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[19783] 東方厨二病 (東方・大体一話ごとに読みきり)
Name: 目玉紳士◆25e380c6 HOME E-MAIL ID:97d4a833
Date: 2010/07/11 23:57
はじめましての方ははじめまして。そうでない方は毎回アレな方向に突っ走る自分のSSを手にとって下さりありがとうございます。

タイトル通りに東方で厨二な話を投稿します。エンタメ重視だと思います。

書いてほしいキャラ・原作のステージ等もし御座いましたら、感想板の方で随時リクエストを受け付けてますのでそちらへどうぞ。


宣伝:同じく厨二な話、『ちいさなみぎて』(完結済み)の方もよろしくお願いします。リンク不可との事なので、読んでいただける方はお手数ですが、その他板の検索からお願いします。



[19783] 異説風神録・鍵山雛編『今、光り輝くもの』
Name: 目玉紳士◆25e380c6 HOME E-MAIL ID:97d4a833
Date: 2010/06/23 19:28
******


 誰かを救うたび、彼女は一つ、闇を纏う。
 誰かを救うたび、彼女は一つ、厄を背負う。
 それでも彼女は、救い続ける。誰かに幸せになって欲しいから。誰かに笑ってほしいから。
 引き換えに自分がどうなっても良いと、そう思って、彼女はまた一人誰かを救う。
 けれど、けれど。
 彼女は気付かない。彼女を包む闇の中に、強く輝くもの一つ。
 それは……


******


 秋の青空を、私は飛んでいる。箒の尻尾から星型の光を撒き散らして、道を塞ぐ妖精を蹴散らして。
 良い青空だ、と私は思う。紅い霧で視界が塞がれているようなことはなく、吹雪で視界が真っ白に染められている事もない。
 魑魅魍魎が暴れまわる怪しい夜でもない。秋晴れの空気を肺に送り込むと、なんだか更に気分がよくなってきた。
「産医師異国に向こう…………御社に蟲さんざん」
 円周率を暗唱しながら雑魚を蹴散らして進む。山まではまだ大分かかりそうだった。
「なんの呪文よ」
 と、声と共に道を塞ぐようにして女が現れた。
 どこかで見たような女だった。いや、そう言えばつい先ほど、くるくる回ってるのを蹴散らして進んだ覚えがある。
 それにしても、あんなにくるくる回ったりして目を回さないのだろうか。慣れれば案外イケる物なのか。いやまず慣れる必要がそもそもあるのだろうか。
 そんな事を思いながら、会話を進める。どうやら彼女は厄神であるらしく、周囲には目に見えるほどの厄が漂っている。
 それは彼女が信用に値する証。彼女が人間を救い続けてきた証だ。
 だから私は、少しだけ警戒心を緩めた。彼女はどうやら、私をこの先に行かせたくないようだ。それはきっと、この先は本当に危険だからなのだろう。
 どうしようか、と少しだけ私は迷った。元々、登山の理由はあってないようなものだったからだ。
 だけど、と私は思いなおす。今、何処からか山へと向かっている巫女の事を思い浮かべる。
 ここから先が危険ならば……仕方なく、本当は乗り気ではないけれど。
「……忠告感謝だぜ。お陰で、どうしても、仕方なくこの先に進まなきゃならなくなった」


******


 弾幕の隙間を縫って、私は飛ぶ。さっきまでと違って、私にはこの先に進まなければならない理由がある。
 負けられない。そう自分に言い聞かせながら。
 相対する彼女は、元々私に危害を加える気などないのだろう。攻撃に激しさは感じられない。
 試しているのだ、私の力を。私をこの先に進ませても大丈夫かと。
 それならば証明すればいい。私は一枚のカードを取り出し、宣言する。
 ――恋符【マスタースパーク】
 そして……


******


 ――鍵山雛は、厄神である。
 彼女はその存在の始まりから、誰かを救う事を義務付けられてきた。しかしその在り方に対し、彼女が疑問を持った事は一度もない。
 子供が母親を追いかけて、不幸にも小石に足を取られて転ぶ。子供は泣いてしまう。その涙にすら彼女は心を痛めた。
 事前に雛が厄を刈取り、子供が母親まで無事に駆け寄った時のその笑顔に、彼女は喜びを覚えた。
 厄神には自らの在り方に対し疑問を持つ程度の自由は存在する。けれども、彼女は一度も揺らがなかった。
 だから彼女は、
 誰よりも厄を集め。
 誰よりも人間を救い。
 誰よりも、優しく。
 自らの使命を全うし続けた。
 ――それが自らの破滅を招くとしても、決して止まらずに。


******


 雛は、目の前の人間の力を理解すると、戦闘をやめた。
 目の前の彼女は足を取られて転ぶような人間ではないと知ったからだ。彼女は少しくらいの危険なら跳ね除ける力を持っていると知ったからだ。
 引き際だと、雛は思った。全力を出せば引き止める事は出来るだろう。けれどそれは、子供が転ぶ姿を見たくないばかりに、子供が歩き出すのを押し留める様な行為だ。
 人間は、いつか歩き出さなければならない。いつか決断しなければならない。
 彼女は、決断し、行為に足る力を示した。ならばそれを邪魔する権利は雛にはない。
「もう邪魔はしないわ……一応、もう一度だけ訊くわよ。どうしても行くの?」
「仕方なくだ仕方なく」
 そう言って魔理沙は頭を掻いた。
「はぁ……まあいいわ。けど、その前に……」
「……な、何だよ?」
 雛が魔理沙の肩に手を触れる。すると、魔理沙の周囲に薄い黒色の靄があらわれ、雛の体に纏わり付いた。
「厄は此処に置いていきなさい。……変ね、ただの人間にしては随分と溜まって……?」
 黒色の靄が、動く。人の腕の形を取り、魔理沙へと伸びる。
「……!?」
 箒を駆って魔理沙はそれをかわした。
「なんだよ……またやるのか?」
「ちが……う……」
 厄とは、謂わば原子のようなものだ。それ自体に意思はなく、ただ結合を求める。厄は一般的に穢れと結合し、不幸と呼ばれる現象になる。
 雛は、厄神は、穢れよりも強い力で厄と結びつく。故に、厄神が集めた厄は一般的には無害化される。そうして集めた厄は、飽和する前に更に別の場所へと流される。
 少なくとも、普通はそうなっている。と言うのも、雛は無害化しきれない量の厄を、術によって無理に身の周りに集めているからである。
 もちろん、それらは事ある毎に穢れと結びつき、不幸となる。だがそもそも厄を無害化しなくとも、不幸は厄神に害を及ぼす事は出来ない。その点では雛に危険はない。
 では雛以外にはどうか。
 当然、近付く者には不幸が降りかかる。これこそが彼女が周りを不幸にする所以、メカニズムである。
 しかし、今起きた現象はそれが原因ではなかった。
 人間には有り得ない量の厄。流し雛一人では持て余す量の厄。それを魔理沙は持っていた。
 通常であれば、ある程度厄が溜まればすぐに穢れと結びつき、不幸として消費され、消え果てる。
 だが穢れを寄せ付けない人間も中には居る。巫女と呼ばれる人種がその一つである。
 彼女たちは厄+穢れの結合によって不幸になる事はないが、それでも一定の期間ごとに担当の厄神が厄を回収しに行く。
 稀にだが、大量の厄となんらかの意思が結びつき、ある霊的存在が生み出される現象が確認されているからだ。
 魔理沙は恐らく巫女に日常的に接した結果、随分長い間穢れを寄せ付けていなかったに違いない。しかし厄神にはチェックされていなかった為に、大量の厄を身に纏っていた。
 そして今、元々限界ぎりぎりまで厄を溜め込んでいた雛がその厄を引き寄せた結果……
 ぞくり、と二人の背筋を悪寒が走った。
 最早黒色の靄ははっきりと視界を遮るまでに色濃くなっている。雛はそれらに干渉しようとしたが、厄寄せの術式は奏功しなかった。
 違うモノになりつつあるのだ。
 雛が干渉出来ない存在へと変わりつつあるのだ。
 それは……
 ――悪魔と呼ばれる存在に、変わりつつあった。
 ぐい、と手を引かれて、雛は黒色の靄から遠く上空まで引き離される。
「ええと……これは私が原因だったりするのか?」
「ええ……まあある部分に於いては」
 黒色の靄が人の形を作り始める。
 空にそびえる巨大なヒトガタ、その異形の名を魔理沙は知っている。過去に文献で読んだ事がある怪異。セレナリアと言う名の世界に、遥か昔に存在した悪夢。
 ――そう、まるでその姿は黒の人<シャドウ・ビルダー>のようだ。
「……それ以外の部分は?」
「今そんな事言ってる場合じゃないの。早く逃げなさい人間」
 オオオオオオオオオオオオオオオオオオン!
 ビリビリと大気を震わせながら、黒のそれが産声を上げた。普通の人間であれば声を聞いただけで身動きが取れなくなるような、恐怖そのものが音波と化して空気を伝ったような声であった。
「逃げろって……お前はどうするんだ?」
 魔理沙は、少し心を乱されたものの、恐怖に捕らわれ錯乱するような事はなかった。普通の人間ではなく、普通の魔法使いだからである。
「……。まだアレは完全に変化しきってはいないわ。もしかしたら、止められるかも知れない」
 変化しきってしまえば多くの犠牲者が出るだろう。その前に何とかしなければならない。
 たとえ……
「……言い直すわ。貴女が原因ではない。今から起きる事は、全て私に原因があるの。だから、ここから離れなさい」
 ――たとえ、この身が滅びようとも。
「……っ!? 待て!」
 魔理沙は、雛が何を考えているのかを理解し、その動きを止めようとした。けれど、伸ばした右手は虚しく空を切る。
 雛が一直線に空を翔ける。黒のそれの胸部、存在の核が形成されつつある中枢へ向かって。
 黒の巨人は雛が近付いても動かなかった。まだ彼女が身に纏っている多量の厄を感じ取っての事だろう。
 雛が手をかざすと、胸部の黒い靄が彼女を迎え入れるの様に開く。
 魔理沙がスペルカードを取り出す。同時に箒に霊力を注ぎ込み始める。
 箒の制御は気にしなくてもいい。解放された制御術式が、自動的に箒の駆動を制限してくれる。
 静止したままの箒に、霊力が限界いっぱいまで注入された、その瞬間。
 スペルカードが輝き、その術式が完成した。
「【ブレイジングスター】!」
 瞬時に音速を越えて、魔理沙が翔ける。今、黒の人の胸部へと入ろうとしている雛に向かって。
 黒の人の手が動く。魔理沙を拒むように、人の掌ほどには分化しきっていないそれが立ちはだかる。
 激突。黒い靄と魔理沙の力がせめぎあう。
 靄が霧散するのと、スペルカードの力が消えるのとはほぼ同時だった。
 箒のコントロールを失った魔理沙が、なんとか錐揉み状の回転から体勢を立て直す。目が少し回った。矢張り慣れる必要があるのかも知れない、と魔理沙は思った。
 すぐに先ほど弾け飛んだ黒の人の手が再生する。
 雛へと魔理沙は目を向ける。既に胸部は閉じられ、雛はその中に入り込んでいる。
「あの……馬鹿……っ!」
 間に合わなかった。伸ばした右手は届かなかった。
 ――いいや。まだ救える。救ってみせる。もう一度…それで駄目なら何度でも手を伸ばす。
 そして魔理沙は黒の人に突撃を開始した。


