うだるような夏の暑さに、俺は目を覚ました。
時計を確認すると現在7:58分。通常なら高校生である俺は、大急ぎで学校へ行く準備をしなければならないが、
幸いなことに本日は土曜日。休日だ。
一人暮らしである俺は、誰にも怒られることなくいつまでも寝ることができる。一人暮らしってサイコー。
だがこの時間、さっさと起きないとゴミ収集車が来てしまうのでしかたなく起床することにする。
布団を片づけ、軽くストレッチ。ボキボキ鳴る関節をほぐし、振り返ればそこは四畳一間の狭い部屋。
……まぁ一人暮らしだし、アパートの住人も優しいし、家賃クソ安いし、住み慣れたから別にいいけどね。
若干ブルーな気分を振り払い、左手でゴミ袋を右手でドアノブを掴み、オープンザドア!
「………あっちぃ」
アホみたいな暑さにはやくも汗がでてくる。くそっ、いきたくねぇ……。
けど行かなければ、一週間もこのゴミ袋と共に暮らすことになる。それだけは勘弁だ。
しかしなんで俺が行かなきゃならないんだ、こういう事は妹がやれば……って、そうだった。一人暮らしなんだった。忘れていた。これだから一人暮らしはイヤなんだ。
自分に毒づきながらも、俺は第一歩を踏み出した。
やっぱり暑い、ハンパじゃなく暑い。これが噂に聞く地球温暖化? 死ねばいい人類。
重い足取りで階段まで歩く。セミうるせぇぞ!
イライラして階段をまるで地団駄を踏むように乱暴に下りる……なんて事をしたらアパートが倒壊しかねないので、普通にそーっと下りる。
べつにボロいわけじゃない、ただちょっとレトロなだけだ。そこを勘違いしてほしくない。
そしてやっとの思いで、ゴミ捨て場までたどり着く。部屋からココまでなんと驚き10メートル。
ちゃんとゴミ袋に網をかぶせてそこから去る。 あばよゴミ袋。
部屋まで無事帰還した勇者であるこの俺は、朝食を摂って顔でも洗ってさっさと寝ることにする。
もしかしたら寝すぎかもしんないけど、戦士には休息が必要不可欠なんだ。別にいいだろう誰にも怒られないしね。一人暮らしサイコー。
仕舞った布団は出さず、座布団を折って即席枕代わりへ変身させる。
完全睡眠モードへと移行した俺はこれから10時間何があっても起きない。たとえ震度7の地震がおころうと、アパートが火事になろうと
バイト先がクビになろうと、幼なじみが起こしにこようと絶対だ。
だからさっきから俺の部屋のドアがノックされているが、そんなものは無視だ。
インターホン?なにそれ、そんな高価なものはウチにはありません。
コンコン コンコン
無視無視
コンコンッ コンコンッ
き こ え ま せ ん
コンコンッ ドンドンッ ドンドンッ
ちょっ、強く叩きすぎだろ。 木製のドアがミシミシいってるぞ。 そんだけノックしても出ないんだから、留守だとおもえよ。
ったく、わかったよ、わかりましたよ。 出りゃいいんだろ出りゃあよ。これでなんかの勧誘だったら縊り殺す。
魚眼レンズはあるので、それを通して見てみると……。
「うわ……」
そこには、一際目を引く赤いツインテールの頭。 挑戦的というか勝ち気な爛々とした綺麗な瞳。
普通にしてれば、50人中50人が美少女と答えるだろう女の子がいたのだ。
しかし俺が普通にしてれば、という形容をなぜ使ったのかというと、それは彼女が普通ではなく、もっと言うなら不機嫌そうで、
さらには魚眼レンズをもの凄い眼で睨み付けているからだ。ぶっちゃけマジ怖い。
しかもこうやって説明してる間も、彼女はドアをノックし続ける……って、ノックじゃねぇ! 蹴ってるぞこいつ!
