ヒンヤリとした空気が満ちた暗い部屋に、コツコツと足音だけが鳴り響いている。石レンガで作られた壁は、あちこち破損している。大人一人が大の字になって寝てしまえば、それでいっぱいになってしまうほどの広さしかなく、天井も低い。長身ならば屈まなければならないだろう。
足音はだんだん大きくなっていき、突然ピタリと鳴り止んだ。と同時に部屋の中に小さな灯りがともった。ランプの火だ。その火に照らされて、二人の姿が浮かび上がる。
二人とも黒いマントを羽織り、足元まですっぽりと全身を覆っている。二人はお互いに向き合う。
「よくやってくれた、お前の働きには我が主もたいへん満足しておられる」
低く太い声。男の声には恐怖を与える凄みがある。
「へへ、簡単なことだ」
しかし、もう一人のほうはへらへらと甲高い声で笑った。声の質から若さを感じる。
「これは報酬だ。受け取るがよい」
そう言うと、男は懐から革袋を取り出した。それを若い男は受け取る。ズシリと伝わる重み。すぐに口を開いて中身を確認する。中にはまばゆい金貨が袋いっぱいに入っていた。
「約束の金額よりも多いはずだ。それほどお前の働きを我が主はお認めになっておられる。ありがたく思え」
中身の確認を終えて、革袋を自分の懐の中にしまう。
「ま、これくらいは当然だけどな。でも、いいのか? これだけあれば、城の一つでも買えそうなもんだ。あんたの国は戦争ばっかりで、財政は苦しいんじゃないのか?」
男はふんと鼻を鳴らして、声をさらに低くする。
「小僧、発言には気をつけろ。軽率な物言いは死につながるぞ」
男の眉間に深い皺が何本も刻まれる。それを見てうれしそうに、
「それはそれは恐ろしいことだ」
と大袈裟に肩を竦めて調子良く言った。
「さて、金も受け取ったことだし、これであんたらとの契約は完全に終了だな。じゃあ、オレは行くぜ。この部屋はカビ臭くてダメだ」
別れを告げるように、男に背を向けて右手を軽く振った。
「まあ、待て。話はこれからだ」
「なんだよ? こっちはもうあんたに用はないぜ」
「ふっふっふ、もちろん仕事の話だ」
男の言葉に体がピクリと反応した。
「ずいぶんともったいぶってくれるじゃねえか。今度は誰だ?」
体を向き直し、生き生きとした声で訊ねる。
「仕事はここに書いてあるとおりだ」
男は筒状に丸められた羊皮紙を取り出して渡した。
「今まで多くの者たちが失敗してきた難しい仕事だ。どうだ、やり甲斐は充分だと思うが?」
一読して、にやりと口の左右を上げる。
「おもしれえ。最近は退屈な仕事ばっかりでうんざりしてたところだ」
「受けてくれるか?」
「ああ、しかし報酬はどうする? これだけの大仕事だ。城が買えるくらいじゃ、とてもじゃないが足りないぜ」
「もちろんだ」
男は人差し指をピンと立てた。
「成功のあかつきには国を一つやろう」
それを聞いて、「ほう」と息を漏らして、言葉をつなげる。
「よくわかってるじゃねえか。いいぜ、この仕事受けよう」
顎に手をやり、何かを考えはじめる。そして慎重に口を開いた。
「明日の朝、使いの者を一人宿によこしてくれ。計画に必要なものを伝える」
「わかった。お前が望むものはすべてこちらで用意しよう」
「頼むぜ。なあに、簡単なものさ。ただ、数が必要だ。それにちょっとした工作も必要だ。それはあんたのところにいい職人がいるだろ?」
男は頷いて見せる。
「お前が必要なものは必ずこちらで用意しよう。もちろん、最良のものをな」
「オレに失敗はない。朗報を聞かせてやるから待っておけ」
男は「それは楽しみだ」と言って、のどの奥から絞り出したかのように掠れた声で笑った。
「我が王国に勝利と繁栄を!」
ランプの火がふっと吹き消された。
部屋は再び暗闇に閉ざされた。