******


 雛は、泥のような黒の中で、今までに出会った人間の事を思い出していた。
 みんな、幸せに生きてくれているだろうか。みんな、笑えているだろうか。
 ――私は役に立てただろうか。
 彼らの、彼女たちの、笑顔を思い出す。無数の人々の顔、大抵は一度しか出会った事がない顔。それでも、雛は全員の顔を覚えていた。
 これから行う術式を完成させた時、雛に訪れるのは確実な死である。けれど、雛は微塵も迷う事無く術を開始した。
 想いは力となる。
 人々への想いが、雛に力をくれる。だから、きっとやり遂げられる。そう雛は信じている。
 厄+厄神、結合を開始。完了するまでは凡そ五分ほどか。なんとしてでも、黒の人が完全に顕現する前にやり終えなくてはならない。
 厄+穢れ→不幸。
 厄+邪念→悪魔。
 そして最後の厄+厄神結合。
 通常、第三の結合は無害と考えられている。だけど、本当はそうではない。その事を厄神たちだけが知っている。
 過去にも何度か行われたその術。膨大な厄が狭い範囲に発生した際に行われるその術。悪魔の顕現を阻止する為に幾度となく行われたその術。
 集まった厄をその一帯もろとも此岸から吹き飛ばす禁術。厄を全身の霊質と結合させた後に、霊力を限界まで高める事で起きる現象。
 終点【ファイナル・デスティネーション】。
 自ら死に向かって歩みを始めた雛は、だが穏やかな笑みを浮かべていた。終わりを受け入れた者が見せる、優しい諦めの表情だった。
 だから、彼女は気付かない。そんな彼女を救おうと足掻いている者がいる事に。
 ――そして、もう一つ。常に彼女の傍に存在したそれに。


******


 四度目の突撃は、やはり黒の人の防御によって弾かれた。ぐるぐる回る景色に気分を悪くしながら魔理沙は何か手はないかと考える。
 マスタースパークを放てば雛もろとも吹き飛ばしてしまう。まず先に雛を救出しなければならない。だが、自分の最高の突撃技であるブレイジングスターでもあの防御は突き崩せない。
 その時、ふと魔理沙は気付く。
「……なんだ、あれ?」
 雛が入り込んだ胸部、その周りにちかちかと煌く物が見える。優しい光を放ちながら、黒の人の胸部にぶつかっては跳ね返されてを繰り返している。
「あれは……」
 その光の群れは、雛を助け出そうとしているように見えた。しかし力が足りないのか、黒の人がダメージを受けている様子はない。
 目を凝らす。恐らく、周囲を覆っていた厄の所為で気付かなかっただけで、あの光は最初から雛のすぐ傍にあった物だ。
 魔理沙が意識を向けた瞬間、光の群れは黒の人への突撃を止めた。少しの間、思案するかの様に静止していたそれらは、意を決したかのように動き出した。
 魔理沙の周囲へと向かって。
「……暖かいな」
 光は、魔理沙が予想していた通りの物だった。
 雛はきっと気付かなかったのだろう。盲目的に人を救い続けてきた彼女は、自身に向けられる想いに鈍感なのだ。
 それは、人の想いだった。
 彼女に救われた人たちの感謝の想いだった。彼女のお陰で笑えた人たちの、限りなく純粋な願いだった。
 無数の想いは、けれどたった一つの共通した願いで纏まっている。
 ――どうか、あの人が幸せになりますように。
 魔理沙の心が、強い決意で燃え盛る。勿論、今までの突撃も全力で行っていた。だがそれよりも更に強い力が、心の奥底から湧き上がってくる。
「……行こう」
 魔理沙が無数の光に向かって語りかける。同時に、ブレイジングスターのカードに新たな記述を書き加える。
 カードの記述にあわせて、光に霊力が注ぎ込まれる。光の群れが輝きを増して、大きく展開する。
 想いは力となる。
 これだけの想いが集まれば、きっと出来ない事など無いと、魔理沙は信じている。
 今や無数の力に囲まれた魔理沙は、胸を張ってスペルカードを掲げた。
「星軍【ブレイジング・スター・ウォリアーズ】!」


******


 黒の人の中枢にいる雛に、大きな衝撃が伝わってきた。外で何か起こっているのだろうか。黒の靄に包まれた彼女には知る事が出来ない。
 ――いや。
 まさか、と言う思いが湧き上がる。まさか、あの人間がまだ逃げずに何かをしているのではないだろうか。
 残りの時間は三分。今から逃げてくれればまだ間に合う。
 だが、もしあの人間が時間まで逃げなかった時は……
「……」
 自分と、一人の人間が死ぬだけで済むのならば、そうするべきだ、そう雛は自分を納得させようとする。
 黒の人が完全に生れ落ちてしまえば確実にそれだけでは済まない。だから、これは必要な犠牲なのだと自分に言い聞かせる。
「……っ!……術式を継続。残り時間は……二分と三十七秒」
 今行っているのは、確実に自らを滅ぼす術である。その術を使うことには微塵の躊躇もない。
 だと言うのに、なんて難しいのだろう。
 自らを殺して、助けたいと願う心を押し殺して、歩みを進めるのは。
 誰かを助ける為ならば、雛はどれほど厳しい条件でも乗り越えてきた。その向こうにある、誰かの幸せを願って。だが、今回は……
 涙がこぼれる。自分がこれからどう行動する【べき】か、そして自分はそれを理解していて尚どう行動【する】か、雛にはわかっている。
(――出来ない。私には人間を巻き添えにする事は出来ない。たとえ未来の犠牲を減らすためだとしても)
 術式を停止する。もう雛にはどうする事も出来ない。ここから脱出する事もないだろう。恐らく、このまま黒の人に吸収される筈だ。
 せめてその瞬間までは、厄+邪念結合を阻害しようと雛は決めた。その為の別の術式を開始する。
 それによって、何が変わるとも思えないけれど。
 ごめんなさい、と暗闇に向けて雛は言った。
 誰に向けた物か、何に向けた物か。自分でも分からずに。


******


 その時。
 一際強い衝撃と共に、黒の泥が一掃され、その向こうに光が見えた。
「……何……が起きたの?」
 そんな筈はない。まだ完全では無いとは言え、悪魔の雛形を人間が打ち倒せる筈はないのに。
 彼女は、無数の暖かな光を従えて、右手を差し出していた。
「どう……して?」
「……それは、私の周りにいる奴らに訊いてくれ」
 その言葉に、雛は光の一つ一つに注意を向ける。
 雛に死の淵から救われた老人の想いがあった。崖から落ちそうになったところを寸前で助けられた少女の想いがあった。妖怪に遭遇した時に雛に助けられた青年の想いがあった。
 無数の想いが、柔らかく雛を包み込み、周囲の闇を吹き飛ばす。
「貴方たち……どうして……?」
(――私は全て諦めたのに。救われる資格なんか無いのに)
 なのに、光は優しく、雛を黒の泥から守っている。
「まだ分からないのか、馬鹿」
 それでも右手を取ろうとしない雛に向かって、魔理沙が口を開いた。
「お前が誰かを救いたいと思った分だけ、その誰かも、お前を救いたいと思ったんだ」
 だから。
 無数の想いは、力となって。今も周りの黒の泥から二人を守ってくれている。
「それでもまだ、この暗闇に残るって言うなら」
「……え?」
「力づくで、勝手に助ける!」
 魔理沙の右手が雛の右手を掴み、そのまま飛翔する。同時に、黒の泥を打ち払っていた光の群れも移動し、黒の人の胸部が閉じられた。
 オオオオオオオオオオオオオオオオオオン!
 黒の人が咆哮する。雛が押さえ込んでいた厄+邪念結合が進み始めたのだ。最早、雛にはそれを止める術は無い。
 世界を裂く者。空を染める者。黒の破壊者。<シャドウ・ビルダー>。
 誰もが絶望し、恐怖し、諦めるその怪異を目の前にして。
「さて、あとはアイツを吹き飛ばすだけだぜ」
 けれど、魔理沙は決して諦めない。
 絶望を与える声を耳にして、彼女はそれでも希望を胸に。
 恐怖の具現の形を前に、彼女はそれでも揺らがない。
 いいや、彼女『達』だ。
(――ああ、そうだ。これが、これこそが私が救おうとした人間だ)
 心の奥が熱い。力が無限に湧き出るような気がする。
 それもその筈だ。雛はもう迷わなくて良いのだから。
 黒の人を倒して、人間を救う。今はもう、ただそれだけの話になったのだから。
「ええ、貴女にも原因があるのだからなんとかしてもらわないと困るわ」
「さっきと言ってる事が違うような……」
 そして。
 ――想いは、重なって、力となる。
 魔理沙の右手が伸びる。雛の右手が重なる。無数の光が、彼女達を包む。
 ミニ八卦炉が、眩いばかりの光を放つ。
(――死の運命を一度は受け入れた。あの暗闇が終点だと思っていた。けれど、私は間違っていた)
 スペルカードが掲げられ、術式が完成する。
(――道が無ければ、切り開けば良い。運命は、打ち破られる為に存在する。人間はそうやって生きているのだから)
 黒の人の目が暗く輝く。口に当たる部分が開く。狙いは上空の二人。
 オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!
 黒の人が吼える。黒が収束し、かつてある世界を恐怖に染めた一撃が放たれる。
 破界【シャドウ・ビルド】。空を裂く咆哮。黒の一閃。
 その一撃に対して、二人と、そして無数の想いは…
 ミニ八卦炉が震える。射出口から光が奔る。超々高熱の嵐が黒の人へ向かって迸る。
 魔砲【ファイナルスパーク】。人の想いが込められた、無限熱量の光線。
 放たれた黒と白がぶつかり合う。大気が震え、木々が波打つ。世界が悲鳴を上げて、空間が歪む。僅かな拮抗の後……
 黒の光が、白の光に押されて消滅した。
 黒の人がファイナルスパークの光の中に溶けてゆく。何かを掴もうとするかの様に伸びた右手が、光の中に淡く消えた。
 <シャドウ・ビルダー>の消滅を確認した魔理沙は、スペルを解除して、一つ大きく息を吐いた。
「つ……疲れた……」
 ぐったりと肩を落とす魔理沙を横目に、雛は静かに微笑みながら、光を見つめている。
 優しく、柔らかく、踊るように、無数の光が雛の周りに漂っている。その一つが、一際強く光を放つと、力を失って消えた。
 それに続くように、無数の光が消えてゆく。その光景を、雛は見つめ続けていた。
「……ありがとう」
 たとえ力を失っても、想いは変わらずに此処にある。だから、きっとこの言葉も届いている。
 今の雛には、そう信じることが出来る。
「貴女にもお礼をしなくちゃいけないわね……お酒くらいなら出せるわよ」
「気持ちは有難いが、私はこれから仕方なく山登りをしなくちゃならないんだ」
「あ、ちょっと……」
 何故か逃げるように箒を駆って、魔理沙が進む。照れているのかも知れなかった。
 その後姿を、雛は感謝の笑みを浮かべながら見送った。