そろそろ本気でドアが限界なので、俺は急いでドアを開ける。
「遅いっ!なにしてたのよ!」
開ければそこには魚眼レンズで見たとおり、挨拶もなしにキッと睨めつけながら偉そうに腰に手をあて、あろうことか人様にむけて指をさしている女の子がいた。
「……寝てたんだよ、俺が悪かったからドアを蹴らないでくれ、他の人にも迷惑だから」
「フンッ」
他の人にも、という言葉がきいたのかドアを蹴るのはやめてくれた。代わりに俺を蹴ってるが。
「んで、俺になんか用か? サツキちゃん」
「ちゃん言うな!気持ち悪いっ。それに用があるからきたんじゃない」
そりゃそうだ、と俺は返して女の子、もとい赤垣 皐月(あかがき さつき)をみやる。
このカルシウムが慢性的に不足している女は、俺の通ってる高校の同級生だ。
別に仲がいいわけじゃない、ただ単にこの部屋の真下、つまり同じアパートに住んでるというだけだ。
だがなぜか、なにかにつけてからんでくるので、俺が適当にあしらうというやりとりが半年近くおこなわれている。
さてさて、今回はどんな厄介事を持ってきたんだ。
「実は、あんたに頼み事があって来たのよ」
それが人にものを頼む態度か、などという月並みなつっこみはしない。
「それが人にものを頼む態度か」
あれ、言ってしまった。
たぶん睡眠を邪魔されて、俺は気が立ってるのだろうと自分で勝手に納得する。
俺の言葉を受けてサツキは一瞬、やっちゃった、みたいな顔をしたように見えたが、一瞬のことなのでよくわからない。気のせいかもしれない。
「ふ、ふんっ、そんなことはどうだっていいのよ!第一あんたなんかに払う敬意は欠片もないないんだから!」
欠片もないらしい。
しかしこの程度の暴言なら俺たちの間では日常茶飯事だ。
前に、俺には生きる価値もないと言われたときはさすがにへこんだが。
だがこの女、そんなんで頼み事とやらを引き受けるとおもっているのだろうか。
まあ普通なら怒ってそのままドアを閉めるだろう。
しかし寛大すぎる心の持ち主である俺はそんなことはしない。
というかもう慣れた。
いやそれよりも、はやく用をすませてくんないとマジで他の人の迷惑だ。
このアパートには気休め程度の防音対策しかされていない。
「……えーと、それで頼み事って?」
「うん?あ、そうだった。えっとあたしのバイトの事で――――」
■■■■■
「おーい新入りー、レジたのむ」
「はいはーい、わかりましたー」
俺は商品を並び終え、レジへと駆け寄る。
商品を掴みバーコードをスキャンする。スキャン スキャン スキャン!
袋に詰めて代金をもらい、お釣りを文鎮代わりにレシートを渡す。 その際お客さんが微妙な顔をしたが、それは無視して営業スマイル。ニコッ
そして次の客の相手をする。
どうして俺がコンビニの定員なんかをやっているかというと至極単純な事で。
サツキ「今日バイトにいけない」(なんか実家の事らしい)
↓
バイト先「こっちもせっぱ詰まってて、いきなり休むとかいわれても困る」
↓
サツキ「じゃあ、代わりに知り合い(←俺)を行かせます」
↓
バイト先「サツキちゃんの知り合いなら、おかしなやつじゃないだろう」←謎の信頼
ということらしい。
まぁサツキの方も急に用事が入ったらしいから、仕方なく近くにいる、っていうか上にいる暇そうな俺を誘ったらしい。
暇そうなってなんだよ!とか仕方なくってなんだよ!とか思ったけど、結構困ってるっぽかったし。今度お礼もするとのことで引き受けたやさしい俺は
こうしてバーコードをスキャンしているのでした。
「おし、新入り今日はもうあがっていいぞ」
「あっ、はい おつかれさまでしたー」
ようやく仕事も終わった。現在5時。
制服を脱ぎ私服に着替えて、コンビニを出る。
まだ夕暮れとまではいかないが、太陽は沈みかけている。
夕飯はもらったコンビニの余り物を食うのだが、この暑さじゃすぐに腐ってしまうし、観たい番組もある。ならさっさと帰らなければ。
アパートからコンビニは少し距離があるので、すこしダッシュ。ダダッシュ!
