……しゃあねぇ、ゴブリンどもの核で我慢すっか。……おい、お前の殺ったヤツのは入ってたか?」
「うん。40個くらい」
「はぁ!?マジかよ!くっそ~、俺がそっちやれば良かった!」
「あぁ、そういえば分けてあげれば良かったか。ごめんね?」
「あぁ……いや、基本的に腕輪に入ってる核は殺したヤツのもんなんだ。だからそれは気にしなくていいんだけどよ……くっそ~、魔力使いが纏めて持ってやがったのか。普通纏めて持つならリーダー格だろ……」
そう言うと先輩はがっくしと肩を落とした。
「そうなんだ。ところで魔法使いを食べたら魔法の知識を手に入れてんだけど……」
「へぇ……またそりゃついてんな。滅多にないのに」
「あと魔力をほんのちょっと手に入れたよ」
「はぁ!?マジで?!……そうか、お前の体エルフだもんな。普通のグールよりは魔力が手に入りやすいか。それに魔法使い食ったあとに40個も一気に摂取すりゃあ魔力を得ることもある………のか?にしてもうらやましい。俺ですら持ってねぇのに」
「エルフ?へぇ……この体エルフなんだ」
「耳が尖ってるからな。エルフか、あるいはハーフか。まぁその辺りだろ」
「ふぅん、ところで魔力ってそんなに手に入れにくいの?」
「あぁ。基本的に核吸収による成長方向は直前に食ったヤツに依存するんだ。戦士系を食った後に核を吸収すれば力や耐久が上がったり、魔術士系を食った後に吸収すりゃあ魔力を得ることもある。最も後者は滅多にないけどな。」
「そんなに魔力を得るって珍しいの?」
「あぁ。まぁ生前に魔術士系だったヤツは肉体に魔力が宿り易いんだけどな。エルフは大抵魔術士系になる場合が多いから、お前の体もそうだったんじゃねぇの?」
「エルフかぁ~……なんかファンタジーって感じ」
「?………まぁ、今回ツいてたのはお前がまだ弱かったって点だな。弱ければ弱ければほど吸収の効率が良くなるから、まだ弱いお前が魔力使い食った後にあれだけ核を吸収したなら、まぁ、魔力を得る可能性は可能な限り高められてるな」
「ほへぇ~…」
「それに、……お前のその薄い感情も核を吸収していくうちに蘇ってくるだろうよ」
「? 感情薄いの?僕」
「あぁ。………でなきゃ人間なんて、食えやしねぇよ。」
「……」
「だから今のうちに慣れチマいな」
「わかった」
感情が薄い、か。自分ではわからないけどそうなのかな。
その後も僕らは迷宮で冒険者を襲って生活をするようになった。
いつも先輩と狩りに行くわけじゃなかったが、先輩とつるむことがほとんどだった。
何故ならこの第一階層(1~100階)で意志疎通が可能なのは先輩と僕ぐらいなものだったからだ。
先輩の話しによると会話が可能になる魔族は種類が少ないらしい。
そういった種族はその知性故に肉体の戦闘力より1ランク上に設定されているらしく、僕たちグールは強さで言えばEランクくらいだそうだ。
しかし、冒険者たちのグールなどの知性派に対する警戒心は同ランクの魔物に対してぴか一らしい。なんだか損した気分だ。
まぁ、そんなこんなで僕はこの迷宮で元気に暮らしている。
先輩は物知りで色々な事を僕に教えてくれるから大変助かっている。
ただ気になるのが先輩が良く言う台詞だ。
「俺、リビングデッドになって生前の記憶を取り戻したら、死ぬ前に一番やりたかった事をやるって決めてんだ!」
…………先輩、それは死亡フラグだよ。