******



[19783] 塵よりよみがえり
Name: 目玉紳士◆25e380c6 HOME E-MAIL ID:97d4a833
Date: 2010/07/04 07:28
******



 人生が死ぬまでの退屈しのぎなら、退屈した時人は死ぬ……わかるかい?
 わからないだろうね……
                                     ――ピウス五世



******




 揺らめいた大気の先に、踊る影が見えた。
 天には雲も無く、ただ中秋の満月が孤影悄然として佇む。
 その月に翳るようにして、二つの人の形が浮かび上がる。
 ゆらゆらと揺れる天蓋が、尋常ではない出来事が起きているのだと示していた。
 それは有り得ぬ光景であった。
 熱に拠って歪んだ大気が、月の姿を溶けたバターの様に変えている。
 この様な大規模な現象を引き起こす熱源など、秋の中空に本来存在する筈もない。
 自然には起こりえぬ現象、ならばそれを引き起こすは人外の異形であろうか。
 轟音が響く。
 踊る影はその苛烈さを増して、輝きを散らす。
 それは恐るべき化生の者達の舞踏である。
 だと言うのに。
 秋の夜空で爆ぜる紅い炎は、喩えようも無く、ただ美しかった。




******


 ――大気が灼けている。
 断末魔の叫びが聞こえると共に、辺りを紅く染めていた炎が消えた。
 妹紅は息を一つ吐き、炭化したそれを見下ろす。
 人肉を食らう、下級の妖怪の死体である。顔すら判別できぬほどに焦げたそれは、ヒトとはかけ離れた姿をしていた。
 幻想郷の夜は暗い。加えて、この様な妖怪が闇の中に数多と蠢いている。
 ただの人間ならば一夜と生きられまい。
 ならば矢張り、彼女はただの人間では無かった。
 ――不死。
 妹紅の持つ属性である。
 吸血鬼や鬼などよりも遥かに高いレベルの不死力は、多神教の下位神と同じ域に達している。
 変化する事なく流れ続ける永い時間は、ただの人間として生まれた身には過ぎた呪いとなっていた。
「羨ましいヤツ……」
 恐らく苦悶、もしくは恐怖の表情をしているであろう炭化したそれの顔を見つめ、呟く。
 殺される瞬間、殺された後。
 この妖怪は何を思い、何を見たのか。
 背を向け、歩き出す。ふと思い立った様に妹紅が振り向くと、死体から炎が噴出し、完全な塵となった。
 風に乗って塵が往く。その様を興味が無さそうに一瞥すると、妹紅はより深い闇の中へ消えた。


******


 十月の西には、郷愁を誘う夕焼けが広がっていた。
 晩秋の夕暮れは人間、人外を問わず心を惑わせる。
 胸を締め付ける様な侘しさ、届かない過去への羨望。
 慧音は甘く落ちる様な鬱を感じ、夕焼けから目を反らした。
 夕焼けの僅かな時間が過ぎれば、明日の満月に向けていよいよ美しさを増す月が現れるだろう。
 月が中天に差し掛かる頃には友人との約束がある。
 それまで少しだけ眠ろうと、慧音は読みかけの本を閉じ、静かに目蓋を下ろした。
 この感傷を抱いたまま眠れば、きっといい夢が見られる筈だ。
 そうして静かな寝息が聞こえ始めた頃、一筋の涙が頬を伝う。
 矢張りと言うべきか、その涙は、とても幸せな色をしていた。


******


 ただ月が昇ってくるのを眺めている。
 今の彼女には目的などない。知りうる限りの娯楽も尽きた。
 只々流れる時間に身を任せ、麻痺した心を更にすり減らし。
 いつ来るとも知れぬ終わりを待つのだ。
 ――終わってくれれば、良い。
 終わりを求めるほど強く想っているわけではない。
 この考えは彼女の絶望の現れである。
 求めても得られる物ではない。ならばせめて。
 終わってくれるのを待つ。
 それまでは在らねばならない。
 夜半を過ぎれば、この擦り切れた心を揺り動かしてくれる者が来る。
 それまで、彼女は何かに縋るかの様に。
 ただ、月が昇ってくるのを眺めていた。


******


 それは古く美しい幻想。
 この世界が出来てまだ間もない頃の話。
 遥か海を隔てた大陸の、どこまでも広がる平原でただ一匹の獣が静かに眠る。
 獣の名は白沢。総てを知り、総てについて語りうる全知の魔獣。
 偉大な獣たちでも最古の者。彼らの始祖である。
 彼は世界についての総てを知っていた。彼は世界について深く絶望していた。
 ――今のこの世界からはこれ以上何も知りえぬ。
 知識を求め、ヒトを捨て、何時しか知識を求めた理由すら捨て、力の全てを知識を得る為だけに費やした。
 そうして総てを知り尽くしてしまった後、彼には何も残らなかった。
 今や彼に残された時間は僅かであり、遥か後の世に生まれてくる新たな事象について知り、語る時間は残されていない。
 獣の咆哮が響く。人間から酷く外れてしまったその声が、はっきりとした悲しみを帯びていた。
 やがて掠れた声で偉大なる獣は語り始める。
 今まで知り得た全ての事を。
 近くには偉大なる獣の死臭を感じたか、死肉を食らう卑しき獣が数体集まっていた。
 獣は語り続ける。
 彼らの為に。
 世界の為に。
 否、誰の為でもなく、何の為でもなく、ただ衝動に突き動かされる様に。
 二万と十八日後の夕暮れ、偉大なる獣は語りの途中で息絶えた。
 近くには数体の獣の姿があった。だが彼らは既に卑しい獣ではない。
 彼らは既に白沢の一族であった。白沢の語りによって、彼らの心には知性と誇りが芽生えていた。
 ――始祖が語った知識は、彼の知識の億分の一にも満たぬ。
 ――始祖に近づく為に。始祖の悲願を果たす為に。
 更なる知識を求め、偉大なる獣たちは中秋の満月の下で別れた。
 これが、白沢の一族の始まりである。


******


 月が翳った。
 直後、妹紅の体は左肩から腰にかけて袈裟に斬られ、地に伏す。
 ――何が起きた?
 不死の身ではあるが、傷はそれこそ死ぬほど痛い。
 妹紅は何とか起き上がろうと試みるが、既に下半身と上半身は完全に断絶していた。
 一撃で、何の迷いもなく、気配すら悟らせず。
 ここまで綺麗に殺されたのは長い人生の中でも初めてだ。
 右腕だけで顔を上げる。その拍子に綺麗な色をした内臓が地面に零れた。
 そして、
 それを目にしても、妹紅はそれが何なのか理解する事ができなかった。
 月の明るい夜である。
 暫し以前、いや、遥か昔より夜闇を友として生きてきた妹紅には明るすぎるほどだ。
 だと言うのに、多寡が数歩先に居るそれが。
 月に照らされ、返り血を浴びたそれが。
 よく見知った顔をしているそれが。
 一体誰なのか、判別できない。
「閉じよ、【村正】。……ほう、まだ生きているか」
 面白い、と詰まらなそうに呟き、それはハンマーの様な物を空中に出現させた。
 柄が短く、形は定形を為さずに絶えず轟と共に変化を続けている。
 轟の正体は雷鳴だ。紫電の光が全体を覆い、尋常ならざる力を周囲に放出している。
「偽式【ミョルニル】。打ち砕け」
 ハンマーが妹紅の頭蓋に振り下ろされる。
 為す術などある筈もない。その頭蓋は雷鳴と共に微塵の欠片に打ち砕かれた。
「閉じよ。……偽物とは言え神代の武器、人間程度では跡形も残らぬか」
 人間は大して変わっておらぬな、そう呟くと、それは空高く飛翔した。
「調子は上々である。却説(さて)……」
「お前、誰だ?」
 すぐ後ろから聞こえた声にそれが振り向く。
 そこには、たった今上半身と下半身を切断され、頭蓋を微塵に砕かれた人間が五体満足で浮いていた。
「幻術か、否」
 ――手応えはあった。確かに殺した筈である。
「その体は慧音の物だな……慧音はどうした?」
「もう一度殺せば判る事である。偽式【アンサラー】」
 言葉を唱え終わると同時に、それの手には剣が握られていた。
 刀身はこの世に存在するあらゆる物よりも遥かに薄かった。
 いや、言ってしまえば刃は通常の次元には存在していなかった。
 刃には厚みが存在しなかった。概念上でしか存在出来ない厚み零の刀剣が、概念と現実の壁を切り裂いて顕現したのだ。
 紛れもなく神域の魔術である。一度発動すれば、人の身で防ぐ事は不可能に近い。
 妹紅が先に攻撃を仕掛けようとした瞬間。
 厚みの無い剣戟、一筋の閃光が妹紅の胴体と首を切断していた。
 ――絶対先制。
 攻撃の為の行動を起こそうとした瞬間には、既に致命的に遅れている。
「閉じよ……ふむ、首を落としても死なぬか。永遠が何処かに入っておるな。旧い式。必滅を免れる代償が限りなく不滅。月の術式。カドを増やす事による限りない存在強化」
 蓬莱の者か、と今までずっと変わらなかった表情が微かに歓喜を表す。
 落ちていく首が炎となり、爆ぜるようにして拡散した後には五体満足な妹紅の姿があった。
「あんなヤツらと一緒にするな。質問に答えろ」
「如何な偽物の神器であるとは言え、傷が完全に再生している。果たして、殺しきれるものか疑問である」
 そう言ってそれは歓喜の表情を浮かべながら何も無い空間から槍を取り出す。
 その体が、ぐらりと傾いだ。
「ぐ……っ……。未だ……支配ならずか……明日こそは……」
「慧音!」
 妹紅は落下していくそれを受け止める。
 既に気配は消え、感じ取れる気配は慧音の物となっていた。
 慧音は妹紅の腕の中で静かに寝息を立てている。
 衰弱はしているが、常日頃の彼女と比べ、変わったところは見受けられなかった。
「………………」
 妹紅は地面に降り立つと、ゆっくりと慧音の体を下ろした。
 何が起きたのかは、目が覚めてから訊けば良い。
 何故か明日の月が昇るまでは安全だと言う確信があった。
 隣に寝転ぶと、妹紅はすぐに眠りに落ちた。