家に着いたときにはすでに6時、結構日も暮れてきた。余り物はもうこのままじゃ腐ることは分かりっていたのでたべてしまった。
ので、途中からはもう歩いて帰った。別に走って疲れたわけじゃない。本当だ。
しかし、ここで俺の目の前に思ってもみなかった障害が立ちふさがる。
「……鍵がない」
絶句する俺。
このままじゃ部屋に入れない、どこかに落としてしまったのだろうか……と、そのとき携帯が鳴る。
こんな時に一体誰が、と思い電話に出ると……
「あっもしもし、あたしだけど」
あたし? 俺の知り合いにあたしだなんて荒唐無稽な名前の持ち主はいないが…。まさかあれか?オレオレ詐欺みたいなやつだろうか。
「もしもし?きこえてる?」
「金なら振り込まないぞ!」
「なんだ聞こえてるんじゃないの」
スルーされた。
「んで、なんの用だよサツキ。わるいけど今はおまえと呑気にしゃべくってる状況じゃないんだが」
「ああそうそう、あんた鍵忘れなかった?」
!? なぜサツキがそのことを知っているっ……!
まさかエスパーかこいつ!
「さっきバイト先の店長から持ち主不明の鍵をひろったから聞いてみてくれ、っていう電話をもらったんだけど……、その様子じゃあんたので間違いないわね」
ハァ、といっそ呆れた風に言うサツキ。 ちょっとむかつく。
「店長が取りにくるの待ってるから、さっさといきなさい。いいわね?」
もちろん言われるまでもない。
サツキに礼を言って電話を切ると、そこからダッシュでコンビニへ向かう。
しばらく走ると2本のわかれ道、コンビニに行くには右の道を行った方がはやいのだが、人気がなく街灯も少ないから普段は使わない。
それになぜか、本当になぜだかこの道は嫌な予感がする。
しかし時は一刻を争う状況だ、はやく帰らないと観たい番組が始まってしまう。
「くそっ……」
俺は仕方なく右の道を通る事にした。
――――――このとき急がずに
左の道に行けば俺は――――――
この道は普段使わないだけあってなんだか新鮮な気分だ。
しかしやはり街灯が少なくて前がよく見えない。
こんだけ走ったのにまだ街灯二つ目だ。
お、やっと三つ目発見。やっぱ人間て光がないと不安になるよな。
そしてその街灯の下に向かって走ってると、突然―――――――――――
「!?」
足が止まった。
いや足だけじゃない、身体中が金縛りにでもあったかのように―――動かない。
「……!…………っ!?」
声さえ出ない。
だがそれよりも俺が驚いているのが、足が、いやこれまた身体中が、全身という全身が、震えていることで――――
そして、前方から、ナニカが、近づいて、きて―――――
(やばいやばいやばいっ…………!!)
嫌な予感なんて生易しいものじゃない、それはもう確信になってる。
たぶんこれは生物としての本能だ。
はやく、逃げないと、俺は、確実に―――!
「よぉ」
ソイツは。
まるで友人と挨拶でもするかのように、気軽そうにそう言った。
しかし俺にこんな知り合いはいない。
第一、こんな奴と道ですれ違いでもしたら忘れられるわけがない。
コイツの服装が奇抜だからではない、いやたしかに奇抜は奇抜なんだけど。
両腕にベルトを巻き、腕だけではなく太股のあたりも2本のベルトを巻いている。
スネまでの長いブーツ。
両耳に十字架のでかいイヤリング。
この常人のファッションセンスを逸脱した服装は印象的だが、それよりも印象的なのが眼。
綺麗な切れ目だが、猫のように縦に瞳孔が開いたその瞳はこうして顔を合わせただけで身体が震えてしまう。
そうつまりはコイツが捕食者で俺が被食者という単純な構図だ。
コイツが猫なら、さしずめ俺はネズミだろう。
だからさっきから四方にとばしていた殺気が、俺だけに向けられているのも理解できる。
どこから取り出したかわからないような大型のナイフを、俺に向かって振り上げているいるのも理解できる。
目の前に散った赤い液体も、俺の血液だろうというのも、だから理解できる。
首の半分ちかくをぶった切られたから、声がだせないというのもやっぱり理解できる。
そこから先はわからない。
かろうじてわかるのは、道ばたに倒れた俺の意識がプツンと切れたという事実だけだ。
こうして俺 柿崎 遊斗は、本日あっけなくその生涯の幕をとじた。