******


 白沢だ、そう慧音は言った。
 体の中に居た者の正体を尋ねた妹紅に対しての答えである。
 既に日は高く昇っている。時刻は昼を越えようと言うところか。
「始祖の死を見て、或る白沢は巨大な術式を編んだ」
 元より白沢も死すべき存在である。だが白沢が知り得る事に対して、後世に語り継ぐと言う手段では到底追いつく事ができない。
 たとえ生涯を全て費やしたとして、語る事ができる量は知り得る事の万分の一にも満たぬ。
 それでは始祖に追いつく事など出来ぬのだ。
 ならば、
 自己を永遠に保存したまま、知識を集めれば良い。
 そして彼はある術式を完成させた。
「まず彼は始祖が歩んだ道、始祖が【成った】手段を簡易化し、術式化して世界に広める事で、人間から白沢に【成りやすく】した。私のような白沢の始まりだ」
 妹紅は正体だけ分かれば良いと言うのに、慧音はその歴史まで語り始める。
「そしてその術式の中に自分の精神を憑依させる術式を仕組んだ。ある条件が満たされるとその術式が発動し……」
 ――限りなく始祖に近い、原初の白沢が現れる。
「彼の目的は只々知識を得る事だけ。だがその為ならばどんな事でもする」
「……それで、憑依を解除する方法はあるのか?」
「この術式は数日の間だけしかもたない筈だ。……いや、それだけあれば彼にとっては十分なんだろう」
 昨夜出合った力が、他の者に向けられる。その意味を妹紅は考えた。
 ――生き残れる者など僅かであろう。
 否、生き残れる者など果たして居るのか。不死である自分に対してさえ彼は殺しきる気で居たのだ。
 一度殺されれば死ぬ人間たちが、あの太古の魔獣を相手に生き残れるのか。
「……いいや、私には関係ない事か」
 そもそも全ての者に対し攻撃的とも限らないのだ。
 話を聞く限りではあくまで知識を得るのが目的であって、無意味な殺生などはしない筈である。
「妹紅……」
「悪いが私は逃げさせてもらう。あんなのを相手にしてたら命がいくつあっても足りないからな」
 元より、
 他人の事などどうでも良い。
 ただ慧音が無事ならば、それで良いのだ。
 無力な者がどうなろうと知った事ではない。そんな事の為に使う、安い命は持ち合わせていない。
「……妹紅、頼みがある」
 それでも。
 妹紅は、もう一度あの獣と戦うだろうと言う確信があった。
「白沢を止めてくれ、妹紅」
 慧音は、人を守る為に知識を得たのだ。その事を妹紅は知っている。
 無力を嘆く大人の為に。涙を流す子らの為に。
 全ての理不尽の悪から、人々を守る為に。
 ならば、続く言葉は分かりきっていた。
 そして、自分が慧音の頼みを決して断らない事も。
「もし誰かに累が及ぶ事になるのなら……私を殺してくれ、妹紅」


******


 十月の西、その先に日は落ち、世界は闇に覆われる。
 彼女はいつもそうする様に、ただ月が昇ってくるのを眺めていた。
 擦り切れた心が微かに震えるのは、恐怖故か。
 いや、その何とも形容出来ぬ感情は微かな熱を伴い、彼女の精神を奮い立たせていた。
 これより開幕するのは、人外などと言う枠を超えた本物の魔獣との闘争である。
 だと言うのに、彼女の心に恐れはない。
 ただ在るだけだった彼女は今この時、確かに生きていた。
 ――人生が死ぬまでの退屈しのぎならば、退屈した時人は死ぬ。
 そう言ったのは誰だったか。
 気付けば彼女は笑みを浮かべていた。
 間もなく訪れる親しい友人を待つような、穏やかな笑みを。
 焔の羽を広げ、月まで届くように高く飛び上がる。
 月を遮った影は、何度でも蘇る不死鳥の様に見えた。


******


「人間、殺される準備は出来たか」
 月が中天に差し掛かる頃、白沢は現れた。
 聞き慣れた声の筈なのに、冷たく厳かな印象を受ける。
 謂わばそれは傾聴すべき知者の声なのだ。
「答えぬか。否、我すら未だ知り得ぬ貴様の死、語りえぬのは当然である」
 いつの間にか白沢の手には槍が握られていた。
 見た限りではただの槍である。昨夜見た神代の武器の様な威圧感も感じられない。
 だが油断は出来ない。あの獣がただの槍などを持ち出す筈がないのは重々承知している。
「一つ答えろ、語る者よ」
「……なんであるか、人間よ」
 彼は知識を得る者であり、語る者である。この様な手順を踏めば質問には答える。
 妹紅はそう慧音から聞いていた。
「私を殺した後、お前は何をする?」
「……ふむ、手始めに村落の住民を採取するとしよう。人間とは時代に拠って随分変わるモノである。……惰弱な部分は変わらぬがな」
 白沢はそう笑って言い捨てると、槍を宙に固定した。
 穂先は真っ直ぐに妹紅を向いている。
「……そうか。ならやる事は決まった」
 炎が巻き上がる。
 周りの空気が歪み、陽炎が立ち昇り始める。
 赤く、紅く。夕焼けの様に空を染めるその色は、妹紅の心の中で燃え盛る決意の色だ。
「私がお前を止める。来い、白沢」


******


「偽宝【莫野の宝剣】」
 槍を空中に固定したまま、白沢はそう宣言した。
 現れたのは刀身が光で出来た剣である。柄の部分には貴金属・宝石が惜しげもなくあしらわれている。
 これが只の剣であるならば、避ける必要などない。己の不死性を頼りに反撃すればいいのだ。
 しかし妹紅は回避を選択した。相手の力が強大である以上、なるべく危険を侵すべきではないと判断した為だ。
 飛来した宝剣をかわす、その直前。
 光で出来た刀身が微かに伸び、その結果妹紅の腕にかすり傷をつける。
 同時に首にぷつりと切れ筋が入る。
 首に出来た切れ目が広がり始める。
 それを認識した妹紅は、脳と体が断絶される寸前に意識を集中、自己再生を起こす。
 ――触れただけで、首が飛ぶ。
 成る程、只の人間であれば恐るべき威力を発揮するであろう。
 だが妹紅は只の人間ではない。この程度の威力であれば、幾らでも捌ききれる。
「不死【火の鳥 ―鳳翼天翔―】」
 広げた掌の上で生成された、小鳥ほどの大きさをした炎の鳥は、放たれると共に大きな焔の鳥へと変貌して白沢へと襲い掛かった。
「偽宝【荒風旄】」
 鳳凰を模した巨大な焔の鳥は、しかし出現した旗の前に掻き消えた。
 旗から放たれたのは冷気である。瞬時にして凍りついた大気中の水分が、きらきらとした光を放っていた。
 ダイアモンド・ダストだ。冷却された大気が悲鳴の様な甲高い軋みを上げた。
 その光が、またも一瞬にして燃えさかる紅にとって変わる。
 掻き消えた筈の焔の鳥が空気を戦慄かせ蘇る。
 今や冷気すら焼き尽くし、鳥は一直線に白沢へと向かう。
「ほう……閉じよ、【莫野の宝剣】、【荒風旄】。偽宝【太極図】」
 焔の鳥が白沢に接近し、命中するかと思われた瞬間、
 焔の鳥は妹紅の目の前に現れた。
「なっ……」
 スペルを解除する。
 途端、焔の鳥は声も上げずに消滅した。
「……空間操作か」
 まるでどこぞの隙間妖怪の能力である。
「閉じよ。ふむ、この程度ではまだまだ死なぬか。矢張り……」
 槍を使うか、そう言って白沢は槍を手に取った。
「偽釘【エレナの聖釘】」
 白沢が宣言した瞬間に、既に妹紅の手足には釘が打ち込まれていた。
「拘束術式、磔刑【聖者は磔にされました】」
 痛みを感じながらも、それでも釘を抜こうとした瞬間。
 妹紅は微塵も動けない事に気付く。
 いつの間にか腕は広げられ、体全体で十字を示すような体勢で空中に固定されていた。
「ふむ、より効果が強くなっておる様だな。ならば」
 この槍の効果も強化されておろう。
 そう言うと、白沢は槍を軽く放り投げる。
 緩やかに上昇した槍は、頂点に達したところで勢いを変え、妹紅のわき腹に突き刺さった。
「ぐ……ぁあああああああああああああ!」
「偽式【グングニル】」
 壮絶な痛みの中、妹紅の目には銀色の光を放つもう一本の槍が見えた。
 銀色の槍は、ミョルニルと同様に不定形だった。だが一瞬として槍でない瞬間は無かった。
 周りを紫電が覆っていたミョルニルと違い、銀色の槍はただ神気だけを放っている。
 もう一つ違っている点がある。存在力である。
 周りに存在するあらゆる物、白沢すらも霞んで見える存在力。世界がぼやけ、ただ銀色の槍だけが妹紅の世界の全てになった。
 真っ直ぐに飛来した銀色の槍は、妹紅の左胸に突き刺さり、心臓を完全に破壊する。
 世界を丸ごと飲み込んだ様な苦痛が、体内で荒れ狂う。
 それでも妹紅は死なない。否、死ねないと言った方が正しいか。
 発狂には十分すぎる痛みを受け、それでも発狂すら叶わず。
 数秒後には完全な再生が始まる、
 筈だった。
「閉じよ【グングニル】。発動せよ、神殺【ロンギヌス】」
「あ……」
 胸に突き刺さっていた槍が消え、わき腹に突き刺さったままだった槍が怪しく光る。
 妹紅は、初めて死が近づいてくるのを実感した。
 ――落ちていく。
 落ちていく場所は一面の闇である。
 その闇の先に、失われていく自己への悲しみと、微かな安らぎがあった。
 傷の再生は、始まらない。
「それは聖人の【死】を確認した槍だ。死んだ者がそれに刺されると、彼の者以外蘇る事など叶わぬ」
 基督教圏の祈りが反転して、呪いとなってキリスト以外の復活を妨げる。
 そこから蘇るには、呪いを完全に跳ね返す事が必要となる。
 だが一個の存在である者にとって、この呪いを弾く事など限りなく不可能に近い。
 対不死者用最終術式エリ・エリ・レマ・サバクタニ
「それがこの槍だ。念を押して本物を召喚した故、これが駄目ならば」
 却説、どうしたものか。
 白沢は興味に燃えた瞳で妹紅を見つめる。
 そして妹紅の意識は、完全な闇の中へと落ちていった。


******


 このまま眠れば、ようやく死ねる。
 闇の中で、ぼんやりと妹紅は月を見上げていた。
 只ひたすらに永かった。
 生きる事などとうに止めて、最早ただ在るだけだった。
 これ以上は在りたくない。
 自分が見る最後の物が、あの美しい満月ならば、それだけでも良かった。
 疲れた一日の終わりに、自然に眠るようにただ妹紅の意識は暗闇へと落ちていく。
 いよいよ目蓋を閉じ、眠りに身を任せようとした瞬間。
 声が聞こえた。
 それは、
 無力な者を助ける為に、力を求めた者の叫び。
 擦り切れた自分の心を、ただ一人癒してくれた者の嘆き。
 助けを求める、友の声。
 妹紅の目蓋が開かれた。
 不死の炎が燃え上がる。ならばまた、不死の煙は満月へ届くようにどこまでも立ち昇って往く。
 暗闇を焼き尽くすように紅く輝く光は、晩秋の夕暮れの色をしていた。
「リザレクション!」
 最早迷いなど無い。
 一直線に、妹紅は満月へと飛び上がって行く。
 そして、
 ヒトの身には破れぬ筈の呪いが、破れた。


******


 轟と言う音がして、妹紅の肉体が炎と化した。
 拘束術式を焼き尽くし、槍を焼滅させ、炎が拡散する。
 後に残ったのは塵だけである。
 その塵が、炎を吹き、人の形を成し……
 塵よりよみがえり、妹紅が其処に立っていた。
「……素晴らしい。これは……」
「慧音……今日だけは、お前の為に『生きて』やる!【フェニックス再誕】!」
 数多の焔の鳥が白沢目掛けて打ち出される。
 天蓋が歪む。月が溶ける。轟音が響く。
 生まれ出でた歓びに甲高い鳴き声を上げて、焔の不死鳥の群れは真っ直ぐに秋の夜空を翔けて往く。
「我、遂に新たな事象に到達せり!往くぞ不死人、塵も残さん!浄炎【ソドム】・浄炎【ゴモラ】!」
 対して、白沢は歓喜に顔を綻ばせながら宣言する。
 断罪・浄化の属性を……否、【神性】を帯びた炎が出現した。
 如何なる術式の為せる技か、現れたのは正真正銘の神の炎である。
 対象に関係する全ての存在を、此岸から焼滅させる窮極の神技。
 放出される神気だけで周囲の人間までもが塩の柱に成って果てる、その炎に対して。
 数多の焔の鳥は融合し、一つの巨大な不死鳥となった。
 両者が激突する。法則と法則が互いを喰らい尽くそうとする、紛れもなく神の領域の闘争である。
 荒れ狂う空間・時間・存在。――世界――。
 その中に在っても妹紅は微塵も揺らがず、白沢へと問いかけた。
「答えろ白沢!お前は何の為に力を、知識を得た!」
「始祖の悲願を果たす為也」
 自分が何をしようとしているのか、妹紅は自分でも驚いていた。
 らしくない事をしているのは分かり切っている。
「じゃあ始祖は何故知識を求めた!力を求めた原点は何だ!」
「……それは……」
 それでも、訊かずには居られない。
 問いの答えは分かっている。確信がある。
 慧音の心の中にあった物。
 人間の心の中に輝く光。
 今、妹紅の心の中でも燃え盛る、強い答え。
 遠く、遥か昔に消えたと思っていた。だが、今確かに胸を焼くこの気持ち。
「それは……」
「誰かを!守る為だろうがッ!」
 神の炎が、不死鳥に押され始める。
 白沢は更に強力な術式を……妹紅に打ち勝てる術式を、歴史から検索する。
 返ってくるエラー・エラー・エラー。
 勝てる術式が、見当たらない。
 否、威力で勝る術式は幾らでもある筈だ。
 だがそれらを用いたとて妹紅には絶対に勝てない。白沢自身が強くそう思ってしまっている、その結果なのだ。
「何故だ……」
 何故この女は、これ程までに強いのだ。
 ただ知識を求める為だけに在り、常にそう在った彼には、その理由が理解出来ない。
「何故……勝てない……」
 遂にソドムとゴモラを喰らい尽くした不死鳥が甲高い雄叫びを上げた。
 その腹を突き破って、炎を纏った妹紅が白沢の眼前に飛び出す。
「自分で考えろ!この大馬鹿野郎ッッッ!」
 そして、
 勢いと体重が乗った右ストレートが、白沢の顔面を捉えた。


******


「我の負け、か……」
 夜は静けさを取り戻し、月は丸い形を取り戻している。
 空を翔ける化生も、歪む天蓋も消え、頭上には只々美しい夜空が広がるばかりである。
「ああ、お前の負けだ。出直して……いや、やっぱり出直すな」
「新たな疑問が……見つかった……答えを……探さねば……」
「おい聞け。せめて後ちょっとだけこの世にしがみついて私の言う事をちゃんと聞けって何どっか行こうとしてんだ別にいいけど二度と来るなよ。……あークソ聞いてないな」
 白沢の気配が薄れていく。何処に流れていくのかはわからない。きっと妹紅が感知できない次元を通っているのだろう。
 そして残ったのは、寝息を立てて眠っているボロボロの慧音と、死なないけど色々なところが痛い妹紅だけである。
 妹紅はその場で仰向けに寝転がった。
 視線の先には満月がある。
 いつもただ空虚な気持で見上げていたそれが、今夜だけは美しく思えた。
 それだけで、今回の騒動の報酬は十分だと妹紅は思った。
 しばらく月を眺め、やがて睡魔が襲ってきたところで、
「ああ、退屈だ」
 そう言って、彼女は静かに眠りに就いた。


******



[19783] 【復讐シリーズ】 パチュリーの魔術講座 ~初級者編~
Name: 目玉紳士◆25e380c6 HOME E-MAIL ID:97d4a833
Date: 2010/07/11 23:53
******


「ある異教徒差別主義者の魔術師はかつてこう言ったわ」
 パチュリー・ノーレッジが口を開く。いきなり毒舌だった。
「『神とは無限の可能性である』」
 それからもう一つ、と彼女は続けた。
「別の魔術師はまた、『世界は事実である事の綜合である』と」
 さて、今日はこの二つの言葉を軸に、貴方に魔術の基礎理論を教えてあげましょう。
 とても気だるそうに、全く関係ない本から目を離さずに、斯くしてパチュリーの講義が始まった。


******


 世界は事象の総合である、これは一つの面に於いては正しいわ。
 つまりこれは、今と言う時間に限って、正しいと言う事。今起こっている事象を足していけば、世界のピースはほぼ全て埋まるの。
 でもこれには時間の経過と言う概念が含まれて居ない。
 果たして、未来に於いても、今起きている事象がその根幹の全てを成していると言えるのか。
 いいえ、過去に於いて、その時起きていた事象が、全て過不足無く今を成しているのだろうか、と言う問題ね。
 あちら側の人間には、それがどうやら真であると思われているようね。
 けれど、それは違う。何故なら、あちら側では失われた大きな一つの法則があるから。
 そう、魔術よ。貴方が求めてやまない、復讐の為の道具。事実以下の物を現出させる方法。
 この法則を念頭に置いて書き変えると、こうなるの。
 『世界は可能的なる事の綜合である』。



******



 ……むかし、むかし。
 そのまたむかし。
 更に更にさかのぼった、世界の始まりのグラウンド・ゼロ。
 そこには全ての事象がありました。
 そこには全ての可能性がありました。
 ある魔術師が『根源』と呼ぶ物。ある宗教狂いの哲学者が『神』と呼ぶ物。
 それが『それ』よ。
 『それ』が弾けて、最初の世界が生まれたの。
 その最初の世界の内、大きな可能性……途方も無く大きな可能性、無限に限りなく近い可能性が、混沌の中で波打っている時、個として分かれ、精神を持った者が、我々が普段呼んでいる『神』よ。
 或いは、『神』ではなく、『グレート・オールド・ワン』と呼ばれる物や、『エルダー・ゴッド』と呼ばれる物。
 総合して『オールタイマー』、或いは『エターナル』と呼ばれる事もあるわ。
 これらは全て世界の最初期に個としての精神を持った者達。
 それでは、個を持たなかった物はどうなったか。個を持たなかった、けれども無限に近い可能性を持った物はどうなったか。
 それが私たちが暮らしている『世界』になったの。
 この『世界』と言う物も、『神』と呼ばれている物と同様に、無数に存在するわ。
 『世界』と『神』とは混沌の中に存する同格の物と言う訳ね。だから、神には世界の間を自由に行き来する能力が備わっている。
 神以外にもその能力を持つ者が居るけれど、これはまた後で説明する事にしましょう。
 最初期の『混沌の世界』から生まれた無数の『世界』。これが私たちが普段生きている世界。
 さて、無限に限りなく近い可能性を孕む『世界』の、更に内部では、再び可能性の分配が始まったわ。
 数十億年間燃え続ける可能性。光の速さで宇宙を駆ける可能性。或いは、人として生れ落ちる可能性。
 無限に限りなく近い可能性が、無数に細分化されていった結果、世界は今のこの形態を獲得したの。
 此処までが前提。
 まあ大体言いたい事はわかったでしょうね。
 そう、魔術と言うのは、この『可能性』を利用する物なの。
 実現に満たなかった可能性、必然に満たなかった可能性。
 これらは、私たちの周囲に無数に揺らめいている。
 例えば、此処に水が一滴存在する可能性。
 『大気中に存在する水気は、何故一滴の水ではないのか』。
 手順に沿って、そう揺さぶりをかけると、

 ――ぽたり。

 と、こういう風に、水が出現するわ。
 まあ、これはとても簡単な例であって、当然、より低い可能性に向かうにつれて、より高度な魔術理論が必要になってくるの。
 だから、例えば今此処に恒星の中核並の温度を持つ火球を出現させるような事はとても難しいわ。
 ……但し、これには例外があってね。
 生来、ある特定の可能性に対して、ほとんど自由に操作する事が出来る、そんな存在も居るの。
 十六夜咲夜。レミリア・スカーレット。フランドール・スカーレット。八雲紫。他にも幻想郷には数多く居る、彼女達のような『大いなる可能性』ね。
 昔は……人間の歴史程度で遡れる昔でも、こういった存在が人間にも何人も存在したわ。海を割る者も居たし、触れただけで病気を治す者も居た。
 人間に割り振られる可能性がまだ大きく残っていたのよ。
 でもね、人間が増えるに従って、こう言った『大いなる可能性』は細分化され、普通の人間と大差ない程度の能力に留まってしまった。
 境界を自由に操る程度の能力から、境界の裂け目を見つける程度へ。
 空間を自由に操る程度の能力から、現在地と時刻がわかる程度へ。
 そんな風にね。
 ああ、勿論貴方には『大いなる可能性』の欠片もない。小さな欠片すらないわ。無能よ。戦闘力たったの6よ。ゴミね。
 落ち込まないの。『大いなる可能性』じゃなきゃ結局スタート地点は似たような物よ。と言うか咲夜だって実は時空魔術以外は大した事ないわ。
 だから、貴方は私と同じように理論を学ばなければならない。人間風情なりに頑張りなさい。
 さて、魔術の基礎についてはこんな所かしら。
 これからはね、魔術を学ぶ者が覚えておかなければならない事よ。
 グレート・オールド・ワン、カオス・オールタイマー、ロウ・エターナル。面倒だからまとめて邪神と呼んでもいいわ。
 神と同格の力を持ち、けれど邪悪な目的を持って世界から世界を渡り歩く者達。或いは、他の神に封印せられし者達。
 決して、彼らに手を貸してはいけない。
 この世の如何なる悪をも超えた、邪悪が彼らの本質なのよ。
 彼らと敵対する事こそが、この世に存在する全ての者に課せられた義務。特に魔術に関わる者であれば、ね。
 何故かって?
 彼らはね、無数に存在する『世界』を壊そうとしているからよ。
 ……いいえ、もっと正確に言いましょうか。
 彼らはね、『可能性』を一つに纏めようとしているの。
 一つの『世界』に内包された可能性を、一つに纏め、吸収する事が出来れば、彼らは彼らと敵対する者……エルダー・ゴッド、ロウ・オールタイマー、カオス・エターナルよりも強大になれる。
 それを続ければ、彼、もしくは彼女は、いつかただ一つの高みへと届くでしょう。
 唯一の、絶対なるそれ。『根源』。狂信者が唱えた唯一の神。原初の光。
 少なくとも、それを『手段』として動いている事は間違いないわ。その後何を成すつもりで居るのかはわからないけれど。
 だからね、彼らに組すると言う事は、『全ての』世界を裏切ると言う行為なの。
 故に、彼らがどれ程恐ろしい存在であろうと、決して屈してはいけない。
 ……以上よ。今日の所はこれで……何? 何か質問?


******


「その…邪神って言うのが恐ろしいのは分かりました」
 講義を静かに聴いていた人間が、おずおずと口を開く。
「まあ、今の貴方が直接出会ったら一瞬で発狂する程度には恐ろしいわね。SAN値直葬と言う奴よ」
 だって『世界』に存在する恐怖と狂気の全てを相手にするような物なのだから。そうパチュリーは続ける。
「でも……もしかしたら」
「何?」
「もしかしたら、彼らは……子供が欲しいんじゃないでしょうか」
「……子供?」
 ――子供? 邪神が? 希望を嘲笑い、夢を捻じ曲げ、未来を、可能性を壊す事を続ける彼らが?
「有り得ない……と言いたい所だけど」
 もしかしたら、彼らには正邪は存在しないのかも知れない。
 例えば、無数の蟻を殺す事で人間一人を生み出せると言うのであれば、それを邪悪と言えるのだろうか。
 彼らから見たら、人間や妖怪やその他諸々の、この世界に通常存在する物は、全て蟻のような物だ。
 人間が潰される蟻に同情しないように。彼らは殺される可能性に同情しない。
 だとしたら……
 いいや、だとしても、彼らが『我々から見て』邪悪な事には変わりはない。
「……それでも、私たちにとっての脅威には変わりはないわ」
「いやまあ、そうなんですが」 
 そう答えつつも、一つ、教える筈の人間に教えられた気がしたパチュリーだった。


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[19783] 【復讐シリーズ】 蛍火&あたらしい呪術~悪魔祓いから見る基督教系呪術の考察~ プラスコミュニケーション感謝パック
Name: 目玉紳士◆25e380c6 HOME E-MAIL ID:97d4a833
Date: 2010/07/14 16:54
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《蛍火》


 歌が、聞こえる。


 私は目を覚ます。水気がじとりと肌にまとわり着く、夏の夜である。


 それは、鎮魂歌のようであった。けれど、西洋式の壮大なそれではなく、郷土的な、子守唄の感がある、寂しくも美しい音だった。


 蛍の火が、ゆらゆらと揺れる。合わせるように、歌もゆらゆらと、まるで空に音源があるかのように、遠くなり、近くなり、けれど絶える事はなく続く。


 あやかしの仕業だろう、と私は判断した。何の力も持たぬ、ただの人間である私は、その時まで、あやかしは恐るべきものと規定していた。


 なのに、何故だろうか。


 ふと気がつくと、私は寝巻きのまま、草履を履き、歌が聞こえる方へと歩き出していた。歌は家屋から程近い沼から聞こえてくる。


 歌の効果、ではない。歌で人を惑わせ、襲い、喰らうあやかしも居ると聞くが、私は全く正気で居るのだから、これは違うのだと断ぜられる。


 私は何故か、歌っているあやかしを見てみたいと思ったのだ。


 やがて歌の意味が判然としてくる。


 蛍へ向けた、鎮魂歌であった。


 まるで、歌い手自身が蛍であるかの如く、万感の思いが込められているのが分かる。哀しみと優しさが同居した歌だった。


 そして私は、歌い手である彼女の姿を目にすると、その意味を理解した。


 彼女は、蛍の妖怪であったのだ。


 一つ、光り、一つ、消え、その蛍の光を、優しい目で見つめながら、彼女は歌っている。


 空には五分の月が、やや西の方へと傾きつつあり、薄い雲がその光を朧としている。けれど、私は彼女の姿をはっきりと見る事が出来る。


 蛍の火が彼女を照らしているのだ。


 ――幻想、と。


 言わずして、何と言おうか。舞うように、ゆらゆらと、彼女は歌う。蛍たちへの鎮魂歌を。


 蛍たちは、そんな彼女の周りに集まり、彼女を照らす。ゆらゆら、ゆらゆらと、光が踊り、消え、空へと昇り、降り、それを繰り返す。


 歌は区切りがついたようで、彼女は蛍の火から離れ、私の方へと飛んできた。


 あやかしは、恐るべきものである。つい先刻、目が覚めるまではそう思っていたのに、私は彼女を待った。


「蛍はね」


 と、私の隣に腰を下ろした彼女は口を開いた。


「すごく、弱いんだ」


 自嘲するように、寂しそうな笑みでそう言った。


「なのにね、自分の命を燃やして、火を出すの」


 だから、あれほど美しいのだろう、と私のような人間は思う。だが、蛍のあやかしである彼女は違う思いを抱いているようであった。


「……馬鹿、みたいだよね。私みたいに長生きして、力を持てば、もっとずっと生きられるのに。でも、それでも」


 それでも、と言葉を詰まらせる。


「あの子たちは、それで良いと思ってる。……ごめん、自分でも何が言いたいのか分からない」


 なんとなく、彼女がどんな気持ちなのか、私には理解出来た。


 彼女も、そうしてしまいたかったのかも知れない。命を燃やして、たった数週間の命を生きて、それで御仕舞にしてしまいたかったのかも知れない。


 だから、こんなに哀しそうなのだろう。


 それでも、と私は口を開く。


 君は、歌っていたじゃないか、と。


 ――彼女がもし、あやかしとならなかったなら。


 誰が彼らを弔うのだろう。鳥も獣も、人間も、誰も弔いはしない。人間は感傷を抱くが、それで終わりだ。


 だから、もし自分が居る理由が曖昧となって、不安になっているなら。


 それが理由だと思えば良い、と私は告げた。


 そっか、と蛍のあやかしは、小さく呟いた。


 そして彼女は、立ち上がると、静かに浮かび、空へと飛び上がって行った。


 歌が再び始まる。蛍を弔う歌が、先刻よりも少しだけ明瞭となった歌声で。


 私はしばらくその光景を眺め、やがて月が更に西に傾いたのを見つけると、これ以上彼女たちの邪魔をせぬよう、静かに、幻想へと背を向け、歩き始めた。


******



















******


《あたらしい呪術~悪魔祓いから見る基督教系呪術の考察~》

 
 ……と言った弱点を皆さんはご存知かと思いますが、
 それでは、彼らが水や銀に弱いのは何故でしょうか?
 それは、彼らが本質的には幻想の存在であるからです。幻想の存在である彼らは、水にも、銀にも、その姿が映る事はない。
 つまり、彼らは、【彼らは存在しない】と証明する物に対して、非常に弱いのです。
 これはまた、基督教を信じる者が彼らに対して強い事の類例でもあります。
 基督教の信者は、彼らを強く否定するからです。【主の御名において】、或いは、【そうあれかし】。つい先日説明した場所ですね。
 しかしまた、彼らがより強くなる条件も然りなのであります。
 例えば、【彼らの存在を信じる者】、【彼らを恐怖する者】、またそれらの血液などが彼らの糧である事は有名です。
 総括致しますと、基督教系の術者を目指すのであれば、恐れぬ事、受け入れぬ事と、この吸血鬼の項はただそれだけの話です。
 それでは次のページを開いてください。
 この図はウイチグス呪法典からの引用となっていますが、これは解釈が読み手によって分かれる物でありまして、と言うのは実はこの法典は科学的、物理学的な意味で捉えようとした時にも整合性が取れるよう偽装されているからでありますが、その真なる意味はと言うと…
 

******


 ……マズい。
 非常にマズい。
 果たしてあの外側から来たと言う先生サマが今現在話しているのは、日本語なのだろうか。まずはそこが論点となって然るべきだろうと思うのですよ。
 ですよ。ええい何だそのウイチグス呪法典とやらは。図を見ても物理学的な意味すら理解出来ないと言うのにどうやって真なる意味を理解しろと言うのだこのヤロウは。
 あ、話がまた逸れた。雑談とかヌカしつつも意味不明な言葉の羅列でしかもそれをジョークとしてきっちり捉えている周りの連中は何なの? 天才なの?
 でなければ、私がお馬鹿さんと言う事になるが、それは断じて認めないので周りは天才だらけなのでした。めでたしめでたし。
 全然めでたくない。ただの人間である私は、こうやって魔術を身につけなければ何の力も持てないと言うのに、全く話が理解出来てないという事は全く魔術の習得が進まないと言う事だ。
 いや、アイツ(=先生サマ)の話は何かもう魔術ってより衒学に近くなってる気がする。ドグラ・マグラってなぁに?
 手元の教科書?にはそんな怪しげな言葉は無い。無いと言うのに、何故か先生サマはヒートアップ。読むと一度は気が狂うとか言ってるが、確かに納得だ。こいつはキチガ
 いやいやいや。駄目です禁句ですタブーです。うるさい人たちが文句つけてくるからそう言う事はメッ!なんですよ。
 しかしそれはそれとして、魔術の習得ってアレじゃないの?ほら、魔法の杖とか箒とか棍棒とかをぶんぶん振り回して撲殺じゃなくてぴぴるぴるぴる言いながら目からビーム出すもんじゃないの?
 ちょっと違うかも知れない。
 それにしても、実習とかまるでやらないよ? ずっと座ったままこいつのキチガイ染みた知識を披露されてるだけだけど、これを理解すれば魔法が使えるようになるの?
 あ、ヤバい。キチ言ってしまった。聞かなかった事に。駄目?
 駄目か。そうか。ならば死ねー! エターナルフォースブリザード! 相手は死ぬ!
 うわ、超かっこいい。魔法が使えるようになったら使おう。いつになったら使えるのか分からないけど。
 そんな事をぼーっと考えていたら講義が終わってしまった。今日飲み込んだ知識は一つ、吸血鬼の弱点についてのみ。
 ……どうしよう。
 ……とりあえず、
 実習、
 してみようか。


******


「何か御用でしょうか」
「貴方様の主であられますレミリア・スカーレット様を打ち倒したく存じますので、不躾で誠に申し訳ありませんが、どうかそこを退いて頂けないでしょうか」
 私は出来うる限り礼を尽くして目の前のメイドへと頭を下げた。
「……そんな事を言われて通す訳がないでしょう。と言うか門番はどうしたのかしら?」
 門番は通してくれたのに、どうやら駄目っぽかった。いやそれ以前に通した門番が駄目っぽかった。
「駄目駄目ですわ」
「はぁ、そうですか。それでは失礼をば」
 頭を抱えたメイドの横をさりげなく通り抜ける。
 ヒュン。
 ナイフが飛んできた。
「ええと」
「通す訳がないでしょう?」
「………」
 未だ魔術の欠片も使えない私には、このメイドの異常なまでの戦闘力に対抗する術はない。
 むしろ私の性能では最高までレベルを上げてもこのメイドは倒せない気がする。
 つまり、私がやる事はただ一つ。
「……すみませんでした! 今すぐ帰ります!」 
 逃げるのである。逃げの一手である。追いかけられたら頓死確定だけどきっとこっちは物凄く弱いし見逃がしてくれるよね。
「逃がしませんわ」
 くれませんでした。ファxク。
 気付かない内に簀巻きにされました。残念、私の実習はここで終わってしまった。
「それで、どうして私の主を打ち倒そうと考えたの?」
「話すと長くなるのです。と言うわけでこの縄を解きやがれです」
「ナイフでざくっと解いてあげましょうか」
 メイドさんは大量のナイフを取り出しました。笑顔で。超殺されると思いました。英語で言うとオーバーキル。かっこいい。される側だけど。
「すみませんでした今すぐ全部ゲロしますので許してください」
 そして私は語り始める。
 まず出生の秘密からだ。私は極々平凡な両親の下に生まれたと見せかけて実は極々平凡な両親の下に生まれたのだった。
 そして物心ついた時から、私は極々平凡に暮らしていたと見せかけて実は極々平凡に成長していったのだった。
 そんな事を一時間ほどつらつらと語っていたら、ナイフが段々近づいてきました。だから長くなるって言ったのになんで殺る気満々なのこの人。カルシウム足りてないってきっと。
「大事な所だけ話せばいいのよ。と言うか貴方そんな平凡な事をよく一時間も語れるわね……聞き入ってしまった私も私だけど」
 昔から話をするのは好きなのです。
「それで?」
 大事な所。
 そうだ、話すとするならば切欠だろう。
「……蛍の妖怪をご存知ですか」
「ええ、まあ。私が知ってるのと同じのなら多分」
「つまりそう言う事です」
 よし、なんか決まった。なんかそれっぽい事言ったから納得してくれる。
「どういう事よ」
 くれませんでした。フxック。
 けれど、その本当の理由はあまり話したくない。とても情けない理由だから。
「……」
 あと、お話するのは好きだけど嘘は下手です。そして嘘ついたのがバレたら殺されそうなので黙ります。
「……どうしても話せないのかしら?」
 あ、良い人補正来た。きっとこのまま解放…
「それじゃあ、お嬢様の今晩の食事が調達出来ましたわ」
 この世から解放してくれるらしい。わぁい。
「……凄く情けなくて話したくないのですが」
「いいわよ、貴方がどんなにかっこ悪くても私は気にしないわ」
 あ、フラグ来た。きっとこのままこの人と相思相愛に……
「余りに下らない理由だったら夕食のメニューに肉が増えるだけですし」
 なる訳がなかった。超怖いよこの人。
 仕方ない、と私は話を始める。 
 私がどうして魔術を会得しようとしたのか、その始まりを。


******


「……と言うわけです」
「間を空けただけじゃない。本当に刺すわよ」
 きっと誤魔化せると信じていた手法が全く通じなかった。
 いやほら、こうすれば何となく語った気になるし語られた気になる不思議なトリックなのですが、完璧超人なこの人の前ではきっと下等超人のこっちの考えなど余裕で透け透けなんですよ。なんかエロい。
 その完璧超人さんは、ナイフを一本一本数えつつ、「何本目に死ぬかしら…?」とか言ってました。
「……本当にくだらなくて情けない理由なんですが」
「焼き方はレア・ミディアム・ウェルダンのどれが良いでしょう?」
「焼かないという選択肢はないんですね」
「人間の生け造りはグロテスクなのよ」
 今度こそ本当に殺されそうなので、仕方ない、と私は話を始める。
「……蛍の妖怪をご存知ですか?」
「さっきも聞いたわよ」
「その蛍の妖怪なんですが、私めにとても許せない事を致しまして、魔術を覚えようとしているのはその復讐の為なのであります」
 復讐。
 そうだ、これは復讐なのだ。メラメラ。燃える。目指せダークヒーロー。そんな感じ。
「それで、何でお嬢様を狙ったの?」
 しまった。よく考えてみればここの主を狙ったのと元々の理由はあんまり関係なかった。
「と見せかけて実は今日の授業の復習なのであります」
 カツリ。
 頭上二ミリ位(体感)の所にナイフが突き刺さった。
 本当の事を言っただけなのにたまたま言葉がかかっていただけで殺されかけた。すごい理不尽。力持ちって素敵。
「いやその、今日の魔術の授業で吸血鬼についての項目をやりまして」
「ああ、あの外側から流れてきたとか言うインチキ臭い自称魔術師の先生ね」
「あのキチガ……あの先生はいつまで経っても座学ばかりなので、たまには実習をと思い立った私は、こうして紅魔館に攻め入ったと言う次第なのであります。さあ解け。約束どおり解け」
 約束したかどうかは覚えてないけど、とりあえず強気に催促すると解いてくれるかも知れない。
「約束はしてないけど解いてあげるわ。どの道貴方程度ではお嬢様に何らかの危害を加える事は出来ないでしょうし」
 あ。
 冷静に考えれば、目の前のメイドよりも吸血鬼の方が強かったのだった。
 つまり、私に出来る事は何もない。実習? 無理。死ぬる。
「……ええと、それじゃあ帰りますね。お仕事ご苦労様です」
「はいはい。もう二度と来ないで頂戴」
 次来たら問答無用で殺されそうなので頼まれても絶対に来ません。


******


「……それで」
 私は再び簀巻きにされて廊下に転がされておりました。昼間だと言うのに薄暗くて、仄かに妖気が漂うこの館の廊下は、実はカーペットは柔らかくて凄く寝心地が良いのです。
「……なんでまた来てるのよ、貴方は」
 余りの寝心地のよさに凄く眠たくなったけれど寝たら死ぬので適度にリラックスしつつ、
「いやその、よく考えたら強い人が居るんだからこっちで教えてもらえばいいかと思って」
 と答えました。
「……はぁ」
 と溜息を吐きつつ彼女は凄く鬱陶しい物を見る目でこちらを見ました。
「まあ適任者が居ない事もないけれど……」
「メ○がそこらの人間のメラ○ーマより強い人でお願いします」
「……居ない事もないけれど」


******


「……戦闘力たったの5。ゴミね」
いきなり暴言を吐かれました。簀巻きのまま階段を蹴落とされて転がってまだ息がある事が不思議なくらい落ちてその直後の事だったので何だか泣きそうになりました。
 溢れそうになった涙をなんとか堪えて、とりあえず私は言葉を尽くして弟子入りの志願を致しました。
「断るわ」
 にべもなく断られました。この人は怖いと言うより冷たいと言うかもうこっちの事を虫けらくらいにしか思ってないよね。酷い。
「……いえ、丁度良かったわ。貴方、ちょっとその水を飲んでみなさい」
 そう言って彼女は未だ簀巻きにされたままの私に、机の上の水差しに入った液体を飲むよう指図しました。ミッションインポッシブルです。
 そしてよく見るとそもそも『水』ではありませんでした。なんだか不思議に鉛色と赤色を行き来するドロっとした何かでした。
「そうね、水ではなかったわ。青汁よ。青汁です。青汁でした。青汁は体に良いのよ」
 私の知る限りではこんな青汁はこの世に存在してはいけない。余りの怪しさに存在しないを飛び越えて絶対否定。指先一つで私を縛っていた縄が解け、私はその液体の前に立たされました。
「飲みなさい。体に良いから。                                                             たぶん」
 今最後にちっちゃくたぶんって聞こえた気がする。 
 だがそれでも、
 魔術が使えるようになるのであれば、
 ……。
 一本、逝っとく?
 逝きます。
 ごくり。
 ……あ、意外と美味しい。
 ごきゅごきゅごきゅ。
 緊張で喉が渇いていたので全部飲み干しました。
「あら、全部飲んだら致死量だと思ったけれど大丈夫みたいね」
 とても後悔しました。前説無しでそんな物を飲ませて楽しいのかこのドS様。
「でも体に良いのは本当よ。一口で全身の霊穴が開いてパワーが凄まじい勢いで迸ってすぐに一生分の力を使い果たして一時間くらいで死ぬわ」
 それを体に良いと言える精神が凄い。流石に魔法使いは格が違った。
「いえ……ちょっと待って。ああ……この記述を忘れて……」
 ぶつぶつと何か言い始めました。私はとりあえず空を飛ぼうとジュワッ!のポーズをしてみたりしていましたが一向に飛べる気配がありませんでした。
「……失敗ね。その前に気絶するわ。セーフティ・ロックと言う訳ね。にしても、霊穴が全開な事には変わりないのに空すら飛べないなんて……」
 くらくらと貧血のような気分の悪さが私を襲い、私は真っ暗闇の中へと落ちていきました。


******


 そして気がついた時には膝枕……
 ……等と言う素晴らしいイベントはある筈もなく、外に放り出されていました。夜風が酷く冷たく感じられる夏の夜でした。


******


「もしかして……簀巻きにされるのが好きなのかしら貴方は」
 そしてそれから三日後の今日もまた、私は簀巻きにされているのでした。場所は大図書館で、此処までの移動法は転がるオンリー。もちろん階段も転げ落ちましたとも。
「戦闘力が6に上がったわね。毎日転がって少し打たれ強くなったのよ。ゴミには変わりないけれど」
 凄く微妙な進歩でした。魔術が全く関係していない所がちょっぴりキュート。キュートなゴミ。帰ったら泣こう。
 と言うか好い加減に毎回簀巻きにするの止めて貰えないのかな貰えないんだろうなきっと。
「……好い加減しつこいし、貴方が此処までする理由を話しさえすれば協力してあげなくもないわよ」
 青汁(と言う名の謎の液体。多分謎ジャムとかそんな類)を四日連続で飲み続けたお陰で少し好感度が上がったらしく、新しいイベントが起きました。
 事情を話しますか?
ニアはい
 いいえ
「…復讐?」
 そうです復讐なのです。
 あの蛍の妖怪めはわたくしにとても許せない事をしたのであります。
「……復讐の割には、全然殺気とか邪気とか陰気とかそんなのが無いのですね」
 ポジティブなのが取り得ですから。
「咲夜、嘘に決まっているでしょう。……いいえ、嘘ではないわね。けれど、本当でもない」
 しまった。バレた。普段は非情なのに、心の機微を読み取るのが非常に上手ですね貴女。
「……話しなさい。ほんの少しだけ気に入ってるのよこれでも」
 致死性の何かを連日飲まされて手に入れたのが、ほんの僅かな好意である。これを以って良しとするかどうか、それによって各人の誇りとかそういうものが左右されるのである。
 そういう物が丸っきり無いので、私は良しとしました。
「無いのね。薄々分かってはいたのですけれど」
「無いのよ。最初から分かってたわ」
 無いのです。私の復讐の為ならそんな物は犬に食わせろなのです。
 それでも、この話だけは私の誇りの最後の砦でした。私が、復讐を誓うに至るまでの出来事は。
 あの日、蛍の妖怪に助けられた、あの出来事は。


******



 蛍はね、すごく、弱いんだ。
                            ――ある蛍の妖怪。



******


 お前が私の死か、と何処か醒めた感情で私はそれを受け入れました。
 私の目の前に現れたのは、巨大で醜悪な妖怪です。
 恐るべきあやかしの形であるそれは、ただの人間である私には当然太刀打ち等出来よう筈もなく、ならばせめてと一度は逃走を試みたものの、足を傷つけられ、既に逃げる事は出来なくなっていて……
 そして私は、襲いくるそれから目を逸らさずに、その瞬間を待ったのです。
 けれど、それは上空に何かを見つけたのか、幾つもある目をそちらへと向けて、動かなくなりました。
 突然、衝撃が走り、私は吹き飛ばされて……ゴロゴロと、こちらで毎日転がっているように転がりました。
 何かが、空から降りてきたのです。それは私と妖怪の間に降り立って、激しく何か攻撃を始めました。
 空から降りてきたそれは……彼女は、私が一度会話をした事のある蛍のあやかしでした。
 ……ただ、二言三言、言葉を交わした、それだけの繋がりでした。
 彼女が私を助ける理由などないのです。なのに、彼女は私の前で、無数の蝕腕を備えた醜悪な妖怪に立ち向かっていきました。
 けれど以前彼女は私に言いました。蛍は凄く弱いのだと。
 その言葉の通り、彼女はその妖怪にじりじりと押され始めました。
 じりじりと、少しずつ。彼女の攻撃も相手に届いてはいるのですが、後に調べた所、相手はレギオンと言う名の悪食で有名な妖怪のようで、再生能力が非常に高く、負った傷のどれもがすぐに修復されていくのです。
 そして彼女もまた、その妖怪の攻撃を身に受け、しかし蛍のあやかしである彼女には再生能力などほとんどなく、ダメージがどんどん蓄積していくのが傍目にも分かりました。
 それでも、彼女は退きませんでした。
 私を守るかのように……いえ、彼女は私を守って戦っていたのです。
 そんな彼女に私は……
 ……ふつふつと、怒りが芽生えるのを感じていました。理由はよく分かりませんが、兎に角腹立たしかったのです。
 それから……
 これ以上彼女が傷つくのを、私は見たくないと、そう思って、一つ、二つと、傷ついた足を引き摺って、彼女と妖怪の間に割って入りました。
「……何、してるの?」
「私の事はもういいのです。構わずに、逃げてください」
 そもそも、私は一度生を諦め、死を受け入れたのです。彼女が居なければとうにただの肉塊となり、妖怪の餌食となっていた筈でした。
 だから、そんな私の為に、彼女がこれ以上傷つくのは、どうにも耐えられない。そう考えたのです。
 でも、それでも。
 許されるのであれば。
「……もし、貴女が私の事を覚えていてくれるならば」
 どうか、歌ってください。と、私は彼女へと告げました。私は、死を覚悟しておりましたが、それでも何か残せればとそう思ったのであります。
「あの蛍たちへ向けたような、歌を」
「………」
 彼女は、表情を凍りつかせて沈黙しました。私は、このような優しいあやかしも居ると、それを知れただけでも、充分に幸せだと思ったものです。
 一つ、妖怪の方へと足を踏み出すと、彼の無数の蝕腕が、鋭利な槍の如き形へと変貌し、
 ……その瞬間、私は彼女の名前すら知らない事に気づいて、それだけが少し心残りだと思っておりました。
 ですがもう時間は無く、無数の槍が私目掛けて放たれて、
 ……けれど、私は生きていました。
「……いやだ」
 無数の槍を、彼女は受け止めながら…傷つきながら、それでも強く、「いやだ」と。
「歌ってなんか、やらない」
 だって、と彼女は続けました。
「私はあんたの事、全然知らない。名前だって知らない。そんな奴の為に歌ってやる義理なんてない」
 ああ、その通りだと、私は思いました。でも、それなら何故彼女は私を守ってくれているのだろうかと、困惑の感に囚われました。
「だから」
 と、彼女は更に続けます。
「だから、絶対助けてやるわ。このお人良しの大馬鹿人間!」
 醜悪な妖怪が、人間には出せないような悲鳴を上げました。
 蛍のあやかしに触れた蝕腕が、次々と溶けていく光景を、私は目にしました。
「蛍はね、確かにすごく弱いさ。だけど」
 その時、彼女の体が、光り輝き始めます。
「それでも……蛍は命を燃やしてでも、そうしなきゃいけない時がある事を知ってるんだ」
 いつか見た幻想の蛍火が、彼女の体から発せられたのです。攻撃を加えようとした蝕腕は、光に触れると共に飛び散っていきました。
「だから私は! 知能も持たない、人間を食らうだけの化け物なんかに! あんたを殺させはしない!」
 ――蛍はね、
 駄目だ。そんな事をしてはいけない。
 ――すごく、弱いんだ。
 あやかしの事も、魔術の事もよく知らない私にも、彼女が何をしているのか分かりました。
 ――なのにね、自分の命を燃やして、火を出すの。
 自分の命を燃やして、火を出しているのです。
 私を助けるために、命を燃やしているのです。
 ――……馬鹿、みたいだよね。私みたいに長生きして、力を持てば、もっとずっと生きられるのに。でも、それでも。
 彼女が突撃する。無数の蝕腕、無数の槍を備えた、醜悪な巨体へと向かって。
 ――あの子たちは、それで良いと思ってる。
 命を燃やしながら、蛍火を放ちながら、全ての攻撃を燃やしつくしながら、駆ける。
 その光景を、何の力も持たない私は、ただ見ている事しか出来ずに……
 そして。
「……馬鹿みたいだと、思ってたけどね。今なら、私もあの子たちの気持ちが分かるんだ」
 とん、と。その巨体に手を触れ、彼女はこちらを向いたのです。
 ……とても優しい笑みでした。止めさせなければならないのに、思わず息を飲み、見惚れてしまうほどに。
 直後。
 彼女の掌から、膨大な光が放出されました。とても強い力を持つのに、淡い色をした、蛍の光でした。
 その光の中に、巨大な化け物は溶けて、燃えて、消えていったのです。
 そして、彼女は……


******


「……彼女は、幸いにも気絶しただけで済みました」
 そしてこれこそが、彼女への復讐の理由なのであります。
 彼女は自分の命を使ってまで私を助けました。私にはそれがどうにも許せないのです。
 だから、
「私の方が彼女より強くなって、彼女の危機を救ってやる。これが私の復讐です」
 話し終えると、少しだけ残っていたプライドが恥ずかしさを訴えてきたけれど、顔に出さないように逆に変な顔をしようと努力する。
 二人は、アホの子を見るような目でこっちを見ていました。
「何と言うかまぁ……」
「……とても気に入ったけどとても気に入らないわ」
 どっちなのでしょうか。あと、少しだけ気に入っている相手に致死量のドロっとした何かを毎日飲ませるようなドS様に、とても気に入られたり気に入られなかったりしたら一体どうなってしまうのだろう。とても怖い。
 そんな事を考えて、逃げようとしたら簀巻きにされました。
「まあ任せなさい。とりあえずこれを飲むといいわ。とても体に良いから。もしかしたら」
 最早隠す気もなく憶測がダダ漏れとなっていました。
「咲夜、次からこのサンプ……実験だ……この人間は丁重に此処まで案内なさい」
「今サンプルとか実験台とか言いそうになりやがりましたよね貴方」
「かしこまりました」
「かしこまらなくて良いですけど簀巻きにされないのならかしこまって欲しいこの気持ちはどうしたら?」
「簀巻きにして転がしてきてもいいわ」
「そうしますわ」
「うわぁい人を人と思わぬ扱い万歳」
 そんなこんなで。
 私の復讐への道は開かれたのでした。


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【復讐シリーズ】 パチュリーの魔術講座 ~初級者編~ に続く。


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[19783] あとがき(一話ごとに更新予定)
Name: 目玉紳士◆25e380c6 HOME E-MAIL ID:97d4a833
Date: 2010/07/14 17:40
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異説風神録・鍵山雛編『今、光り輝くもの』 あとがき

――そうだ、風神録合同をしよう。
京都にでも行くかの如きノリで同人誌製作を持ちかけられた時、真っ先に雛かにとりを書かせて下さいと希望を出しました。

この合同は一人一キャラ担当、キャラかぶりなしと言う事でしたので、競争率が高かったにとりは他の作家さんが手がける事になりましたが、無事第一希望だった雛のシナリオを執筆させてもらえる運びになりました。

このお話はその時の物に若干加筆修正した物です。
同人誌版には素敵な挿絵がついてきますが、完売御礼なのでご容赦を。

素敵な挿絵を描いてくださった絵師さんはこちら→http://turu1987.blog71.fc2.com/

雛はもうキャラ設定見た時に、この方向性で書こうと決めてました。
愚直なまでに人を救い続ける厄神。
誰かを救いたいとあがき続ける、そんなキャラクターが居たら、どうでしょうか。
そんな奴に救われた時、何を思うでしょうか。
自分だったらこう思います。
『幸せになりやがれこの野郎!』
いや野郎じゃないですけど。

そんなこんなで出来上がったのがこのお話です。
雛の思いが、魔理沙の思いが、そして無数の人々の思いが重なった時、奇跡が起こる。
ベタベタですけど、ベタさを楽しむお話があっても良い筈……!

余談ですが、後日にとりのお話も好き勝手に書きました。こちらの板に投稿させていただきました『ちいさなみぎて』がそのお話です。


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塵よりよみがえり あとがき


このお話を書いたのはもう四年ほど前になります。
自分が東方SSを書き始めて、二作目のお話がこれでした。

当時は文のお約束や整え方も知らずにやっていたので、『――』が『-』だったり、字下げが行なわれていなかったり、一行が馬鹿みたいに長かったり、後書きで好き放題やりすぎて叩かれたり、そりゃあもう無茶苦茶でしたが、それらを直してみると今見ても悪くないんじゃないかと思います。
と言うかひょっとすると今の方が文章が劣化しているかも知れません。
まるで成長していない……。

レイ・ブラッドベリさんに触発されて『十月の西』、つまり秋の夕暮れをテーマに、妹紅と慧音のお話でしたが、当時は燃え優先(のつもり)で書いていた事もあり、白沢の設定が厨二病まっしぐら。
一応、『所詮偽物』(本物は例の槍と神の炎のみ)、『同時に出せるのは二つまで』と言う設定があります。一々「閉じよ」とか言ってるのはその所為です。
慧音さんも三種の神器とか出してますし本気出せば出来る……?
白沢さんが答えを見つけるお話も書きたいとは思っていますが、もう東方関係なくなるのが困りどころ。


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【復讐シリーズ】 パチュリーの魔術講座 ~初級者編~

好き放題書きました。
設定を引き継いだ続編や、このお話の前日譚を書く予定です。と言うか前日譚から書くべきだったかも知れないです……。
これぞ厨二な設定の数々。ようやく厨二エンジンが暖まってきました。


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【復讐シリーズ】 蛍火&あたらしい呪術~悪魔祓いから見る基督教系呪術の考察~ プラスコミュニケーション感謝パック あとがき

初級者編の前日譚です。
時系列は
蛍火→あたらしい呪術→パチュリーの魔術講座
となっております。
蛍火とは同一人物には思えない主人公。同一人物ですよ。
主人公の性別が謎。きっと鈴科百合的な生き物。


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